BUSTAFELLOWS⑥(AULD LANG SYNE/オールド・ラング・サイン)

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#6  (AULD LANG SYNE/オールド・ラング・サイン)

♀ テウタ
♂ アダム
♀ ルカ
♂ ゾラ
♂ サウリ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♂ スケアクロウ


♀スタッフA
♂スタッフB
♂スタッフC
カップル男
カップル女
♂通行人男
♀通行人女
♂裁判長 男
不問看護師
不問ニュースキャスター
不問 N
不問 検察官


=========ニューシーグテレビ局 ゼロアワー収録スタジオ======

スタッフA「お疲れ様ー!」

スタッフB「お疲れっしたー!」

アダム「ふう…………」

スタッフC「お疲れ様でしたー!」

アダム「ああ、お疲れ様」

スタッフC「今日って確か、昼間の番組も生放送でしたよね?」

アダム「うん。今日はなんだか色んな事が重なって大変だったんだ。雑誌の取材に、歌番組に、ラジオの収録に…………」

スタッフC「大丈夫ですか?身体、壊さないでくださいよ」

アダム「大丈夫だよ。体調管理には気を付けてるから」

SE:書類めくる音

N「机の上に広げた原稿を取りまとめる」

スタッフC「明日の夜の放送ですが、ゲストが2名いるんで入り(いり)がイレギュラーに…………って、どうしたんですか?」

アダム「僕のペン知らないかな?ずっと使ってるやつなんだけど…………ペールブルーの…………」

スタッフC「これですか?ここにありますけど」

アダム「え?ああ、ありがとう」

N「受け取ろうとして、手を滑らせて落としてしまう。アダムは初めてアンカーを任された日の夜、日付が変わった深夜にも関わらず、ずっと放送局の玄関でテウタとルカが待っていてくれたことを思い出した。その時、プレゼントされたペンだった。拾い上げて、しっかりと握りしめる」

SE:バイブ

スタッフC「あ、電話ですね。じゃあ、明日の件はメールしておくんで、何かあれば連絡下さい。お疲れ様でした!」

SE:靴音

アダム「もしもし」

ルカ「おーい!まだー?遅いよー!今日のオススメはフォンデュだっていうから、お前が来るの待ってるんだぞ?」

アダム「そうなんだ。待たせちゃってごめんね。これから向かうから…15分で行くよ」

テウタ「おーい!待ってるぞー!今日はアダムの奢りだからね!」

アダム「今日も、でしょ?」

ルカ「お前がいっつも遅刻するのが悪いんだろ?」

テウタ「そうだそうだー!」

アダム「はいはい、分かった。急いでいくから、待ってて」

SE:電話を切る

アダム「それじゃ、僕はこれで失礼します」

スタッフA「お疲れ様でしたー!」

スタッフB「お疲れ様でしたー!」

N「局を出た後、アダムはドライバー車を回してもらうようにメッセージを送る」

アダム「ふう…………」

SE:靴音・ぶつかる音

アダム「すみません」

ゾラ「ちっ…………」


========夜 ニューシーグ公園====

ルカ「はー!食った食った!」

アダム「ほんと、よく食べるね、ふたりとも」

テウタ「うぅ…………」

ルカ「ん?どうした?腹でも痛いのか?」

テウタ「さっき食べたチーズフォンデュ、すっごく熱かったの。舌痛い…………」

ルカ「見せてみ?」

テウタ「あー」

ルカ「あー ちょっと赤くなってんな」

アダム「店で氷もらってくればよかったね。口の中の火傷はしばらく氷を舐めてた方がいいよ」

ルカ「あ、じゃああたし、ちょっとそこでドリンク買ってくるよ。テウタは氷が入ったやつな。アダムはなんかいる?」

アダム「じゃあ、僕はアイスティー

ルカ「オッケー!すぐ戻るよ!」

SE:走る音

テウタ「あー…………」

アダム「慌てて食べるからだよ」

テウタ「だって熱いうちに食べた方が美味しいでしょ?」

アダム「熱すぎるうちに食べたら味もしなかったでしょ?」

テウタ「それはそうだけど…………」

アダム「慌てて食べなくたって、誰もテウタの分を取ったりしないのに」

テウタ「人のこと食いしん坊みたいに言わないでよー」

アダム「違った?」

テウタ「違いますー」

アダム「はいはい」

テウタ「ちょっと年上だからって子ども扱いしないでよね」

アダム「まあ、大人なら焦って舌を火傷したりしないけどね」

テウタ「……………………」

アダム「そういえば、前のアパート、あれからどうなったの?」

テウタ「今、大家さんと業者の間で示談交渉中。リンボが間に入ってくれてるんだけどね。もうすっごいグイグイ交渉してるの」

アダム「それは心強いね」

テウタ「でも、その分修理はちょっと遅れてるみたいなんだ。大分直ったみたいなんだけどね」

アダム「修理が終わったら、あの部屋に戻るの?」

N「ほんの少し、意地悪な質問だったかもしれない。彼らと良い関係を築いていることは、アダムもよく知っているし、テウタにとって居心地の良い場所だということも知っている」

テウタ「うーん…………そうだなあ………………」

N「思った通りの反応だった」

アダム「きっと、テウタがいなくなったら彼らは寂しがるだろうね」

テウタ「そうかなあ?」

N「ふと、視界の先に知っている姿が見えた。その人影は、確かにアダムの顔を見ていた」

アダム「えっ!?」

テウタ「ん?何?」

アダム「(そんな…………見間違い、だよね?)」

テウタ「何かあった?」

アダム「(あの人影は……………そんなこと……………)」

N「心臓がドクンと音を立て、全身の血がざわっと駆け巡った」

アダム「……………ごめん、向こうにいるの、知り合いかもしれないんだ。ちょっと行ってきてもいい?」

テウタ「うん、いいけど……私はここでルカを待ってるね」

アダム「うん、ごめん!すぐ戻るから!」

SE:走る音

アダム「はあ……はあ…………」

アダム「(どっちだ?どっちに……)」

SE:走る ぶつかる音

アダム「すみません!」

カップル男「気を付けろよ」

カップル女「何ー?いまの」

カップル男「さあな」

アダム「(僕の、見間違いか?確かに、この先の方に………)」

SE:走る音

アダム「(誰もいない、か………)

N「大きく息を吐いて、頭を振る。闇雲に走って、トンプソンの廃ビル近くまで来てしまった。知った顔どころか、人通りもない」

アダム「(そろそろ戻らないとふたりが心配するな)」

ゾラ「よお、久しぶりだな」

アダム「どうして………ゾラ…………」

ゾラ「大きくなったなあ?ん?」

アダム「どうして…………なんで………………なんでだよ………」

ゾラ「なんで生きてるのかって?お前が殺し損ねたからだろ?」

アダム「だって、確かに……」

ゾラ「俺を殺して、切り刻んで、燃やして、灰を海に撒いたか?」

アダム「そんな…………………どうして…………」

ゾラ「確か父親に相談したんだっけ?それで?秘密を守ってくれる友達と繋がった?隠してもらった?」

アダム「あなたは………………あなたはもういないはずだ!」

SE:金属など蹴とばすSE

アダム「……………っ!?」

N「ゾラは近くに会った廃材を思い切り蹴飛ばした」

ゾラ「いるだろ?見えねえのか?ん?こうやってお前に会いに来たんだよ」

N「ゾラはアダムの肩を乱暴に叩いた」

アダム「どうして……………」

ゾラ「テウタは元気か?」

アダム「え………?」

ゾラ「テウタだよ。今はいくつだ?いい女になっただろ?」

アダム「やめてくれ………」

ゾラ「18、19、20…………ああ、もう21か。いい頃合いだな」

アダム「やめろ!」

N「ゾラはアダムの肩に手を置き、耳元に口を近づけた」

ゾラ「お前の秘密を守ってくれる友達はいなくなったんだろ?ニュースで見たよ。大スキャンダルだってな。どうする?テウタが本当のことを知ったら、どう思うだろうな?」

アダム「やめてくれ………………お願いだ、やめてくれ……………」

N「ゾラが離れると、アダムは支えを失ったようにそのまま地面に膝をついてしまった」

ゾラ「いいや、やめない。くくっ………またな、アダム。会えてよかったよ」

アダム「お願い……………お願いだからやめて………やめてくれ…………」


=======ゼロアワー=======

アダム「ニューシーグ5大マフィアのひとりが射殺されたことで、今後勢力図が大きく変わるのではないかと見られています。対策として警察は地域の治安維持活動を強化していますが、一部のエリアでは住人による自警団も動き始めています。以上、ヘッドラインニュースでした」


スタッフB「アダムさん、お疲れ様でしたー」

アダム「……………………」

スタッフB「アダムさん?どうかしました?」

アダム「え?ああ、大丈夫。ランチを食べ損ねたことを思い出したんだ」

スタッフB「ふふ、そうだったんですね」

スタッフB「えっと、アダムさんのスケジュールは……………あ、今日はもう上がるんですね?金曜日じゃないのに、珍しいですね」

アダム「うん、今日は誕生日なんだ」

スタッフB「へえ、誰のですか?まさか………彼女さんの?」

アダム「僕のだよ」

スタッフB「ああ、アダムさんの!……………え!?そうだったんですか!?教えておいてくださいよ。僕らもお祝いしたかったのに!」

アダム「ごめんね。でもあちこちの現場でお祝いしてもらうのも申し訳ないから、マネージャーに断るようにお願いしてあったんだ」

スタッフB「そうだったんですか……あ、お誕生日、おめでとうございます」

アダム「ありがとう。それじゃ、僕はこれで」

スタッフB「お疲れ様でしたー!アダムさん上がりますー!」

N「彼だけが笑顔で拍手しているのを周りは訝しげに見ていたが、アダムはそっと片手を上げてそれに応えた」

======スケアクロウ邸宅======


テウタ「あ!ちょっと!ルカ!めっちゃ溢れてる!」

ルカ「やっべ!おわっ!」

アダム「ほら、これで拭いて」

ルカ「よ、よーし!気を取り直して………」

テウタ「お誕生日おめでとうっ!」

ルカ「お誕生日おめでとー!」

アダム「ありがとう、ふたりとも」

ルカ「えっと、食いもんは…………まずはバレ・ラ・ぺーナからテイクアウトしてきたタコス」

テウタ「あとピザと、チキンが来るからね」

アダム「来るって、どこから?」

テウタ「ピザは配達で、チキンはシュウが買いに行ってくれてるよ」

アダム「そうなんだ。ここ、スケアクロウの家なんでしょ?お邪魔して良かったのかな?」

ルカ「いいっていいって、気にすんな」

テウタ「そうだよ、気にすんな!ふふ……心配しなくても、クロちゃんにも、他の皆にもお願いしてOK貰ってるから」

アダム「ならいいんだけど………」

ルカ「お前、今年で何歳になるんだっけ?」

アダム「24だよ」

ルカ「24か!おっとなー!」

テウタ「アダムがアメリカに引っ越してきて来たのって7歳の時だっけ?」

アダム「そうだよ。まだこっちの言葉も上手く話せなくて学校じゃ友達なんか全然出来なかったな」

ルカ「でも、あたしらはすぐ友達になったろ?」

テウタ「そうそう、言葉が上手く伝わらない分、一生懸命ジェスチャーしてたんだけど………ふふ……」

ルカ「なんだよ?どうかしたか?」

テウタ「ルカのジェスチャーが下手すぎて………もうほんと………」

アダム「ふふ……………そうだったね………あはは………」

ルカ「んっ!?なんだよ、そんなに笑うようなことあったか?」

テウタ「そうだよ。映画を観に行こうって誘おうとして私は『映画』ってジェスチャーしたのに。ルカはずっと映画の予告編の内容をジェスチャーしてたの」

アダム「そうだったね………ゾンビの真似が………おかしくて………」

ルカ「はいはい、もうそこまでにしろって!笑うなよ!」

テウタ「ああ、そういえば忘れないうちに渡しておかなきゃ」

テウタ「はい」

N「差し出されたのは小さな箱だった」

アダム「だめだよ、僕達お互いの誕生日に物をプレゼントしないって約束でしょ?」

テウタ「私じゃないよ、うちの父さんと母さんから。この前届いたんだ」

ルカ「おじさんとおばさん、今どこにいるんだっけ?」

テウタ「いまはロサンゼルスだよ。父さんはちょくちょくラスベガスに行ってるみたいだけど」

アダム「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて」

ルカ「なになに?中、なんだった?」

アダム「チケット、かな?えっと…………」

アダム「(あれ…?)」

N「視界がぼやけて、チケットの内容が分からない。」

ルカ「見せて見せて!」

N「アダムの手からサッとルカが奪い取り、テウタと顔を寄せて見ている」

テウタ「わっ!これ、野球のチケットだよ!ほら、来月のニューシーグ・ギャングスタの記念試合!」

ルカ「しかもプレミア席じゃん!ちょっと待てよ………1、2、3………3枚ある!」

テウタ「私も行きたい!」

ルカ「あたしもあたしも!」

(同時に)
テウタ「おねがーい!」
ルカ「おねがーい!」

アダム「はいはい、分かった。わざわざ3枚ってことは、おじさんとおばさんもそのつもりだったんじゃない?」

テウタ「やったー!」

ルカ「ギャングスタの試合っ!」

テウタ「ねえねえ、みんなでユニフォーム着て応援しようよ」

ルカ「お、いいなそれ!」

アダム「楽しみだね。おじさんとおばさんには明日にでも電話しておくよ」

テウタ「うん、私もメールしとくね」

ルカ「そういや、アダムんとこの親父さんはこっちにいないのか?」

アダム「さあ、どうだろ?」

ルカ「さあって、冷たいな。連絡くらい取らないのかよ」

アダム「彼………父さんは仕事が忙しいみたいだから」

N「アダムは意図せず、父の事を他人行儀に呼んでしまった」

ルカ「でもほんと、もったいないよなあ。あの巨大コングロマリット、クルイローフの一人息子だろ?社長になりたいって言ったらなれるのに」

アダム「興味ないね」

ルカ「あたしも言ってみたいわ、『興味ないね』。うちなんかあたしの仕送りをアテにしてるくらいだからな」

テウタ「アダムが社長になったら超大金持ちじゃん」

アダム「別に今も困ってないけど」

ルカ「あんたね、そういうことだよ?」

SE:ノック音

スケアクロウ「おーい!ちょっとー!ドア開けてー!」

テウタ「あ!ピザかな?」

スケアクロウ「お待たせー!ピザのお届けですよー!」

シュウ「あとチキンな」

ルカ「やったー!腹減ってたんだ!………んー!いい匂い!」

スケアクロウスペシャルトッピングは、俺からのサービス!」

ルカ「うーん、分かってるな!………んー、んまい」

シュウ「お前、立ったまま食うなよ」

モズ「これ、僕作ったんだけど、よかったら」

SE:猫の鳴き声

ルカ「ん?オシャレなサラダだなー!」

モズ「アダムがロシア生まれだって聞いたから、何か作れればと思ったんだけど、僕、ロシア料理はあまり詳しくないんだ。見よう見まねで悪いけど」

アダム「………オリビエサラダ。ロシアじゃ定番のサラダだよ。ありがとう、懐かしいな」

モズ「なら、よかった」

アダム「どうもありがとう。その、この家にも呼んでもらって」

スケアクロウ「いいのいいの、テウタの友達は俺達の友達」

シュウ「そうでもしないとお前友達少ないもんな?」

スケアクロウ「うるせーな!ちげーし!友達いるし!」

シュウ「俺はその人数から抜いといてくれよ?」

スケアクロウ「えっ?」

リンボ「お待たせー『ドミニク・アンヘル』のケーキの到着だ」

テウタ「ほんとにドミニクケーキ買えたの!?」

リンボ「まあな、俺の顧客が知りあいでね。ほら、リクエストもちゃんと承りましたよ」

テウタ「ほら、アダム!開けてみて!」

アダム「ありがとう。えっと…………」

N「ケーキの箱をそっと開く。中から現れたのは、真っ白なクリームのケーキ。真ん中に、青いバラの砂糖菓子が乗っていた」

アダム「これ、すごく綺麗だね………!」

テウタ「ほら、アダム、青い花が好きでしょ?」

アダム「………うん、そうだね」

リンボ「よし、んじゃふたりともゆっくりしていってくれ」

シュウ「俺達はこのへんで」

モズ「ごゆっくり」

スケアクロウ「………………」

シュウ「おいクロ、行くぞ」

スケアクロウ「えー、俺もドミニクのケーキ食いたいー!」

リンボ「邪魔すんなって。ほら、行くぞ」

スケアクロウ「あ!アダム!お誕生日おめでとうな!」

SE:走ってドアを閉める

ルカ「よーし、んじゃ歌うぞ?」

テウタ「せーの」

テウタ・ルカ「「ハッピーバースデー トゥーユー、ハッピーバースデー トゥーユー♪
ハッピーバースデー ディア アダム♪ ハッピーバースデー トゥーユー♪」

SE:拍手

テウタ・ルカ「「おめでとー!」」

アダム「ふたりとも、ありがとう」

テウタ「ああ~待って待って、ろうそく消すの、動画撮る!」

ルカ「ほら、ろうそく消す前に願い事しなよ!」

アダム「願い事なんてないよ」

ルカ「なんかあるだろー?宝くじ当たりますようにとかさ」

アダム「お金なら困ってないって」

 

========数時間後======-

アダム「それじゃ、お邪魔しました」

テウタ「うん、気を付けてね」

ルカ「アダム、車もう来てる?荷物乗っけていい?」

アダム「ああ、もう来てると思うよ」

ルカ「んじゃ、先に行ってるよ」

SE:靴音

テウタ「今日は楽しかったね」

アダム「うん、ありがとう。リンボ達にもよろしく言っておいて」

テウタ「うん、分かった」

アダム「それと、ニューシーグ・ギャングスタの試合も楽しみにしてるよ」

テウタ「私も楽しみ!スタジアムでさ、高くてマッズイホットドッグと、ぬるいビール飲もうね!」

アダム「はは、そうだね。それじゃ、おやすみ」

テウタ「うん、またね。おやすみ」

アダム「あ、そうだ。プロムの日の事だけど、19時には迎えに行くから」

テウタ「え?」

SE:靴音・車の音

==========ニューシーグブリッジ=======

ルカ「んー!今日は食ったなー!」

アダム「……………………」

ルカ「あの家、最初はさ、あたしは反対だったんだ。初めていったとき、どこから文句つけて、何を理由にあの子を連れて帰ろうって考えてた。でもさ…………あの子、なんかこう、心から楽しそうだった。あいつらのことを信用してるのもよく分かったし。分かっちゃうんだよな、あの子の頭ん中って」

アダム「そうだね」

ルカ「なーんか、寂しくない?」

アダム「寂しい?何が?」

ルカ「あの子、これまでにないってくらいの笑顔であたしにしゃべるんだ。あの男がどんな話をしたとかさ」

アダム「僕は嬉しいけど」

ルカ「うーれーしーいー!?どの口が言うんだよ、ったく。あたしが知らないとでも思ってんの?あんた、昔からずっとあの子のこと…………」

アダム「ねえ、それより、大事な話があるんだ」

ルカ「ああ、そういえばそうだったな。で?話って?」

アダム「落ち着いて、聞いてほしいんだ」

ルカ「なんだよ、神妙な顔しちゃって。大事な話?だったらテウタも呼んだ方が…………」

アダム「(さえぎって)テウタは呼ばないで」

ルカ「お、おう…………分かった。で?なんの話なんだ?」

アダム「………………この前、会ったんだ」

ルカ「誰に?」

アダム「ゾラに」

ルカ「えっ!?ゾラって…………テウタの、兄貴の…………」

アダム「そう、そのゾラだよ。この街にいる」

ルカ「そんな………………だって……………だって、そんなの……………………」

アダム「ありえないはずなんだ。でも………確かにこの前、会った。夢なんかじゃない。確かにこの手で触れた。それに………………また僕に会いに来るって言ってた」

N「ルカは顔を押さえて、座り込んでしまった」

ルカ「どうするの…………………どうしたらいいの?あたし…………あの子になんて言えばいいの?」

アダム「ルカ…………」

ルカ「なんでよ………なんでこんな……………だって、もう6年も経つんだよ?どうして………………」

アダム「僕も………………どうしていいか分からない………でも、僕はルカの事も心配なんだ。一体どうしたら………………」

ルカ「なんでだよ……………………なんで……………………なんでなんだよっ……………………!」


========ハリー&キース======

ニュースキャスター「逮捕された元地方検事のヴォンダ・ウォルドーフ氏は現在も黙秘を続けています。ウォルドーフ氏が関わったとみられる裁判にについては再審理の要求が相次ぎ、検事局はその対応に追われています」

N「朝一番のカフェは、慌ただしくコーヒーをテイクアウトする人の方が多く、店内は空いている。アダムは毎朝、ここで新聞を読んだり、本を読んで過ごす」

SE:めくる音

N「ずっと大事に読んでいた本の、最後の1ページを捲った。最後の一文をなぞる。未完のまま終わった物語。遺稿も出版されているらしいが、アダムは読む気になれなかった。作者がどんな物語を紡ごうとしていたのか。その心から離れてしまった文字は、ただの文字でしかない。青い花に魅入られた青年。青い花に垣間見えた、愛らしい少女の姿………本を閉じ、目を閉じる。いつかテウタが言っていた言葉を思い出す。『想像力があれば何処へでも行ける』いつかの詩人が思い描いた、その世界へ………………」

ゾラ「よお、アダム」

アダム「えっ!?」

N「周囲の音が、消える」

アダム「ゾラ………………」

ゾラ「元気か?顔色が悪いな?」

アダム「…………教えてほしい。どうして、この街に?」

ゾラ「どうして?ここが俺の街だからだよ。昔はよく遊んでやっただろ?」

アダム「お願いだ…………何故なのか教えて………………」

ゾラ「俺に会いたくなかったか?お前は俺に会いたいんだと思ってたよ。ずっと俺の事を考えてた。そうだろ?」

アダム「どうして…………」

N「ゾラはアダムのコーヒーカップを手に取った」

ゾラ「…………(珈琲を飲み)ふう、仕事までまだ時間はあるだろ?久しぶりなんだ。少し話でもしようぜ、なあ?」

アダム「……………………」

ゾラ「俺が最後にお前に会った時、お前いくつだった?」

アダム「え…………?」

ゾラ「確か17だったか?テウタと一緒にプロムに行く予定だったろ?あいつ、楽しみにしてたな………」

アダム「僕はどうしたらいい?あなたの望みは?」

ゾラ「望み?なんだよ、言ったら叶えてくれるのか?あ?」

アダム「………そうだ。聞かせて」

ゾラ「全部だよ」

アダム「全部?」

ゾラ「俺が失くしたもの、お前が奪ったもの、全部だ」

アダム「そんなの……………どうすればいいんだ…………?」

ゾラ「お前、覚えてるか?あの時の、手の感触……………」

アダム「やめてくれ………………もう………………」

N「アダムの向かいの席には『誰も』いない」

アダム「違う、僕は、そんな風に思ってたわけじゃない…………」

N「アダムの顔色が、より悪くなっていく」

アダム「え?ルカ?どうして、そんなことを聞くんだ?違う…………違うんだ………そうじゃない!」

N「汗が、止まらない」

アダム「違う違う違う!黙ってくれ!!(叫び)」

=========ニューシーグテレビ局 ゼロアワー収録スタジオ======

スタッフC「はい、オッケーです!チェック入ります!」

アダム「……………………」

N「最新医療の特集のコーナーの収録。ニューシーグアカデミアのオルステッド教授が、コメンテーターとして同席していた」

サウリ「君がこんなに最新医療技術について詳しいなんて知らなかったな。大学の専攻はなんだった?」

アダム「僕の専攻は文学ですよ。それに、詳しいわけじゃない。昨日の夜、一夜漬けで頭に叩き込んできただけです」

サウリ「私の教え子の医学生なんかより、よっぽど知識が定着しているよ」

スタッフC「チェックOKですー!ゲストのサウリさん、アンカーのアダムさん、上がりまーす!」

スタッフA「お疲れ様でした!」

スタッフB「おつかれっしたー!」

N「オルステッド教授、お疲れ様でした」

サウリ「ああ、ここで少しパソコンを使ってもいいかな?」

アダム「構いませんよ。このスタジオ、後ろの時間はしばらく空いてるんで」

サウリ「ありがとう」

N「サウリはノートパソコンを取り出した。アダムは机の上に広げたままの原稿を集める」

アダム「(あれ?僕のペン………………またどこかに………………)」

サウリ「最後に検査したのは、いつだ?」

アダム「え?」

サウリ「検査だよ。PET検査は?」

アダム「……………………」

サウリ「前回、私が診察した時、すでに随分進行していた。顔色も悪い。痛みはあるか?今日はヘルベチカも来てる。この後合流するから、もし病院に行くなら手配させるよ」

アダム「痛み………………?」

サウリ「……………………どうやら、そう長くはなさそうだな」

アダム「え?」

サウリ「ルイ・ロペスも終わった。見ているのはとても楽しかった。でも一番美しいのは、壊れ始めた時だ」

アダム「一体何の話を……………」

N「サウリはマウスを二回、クリックした」

サウリ「終わりは近づいているよ。アダム・クルイローフ」

アダム「(…………フルサークルの、画面?)」

N「サウリはにこりと微笑むと、パソコンを閉じて立ち上がった」

サウリ「さようなら」

SE:足音・フルサークル受信音

アダム「……………………」

スタッフA「ちょっと……これ……………」

スタッフB「嘘だろ……………………」


アダム「ゾラ?」

N「アダムが前を向いたとき、そこにはゾラが、立っていた」

アダム「ゾラ!!!」

N「後ろを向いて、歩いていく。追いかけようと走り出すが、足がもつれて転んでしまう」

アダム「………………っ!?」

スタッフC「大丈夫、ですか?」

N「立ち上がろうとして手をつくと、あのペンが落ちていた。そっと握りしめて立ち上がる」

スタッフC「あの……………………」

アダム「離せっ!」

スタッフC「うわっ」

N「アダムは腕に手をかけたスタッフを払いのけ、ゾラの姿をおいかけた」

SE:走る音

アダム「早く………………早く、あいつを止めないと…………僕が止めないと………………!」

SE:走る音

アダム「はあ…………はあ…………はあ……………どこだ……………どこに………………」

ゾラ「くくく…………………………ははっ」

アダム「……………っ!?どこだ!どこにいるんだ!」

通行人女「きゃっ」

アダム「違う……………違う…………………」

通行人男「おい…………………あんた、どうしたんだ?」

アダム「え?」

ゾラ「どうしたんだって聞いたんだよ、くくっ……………」

アダム「どこだ!!どこにいる!?(力いっぱい叫びながら)」

アダム「ゾラ………………どこにいるんだ……………お願いだ……………行かないで…テウタのところに、行かないで…」

SE:転んで倒れる音

アダム「っ!?」

ゾラ「派手に転んだなァ、大丈夫か?立てるか?」

アダム「どこにいるんだ!ゾラ!!」

ゾラ「俺はずっとお前と一緒にいるだろ?」

アダム「ゾラ………………ゾラ…………どこに………………」

ゾラ「俺を止めなくていいのか?俺はテウタに会いたい………可愛い妹にな」

アダム「やめろ!!!!やめてくれ!!!」

ゾラ「さあ、どうする?早く俺を見つけろよ?」

アダム「ゾラアアアアアアアああああああああああああああああっ!(絶叫」

ヘルベチカ「ちょっとすみません、通してください。どなたが怪我を…………アダム?大丈夫ですか!?」

通行人女「分からないんです。急に大声を出したと思ったらそのまま倒れてしまって………」

通行人男「声をかけても、返事をしないんです」

サウリ「私が診よう。ヘルベチカは救急に連絡を。状況を説明しなさい」

アダム「ゾラを………止めてくれ…………ゾラは……………危険だ…………(小さく絞り出した声で」


===========病院==========-

SE:モニター音

アダム「(見慣れない天井……………ここは…………どこだ………………?)」

サウリ「目が覚めたか?」

アダム「サウリ…………」

サウリ「手遅れとはいえ、進行を遅らせることも出来たし、痛みを抑えることもできた。何度も言ったのに、君はなぜ自らを苦しめるのかね」

アダム「………………何の話ですか?」

サウリ「君の脳腫瘍の話だ」

アダム「僕の…………脳腫瘍………………」

アダム「(脳の、腫瘍………………そうだ、僕の身体の中の、消えない毒……………)」

サウリ「意識がはっきりしていないようだね。アレックスに頼まれて診たのがいつ頃だったか………………早く手を打てば、せめて痛みを和らげることは出来たはずだ」

アダム「痛みは、ない…………苦しくは、ない」

サウリ「メディアが君を血眼で探しているよ。『アダム・クルイローフは人殺し』…………フルサークルの書き込みにみんな注目している」

アダム「フルサークル………………?」

サウリ「こんな書き込み、普通ならよくあるデマかと流されるところだが、直後にセントラルコアで発狂する姿が目撃されれば、みんな興味津々だろうね。私は、君がこれからどうするのかに強い興味がある。こんなにも壊れてしまったのに、尚も自分を壊そうとしている。君が払ってきた犠牲を考えれば、君はもっと手に入れていいはずだ」

アダム「愛は…………心のうちに、絶えず、静かに燃え続ける………ただ、惜しみなく与う(あたう)もの」

サウリ「どういう意味かな?哲学にも文学にも興味はなくてね。愛を隠して静かに燃やしたまま、消えようと思っていたのか?」

アダム「あなたは、この世界に、何を望んでいる………?僕に、何を望んでいる?あなたは、何をしているんだ?」

サウリ「私は何もしていない。ただきっかけを与えただけだ」

N「サウリはサイドテーブルにクイーンの駒を置いた」

サウリ「チェスの何が楽しいか分かるか?自分の駒を有利に動きかすことでも、相手の駒を取ることでもない。相手の駒がどう動くか、それを支配する瞬間だよ」

アダム「何の話だ?僕は駒じゃない……………」

サウリ「アレックスは………いや、アレクセイは、ルイ・ロペスを作り、大局を見誤り、過ちを犯した。そして今なお、見苦しく、過去の過ちとともに生きることを選んだ。本当につまらない道を選んだと思うよ。君はどうする?」

アダム「僕は………ただ、愛しているだけ……………」

サウリ「その愛の証明に、殺す?それもいいだろう。いや…………そうだった、君はもう、人殺しだったな」

ゾラ「そう、俺を殺した。可愛い妹にももう会えない。お前のせいで」

N「ゆっくりと、瞬きをすると、サウリにゾラの姿が重なる」

サウリ「どうした?」

アダム「ゾラ!お願いだ!!僕のことは許さなくていい!僕を憎み続けて、苦しめてくれていい!!でも、テウタとルカには近づかないで……………お願いだ…………」

N「懇願するように声を絞り出した、が、もう一度瞬きをした時、そこにいたのはヘルベチカだった」

アダム「えっ…」

ヘルベチカ「大丈夫ですか?検査の結果はまだなんですが、高カリウム血症が………」

アダム「ヘルベチカ………………?」

N「ヘルベチカは身をかがめてアダムの顔を覗き込む」

ヘルベチカ「ルカとテウタにも連絡しました。リンボがふたりを拾って、車で向かってますよ」

ゾラ「ルカとテウタが来るのか」

アダム「やめろ!!!」

ヘルベチカ「わっ…………!」

N「腕に刺さった点滴の針を抜き、『ゾラ』を突き飛ばした。モニターの音が耳に障る」

サウリ「………………」

ヘルベチカ「アダム!どうしたんですか!」

アダム「来るな!」

SE:走り出す音

ヘルベチカ「アダム!待って!」

看護師「どうしたんですか!?」

アダム「どうして…………なんで…目が…………目が見えない………!なんで、見えないんだ………!?」

N「頭を左右に振ると、ぼやけた視界が少しだけ戻ってくる」

アダム「大丈夫…………大丈夫だ…………早く、早くいかなくちゃ…………」

ヘルベチカ「アダム!」

ゾラ「アダム」

アダム「来るなァ!」

SE:走り出す音

アダム「はあ、はあ…………早く…………早く、あの場所に…………」

通行人男「おい!あんた!何するんだ!俺の車だぞ!」

通行人女「ちょっと!なんですか?」

アダム「あの場所は、危険だ、ルカが………………あんなことに……僕が、守るんだ………」

SE:エンジン音

N「車のアクセルをぐっと踏み込む。隣には、ゾラが座っている」

アダム「早く、早くいかなくちゃ…………テウタを、助けなきゃ…………あの場所に行くなって………………言うんだ…………あの場所で…………ルカは………早く……………僕がなんとかしなくちゃ…………!」

ゾラ「そうだ、急がないと。ルカとテウタを助けられないぞ」

アダム「急がないと………………早くあの場所に………!」

ゾラ「おいおい、安全運転で頼むよ。事故で死ぬなんてごめんだぞ?くくっ………………」

アダム「テウタは………………あんな目に遭わせたりしない……………僕が………………僕が止めるんだ!」

ゾラ「道は分かってるのか?ん?」

アダム「急げ………………急げ………………急げ………………急ぐんだ………………!」

SE:スリップ音 クラクション音


テウタ「アダム、しっかりして!アダム!ねえ、聞こえる?ねえ、どうしよう!サウリ先生!」

ルカ「おい!聞こえるか?アダム!おい、アダム!」

アダム「急がないと…………」

N「車からずり落ちるように外に出ると、テウタがアダムの背に手を回し、起こそうとする。アダムはその手を強く握った」

アダム「テウタ、あの場所に行かないで。ルカが、ルカが大変な目に遭った。テウタは、あの場所に行かないで」

テウタ「アダム?どうしたの?あの場所って?」

ルカ「アダム………………もういいから、ねえ、もうやめようよ」

アダム「僕が、殺すから。僕が、ちゃんと殺したから………………もう、大丈夫…………」

テウタ「殺した………………?アダム、何を言ってるの?」

ゾラ「俺を殺したんだよな?」

アダム「はあ………はあ…………黙れ!ゾラ!!!」

ゾラ「おお、怖い。くくく……………」

テウタ「ゾラ…………?何を言ってるの?サウリ先生!アダムの様子が変なの!あの、どうしたら!」

リンボ「テウタ、俺が代わる。肩こっちに寄越せ。その事故った車からは離れたほうがいい。
ほら、アダム。こっちに手を…………」

アダム「離せ!!!!」

リンボ「お、おい!」

アダム「早く…………早くいかないと………早く行けば、間に合うかもしれない…………そうだ、ルカを助けられるかもしれない…………!」

SE:走る

テウタ「アダム!待って!!!」

SE:走る
ルカ「アダム!!」

SE:走る

アダム「ゾラ!!どこだ!!!」

SE:鼓動

ゾラ「くくくっ……………」

N「足がもつれて転んでしまう。地面に手をついて立ち上がろうとすると、土と草の匂いを感じた。あの時と同じ。土と草…………そして、血の匂い」

ゾラ「どうした?大丈夫か?」

リンボ「おい!アダム!」

アダム「お前がどんなに良い兄だったかなんて知らない………お前はあの日、ルカを襲った………………ルカに、酷いことを、したんだ!」

テウタ「え…………」

ルカ「…………っ」

アダム「あの日、あの場所で、お前はテウタが来るのを待ってたんだ………………もしかしたら………………最初からテウタのこと……」

テウタ「アダム?何言ってるの?………………ねえ………………ねえルカ?どういう…………」

ルカ「うわああああ!(泣き崩れて」

アダム「ルカ………ルカ、ごめんね………………僕がもっと早く助けに行けばよかったんだ………………でも大丈夫…………ゾラは僕が、ちゃんと殺すから…………」

テウタ「アダム?何なの?お兄ちゃんが、どうしたの?ねえ、ルカがどうしたの!?」

ルカ「アダム………………あの後、お父さんの会社の人を呼んで、助けてもらうっていってたのに………………まさか、アダムが………」

アダム「僕は………………僕が…………」

テウタ「ルカ…………あの後って、なんなの?」

ルカ「テウタ……ごめんね……ずっと黙ってて、ごめんね……………………。あたし、あたし……………」

テウタ「お願い、教えてよぉ………………ねえ、お兄ちゃんがどうしたの?」

ルカ「…………あのね、テウタ。あたしね…………ゾラに…………ゾラに……………っ」

アダム「ルカ…………もういい…………………僕が何とかするから………………だから………」

ルカ「アダムはあたしを助けてくれただけなんだ!!ねえテウタ、そうなんだ。アダムは悪くない」

テウタ「どういうことなの?なにがあったの!?」

ルカ「ゾラが………………あたしを………………あたしを………………っ!」

テウタ「え…………お兄ちゃん…………………が……………………」

ルカ「ごめんねえ……………!ごめん…………でも、言えなかったんだよ………!だってゾラは……………………あんたの………………ごめんねっ…………………!」

テウタ「お兄ちゃん」

ルカ「アダムはあたしを助けてくれただけなんだ。だからお願い、アダムを許してあげて」

テウタ「許すって………………何を………………」

ゾラ「はっきり言ってやれよ。殺したって。俺を、殺した。ゾラを、殺した」

アダム「僕がゾラを殺した!!!!!!」

ルカ「うわああああああ!あたしのせいだ……………あたしが悪いんだ………………」

テウタ「どうして…………なんで……………………なんなの………………」

リンボ「アダム、お前………………」

サウリ「アダム、病室にこれを忘れただろう」

N「サウリはアダムに向かって何かを放り投げた。転がってきたものに手を伸ばすと、それはナイトの駒だった」

サウリ「君はあの日、ルカを守り、ゾラを殺した。そうでもしないと、大事なテウタまで襲われると思ったか。その始末を、クルイローフに依頼し、その日からルイ・ロペスの仲間になった」

アダム「(僕がゾラを殺した、その証の、ナイトの駒……………)」

サウリ「それからずっと君のことを観察していたよ。どんな風に君が壊れていくのかをね」

ヘルベチカ「先生?先生は知っていたんですか?一体どういう………………」

サウリ「はあ…………教師をしていて、一番退屈なのが答え合わせの時間だ。生徒たちは自分の答えがあっているか、自分の知らない答えはどんなものか期待の眼差しで待っている。でも私にとってはただの再放送に過ぎない。実に興が削がれる」

ヘルベチカ「先生……………………」

サウリ「賢いお前なら、もう推測出来ているだろう?だからこそ、絶望が宿った目をしている」

ヘルベチカ「どういうことか説明してください!」

N「サウリはクイーンの駒を取り出した」

サウリ「ルイ・ロペス。実に興味深い存在だった。アレックスは実に純粋な理想を掲げ、騙され、裏切られ、そして崩れていった」

リンボ「あんたは、アレックスがルイ・ロペスを作ったことも、ヴォンダが関わってたことも、それに………………アダムがゾラを殺したことも全部知ってたってことか」

サウリ「私は何もしていない。皆にきっかけを与えただけだ。強要もしていないし、法も犯していない。人も傷つけていないし、殺してもいない」

ヘルベチカ「先生は、ずっと全て知っていた…………ずっと見ていた、そういうことですか?」

サウリ「…………君達には理解が難しいだろう。私は自分のこの感情をよく見つめ直してみた。お嬢さん、前に日本の金継ぎを教えたことがあったね?壊れた破片を美しく繋ぎ合わせ、壊れているからこその美しさを。壊れていることに意味がある。そしていつまで経っても壊れたものであり続ける美なのだ。ヘルベチカ。お前にこびりついて消えない過去も後悔も、実に美しかったよ。でもアダムの美しさはもっと崇高だ。壊れたまま、尚自分を壊そうと足掻いている」

テウタ「うるさい!!!みんな黙って!!!」

N「サウリが言葉を言い終わる前に、テウタが声を荒げた」

テウタ「アダム…………あなたがお兄ちゃんを、殺したの?」

アダム「ああ………僕がゾラを殺した……………この手で………………」

テウタ「ルカ…………お兄ちゃんはあなたを襲った。アダムがそれを助けにきた。そうなんだね?」

ルカ「……………………」

テウタ「ルカ、お願い。教えて………………!」

ルカ「そうだよ……………あの日、あたしはテウタを探しに行ったの。それで………………ゾラは様子がおかしかった。きっと病気だったんだよ……………だから……………」

テウタ「どうして……………ずっと黙ってたの………………」

ルカ「言えなかった!ゾラが、あんな………………だって…………………言えなかったんだよ!!ごめんね………………テウタ……」

N「テウタはルカをきつく抱きしめた。ルカも縋るように、両腕に力をこめていた」

テウタ「ルカ…………ごめんね…………私、なんで、何も知らないで……………お兄ちゃんのこと、ルカに相談したり……………どうしよう……………私、そんな…………私、ひどいこと……」

ルカ「ごめん…………ごめん、あたしが悪いの。だからお願い、アダムのことは許して………………」

テウタ「……………っ」

N「テウタはルカから身体を離し、立ち上がってアダムに向き直った」

アダム「(………………いつか、こんな風に真実と向き合う日が来ると覚悟はしてた。でも、来てほしくなかった。秘密を守ったまま、消えたかった…………)」

アダム「テウタ……………君が時間を遡れるって知った時、どうにかしてあの時に戻って、僕を止めてくれないかって何度も何度も考えたんだ。そうしたら、誰も傷つけない方法があったかもしれないって。君と、あの日プロムに行けたかもしれない。でも、君が過去を変えてくれたとしても、それで未来が代わったとしても、僕がゾラを殺した事実は、消えることはない。なかったことには………ならないんだ」

N「ふわりと、優しいぬくもりが包み込むテウタの腕が、きつくアダムを抱きしめる。ずっと求めていた、安らぎだった」

アダム「(あったかい…………テウタ………どうか、僕を許したりしないで)」

テウタ「…………ごめんね、そんなこと、あなたに言わせたくなかった」

アダム「(駄目だよ、テウタ。君は、そんなことを言わないで)」

テウタ「……………………」

N「テウタはアダムの肩を掴んで、その目をまっすぐに見た。」

アダム「(テウタの顔が……………よく見えない)」

テウタ「アダム、あなたは『差し迫った危険』を感じた。そうでしょ?」

リンボ「テウタ、お前………」

アダム「差し迫った、危険?」

テウタ「だって、お兄ちゃんは体格も良かった。あの時のアダムからしたら身体の大きな大人だよ」

テウタ「アダムは子どもだった。命の危険を感じたから、身を守るために攻撃した……そうでしょ?」

=========回想============

(ゾラを押し倒し胸倉をつかみながら)

ゾラ「やめろよ、冗談だろ?俺は………銃を持ってる………お前、ただじゃおかねえぞ?」

====================-===

アダム「……………ゾラは丸腰だった。反撃なんか、してこなかった」

テウタ「あの頃のお兄ちゃんは、人が変わってた。優しい人なんかじゃなかった!」

テウタ「何か言ったんでしょ?アダムのことを脅した、そうなんでしょう?」

=========回想===========

ゾラ「お前、テウタのことが好きなのか?それでキレてんのかよ?あ?いきがってんじゃねえぞ、クソガキ!ぶっ殺すぞ!あいつは俺のものだ!」

=======================

アダム「ゾラは、テウタを愛してた。愛してると伝えてくれって、最期までそう言ってた。
危険な人なんかじゃなかった。それでも、僕は彼にいなくなって欲しかったんだ。僕は、彼をただ殺したかった」

テウタ「アダム!嘘をつかないで!お願い!私の言ってること、分かるでしょ!」

N「目の前が、だんだん、暗くなっていく」

アダム「(お願い………お願いだ……ゾラのことを悪く言わないで。君の中の、大切な家族を、悪く言わないで…………)」

テウタ「(だんだん遠くなる声)アダム!ねえ、お願いだから!私の言ってること、意味がわかるでしょ!アダム、お願い……………お願いだから……」

アダム「(見えない……君の顔が、見えない。声が、聞こえない…………消えてしまう前に……………………お願い……僕が消える前に、あと少しでいい……………時間を…………)」


==========???================

SE:木槌

リンボ「愛する人間を守ることは、罪ではありません。彼はたった一人で、大切な人を守ったのです。
彼の殺意を示す証拠がありましたか?彼が殺めた被害者の遺体がありましたか?凶器は?目撃者は?あるのは、彼を追及する匿名の声だけ、世間の注目を集める事件を検察が取り上げないわけないはいかないのは、よく分かります、それが正義の義務ですから。裁判長、どうか忘れないでください。彼はたった一人で、大切な人を守ったのです」

裁判長「弁護人からは以上ですか?」

リンボ「以上です」

裁判長「検察は?」

検察官「検察から、特に付け加えることはありません」

裁判長「分かりました。事件番号10BA 2863 証拠不十分のため、不起訴とする」

SE:木槌

===========ニューシーグ警察署===========

N「警察所で、ルカはサウリと向き合っていた。アダムの事件と、ヴォンダの事件。その両方に関与しているのではないかとルカは睨んでいた。ルカだけではない。ヘルベチカも、テウタもそう思っていた。サウリはすべてを知っていて、黙っていたのだから」

ルカ「……………………」

サウリ「他に聞きたいことは?」

ルカ「いや………………」

サウリ「では私から質問だ。私はなぜここに呼び出されているのかな?何の事件に、どんな関連があって呼ばれているんだ?」

ルカ「それは…………」

ヘルベチカ「アダムは不起訴になった。でも、殺害されたゾラの遺体を葬ったのはルイ・ロペスの誰かだ。あなたはそれを知っているはず。あなたが指示した可能性だってある。違いますか?」

サウリ「お前の憶測以外の論拠は?」

ヘルベチカ「……………………」

サウリ「さて………………何か調べている事件があるなら、喜んで手を貸そう。市民の務めだからね。特にないなら………今日はこれで失礼するよ」

SE:足音

N「サウリは背を向けて歩き出した」

テウタ「あなたも、さぞ美しいんでしょうね」

N「テウタが大きな声で呼びかけると、サウリは足を止めて振り返った。いつもの、優しくて、穏やかなあの笑顔で」

テウタ「人間は壊れてこそ美しいんでしょ?あなた、相当壊れてるから」

サウリ「お嬢さん、君は常に正しくあろうと足掻きながらも、偽善者になることを恐れてきた。そうだろう?」

テウタ「だから何?」

サウリ「私も同じだよ。偽善者になるよりも、傍観者でいる方がいい」

テウタ「私は、傍観者になんてなりたくない。私達は、本当に美しいものを知ってるから」


============タクシーの車内==========

(テウタの肩に寄りかかるアダム)

ニュースキャスター「人気タレント、アダム・クルイローフ氏にかけられた疑いは晴らされ、不起訴処分となりました。かねてから問題視されていたウェブサイト『フルサークル』。警察はこのSNSにアダム・クルイローフ氏に関する虚偽の情報を投稿した人物を捜索しています。一方、アダム・クルイローフ氏が降板した番組『ゼロアワー』は視聴率が低迷し、復帰を望むファンの署名は数十万にも及んでいるとのことです。同局も、番組復帰のオファーを出しましたが、休養のため、故郷のロシアに一時的に帰国するとのことです」

(ゆっくりと目を開けて)

テウタ「プロム、行けばよかったね」

アダム「いけないよ」

テウタ「そっか。コサージュ、欲しかったな」

アダム「いつか渡すよ、まだ持ってるから。青い、バラの花。夢が叶うって花言葉。君の夢が、叶うように。そうしたらきっと、僕の夢も叶う」

テウタ「アダムの夢?なんなの?」

アダム「さあ…………………それはいつか、話せるときがきたら言うよ」

テウタ「何それ、ずるいなあ、アダムは。そういえば先週、ルカとの3人の定例会、すっぽかしたでしょ?」
(アダムはまた目を閉じる)

アダム「ああ、そうだった、ごめん。なんか、忙しくて」

テウタ「もう、次は絶対だよ。約束、だからね?」

アダム「うん…………約束だ……………」

(そこにはテウタの姿はない)


SE:ウインカー音

運転手「アダムさん、この先空港までずっと渋滞しているみたいだから、迂回の道を通ってもいいですか?あれ、電話じゃなくて寝てたんですか。…………良い夢でも見てるんですかね」

 


===============================================

オールド・ラング・サイン(蛍の光 替え歌が流れる)


懐かしい あの日の事を 思い出さなくなることは来るの?

友情も   いつか 忘れ去られる日が来るの?

大丈夫 僕らはいつまでも変わらない

こうして いつだって会えるでしょう?

だから 今日も僕らの友情に乾杯しよう

幼いころは 一緒に駆け回って遊んだね

大人になると 歩き疲れて眠りたくなることばかり

朝から晩まで 僕らはいつだって一緒だった

それが当たり前じゃないって知るには 時間がかかった

でも大丈夫 僕らはいつまででも 変わらずにいられるから

今日もこうして、友情に乾杯しよう

============================================
(録画された映像)

テウタ「せーの」

テウタ・ルカ「「ハッピーバースデー トゥーユー、ハッピーバースデー トゥーユー♪
ハッピーバースデー ディア アダム♪ ハッピーバースデー トゥーユー♪

アダム「ありがとう」

テウタ「ああ~待って待って、ろうそく消すの、動画撮る!」

ルカ「ほら、ろうそく消す前に願い事しなよ!」

アダム「願い事なんてないよ」

ルカ「なんかあるだろー?宝くじ当たりますようにとかさ」

アダム「お金なら困ってないって」

ルカ「くうーっ!むっかつくなあ!」

テウタ「一年に一回の誕生日なんだから、なんかお願い事しとかなきゃ損だよー」

アダム「じゃあ…………今がずっと続きますように。」


==========ゼロアワー(バックにはオールド・ラング・サイン))======


アダム「僕の生まれたロシアという国には、心のうちに絶えず静かに燃え続ける愛があります。
文豪レフ・トルストイ先生はかつて愛は惜しみなく与う(あたう)といい、誰もが口ずさんだ歌には見返りを求めない無償の愛がこめられていました。愛という感情は自分の心に流れるものしか感じることができない。自分の心の内に流れる愛を感じられる人間は、幸せです。僕は、幸せです。
毎日は完璧じゃなくても、生きていける。 誰もが誰かに愛される瞬間がある。それだけで、僕らは生きていける。それでは、みなさん、おやすみなさい」

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#5  (フルサークル)

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♂ スケアクロウ
♀ ルカ
♀イリーナ
不問 警察官
♂  カルメン
♂  ぺぺ
不問 通行人
不問 アニマ
♂  追っ手A
♂  追っ手B
♂  追っ手C
♀  看護師
不問 カパブランカ(アレックス)
不問 ゲストアカウント

 

=====夜のニューシーグ警察署にて====

警察官「こちら本部よりコード3.ベルスター、5番街で発砲事件の通報あり。全社、コード3、直ちに急行してください。現在身元不明の男性を搬送中。銃創あり、出血多量、意識なし。……………心肺停止を確認、蘇生処置を開始します」


========数日前=======


テウタN「責任。この言葉は、大抵の場合、嫌な時に使われる。責任を取る、責任がある。プレッシャーを感じる言葉だ。何かに対して責任を持つというのは…………」

ヘルベチカ「『重荷なのだろうか?』………へえ、なんだか随分小難しいことを書いてますね?」

テウタ「ちょっと、まだ書き途中なんだから横から読まないでよ」

ヘルベチカ「手書きで原稿書いてれば目に入りますよ。どうしてパソコンを使わないんですか?」

テウタ「考えながら文章を書くときは手書きがいいの。考えるスピードと書くスピードがちょうどいいバランスで…」

N「その時、ガタッという音を立ててスケアクロウが勢いよく椅子から立ち上がった」

スケアクロウ「やった!やっと開けた!」

テウタ「わっ!?びっくりした……いきなり大きな声出さないでよ」

スケアクロウ「ごめんごめん、でもほら、開けちゃったんだよ!さすが俺。さすが裏社会のボ……」

ヘルベチカ「何が開けたんです?」

スケアクロウ「(咳払い)ヒルダが途中まで解析してくれたデータだ。ほら、ロスコーが盗んだメモリだよ。『ルイ・ロペス』のリストが入ってるって話の」

テウタ「ほんとに!?」

スケアクロウ「まだ全部ってわけじゃないんだけど、名簿みたいなリストがあるのは確かだな。ほら、これ見て」

テウタ「これって……」

ヘルベチカ「見た顔が何人もいますね。バンク・オブ・ニューシーグの頭取オルテガに、イーライ製薬の重役……」

テウタ「あ!この人!アカデミアの理事長じゃない?」

スケアクロウ「他にも、ニューシーグ警察の刑事部長なんかもいるぞ」

テウタ「えっ!?それってルカの上司じゃない!?」

スケアクロウ「もしもこれが、そのルイ・ロペスっていう組織の関係者だとしたら、ものすごい繋がりだな……」

テウタ「イリーナさんは『色んな分野の人間が協力し合うから何でもできる』って言ってた……』

ヘルベチカ「警察、司法、医療、金融、メディア……そういった人間が裏で協力し合えば、不可能は限りなくゼロに
なりますね」

スケアクロウ「これがもし本当だとしたら、かなりヤバい話だな……」

ヘルベチカ「これはまだデータの一部なんですか?」

スケアクロウ「どのデータも何重にもロックがかかってる。ハードウェアの方に手を入れてロックを外しても、次のデータを開こうとするとまた別のロックがかかる。アニマにやらせてはいるけど、まだしばらくかかりそうだな」

テウタ「(イリーナさんが言ってたルイ・ロペス……一体どんな組織なの……?)」

N「テウタはフルサークルのメッセージ画面を開く。数日前に送ったメッセージは既読になったまま、なんの返答もない。イリーナが教えてくれた、ルイ・ロペスの連絡役だというアカウントだ」

テウタ「(既読になってるから、アカウントは存在してるはずなんだけど…………カパブランカ………ルイ・ロペスの、イリーナさんの連絡役………私がルイ・ロペスのことを知ってるってわかったら、反応してもらえないかな?)」

チャット画面

テウタ「あなたのこと、友達から教えてもらったんですけど、すこし話せますか?」

テウタ「白のナイトをC3へ、黒のナイトをC6へ」

テウタ「(あ!既読になったってことは今この画面を見てる!?……………って、メッセージ入力してる!?)」」

カパブランカ「誰に聞いた?」

テウタ「イリーナさんに聞いたの」

カパブランカ「イリーナに何を聞いた?」

テウタ「ルイ・ロペスって組織のことと、その組織が変わろうとしてること」

カパブランカ「お前の目的は?」

テウタ「ルイ・ロペスのことを知りたい。イリーナさんに頼まれたの。組織が変わってしまうのを止めたい。カパブランカなら何か知ってるって」

テウタ「(本当の事を書いたけど、どうだろう?返事、止まっちゃったな……………」

N「テウタはこのカパブランカにメッセージを送ることが危険かどうかスケアクロウに相談していた。アクセスからこちらの情報や居場所が分からないようにするツールも導入済だ。既読になったまま、返事のない画面を見ているとだんだんと怖くなってくる。イリーナとはあれからずっと連絡が取れない。面会を申し込んでも返答がないままなのだ」

テウタ「まだいますか?私、興味本位で聞いてるんじゃないんです。組織に近づくのは危険だってイリーナさんも言ってた。でも、私はイリーナさんと関わりを持った。友達と呼べるかは分からないけど……………でも知らない人じゃない。その人に頼まれた。私は、彼女の話を聞いた責任がある」

テウタ「(既読にはなったけど…………やっぱり返事はなし、か。……………あっ!)」

カパブランカ「組織は大きく変わってしまう気がしてる。ルイ・ロペスを作った兄弟はもう弟しかいない。弟は自分を殺そうとした兄を殺して生き延びた」

テウタ「兄が弟を殺そうとしたの?家族なのに?」

カパブランカ「人は変わる。力を手に入れれば使いたくなる。ルイ・ロペスはそれだけ大きな力を手に入れてしまった」

テウタ「『汚い水槽』の外に出るための力?」

カパブランカ「汚い水槽の中にも光はある。外に出ようとなんてしなけば良かった。兄が俺を殺そうとするなんて、信じたくなかった」

テウタ「(『俺』…?ってことは、まさか、カパブランカが『弟』ってこと?」

テウタ「あなたが『弟』なの?」

N「少し待っても、返事は来なかった」

テウタ「(聞いちゃいけないことだったかな。…イリーナさんが話してた、組織を作った兄弟の話…………………もしかしたらこの『カパブランカ』が弟なのかもしれない。お兄さんに殺されかけたなんて、何を言っていいのか分からないけど…………)

テウタ「私には兄が居たの。今はもう、いなくなっちゃったけど。そのお兄ちゃんが教えてくれたことがある。『生きていれば、全て強さに変えられる』って。私もそう思ってる」

カパブランカ「どうして君にこんな話をしたんだろう」

テウタ「(余計な事言っちゃったかな…)」

N「カパブランカはオフラインになってしまった。テウタもテウタで、なんと返事を送ったらいいのか分からなかった」

テウタ「(イリーナさん…ルイ・ロペス…カパブランカ………………分からないことが多すぎる。よく考えて行動しなくちゃ。クロちゃんにも相談してみよう」


=======金曜夜 ニューシーグ大通り=====


ルカ「そうなんだよ、ありえないだろ?あたしひとりでサクラダに出張なんてさ。カリフォルニアってアメリカの反対側じゃん」

テウタ「いいじゃん、カルフォルニア。私は行ってみたいなあ」

アダム「行ったことないの?」

テウタ「ないよ?私、ニューシーグから出たことないもん」

アダム「そういえばそうだったね。西海岸の雰囲気、テウタは多分気にいると思うな」

ルカ「とにかく、あたしはお断りだ。別の奴に代わってもらう」


=========パライソガレージ前======

ルカ「よお、カルメン。今週も来たぞー」

カルメン「………………」

テウタ「カルメンさん?」

ぺぺ「こんばんは。申し訳ございませんが、今晩は臨時休業とさせていただくことになりまして………」

ルカ「なーんだよ、今週の『お取り寄せグルメ』を楽しみにして来たのによー」

カルメン「(沈んだ様子で)ごめんなさいネ…………」

アダム「何か、あったんですか?」

カルメン「アタシのね、ダーリンが帰ってくるから、これから会いに行くところなのヨ」

テウタ「そう、なんですか…………?」

N「以前カルメンが話していた『ダーリン』の話は、離れているから早く会いたいという内容だった」

テウタ「(その割には、なんだか表情が暗いけど…………)」

ぺぺ「…………カルメンさんのダーリンさんが帰っていらっしゃるのは、病院になんです。あまり良い状況ではないようでして…………」

テウタ「えっ!?」

ルカ「そうだったのか…………」

アダム「これから向かうなら、僕の車で送りましょうか?」

ぺぺ「いいのですか?タクシーで行こうと思っていたところなのです」

アダム「構いませんよ。すぐに呼びます」

テウタ「私達も一緒に行っていいですか?」

アダム「もしもし、僕だけど…………うん、そう、すぐに車を回してくれる?うん…………よろしく」

ぺぺ「ありがとうございます。それは、とても心強いのです」

ルカ「アレックスは一緒に行かないのか?」

ぺぺ「アレックスには留守番を頼んでいます。どうにも、急な連絡だったもので…………」

ルカ「そっか…………」

カルメン「…………」

テウタ「(カルメンさん、いつもと様子が違う……心配だな…)」

 

======ニューシーグ病院========


SE:時計の秒針

N「カルメンは医師と一緒に病室に入ったきりで、テウタ達は待合室でただ座ってまっていることしかできなかった」

ぺぺ「……………………」

テウタ「カルメンさん、大丈夫かな…………」

ルカ「かなり落ち込んでたよな。前に『ダーリン』の話を聞いたときは明るく話してたのに………」

ぺぺ「…………ダーリンさんのこと、カルメンさんからはどのように聞いているのですか?」

テウタ「えっと……仕事で州外に行ってて、しばらくしたら帰ってくる予定だから、そうしたらマイホームを買って、アレックスのことも養子にして一緒に暮らすんだって…」

ぺぺ「そうでしたか……………」

N「ぺぺは顎に手をやり、大きく息を吐いた」

ぺぺ「ダーリンさんが州外にいるのは、仕事ではなく、治療施設にいたからなんです。彼はずっと昏睡状態で眠り続けていたのです」

アダム「そんな……!」

ルカ「カルメン、そんなこと一言も………………」

ぺぺ「カルメンさんは隠し事を嫌う人です。ダーリンさんの事も、隠すつもりはなかったと思います。ぺぺが思うに、カルメンさんはあなた達にダーリンさんの事を楽しく話したかったんだと思います。嘘をつきたかったわけじゃないと理解してあげてほしいのです」

テウタ「大丈夫。そんな風には思ってないですよ」

アダム「その…………彼の容体はどうなんですか?」

ぺぺ「良くないのです。だから、家族のいるこの街にと…」

ルカ「そっか……………なんつーか、その…なんて言ったらいいか分からないな」

ぺぺ「こういう時は、そういうものです」

SE:ヒール音

カルメン「……………………」

ぺぺ「カルメンさん」

N「カルメンが病室から出てきたところを見てぺぺはすぐに立ち上がり駆け寄った」

カルメン「ぺぺ……………」

ぺぺ「カルメンさん、こちらで少し座りましょう」

N「待合室のベンチに座るとカルメンは膝に突っ伏して、肩を震わせた」

テウタ「(カルメンさん…)」

N「ぺぺは黙ってその背中をさすっている」

カルメン「…………もう、そんなに長くないんですって」

ぺぺ「……………………」

N「カルメンは顔を上げた。その目は涙に濡れていたが、精いっぱい笑おうとしているのが分かる」

カルメン「今日死ぬか、明日死ぬか、それとも数日後か、それは分からないそうよ…」

テウタ「………………」

カルメン「そういえば、テウタとルカにはダーリンのこと話してたわよね。よかったら、会ってくれないかしら?」

ルカ「それはもちろん」

テウタ「はい」

アダム「僕もいいですか?」

カルメン「もちろんヨ!(元気にふるまいながら)みんなが合いに来てくれたと知ったら彼、目を覚ましちゃうかもしれないわネ。ほら、ついてきて」


=======病室内=====


SE:心電図フラット音

カルメン「テオ、アタシの大事な友達がお見舞いに来てくれたわヨ」

N「カルメンに続いて病室に入る。静かな部屋に、モニターの音だけが響いていた。ベッドに横たわる男性は本当に眠っているだけのように、穏やかな顔に見えた」

カルメン「紹介するわネ。ダーリンの名前はテオ。アタシと同じで、ヨソの国から来てこの街で底辺から這い上がってきたノ。自分たちは汚い水槽の中の魚で、外から気まぐれに投げ入れられる餌を待ってるだけだって。でもいつか、その水槽の外に出る、そう言って戦ってたノ」

テウタ「(汚い水槽の中の魚………………イリーナさんが話してくれたのとよく似てる…………?)」

カルメン「それで、どうなったと思う?」

ルカ「どうって…………」

カルメン「一番信じてた弟に、殺されかけたのヨ」

テウタ「えっ………………」

ルカ「なんだよ、それ………………」

カルメン「アタシは、彼の弟のことはよく知らないの。会ったこともなくて。でも彼を傷つけたのがその弟だってことだけは知ってる」

アダム「………………」

カルメン「アタシね、彼が何をしてるのかよく知らなかったの。彼がアタシに優しくしてくれるのはアタシがマイノリティだから助けようとしてくれてるんだって、思ってた。でも、そうじゃなかった。彼は、アタシを家族だと言ってくれた…………彼は、こんなアタシを真っ直ぐに愛してくれたノ」

ぺぺ「………………」

カルメン「アタシが愛するのを怖がらなければ、こんなことには…………」

ぺぺ「カルメンさん…」

N「ぺぺはテオのブランケットをそっと掛けなおした」

ぺぺ「遡って愛することは出来ないのです。自分を責めるのは、どうかやめてください」

N「カルメンはテオのベッドのそばに座り、そっと顔を近づける」

カルメン「いいえ、愛せるはずなのヨ。アタシにしか出来ない方法で」

N「カルメンはテオの手を両手で包みこみ、強く握りしめた」

カルメン「あなたをこんな目に遭わせた奴を、アタシは絶対に許さない。そのためなら、死ぬのは少しも怖くないのヨ」

テウタ「(………………カルメンさんが、明るく楽しそうに話していた恋人の話が、まさかこんな風になるなんて、思いもしなかった。力になってあげられることが、何もない…………)」

カルメン「(鼻をすすって)ごめんなさいね、なんだかしっとりしちゃったわ」

ルカ「それを言うならしんみり、だろ?」

SE:携帯着信音

ルカ「あ、悪い。あたしだ」

カルメン「アタシはまだしばらくテオと一緒にいるワ。お医者様ともお話があるし」

ルカ「はい、もしもし……………はい、はい…………そうですね、ええ。分かりました」

ぺぺ「ぺぺも残ります」

ルカ「ほんとごめん。あたし、ちょっと行かなくちゃいけなくなった」

カルメン「ああ、いいのいいの。気を遣わせちゃったわネ。でも、みんなが会いに来てくれたの、アタシは本当に嬉しいわ。それとね、アタシ、遠慮はしないで言うのがポリシーなの。だから言っちゃうわね。もし時間があったら、また会いに来てほしいワ。残ってる時間は少ないでしょ?アタシはアタシの大事な友達のことを、できる限りダーリンにいっぱい伝えたいのヨ」

ルカ「もちろん、必ずまた来るよ」

カルメン「ありがとうね」

アダム「僕はしばらく残りますよ。車もあるし」

ぺぺ「いいのですか?」

アダム「ええ、今夜は仕事もないので」

テウタ「あ、じゃあ私、お店に行って様子を見てきますよ。アレックスが一人なんですよね?」

ぺぺ「それはありがたいのです。店も閉めているので大丈夫だとは思いますが………」

テウタ「じゃあルカと一緒に出て、アレックスの様子を見たら、また戻ってきます。帰りに何か買ってきますから」

カルメン「何から何までごめんなサイ。でも、本当に助かるワ」

テウタ「カルメンさん、いつも言ってるじゃないですか。困ったときはお互い様、世の中持ちつもたれつって」

カルメン「ふふ、そうね………ありがとう」


=======パライソガレージ前=======

N「警察署へ向かったルカと別れ、テウタはパライソガレージへと向かった」

テウタ「(汚い水槽の魚……外から投げ入れられる餌……イリーナさんが話してたのとよく似てる。
偶然なの……?一番信じていた弟に殺されかけた……イリーナさんの話と逆だった。利用されて、兄が弟を殺そうとした………だっけ。カルメンさんも、外国から来たって言ってたし………いや、さすがに考えすぎかな。さっきまでクロちゃんと例のデータがどうのって話してたせいかも)」


N「パライソガレージの扉には『CLOSED』のプレートが掛けられていた。いつもなら大音量で漏れ聞こえる音楽も、今日は聞こえない。テウタがそっと扉に手をやると、鍵はかかっていなかった」

テウタ「(アレックス、いるよね?)」

ヴォンダ「どう始末をつけるつもりだ?(遠めから)」

アレックス「お前は口出しするな(遠めから)」

N「店の中に入ると、奥の方から話し声が聞こえた」

テウタ「(もしかしてお客さん来ちゃったのかな?)」

ヴォンダ「手に負えなくなったんだろう?クイーンは動いてくれないのか?」

アレックス「あいつは何もしない…………ただ見ているだけだ」

テウタ「(…………なんか、ちょっと揉めてるように聞こえるような…)」

N「そっと中の様子を伺う」

テウタ「(アレックス?それに……あれって地方検事のヴォンダさんだよね…………?)」

N「会話の内容が気になり、そっと物陰に隠れる」

ヴォンダ「ロスコーが持ち出したデータはいつか解読される。それを阻止するエンジニアももういない。我々は秘密でつながった組織だ。それがなくなれば簡単に壊れる。もっと大きな力を手に入れないと」

テウタ「(ヴォンダさん…いったい何を…)」

N「もう少し声が聞こえるように、少しずつ、少しずつ近づく」

アレックス「大きな力って?俺達はもう、十分過ぎる力を持ってる。それなのになぜコンテナに詰められた人間が死ぬんだ?何のための力が必要なんだ?お前が最高裁判事に指名されるためか?」

テウタ「(アレックス…だよね?)」

N「確かにそこにいる姿はアレックスだが、その口調はいつもと全く違う」

ヴォンダ「君達兄弟は、この街にこだわった。こだわり過ぎた。我々は影の有力者とも、表の有力者とも繋がりを手に入れた。なのに、それがどれほど大きな力を持つのか、君は何もわかっていないんだ。君も、君の兄も、小さなことしか見えていない。器の小さな子供だ。君はその体と同じ、成長していない」


N「ふとテウタに先ほど頭によぎった考えがよみがえる。イリーナの話、カルメンの話…」

テウタ「(そんな、まさかね………………でも………)」

SE:着信バイブ

テウタ「っ…………!!」

N「携帯の着信に驚いて思わず声をあげそうになる」

テウタ「(メール………クロちゃんからだ)」

スケアクロウ「ルイ・ロペスの『キング』の写真が出てきた。これ、どう思う?」

テウタ「(………写真?)」

N「メールに添付されていたのは何かの書類で、そこには写真も添付されていた。兄の方が弟の肩を組んで、二人とも笑顔を浮かべている。一人は病室にいたカルメンの恋人によく似た男性。そしてもう一人の顔は、アレックスだった」

テウタ「アレックス……!」

N「思わず声をあげてしまった。アレックスとヴォンダはテウタの方を見ている」

テウタ「(もう私に気づいてる…隠れてる方が変だよね)」

N「テウタはそっと物陰から身を乗り出した。心臓がドクドクと音を立てている」

テウタ「(さっきの写真……………アレックスによく似てた。関係、ないよね?だって日付は何年も前なのに、今のアレックスと同じ顔だなんて、そんなの…)」

ヴォンダ「君は…………確か前に会ったことがあるね?」

N「ヴォンダはゆっくりと近づいてくる」

テウタ「は、はい………リンボと一緒にいるときに………あっ!」

N「ヴォンダはテウタの持っていた携帯をサッと取り上げた」

テウタ「あ!あの!」

ヴォンダ「…………」

テウタ「ヴォンダさん?ちょっと、あの!」

ヴォンダ「アレクセイ、どうやら困った状況のようだ」

N「ヴォンダが携帯をアレックスに向かって投げた。アレックスは画面を見て顔をしかめた」

テウタ「あの!これはどういう…………」

アレックス「テウタさん。これはどこで?」

N「アレックスの声は今まで聞いたことがないほど冷たい」

テウタ「…………」

アレックス「答えて」

テウタ「ロスコーが持ってた、データの中に…………」

アレックス「(溜息)」

テウタ「(待ってよ…これって良くない状況…?さっきは考えすぎかとも思ったけど、まさか…でも、だとしたら…」

ヴォンダ「さあ、どうする?アレクセイ」

テウタ「…その写真の人は、アレックスの、お兄さんなの…?」

アレックス「……………………」

テウタ「『ルイ・ロペス』の兄弟…………弟が、兄を殺した………………?」

ヴォンダ「君は随分詳しいんだね?」

アレックス「ヴォンダ、黙ってろ」

テウタ「アレックス、これってどういうことなの?どうして…」

SE:三発の銃声

テウタ「うあっ!?」

テウタ「うっ……………は、はっ…………」

テウタ「(なに、これ……私………どうなってるの……声が、出ない……)」

テウタ「うぐ……あ、ああ、はっ……………」

テウタ「(どうしよう………どうしよう………どうしたら………)」

アレックス「テウタさん!?」

N「アレックスが駈け寄ってくるのが見える」

テウタ「うっ……………あ、ああ……」

アレックス「ヴォンダ!!どうして撃った!?」

ヴォンダ「秘密を守る一番の方法を知らないのか?知ってる人間を消すことだよ。死体は処分すればいい」

アレックス「(呼吸を荒くして)………」

ヴォンダ「どうした?知り合いを殺すのは忍びないか?」

アレックス「俺の組織は人を助けるために作った!なのに………何のために人を殺すんだ!」

ヴォンダ「君の組織じゃない。私の組織だ」

アレックス「……………何を言ってる?」

N「アレックスの眼前に、ヴォンダが銃を向ける」

アレックス「ヴォンダ?」

ヴォンダ「最後だから教えてあげよう。君を殺すのは2回目だ。前回は失敗したけどね」

アレックス「なんだと?」

ヴォンダ「ルイ・ロペスはクロフォード上院議員とも繋がった。それは大きな力だ。分かるか?クロフォードは最高裁長官の任命に大きな影響力を持っている。それがどんなに素晴らしい力か、君には分からないだろうな。そんな子どもは組織には必要ない。だから殺したんだ。でも君はしぶとく生き延びた。身体をつなぎ合わせて、顔を変えて、まるで別人になってでも生き延びた。まあ、きっと別人になったんだろうなあ。そうじゃなきゃ、実の兄を殺したりできないだろう」

アレックス「お前が…………お前が言ったんだ!!テオが俺を殺そうとしてるって!!俺をこんな身体にしたのはテオのせいだって!テオが裏切ったんだって!!」

ヴォンダ「ははっ、君を殺そうとしたのは私だが、実の兄を殺したのは君だ。そうだろう?」

テウタ「(アレックス…病院にいるの、お兄さんなんだ………アレックス…なんとか、しなくちゃ……………戻らなくちゃ………)」

ヴォンダ「さよなら、アレクセイ・スペンサー」

テウタ「アレク、セイ…スペンサー……………」

テウタ「(意識を……集中させて…………)」

SE:銃声

 

======地下鉄 電車内=========


「っ……………!?」

テウタ「(ここは………地下鉄?間に合った!?私は……………)」

N「自分の手を見て、何度も握りしめる。誰かの身体だが、生きている」

テウタ「(私は、動ける……!)」

「ふぅ…………」

N「一度大きく息を吐く」

テウタ「(アレックスの様子もおかしかったけど、ヴォンダさんは………どうして………もしも、もしもだよ、イリーナさんが話してたことと、カルメンさんが話してたこと、私がパライソガレージで見たアレックスとヴォンダさん…すべてが繋がったとしたら?)」

N「目を閉じて、さっきまで目の前で起こっていたことを思い出す」

テウタ「(アレックスは、いつもと違う雰囲気だった。ずっと大人びて見えた。ヴォンダさんは、アレックスに向かって『殺した』って言ってた。クロちゃんが送ってくれたメールを見て、ヴォンダさんは私に向かって銃を…)」

N「頭の中に、あの時の銃声が響いた」

「…………うっ…げほっ、げほっ…」

N「自分が撃たれた時の衝撃を生々しく思い出すと、突然吐き気がこみあげてくる。眩暈を感じ、そのまま床に倒れ込んだ」

通行人「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です…………………ちょっと、酔っただけなので…」

N「近くにいた人が心配して声をかけてくるが、力なく首を振って答える」

テウタ「(あの時、確かに胸を撃たれた…ものすごく痛かった。でもそのあとすぐに、貧血みたいに頭がくらっとして…
なんだかものすごく寒くなってきた…)」

N「自分の身体から血が流れ出る感覚を思い出し、ゾッとする」

テウタ「(とにかく、アレックスにヴォンダさんのことを知らせないと…もしも、アレックスが組織の人間だとしても、今のままじゃアレックスも私も殺されるかもしれない…!)」

N「手すりを掴んで立ち上がり、頭を左右に振って顔を上げた。電車が駅に止まり、テウタは駆け出した」

「はあ…………はあ…………」

N「ポケットを探っても携帯電話が見つからず、公衆電話を探す」

テウタ「(このあたりならどこかにあるはず……………あった!)」

N「慌てて硬貨を入れて、受話器を取る」

テウタ「(出て……………出て……………出て……………!)」

アレックス「はい」

「アレックス!聞いて、時間がないの。今から言うこと、信じられないと思うけど、騙されたと思って聞いて!あとで全部説明するから!!」

アレックス「……………どちら様ですか?」

「私、テウタなの!いつもとちょっと声が違うけど、本当にテウタなの!」

アレックス「テウタさん…?どうしたんですか?」

「いい?この後、あなたに地方検事のヴォンダさんが会いに来るはずよ。絶対に会わないで!パライソガレージからしばらく離れていて!おねがい!」

アレックス「……………どういう、意味ですか?」

テウタ「(何を話せばいい?どうすれば………とにかく時間がない。なんとか………なんとかしないと…………!)」

「今すぐ、トンプソンの裏路地にある廃ビルに来て。お願い、全部説明するから!」

アレックス「……………」

「お願い!信じて。話をさせてくれるだけでいいの」

アレックス「……………ヴォンダがここに来るって、なんで知っているの?」

「私が……………ヴォンダさんに殺され………殺されかけたから」

アレックス「……………」

N「無言のまま、電話は切れてしまった」

テウタ(アレックス…少しでも信じてくれるといいんだけど……………」

N「街頭ビジョンに映し出されている時計を見る。正確な時間は分からないが、そんなに時間はなさそうだ。
自分が元の時間に戻るときは、必ずしも全く同じ場所とは限らない」

テウタ「(今から走っても間に合わないかもしれないけど、パライソガレージに行こう……………!)」

「はあ、はあ…………」

テウタ「(他人の身体じゃ、足が重くてもつれそう………息も苦しい………勝手に身体を借りてるのに、ごめんなさい)」

テウタ「……………っ!」

N「走り続ける息苦しさが急に消え、思わず息を整えてしまう」

テウタ「(元に戻った………ここがルカの車から降りたあたり………ここからならパライソガレージの方が近い。アレックスが、いないといいんだけど……………!)」

=======パライソガレージ前===========

N「ドアを開けようとすると鍵がかかっているようで開かない」

テウタ「(ドア……………鍵がかかってる。さっきとは違う!アレックス、外に出てくれたんだ!)」

N「扉にはCLOSEDのプレートも提げられていた」

テウタ「はあ」

ヴォンダ「なんだ、今日は休みなのか」

テウタ「えっ!?」

N「背後に立っていたのは、ヴォンダだった」

ヴォンダ「仕事終わりに一杯と思ったのに、残念だな。……………あれ?君は、前にどこかで会ったかな?
ああ、ナンパみたいな言い方になっちゃったけど」

テウタ「え、えっと、ヴォンダさん、ですよね?あの、リンボと一緒にいる時にご挨拶させてもらいました。ま、まさかこのお店が臨時休業とは思わなくて…………はは」

ヴォンダ「そうか、リンボと一緒にいた子か。思い出したよ。それにしても、この店は年中無休だと思ってたよ。残念だな」

N「不自然にならないようにと思っていても、言葉がつかえてしまう。ふと、自分の手が大きく震えていることに気が付いた。慌てて両手を握り合わせ、力を込める」

ヴォンダ「あれ、大丈夫?顔色が悪いみたいだけど……………」

テウタ「えっ!?あ、いえ、そんなことないです!地方検事のヴォンダさんだと思うと、その、緊張しちゃって」

ヴォンダ「そんな、顔色が悪くなるほど緊張しないでくれよ。それじゃ、私はこれで」

テウタ「……………はあ」

N「遠ざかるヴォンダの背中がほとんど見えなくなると、身体の力がすっと抜けた」

テウタ「(さっきの状況がどういうことかまだ理解できてないけど……………でも、よく覚えてる。あの人は、私に向かって銃を撃った……………)」

N「思い出すと、あの大きな銃声がもう一度耳に響いたような気さえする」

テウタ「(アレックスに…………アレックスのところに行かなくちゃ!)」


=========トンプソン 廃ビル=========

テウタ「アレックス!」

N「街頭の光もなく、暗い場所だ。周りを見回しても、人の姿は見つからない」

テウタ「(アレックス…無事ならいいんだけど………でも、話したい。私も焦りすぎて頭が混乱してる。イリーナさんの話と、カルメンさんの話、そして私が目の前で見た光景…………全てを合わせたら、病院にいるカルメンさんの恋人とアレックスが兄弟で、ルイ・ロペスを始めた兄弟…………そして、ヴォンダさんもその仲間…………ううん、駄目だ。今の私、絶対に冷静じゃない。落ち着いて…………そうだ、アレックスに電話を…!)」

N「携帯を取り出し、アレックスにコールする」

アレックス「はい」

テウタ「アレックス!よかった、ねえ、今どこにいるの?」

アレックス「いますよ。ここに」

テウタ「え?」

アレックス「こんばんは」

テウタ「アレックス!なんだ、びっくりさせないでよ…」

アレックス「……………………」

テウタ「無事で良かった……………それに、来てくれてありがとう」

アレックス「テウタさん………あなたが何を言っているのか、意味が分からないんです。一体何なんですか?」

テウタ「(私の勘違いかもしれないし、組織の話なんてアレックスには関係ないのかもしれない。でももし、今病院にいるのがお兄さんだとしたら…本当かどうか、信じてもらえるかはアレックスに任せよう)」

テウタ「これから私が話すこと、信じられないと思うけど、もし心当たりがあるなら、しっかり聞いて。いい?」

アレックス「……………………」

テウタ「あなたは、パライソガレージにひとりで留守番をしてて、そこに地方検事のヴォンダさんが来てた。理由は分からない。組織がどうとか話してて、銃で撃たれた」

アレックス「……………銃で、撃たれた?僕は撃たれてなんかないですよ?」

テウタ「話はまだ続きがあるの」

N「アレックスは訝し気に見つめている。当然と言えば当然だ。突然呼び出されて、こんなことを聞かされたら、にわかには信じがたいだろう」

テウタ「私も今すごく混乱してて、何がどうなってるのか分からない。だから、何が本当なのか分からないけど、聞いてほしい。今、病院にカルメンんさんの恋人がいる。危篤状態だって言ってた。名前はテオ。カルメンさんは、弟に殺されかけてこうなったって言ってた」

アレックス「………っ!?テオ………………?」

テウタ「そう。テオって男の人。もしテオさんがアレックスのお兄さんなら……事情は分からないけど、会える時間はもう残り少ない。だからサンダンス病院に早く行って。それから………」

N「ヴォンダのことを思い出すと胸の奥の方がドクンと脈打つ。あの時の、痛みと寒さがよみがえるような気がしてしまう」

テウタ「ヴォンダさんは、前にもあなたを殺そうとしたって言ってた。でも、しぶとく生き延びたって。なんとかって上院議員は大きな力を持っているのにアレックスは分かってないとか……………」

アレックス「………………なんで、そんなことを…………なんでテウタさんがそんなことを知ってるんですか?まるで未来でも見てきたみたいに」

テウタ「………………私は、その場にいたの。私も、ヴォンダさんに撃たれた。ものすごく痛くて、寒くて、怖かった………でも、時間を遡ってアレックスに連絡したの。何を言ってるのか分からないでしょ?私も分からない。何が本当で、誰が何をしようとしてるのか分からない。でも私………アレックスに死んでほしくなかった」

アレックス「………テウタさん。あなたは、何を知ってるんですか?」

テウタ「………ルイ・ロペス、イリーナさん、カパブランカ

アレックス「え…………?」

N「テウタの中で、繋がった3つの名前だ」

アレックス「………そうか、そういうことか」

テウタ「ねえ、アレックスは何者なの?ヴォンダさんとはどういう………」

SE:電撃音

テウタ「うっ!?」

N「首元に痛みを感じたと思った次の瞬間、目の前が急激に暗くなった。」

アレックス「テウタさん、ごめんなさい。あなたが時間を遡ったなんていうのはとても信じられないけど、フルサークルでメッセージをくれたのはあなただったんですね」

テウタ「(アレックス………capablancaはアレックスだったの………)」

アレックス「忘れてほしいと頼んでも、難しいのは分かってます。だから………終わらせるまで、時間を下さい」

テウタ「(待って……………アレックス………)」

アレックス「僕は…………自分や、兄さんや、同じ水槽の人間を助けようとした。実際に、助けてきた。……………僕には、みんなを助けた責任がある」


========???分後=========

 

SE:暫く携帯バイブ音

シュウ「こっちから聞こえた」

リンボ「おい!どこにいるんだ?」

ヘルベチカ「見つけました!」

N「リンボがテウタを抱き起し、頬を軽く叩く」

リンボ「おい、テウタ。大丈夫か?しっかりしろ、何があった?」

N「ようやく周りの景色が目に入ってきた。さっきまでここでアレックスと話していたはずだ」

ヘルベチカ「テウタ、僕の目を見てください。……………大丈夫そうですね。ちょっといいですか?」

N「ヘルベチカがテウタの首に手を伸ばすと、ほんの少し痛みを感じた」

ヘルベチカ「スタンガンの痕、ですかね」

リンボ「おい、何があった?アレックスの様子を見に行ったはずのお前と連絡が取れないし、アレックスもいなくなったってカルメンが慌てて連絡してきたんだぞ」

テウタ「どうしよう……………アレックス………どこに…………」

シュウ「この辺は誰もいないみたいだな。テウタは大丈夫か?」

テウタ「大丈夫……………それよりアレックスを捜さないと」

リンボ「落ち着けって!まずお前がなんでここに倒れてたのか教えろ。ヘルベチカはスタンガンの痕だって言ってるけど?」

テウタ「アレックスと…話してたの…………どうして倒れてたのかは分からない…………話の途中で…」

テウタ「(スタンガン……………アレックスが、私に?)」

リンボ「立てるか?とりあえず、カルメンのところに行こう。クロとモズも来てるはずだから」

テウタ「う、うん……………」

N「リンボに肩を借りながら立ち上がる」

テウタ「(何が何だか分からないけど、とにかくヴォンダさんがアレックスの命を狙ってるのは確かだ。それにアレックスは『終わらせる』って…)」

========パライソガレージ======


カルメン「テウタ!!」

N「店に入るなりカルメンが駈け寄ってくる」

カルメン「よかった………無事だったのね。全然連絡が取れないし、アレックスもいないし、何かあったのかと思ったワ」

アダム「テウタ、どうして連絡が取れなかったの?大丈夫なの?」

テウタ「私は大丈夫。それより、アレックスを捜さないと…」

アダム「アレックスを?何があった?」

テウタ「説明する……………クロちゃんはいる?」

アダム「奥にいるよ」

スケアクロウ「あ!テウタ!よかった、連絡取れないって聞いたから心配し………」

テウタ「クロちゃん、街中の監視カメラ使ってアレックスを捜して!それからロスコーのデータ、解析できたぶんでいいから見せて!」

スケアクロウ「え、えっ、え?よく分かんないけど、了解……………!アニマ。コード916、アレックスを捜して」

アニマ「コード916、スキャニングパターンB、実行します」

スケアクロウ「それと、ロスコーのデータ?さっきメールで送ったやつ?これだな」

テウタ「カルメンさん。この男性、テオさんですか?」

カルメン「うん?どれどれ?」

N「画像を見せるとカルメンの顔が曇る」

カルメン「これ……………何なの…」

スケアクロウ「えっと、これは…………」

N「スケアクロウは話していいものか悩んだのか、テウタの方を見る。テウタは頷いて口を開いた」

テウタ「テオさんなんですか?カルメンさんの恋人の、テオさんなんですか?」

カルメン「……………ええ、そうよ。間違いないワ。アタシの愛しい人…………テオドシア・スペンサー。あなた達、どうしてこれを?」

テウタ「ルイ・ロペス。カルメンさんの恋人は、ルイ・ロペスの人間なんですね?」

カルメン「……………ルイ・ロペスを知ってるの?」

スケアクロウ「えっと、これって、その…」

テウタ「説明させて」

N「カルメンが思い切りテーブルを叩く。グラスが落ちて割れてしまった」

テウタ「……………っ!?」

N「ぺぺがさっと手を伸ばして片付ける」

カルメン「テオドシア・スペンサー。弟と一緒にルイ・ロペスを作って、汚い水槽を壊そうとした。でもその弟と仲違いして、その弟に殺されかけた……………それがアレックスだったってことでしょ!!」

N「一呼吸おいて、カルメンは続けた」

カルメン「ありがとう。おかげで憎むべき奴が誰なのか、はっきりしたわ」

N「上着を持って外に出ていこうとするカルメンの腕を慌てて掴む」

テウタ「待って!カルメンさん!話を聞いて。えっと……全部話してる時間はないけど………その…さっきの写真は、ロスコーがルイ・ロペスから盗んだデータの中に入ってたの。メンバーのリストとかが入ってて」

カルメン「なら、アタシの名前も出てくるはずよ」

リンボ「え?カルメン、お前……………」

カルメン「テオに誘われて、メンバーになった。組織の人間を匿ったり、金を洗ったり、手を貸してきた。でも、テオが殺されかけてからはずっと……………ずっとその弟を捜してたのよ。それが今やっと見つかった!アタシの傍で、アタシが世話をしてきたあのガキをね!」

テウタ「アレックスは命を狙われてる!私は時間を遡って……」

モズ「何を見たの?」

テウタ「ここで、地方検事のヴォンダさんがアレックスとふたりで話してた。私、銃で撃たれて、そのあと、アレックスも……………」

カルメン「何を言ってるの……………?」

テウタ「ヴォンダさんが言ってたこと、全部正確に覚えてるわけじゃないけど、でもアレックスは騙されたみたいだった。お兄さんがアレックスを殺そうとしてるって教えられて……………」

カルメン「なんなのよ………それ…………」

テウタ「ヴォンダさんは組織を乗っ取るつもりで、アレックスを殺そうとしたみたいなの」

カルメン「……………!」

テウタ「アレックスが実のお兄さんを殺そうとしたなんて、私には信じられない。だってアレックスはそんな子じゃ……………」

カルメン「あなた、お兄さんを殺されたって言ってたわよね?大切な人を殺そうとした犯人が知り合いだったら、あなたはそれだけで許せる?ねえ?どうなの?」

テウタ「それは…………」

アダム「……………」

カルメン「テオはもうすぐ死ぬの。もう助からないのよ?あのクソガキのせいで!テオより先に死なせてやる……………」

アニマ「エリア3-87B、一致する項目を1件検出しました」

スケアクロウ「お!見つかったか?えっと…………アレックスは………」

カルメン「見せて!」

スケアクロウ「あ、ちょっと!」

カルメン「ホテルホールジーにいるのね。ぺぺ、行くわよ」

シュウ「おいカルメン、待てよ!」

テウタ「カルメンさん!」

N「その時、カルメンの携帯が鳴る。カルメンはポケットから取り出した携帯をぺぺへ渡した」

ぺぺ「はい……………はい……………分かりました。カルメンさん、待ってください」

カルメン「なに?」

ぺぺ「ダーリンさんの……………テオさんの容体が良くないようなのです。もう、時間がないそうです」

カルメン「そんな…………ダメよ、あの人より先にアレックスを殺すの!ぺぺ、病院へはあなたが…………」

ぺぺ「カルメンさん!」

N「ぺぺはカルメンの両肩を強く掴んだ」

ぺぺ「どんな時でも、家族を優先するべきだとカルメンさんは言いました。テオさんがこの世から消えてしまう瞬間にそばにいるのはカルメンさんじゃなきゃ駄目なのです」

カルメン「……………!」

ぺぺ「カルメンさんなら、ぺぺの言っていることを分かってくれるはずなのです」

カルメン「……………」

ぺぺ「カルメンさん」

カルメン「分かった、病院に行くわ」

アダム「僕が車を回します」

リンボ「カルメン

カルメン「…………説教ならお断りヨ」

リンボ「アレックスの事は、俺達が捜す。お前がどうしたいのかはお前にしか決められない。でも、アレックスは、必ず見つけ出すから」

カルメン「………ありがとう」

ぺぺ「……………」

N「ぺぺは小さく頭を下げて、カルメンと出ていった」

シュウ「……………で?どうすんだよ、リンボ」

リンボ「とにかくアレックスを探そう。それと、ヴォンダも」

スケアクロウ「ど、どど、どうする?とりあえずホールジーに行く?」

ヘルベチカ「落ち着いてください。まとまって動いても無駄が出ます。何人かはここに残ってサポートした方がいいでしょう。こういう時はリンボが決めてください」

リンボ「………そうだな。よし、俺とシュウとテウタ、3人でホールジーに行こう。アレックスを捜すんだ。
後はここに残ってくれ。クロは張り付いて指示を出せ。何かあったらモズとヘルベチカが動く。いいな?」

(以下被るように)

シュウ「分かった」

ヘルベチカ「了解」

モズ「分かった」

テウタ「分かった」

スケアクロウ「了解」

=======ホテルホールジー ラウンジ====

テウタ「クロちゃん、ホテルに着いたけど、アレックスがこの中のどこにいるかわかる?」

スケアクロウ「いまホテルの中の監視カメラもハックしてみてるけど、顔認識に引っかからないんだ。カメラの配置もあるけど、顔を隠してるのかもしれない」

ヘルベチカ「フロントに聞いてみましたか?アレックスくらいの子どもがひとりでいたら、誰かの目に留まっているかもしれませんよ」

シュウ「さっき聞いてみたけど特に情報なし」

テウタ「どうするの?手分けして上の階とかから捜してみる?」

リンボ「部屋を一つひとつ回るわけにもいかないだろ」

モズ「アレックスはどうしてホールジーに行ったんだろう」

ヘルベチカ「ああ…………確かに………目的は何なんでしょう?」

リンボ「テウタ、何か分かるか?」

テウタ「えっと………アレックスにはヴォンダさんが銃で撃ったことを話した。それと………アレックスは……………終わらせるって…」

リンボ「なるほど、目的はヴォンダだ。おいクロ、ヴォンダを捜してくれ。顔認識とか、ヴォンダの名前か、部下の名前で借りてる部屋があるかとか」

スケアクロウ「オーケー、やってみる」

テウタ「……………」

シュウ「おい、大丈夫か?」

テウタ「えっ?大丈夫だよ?」

シュウ「あんた、さっきサラッと話してたけど、時間を遡った時にヴォンダに撃たれたんだろ?」

テウタ「う、うん……………」

シュウ「……………死にかけたんじゃないのか?」

テウタ「それは………でも今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ」

N「リンボはテウタの頭に手を乗せて、くしゃっと掴んだ」

リンボ「ごめんな、ほんとはしんどいだろ?でも今は、アレックスを捜すのにお前が必要だ。無理をしてくれとは言わない。だから…………」

テウタ「ありがとう、大丈夫、頑張れる。頑張れないときはちゃんと言うから」

リンボ「よろしい」

スケアクロウ「見つけた!13階の1308号室、スイートだ!」

シュウ「よし、俺は階段で行く。お前たちはエレベーターで行け」

リンボ「分かった」

========エレベーターホール前========


リンボ「1308号室は……………こっちだな」

SE:銃声

シュウ「伏せろ!」

N「突然、廊下に銃声が鳴り響く。シュウの声にテウタとリンボは慌てて床に伏せた」

リンボ「シュウ!どうなってんだ!?」

シュウ「知らねえよ、俺も今来たとこだ」

テウタ「ど、どうしよう!ねえ、アレックスが撃たれたんじゃ……………」

シュウ「馬鹿!どこから撃ってるのか分からないだろ!頭低くしろ!」

SE:銃声2発

テウタ「きゃっ!」

N「更に銃声が続いた」

テウタ「(どうしよう…………この銃声………アレックス………!)」

N「その時アレックスの姿を捉えた」

テウタ「アレックス!」

アレックス「…………っ!?」

シュウ「ちっ!テウタ、待て!」

N「アレックスを追いかけようとしたが、シュウに思い切り腕を引かれる」

SE:銃声4発

テウタ「でもアレックスが!」

モズ「廊下を3人の男が走ってきてる」

シュウ「任せろ…………ふっ!」

N「シュウが飛び出して、ひとり蹴り飛ばし、もうひとりの腹に思い切り拳を沈ませた」

追っ手A「ぐあっ!」

追っ手B「ぐっ!」

シュウ「リンボ!そっちにひとり行ったぞ!」

リンボ「えっ!?おいおい、まじかよ!くそっ!」

追っ手C「ぐあっ」

N「リンボが廊下に敷かれていた絨毯の端を思い切り引っ張ると、走って来た男は思い切り躓いて倒れた。倒れた男にシュウが駈け寄り、顎を思い切り蹴り上げると、そのまま気を失った」

リンボ「追うぞ!」

シュウ「エレベーターだ。上に向かってる」

N「隣のエレベーターを呼んでも、まったく来そうにない」

テウタ「私、階段で走って上がる!」

リンボ「ちょっと!おい!何階に向かったかも分からないだろ!ったく………おいクロ!ここのエレベーターを止められないか?どっか近くの階で!」

スケアクロウ「ちょっと待てよ…………んー、よし!緊急停止シーケンスに変更した!低速になって、次の階で止まるはずだ!」

リンボ「………次の階って言ったってもうだいぶ上がったぞ」

テウタ「はあ…………はあ…………」

N「階段を1フロア上がって、エレベーターの前に行くのを繰り返し続ける。何回分上がっても同じ景色が続く。エレベーターの表示を見ると、ようやく追い抜いたようだ」

テウタ「(エレベーター、ものすごく遅い……………?この階で止まって………止まれ止まれ止まれ……………!」

リンボ「テウタ………はあ、はあ…………お前、本当に足が速いな……………」

シュウ「エレベーター止まったか?」

テウタ「はあ………はあ…………もうすぐこの階を通る……………」

リンボ「よし、じゃあここで止まる。クロが緊急停止をかけたんだ」

テウタ「ほんと!?」

N「エレベーターの前に立って、扉が開くのを待つ」

テウタ「ねえ、リンボ。さっき廊下で銃声がしてたでしょ?アレックス、怪我とかしてないかな……………」

リンボ「どうだろうな……………」

SE:銃声

テウタ「えっ!?」

N「階下から上がってきているエレベーターの中から銃声が聞こえた」

リンボ「今の……………」

シュウ「エレベーターの中からだな」

N「シュウがエレベーターの扉に向かって銃を構える」

テウタ「中にいるの……………アレックスじゃないの…………?」

N「開いた扉の向こう……………エレベーターの中で血まみれのアレックスが倒れていた」

リンボ「おい!アレックス!大丈夫か!!?」

テウタ「アレックス!どうしたの……………どうなってるの……………!?」

N「アレックスの手には銃があった」

シュウ「………自分で撃ったのか」

リンボ「なんでだよ……………」

テウタ「終わらせるって……………違うよね?アレックス?」

N「アレックスに近寄り膝をついて顔を覗き込む。肩からは血が滲んでいる上に、壁にはべっとりと血がついていた」

テウタ「えっ!?」

N「次の瞬間。起き上がったアレックスは目を開き、テウタを思い切り突き止ばして走っていった」

テウタ「きゃっ!」

リンボ「えっ!?」

シュウ「おい、待て!」

テウタ「アレックス!……………痛っ!」

シュウ「どうした?」

テウタ「足、くじいただけ。大丈夫。それよりアレックス!」

=======ホテルホールジー 屋上======

アレックス「もしもし、俺だ。今ホールジーの屋上にいる。ヴォンダが裏切った。俺は肩に銃創がある。逃げるために自分で撃ったんだ。出血はそんなに多くはない。………ああ、そうだ。身を隠す。傷と一緒に顔も身体も変えてくれ。もう……………もうこの顔も身体も、いらない!早く迎えを…………チェスで一番強い駒…………?今そんなことはどうでもいい!早く俺を助けろ!」


テウタ「アレックス!」

アレックス「(舌打ち)」

N「アレックスは誰かと電話をしていたようだ。血の付いた肩を押さえて立っていた」

テウタ「ねえ、アレックス、早く逃げよう?私達協力するから!あの黒服の連中に見つからないルートを…………」

シュウ「伏せろ!」

N「突然、後ろから銃声が響いた。シュウはテウタを抱えて近くの物陰に隠れた。リンボも向かい側の影に隠れる」

スケアクロウ「さっきのフロアから、黒服の男が何人も屋上に向かった!みんな、大丈夫!?」

シュウ「ああ、なんとかな」

ヘルベチカ「アレックスは?」

テウタ「ここからだとあまりよく見えないけど、向こうの方にいるはず………さっき誰かに電話してた」

シュウ「テウタもリンボも隠れてろよ。俺がやる」

SE:銃声2発

テウタ「きゃっ!」

N「黒服の男がアレックスのいた方向に向かって銃を撃つ」

SE:銃声2発

追っ手A「ぐあっ」

追っ手B「ぐっ」

N「アレックスの姿が見えず、なんとか様子を伺おうとするが、向かい側に隠れているリンボが首を横に振った」

テウタ「(ここからじゃ見えない…………アレックス、無事なの?」

SE:銃声

追っ手C「うっ…………」

テウタ「(銃声が、止んだ?)」

N「顔を上げてシュウを見ると周囲を見回している」

ヴォンダ「随分派手にやったな、アレクセイ」

アレックス「ヴォンダ…………」

ヴォンダ「まだ生きてるなんて、本当にしぶといガキだ」

N「屋上に新たに現れたのはヴォンダだった。真っ直ぐアレックスに向かって銃を向けている」

リンボ「ヴォンダ!」

ヴォンダ「リンボ?どうしてここに?」

シュウ「こっちにもいるぞ」

N「シュウが立ち上がって銃を構える。テウタもその横に並んだ」

ヴォンダ「へえ、アレクセイ。リンボ達も『お友達』だったとは知らなかったな」

アレックス「そいつらは組織とは関係ない」

リンボ「おい、ヴォンダ。どういうことなんだ?物騒な連中引き連れて、こんな子ども銃で追い回して、何やってんだよ」

ヴォンダ「アレクセイが子どもだとでも?確かお前と大して変わらない年齢だよ」

リンボ「え?」

アレックス「…………」

ヴォンダ「アレクセイは、権力を得るために実の兄を殺し、顔も身体も子どもに見せかけて周りを騙してきた」

リンボ「それで?あんたは何なんだ?正義の味方の地方検事が、裏で何をやってるんだ?」

ヴォンダ「リンボ、お前もしたり顔でよく言ってるじゃないか。『法律が守るのはこの世界の形だけだ』ってな。世界が10人や100人の狭い世界だったらみんなが平等に、幸せに、正しくいられる。でも違う。この世界は広くて、人で溢れてる。上手く回していくには、コツがいるんだよ」

リンボ「上手く回したいのはお前自身の私利私欲だろうが」

ヴォンダ「私は別に人を踏み台にして自分だけが得をしたいわけじゃない。この街が抱える問題も、苦しんでいる人間も救いたい。でもそのためには金も力も必要だ。それを手にするネットワークが出来た。なのにそのガキはその価値を分かってない。だから私が引き継ぐ。合理的だろう?私なら、お前の『お友達』を上手く使いこなせる。まずは最高裁判事州知事、ゆくゆくはそうだな…………最高裁長官になれば法律だって動かせる。お前も身に染みて感じたはずだ。高尚な理想を掲げたところで、誰も、何も動かせない。金と力が必要なんだよ」

アレックス「黙れ!お前は俺を…………俺を騙して、兄さんを殺させた!」

ヴォンダ「すべての命は救えない。お前は苦しんでる移民を助けたいんだろ?私が助けてやる。お前はそのための尊い犠牲だ」

アレックス「勝手なことを言うな……………俺は……………!」

ヴォンダ「アレクセイ。お前もこれまで同じことをしてきた。多少の犠牲は厭わない。今度はお前に順番がまわってきた。ただそれだけのことだ」

リンボ「アレックスを殺すのか?俺達が見ている目の前で?それで何が手に入る?ちょっと綺麗な刑務所の一人部屋か?」

ヴォンダ「はっ。このホテルも、管轄の警察もすべて繋がってる。アレクセイ。お前が繋げてくれたおかげでね。だから、真実はいくらでも作れる。分かるか?何年もこの街に真摯に仕えてきた検事と、IDも顔も身体も偽物の男と、警察はどっちを信じるかな?」

BGM:ストップ

カルメン「世界は、目に見えるものを信じる」

テウタ「カルメンさん!?」

アレックス「…………っ!」

N「カルメンはヴォンダに携帯を向けていた」

カルメン「視聴者はもう2万を超えたわ」

ヴォンダ「なに……………?」

カルメン「ハァイ、みんな。私がフルサークルのオーナーよ。ビックリした?」

テウタ「えっ!?」

シュウ「フルサークルの、オーナー?」

カルメン「隣の人と繋がれば、それは巡って円になる。お互いを見守り、お互いに責任を持つ。小さな声も、大きな声もここではすべて平等」

N「カルメンはもう一度ヴォンダにカメラを向けなおす」

カルメン「みんな、自分の目でよく見て。そして発信して。誰かの言葉じゃなくて、あなたの言葉でね」

ヴォンダ「お前……………やめろ!」

シュウ「おい!」

ヴォンダ「ぐっ」

N「ヴォンダがカルメンの携帯を奪おうと飛び掛かったのを、シュウが素早く取り押さえた」

スケアクロウ「警察と救急はもう手配してある。今そっちに向かってるよ」

ヴォンダ「や、めろ!」

カルメン「秘密を集めて、大事に守ってきたのに。こんなことで台無しになるなんて………ふっ、かっこ悪いわネ」

ヴォンダ「やめろ……………やめろ……………!」

カルメン「たとえどんなに慎重に積み上げてきたって、こんなにちっぽけで、バカみたいなことで終わるのヨ。
どうしてだか分かる?」

ヴォンダ「なんだと……………」

カルメン「仲間を裏切るからよ。ファミリーにも、チームにも、ブラザーフッドにも、同じ掟がある。仲間を裏切らない。裏切ったら、殺される。アタシ達は秘密で繋がっただけの、顔も名前も知らないネットワークだったけど、それでも、裏切りは許されない」

ヴォンダ「……………皆さん!見ていますか?もうすぐ警察が来ます!正義は果たされる!彼らが私を陥れようとしていることは、今にも分かるはずだ!」

リンボ「ヴォンダ!もうやめとけ」

ヴォンダ「うるさい!こんなことで…こんな…………こんなバカみたいな終わり方……………」

カルメン「……………」

N「カルメンは携帯を切り、放り投げるとアレックスの方へ歩き出しす。そして覆いかぶさるように馬乗りになった」

テウタ「カルメンさん……………」

アレックス「カルメン……………さん……………」

カルメン「あなたのせいで、テオは死んだ。あなたが殺したのよ。だから、アタシはあなたを殺したい。今すぐ、殺したい」

アレックス「……………」

カルメン「ずうっと捜してたのよ。テオをあんな目に遭わせた奴を。どこにいるのかって、ずっとね。フルサークルを作ったのだって、あなたを捜すためだった」

テウタ「ま、待って!」

N「カルメンはアレックスの手にある銃を取って握った」

リンボ「おい、カルメン………」

カルメン「ずっと夢に見てた。あの人を苦しめた人間を殺すのを。それで終身刑になっても、たとえ死刑になったっていい。刑務所で毎日あの人の事を思い出して過ごすほうが、ずっとずっと幸せだから」

アレックス「カルメンさん…………」

テウタ「お願い、カルメンさん…………やめて……………」

SE:銃声

カルメン「っ……うっ………くっ………(耐えきれないように泣きながら)」

N「瞬間、テウタは思わず目をつぶってしまったが、もう一度目を開いても、アレックスは生きていた。
銃は空に向かって撃たれたようだった」

カルメン「あの人、さっき病院で死んだの。最後に、なんて言ったと思う?最後の最後に、あなたの名前を呼んだ。アタシの名前じゃない、あなたの名前を呼んだのよ、アレクセイ」


===============数日後=============

N「それから数日が過ぎた。ヴォンダは警察の取り調べを受けることになった。検事局は大変な騒ぎになっているらしい。ヴォンダが検事として関わった案件は、再調査されることになったそうだ。警察も大変だとルカは言った。アレックスはというと、『身元不明、記憶喪失の少年』という扱いで治療を受けることになった。リンボやスケアクロウが様々な『操作』をしただけでなく、病院ではサウリが医療記録を『作った』ようだ。銃弾を受けた怪我は大したことはなかったが、アレックスの身体はボロボロだった。ヴォンダがアレックスのことを『身体をつなぎ合わせて、顔を変えた』と言っていた通り、アレックスは過去の怪我を治すために相当大掛かりな手術を受けた痕があるらしい」


ヴァレリー「……………」

テウタ「(ヴァレリーさん、疲れてるんだろうな…………ルカも言ってたけど、検事局の混乱は想像以上だって……)」

ヴァレリー「なあに見てんのよ」

テウタ「えっ!?お、起きてたんですか?」

ヴァレリー「寝てないわよ。寝たくても寝られないの。脳みそが24時間フル回転で動いてんだから。せめて目を閉じて休憩したいってだけ」

テウタ「そうだったんですね。あの、アレックスのお見舞いは私ひとりでも……………」

ヴァレリー「カルはあたしの親友なのよ。事情はどうあれ、カルが大事にしてきた子どもよ。カルが会いに来られないなら、私が代わりに来なくちゃね」

テウタ「……………」

ヴァレリー「ったく、どんだけ待たせるんだ?医者は何をちんたら回診してんだよ」

テウタ「あれ?カルメンさん……………」

ヴァレリー「カル……………」

N「カルメンはテウタ達に気づくことなく、ただ黙って通り過ぎていった」

看護師「フィッツジェラルドさん、病室へどうぞ」

ヴァレリー「あ、ちょっといいかしら」

看護師「はい、なんでしょう?」

ヴァレリー「今の、ちょっと派手な服装な女。アレックスの病室に来てたの?」

看護師「ええ、毎日朝一番にいらっしゃってますよ。先生に容体を確認していくだけで、患者さんには合わずに帰って行かれるんですけど……………今日は珍しく午後にいらっしゃいました。経理に治療費の支払いがあったとかで……………」

ヴァレリー「そうだったの……………あ、いや、ありがとう」

看護師「いえ。では、どうぞ」

N「病室に入ると、アレックスは起きていた。ベッドで座ったまま、本を読んでいた」

テウタ「アレックス」

N「呼びかけると、こちらをちらりと見るが、すぐに本に視線を戻してしまう」

SE;着信音

ヴァレリー「あ、ごめん、仕事の電話だわ。ちょっと外に出てくる」

テウタ「あ、はい」

N「テウタはアレックスの近くにある椅子に腰かけた。点滴の音や、モニターにつながったコードがいくつも見えるのが、なんだかとても痛々しい」

テウタ「アレックス、調子はどう?」

アレックス「……………」

テウタ「ちゃんとご飯は食べてる?点滴で栄養を摂っていても、ご飯を食べるのは必要なんだよ」

アレックス「……………」

テウタ「(返事なし、か。……………でも今日は、ちゃんと話したいことがある)」

テウタ「アレックス。ロスコーが盗んだデータ、全部解析できたの。クロちゃんが、中身を全部チェックした」

アレックス「……………」

テウタ「ヴォンダさんの事は毎日ニュースで取り上げてる。でも、ルイ・ロペスの名前は一度も出てこない。多分、みんな秘密を守ってるんだろうね。リンボは、あのデータは外に出さない方が良いって言ってた。クロちゃんも、外に漏れないように保管してる」

アレックス「……………」

テウタ「あなた達のせいで死んだ人たちがいるかもしれない。でも、あなた達が助けた人間もたくさんいる。あなたは話したくないかもしれないけど、私はアレックスの友達だから、ずっとこうして話をしにくるからね」

アレックス「……………」

N「アレックスは何も言わなかったが、確かにテウタの話を聞いていた」

テウタ「(聞いてくれてるなら、それでいいんだ……………)」

アレックス「最初は、友達が助けてくれた」

テウタ「え?」

N「テウタが立ち上がろうとすると、アレックスが口を開いた」

アレックス「友達を助けたら、もっと友達が増えた。いろんな場所で、いろんなことをしている友達。裏社会のコネを持ってる友達、金を持っている大企業の友達、強い権力を持ってる政界の友達。持ちつ持たれつ、お互いに秘密を守って、繋がっていった。繋がっていけば、なんでもできる気がした」

テウタ「うん……………」

アレックス「僕達は、仲間が酷い目に遭うのも、死ぬのも、日常の一部だった。そんな毎日だった。同じ世界に居ても、あなた達とは違う。街を守るはずの警察だって助けてなんかくれない。仲間が警察に逮捕されるとき、僕らが何をするか分かる?不当だって抗議もしないし、止めることもしない。ただ携帯で動画を撮ってるん。どうしてだか、分かる?」

テウタ「動画を?分からない……………どうして?」

アレックス「警察は、僕らを人間扱いしないから。抵抗しなくても殺されることが多い。だから仲間が逮捕される瞬間は、周りを囲んで、ただ録画し続ける。それだけが、仲間を助ける方法なんだ」

テウタ「そんなことって……………」

アレックス「分かる?全然違うんだ。僕達は、よその国から売られてきた、不法入国者。どうやったら生きていけるか、毎日そればかり考えてる」

テウタ「……………」

N「言葉がなかった。イリーナが話してくれたことも、アレックスが話してくれたことも、同じ街で暮らしている誰かの事だとわかっている。分かってはいても、それを他人事だと思わないようにしようとしても、ちゃんと理解しようとしても、そこには踏み込めない。『分かろうとしているだけの偽善者』『所詮は別の世界の人間』『到底分かり合うことはできない』…………そんな考えでいっぱいになってしまう。無力感とも違う、悔しさだ」

テウタ「(いつもそう…………私にできることがない……………)」

アレックス「……………」

テウタ「……………アレックスは、カルメンさんがお兄さんの恋人だって知ってたの?」

アレックス「会ったことはなかった。でも、兄さんからずっと話は聞いてた。だから……近づいたんだ。自分の罪悪感を少しでも消すためにそばに居ただけ。彼女のためなんかじゃない。自分のためだ……………何も知らない彼女のそばで、僕はすべてを知ってた。彼女の幸せを奪ったことを、僕だけが知ってた。カルメンさんは子どもを育てたいってずっと言ってた。それで、僕を養子にするんだと。僕が嘘をつき続ければ、彼女の夢を叶えてあげられると思った。どれも、全部、自分のためだ………」

テウタ「アレックス…………私には、本当の意味では理解出来ないことかもしれない。アレックスにはそれにしか方法がなかったのかもしれない。でも…………」

アレックス「人を助けるために、人を傷つけるのは間違ってる?」

テウタ「それは…………」

アレックス「それは、あなた達の正義だ」

テウタ「……………私はね、アレックスに死んでほしくなかった。だから、自分にやれることをやった。時間を遡ったなんて、絶対信じてもらえないと思うけど。私は、私が正しいと思うことをした。何が何だか分からなくて、迷って、悩んでばっかりだけど、私は正しいと思うほうを選んだし、これからもそうする。アレックスは、私の友達だから」

アレックス「……………」

N「アレックスは目を伏せた。その目には涙が浮かんでいるようにも見える」

アレックス「(震える声で)僕らはただ、この世界に負けたくなかった。ちゃんと、この世界で生きていたいと思った。それだけだったはずなのに………」

テウタ「(アレックス…)」

N「テウタは小さく息を吐くと、そっと立ち上がった」

アレックス「待って」

テウタ「………?」

N「アレックスはテウタの顔を、目を、じっと見つめた」

アレックス「秘密を守ることと、嘘をつくことは、同じだと思う?」

テウタ「同じように聞こえるけど……………」

アレックス「僕は、本質が違うと思う。人を騙すのは容易い。それは自分のためだから。でも、秘密を守るのは、誰かのためだ。ルイ・ロペスはもう終わった。仲間と言っても、僕らを利用しようとしただけの人間もいれば、ただ見ていただけの傍観者もいる。秘密と引き換えに、手を貸してくれた人もいる。僕は、その人を助けたいと思ったけど……………」

N「アレックスはテウタの手を強く握りしめた。」

テウタ「アレックス………?」

アレックス「忘れないで。秘密を守るのは、誰かのためなんだ」

 

==========夜 ニューシーグゲートブリッジ=======

テウタ「(私の正義、か…………)」

N「大きく息を吸い込む。冷たい空気を身体の中でも感じた。病室で聞いたアレックスの言葉が、ずっと頭の中を巡っていた。アレックスが生きてきた世界は、自分が生きてきた世界とはあまりにも違いすぎる。きっと、本当の意味で理解なんてできないのだろう。何が正しくて、何が間違いなのか。そんな風に白と黒を分けられたら、どんなにいいだろう。ルイ・ロペスがやってきたことは法律で裁くなら『悪』だ。しかし、本当にそうだろうか?アレックスにとっては生き延びる方法だったのに?」

テウタ「ルイ・ロペスは……………何だったんだろう……………」

N「一人考えていると、車の音がして振り返る」

スケアクロウ「お待たせー!…………って、さぶっ!」

リンボ「こんなところで寒くないのか?」

テウタ「……………」

ヘルベチカ「何かあったんですか?」

テウタ「今日、アレックスと話したんだ」

シュウ「ふうん…………」

スケアクロウ「あの、さ………俺、あのロスコーのデータを解析してて、ルイ・ロペスのことも色々調べたんだ。色んな人間が裏で繋がって、いろんなことをやってる。悪いことばっかりじゃない。でも良いことだけでもない」

テウタ「……………そう、だよね」

リンボ「良いとか悪いとか、誰かが教えてくれれば楽だ。法律で正義か悪か決めてくれれば気持ちいい。白か黒か、自分以外の誰かに早いとこ決めてほしい。でも、大事なことはそうはいかない。大事なことだからだ。理解できないことを分かろうとする人間でいるのは大変だ。でも、踏ん張るしかない」

テウタ「踏ん張るしかない……………」

シュウ「踏ん張るしかない、か」

スケアクロウ「ねえ、こういう時って、頑張る、じゃないの?」

ヘルベチカ「頑張る、だとちょっとニュアンスが違うんじゃないですか」

モズ「僕もそう思う。踏ん張るしかない」

テウタ「……………そうだね。覚悟を決めなきゃ。何度でも、立ち向かう覚悟を」

スケアクロウ「あのさ、一個気づいちゃったことあるんだけど」

リンボ「ん?なんだ?」

スケアクロウ「俺達、5人で車に乗ってここまで来ただろ?帰りどうするんだよ?この車、5人乗ったらギッチギチじゃねえか」

ヘルベチカ「さあ」

シュウ「どうすんだ?」

モズ「この後って、カルメンのとこ行くんだっけ?」

リンボ「ああ、そうそう。なんか法律相談したいって言ってたな」

テウタ「えっ、ちょっと待って。ここからカルメンさんのとこって結構距離あるじゃん。私歩くのは嫌だよ」

スケアクロウ「俺だって嫌だよ!さみーもん!じゃあ、ジャンケン!公平にジャンケンで決めようぜ!」

ヘルベチカ「ジャンケンか………僕あんまり得意じゃないんですよね(車に乗り込みながら」

シュウ「俺もそうなんだよな(乗りながら」

テウタ「私助手席取った!(乗りながら」

スケアクロウ「え?あ、ちょ!ずるい!ずるいって!先に乗るなよ!ジャンケン!ジャンケンしようって!」

モズ「……………(無言で乗り込んで)」

スケアクロウ「ちょっと!俺も乗せてよ!これ、俺が買った車だろ!?俺の車に勝手に乗るな!」

リンボ「(窓を開けながら)ほら!乗れよトランク!荷物入ってないから!」

 

==========パライソガレージ===========


カルメン「あらぁー!いらっしゃい!いち、にい、さん……………6名様ね。ぺぺー!リンボ達が来たわ。奥のボックス席をセットしてちょうだい」

ぺぺ「分かりました、カルメンさん」

N「カルメンはいつもの明るい笑顔だった。今朝病院ですれ違ったときの様子とは違う。その笑顔に、ほんの少しホッとしてしまう」

リンボ「なんか法律相談があるんだって?またなんかやらかしたのか?」

カルメン「違うわヨ。ちょっと書類持ってくるから待ってて。あ、そうそう。スケアクロウにも力を借りたいノ」

スケアクロウ「え?俺?いいけど……………どんな話?」

カルメン「とにかく、まずは飲み物デショ?みんな、何にスル?」

リンボ「コーラ2つ」

シュウ「スコッチ」

ヘルベチカ「ダーティマティー二」

モズ「ダイキリ

スケアクロウ「ホワイトルシアン」

テウタ「コロナ」

カルメン「コーラ2つ、スコッチ、ダーティマティー二、ダイキリ、ホワイトルシアン、それにコロナっと………それじゃちょっと待っててネ」

シュウ「カルメンが注文を間違えなかった……………」

ヘルベチカ「珍しいですね」

ぺぺ「代わりに注文を控えてくれる人が、いませんからね」

リンボ「……………」

テウタ「今日ね、アレックスのお見舞いにはヴァレリーさんと一緒にいったの。ヴァレリーさんは、親友のカルメンさんが大事にしてるアレックスだから、カルメンさんが会いに行かないなら自分が代わりに行かないとって言ってね」

ヘルベチカ「カルメンはアレックスには会ってないんですか?」

テウタ「」そう思ってたんだけど……………毎日行ってるんだって。本人には会わないけど、毎日容体を聞きに行って、治療費も払ってるみたい」

スケアクロウ「そうなんだ……………」

モズ「なんだか、複雑だね」

シュウ「カルメンはどうするつもりなんだろうな」

テウタ「……………」

SE:ヒール音

カルメン「お待たせ!ぺぺ、みんなにドリンクを配って」

ぺぺ「はい、わかりました、カルメンさん」

N「カルメンはさっとリンボの隣に座った」

リンボ「ん?何の書類だ?」

カルメン「どれが必要か分からないから、役所で一通り貰ってきちゃったワ。スケアクロウには、こっちの書類ネ」

スケアクロウ「ん?これって……………アレックスの…………」

カルメン「そう。スケアクロウにはアレックスがこの街で生きていける新しいIDを作って欲しいのヨ。で、リンボには養子縁組に必要な手続きを手伝って欲しいノ。できれば、ヘルベチカとモズには推薦状をお願いしたいワ」

リンボ「アレックスを、養子にするのか?」

カルメン「ええ、アレックスは望まないかもしれないけどネ。アタシだって、アレックスを受け入れる覚悟はないわ。今は話をするのも無理」

ヘルベチカ「じゃあ、どうして?」

カルメン「テオのためよ。アレックスは、アタシがこの世で一番愛した人の実の弟。死ぬ直前まで、その名前を呼んだ。アタシは、テオを愛した自分に責任があるの」

テウタ「(愛した、責任……………)」

カルメン「他人はね、いい時にはいい顔をして近寄ってくるけど、悪くなると急にてのひらを返す。分かるでしょ?ヴォンダが捕まって、ルイ・ロペスの情報が表に出るかもと思ったら、誰もアレックスに手を貸そうとする人はいない。ルイ・ロペスは文字通り消えちゃったのヨ。でも家族は消えない。いい時も、悪い時も一緒。良いことにも、悪いことにも、責任を持つの。テオはアタシを家族だと言ってくれた。だから、テオの家族はアタシの家族。そう、覚悟を決めたのヨ。」

 


==============================================

フルサークルの投稿(カルメン)「小さな声も、大きな声もここではすべて平等。ここはそう思って作った場所。隣の人と繋がれば、それは巡って円になる。でも、何を言ってもいいってわけじゃない。誰かを苦しめるための書き込みも多かった。お互いを見守り、お互いに責任を持つ。そういう場所にしたかった。私からの書き込みはこれが最後。でもこの場所は残しておく。だからみんな、小さな声を見逃さないでね」


ストアカウント「Adam Krylov can’t get away with Murder.
(アダム・クルイローフは人殺し)」

BUSTAFELLOWS④

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#4

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♀ ルカ
♀イリーナ
ヴァレリー
♂ カルメン
不問 店員(バレラペーナ&パライソガレージ)
不問 看護師
♀ イリーナ
♂ 裁判長
♂アダム
♀謎の美女(ヘルベチカ)
♂ オーナー
不問 ルームメイドorスタッフ
♀アニマ
不問 警察官
不問 アレックス
不問 運転手
♀   清掃員
不問  警察官

=====セントラルコア  チェルシー・ドライブ====

カルメン「やっぱりこの時期のニューシーグといえば、ファッションウィークよネ!」

ヴァレリー「あたしなんてファッションウィークで一番良い席押さえるコネを作るために仕事してるようなもんよ」

N「華やかなブランドショップの立ち並ぶチェルシー・ドライブ。普段はあまり来ない場所なのだが、この日テウタはカルメンヴァレリー、そしてルカと4人でショッピングに来ていた。ファッションウィークはファッション業界の新作発表会のことで、1週間かけて開催されるいわば祭りのようなイベントである。ニューシーグで開催されるようになったのは数年前からで、テウタもファッション誌の取材で行ってみたいと思っていたが、コネがないととても入れないような人気ぶりである」

テウタ「(ファッションに興味がないわけじゃないし、いつか行ってみたいとは思うけど………)」

テウタ「…………」

テウタ「(たまには一緒に買い物に行こうって誘われたはいいものの、カルメンさんもヴァレリーさんもどれだけ買うの…………)」

ルカ「他人(ひと)が着飾って歩いてんの見て何が楽しいんだか…………」

ヴァレリー「あ?ルカ、なんか言った?」

ルカ「いいえ何にもお姉さま」

ヴァレリー「よろしい」

カルメン「あら?もしかしてちょっと疲れちゃったカシラ?」

テウタ「いえいえ、そんなことは…………ちょっとありますけど」

カルメン「あらー!ダメよー!どこかカフェに行きまショ!疲れた時は甘いものを摂らないと!」

ルカ「尋常じゃない量の荷物を持たされてるせいだと思うけどね」

ヴァレリー「ん?なんか言った!?」

ルカ「いいえ何にもお姉さま」


=====カフェ  ハリー&キース=====

カルメン「やっぱり女同士っていいワ。なんかこう、華やかよネ」

ルカ「そうっすねー(適当に」

店員「お決まりですか?」

ヴァレリー「あたしはマンデリン。ブラック。あんたは?」

テウタ「どうしようかな…んー………!私、みんなが注文する間に決めるから先に注文してください!」

カルメン「疲れた時は甘いものヨ。甘いもの。アタシはパルフェにしようかしら」

ルカ「あたしはジンジャーエール。あとはなんかしょっぱいもん食いたいな…あ、このホットサンドいいじゃん、
厚切りベーコンの」

カルメン「じゃあ、アタシはフルーツパルフェと、ストロベリーシャンパン。よろしくネ」

テウタ「えっと…レモネードとチェリーパイにします」

店員「承知しました。少々お待ちください」


カルメン「フフ…女の子が4人も集まったら、あの話しかないわよネ」

テウタ「あの話って?」

カルメン「決まってるじゃないの、ラブい話よ、ラブ!」

ルカ「ラブ?なんだよ、そりゃ」

ヴァレリー「ルカだって職場恋愛のひとつやふたつあるでしょうが」

ルカ「ない」

ヴァレリー「ニューシーグ警察は結構イイ男いるじゃないの。それに殺人課は仕事が有能な奴が集まってるし。あー、ほら、カーター事件担当してた巡査。なんて名前だっけ?」

テウタ「(そういえばルカからそういう話聞いたことなかったなあ)」

ルカ「ニールっすか?あいつ、外面いいけど女々しい野郎ですよ」

N「ルカとアダムとテウタは昔からずっと一緒にいるのだが、お互いあまりそういう話をしたことがない」

テウタ「(私も私で、特に何もないしなあ…高校の時のプロムと言えば、アダムに相手がいないからって誘われただけで、結局お兄ちゃんが亡くなった直後だったから行けなかったし…)」

カルメン「まさかあなたも何もないなんて言わないわよネ~?」

テウタ「…………いま、心読みました?」

ヴァレリー「あんたね、5人もの男と同棲しといて何もないわけ?」

テウタ「同棲じゃなくて、ただのシェアハウスですってば」

ヴァレリー「うちの弟はどうなの?あたしが言うのもなんだけど、あの子、なかなかいい物件だと思うけど?」

テウタ「いい物件って…………」

カルメン「リンボってば、たまーにうちの店で仕事の打ち合わせしてることあるけど、リンボの事務所の
女の子とか絶対彼に気があるわヨ」

ルカ「弁護士先生ってのはモテるもんなのかね」

テウタ「(へえ、リンボってモテるんだ。いや、まあ、モテるだろうなあ)」

カルメン「テウタって、どんな男の子がタイプなの?」

テウタ「どんなタイプって言われても………あんまり考えたことないですけど」

ルカ「あんたって現実的だし理論的なところあるくせに、運命とかそういうの信じてるロマンチストなとこあるよな?」

カルメン「あらっ!そうなの!?やっだぁ~可愛い!」

テウタ「べ、別にロマンチストってわけじゃ…………」

ヴァレリー「ロマンのあるうちにいっぱい恋しておきなさいよ。そのうち、ロマンも何も
なくなってくるんだから」

カルメン「もう、ヴィーったら。そんな退屈な事言わないでヨ」

カルメン「ロマンは大事ヨ!こいう人が好き、こういうところが好き、なんて分からなくなっちゃう恋もあるんだあるんだから。なんだかよく分からないけど、好き。これが本物」

ルカ「テウタにもいつか、白馬の王子様が来るってことかぁ」

テウタ「もう、からかわないでよ…………」

カルメン「あなた、スタイルもいいし、おめめもぱっちりしてるし、もっと女の子の魅力ムンムンに出してもいいと思うのよ」

ヴァレリー「ほら、あれだ。あんたんとこ、プールあるじゃない?エッロイ水着着て、男どもを
ムラムラさせてやったらどう?」

ルカ「ちょっと待った!あんな男ばっかりの家でそんなことやったらこの子が危険でしょうが!」

ヴァレリー「んじゃアタシもエッロイ水着着て一緒にプール入りに行く!」

カルメン「やだあ~!アタシも絶対一緒に行く~!」

ルカ「…………まあ、姉さんたちが一緒ならあいつらおとなしいだろうな…………」

テウタ「もう、私は泳がないからいいですって…………」

テウタ「(まあ、あのプールはちょっと入ってみたいけどね。夜とかすごく気持ちよさそうだもんなあ」

カルメン「ねえ、どんな水着がいいの?ちっちゃい三角のにする?それとも、貝殻?」

テウタ「いや、だから……そ、そうですよ。さっきから私の話してますけど。カルメンさんはどうなんですか?」

カルメン「うっふふふ…………聞いちゃう?」

ヴァレリー「いや聞かない」

カルメン「聞いちゃう?聞いちゃう?気になっちゃう?しょうがないわネ~」

ヴァレリー「あーあ聞いちゃったよ、話し出すと長いんだよな」

N「カルメンは身を乗り出した」

カルメン「アタシはね、小さいころにニューシーグに来て、お金も全然なくて、ママとシェルターで育ったノ。
ママはシングルマザーだったから大変だったと思うワ。男の人と付き合い始めると、アタシをシェルターに置いて出ていっちゃったのヨ。アタシもアタシで、ママがいないことにも慣れちゃったし。男に捨てられてはシェルターに戻ってきて、また親子みたいに暮らせると思ったら、ふらっとまたどこかに消えちゃうノ。ママの事は大好きだったけど、アタシはママみたいにはならないって誓ったワ。人に振り回されずに、自分の足で立って歩くってね」

テウタ「そんなことがあったんですね…………」

N「カルメンの明るい性格からはとても想像できない話だった」

カルメン「ママは悪い人じゃないのヨ。人って、同じ環境にいると、変わる機会を失っちゃう。いつの間にか、変われなくなったことにも気づけなくなる。そんな時に出会ったのが…………」

ヴァレリー「カルの今のダーリンで、そのダーリンは今は仕事で州外に行ってて、帰ってきたらマイホーム買うんだっけ?」

カルメン「んもー!ヴィーダイジェスト版にしないデっ!ちゃんとゆっくり、1から話させてくれたっていいじゃナイ!…………ダーリンとはね、いまは遠距離恋愛なのヨ。今は遠くにいるけど、戻ってきたらマイホームを買って、そうしたらアレックスも養子にして、一緒に暮らすノ!」

ヴァレリー「(小声で)おい、なんかないの?ほら、ほかに話題!」

N「楽しそうに語りだしたカルメンをよそに、ヴァレリーはルカに小声で耳打ちをする」

ルカ「えっ!そんな急に言われたって…………」

カルメン「それでね、そのダーリンと出会ったとき、彼は29歳で…………」

ヴァレリー「早くしなさいって!」

ルカ「んー!あー。えっと、あれだ、あれ!テウタ!あの結果どうだったんだ?ほら、ニューシーグトゥディの新人賞」

ヴァレリー「新人賞?何それ?(小声で)ほら、ちゃんと拾って繋いで!」

テウタ「え、えっと、ニューシーグトゥデイに6か月以上継続で記事かコラムか小説を連載している記者が、最初の年だけ応募できる賞があるんです。これが、結果発表の通知なんだけど…………」

N「テウタが皺になっている封筒を取り出す」

ヴァレリー「ちょっとちょっと、まさかまだ開けてないの!?」

テウタ「いざ結果を見るとなると、緊張しちゃって…………」

N「カルメンにサッと封筒を取り上げられてしまう」

テウタ「あ!ちょっと!カルメンさん!」

カルメン「あらあ?消印、結構前じゃナイ。結果、気にならないノ?」

テウタ「気になります、気になります。私書箱から受け取ってきたんだけど、この封筒を開いたら結果が分かると思うと、手が震えちゃって………」

ヴァレリー「開けようが開けまいが結果は変わらないんだから、ちゃちゃっと開けて確認しちゃいなさいよ」

テウタ「(もう、ほんと、その通りなんだけど………)」

カルメン「大丈夫よう!だめならだめで、アタシ達が慰めてあげるワ!」

テウタ「あ、ありがとうございます。はあ………ちゃんと覚悟が出来たら開けます」

ルカ「あんた、そういうとこ妙に繊細だよな。ダメならダメで次の機会、OKならOKでラッキー、くらいに
考えときゃいいのに」

テウタ「私にとってはすごく大きな問題なの。どんな結果だとしても…………」

テウタ「(ちょっと想像しちゃった………お腹がキュッとする…………)」

ヴァレリー「まったく、死ぬわけでもあるまいし。あたしには理解できないね。まあいいわ。結果わかったら教えて」

テウタ「はい、できるだけ早めに」

ルカ「あたしはさ、あんたのコラムの愛読者だからね。結果はどうあれ、ファンはファンのままだよ」

テウタ「うん!ありがとう!」

ルカ「さて、と。買い物もひと段落したし、そろそろ帰るか」

ヴァレリー「あら、何言ってるの?」

カルメン「そうよ、どうしちゃったノ?」

テウタ「何か買い忘れたものありました?」

N「と言っても、忘れるものなどあるのかどうかというくらい、尋常ではない量のものを買っている」

ヴァレリー「何言っちゃってるのよ、水着回に行くんでしょ?エッロイやつ」

テウタ「ええ!?さっきの、本気だったんですか?」

ヴァレリー「当たり前でしょ!あたしも買おうっと。上と下が輪っかでつながってるやつ」

カルメン「さー!行くワヨ!早くしないと、ファッションが逃げちゃうワ!」


======数時間後====


テウタ「(思ったより買い物が長かった…………水着は結局選べなくて変えなかったけど、いつもは行かないようなお店もたくさん行けたし、楽しかったな)」

N「テウタは病院に足を向けた」

テウタ「(この前、ルカを助けたくて時間を遡った時のことは、今落ち着いて思い返してみても記憶が曖昧だ。よっぽど焦っていたんだろう)」


======病院=======

テウタ「(あの時、私はルカのことしか考えてなかった。私に時間を貸してくれたあの人に、迷惑をかけていなければいいんだけど…………)」

N「消毒液の匂いが鼻をかすめると、あの時の記憶が脳裏をよぎる。目の前で死んだルカと、ルカを失うかもしれない恐怖。もしも自分にこの能力が無かったら?そう考えると心臓を握りしめられるような感覚に襲われた」

テウタ「(あの人の名前は確か…………そうだ、ソリス先生だった!えっと、ソリス、ソリス…………)」

看護師「あら、誰かのお見舞い?」

N「カートを押している看護師に声を掛けられた」

テウタ「(神様、嘘をつくのを許してください…………!)」

テウタ「あの…………友人が先日ソリス先生にお世話になったので、ぜひご挨拶させていただければと思いまして…………」

看護師「ああ、ソリス先生は今、外来診察に出てるわ。何か伝言があれば…………」

テウタ「ああ、いえ…………その、友人の代わりに来たもので…………」

N「看護師はきょろきょろと左右を見ると、そっと顔を近づけてきた」

看護師「ここだけの話なんだけどね、ソリス先生はレジデント………研修医の中では1、2を争う腕の持ち主なの。ただこの前ね、変な事があったのよ」

テウタ「変な事?」

看護師「急を要する手術を前に、ソリス先生が私用の電話をかけるのに、急に出かけちゃってね。ほんの数分の事だったけど、患者は足を切断することになっちゃって、今は車椅子生活よ」

テウタ「そんな…………」

看護師「チーフレジデントの選考前だったのに、今はオペ室立ち入り禁止になっちゃって、やっちゃったわよねえ」

テウタ「そう、だったんですか…………」

看護師「えーっと、あなたとあなたのお友達って、お名前は?ソリス先生にあなたが来たことは伝えておくわ」

テウタ「いや、いいんです…………」

看護師「あら、そう?いいの?おかしな人ね」

N「テウタはうまく言葉を紡げず、その場を離れた」

 


=====ニューシーグブリッジ前=======

N「病院を後にして、テウタはあてもなくただ歩いていた」

テウタ「(ソリス先生、その患者さん………それぞれに悪い影響を残してしまった。私の、勝手な判断で。
私が時間を遡って、変えてしまった。私が時間を遡らなければ、起こらなかったはずの事だ。
…………私はなんてことをしてしまったんだろう)」

 

======パライソガレージ店内======


N「イヤホンを差して、ほぼ無意識にアダムの曲をかける。頭の中はずっと同じことが巡っていた」

テウタ「(私は、大変なことをしてしまった。そして、きっと今までも、大変なことをしてきたのかもしれない)」

ルカ「おーい、聞こえてるー?」

アダム「何か音楽聴いてるのかも?」

テウタ「(物事をうまくやり直せる能力、そんな風に思っていたけれど、それは私にとって都合が良いだけで、誰かを不幸にしているのかもしれない。でも、ルカを目の前で死なせるなんて、私には出来なかった………もし、もう一度同じ状況になったら?私は、どうするんだろう…………)」

テウタ「えっ!?」

N「慌ててイヤホンを外して顔を上げると目の前にはルカとアダムが立っていた」

テウタ「ごめんごめん、ふたりとも早かったね」

アダム「今日は打ち合わせが早く終わったから、ルカと一緒に来たんだ。大丈夫?なんか考え込んでるみたいだけど…………」

テウタ「ううん、大丈夫。気が付かなくてごめんね。あ、ほら、アダムの歌聴いてたの。『NOVALIS(ノヴァーリス)、良い曲だね』」

アダム「やめてよ、なんていうか、ちょっと恥ずかしいよ。良い曲だけど、歌には自信がないから」

テウタ「ふふ、無限リピートで聴いてるよ」

アダム「はは、ありがとう」

ルカ「とりあえず飲ませてよー!喉乾いてんのに我慢して水も飲まずに飛んで来たんだからさ。………んじゃ、みんなビールでいい?」

アダム「僕はシャンディガフ

ルカ「なんだよなんだよ、たまには仕事を忘れて飲みなさいよね」

アダム「この後局に戻って調べなきゃいけないことがあるんだ。あ、でも時間は余裕があるから大丈夫だよ」

ルカ「飯も頼もうぜ、飯!人間、腹いっぱいになれば元気が出るって!」

N「ルカがテウタの背を叩く。顔を見るとルカはテウタを見て小さく頷いた」

テウタ「(いつも、ふたりがいるから元気になれるんだよ)」

テウタ「…………うん!私もお腹空いた!」

ルカ「よーし、そうこなくっちゃ。すいませーん!ビール2つと、シャンディガフ1つ、あと飯なんすけど、今日のおすすめってなんです?ああ、じゃあそれ、3つください」

アダム「…………」

テウタ「な、なに?」

アダム「何があったの?」

テウタ「…………知らないふりは?」

アダム「だめ。僕らに隠し事はなし、でしょ?」

テウタ「そんなに顔に出てたかな?」

ルカ「あんた、警察官にならなくて正解だよ。考えてること全部顔に出てる」

テウタ「はあ………ふたりには敵わないなあ」

店員「お待たせしました」

ルカ「んじゃ、とりあえずかんぱーい!」

アダム「乾杯」

テウタ「乾杯!」

ルカ「うんめー!やっぱ1杯目のビールが一番だよなあ。…………(優しい声音で)そんで?どうしたって?」

テウタ「(…………良くないことになってる原因が、ルカを助けたからかもって、言いたくないなあ)」

ルカ「当ててやろうか?あたしが死んだのを助けたって話だろ?」

テウタ「えっ!?」

ルカ「ほーら、当たった。んなこったろうと思ったよ。あの後からなーんか腹に抱えてますって感じだったし」

アダム「あの時のことか。何かあったの?」

テウタ「(どうやって話そう…………)」

テウタ「えっと…」

アダム「思ったままを話してくれればいいよ。言葉を選ぶ必要はない」

テウタ「うん、ありがとう…………あのね、私、時間を遡るのは何か悪いことがあった時に、それをやり直すためだって思ってたの。でも、私が時間を遡ったせいで、別の誰かの運命を変えてしまうのかもって………そんなこと考えてたんだ。前にオルステッド教授に会ったときに聞いたんだけど、時間は糸のようなものだから、いじりすぎたらほどけてしまうって。だから…………」

アダム「時間を遡るのは間違ったことかもしれないって?」

テウタ「(ルカを助けたことを間違いだなんて思いたくないけど………)」

ルカ「そんなことで悩んでたのかよ」

N「ルカはあっけらかんと言った」

テウタ「そんなことって…………」

ルカ「時間を遡るってことがどういうことか、あたしは完全に理解してあげることは出来ないけど…………何かをしてもしなくても、誰だって誰かを傷つけるし、傷つくこともある。そうだろ?誰かを助けても、ほかの誰かは助からないことだってある。でもそれは、あんただけじゃない。あたしだって同じだ」

テウタ「でも、私は他の人は違う。他の人にはない力がある。簡単に言えばズルよ。ズルして自分の思い通りに未来を変えて、そのせいで他の人の未来が変わるなんて、間違ってる…………」

アダム「僕はそうは思わないな」

テウタ「え?」

N「アダムがそっとテウタの手に触れると、反対の手のはルカが手を重ねる。昔、よく一緒に並んで手をつないだ時のように」

アダム「普通に生活してたって、人間は常に他者に影響を与え続けるものなんだ。僕が番組でどんな話を取り上げるか、たったそれだけで他人の運命を変えることだってある。ルカだって、警察官として誰かを助けることもあれば、助けられないこともある。それはルカの何気ない選択のせいかもしれない。そういうものだよ」

テウタ「…………」

アダム「変えるのが正しいと思った、変えたいと思った。その瞬間の君を信じ続けるのを忘れないで」

テウタ「…………うん」

N「アダムとルカはぎゅっと手を握って微笑かけてくる」

ルカ「ところであたし、なんで死んだの?」

テウタ「え?」

ルカ「あたしが死ぬの、テウタは目の前で見たって言ってたよね?どうやって死んだ?」

アダム「ルカ…………その話、わざわざしなくても…………」

ルカ「わざわざするよ。あんたさ、あたしが目の前で死んですごくショックだったでしょ?もしもあたしの目の前であんたが死んだら、あたしは耐えられない。たとえ助けられたとしても、その時の事は絶対に忘れられないと思う。なんだったら、夜寝るときに思い出すかもしれないし、夢に出るかもしれない。そんなの、あんたひとりの頭ん中で思い悩ませておくなんて間違ってる。そうだろ?だから、うちらに話してくれよ。笑い話にしちまおうぜ?」
テウタ「ルカ…………」

N「思わず目が潤んでしまう。確かにルカが死んだときのことはよく思い出してしまうからだ。もうあの過去は消えたのだとわかっていてもルカの目から光が消えた瞬間を鮮明に思い出してしまう」

アダム「大丈夫?」

テウタ「何度も、夢に、見たの…………あの時の事、すごく、怖くて…………」

ルカ「ほらほら、そんな顔しない。あんたらしくないよ?それにさ、どうやって死んだのかが分かれば次は自分で自分の身を守れる、だろ?」

テウタ「…………うん、ありがとう」

N「大きく息を吸って、吐き出す。あの時の事は今思い出すだけでも怖かったが、ゆっくりと思い返す」

テウタ「あの日ね、打ち上げをするからって警察署にルカを呼びに行ったの。そしたら、ちょっと席を外してるって聞いたから、署内を探してたんだ。それで、資料室に行ったら…………」

ルカ「あたしが死んでた、と」

N「どういう状況かを思い出したほうが、今後の危険を防げるかもしれない。あの時の光景がよみがえる」

テウタ「ルカは資料室の床に仰向けで倒れてた。血がいっぱいで………駆け寄ったら手が血まみれになって、携帯が上手く操作できなかった…………ごめん、どうして死んじゃったのかは分からない………」

テウタ「(私、応急処置は習ってたはずなのに、血塗れのルカを目の前にしたら何もできなかった。
ただ慌てて、大騒ぎしただけ…………)」

ルカ「その血塗れのあたしは、なんか言ってなかったの?あいつが犯人だー!とか」

テウタ「ううん…………分からない、苦しそうに何か言ってた気はするけど、全然思い出せない…………」

ルカ「なるほどなあ…………血がたくさんでてたってことは刺されたか、撃たれたか………それにしてもなんで資料室で死んでたんだろうな?」

テウタ「資料室に行く予定はなかったってこと?」

ルカ「資料室の資料は大抵データ化されてて、調べるんだったら情報管理課のパソコン使った方が早いし、あたしはそうしてる。わざわざ原資料を調べたいなんてことあるかなあ」

アダム「その時間、資料には誰かいたの?るかがいない資料室にって意味で」

ルカ「それがさ、あの日は署内のセキュリティシステムがメンテナンス中で、あの時間、資料室がある棟は監視カメラの録画はオフになってた」

アダム「偶然なのかどうか………気になるね。同じようなことが起こらなけらばいいけど。ほかには何か特別なことはしてなかったの?いつもと違うこととか」

ルカ「イーライ製薬のこととか、失踪者のリストのこととかは、調べてることもずっと内緒にしてたし、上司にしか話してないな」

テウタ「…………情報足りなくて、ごめん。あの時は必死で…………」

ルカ「なんであんたが謝んの。あんたはあたしを助けてくれた。それ以上のことある?いーや、ないね。
署内で何かがあるかもしれない、そう思って慎重に行動するよ」

N「アダムが、メニューを差し出した」

アダム「じゃあ、無事生還したルカと、その功労者のテウタには、僕が好きなものを好きなだけご馳走するよ」

ルカ「そうこなくっちゃ!なあ、どこからどこまで頼む?」

テウタ「ふふっ…………ええ~?そういう注文の仕方なの?」

アダム「ふふ…………お好きなだけどうぞ」


=========パライソガレージ外=============

N「ルカは仕事の呼び出しを受けて警察署へ、アダムは打ち合わせでスタジオに戻っていった」

テウタ「(もう1ブロック先に出た方がタクシー通るかな)」

SE:着信音

テウタ「(あ、ヘルベチカだ)」

テウタ「もしもし?」

ヘルベチカ「シュウの運転で帰るとこなんですけど、君も乗ります?」

テウタ「あ、ほんと?ちょうどタクシー乗ろうと思ってたんだ」

ヘルベチカ「じゃあセントラルコアのあたりで待っててください」

テウタ「分かっ………(返事をする前に電話を切られる」

テウタ「(最後まで言わせてよ………)」

=======シュウの車内=========


シュウ「ルカたちと一緒だったのか?」

テウタ「そうだよ」

ヘルベチカ「ほんとに仲が良いんですね」

テウタ「羨ましい?」

ヘルベチカ「ええ、とても」

シュウ「そういえば、ヒルダの事聞いたか?」

テウタ「ヒルダさん?この前のイーライ製薬の事件の時の?」

シュウ「そう。クロが手伝ってもらってたデータの解析結果が送られてきたらしいんだ。ほら、ロスコーが
貸金庫に隠してたデータメモリ」

テウタ「(そうだ。イーディが持ち出した鍵は貸金庫のカギで、中にあったのは暗号化されたデータメモリだったんだ」

ヘルベチカ「それで、データの中身はなんだったんですか?」

シュウ「途中で途切れてるらしくてよく分からないみたいなんだが、何かのリストらしい。あと、WNf3とかなんとか、よく分からない暗号らしい」

テウタ「リストに、暗号…………?」

テウタ「(イリーナさんが言ってたこと、本当なんだ…)」

シュウ「詳しく話聞こうにも、ヒルダとは連絡が取れなくなったみたいだ」

 

========スケアクロウ邸宅=======

テウタ「んー!やっぱり開けられない」

シュウ「はあ…………なんだよ、まだ結果見てないのか?それ確か、一昨日くらいに届いたやつじゃねえか?」

テウタ「そうなんだけど、これで結果が分かっちゃうとおもうと、うう、んー!開けられないよー!」

シュウ「そんなの開けなくても結果はとっくに決まってるんだろうが」

テウタ「それはそうだけど、それでも結果を見るには心の準備がいるの!」

シュウ「結果見て落ちてたら?」

テウタ「落ち込む」

シュウ「選ばれてたら?」

テウタ「喜ぶ!」

シュウ「簡単な二択じゃねえか」

テウタ「それでも、ドキドキし過ぎて、自分じゃ見られないの!わかんないかなあこの気持ち!」

シュウ「全然分かんねーな。じゃあこっち寄越せよ、ほらっ」

テウタ「うわぁ、ちょっと待って!待ってったら!!」

シュウ「えーと、結果は…………」

テウタ「あーダメダメ!心の準備するから待って!!」

シュウ「…………あと何秒待つ?ほら、早く早く!早く、ほら!」

テウタ「ふう………そうよ、死ぬわけじゃないんだから。死ぬのは1回!今日じゃない!」

N「顔を上げてシュウの顔を見る。じっと見つめるとシュウはふっと笑みを浮かべた」

シュウ「おめでとさん。『貴方の作品が新人賞を受賞されました』ってさ」

テウタ「えっ!?本当!?嘘じゃない!?」

シュウ「なんのために嘘つくんだよ、ほら、自分で見てみろ」

N「シュウに手渡された手紙には、しっかりと、新人賞受賞と書かれていた」

テウタ「…………!どうしよう!嬉しい!シュウ、私めちゃくちゃ嬉しい!どうしよう!」

シュウ「よかったな。あんたはもうちょっと自信持ってもいいんじゃねーの?」

N「シュウはそう言ってテウタの頭をポンと小突いて去っていった」

テウタ「(本当に、本当に受賞しちゃった。夢が一つ叶った。私の本が、本屋さんに並ぶんだ…………!」

テウタ「んー!やったー!」

=========翌朝==========

テウタ「おっはよーう!みんなっ」

リンボ「おはよう」

シュウ「朝からテンション高ぇな」

テウタ「だってぇ…………」

ヘルベチカ「顔、だらしなく緩んでますよ?」

テウタ「思い出すたびニヤけちゃうの。だって私、新人賞獲ったんだよ?私のコラムが本になって、本屋さんに並ぶの」

シュウ「その話は昨日散々聞いたよ。全員に話して回ってただろうが」

テウタ「何度でも言いたくなっちゃうの」

スケアクロウ「シュウは呆れたフリしてるけど、俺達サプライズパーティの企画してたところなんだ」

リンボ「(小声で)馬鹿!クロ!」

スケアクロウ「ああっ!?」

テウタ「パーティ?」

ヘルベチカ「そう、その通り。今、馬鹿なスケアクロウのおかげでサプライズパーティがただのパーティになったところです」

スケアクロウ「ご、ごめん…………つい………と、とにかく!カルメンの店とかで盛大にやろうよ。ルカ達も呼んでさ!」

テウタ「ありがとう!嬉しいよ」

SE:着信音

リンボ「あ、俺だ。はい、フィッツジェラルド………ああ、本当か?よし、俺はすぐにそっちに行く。ああ、分かった」

シュウ「どうした?」

リンボ「俺が無罪を主張していたのに、法廷で有罪を認めちまった依頼人がいる。そいつが、有罪答弁を取り下げることにやっと同意してくれたんだ。俺は、その依頼人殺人罪に値する犯罪者だとは思えないんだ。だから、なんとかしたい」

シュウ「手伝うか?」

リンボ「おう、そいつは助かるよ」

シュウ「給料はもらうけどな」

モズ「給料出るなら僕も」

ヘルベチカ「僕も手伝いますよ」

リンボ「…………なんかちょっと引っかかるけど、まあそんなこと気にしてる暇もねえな。俺はすぐに裁判所に向かうから、シュウは予備審問の時の検事局のスタッフを調べてくれ。アタリはつけてある。こいつらだ」

シュウ「りょーかい」

リンボ「で、モズは当時の検死記録に気になるところがないか確認してくれるか?…………これが、被害者の名前と日付だ」

モズ「分かった」

スケアクロウ「俺は?」

リンボ「(遮るように)ヘルベチカは俺と一緒に裁判所に来てくれ」

テウタ「待って!私もついて行っていい?新人賞を獲ったからって、特ダネ探しに手抜きはしないもん」

N「新人賞という言葉を得意げに言うと、リンボは小さく笑った」

リンボ「分かった。俺としても注目を集めて動かしたい案件だ。フルサークルなり、新聞なり、情報を広めるのを手伝ってくれ」

テウタ「オッケー、任せて」

スケアクロウ「ねえ、俺は!?」

リンボ「…………留守番?」

スケアクロウ「なん…………だと…………!?」

リンボ「冗談だよ。クロちゃんには調べてもらいたいもんがある。それもこっそり見つからないように、な。
逐一連絡するよ」

スケアクロウ「(嬉しそうに)分かった!任せろ!」

リンボ「よっし、んじゃすぐ出るぞ」

(みんなほぼ同時に)

シュウ「行ってくる」

ヘルベチカ「行ってきます」

モズ「行ってきます」

テウタ「行ってきまーす」

スケアクロウ「え?あ、あれ?はーい!行ってらっしゃーい!」

スケアクロウ「…………はっ!?俺、留守番か!!」


=======ニューシーグ裁判所=======

リンボ「そうか…………まあ今日はただの手続きだから問題ないだろ。ああ…………そうか、分かった。
書類は回しといてくれ」

ヘルベチカ「何か問題でも?」

リンボ「ちょっと事務所が立て込んでて、サブの弁護士がこっちに来られないんだ。まあ、ただの手続きだから、
問題ないけど。…………そっか。お前さ、俺の隣に座ってメモでも取ってくれよ」

テウタ「え?私が?傍聴席からじゃなくて?」

リンボ「アリーナ席から取材した方が面白い記事書けるだろ?それにサブの弁護士が座ってないと印象悪いからさ」

テウタ「で、でも、弁護士資格がない人はそのアリーナ席に入れないんじゃないの?」

リンボ「お、クロちゃん?ニューシーグの弁護士会にテウタのプロフィール紛れ込ませといて。一時的でOKだから。ん、そうそう、よろしくー…………これでいいだろ?」

テウタ「全然よくないけど…………」

リンボ「5分もかからないって」

テウタ「………分かった、座ってメモ取るだけでいいのね」

ヘルベチカ「…………ちょっといいですか?」

テウタ「え、何?」

N「ヘルベチカは自分がかけていた眼鏡をテウタにかけさせた」

ヘルベチカ「まあ、これで少しは賢く見えるでしょう」

テウタ「少しはって………あれ、度が入ってない?ヘルベチカ、目悪くないの?」

ヘルベチカ「ええ、ただの伊達眼鏡ですから」

テウタ「なんでわざわざ…………」

ヘルベチカ「世の中、見た目に対する偏見ってなくならないんですよ。僕みたいな顔立ちは頭が悪いって見られがちだし、眼鏡をかけると知力が高そうに見えるんです。だからこうやって、見た目の第一印象は服飾で調整するんですよ」

テウタ「調整するってのは分かるけど、『僕みたいな顔立ち』って?」

ヘルベチカ「美人、ってことですけど?」

テウタ「…………そうだったね」

リンボ「そろそろ時間かなー?セドリック判事はいつも時間ぴったりだからな」

テウタ「ねえリンボ、ちょっと聞きたかったんだけど」

リンボ「なんだ?」

テウタ「依頼人は法廷で有罪を認めたって言ってたよね?一度自分で犯行を認めたのにそれを覆して無罪を主張したら、偽証罪にならないの?」

リンボ「へえ、よく勉強してるじゃないか」

テウタ「取材は綿密な下調べが重要なの」

リンボ「無罪答弁ってのは犯行を否定するわけじゃないんだ。検察側に疑う余地のない立証を要求する。それが目的だ」

テウタ「つまり、リンボが言ってたような状況証拠だけじゃ有罪は証明できない、ってことよね?」

リンボ「そういうことだ。さ、そろそろ行くぞ」

ヘルベチカ「ほら、リンボに送れないで、弁護士先生」

テウタ「あれ!?イリーナさん!?」

リンボ「ん?知ってるのか?こちらイリーナ・クラコウスキー。俺の依頼人だ。で、こっちは………」

イリーナ「テウタ、でしょ。知ってるわ。何度も会ってる」

リンボ「え?なんで…………」

テウタ「実は、取材で何度か………」

リンボ「なら紹介は必要ないな」

裁判長「皆様、ご静粛に。誓約のもと、ここに立つ全ての者、また全ての法廷関係者には発言する権利があります。被告、イリーナ・クラコウスキーは、ルームシェアをしていたリサ・モレりを殺害。凶器のルームランプからは被害者の血液のついたイリーナの指紋が検出された。アリバイもなく、リサとの口論を隣人が聞いていたという証言がありました。本日はニューシーグ州対イリーナ・クラコウスキーの量刑審査を行う予定でしたが、本法廷は被告人側からの無罪答弁を受諾するものとします。よって、代理人リンボ・フィッツジェラルド氏の請願に基づき、新たな証拠、証言を検証することとします。審議は96時間後に再開します。代理人、この請願について何か言っておくことはありますか?」

リンボ「はい、裁判長。この請願を受理してくださり、ありがとうございます。状況証拠しか挙げられない優秀な検察に言いたいことは山ほどありますが、ここでは一つだけ。この法廷で、悔しさに唇を噛んだ人間は誰もが思ったことでしょう。真実を作りだせる人間に司法は味方するのだと。そうではないということを、僕は証明してみせます」

SE:木槌の音

リンボ「イリーナ、よかったな」

イリーナ「…………そうね」

リンボ「この後、手続きが終わったら面会室に行く。審議に向けて打ち合わせをしよう。何か聞いておきたいことは?」

イリーナ「…………最後の食事、あなただったら何を選ぶ?高級なステーキか、世界の珍味か、それとも最高にハイカロリーなジャンクフードか…………どれがいいと思う?」

リンボ「死刑になんかなるわけないだろ。俺は、お前の無罪を証明する」

イリーナ「参考までに聞かせてよ」

N「リンボは少し身をかがめて、イリーナの顔を覗き込んだ」

リンボ「(囁くように)全部食べられる。それも、好きなだけな」


========面会室========

イリーナ「…………びっくりした?」

テウタ「ちょっとね。リンボのこと知ってるとは思わなかった」

N「リンボとヘルベチカとテウタは、そのままイリーナと面会室で話をすることになった」

イリーナ「私の友達が連絡したのよ。腕のいい弁護士だって聞いてね」

リンボ「俺は無責任な約束はしないし、夢を見させてはいさようならってのもなしだ。お前に不利な状況を覆せるか約束はできない。でも、何かあるんだろ。そうじゃなかったら、お前の友達があんな熱心に俺に連絡し続けない。何かを隠したまま死んでも、いいことないぞ?」

イリーナ「…………どうせ何もしなくても死ぬわ」

リンボ「どういうことだ?」

イリーナ「…………私達は、売られてきた人間なの。私の友達はあなたが不法移民の案件をよく扱ってるのを知ってて連絡したのね。私達はコンテナに詰められて者と同じようにこの国に運ばれた。ここで普通の仕事を割り振られればまだマシ。中には口にするのもおぞましい仕事だってある」

N「イリーナは言葉を止めて一呼吸置いた。リンボが真剣な目で黙って聞いているのを確認すると、そのまま続ける」

イリーナ「ファッションウィークに出てるジョージーナってブランドは知ってる?私も友達も、あそこで働いてたの。あそこのオーナーは、外国からたくさん人を買ってくる。偽造した適当なIDを渡して、延々と働かせるの。体(てい)のいい奴隷ね。自由の国に来て、縛り付けられてる」

リンボ「状況は色々あるにしても、ほかの国から働きにくる人間は大勢いる。お前たちは監禁されてるわけじゃないんだろ?逃げるなり、助けを求めるなり出来なかったのか?」

イリーナ「私達は港に着いた時点で品定めをされる。一番弱ってるやつが私達の目の前で殺されて、その死体と同じコンテナで一晩過ごすの。私の時は、親戚の女の子が頭を撃ち抜かれて死んだ。信じられない量の血が出てたのを覚えてる。人間の体の中にこんなにも血があるんだって初めて知ったわ。…………死体の匂いは、血の匂いとは違う。ほんの少しずつ腐って、甘い匂いがする。私は、その匂いが忘れられない」

ヘルベチカ「『戦うか逃げるかすくむか』…………」

テウタ「え?」

ヘルベチカ「人は強い恐怖を前にすると交感神経系の神経インパルスが………いえ、簡単に説明すると、本来の意思や意図とは関係なく、抵抗する力を失い、状況に従ってしまうことがあるんです」

イリーナ「学者さんの言葉はよく分からないけど、まあその通りね。誰も逃げようなんて思わなくなった。生き残ることしか考えられなくなった。みんなそうだった。私もそう。でもあの子は違った。抜け出す方法を見つけた。だから殺されたの」

リンボ「抜け出す方法…………内容は?」

イリーナ「所詮は無理なのよ………たとえ判決が覆っても私が生きる場所はどこにもない」

リンボ「俺の仕事は判決を覆すことじゃない。お前たちが生きる場所を見つけられるようにすること。言ってる意味は、分かるな?」

イリーナ「…………出来るとは思えないわ」

リンボ「何をしてもしなくても死ぬんなら、してから死んでもいいんじゃないか?」

イリーナ「希望を持ってから失うのがどれだけ辛いかわかる?分からないでしょうね。あなたみたいにキラキラの太陽浴びて育ちましたって顔のお坊ちゃんにはね」

リンボ「…………だろうな。でも、分かろうとする人間でいたい。だから俺はこうして、今ここに座ってる。
あとはお前次第だ。恐怖を前にひるんですくんだまま死にたいならそれでいい」

イリーナ「…………不法入国した人間のリストは、ジョージーナのオーナーが持ってる。それがあれば、何かわかるかもしれない」

 

=======トレイダージョーンズ店内======

テウタ「ねえ、アイス買ってもいい?」

ヘルベチカ「ついこの前、バケツみたいなサイズのを買ってませんでした?」

テウタ「あれはもうすぐ食べ終わっちゃうもん」

ヘルベチカ「冷たくて甘いものばっかり食べてると、体の中から太りますよ」

テウタ「好きなものを我慢してストレス溜める方が体に悪いもん」

スケアクロウ「ちょっと、その携帯のマイク、感度めちゃくちゃいいの知ってる?余計なお喋りで気が散るだろ」

ヘルベチカ「失礼しました、ボス」

リンボ「で?ジョージーナのオーナーの居場所は分かったか?」

スケアクロウ「ああ。普段はほとんど国外にいるんだけど、ファッションウィークだからね。3日前にニューシーグ入り。サクッとハックできそうなデータは見てみたけど、その囚人が言ってることが本当だとしたら、リストは外に漏れないようによっぽど用心してるな。ネットワーク経由じゃ見られない」

ヘルベチカ「じゃあ、そのオーナーのところに言って口を割りたくなるようなことをします?」

リンボ「物騒だな、シュウみたいなこと言うなよ(苦笑しながら)クロ、何か方法は?」

スケアクロウ「ネットワークに繋いでない端末だと仮定して、その端末のすぐそばまで近づけたらデータを盗める」

ヘルベチカ「ネットワークにつながってないのに?」

スケアクロウ「専用の端末をすぐそばに置くだけ。自動でホットシンクさせて、アニマにデータを送る」

リンボ「問題はその端末にどうやって近づくか、だな…………」

テウタ「はいはーい!」

ヘルベチカ「何か名案があるんですか?」

テウタ「ファッションウィークの会場に潜り込むのよ。私がモデル風に変装して、ジョージーナの新しいモデルですって顔で近づくの」

リンボ「…………」

ヘルベチカ「…………」

スケアクロウ「あれ?もしもーし?通信エラー?聞こえますかー?応答せよ!」

リンボ「ん?ああ、悪い悪い、ちょっとあれだ、なんかこう…………」

ヘルベチカ「呆気に取られてました」

リンボ「そう、呆気にとられてた、それだ」

ヘルベチカ「それじゃあ、僕がモデルに変装してテウタは記者として取材に行く。あともう一人くらい、理由をつけて潜入できれば何があっても対応できるんじゃないですか」

スケアクロウ「よし、それで行こう。俺はさっそくこの作戦の準備に取り掛かる」

テウタ「私がモデルの変装でも…………」

リンボ「お前は記者」

テウタ「…………はーい」


=============ホテルホールジー===========

N「ファッションウィークのメインステージ前日。関係者でいっぱいのホテルは、煌びやかな衣装をまとった人間でいっぱいだった。
ヘルベチカは変装した女性の姿で、シュウもスーツを着こなして会場で待機していた」


ヘルベチカ「キョロキョロしない」

テウタ「だって初めて見るんだもん。ファッションウィークってこんな感じなのね。ヘルベチカは来たことあるの?」

ヘルベチカ「ええ。毎年招待されてますから」

テウタ「…………そう、私は初めてだけど」

シュウ「俺も初めてだ」

テウタ「シュウ、かっこいいじゃん」

N「シュウがテウタの頭を小突く」

テウタ「あだっ」

シュウ「うるせえな、なんで俺がこんな格好…………」

ヘルベチカ「よく似合ってますよ。背も高いし、細身なのに締まった筋肉。モデルに転職してみたらどうです?」

シュウ「嫌だね」

ヘルベチカ「結構儲かりますよ」

シュウ「傭兵として地球の裏側にでも飛ばされた方がマシだ」

スケアクロウ「もしもーし、聞こえる?骨伝導マイクは耳の後ろ、骨に近いところに貼っておけよ」

テウタ「こちらテウタ!感度良好」

スケアクロウ「よし。いいか、作戦を確認する。会場にはテウタ・シュウ、それにリンボが潜入している。リンボはVIPエリアだな」

リンボ「おう。金と権力だけは持ってようなジジイばっかりの部屋にいるよ。ファッションとは一番遠い場所だな」

スケアクロウ「俺とモズは外にとめてるバンの中でカメラ越しにみんなを見てるよ」

シュウ「お!」

モズ「なに?どうかした?」

シュウ「3時の方向。7メートルくらい先だ」

モズ「だから何が?」

シュウ「割といい女がいる」

テウタ「はあ………どうでもいい情報」

ヘルベチカ「モデルのナオミですね。ああいうのがシュウの好みでしたか」

シュウ「割とな」

モズ「…………彼女、妊娠してるね」

テウタ「えっ!?あの、トップモデルのナオミが!?」

モズ「歩き方を見れば分かる。骨盤の周りの筋肉が緩んでるから」

テウタ「特ダネゲットだわ…………」

スケアクロウ「んー!(咳払い)そろそろこっちの仕事にも集中してくれるー?」

テウタ「ああ、ごめんごめん…………」

スケアクロウ「んじゃ、まずはジョージ‐ナのオーナを探そう。俺とモズも監視カメラの映像で探す」

テウタ「分かった、私達も探してみる」

======数分後======

アダム「(ぶつかって)すみません…………って、テウタ?どうしてこんなところに?」

テウタ「あー、あは、は………えっと、しゅ、取材よ!急にファッションに目覚めちゃってさ」

アダム「へえ、そうなんだ?」

テウタ「お願い、聞かないで」

アダム「まあいいけど。危険なことはしないで」

テウタ「分かってる。アダムはどうしてここに?」

アダム「僕?僕は毎年招待されてるから」

テウタ「そうですね、みんな招待されてる。私はプレスパスも取れないのに…………」

アダム「それで?何か、それとも誰か探してるの?」

テウタ「ちょっと人を探してるの。ジョージーナのオーナーを…ほら!取材でね!取材!」

アダム「なるほど。彼ならそっちのフロアにいたよ」

テウタ「ありがとう、助かる」

アダム「どういたしまして」

テウタ「あ!」

アダム「何?まだ何かある?」

テウタ「今日もキマってるよ!かっこいい」

アダム「…………ありがとう。じゃあ行くね」

シュウ「…………へー、お前らほんと仲良いよな。付き合ってんの?」

テウタ「幼馴染だって言ってるじゃない。それともやきもち?」

シュウ「そうだな、妬ける妬ける(棒読みで)」

ヘルベチカ「なんかこう、彼って非の打ち所がないところが欠点って感じですね」

テウタ「何よそれ。ジェラシー?ジェラってるの?」

ヘルベチカ「ジェラって…………ジェラってなんかいません」

モズ「彼に貸しでもあるの?」

テウタ「貸し?なんで?」

モズ「だって…………いつも関係ないのに手を貸してくれるから」

テウタ「頼んでなくても助けてくれるのが友達。断られても助けちゃうのが親友、そういうもんだよ」

モズ「…………」

ヘルベチカ「(小声で)見つけました。例のオーナーです。僕が誘い出しますから、あなた達は手筈通りに」

シュウ「了解」

テウタ「オッケー!」


=======数分後====


謎の美女(ヘルベチカ)「どうも、こんにちは」

オーナー「どうも。どこかでお会いしたかな?」

謎の美女「次のショーであなたのブランドのモデルをやらせてもらうことになったんです。個人的にもブランドのファンなんですよ。とても光栄です」

オーナー「そうだったのか、それは嬉しい言葉だね」

謎の美女「この機会に色々お話を聞きたいんですけど、よかったらあっちのバーで少し飲みませんか?」

N「変装しているヘルベチカは一瞬テウタ達に視線を移し、目配せする」

スケアクロウ「よし、シュウ達はオーナーの部屋へ急げ。端末を探してホットシンク。簡単なことだろ?」

テウタ「それがすぐに見つかればね」

シュウ「部屋は23階のクラブルームだ」

スケアクロウ「部屋の鍵は遠隔操作で開けておくから、急いで中に入って端末を探して」

テウタ「オッケー!任務了解!」

=======クラブルーム======

SE:ドア音

テウタ「ここがジョージーナのオーナーの部屋…………」

N「映画でしか見たことのないような豪奢な部屋が広がっていた」

テウタ「私の前住んでたアパートの部屋を全部足したよりもずっと広い気がする…………」

シュウ「黙って集中しろ」

テウタ「あ、そうだった、ええと…………」

スケアクロウ「部屋に入ったね。それじゃあ例のアプリを起動して」

テウタ「ん?何これ?『238-3-6,64-11-2』……バグってない?』

スケアクロウ「ああ、悪い悪い。それは俺のメモだ。今切り替えるよ」

シュウ「何のメモだ?」

スケアクロウ「大事なメモは自分にしか分からない暗号で書くようにしてるんだ。………よし、これでどうだ?」

テウタ「あ、画面変わった!なんか矢印が何個か出てる」

スケアクロウ「電子機器が発する微弱な電波を感知してるんだ。そのホテルに元々設置されてるものは除外してる。
どうだ?反応があるところを調べてみてくれ」

テウタ「これはリモコンだし………時計?えっと…」

シュウ「見つけた。このタブレットはどうだ?」

スケアクロウ「お、いいね、それっぽい。んじゃ、起動してみて」

シュウ「だめだ、パスワードが必要だな。部屋の鍵みたいに遠隔操作でなんとかならないか?」

スケアクロウ「いや…………どうやらそれはネットワークに接続されてない。俺が直接そっちに行って解読装置につなげられれば特殊アルゴリズムを…」

シュウ「つまり無理なんだろ?時間がねえんだから、とりあえずなんか試してみるしかないな」

テウタ「何かって言っても…………パスワードっぽいもの…………」

スケアクロウ「うーん、それ、4桁の簡易パスワードだろ?なんか4桁の数字探してみて」

モズ「4桁なら誕生日とか、記念日とか、好きな数字とか、何かヒントはなさそう?」

テウタ「ちょっと探してみるけど…………」

N「シュウとテウタは周囲を見て何か関連のありそうなものを探していく」

テウタ「シュウ、なんかあった?」

シュウ「どうだろうな」

N「テウタが近くで見つけたのは本屋のレシートだった。買ったのは雑誌のようだ。『ヨットの世界』と印字してある」

テウタ「(ヨットが好きなのかな…………ん?これは…………)」

N「テーブルの上の雑誌には小さな写真が挟んであり、そこに映っているのもどうやらヨットのようだ」

テウタ「(ヨットに乗ってるの、オーナーみたい。………ってことは、オーナーが持ってるヨットなのかな。
お金持ちってクルーザーとかヨットとか船を買いがちだよね…………自慢のヨットってところかしら)」

N「写真に写っているヨットの船体には数字があった」

テウタ「(数字…………4桁の数字…………もしかして!)」

N「すぐさま打ち込むとピピ、という解除音とともにロックが解かれた」

テウタ「やったー!解除できた!」

シュウ「なんでその番号だったんだ?」

テウタ「レシートも、雑誌でチェックしてるページもヨットに関係してたから、ヨットが好きなのかなって。だから、この写真にあるヨットの番号を入れてみたの」

スケアクロウ「すごい!探偵みたいだな」

テウタ「へへ、やるでしょ」

テウタ「(本当は、あてずっぽうだったんだけど)」

スケアクロウ「オッケーオッケー、それじゃあ俺が用意した携帯用のアニマデバイスの電源を入れて、そのタブレットのすぐそばに置いて」

テウタ「あ、なんかメーターが増えてってる!」

シュウ「24%………31%…………これって順調なのか?」

スケアクロウ「100%になるまで位置を動かすなよ」

テウタ「58%……62%……え、ちょっと止まったよ!?これ大丈夫!?……あ、動き出した」

モズ「こっちでも数字は見えるから実況しなくていい」

スケアクロウ「あともう少しだ。今のうちに部屋を元通りに戻しておいたら?」

シュウ「そうだな」


==========同時刻 ラウンジ内=======

オーナー「それじゃ、私はそろそろ部屋に戻るよ」

謎の美女「え、もうですか?パーティはまだ始まったばかりですよ」

オーナー「明日の準備もあるんだ。ショーには来るんだろう?」

謎の美女「え、ええ」

オーナー「話の続きはまた明日。睡眠不足はモデルの大敵だぞ。それじゃあ、おやすみ」

ヘルベチカ「…………そんなこと、あなたに言われなくたって自分の身体は自分で完璧にコントロールしてますよ(連絡端末をつないで)……引き留めるのはここまでが限界でした。急いで部屋を出てください。彼、今エレベーターに向かいました」

スケアクロウ「えっ!?マジで!?ちょっとふたりとも間に合う!?」

テウタ「えっ!?嘘っ!?」

シュウ「まずいな…………」


===========クラブルーム======

SE:ドア音

オーナー「ふう………少し飲みすぎたかな」

テウタ「(小声で)ねえ、どうしよう」

シュウ「(小声で)悪い、ちょっと体の向き変えるぞ?手が痺れる」

テウタ「え、あっ、ちょっとそこは……あっ」

スケアクロウ「ちょ、ちょちょ、ちょっと大丈夫?え、ど、どうしたの?ど、どこ触った?」

リンボ「クロちゃん、今何想像しちゃったんだ?」

スケアクロウ「べべ、別に?別に何にも?た、ただシュウの手がテウタの……」

テウタ「もう、そんな話どうでもいいから!」

シュウ「とりあえず今はクローゼットの中に隠れた。問題は、どうやってこの部屋から抜け出すかってこと。ヘルベチカ、もう一度あの男を外に連れ出せないか?」

ヘルベチカ「それはどうでしょう…………部屋の番号も聞いてませんから、僕が言ったら不自然でしょう?娼婦のフリでもします?」

シュウ「それ、目の前で見るのはキツイな…」

テウタ「やだ!ちょっと待って、こっち来る…………!」

スケアクロウ「えっ!?えっ!?ど、どうしよう!ホテル全館の電気落とす!?」

シュウ「落ち着け!いざとなったらうまくやるから」

リンボ「やるって、物騒な方の意味じゃないだろうな?」

シュウ「…………ほんのちょっとな」

テウタ「ダメだってば!」

シュウ「いいか、俺が合図するまで勝手に動くなよ」

テウタ「わ、わかった………」

N「オーナーの近づく足音に、心臓が飛び出しそうになりぎゅっと目を瞑る」

テウタ「(どうしよう…………!?)」

SE:ノック音

ルームメイド「失礼いたします。ご依頼いただいた追加のタオルとバスローブ、それとアロマディフューザーです」

N「部屋に入ってきたのはルームメイド(スタッフ)のようだ」

テウタ「(はあ………死ぬかと思った…………メイド(スタッフ)さん、ナイスタイミング!)」

オーナー「ああ、ありがとう」

SE:ドア音

オーナー「ふう、先にシャワーでも浴びるか」

N「オーナーはそのままバスルームへと向かっていった」

スケアクロウ「どうなった?大丈夫?」

シュウ「しっ、待て」

SE:シャワー音

シュウ「ふう………シャワーの音が聞こえる。今のうちに部屋を出るぞ」

======ホテルジー ロビー=====


スケアクロウ「はあ……よかった………心臓が口から出るかと思った」

モズ「…へえ、僕はそっちの方が見たかったな。面白そう」

 

======スケアクロウ邸宅 リビング=======


リンボ「よっし、お疲れさん。みんな、協力してくれてありがとな」

シュウ「礼を言うのは早いんじゃねえか?持ち出したデータの中に使えるもんがあるかどうかはこれからだ。
なあ、クロ?」

スケアクロウ「はいはい、色々出てきましたよー不法入国者のリスト、写真、割り当てて使いまわしてる偽造ID、その他
ぼろぼろ出るわ出るわ……アニマ、分類したデータからイリーナとリサの情報だけ抽出して」

アニマ「データ抽出、完了しました。データ、表示します」

スケアクロウ「なるほどねー…こいつは白か黒かで言ったら真っ黒だ。はあ……ひどいな…」

リンボ「ひとりで見てないで、俺らにも見せてくれよ。どんなデータだ?」

スケアクロウ「ちょっと待ってねー…モニターに映すよ」

リンボ「この写真…イリーナとリサか?」

テウタ「すごく仲が良さそう…」

テウタ「(こんな笑顔で一緒に写ってるのに………イリーナさんが殺したなんてやっぱり信じられない)」

ヘルベチカ「コンテナの中で殺された人間の写真もありますね。これならイリーナの供述の裏付けには十分な証拠が揃ってるんじゃないですか?」

リンボ「……………………」

モズ「……………証拠としては十分でも正当な証拠にはならない。そういうこと?」

リンボ「ああ、そうだ。令状もなければ不法侵入にハッキング、匿名の情報提供者っていう線も使えない。かといって
正式な手続き踏んでたら再審には間に合わないか…」

シュウ「さあ、どうすんだ?絶対無罪の悪徳弁護士さんよ」

リンボ「審議再開までに大した時間がもらえないことは予想してた。罪を犯してないって反証するのは時間がかかるからな。とりあえず再捜査の必要ありって提示できれば…」

テウタ「………イリーナさんがリサを殺してないって反証するのは難しくても、イリーナさんが受けた仕打ちを示せば少なくともそっちは捜査の対象になるんじゃないの?」

ヘルベチカ「ジョージーナが不法移民を奴隷のように扱っている、その事実がイリーナの件に無関係ではないと提示するということ、ですか」

リンボ「…いい視点だな。俺もそれを狙おうと思った」

テウタ「たとえば、フルサークルでジョージーナの悪事を暴くの。今はまさにファッションウィークだし、世の中の注目を集められる。そうなれば警察だって捜査しないわけにはいかない」

シュウ「へえ、お前、弁護士の才能あるんじゃねーの?リンボにライバル登場か?」

リンボ「令状もなく不正に手に入れた証拠は証拠能力を持たない。つまりフルサークルで悪事を暴こうとすればそれは法的証拠能力を失うってことだ」

テウタ「全部見せる必要はない。フルサークルはあくまで『噂』サイトなんだから。でも話題にはなる。それで十分でしょ?」

N「リンボはニヤリと笑い、立ち上がった」

リンボ「決まりだ」

 

========ZERO HOUR======

アダム「フルサークルに暴露された人気ブランドジョージーナの裏の顔。ニューシーグの街ではこの話題で持ちきりです。不法入国者を奴隷のように働かせていたという噂。ジョージーナとその関連会社に対し、警察はすでに捜査令状を取得したとのこと。フルサークルの噂は事実だったということでしょうか?ジョージーナの捜査に関して、このあとヴァレリー・ゾイ・フィッツジェラルド地方検事補の会見をお送りします」


========ニューシーグ裁判所=======

リンボ「お前の無実が証明されたわけじゃないが、少なくとも再捜査には持っていける。俺が弁護を続けるから任せてくれ」

イリーナ「ジョージーナは!?あいつらの悪事は裁かれないの?」

リンボ「ちゃんと手を回しておいた。フルサークルに載せたのはあくまで『噂』だ。捜査の邪魔になるような情報は出してない」

イリーナ「いま働かされてる人たちは!?名簿はなかったの?」

リンボ「いや、名簿はあったがフルサークルには流さなかった。信頼のおけるシェルターに頼んで保護してもらってる。よく覚えておけよ、俺は良いこともやるんだぞ?お前はこの捜査が決まれば、一旦釈放だ。これが終わったら昼飯は外で好きなもん食える。何を食うか考えとけよ、俺の奢りだ」

N「リンボが笑うと、イリーナもそっと笑みを浮かべた。その時、テウタのメール受信バイブが鳴った」

テウタ「(ヘルベチカ?傍聴席にいるんじゃ…)」

ヘルベチカ「後ろ」

テウタ「(後ろ?)」

N「振り返ると、ヘルベチカとシュウが傍聴席に座っていた。大勢の隙間から見えるふたりはひらひらと手を振っている」
ヘルベチカ「どうかしましたか?」

テウタ「(イリーナさん、もっと喜ぶと思ってたから、元気がないのが気になって…)」

ヘルベチカ「希望を持つことを恐れているだけだと思いますよ」

裁判長「全員起立!ニューシーグ州対イリーナ・クラコウスキー、リサ・モレリ殺害事件について…」

イリーナ「裁判長、発言してもよろしいでしょうか」

N「裁判長の言葉を遮ってイリーナが立ち上がった。リンボとテウタも驚いてイリーナを見る」

裁判長「何か重大なことですか?」

イリーナ「はい。有罪を、認めます」

テウタ「え!?ちょ、ちょっと………」

リンボ「お前、何を言ってるんだ!?」

イリーナ「私は、ルームメイトのリサ・モレリを殺しました。確かに殺したんです。私は、罰を受け入れます」

リンボ「おい、イリーナ!ちょっと黙ってろ!裁判長、休廷を求めます!」

イリーナ「リンボ、最後まで話させて。私は今世間で騒がれているジョージーナの工場で強制的に働かされていました。リサも同じでした。でも、彼女は自由になる方法を見つけた。私はそれが許せなかった。同じ場所にいたはずなのに、なぜ彼女だけに救いがあるのか。その時の事はよく覚えていません。それに、前からリサを殺したかったわけじゃない。
でも、あの時、彼女の頭をルームランプで思い切り殴った時の手の感触は今でも覚えています」

 

========ニューシーグ警察署面会室======


テウタ「ねえ、イリーナさん。どういうことなの?」

リンボ「いったいどれが本当で、どれが嘘なんだ!?」

イリーナ「あなた達が暴いてくれたことも、私が彼女を殺したのも真実よ」

テウタ「どうして……………」

イリーナ「地獄みたいな場所で生きてたら、同じ場所にいる人間が自分より幸せになるのを許せなくなる。彼女だけがこの地獄から出て行けるんだと思ったら、とても許せなかった。でも、彼女を殺したかったわけじゃないのよ。彼女は死ぬべき人間ではなかった。必死に生きてただけだった。殺してしまったことは、後悔してる。だから、死ぬ前に良いことがしたかった。同じ境遇の仲間を助けたかったの。巻き込んでごめんなさいね」

リンボ「今回、お前の不利になる証言のいくつかは裏付け調査をすることが勧告された。調査が進めば減刑はされるだろうが、殺人罪は免れないぞ」

イリーナ「いいの。刑務所にいる方が幸せだわ。そう思えるような場所で生きてる人を、あなた達は救ってくれたの。だからそんな顔しないで」

リンボ「なあ、本当に…………」

イリーナ「この件で話すことはもう何もない。ありがとう。感謝しているのは本当よ。あなたに返せるものは何もないけど」

リンボ「……………」

イリーナ「………その子と、少しふたりで話してもいいかしら?」

リンボ「分かった。俺は外で待ってる」

テウタ「うん…………」

イリーナ「……………」

テウタ「イリーナさん……………本当にこれで良かったの?」

イリーナ「ええ、あなた達のおかげで、考えた通りの展開になったわ」

テウタ「(人を殺したって言うのは、冤罪ではなかったんだ………)」

イリーナ「刑務所の中にいるとね、自分の身に迫る危険はなんとなく感じるものなのよ。第六感としか説明できないけど」

テウタ「自分の身に迫る、危険?」

イリーナ「量刑審理が終わったら、あなたとこうして面会するのも難しくなるかもしれないわね」

テウタ「そう、なんだ…」

イリーナ「この前の話の続き、話しておくわ」

テウタ「…とある兄弟、だっけ?」

イリーナ「そう…名前は知らない。仲の良い兄と弟が居た。ふたりは『汚い水槽の中の魚』だった。貧しさから裏仕事をするようになって、そのうち色んな人間と繋がった。その繋がりを武器にして、世界を変えようとしたの」

テウタ「それが………ルイ・ロペスのはじまり?」

イリーナ「ええ。フェアじゃない世の中の穴を埋める。そのためなら手段は選ばない。そうやって組織は大きくなっていった。でも、その目的がだんだん変わっていったの」

テウタ「目的?」

イリーナ「色んな人間が関わりすぎた。欲にまみれた人間たちが。兄弟はその欲の渦に飲み込まれてしまった。兄が弟を殺そうとし、結果として弟が兄を殺した」

テウタ「兄弟で、殺し合ったの……………?」

イリーナ「そう……………それで組織は変わっていった。弱い人間も、つながりを持てば強くなれる。そんな組織だったはずなのに、今はその強さが利用され始めてる。だから…………」

警察官「そろそろ時間です。面会人は退席してください」

イリーナ「貸して」

テウタ「え?」

イリーナ「ペンと紙よ、早く。」

テウタ「は、はい」

テウタ「(c.a.p...capablanca?/カパブランカ)」

イリーナ「フルサークルのアカウント。私が唯一知ってる組織の人間よ。私の連絡だったの。今の話もこの人から聞いた。だから続きはフルサークルから連絡してみて」

テウタ「や、やってみるけど……危険な組織なんじゃないの?ロスコーも命を狙われるかもとか言ってたよね?」

イリーナ「そうね……………あなた、信頼できる仲間はいる?」

テウタ「それはもちろん」

イリーナ「私は話した話、あなたが信頼する人間になら話してもいいわ。ただし、秘密を知るってことは、同じ秘密を抱えるってことよ。意味は分かるわね?」

テウタ「話した人も、危険になる……………?」

イリーナ「そう。それでも、私はあなたに頼むしかない。変わってしまった組織を止めたいの。私の名前をだしてもいいわ。なんとか連絡を……………」

警察官「もう時間ですよ、早く退室してください」

テウタ「ま、待ってよ!ちゃんと申請すればあなたにもまた会えるんだよね?会いに来てもいいんだよね?」

N「イリーナは警察官に腕を引かれて出ていく。ドアの手前で、彼女は一度だけ振り返った」

イリーナ「…………そうね、私もまた会いたいわ」

テウタ「(capablanca……………カパブランカ?このアカウントが組織の誰かってことなの……………?)」

======パライソガレージ====


カルメン「ハーイ、みんなもっと盛り上がっていくわヨー!」

N「店内にはたくさんのモデルが集まっていた。ジョージーナが捜査されることになり、ファッションウィークのメインステージは中止になった。行き先をなくした街の盛り上がりがこの店に集まっているというわけだ」

リンボ「……………」

テウタ「イリーナさんは、最初から無罪を主張するつもりなんてなかったんだね。だって、本当に……………」

スケアクロウ「なんかこう、複雑だよな」

シュウ「イリーナはそもそも無実じゃなかったんだな。『絶対無罪』なんて言われてるのに、今回は負けちまったな」

リンボ「まあ、プロボノで引き受けてるのは不利な状況の案件が多いからな」

テウタ「プロボノ?」

リンボ「無料法律相談だよ。俺はイリーナみたいに外国から来た奴の相談に乗ってる。前会ったイーディを覚えてるか?あいつもそれがきっかけで知り合ったんだ」

カルメン「そうよお、アタシとリンボの出会いもそれ。リンボったらアタシ達みたいなヨソモノがこの街で上手くやっていけるようにって相談に乗ってくれたの。とんだ『悪徳弁護士』よネ」

モズ「なんでそんなことをしてるの?」

リンボ「なんでって、人助け?俺だって人の子だからな。人並みに赤い血が流れてる。死んだら天国行きたいだろ」

ヘルベチカ「僕の仕事も人助けですよ」

シュウ「じゃあ俺も人助けだな」

スケアクロウ「お、俺も!……………たぶん」

モズ「なら僕も。……………死人助け?」

N「いつものようなやり取りに、全員がふっと笑みを浮かべた」

テウタ「……………」

N「リンボがテウタの頭に手を乗せ、指先で髪をくしゃくしゃと弄ぶ」

テウタ「ちょっと、リンボやめてってば」

リンボ「そ。そういう顔の方がお前らしくていいよ。気持ちはわかるけど、あんまり他人のことで気を落とすなって」

テウタ「イリーナさんが本当にルームメイトを殺したんだとしても、なんか……なんて言ったらいいんだろう」

リンボ「納得いかない?」

テウタ「うん…………それも少し違うかな。きっと彼女なりの選択だったのかなとは思ってる」

リンボ「じゃあ、時間を遡って助けてあげたい?」

テウタ「……………」

N「リンボの言葉に思わず顔が強張ったのを感じる」

リンボ「悪い、からかうつもりはなかったんだ。その…」

テウタ「ううん、いいの。ただ……………時間を遡るのは、やめたい」

リンボ「やめたい?なんで?」

テウタ「なんでって……………」

リンボ「んー、聞き方を変えるよ。その話、今聞いてほしい?それとも後で聞いてほしい?聞かないでほしい?」

テウタ「…………後で聞いてほしい。でも聞いてって素直に言えないかもしれないから、その時は察して」

リンボ「難しい注文だな」

テウタ「リンボはどうなの?」

リンボ「どうって……何が?」

テウタ「色々よ。この短い付き合いの間でも、私の人間観察の目を甘く見ないでよね」

リンボ「なんか怖いな。なんだよ?」

テウタ「大丈夫?笑顔がちょっと寂しそう」

リンボ「……………」

テウタ「じゃあ聞き方を変える。その話、今聞いてほしい?それとも後で聞いてほしい?忘れたころに聞いてほしい?」

リンボ「なんか選択肢の種類が変わってるけど」

テウタ「頼んでなくても助けてくれるのが友達、断られても助けちゃうのが親友、そういうもんなの」

リンボ「テウタ哲学?」

テウタ「そうよ、覚悟して」

リンボ「ありがとな。まあ、そのうち話すよ。今日の主役は俺じゃないからな」

テウタ「主役?」

N「リンボはニヤリと笑って立ち上がった」

リンボ「みんな、ちょっといいか」

N「リンボがグラスをフォークで鳴らすと近くの全員がテウタの方に視線を向ける。その表情から察するに、テウタ以外の全員が知っている『何か』があるらしい」

リンボ「今日は忘れちゃいけないお祝いがある。テウタ、ニューシーグトゥディの新人賞、おめでとう」

(ここから被るように一斉に)

シュウ「おめでとさん」

ヘルベチカ「おめでとうございます」

モズ「おめでとう」

スケアクロウ「おめでとう!」

ヘルベチカ「サプライズパーティを開こうって話、スケアクロウが口を滑らせて一度機会を失いましたが、こうして
サプライズパーティとして戻ってきました」

スケアクロウ「結果オーライだろ?でさでさ、みんなでお祝いに何かプレゼントしたいって話してたんだけど、何が良い?」

テウタ「プレゼントなんていいよ。こうやってお祝いしてくれるのが一番だもん。あ、じゃあ今日は私の好きなメニューをひとりで2つ注文しちゃうってのはどう?」

リンボ「ってな感じのことを言うだろうと思って先手を打っておいた」

N「そう言ってリンボがシュウに視線を送ると、シュウは何も持ってない両掌を見せて、一度手首を返す。するとその手には小さな箱が現れた。」

テウタ「え!すごい、魔法みたい!」

スケアクロウ「ほら、開けてみてよ。みんなで選んだんだ。俺もちゃんと意見出したし!」

テウタ「ありがとう……………わあ、すごい、これかっこいい……!」

N「そこにあったのはアンティーク調の錨(いかり)の形をしたチャームだった。皮の紐が良いアクセントになっている」

アレックス「気に入りました?」

N「横からアレックスがひょこっと顔を出した」

テウタ「アレックスも選んでくれたの?」

アレックス「僕はお使いを頼まれただけです。テウタさんがいつも使ってるものとか好きなものはなんだろうって話になって、リンボさんが手帳の栞になるチャームがいいんじゃないかって。テウタさんが錨のモチーフを好きだって情報はシュウさんで、アンティークのいいお店を探してくれたのはモズさん。で、スケアクロウさんと僕で買いに行ったんです」

テウタ「そうなんだ……………みんな、本当にありがとう。…あれ?ヘルベチカは?」

ヘルベチカ「お金は出しましたよ」

アレックス「ふふっ…」

テウタ「教えて、物知りアレックス?」

アレックス「ヘルベチカさんはビデオ通話でずっと僕たちに指示を出してくれてたんですよ。デザインから質感、それに重さまで。テウタさんが毎日持ち歩くものだからって、ものすごく細かく」

ヘルベチカ「アレックス」

アレックス「皆さんから口止め料はもらってないんで」

N「悪戯っぽく笑うアレックスをテウタは思い切り抱きしめた」

カルメン「やだぁー!アタシだって今日の主役とハグしたいわぁー!」

テウタ「へ、あ、おぶっ…」

N「カルメンがアレックスごとテウタを抱きしめた。大きくて柔らかい感触に圧迫される」

テウタ「カルメンさん、ちょっと、苦しいです…」

カルメン「あらあら、ごめんなさいネ。アタシもそのプレゼント作戦に加わりたかったわぁ。あ!そうだ!今日は全部アタシの奢りよ!好きなものを好きなだけ食べて、飲んで頂戴!今日はとっておきのメニューもあるんだかラ!」

シュウ「とっておきって言ったってあんた料理できないだろ?今度はどこの何をお取り寄せしたんだ?」

カルメン「これよ、コレ!」

ヘルベチカ「ハンマー?」

アレックス「カルメンさん………それ、ほんとにやるんですか?」

カルメン「ガンガンやるわヨ!」

モズ「やるって、何を?」

カルメン「クラブポットよ!カニをハンマーで割って食べるの!アタシがこれから心を込めて叩き割ってあげるワ」

シュウ「おい…アレックス…ほんとに食い方合ってるのか?」

アレックス「僕もちょっと不安です…」

カルメン「いくわよ~!えいっ」

SE:破壊音

アレックス「わっ!?ちょ、ちょっと!カルメンさん!?」

テウタ「(あ、アダムだ)」

テウタ「もしもし?アダム?」

アダム「もしもし?今カルメンの店かな?」

テウタ「アダム?ごめん、全然聞こえない。もう1回言って?」

アダム「今、どこにいる?」

テウタ「もしもーし。よく聞こえない。お店の中、電波悪いのかな。ちょっと外出るよ」

=====パライソガレージ外=====

アダム「カルメンの店にいるんだよね…………って店から出てきたの見えたよ。目の前に停めてる車、分かる?」

テウタ「見つけた」

N「アダムがいつも乗っている車だ。と言っても、アダムは運転しない。運転手付きの車である。後部座席に近づくと、窓が開いた」

テウタ「えっ!?」

N「窓からは青いバラの花束が差し出された。ふわりと優しい香りが広がる」

アダム「乗って。今夜は生放送の番組に出るから、あまり時間がないんだ。少しだけなら話ができる」

======アダムの車にて=======

N「車に乗り込むと、そこには貰った花束と同じ青いバラを、スーツにコサージュとしてつけているアダムが待っていた」

アダム「新人賞、おめでとう」

テウタ「ありがとう。…………うん、すごくいい香り。青いバラなんて、アダムちょっとカッコ良すぎじゃない?」

アダム「そうかな」

テウタ「そうだよ。んー…いい香り」

アダム「それで?今日はどんな日だった?」

テウタ「色々あったよ。昨日の今日で、他人の人生が大きく変わるのを目の当たりにした」

アダム「時間を遡ったの?」

テウタ「ううん、そうじゃないけど」

アダム「……………実はさ。ちょっと気になってたんだ。この前、時間を遡ったことを後悔してたでしょ?」

テウタ「うん……………」

アダム「ひとつ、言い忘れてたのを思い出したんだ。ルカを助けてくれてありがとう」

N「アダムの言葉に目がじんわりと濡れていく」

テウタ「私がいまここで泣き出したら、焦る?」

アダム「そうだね」

テウタ「じゃあ、うるっとするくらいならいい?」

アダム「我慢して」

テウタ「分かった。ただ私、間違ったことをしたかもって気持ちと、ルカを助けたかったって気持ちで、よく分からなくなっちゃってたから…………ありがとう。アダムがそう言ってくれたら、なんかちょっと、自分の事信じられる気がする」

アダム「良かった。それが聞けて僕もホッとしたよ。今日カルメンの店に集まるってことは、リンボ達から連絡はもらってたんだけど、ルカも仕事が立て込んでるって言ってたんだ。だから、電話してあげて」

テウタ「うん、そうする」

運転手「すみません、アダムさん。そろそろ時間です」

アダム「分かった」

テウタ「今日は忙しいのに、わざわざありがとう。仕事、頑張って」

アダム「ありがとう。じゃあ、またね」


テウタ「(車を降りながら)あ、もしもし、ルカ?うん、私」

アダム「(テウタが去った後、そっと胸のバラに触れながら)夢への一歩、おめでとう」


======スケアクロウ邸宅 リビング========

SE:猫の鳴き声

モズ「おいで。ご飯、遅くなってごめんね」

スケアクロウ「あ、やめ!やめろって!こら!そこは俺の聖域だ!」

SE:鳴き声

スケアクロウ「こら!捕まえ……………ぎゃー!」

N「嫌がったアナはスケアクロウの額を引っ掻いた」

スケアクロウ「……………」

テウタ「だ、大丈夫?」

スケアクロウ「やっぱり猫なんて嫌いだ!」

SE:鳴き声

スケアクロウ「わ、ちょ、来るな!来ないで!」

SE:受信音

テウタ「あ、フルサークルだ。なんだろ……………」

ヘルベチカ「なんの記事でした?」

テウタ「人気モデルのナオミ、引退を表明。理由は妊娠。このファッションウィ-クのステージが最後の舞台となるはずだった…………だって」

シュウ「へえ、モズが言ってたの、当たったな?」

モズ「当たったっていうか、見たままの事実だし」

ヘルベチカ「ファッションウィークが中止になるし、人気モデルが妊娠して引退、ファッション界は忙しいですね」

リンボ「この程度のゴシップ、しばらくしたらみんな忘れてるだろ」

テウタ「(そういえば、イリーナさんが言ってたアカウント……………カパブランカ、だっけ)」

N「テウタはフルサークルでアカウント検索をかけた。表示されたアカウントはなんのプロフィールもついていない」

テウタ「(確かにカパブランカってアカウントはあるし、メッセージを送ることはできそうだけど………)」

N「イリーナが以前言っていた言葉を思い出す。『高い代償を払うことになる』
ルイ・ロペスという名の組織があり、武器の密輸や暗殺、目的のためなら何でもやる。そんなことは俄か(にわか)jには信じ難かったが、イリーナのおかれていた状況を知った今、それは遠くない場所にある存在のように感じられた」

スケアクロウ「ん?どうしたんだ?」

テウタ「えっと…」

テウタ「(取材で聞いた話だから話さないでいたいけど、でももし本当に危険があるんだとしたら話しておかないといけないはず)」

テウタ「あのね、みんなに話しておきたいことがあるの」

シュウ「なんだ?新人賞受賞で大金でも入ったか?」

ヘルベチカ「お、いいですね。どういう配分で分けます?」

テウタ「違う、そういうことじゃなくて、ちょっと真面目に聞いてほしい話なの」

リンボ「どうした?」

テウタ「私、イリーナさんとは今回が初対面じゃなくて、前に取材で会ったことがあるって話したよね?そこで聞いた話なんだけど……………」

スケアクロウ「お!もしかして悪の秘密結社とか、政府の陰謀とか!?」

シュウ「んなわけねえだろ」

リンボ「ないない」

テウタ「当たらずとも遠からずってとこかな」

ヘルベチカ「本当ですか?」

テウタ「取材ってことで聞いた話だから、みんなには黙ってたんだけど……………」

テウタ「(みんなは信頼できる仲間だもんね)」

テウタ「イリーナさんが言ってたの。ロスコーは金になると思って組織からデータを盗んだ。でもきっと、命を狙われるだろうって」

スケアクロウ「命を、狙われる?ちょっと待って、そのデータっていま俺たちが持ってるデータのこと?この前言ってたのって、そのこと!?」

テウタ「これなんだけど……………」

N「そういってテウタはイリーナに書いてもらった手帳のメモを見せる」

リンボ「なんだこれ?チェスの駒か?それにWNf3B………」

スケアクロウ「ん?それ、どっかで聞いたことあるような………確かヒルダが送ってきたデータの中に同じような暗号があった気がする」

テウタ「そうなの。ロスコーが盗んだメモリに暗号みたいなのがあるって言ってたでしょ?それと同じだと思うの。イリーナさんは、ロスコーの事を知ってたし…………」

スケアクロウ「ん?ちょっとよく分かんなくなってきたんだけど、イリーナがロスコーのこと知ってて、盗んだメモリの中身も知ってて、それがなんか危険ってこと?」

テウタ「ああ、ごめん。ちゃんと順を追って説明するね。私はイリーナさんに取材してほしいって言われて会ったの。その時は面識はなかった。自分と繋がりのない人間に話をしたい。自分はとある組織の一員で、その組織を壊したいんだって話してたの。その名前が『ルイ・ロペス』」

リンボ「なるほど……………WNf3、BNc6。白のナイトをF3に、黒のナイトをC6に、チェスの定石の『ルイ・ロペス』か」

テウタ「リンボ、チェス詳しいの?」

リンボ「詳しいのって、子供のころやっただろ?え、やらないの?」

(ここからかぶるように)

シュウ「やらない」

ヘルベチカ「やりませんね」

スケアクロウ「やらないな」

モズ「やってない」

テウタ「(リンボって小さいころチェスとかやってそうだもんな…)」

テウタ「とにかく、ロスコーが盗んだデータの中には、その組織のメンバーとか、取引相手のリストがあるはずだって
言ってた」

リンボ「それで?イリーナはそれをお前に話してどうしたいって言ってたんだ?」

テウタ「組織を壊したいって言ってた。大きくなった力を利用しようとしている人たちがいるとかで…」

リンボ「……………………」

スケアクロウ「なーんかワクワクしてくるな!秘密結社と戦う正義のダークヒーロー!」

シュウ「ダッサ」

スケアクロウ「お前もその一味だからな!」

モズ「そのルイ・ロペスのリストが入ったメモリを貸金庫に預けていたのはロスコーでしょ?彼に話を聞いてみるのはどう?盗品だとしても、誰が持っていたものかわかるかもしれない。悪人でも利用価値はあるんじゃない?」

リンボ「それもそうだな……………なあ、クロ。ロスコーがいまどこにいるかわかるか?」

スケアクロウ「えーと………あの人は今、と…仮釈放で外に出てるな。アニマ、今の居場所は?」

アニマ「お待ちください。………………フリーモントモーテルです」

リンボ「んじゃ、折を見て会いに行ってみるか」

SE:猫の鳴き声

モズ「ん?どうしたの?ご飯足りなかった?」

SE:ブザー音

スケアクロウ「ん!?なんだなんだ?えっと…………正面玄関…………」

N「スケアクロウがパソコンを操作する。モニターに映し出されたのはヴァレリーだった」

テウタ「ヴァレリーさん!?」

リンボ「姉さん、何しに…」

スケアクロウ「な、何の用だ!?」

ヴァレリー「ああっ!?なんか言った?」

スケアクロウ「あっはい今すぐ開けます!(早口で)」

カルメン「もー、ヴィーったら、そんな怖い顔しちゃだめヨ」

シュウ「ん?なんだ、カルメンも一緒なのか?」

リンボ「何しに来たんだよ…」

N「リンボはぶつぶつ言いながらも、ヴァレリーたちを迎えに出ていった」

テウタ「こんな時間にどうしたんだろうね?」

スケアクロウ「さあ………………」

テウタ「ヴァレリーさんって、なんかこう、迫力あるよね」

スケアクロウ「うん………迫力っていうか、怖い………(困ったように笑いながら)」

ヴァレリー「あたしのこと、なんか言った?」

スケアクロウ「な、なんでもないですっ!」

ヴァレリー「ほんとに?あたしはね、誰かがあたしのことを話してると肌で分かるんだよ」

スケアクロウ「ほ、ほんとに何も…………な、なあ!テウタ!」

テウタ「ちょ、ちょっと!私を巻き込まないでよ!」

カルメン「チャオ♪お邪魔するわヨ。ヴィーが遊びに行くって言うから、お店抜けてきちゃったワ」

スケアクロウ「い、いらっしゃい…………」

N「ヴァレリー達から遅れてリンボが戻ってきた。両手に大量の荷物を抱えている」

リンボ「姉さん?この荷物の量はなんなんだよ…………」

ヴァレリー「ああ、そのへんに並べてちょうだい。んじゃ、テウタ。さっさと服脱いで」

テウタ「はい?」

ヴァレリー「脱がなきゃ着替えられないでしょうが。ほら、早く早く」

N「ヴァレリーがテウタのセーターに手を伸ばす」

テウタ「やっ、あの、ちょ、ちょっと待って、待ってください!!」

スケアクロウ「あ、え、ええ!?ど、どど、どういう、こ、こと!?(両目を隠しながら)」

テウタ「あの!着替えるってなんですか?」

ヴァレリー「水着だよ。この前一緒に出かけた時に買おうって話してたでしょ?」

テウタ「見には行きましたけど…………」

カルメン「あの時、なかなか決まらなくて変えなかったデショ?だから、ヴィーとアタシで選んできたのヨ。
あ!でもでも気にしないデ!これはアタシとヴィーからのお祝いってことで。ほら、ナントカ賞、獲ったんデショ?」

ヘルベチカ「ニューシーグトゥディの新人賞」

ヴァレリー「そう、それ、それよ。だから気にしないで受け取ってちょうだい。(嬉しそうに)ちなみにあたしらも買っちゃったんだ~新しいの(服を脱ぎながら)」

リンボ「ちょ、ちょちょ、姉さん!?何してんだよ?」

ヴァレリー「何って、水着に着替えようと思って…」

リンボ「やめてくれって!着替えるならどっか別の部屋で着替えろよ」

ヴァレリー「そう?分かった。んじゃ、行きましょ?」

N「ヴァレリーがグイっとテウタの手を引いた」

テウタ「あ、あの!水着って私も!?え、あの!」

カルメン「やだあ、ワクワクしてきちゃったワ!」

ヴァレリー「せっかくなんだ、お前らも着替えとけよ!今夜みんなでプールナイトだから!」

カルメン「やったー!プールプール!!(去りながら)」

シュウ「…なんだったんだ、今の」

リンボ「姉さんは、災害みたいなもんだ…予期せず突然現れる」

ヘルベチカ「水着ですか。楽しみですね」

スケアクロウ「み、水着…」

シュウ「おいおい、クロ。お前顔真っ赤だぞ?なーに想像してんだ?ん?」

スケアクロウ「想像なんかしてないって!!」

全員「……………………」

スケアクロウ「し、してない!!!!!」


========テウタの部屋(ゲストルーム=====


ヴァレリー「へえ、ここがあんたの部屋なんだ?」

カルメン「すっごーい!もう別荘みたいなお部屋じゃナイ!」

テウタ「はい、ここを借りてます」

ヴァレリー「いい部屋ね。景色もいいし、ベッドも大きいし、バスルームもあるのね」

カルメン「あら!ウォークインクローゼットだワ!すごぉーい!靴だってたくさん置けるじゃないノ!」

テウタ「あの…水着って…」

ヴァレリー「えっと…………はい、これよ。サイズはピッタリのはず。」

テウタ「(水着か………………まあ、あのプールで泳いでみたかったし。ただヴァレリーさんが選んだっていうのがな…)」

ヴァレリー「ほら、早く着替えて。男どもに見せつけてやりましょ」

カルメン「アタシも。着替えちゃうわヨ~」

テウタ「え、ちょ……ヴァレリーさん…カルメンさんまで!?」

N「ヴァレリー達は目の前で服を脱ぎ始める」

ヴァレリー「女同士なんだからいいでしょ?ほら、あんたも早く」

テウタ「え、あ、あの、そっち!そっちのバスルーム使ってください!私はこっちで着替えてきます!」

ヴァレリー「あら、そう?」

カルメン「ヴィー、アタシも一緒にいくー!」

テウタ「(観念して着替えるか…………………)」

テウタ「(カラフルで可愛い…………バンドゥビキニだ。すごくスタイルがよく見えるって雑誌で見たことある。
……………肩ひもがない水着って初めて着るかも)」

N「袋の中にあったのはオレンジ色のバンドゥビキニだった」

テウタ「…………………」

N「実際に着てみるとラインがとても綺麗な水着だった」

テウタ「(……………なんかちょっと、私、セクシーに見える?)」

カルメン「ヴィー?テウター?着替え終わったカシラー?水着みせっこしましょうヨ」

ヴァレリー「あーサイズ小さかったかなー?胸きついわね」

テウタ「えっ!?あ、ちょ、ちょっと!もうちょっとだけ!ちょっとだけ待ってください!」

テウタ「(これ、みんなに、見せるのか………なんか恥ずかしいなあ)」

=======プールにて=====

ヴァレリー「あんたね、何恥ずかしがってんのよ?別に裸ってわけじゃないでしょうが」

テウタ「そ、そうですけど!恥ずかしいんですってば!」

カルメン「恥ずかしがることなんてないのヨ!とーっても可愛いわヨ!みんなイチコロだワ!」

リンボ「ん?あいつら、来たのか?」

スケアクロウ「えっ…………ま、マジで………?」

シュウ「おいクロ、お前なーに想像してんだ?」

ヘルベチカ「顔、赤いですよ」

スケアクロウ「あ、赤くねえし!べ、べべ、別に!」

ヴァレリー「お・ま・た・せ」

カルメン「見てみてー!どうどう?可愛い?かわいいデショ~?」

スケアクロウ「ぶっ…………………」

ヴァレリー「あら、あんたたちまで着替えたの?何よ、ノリノリじゃない。どう?あたしの水着姿もなかなか良いでしょ?」

N「ヴァレリーは上下が輪でつながっているヒョウ柄の水着だ。布面積が非常に少ない為、身体のラインがよく見える。
カルメンのグリーンの水着は胸の部分が編み上げタイプで、サイド部分の布が大きくカットしてあった」

ヘルベチカ「おふたりとも、本当に美しいラインですね。バストのサイズが大きいのに、ウエストとヒップに向かうラインが完璧です。へえ…………胸の形が本当に美しい」

カルメン「やだあ、そんなに褒めないでヨ」

リンボ「…………………」

ヘルベチカ「どうしたんですか?」

リンボ「自分の姉貴の半裸見せられて、複雑な気分にならない奴がいるか?」

ヘルベチカ「姉だろうと他人だろうと、性的に美しいものを見るのは一種の快楽ですよ?」

リンボ「お前、頭どうかしてんだろ?金だしてやるから病院行けよ」

モズ「…………………」

シュウ「お?モズは意外とむっつりか?」

モズ「ヴァレリーは布面積が小さすぎるし、カルメンは布の配置バランスが悪い。泳いだら水の抵抗を受けて裸になるんじゃないかな」

スケアクロウ「は、はだ…………裸……………」

ヴァレリー「ちょっとー?テウタ?あんたいつまで隠れてんの?さっさと出てきなさい。それとも、あたしらが選んだ水着が不服だとでも言うの?」

テウタ「(よし、覚悟を決めていこう……………!)」

テウタ「水着、どうかな?」

モズ「…………………」

カルメン「これ、すっごくテウタに似合うわよね?お胸のラインがとってもかわいい!」

テウタ「ど、どうでしょう?」

ヘルベチカ「へえ、なかなか良いですね」

リンボ「お前って、結構スタイルいいんだな」

モズ「…………………」

N「モズは真剣な眼差しでテウタをじっと見つめる」

テウタ「モズ………………?どうかな?」

モズ「君が来たら似合うだろうなと思った水着を実際に君が着てるから、ちょっと驚いてる」

テウタ「え?」

ヴァレリー「そりゃそうよ、あんたが言った通りに選んで買って来たんだから」

テウタ「えっ!?そうなんですか?」

モズ「ああ、昼間の電話、そういうことだったんだね」

ヴァレリー「どう?自分好みの水着を着たテウタは?」

モズ「うん、すごくよく似合ってるし、彼女の骨格の優れた部分がよく目立っていて良いと思う」

テウタ「えっ…………あ、ありがとう…」

ヴァレリー「テウタ、あんたね。良い素材持ってんだから。もっと惜しみなく!見せつけなさい!」

テウタ「見せつけって…いや、それは…………その…」

カルメン「ヴィー!はやく泳ぎましょうヨ!」

ヴァレリー「お!そうだな!」

スケアクロウ「あの…すごく、似合ってると思う…」

テウタ「ありがとう…」

テウタ「(そんなに真っ赤な顔で言われたらこっちだって照れるよ)」

カルメン「ヴィー!こっちこっち!ジャグジーがあるわヨ!」

ヴァレリー「あんた達、どんなことして金稼いでるわけ?あたしもここに住もうかしら?」

カルメン「いいわネ!アタシもそうする~!」

リンボ「もう、いい加減にしてくれよ、姉さん!」

 

======翌朝 早朝 フリーモントモーテル=====


清掃員「フリーモントモーテル清掃サービスです。お客さん?」

SE:ノック音

清掃員「お客さん?入りますよ?」

SE:ドア音

清掃員「あら、鍵かけてないの?このへん、あんまり治安良くな…キャー!!!」

警察官「911です。どうしました?」

清掃員「(動揺しながら)フリーモントモーテルです!わ、私清掃員で…………あ、あの…………………」

警察官「こちら911です。落ち着いて、電話を切らずにいてください。どうしました?」

清掃員「人が死んでるんです…………………!」

BUSTAFELLOWS③

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#3

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♀ ルカ
♀イリーナ


♀ ???(恋人)
♂ 男
♂ カルメン
不問 アレックス
不問 配達員
♀  男の子
♀  母親
♀  イリーナ
♀  モーガン
♂  客
♀ ヴァレリー
♂ ヴォンダ
♂警察官
不問 研究員
♂ ヒル
♂ アダム
刑事部
♀ ソリス
不問 看護師
不問 N
不問 ニュースキャスター
♂  トロイ

★画像つきですっきり解説登場人物一覧


★ATTENTION
※この作品は、switch版ソフトBUSTAFELLOWSの書き起こし台本です。
あくまでも個人で楽しむために作ったものなので配布や表での上演は
ご遠慮ください。適宜一人称等変えてもらっても構いません。

【第3章】

=====PC再生されている音声====


???「…………私達、間違ってしまったみたい」

???「警察には言わないで、警察は繋がってる」

???「熱が、39度を超えた。震えが止まらない。目も霞んできた」

???「今死んでも、明日死んでも、あなたのことをずっと思ってる」

 

=====どこかの車内======

(後部座席で後ろ手に拘束されているリンボとシュウ)

リンボ「腕、痛いんだけど」

シュウ「少し黙ってろ」

リンボ「良い儲け話だったんじゃないのかよ。なんでこうなるんだ?」

シュウ「ちっ………クロのやつ、覚えてろよ」

男「ワクチンはどこだァ!早く寄越せ!」

リンボ「だーからー!ワクチンってなんのことだよ。俺達は何も知らないって言ってんだろ」

男「ワクチンがないと…………ゴホッ、ゴホッ」

リンボ「おいおい、大丈夫か?あんた体調悪いんじゃないの?運転代わろうか?」

男「うるせえ!黙ってろ!!ゴホッ、ゴホッゴホッ…………!」

リンボ「あ、おい!!」

シュウ「ブレーキ!ブレーキ!!」

SE:スリップ音と壊れたクラクション音

男「クソ…………!早くしないと…………!ゴホッゴホッ」

(男は外に出ていく)

リンボ「ってぇ…………だから運転代わってやるって言ったのに」

リンボ「ちょっとちょっと!俺達のこと忘れてますよー!ねえちょっと!聞いてるー?これ、外してくれよ!
手が使えないっつの!」

リンボ「お、さすがシュウ。縄抜けもお手の物だな」

シュウ「…………」

リンボ「どうした?早く俺のも取ってくれよ」

シュウ「早く出ないとマズいな」

リンボ「なおさら急げって!」

シュウ「お前が動くから取れねーんだよ!」

リンボ「バカ、口より手を動かせって!ほら!早く!」

シュウ「まずはお前が口を閉じろ!」

リンボ「おいおいおい、やべえぞ…………っ!」

SE:爆発音

===バレ・ラ・ペーナの店内にて===

テウタ「このほふひーやほいひい」

ヘルベチカ「口に物を入れたまま喋らないでくださいよ、みっともない」

テウタ「(飲み込んで)口に入れた瞬間に美味しいって言いたくなることあるでしょ?」

ヘルベチカ「そういう時は、言葉以外で表現するんですよ」

テウタ「どうやって?」

ヘルベチカ「いいですか、真似してみてください。……こう、下で唇を舐めるでしょう?それから、親指と人差し指を舐める………」


テウタ「…………」

スケアクロウ「えっ、うそ、今の音エロッ…」

テウタ「これでどこが美味しそうに見えるわけ?」

ヘルベチカ「ふふ、ごちそうさまです」

テウタ「それにしてもリンボとシュウ、遅いね」

ヘルベチカ「そんなに大変な仕事でしたっけ?」

スケアクロウ「イーライ製薬から盗難に遭った薬物を取り返してほしいって話だ。盗んだ犯人ってのも小物だし、そんなに大変な仕事じゃないはずだけど……」

リンボ「何が大変じゃないって?(ぐったりした様子で)」

シュウ「散々な目に遭ったぞコラ(不機嫌そうに)」

テウタ「ふたりとも………なんかボロボロじゃない?」

リンボ「とりあえず、コーラ2つ」

スケアクロウ「だって盗難品の回収だろ。何が大変なんだよ」

テウタ「製薬会社から盗まれた薬物だっけ?お仕事完了?」

リンボ「いーや、回収は出来てない」

シュウ「(イライラした様子で火を点けながら)煙草吸っていい?いいよな?」

スケアクロウ「アカデミアにある共同研究室から盗まれた麻酔薬。医療では麻酔として使われてるけど裏ではドラッグとして出回ってるってやつだ」

スケアクロウ「アカデミアが関わってるってのが問題で、秘密裏にって俺のところに話が来たわけ。なんでもない依頼だろ?」

リンボ「何でもないどころか、拘束された挙句、ラリった犯人が運転してる車が事故って死にかけた。どういうことだ、スケアクロウ

スケアクロウ「お、おお、俺のせいじゃないでしょ!」

ヘルベチカ「へえ、それは大変でしたね。僕は行かなくて本当に良かった」

スケアクロウ「で、その運転して逃げた犯人っていうのはどんな奴だった?」

リンボ「20代後半のアジア系の男で、髪がちょっと長くて、ヒップスタータイプだったな。あと、なんか
めちゃくちゃ体調悪そうだった」

シュウ「なんかずっと『ワクチンはどこだ』って言ってたな。ラりっててさっぱりだったけど」

スケアクロウ「ワクチンねえ…とりあえず、周辺の監視カメラの映像で追ってみるよ」

ヘルベチカ「それにしてもよく拘束を解いて脱出できましたね。呼んでくれれば助けに行ったのに」

リンボ「心にもないこと言いやがって」

シュウ「ただの結束バンドだからな、外すのはそんなに難しくない」

テウタ「そうなの?」

シュウ「キツめ締めた上で、腹に打ち付けるみたいに思い切り振り下ろしながら左右に力を加えれば簡単に切れる」

シュウ「まあ後ろ手のまま外す場合はちょっとコツがいるんだけどな」

テウタ「その解説きいても簡単にできるようには思えないけど…………」

リンボ「もうちょっと脱出が遅れたら俺達ドカーン!と死ぬところだったんだぞ!?聞いてんのかスケアクロウ!」

スケアクロウ「あ…………ん…………おい………リン…………なんか………電波が…………遠い…………みたいだ…………」

ヘルベチカ「演技が下手ですね」

カルメン「チャオ♪みんな元気ー?」

テウタ「カルメンさん!あ、よかったらここ、座ります?」

カルメン「あら、アリガト♪」

リンボ「よお、カル。なんか俺に相談だったっけ?」

カルメン「そうなのヨ…………ん?………リンボ、香水変えた?なんかお焦げっぽいわヨ?」

リンボ「………ほんとだ。ったく、報酬にクリーニング代も乗っけとけねえとな。ああ、で?何の話だっけ?」

カルメン「あなた、起業に関する法律相談もオッケーだったわよネ?アタシ、こういう手続き全然わからなくって」

リンボ「お前、あのクラブ以外になんか起業すんのか?」

カルメン「ふふ、ちょっとネ」

アレックス「カルメンさん(やや困った様子で)」

カルメン「あら、アレックス…………と、そちらの男性、どなた?」

配達員「あなたがカルメン・ヴァンザントさん、ですね」

カルメン「そうよ、アタシがカルメンよ。あなた、アタシに会いに来たの?」

配達員「ええ、こちらにいらっしゃると聞いたもので」

アレックス「僕が預かりますって言ったんですけど、大事なお手紙だからカルメンさんに直接渡さないといけないんですって」

カルメン「あらあらあら!もしかして、ラブなレターってこと?もう、そういうクラシックなのもアタシ、結構好きヨ♪」

配達員「いえ、そういうことではなく…………」

カルメン「あら、違うの?」

配達員「カルメン・ヴァンザントさん。あなたに訴状です」

カルメン「ソジョー?」

配達員「はい、あなた、訴えられてますよ」

カルメン「ええええええ!?」

====数分後=====

カルメン「うっ…………グスッ…………すんすん」

テウタ「あの…カルメンさん、大丈夫?」

カルメン「なんでこんなことになったのヨー!アタシ、なんで訴えられてるノ?」

リンボ「ふうん……パテントトロールだな」

カルメン「パテと、トロ?」

リンボ「この訴状によるとカルは特許侵害と横領で出廷するようにってことらしい」

ヘルベチカ「特許侵害?何したんですか?」

リンボ「ええと、ぺぺドンチーノ?なんだこりゃ」

カルメン「あ、それ新メニューなノ!この前お取り寄せした西海岸のお店の店長さんと盛り上がっちゃってネ」

カルメン「彼女とアタシで思いついたメニューなんだけど、試しに作ってみたらこれが美味しくテ!」

カルメン「この前来てくれたお客さんも美味しいって言ってくれたノ。共同出資でケータリングワゴンで売ろうって話になって。起業の相談っていうのもそれのことだったのヨ」

リンボ「へえ、でもこの訴状によるとお前を訴えてるのはその共同出資者だぞ?そいつが先に特許を取っててカルメンが特許侵害になったわけだ」

カルメン「ええー!!?どういうことなの!?」

リンボ「よくある手だよ。出資するって近寄ってきて、ネタだけ聞き出してこっそり先に特許を取る。んで、訴えて金を取ろうって話だ」

カルメン「そんなあー!ほんっとにいい話で起業の話だって進んでたし…あの人、向こう1年分の試算表まで作ってくれてたのヨ?」

シュウ「んなの、細かい情報を聞き出すための手に決まってんだろ。経営者ならもっと人を疑えって」

リンボ「パテントトロールはそのアイディアがカルメンのもので、どうやって先に思いついたかを証明できればいいんだがそれがまた難しいんだよな」

カルメン「やだっ!アタシ、せっかくのアイディアを盗られるなんて絶対イヤよっ!なんとかしてえ!お願いよォ!」

リンボ「分かった分かった、なんとかするから抱き着くな」

SE:着信音

テウタ「あ、私だ」

モズ「僕はもうそろそろ出られそう。君は?(メールにて)」

テウタ「(そろそろモズとの約束の時間だったな)」

テウタ「OK、私も出るね。トレーダージョーンズで。」

モズ「分かった。またあとで」

テウタ「私、そろそろ行くね。モズと買い出しの約束してたの」

ヘルベチカ「ああ、そうなんですか」

テウタ「ヘルベチカも行く?ほら、猫のあれこれ買うんだ」

ヘルベチカ「そうですか。興味ないんで結構です」

テウタ「猫嫌いじゃないって言ってたじゃん?ほら、可愛い首輪とか一緒に選ぼうよ」

ヘルベチカ「動物が好きなのはモズでしょう?その役目は譲りますよ」

リンボ「俺も時間があれば付き合うんだけどな、動物好きだし。そういえばいつまで猫の事『猫』って呼ぶんだ?名前ないのか?」

テウタ「確かに…………私いつも猫ちゃんって呼んでた」

シュウ「じゃあそれでいいだろ。『猫』って名前の猫で」

スケアクロウ「そりゃないだろー?もっとかっこいい名前つけようよ」

リンボ「かっこいい名前ねえ…………マックス、とか」

テウタ「マックス?」

リンボ「そう。俺が昔飼ってた犬の名前だ。かっこいいだろ?」

テウタ「かっこいいけど、なんかすごく犬って感じ」

シュウ「じゃあすごく猫って感じの名前ってどんなだよ?」

ヘルベチカ「じゃあ……テウタはどうですか?」

テウタ「ええっ!?ちょっと、何それ?」

ヘルベチカ「いいじゃないですか。君と同じ名前の猫が僕の膝で寝たりするんでしょう?可愛がってあげますよ」

テウタ「絶対に!イ・ヤ!」

ヘルベチカ「いいと思うんですけどねえ」

リンボ「クロ、お前はどうなんだよ」

スケアクロウ「え、俺?かっこいい名前…………かっこいい名前…………」

テウタ「かっこいい名前じゃなくて、ちゃんとあの猫ちゃんに似合う名前を考えてよ」

スケアクロウ「んー…………ジンジャー?」

テウタ「ジンジャー?」

スケアクロウ「そうだよ、かっこいいだろ?キャプテンジンジャーみたいで」

テウタ「それ、コミックのヒーローじゃない。しかもあれ、クマがモチーフじゃなかった?」

スケアクロウ「い、いいだろ!別に!す、好きなんだから…………」

テウタ「はあ…………名前かあ…………」

テウタ「(…………モズにも聞いてみよう)」

 

===========トレーダージョーンズにて=========


テウタ「でね、シュウは『猫』って名前の猫でいいっていうの」

モズ「まあ、分かりやすくていいと思うけど」

テウタ「もっと可愛い名前にしようよ。ねえ、モズは何がいいと思う?」

モズ「名前をつけるのは苦手だな」

テウタ「ほら、なにか見た目の特徴とか、性格とか…」

モズ「……アナ」

テウタ「え?アナ?」

モズ「『追想』って映画知ってる?ロシアのアナスタシア伝説を基にした作品」

テウタ「アナスタシアは知ってるけど、アニメでしか見たことないなあ。その映画がどうかしたの?」

モズ「あの猫、その映画でアナスタシアを演じた女優に似てるから」

テウタ「え?その女優さんに?」

N「テウタは携帯で『追想』という映画を検索する」

テウタ「(主演の女優さん、すごい美人だけど、あの猫が似てるかって言われるとよく分からない…)」

N「横からモズが画面を覗く」

モズ「ほら、よく似てるじゃない。顔のパーツも配置も比率もそっくりだし、目が一番良く似てる」

テウタ「…………」

テウタ「(正直全然分からないな…)」

モズ「いくつか案があるなら、本人に聞いてみればいいんじゃない?」

テウタ「本人って、猫ちゃんに?」

モズ「そう。呼んでみて反応を見てみたら?意外と『猫』がお気に入りかもしれないよ」

テウタ「ええー………まあ、本人がいいならいいけど…………あ、この猫のおやつ、3個買ったら1個無料だって!3個買っていい?」

モズ「だめ。よく見て、消費期限が迫ってるから安いんだよ。ひとつで十分」

テウタ「そ、そっか、分かった。あと買わなきゃいけないのは…………食器と、トイレと、爪とぎと…………」

モズ「キャリーバッグも買っておいた方がいいね」

テウタ「オッケー、よっと…………この大きさのでいい?」

モズ「うん、大丈夫。貸して、僕が持つよ」

テウタ「ありがとう、はい。………猫ちゃん、ほかに必要なものないかな」

モズ「…………」

モズ「ねえ、ちょっと聞きたかったことがあるんだけど、いい?」

テウタ「うん?なあに?」

モズ「君のお兄さんって、誰かに殺されたんだよね?」

テウタ「え!?あ、えっと、そうだけど………」

N「突然聞かれて驚いてしまう。聞かれて困ることでもないのだが。」

モズ「…………」

モズ「聞き方を間違えたかな。それとも、聞かない方がいい質問だったか」

テウタ「え?」

モズ「誰かが死んだこととか、死んだ人間のこととか、死に関して口にするのを不謹慎だと思う人が多いのは事実だから。君が気分を悪くしたとしても普通だと思う」

テウタ「私は大丈夫だよ。お兄ちゃんのことを聞く人はあんまりいないから、ちょっとびっくりしただけ」

テウタ「でも、モズの言うとおりだね。お兄ちゃんのことを聞くの、遠慮する人のほうが多いなあ」

モズ「君は嫌じゃないの?」

テウタ「全然。昔は考えたり、思い出したりするのがつらい時期もあったけど、今は大丈夫だよ」

テウタ「お兄ちゃんは誰かに殺されて、その犯人はいまだに分かってないけど、お兄ちゃんは良くない付き合いもあったから、きっと何かに巻き込まれたんだろうって結論で…………」

モズ「犯人が憎い?」

テウタ「今は分からない…いや、もちろん許せないよ?絶対に許せないし、見つけたらどうするか分からない。
殺したいくらい憎い気持ちになるかもしれない」

テウタ「昔はそう思ってた………絶対に許さないって、それしか考えられない時期もあったけど、でも今は少し違う感じがする」

テウタ「許してなんかないし、悲しくないわけじゃないけど…なんかよく分からないね、ごめん」

モズ「僕にはわかるよ」

N「モズは買い物を続けながら淡々と口にした」

モズ「死は理解が難しい。愛情が強いほど憎しみや復讐心も強い。でもそれは、時間とともに形を変える。
形が変わっても、それを薄情だとは僕は思わない」

テウタ「…………っ」

モズ「…………」

N「兄の事を思い出したからだろうか。自覚もないのに涙がこみあげてくる。」

テウタ「ごめん、いろいろ思い出したら、ちょっと…………」

N「テウタは慌てて上を見上げる」

モズ「何してるの?」

テウタ「上見て、涙飲み込んでるの」

モズ「…………」

モズ「普通そんなことできないと思うけど」

テウタ「待ってね…………うん、ほら見て。もうウルウルしてない」

モズ「……………………」

モズ「君、やることが変だね」

テウタ「(真顔で言われるとちょっと…………)」

モズ「僕にも、妹がいた」

テウタ「モズに、妹?」

モズ「1年と少し前くらいから行方不明になってる。状況と統計から言って、たぶん死んでる」

テウタ「え?でも、まだ死んじゃってるって決まってるわけじゃないんだよね?ただの行方不明なら…」

モズ「希望を持っているわけでもないし、悲しみに備えてるわけでもない。ただ、そうだろうなって思うだけ」

モズ「でも、僕は自分が薄情だとは思ってない。妹のことが大切だから、必ず見つける。そう思って、ずっと捜してる」

テウタ「私も、会いたいな」

モズ「誰に?」

テウタ「モズの妹さんに。どんな子なのかなって気になるもん。会えたら、友達になりたいな。ねえ、どんな子なの?モズとは似てる?」

モズ「……………………」

テウタ「(あ、不謹慎な言い方だったかな?そんなつもりじゃなかったんだけど…)」

テウタ「あの……………ごめん、その…」

モズ「僕にないものを全部持ってて、僕が持っているものを持っていない子」

テウタ「え?あ、妹さんが?」

モズ「そう…………感情表現が豊かで、明るくて、誰からも好かれるような柔らかい空気を持ってる子だよ」

モズ「君に、少し似てる」

テウタ「え?そうなの?」

モズ「そんな気がする」

モズ「…………ユズ」

テウタ「え?」

モズ「妹の名前。ユズって言うんだ。覚えておいて」

テウタ「分かった。ユズ」

テウタ「(私に何か手伝えることがあればいいんだけど)」

N「子どもの声がする方をみると、カートを押しながら走ってくる姿がみえた」

男の子「イエーイ!」

テウタ「あ、ちょっと!危ないよ!」

N「テウタが声を掛けて止めようとした瞬間、モズの傍にあった棚に思い切りぶつかってしまう」

N「ぶつかった勢いで、棚から商品が落ちてきてしまう」

モズ「…………………っ」

テウタ「モズ、大丈夫!?…………血、出てるんじゃない?」

モズ「大丈夫。爪の端が割れただけ。子どもは?」

N「振り返ると子供は困った顔をして立ち尽くしている。モズが立ち上がり、子供の方に向き直った」

男の子「…………え、えっと」

モズ「怪我」

男の子「し、してないです」

モズ「じゃあ、いい」

N「そう言って立ち上がると、棚から落ちたものを元に戻していく」

母親「すみません!大丈夫でしたか?もうっ!あんたはどうしていつもそうなの!?」

男の子「ご、ごめんなさい…………」

母親「お母さんに謝るんじゃなくて、ぶつかった人に謝らないと、意味がないでしょ!」

男の子「ごめんなさいー!!」

モズ「僕は大丈夫だし、棚の商品も元通り。だからもういい」

N「親子は何度も謝りながら去っていった。子供をしかりつける声は遠くになっても聞こえていた」

 

======セントラルコア=======


N「一通り買い物を終え、外に出る。テウタがカートから荷物を下ろすと、モズがさっと手を出した」

テウタ「これぐらい、私持つよ」

モズ「君、このあと取材があるんでしょ?僕は検死局に行くだけだから」

テウタ「結構かさばるから、半分こにする?」

モズ「……………………」

モズ「21歳の女と25歳の男の平均的な筋肉量の差は…………」

テウタ「ああ、分かった分かった。ありがとう」

モズ「説明、いらなかった?」

テウタ「帰りはタクシー乗るか、リンボかヘルベチカの車に乗せてもらおう?」

モズ「そうだね。また連絡する」


=======ニューシーグ警察署内=====

テウタ「(私が汚い水槽の中の魚だったら……か)」

N「不法移民者が、悪意のある不法入国者ばかりではなく、人身売買に巻き込まれていることも多いという話は知識しては知っている。不法移民ではなくとも、イーディのように貧しい生活の中で犯罪に関わってしまう人間もいる」

N「同じ街のどこかで、そんな環境が存在している。しかし、どこか別の世界の話のような感覚があることは確かだ」

テウタ「(前にイーディにも言われたな…)」

テウタ「(『ルイ・ロペスはそんな水槽の中で生まれた』か…)」

N「警察官に名前を呼ばれ、テウタは面会室へと歩みを進めた」

イリーナ「元気?」

テウタ「ええ、イリーナさんは?」

イリーナ「悪くはないわ」

テウタ「そう……」

イリーナ「その顔、当ててあげようか?私が出した宿題、終わってないんでしょう?」

テウタ「う………なんで分かったの?」

イリーナ「顔に出やすいタイプだっていわれない?」

テウタ「………よく言われるけど」

イリーナ「ふふ…………でも考えては見たんでしょう?」

テウタ「うん………でも、なんて言葉にしていいか分からなかった。私が生きてきた環境とは全然違う世界だから………その…………」

イリーナ「それでいいの。違う世界、それが答えよ」

テウタ「え………?」

イリーナ「違う世界だから、同じ気持ちになることは出来ない」

テウタ「それは確かにそうだけど…………………でも、同じ街に住んでるんだから、理解したいし理解してもらいたいって思うよ」

イリーナ「……………………」

テウタ「(偽善的な言い方だったかな……)」

テウタ「あの…」

イリーナ「似たようなことを言った人を思い出しただけよ。それより、あのロスコーが捕まったんだって?」

テウタ「え?なんでそれを知ってるの?」

イリーナ「刑務所の中って、意外と情報が早いのよ」

テウタ「そうなんだ。ロスコーの事件が気になるの?」

N「テウタはロスコーのことを知らないていで尋ねた」

イリーナ「ルイ・ロペスはたぶんロスコーを狙ってる」

テウタ「え?どうして?何か関係あるの?」

イリーナ「ロスコーは組織のメンバーや取引相手のリストが入ったデータメモリを盗んだの。組織は躍起になって探してたわ」

テウタ「(データメモリ…それって、あの貸金庫の中にあったやつだよね?今クロちゃんが調べてる…」

イリーナ「ロスコーは金の匂いを嗅ぎつけて盗んだんだろうけど…いつか高い代償を払うことになるでしょうね」

テウタ「高い代償?」

イリーナ「命を狙われるってこと。保釈なんか請求しないで刑務所の中にいるほうが安全でしょうね」

テウタ「そ、そんなに大変な事、なの?」

イリーナ「どうしたの?そんなに驚くこと?怖がらなくて大丈夫よ」

テウタ「(そのメモリを持ってるのが私達だなんて…言えないな…)」

テウタ「えっと……ほら、この前『スノーデン』の映画を観たからこうやって話題にするのも監視されてたら、とか思って………それよりそのリストってどんな内容なの?」

イリーナ「私も知らないわ。知ってたら命を狙われるでしょうね。取引相手は、有名な起業家や大物政治家もいるらしいわよ」

テウタ「そんなリストが世に出たら大スキャンダルじゃない。そのルイ・ロペスってなんでそんなにコネクションがあるの?」

イリーナ「名前を知られる有名人ほど、秘密は多い。そういう人間の秘密を知ったら、秘密を守る約束をする。そうやって繋がっていくのよ」

テウタ「つまり、弱みを握るってこと?」

イリーナ「そういうこと。お互いに秘密を守ることで助け合うの。色んな分野の人間が協力し合うから、何でもできるのよ」

イリーナ「警察の保護・裁判での優遇・政治家に対する優遇・暗殺や完全犯罪・事故に見せかけた殺人……………………持ちつ持たれつ、お互いに協力する」

テウタ「…………………なんか、マフィアみたい」

イリーナ「似たようなものだわ」

テウタ「それをやっているのが『汚い水槽の中にいる魚』なの?」

イリーナ「そう…………仲良く同じ水槽の中にいるの」

テウタ「(どういうことなんだろう………………)」

イリーナ「……………私が、こうやってあなたに組織の事を話しているのは、今の組織を止めたいと思っているからよ。私が出会った頃は、もっと純粋な願いを持っていたはずなのに………………」

テウタ「組織を……………………?」

イリーナ「はじまりは、とある兄弟……………」

N「その時、退室時刻を知らせるアラームの音が鳴った」

イリーナ「時間切れ、か」

イリーナ「来てくれてありがとうね」

N「テウタが立ち上がると、イリーナは優しく微笑んだ」

テウタ「特ダネの匂いがするからね」

イリーナ「………結構楽しんでるのよ、あなたが会いに来てくれるの」

テウタ「そうなの?私も、此処に来るのは楽しみだよ。その………最初はちょっと怖かったけど」

イリーナ「ふふ、正直ね」


======セントラルコア=========

テウタ「(ロスコーの資金庫にあったデータメモリ……………そんなに危険なものなの?だとしたら、クロちゃんに言っておいた方が良いよね…………)」

スケアクロウ「はいはーい?」

テウタ「もしもし、クロちゃん?今ちょっといい?」

スケアクロウ「おう、何だ?」

テウタ「あの、ロスコーの貸金庫にあったデータメモリのことなんだけど………………」

スケアクロウ「ああ、あれ?まだ全然解析進んでないんだ。すげえ複雑なアルゴリズムで、しかも電源につなぐたびに新しいキーを作成するようにプログラムされてるみたいで……………」

テウタ「あー、えっと………仕組みは聞いても分からないからいいんだけど、その…なんか危険らしいのよ」

スケアクロウ「危険?何が?ウイルスとか?そんな初心者みたいなミス、俺がするわけないだろ?」

テウタ「そうじゃなくて………その、取材でね、ロスコーの噂をちょっと聞いたんだけど、そのデータメモリは誰かから盗んだものらしいの」

テウタ「で、盗まれた人は取り返すために、ロスコーの命を狙ってるとか…」

スケアクロウ「マジで?それ、どこ情報?」

テウタ「取材で聴いたことだから、情報源については話せない。でも本当みたい」

スケアクロウ「……………………」

テウタ「クロちゃん?」

スケアクロウ「燃えるなあ、それ!絶対に中身みてやる!」

テウタ「クロちゃん。私が言ったこと聞いてた?」

スケアクロウ「ああ、聞いてたよ。危険だって話だろ?俺の腕があれば大丈夫だって」

テウタ「本当に大丈夫?」

スケアクロウ「それに、命を狙われるほどの情報って、そりゃよっぽどいい金になるに違いないだろ?任せとけって!」

テウタ「とにかく、私は忠告したからね?ちゃんと気を付けてよ?」

スケアクロウ「分かった分かった。ありがとう」

テウタ「(さて、と………)」

=======フリーモントモーテル前=========

 

テウタ「(この前の人………………あの後、大丈夫だったかな)」

N「以前ロスコーを撃ってしまったイーディを止めるため、テウタは時間を遡った。
復讐することが正しいかどうか、テウタには何も言えないが父を亡くしたイーディに人殺しの罪を負わせたくなく、とっさに時間を遡りここに来たのだ。このモーテルのスタッフの身体を借り、シュウに連絡を取り、リンボやシュウの機転でロスコーを死なせずに済んだ」

テウタ「(このモーテルの人に何か迷惑がかかってなければいいんだけど)」

N「フリーモントモーテルはニューシーグの外れにあって、メインスクエアからは少し離れた場所だ」

テウタ「(この前の人、確か名前は………………モーガン、だった気がする)」

モーガン「これで私の勝ちね」

客「またやられた!イカサマしてねえだろうな?」

N「テラスの方へ足を運ぶと何やら盛り上がっているテーブルがある」

客「お嬢さんもやるか?このモーガンって女のイカサマを見抜いてくれよ。俺たち負けっぱなしなんだ」

テウタ「イカサマ?」

モーガンイカサマじゃないわよ。カードに強いだけ」

N「テーブルの上を見ると、どうやらポーカーをしているらしい」

テウタ「得意なんですか?ポーカー」

モーガン「他にもブラックジャックやジンラミーも得意よ。お金を貯めてベガスに行きたいって思ってるくらいね」

客「この前、急にコイントス勝負しようって言われてさ。あれ以来、休憩時間にはよく勝負してんだ」

モーガン「私が得意なのはカードで、コインは別に得意じゃないんだけどね。なんで勝負なんかしたのかしら……………でも、今じゃカードが得意なお客さんが声かけてくれて、休憩時間のいい息抜きができるわ。よかったら、1回勝負しない?」

テウタ「私はカード苦手なんで……………でもコインは得意ですよ」

N「テウタは1セントコインを取り出し、表を向けて見せる」

モーガン「そうね……裏、かしら?」

N「手の甲に乗せたコインを見せる」

テウタ「表です。ね?得意っていったでしょ?」

モーガン「絶対に裏だと思ったわ。それ、コツがあるの?教えてくれない?」

テウタ「コツ教えちゃったら私が勝てなくなるじゃないですか。内緒ですよ。それじゃ、私はこれで」

モーガン「またね」

客「おい、休憩時間まだあるだろ?もう1勝負しようぜ」

モーガン「いいわよ。でも私が勝ったらチップ2倍。いいわね?」

テウタ「(私が時間を遡ったせいで迷惑がかかったわけではなさそうだった。ちょっと安心したな…)」


======ニューシーグ警察署前=======


ヴォンダ「それじゃ、その件はひとつ貸しにしておく。そうだな、食事でも…」

ヴァレリー「行かない。仕事の借りは仕事で返すわ」

ヴォンダ「つれないなあ」

ヴァレリー「あら、テウタじゃない」

テウタ「ヴァレリーさん、ヴォンダさん。こんにちは」

ヴァレリー「ヴォンダも知りあいなの?」

ヴォンダ「前にリンボが紹介してくれたんだ」

テウタ「(法曹界の魔女と言われているヴァレリーさんと、その上司で地方検事のヴォンダさん。仲が良いってリンボが言ってたけど、どうなんだろう)」

ヴァレリー「あ、ちょうど良かったわ。あんたちょっと付き合ってよ」

テウタ「え?あ、はい。なんでしょう」

ヴァレリー「コーヒー飲みたいの。そうねえ、ホールジーのラウンジに行くか」

N「その言葉を聞くと、ヴォンダがさっと一歩道路に踏み出し手を挙げる。通りかかったタクシーがすぐに横に止まった」

ヴォンダ「それじゃ、お嬢様方どうぞ」

N「ヴォンダはまるで執事のように車のドアを開ける」

ヴァレリー「ありがとうヴォンダ。またね」

テウタ「失礼します」

N「ヴォンダは小さく手を振って立ち去った」

テウタ「(リンボから『イイ感じ』って聞いちゃってたせいかもしれないけど上司と部下っていうよりは『イイ感じ』に見えちゃうなあ)」

ヴァレリー「なによ?」

テウタ「えっ!?いや、なんでもないです…………ま、睫毛!ヴァレリーさんの睫毛長いなあってみてただけです!」

ヴァレリー「そう?マスカラ変えたのよ。色もブルーブラックにしてみたんだけどね」

 


=====ホテル ホールジー ラウンジ=====

 

ヴァレリー「ふー…………」

テウタ「(コーヒー飲みたいって言ってなかったっけ……)」

N「ヴァレリーウイスキーを飲みながら葉巻を吸っている。テウタも酒を勧められたが、さすがに昼間から飲むわけにはいかない」

テウタ「………………」

ヴァレリー「ん?ああ、これ?キューバ葉巻よ。モンテクリスト。好きなの」

テウタ「いや、葉巻というか………」

ヴァレリー「あんたも吸ってみる?」

テウタ「いや、遠慮しておきます………煙草も吸ったことないですし」

ヴァレリー「あら、そうなの?」

テウタ「葉巻って身体に悪くないんですか?」

ヴァレリー「あんた、ベーコン食べないの?」

テウタ「ベーコン、ですか?大好きですけど」

ヴァレリー「ベーコンなんて加工肉、めちゃくちゃ身体に悪いのにみんな毎朝食べてるじゃない。それと同じよ」

テウタ「(ベーコンと葉巻は一緒じゃないと思うけど……)」

ヴァレリー「ん?何?」

テウタ「いや、何でもないです……」

ヴァレリー「ああ、そうだった。実はあんたに話があったのよ。ルカの事で」

テウタ「ルカの事…………?何かあったんですか?」

ヴァレリー「(小声で)ルカに不正捜査の噂があがってる」

テウタ「不正捜査!?(思わず大きな声で)」

ヴァレリー「もっと声落としなさい」

テウタ「は、はい、すみません…でも、そんなの絶対ないですよ。ルカは仕事で不正なんて絶対しません」

ヴァレリー「あんた、どんな内容か聞きもせずに否定するのね?身内だから慌ててかばってるってこと?」

テウタ「違います。どんな内容か聞かなくたって、そんな噂、間違いだって言いきれる自信があるからです」

ヴァレリー「…………」

N「内容など聞かずとも、ルカが不正なんてするはずがないと断言が出来る。テウタはルカのためにそんな噂を払拭するにはどうしたらいいかを必死に考えていた」

ヴァレリー「あたしが担当してる案件でね。まあ詳しくは言えないんだけど保安官とちょっと揉めたのよ。ルカは自分の出世のために手柄を上層部に譲ったり証拠を改ざんしてるってね」

テウタ「証拠を改ざんって…」

ヴァレリー「詳しいことは話せない。でもあんたは一番の友達なんでしょ?何か知ってることがあれば教えてほしいの。あたしも、仕事仲間としてルカの事は助けてやりたいしね」

テウタ「………今の話を聞いて、私に思い当たることは何もないですけど、なにか分かることがあればすぐに連絡します。だから、ルカの事助けてあげてください」

ヴァレリー「あたしは正しい方を選ぶ。もしルカが不正をしてたってんなら、助けてやることは出来ないわね」

テウタ「ルカは不正なんかする人間じゃないって言い切れるから、お願いしてるんです」

ヴァレリー「………分かった。何かあったら連絡して」

テウタ「(ルカが不正なんて………絶対にありえない。何かの間違いとしか思えないよ…警察署、行ってみよう)」


===========ニューシーグ警察署内========

N「警察署は人が慌ただしく出入りしており、騒々しい。周囲を見渡してもルカは見当たらない。
いつも座っているデスクにもその姿は見えなかった」


警察官「どうかしましたか?」

テウタ「ああ、すみません。ルカを探してたんです。殺人課のルカ・ディアンドレ巡査」

警察官「ディアンドレ?ああ、あいつならしばらく風紀犯罪課に異動になったよ」

テウタ「風紀犯罪課に異動?そうなんですか?」

警察官「なんでも担当事件で不正やったとかでしばらく外されてるんだ」

テウタ「不正…………」

警察官「まあ、あいつ、殺人課のエースとか言われてるけど出世のためならなんでもやるって感じだしな」

テウタ「…………」

警察官「あれ?用はいいの?俺代わりに聞くけど?」


===========ニューシーグ警察署前=======

 


テウタ「(ルカ………何があったんだろう。異動になるなんて、何も聞いてない…いつもなら相談してくれてもおかしくないのに…)」

 


==========イーライ製薬研究所============


N「シュウとリンボはアカデミアとイーライ製薬の共同研究室の責任者と顔を突き合わせていた。
…………そう、今回の依頼人だ」

リンボ「で?ワクチンってのはどういうこった?」

研究員「知りません。それより、盗まれた薬をまだ取り返せていないのはあなた達の落ち度でしょう?それをぁ¥私たちのせいにされても………」

シュウ「話はちゃんと聞けよ。だれもお前たちのせいなんていってないだろ?ただワクチンってのがなんなのか聞きに来ただけだ。…………それともあれか?危険手当が必要なくらいのアレだったりする?」

研究員「ですから、さっきから申しあげている通り、ワクチンなんて…………」

シュウ「瞳孔の収縮はアドレナリンが上昇している証拠だ」

研究員「えっ!?そんなことは…………(声が上ずる)」

シュウ「声が上ずるのは咽頭隆起(いんとうりゅうき)を通るとき気道内圧が上昇したせい。あんた、相当焦ってるみたいだな?」

リンボ「シュウ、お前すごいな。今のモズみたいだったぞ」

シュウ「これ、昨日モズがクロに言ってたやつだ」

研究員「…………」

リンボ「で、どうなんだ?思い出せたか?思い当たる節がないってんなら俺らはおりる。
秘密保持契約もないわけだし、フルサークルに投稿しよっかなー?名門アカデミアで大スキャンダル!ってな」

研究員「ぬ、盗まれた麻酔薬が入っていたケースに1本だけ別の薬物が紛れ込んでいたんです!犯人が言っていたワクチンというのは、その薬物のことかと………」

リンボ「薬物ってのは?」

研究員「エボラウイルスの変異体のようなもので………まだ研究中で、まだ実験段階のものなんです」

シュウ「『まだ』って2回も言ってるけど十分に危険だろ?」

研究員「空気感染するものじゃありません。万が一発症したとしても、血液などを介さない限り、感染しませんし…………」

シュウ「感染するとどうなるんだ?例の男はだいぶ具合が悪そうに見えたけど?」

研究員「……………………」

リンボ「どうなんだよ?ん?」

研究員「高熱と吐き気、時間経過と共に代謝機能や免疫機能が低下する可能性があります」

シュウ「つまり死ぬってこと?それとも死なない?」

研究員「それは…………」

シュウ「簡単だろ?死ぬ、あるいは死なない、どっちだ?」

研究員「死に至る可能性があります」

シュウ「はあ…………」

リンボ「で?ワクチンってのはどこにあるんだ?こういうのって普通別々に保管するものだろ?」

研究員「いえ、ですから、研究中のもので、ちゃんとワクチンを作ってはいないんです」

リンボ「じゃあなんでもいいからその研究中のなんとかの資料を出せ」

研究員「資料は…………ありません」

リンボ「おいおい待てよ、空気感染しないとわかるところまで研究は進んでるんだろ?それなのに資料がないってのはどういうことだ」

研究員「それは………機密上、お見せできる資料がない、ということです」

リンボ「ありえねえな。ほかに何を隠していやがる?」

研究員「お伝えできることはこれ以上ありません。研究中の薬物は犯人が持っているものが全てなんです。どうか早く見つけ出してください」

リンボ「……………………」

研究員「…………報酬は、追加します」

N「リンボの顔色が変わった。金の匂いがするからではない。隠し事の匂いを感じ取ったからだろう」

シュウ「(隠し事が嫌いだからな、リンボは…………)」

N「リンボは机を思い切り叩いて立ちあがった。部屋を出る前に振り返り、睨みつける」

リンボ「俺らが何でも屋だと思ってるなら気をつけろよ。隠そうとしてるもんを探すのは得意だからな」


========イーライ製薬研究所外============


シュウ「どうしたもんか。思ったより割に合わない仕事になりそうだな。研究中だとかいう薬物が危ないもんじゃないといいんだが…………」

リンボ「あの態度、絶対に何か隠してやがるな………ほら、いくぞ。シュウ」

シュウ「はあ…………隠し事されるとすぐああなる」

 

=========セントラルコア================


テウタ「(メール…………リンボからだ)」

リンボ「盗まれたのは『ヤバいウイルス』らしい」

テウタ「えっ!?大丈夫なの?」

リンボ「さあな。まあ何とかなるだろ」

テウタ「(リンボ…………『やばいウイルス』って、大丈夫なのかな?)」

N「テウタは手伝いたいと思ったが先ほど聞いたような状況では役立てそうもない」

テウタ「(何か情報収集とかやれることあるかな。帰ったら聞いてみよう)」


=========ニューシーグ検死局==========

N「検死局はいつもと変わらず静かで、ひんやりとした空気だ」

テウタ「モズ、出られそう?…………あれ、お仕事まだだった?」

モズ「いや、今日の仕事は終わってる。これはただ、動物の死骸を解剖してただけ」

テウタ「解剖って…それはお仕事じゃなくて?」

モズ「車に轢かれた野生動物とか、シェルターで死んだ動物の死骸は処分されるだけ。だからその前に引き取って、解剖してる」

テウタ「どうして…………仕事じゃないのに解剖するの?」

モズ「どうして死んだのか、知りたいから」

テウタ「どうして、死んだか?」

モズ「人間が死ぬときは、大体理由が分かる。分からなければ解剖して死因を特定するのが当たり前だ。でも、動物は違う。いつの間にか死んでて、そのまま消えるだけ。…………でも、どんな死にも意味はあるから」

テウタ「(…………どんな死にも意味はある、か)」

モズ「ねえ、そっちの部屋にウサギのケージがあるんだけどすぐ傍の棚に餌があるから、あげてくれない?」

テウタ「ウサギ?」

N「そういえば、とテウタは検死局でウサギを飼っていると聞いたことを思い出す」

テウタ「わあ!可愛い!」

N「隣の事務室のような部屋に入ると、小さなケージにウサギが居た。傍の棚を開けて餌を取り出す」

モズ「場所、分かった?」

テウタ「うん、今餌をあげたところ。可愛いね。モズ、ウサギ好きなの?」

モズ「その子たちは、薬物反応とか毒物検査で使われた実験動物なんだ。役目を終えて処分されるのをここで引き取った。ウサギは温度や湿度の変化に敏感だから、遺体を保管している部屋の管理に役に立つ」

テウタ「そうなんだ」

モズ「そう言いくるめて引き取っただけ。ウサギが敏感なのは本当だけど、温度と湿度の管理に役立つほど、この子たちは違いを教えてはくれない。犯罪捜査に使われることがこの子たちの役目だって言った連中が気にくわなかっただけ」

テウタ「(モズの優しさなんだろうな…………)」

N「ウサギのケージを覗き込み、その大きな瞳をじっと見る」

テウタ「(ここに来られてよかったね)」


SE:大きな音

テウタ「な、何!?」

N「隣で大きな音がした」

モズ「誰だろう」

男「助けてくれ…………苦しいんだ…ワクチン…………ワクチンを………………」

N「部屋に入ってきたのは、口から血を垂らしている男性だった」

テウタ「え、あの、大丈夫ですか!?怪我とか…………」

モズ「君はここにいて」

N「思わず駆け寄ろうとしたテウタをモズが制する」

テウタ「(怪我をしているかもしれないけど、どう見ても普通じゃないよね…………)」

モズ「君は誰?どうしてここに?」

N「モズはゆっくりと距離を縮めていく。テウタはその後ろで様子を見ながら携帯を操作する」

テウタ「(警察か、救急車か、どっちを呼べばいいんだろう…………)」

男「はやく出せよオ!さっさとワクチンを寄越しやがれ!」

N「おぼつかない足取りで解剖台に倒れこみ、大きな音を立てて器具が床へ落ちる」

テウタ「モズ、どうしよう、警察を呼ぶ?救急車?」

モズ「少し待って。いい?君は絶対に近づかないで」

男「ぐっ…………ぐあぁっ」

N「男が喉をかきむしりながら倒れた。モズはすぐに駆け寄り、首筋に手を当てる」

モズ「……………………」

N「モズはすぐに顎を上に向けて首を固定した。そのまま心臓マッサージを始める」

モズ「……………………」

N「モズは何度か耳を男の口元に近づけたが、大きく息を吐きながら立ち上がった」

テウタ「あの、救急車………………呼んだ方がいいよね?」

モズ「いや、その前にリンボかシュウに電話して、スピーカーにして」

テウタ「でも、早く救急車を呼んだ方が…………」

モズ「いいから、早く」

N「モズの言葉に従い、リンボの番号に電話を掛ける。モズは倒れた男の人に注射器に刺して血液を採取している」

テウタ「(どういうことなんだろう…………目の前の事態が掴めなくて頭が上手く回らない)」

N「モズは血の付いた手を洗って、パソコンを操作している」

テウタ「モズ…………?」

テウタ「(鍵を、かけた?)」

モズ「巻き込んじゃったみたいで、ごめんね」

テウタ「巻き込むって、どういう………」

リンボ「はい、フィッツジェラルド

モズ「リンボ、僕だ。モズ。今テウタと検死局にいる。君が追ってた犯人らしい男が検死局に来た。
応急処置を求めてきたみたいなんだけど…………結果的には賢い選択だったね。死体搬送の手間が省けた」

リンボ「どういうことだ?」

モズ「すぐに血液を分析に出すけど、結果を待たなくても彼が何かに感染してることは確かだ。空気感染はしないってことがわかるまで、僕とテウタはここに隔離する」

テウタ「か、隔離!?え、空気感染!?」

モズ「この部屋、僕とテウタ以外のみんながもう死んでるのは不幸中の幸いかな」

リンボ「犯人が持ってる私物の中にワクチンはないか?」

モズ「なさそうだね。フェンタニルとよく似た成分が書かれた薬剤はあるけど」

リンボ「そっか。それが多分盗まれた麻酔薬ってやつだな。空気感染はしないって言ってたけど、大丈夫か?」

モズ「そうだね。それが本当ならテウタは大丈夫だと思う。でも、僕は感染した可能性が高い」


SE:場面切り替え


テウタ「待って待って…………頭の中を整理しないと…………」

N「モズは死んだ男を黒い収納袋に入れて、床やテーブルに付いた血を拭き取った」

モズ「落ち着いて。君は大丈夫だと思う。ただ、血液検査の結果が出るまではこの部屋を出ないで」

テウタ「ねえ、モズが感染した可能性が高いって、どういうこと?」

モズ「さっき、あの男が倒れた時、駆け寄って救命措置をした。…手袋をせずにね」

テウタ「手袋…」

モズ「買い物に行ったとき、子供が走り回ってたの、覚えてる?」

テウタ「うん。あの時、子供が押してたカートがぶつかって…………あっ!」

モズ「そう。あの時、指先をほんの少し怪我した。その手で、あの男の血液に触れた」

テウタ「そんな…………」

テウタ「(モズは目の前で倒れた人を助けようとしただけなのに………
あの男の人がリンボ達が追ってた人でもし本当に『やばいウイルス』だとすると、モズもあの男の人と同じような症状になるってこと…………?)」

テウタ「そ、そうだ!時間を遡って、モズが感染しないようにすれば…………!」

モズ「時間を、遡る?」

テウタ「そう、私ならやれる。今すぐやれば、モズが感染するより前に戻れるかもしれない………」

モズ「いや、今が一番良い状況だと思う」

テウタ「どうして!?だって、もし本当に感染してたらモズはさっきの男の人と同じ症状になるんでしょ!?
そうしたら、同じ…………」

テウタ「(同じ結末になる。今なら、止められるかもしれない)」

モズ「遡ってどうするの?何するの?」

テウタ「モズがここに来ないようにするか、あの男の人がもっと別の場所に行くようにするか、モズが彼を診る前に手袋をするように伝えにいくとか…………」

モズ「本当にそこだけ変えられるの?君の力は、思い通りの展開に変えられる力じゃないんでしょ?」

テウタ「………そうだけど…………何か方法はあるはずだよ!」

モズ「別の人間になって時間を遡っても、もしもこの男が別の場所へ行ってしまうか、僕以外の誰かが彼の血液に触れてしまうか。そんなことをして感染が広まったらどうする?思い通りの結果になるまで何度でもやり直す?」

テウタ「それは…………」

モズ「人体に関しての知識で僕より優秀な人間はそうはいない。だから、ウイルスが僕のところにあることと、感染した可能性があるのが僕だっていうには、不幸中の幸いだよ。こうやって巻き込んじゃった君には悪いけど」

テウタ「…………」

モズ「責めてないよ。君の考えも一つの方法だ。正しいかもしれない。でも僕は、今が一番良い状況だと思ってる」

テウタ「どうしたらいいんだろう…………」

モズ「勘違いしないで。諦めてるわけでも、自棄(じき)になってるわけでもない。僕は状況を理解し、コントロールできる。その自信がある。今の僕の判断を信じて」

テウタ「…………分かった」

テウタ「(モズの言うとおりだ…………なんでも遡って変えることが良い結果をもたらすとは限らない)」

 

=======ヘルベチカのオフィス========

SE:時計の秒針

N「ヘルベチカのオフィスで、一行はモズからの連絡を待っていた。良くない状況で何かを待つ時間というのは、何倍にも遅く感じる。リンボはデスクの上に置かれたガラスのボウルからカラーチョコレートを食べ続けている」

ヘルベチカ「…………リンボ。赤いのばっかり食べないで下さいよ。それはカラフルな見た目がいいから置いてるんです。赤が無くなったら色のバランスが崩れるじゃないですか」

リンボ「うるせーな、ほかの色も食えばいいんだろ、食えば」

ヘルベチカ「シュウ、ここは禁煙だってさっきから言ってるのにもう6本目ですよ」

シュウ「分かった、7本目は我慢するよ」

N「ふたりが苛立っているのは明らかだった」

ヘルベチカ「はあ。…………ふたりとも、モズとテウタの事が心配なのはわかりますけど、もう少し落ち着いてくださいよ」

リンボ「俺は落ち着いてる。落ち着いてるよな?」

シュウ「ああ、俺も落ち着いてる」

ヘルベチカ「はあ。…………そのウイルスのことですけど、たとえ研究中のものでも感染の可能性があるならワクチンは用意してあるはずですし、見せられる資料がないというのも気になりますね」

SE:着信バイブ

リンボ「俺の携帯、モズだ」

モズ「一時病理検査結果が出た。空気感染はしない。感染するとしたら血液、経口、注射のどれかだ」

リンボ「じゃあお前たちも大丈夫ってことか?」

モズ「テウタは大丈夫。でも僕は感染の可能性があるからここに残ることにする。ワクチンの方はどう?」

シュウ「悪い、まだ手がかりなしだ」

リンボ「すぐになんとかするから、もう少し待っててくれ。あとでそっちにも行く。それより、お前、大丈夫か?」

モズ「ありがとう。大丈夫。僕はまだ何の症状も出てないし盗まれた状況から逆算すると、数日は大丈夫だよ。でも、良い連絡を待ってる」

リンボ「さて、と。どこから動くか…………」

シュウ「エボラに似たウイルスだって言ってたが、そもそもなんでそんなもん研究してんだ?」

リンボ「金になるとしたら生物兵器か何か…………アカデミアの研究室でバイオテロのためのウイルスを研究してたなんてリークされたら大スキャンダルだろうな」

ヘルベチカ「…………」

シュウ「ん?どうした?ヘルベチカ、聞いてんのか?」

ヘルベチカ「…………」

シュウ「ああ?」

ヘルベチカ「考え事の邪魔をしないでくださいよ。僕、犯罪心理学や行動科学は得意分野じゃないですけど、誰かになりきるのは得意なんです。………だから、仮に僕がイーライ製薬だったら何をするかなって考えてみたんですよ」

リンボ「それで、その答えは?」

ヘルベチカ「まずは金。空気感染しないとなると感染性が低いのでテロは目的じゃないでしょうね。病原菌をばらまいて、ワクチンを売る。昔からあるやり方ですよ。新薬の開発はいい金になりますから」

シュウ「胸糞悪いやり方だな」

ヘルベチカ「アカデミアの研究室に行きましょう。僕が聞き出せるか試してみます。研究室のIDカードがあれば、隠したがってるものも見つけられるかもしれません」

シュウ「んじゃ、裏社会のボスに頼んでみますか」

SE:通信音

スケアクロウ「はいはいはい!モズはどうなった!?テウタは!?」

ヘルベチカ「空気感染はしないようなのでテウタは大丈夫そう、モズはまだなんとも言えないけど症状は特に無し、つまり今のところ大丈夫ってことです」

スケアクロウ「はあー……良かった…連絡遅いからなんかあったのかと思ったよ」

ヘルベチカ「あなたに頼みたいことがあって連絡したんです。アカデミアの共同研究室、あそこのIDカードを3枚用意してくれます?」

スケアクロウ「必要になるかと思って、もう用意しておいた。どのレベルの部屋にも入れる奴をね」

ヘルベチカ「さすがですね、裏社会のボス」


======夜 アカデミアの研究所前 =======

N「リンボとシュウ、ヘルベチカの三人はアカデミアへやってきた。ヘルベチカの考えでは、サウリに協力を仰ぐのも良いかもしれないそうだ」

シュウ「さーて、どこから攻める?」

ヘルベチカ「責任者と話すか、研究室に忍び込むか、どっちにしましょうかね?」

ヒルダ「リンボさん、ですね」

リンボ「誰だ、あんた?」

ヒルダ「ヒルダと言います。研究室から急ぎで調査を手伝うようにと依頼されたもので」

N「ヒルダと名乗った男は、IDカードを取り出して見せた」

ヘルベチカ「…………」

シュウ「ヘルベチカ?」

ヘルベチカ「いえ」

ヒルダ「研究室から資料を持ってきましたので、これを皆さんにお見せしようと………」

ヘルベチカ「見せられる資料はないと聞きましたが?」

ヒルダ「ええ、通常はそうお答えします。でも我々研究室も事態は把握しています。時間がない。そうでしょう?」

ヘルベチカ「…………」

リンボ「ヘルベチカ、どうする?研究室に忍び込んで探す手間が省けたんじゃねえか?」

ヘルベチカ「そうですね。じゃあ一旦その資料見てから、次の動きを考えましょう。場所は先生の研究室を借りましょうか」

ヒルダ「先生?」

ヘルベチカ「アカデミアのサウリ・オルステッド教授ですよ。研究室は大学棟なんですぐ近くです。もし先生がいれば力になってくれるでしょうし」

ヒルダ「…………………」


=======サウリの研究室========

サウリ「お茶を楽しんでいる場合ではないのだろうけど、どうぞ」

リンボ「どうも。あ、ついでにパソコン借りていいですか?このデータ見るだけなんですけど」

サウリ「もちろん」

ヘルベチカ「よかったら先生も見てくれませんか?力を借りたいんです」

サウリ「構わないけど、私も見ていいものなのかな?」

ヒルダ「え?」

ヘルベチカ「先生は信頼できる方なので、問題はないですよ」

ヒルダ「は、はい…………」

SE:タイピング音

ヘルベチカ「先生、共同研究室の実情って、何かご存じですか?」

サウリ「あそこは元々アカデミアの大学院生がインターンとして研究に参加できる現場として作られたんだ。学生の若い感覚から研究に貢献してもらうことも目的のひとつでね。ただ、教育という名目で色々と不透明な部分はある」

ヒルダ「…………」

N「画面に表示されたのは、何かの研究資料のようだった。薬品の名前や実験のレポートのようなものが書き連ねられている」

リンボ「………専門用語はさっぱり分からないけど、かなり詳細な情報だな」

サウリ「なるほど。機密情報は暗号化されて見られないわけだね」

ヒルダ「それは僕が…」

ヘルベチカ「そろそろ正体を教えてくれませんか?イーライ製薬の社員っていうのは嘘ですよね。さっきのIDカード、上手に作ってあるけど偽物です」

ヒルダ「ぼ、ぼくは…」

N「シュウが即座に銃を向けるとヒルダは大きく息を吐いた」

シュウ「おっと、どうした?協力してくれるんじゃなかったのか?」

N「ヒルダは両手をあげたまま、もう一度椅子に座り、大きく息を吐いて、顔をあげた」

ヒルダ「…………あなた達に協力したいのは本当です。嘘じゃありません。それだけは信じてください」

シュウ「続けろ」

ヒルダ「…僕は、イーライ製薬のエンジニアでした。なので、実際の研究内容についてはほとんど知りません。僕の恋人が研究員で、彼女は研究室での職務中に亡くなりました。死因は心臓発作だとだけ聞かされました。
僕がその真相を調べ始めると、理由をつけて解雇されました。彼は何かを隠している。僕はそう思ってます」

リンボ「…信じられなくはない、かな」

ヒルダ「この前、共同研究室にドラッグディーラーが盗みに入るのに手引きしたのは僕です。それに乗じてこのデータベースをコピーして持ち出したんです」

シュウ「なるほどな。俺らがひでえ目に遭ったのはお前のせいだったのか」

ヒルダ「すみません!こんなことになるとは思わなかったんです!本当に………だから何とかしたくて…」

ヘルベチカ「よくできた話ですが、どこまで信じます?(にこやかに)」

ヒルダ「…………これを聞いてください」

N「ヒルダはカバンから取り出したメモリをパソコンに差し、音声ファイルを開いた」

???「私達、間違ってしまったみたい」

???「警察には言わないで、警察はつながってる」

???「熱が、39度を超えた。震えが止まらない。目も霞んできた…」

ヒルダ「彼女が僕に残した音声ファイルです。ほかにもいくつかあります。聞きたければお聞かせしますが、彼女がウイルスに感染して死んだことは明らかです」

N「ヒルダは不安そうな顔で、その場にいる人間の顔を順に見ていく」

リンボ「警察には言うな、か。どうも匂うな」

ヒルダ「あなた達が調べてくれるなら、これがチャンスだと思って…………イーライ製薬には秘密が多いんです。このウイルスだけじゃない。ほかにも生物兵器になりかねないナノマシンの研究だってしてるんです」

シュウ「俺達より警察に近づいて調べたほうがいいんじゃないのか?『彼女』も疑ってたみたいだしな」

ヒルダ「警察は信用できません。近づけば、秘密を隠されるだけです」

リンボ「信用できるやつに協力してもらえばいい」

ヒルダ「そんな人間が警察にいますか!?」

リンボ「そうだな…………殺人課のルカ・ディアンドレは何度も仕事で会ってる。それに俺の姉貴は地方検事補だ。このふたりは信用できる」

ヒルダ「…………」

N「ヒルダは険しい顔を浮かべた」

リンボ「こういう場合の信用ってのは賭けみたいなもんだ。お前は俺を信じる以外に選択肢。ないだろ?」

ヒルダ「そう……ですね…」

リンボ「そんな顔するなって。弁護士ってのは人を見る目が肥えてるんだ」

ヒルダ「…………はい、あなたを信じます」

ヘルベチカ「あとはこのデータベースの解析ですね。スケアクロウも呼びましょう」

サウリ「なんだか、私はあまりお役に立てなかったようだね」

ヒルダ「あの」

サウリ「なんだい?」

ヒルダ「あなたは、アカデミア側の人間ってことなんですよね?」

サウリ「そうだよ」

ヒルダ「共同研究室で何か良からぬことが行われているのは間違いないと思ってます。でも、アカデミアとの共同研究そのものは悪くないし、学生たちは何も知りません。……だから…………その…」

サウリ「学生たちが巻き込まれないように手を打ってほしい、ということかな?」

ヒルダ「はい!その、勝手を言ってるのは分かってます。でも…………」

サウリ「わかった、私もやれるだけのことはやってみよう」

ヒルダ「ありがとうございます…………!」

 

======検死局=========

テウタ「ここが『ピニャータ』だから、横のカギは…………」

モズ「そこ、1行ズレてるよ」

テウタ「え?あ、本当だ………やだ、ボールペンで書いちゃった」

N「テウタとモズはあまりに暇を持て余し、古い新聞紙のクロスワードを解いていた」


SE:ドアの音

テウタ「リンボ!…………ルカ!?来てくれたの!」

ルカ「話は聞いたよ。無事で良かった、本当に」

N「ルカに駆け寄ろうとし、一瞬身を引いてしまう。モズの方を見ると、黙って頷いていた」

テウタ「(大丈夫…………さっき、モズに分かりやすく説明してもらった。私は感染してないし、空気感染もしない。だから、大丈夫!)」

N「ルカはテウタのことを抱きしめて、優しく背中を叩く」

テウタ「大丈夫、なんともないよ」

ルカ「なんで連絡してくれなかったんだよ?」

テウタ「…………仕事、忙しいかと思って」

ルカ「あのなあ、仕事が忙しいのはいつもだろ?殺人事件に休日なんて区別はないんだから」

テウタ「…………」

ルカ「なんだよ?」

テウタ「私達、秘密はなしだよね?」

ルカ「ああ。そりゃあな」

テウタ「ルカ、私に隠し事してない?」

ルカ「隠し事?なんだよ、それ」

テウタ「ごまかさないで。わたしに隠してることはない?絶対?」

ルカ「ない」

テウタ「じゃあ、どうして今、風紀犯罪課にいるの?」

ルカ「…………それ、どこで聞いたんだ?」

テウタ「…………」

ルカ「ま、別に大したことじゃないだろ?一時的に異動になったってことまで逐一あんたに報告しなきゃいけない?」

テウタ「そういう意味じゃないけど!」

ルカ「あんたはやばいウイルスに感染したかもしれないってのにメールひとつくれなかったみたいだけど」

テウタ「それは…………」

ルカ「状況がちゃんと把握できるまでは動揺させるだけだから、言わない方がいいと思った、とか?あんたの考えてることくらい、よく分かる」

テウタ「それは…………ごめん…………」

ルカ「それで、モズはどうなんだ?その、ちょっと聞いたけど感染した可能性があるんだって?」

モズ「そうだね。発症した男の血に触ったから。でも今のところは症状なし。みんなに感染る(うつる)ことはないから安心して」

リンボ「お前が感染してるかもしれないんじゃ、安心なんかできないけどな」

ヒルダ「…………」

テウタ「あの、あなたがもしかして、ヒルダさん?さっき、電話では聞いたけど」

リンボ「ああ、そういえばそうだった。ヒルダ、こちら主任検死官のモズに、フリーの記者のテウタ。モズ、テウタ、彼がヒルダ。イーライ製薬の元職員。一応、味方だ」

モズ・テウタ「よろしく」

テウタ「ヒルダさんが研究室から持ち出したデータで、ウイルスのことが何かわかるかもしれないのよね?」

ヘルベチカ「ええ。スケアクロウ、どうですか」

スケアクロウヒルダと一緒に解析しはじめたんだけど、結構色々見えてきたよ。一番深そうな情報を開くにはもう少し時間がかかりそうだ」

N「ヒルダとスケアクロウがパソコンを開いているがその画面を見ていてもテウタには何のことだか分からなかった。キーボードを打つ手も早すぎる」

スケアクロウ「へえ…………あんた、腕がいいね。俺と同じスピードでやれるやつ、なかなかいないよ」

N「スケアクロウは感心した顔で、しかし手を休めることなくヒルダに声をかける」

ヒルダ「これが仕事でしたから。あなたも、エンジニアなんですか?医療関係とか?」

N「同じくヒルダも表情は変えつつもキーボードを叩き続けている」

スケアクロウ「俺は裏社会のボスだ」

ヒルダ「へえ、それはすごいですね」

N「ヒルダは冗談と受け取ったようで、笑っている」

スケアクロウ「…………あんた、話半分に聞いてるだろ。製薬会社のエンジニアってのもこういうデータ解析とか暗号化とかやるわけ?」

ヒルダ「機密情報だらけですからね。僕は彼らが隠そうとしていたものがなんなのか、知りもせずに働いていただけです」

スケアクロウ「なるほど。でもエンジニアってのはほかにもいるんだろ?アルゴリズムには人柄が出るもんだけどこれはひどい。何人ものパーソナリティがごちゃ混ぜだ」

ヒルダ「…………大勢いたとしても、僕がそのひとりであることに変わりはありません。僕が彼らの研究を隠す手助けをしていた。自分の恋人を殺した研究をね」

N「ヒルダの目にあるのが悲しみなのか、怒りなのかは分からなかった」

スケアクロウ「…………えっと、あ、そうだな、あー。そうそう!そういえばさ、別件で扱ってるやつがあるんだけどすげえ複雑なアルゴリズムなんだ。コードを総当たりしてったら、アニマにやらせても1000年くらいかかりそうでさ。しかも電源をつないだ瞬間に新しいキーを作成するようにプログラムされてるんだ。あんた、なんか良い方法思いついたりしない?」

ヒルダ「それならコードを解析するのではなくて、コードを吐き出すハードウェアのほうに手を入れるといいかもしれないですね」

スケアクロウ「なるほど。その手があったか…………なあ、今度手を貸してくれよ。ちゃんと報酬はだすからさ」

ヒルダ「いいですよ。考えておきますね」

N「スケアクロウの気遣いが伝わったのか、ヒルダの顔がほんのすこし柔らかくなる」

SE:アラーム音

スケアクロウ「おやおやおや、なんか出てきたな。これは…………写真?写ってるのはなんだろうな。貼り紙?」

ルカ「これがウイルスの研究と何か関係あるのか?」

ヒルダ「解像度が低くて内容までは分かりませんね。文字が読めると良いんですが…」

スケアクロウ「お任せあれ。新しいフルスペクトル解析なら一瞬だよ」

SE:タイピング音

スケアクロウ「はい、どうぞっと!」

N「画面に映し出された1枚の写真は、どこかの壁に貼られた無数の貼り紙だった」

ヘルベチカ「尋ね人の貼り紙ですかね。これが何か関係あるんでしょうか。メタデータは見られます?撮られた場所とか、日付とか」

ヒルダ「メタデータによると撮影場所はブラックホーク。比較的最近の写真ですね。失踪者を探す貼り紙…一体なんの関係が?」

シュウ「関係あるかもしれないし、ただ紛れ込んでるだけかもしれねえな」

ルカ「いずれにしても失踪者だったら警察署で調べられる。その写真、貸してくれる?とりあえず身元だけでも調べてみる」

スケアクロウ「オーケー、ルカの携帯にホットシンクで送るよ」

ルカ「…………ん、サンキュ。んじゃあたしは署に行ってくる」

テウタ「…………またね」

ルカ「………ん、またな」

テウタ「(なんか………気まずい感じで上手く話せなかったな)」

ヒルダ「それじゃ、僕も一度自宅に戻ります。オシロスコープも使って調べてみたいですし」

スケアクロウ「何かわかったらすぐに連絡してくれ。俺も情報は共有する」

ヒルダ「分かりました。ではまた」

リンボ「まあ夜も遅いし、今日のところは一旦切り上げるか。モズとテウタも今日は気疲れしただろ。帰って飯食って寝ようぜ」

モズ「僕はここに残る」

テウタ「えっ?」

モズ「空気感染しないとは分かっても、いつ発症するか分からないし、発症したらウイルスが変異する可能性もある。だから、今日はここに残るよ」

リンボ「でも、ここじゃ寝ても疲れ取れないだろ。もしウイルスに感染してたとしても、発症までまだ時間はあるはずだ」

モズ「不確かな情報を信じるわけにはいかない。僕自身が確証を持てるまでは、そうする」

テウタ「でも…………」

ヘルベチカ「モズは僕らの中でも一番の頑固者ですから。こうなったら誰の言葉も聞きませんよ」

モズ「僕は頑固じゃない、間違った答えに固執したことはない」

ヘルベチカ「はいはい、そうでしたね」

テウタ「(モズの考えも分かる。本当に大丈夫だとしても、もし万が一って考えたら一番安全だと思う方法を取るだろう」

モズ「テウタは大丈夫だよ。帰って休んだ方がいい」

テウタ「私も残る」

モズ「なんで?」

テウタ「私だってもしかしたら感染してるかもしれないでしょ?」

モズ「病理検査の結果を見れば空気感染するタイプのウイルスじゃないことは確かだ」

テウタ「突然変異するウイルスかもしれないし、さっきあの男がここに来た時、私の目とか口とかに血が飛んで入ってたら?」

モズ「ありえない」

テウタ「ありえなくないもん」

モズ「…………」

ヘルベチカ「(吹き出しながら)モズといい勝負じゃないですか。楽しそうじゃないですか、検死局なんてロマンチックな場所でふたりきりで夜を明かすなんて」

モズ「…………好きにすれば」

N「モズは顔を背けたが、怒っているわけではなさそうだった」

テウタ「(私も感染してないとは言い切れない、っていうのもあるけどいつ発症するか分からないモズをひとりには出来ない)」


=========数十分後========

モズ「術衣みたいなものしかないけど、もし着替えるならどうぞ。廊下に出て右に行った先に更衣室もある。好きに使って」

テウタ「ありがとう」

テウタ「(着替えは欲しいけど、解剖用の術衣を着るのはほんの少しためらっちゃう。もちろんクリーニングしてあるのは分かってるんだけど……)」

N「テウタはソファや机に突っ伏して寝るのには慣れていた。出版社でアルバイトをしていたころによくやっていたし、首が痛くならないようにするコツも心得ている」

テウタ「(ここは静かだな…………時計の針の音が聞こえる)」

N「先ほどまではメンバーみんなが揃っていて、きっと大丈夫だという気分になっていたのだが、問題は何も解決していない。正体不明のウイルスに感染した男は、自分たちの目の前で死んだのだ。
もしも、同じことがモズに起こったら…………死んだ男が入れられた黒い収納袋を閉じる音がなぜか、耳に残っていた」

テウタ「(モズ…………?)」

N「ふと目をやると、モズはロッカーの前に立ちじっと見つめていた」

テウタ「モズ?どうしたの?」

モズ「…………ここには、死が集まってくる」

テウタ「……うん」

モズ「ゲオルク・シュタールは、心臓や肺を動かしているのは目には見えないアニムス………つまり魂だと考えていたんだ。だから、死ぬと魂が身体から抜け出て、死体は腐る」

N「モズは目の前の黒い袋をじっと見つめていた」

モズ「死ぬって、どういうことだと思う?」

テウタ「どういう、こと…………」

N「答える言葉が見つからず、返事が途中で途切れてしまう」

モズ「人は死ぬと天国に行くとか、生まれ変わるとか色々言うけど、死んだ後のことを知ってる人は誰もいない。だから、みんな死は終わりだと思ってる。
北欧では、死は3度目の誕生日だと言われてる。生まれた時、洗礼を受けた時、死んだとき。だから死は祝うべきことなんだって」

N「モズはテウタの方を見ずに言葉を続ける」

テウタ「モズ、もしかして自分が死ぬと思ってる?」

モズ「さあね、どうだろ。でもここに入ってる人たちは、死ぬなんて思ってなかった人ばかりだと思うよ。自分が死ぬ時をあらかじめ知ってる人はほとんどいない」

テウタ「モズは死なない。もし死んでも、絶対私が助けてあげる」

モズ「時間を遡って?」

テウタ「そうよ。なんでもかんでも遡るべきじゃないっていうのは確かにそうかもしれないけど、でも、モズが死ぬようなことがあったら、私は絶対に迷わず遡って助ける」

モズ「なんで?別に僕と君はそんなに長い付き合いでもないし、家族でもないでしょ?」

テウタ「でも、通りすがりの知らない人じゃないでしょ?私が嫌だって思って、私が決めるんだから、それでいいの」

モズ「…………君、結構頭は良い方だと思うけど、思考が子どもだね」

テウタ「…………悪かったわね、子どもで」

モズ「なんで怒るの?褒めてるのに」

テウタ「褒めてる?どこが?」

モズ「子どもみたいで純粋で、意思の力が強い。すごく生きてる感じがする」

テウタ「(…………褒められてるのかどうかいまいち分からないけど)」

モズ「さっきの僕の質問、僕の答えを言ってなかったね。死は、終わりじゃない。肉は腐って溶けて消えるけど、死はずっと続いていく。その意味を、僕は知りたい」

テウタ「死はずっと続いていく…………その意味…………」

SE:ドア音

リンボ「戻ったぞー!」

テウタ「リンボ?あれ、みんな?どうしたの?」

モズ「帰ったんじゃなかったの?」

ヘルベチカ「僕達、家に帰るなんて一言も言ってませんよ?買い出しに出ただけです。キリンデリ、モズも好きでしょう?」

スケアクロウ「モズってタケノコ好きだったよな?全部に倍盛りでトッピングしておいたぞー!タケノコチャーハン、タケノコラーメン、タケノコレバニラ、タケノコ餃子…………」

リンボ「あ!俺タケノコラーメンがいい!」

シュウ「じゃあ俺もラーメンがいい」

リンボ「おい!いま『じゃあ』って言っただろ?なんだよそれ!」

シュウ「人が食おうとしてるもんほど食いたくなるだろ」

モズ「じゃあ、僕もラーメンがいい」

リンボ「モズが言ったら譲るしかなくなるだろ、ったく…」

モズ「冗談だよ、ラーメンは譲る。僕はタケノコレバニラがいい。好きなんだ、内臓」

シュウ「お前が言うとシャレにならねえな」

リンボ「んじゃ、いっただきまーす!」

N「モズの方を見ると、取り分けた皿をただ黙って見つめている」

モズ「みんなに、頼みたいことがあるんだけど、いい?」

N「全員が食事の手を止めてモズの方を見る」

ヘルベチカ「内容によりますね」

スケアクロウ「空気読めって」

ヘルベチカ「だってとんでもない頼みだったら、安請け合い出来ないでしょ?」

テウタ「頼みたいって、どんなこと?」

モズ「僕が行方不明の妹を捜してることは、みんなに話したことあったよね。テウタにも今日話した。
妹は、多分死んでる」

スケアクロウ「え、ちょ、ちょっと、え?どういうこと?」

シュウ「…………なんか情報掴んでんのか?」

モズ「ううん、そういうわけじゃないんだけど…………もちろん生きててほしいって思うし、諦めてるわけでもない。ただ、統計的には死んでるんだ」

リンボ「統計的って…………」

モズ「でも、死んでたとしても、僕は妹にもう一度会いたい。だから、もし僕に何かあったら、妹のことを…………」

テウタ「やだ」

N「モズの言葉を最後まで待たず、遮るような形で声になってしまう」

スケアクロウ「おっと、これはどうする…………?」

テウタ「妹さんのことを捜すのは手伝う。でも、モズの代わりにはなれない。モズが妹さんに会いたい気持ちを代わってあげることは出来ないもん」

N「テウタはそう言い切ると、リンボ達がニヤリと笑う」

リンボ「俺もやだな」

シュウ「じゃあ俺も」

ヘルベチカ「じゃあ僕も」

スケアクロウ「え?え?あれ?これ流れ的に俺も?じゃ、じゃあ俺も!」

リンボ「俺達、『自分にもしものことがあったら』なんて頼み事、聞くようなタイプじゃないだろ?」

モズ「それは、確かにそう…………」

ヘルベチカ「モズがそんなことを言い出すなんて、珍しいですね。今がそんな深刻な状況に見えますか?」

モズ「どうだろう」

ヘルベチカ「実のところ、僕は全然心配してません。僕らの付き合いは短いのか長いのか分かりませんけど、最後の最後はなんとかなるっていうのは、感覚的にわかるんで」

シュウ「お前、理屈っぽい割にはそういうとこ楽観的だよな」

ヘルベチカ「考え過ぎてストレス溜めると、身体が老けるんで」

リンボ「まあ、思い起こせば結構ギリギリのこともあった気はするけど」

テウタ「ギリギリっていうか、リンボ、あなた1回死んでるからね?」

リンボ「死んだ実感なんてないけど、結局それもなんとかなった。俺達が集まれば、出来ない事なんてない。だろ?裏社会のボス?」

スケアクロウ「もっちろん!この俺に支配できないものはないからな」

モズ「…………」

スケアクロウ「…………」

モズ「…………」

スケアクロウ「ちょっとちょっとリアクション!!なんかあるでしょ?ねえ?」

モズ「…………タケノコ、美味しい」


========翌日 検死局=======

 

アダム「ねえ、起きてる?」

テウタ「(朝、か。ここは家じゃない。…………そうだ、昨日は帰らないで検死局に泊まったんだっけ)」

アダム「テウタ(耳元で)」

テウタ「へっ!?」

SE:なんか痛そうなやつ

テウタ「いったたた…………」

N「突然耳元で響いた声に驚いて起き上がろうとして、思い切り床に転げ落ちてしまった。さっと前に差し出された手。見上げると、そこにいるのはアダムだった」

アダム「こんなところで寝てたらだめだよ、テウタ」

テウタ「アダム…………おはよ(欠伸しながら)どうしてここに?」

アダム「昨日のうちにルカから連絡は貰ってたんだけど、スタジオ抜けられなくてさ。遅くなってごめん」

テウタ「私こそ、連絡してなくてごめん…………」

アダム「それもルカから聞いたし、テウタが大丈夫だってことも聞いてる」

N「そういうとアダムはにっこりと微笑んだ」

テウタ「(う………このアダムの顔、めちゃくちゃ怒ってる時のだ………)」

アダム「テウタが無事で安心したけど、友達が感染したかもしれないっていうのは困ったね。僕もできる限りのコネクションを使って情報集めてみる」

テウタ「あ、ありがとう!(焦りながら)アダ…………」

SE:ぺちっという音

N「言い終える前に、テウタの頬をアダムが両手で挟んだ」

アダム「度胸があるのは知ってるし、君が無理をしたがる性格なのも知ってる。無理は好きなだけすればいいけど、無茶はしないこと」

N「アダムの目は真っ直ぐにテウタを見つめている。幼馴染とはいえ、年上のアダムは昔からルカやテウタを叱ってくれる存在だった」

アダム「返事は?」

テウタ「…………はい」

SE:ドア音

ルカ「ふああ………(大きな欠伸)ん?ああ、アダムも来てたのか」

N「ルカとヒルダもやってきた。ルカは眠そうに目をこすっている」

アダム「おはよう。眠そうだね?」

ルカ「署でパソコンと睨めっこしててあんま寝てないんだ。………ってお前ら、ここに泊まったの?シャワー浴びに帰れよ。この部屋男臭い」

テウタ「(確かに、出版社のアルバイトで徹夜した時と同じ匂いがする………)」

アダム「テウタ。彼らと一晩ここにいたの?」

シュウ「おい、あんた思い切り嫌な顔しただろ」

アダム「………別に」

スケアクロウ「そういやヒルダ、なんか分かったことあった?俺が調べた方は、研究日誌みたいなデータばっかりでこれを一つ一つ調べる時間はなさそうだなって感じ」

ヒルダ「僕が調べた中に、面白いデータがありましたよ。これを見てください」

N「ヒルダがプリントアウトした資料を机の上に並べる。寝起きの頭を左右に振り、テウタは気合を入れなおした」

リンボ「これは…………」

N「数字がずらりと並んだリストだった。一目見ただけでは何のデータなのか分からない。リンボはそのリストをめくって険しい顔をしている」

リンボ「なるほど、何がまだ『研究中』だ。ウイルスもワクチンも量産されてるじゃねえか。それにこっちは被験者のリストか………すごい人数だな」

ヒルダ「どこに出荷される予定なのか、それは高度に暗号化されていてもう少し解析に時間がかかりそうです。でも、これでワクチンがあることは間違いありません」

シュウ「だな」

ルカ「これ…………もしかして…………」

ヘルベチカ「どうしました?」

ルカ「見て。これ、あたしが調べた失踪者リストだ。昨日の貼り紙の写真、あれに載ってた名前を探したんだ。ヒルダが調べた失踪者のリスト、あたしが調べた失踪者とよく似たプロフィールが
たくさんある。これって偶然か?」

ヘルベチカ「なるほどね。失踪者と被験者に共通点があって、大量生産されたウイルス、ですか。随分と匂いますね」

リンボ「何が『まだ研究中だからサンプルも1つしかありません』だよ。出荷準備まで出来てるじゃねえか。よし、シュウ。研究室の責任者に会いに行くぞ」

テウタ「私も行く!絶対特ダネだもん!」

スケアクロウ「え、俺どうしよ………その研究室って、やばい実験してるところなんでしょ?ってことは、なんかもっとやばいウイルスとかあったり…………」

シュウ「お前とヒルダはここで残りのデータの解析をした方がいいんじゃないか?ウイルスの取引相手が分かればそっちも叩ける」

スケアクロウ「だ、だよね!!俺、ここに残った方がいいよね!」

モズ「これ、持って行って」

N「モズはネイビーのリュックを手渡す」

モズ「簡易的なものだけど、医療キットと解剖キットが入ってる」

テウタ「いや、解剖キットとか借りても使えないと思うけど…………」

モズ「何かの役に立つかもしれないし」

リンボ「んじゃ、借りときますか」

ヘルベチカ「じゃあ、僕はシャワー浴びに帰りたい気持ちを抑えて、モズ達と一緒に留守番してますよ。何かあれば連絡ください」

リンボ「あとは…………そうだな、姉さんに連絡入れとくか。怪しい証拠を押さえられたら、検察も味方につけときたいからな」

ルカ「んじゃ、あたしは失踪者のリストをもっと詳しく調べてみるよ。ちょっと気になることもあるし。なんかあればいつでも連絡してくれ」

N「ふとテウタとルカの目が合う」

ルカ「…………」

テウタ「…………」

アダム「ルカと喧嘩してるみたいだね?」

テウタ「喧嘩っていうほどのことじゃないけど…………」

アダム「何があったの?」

テウタ「………何でもない」

アダム「…………」

テウタ「何でもないってば!」

アダム「聞こえてるよ。僕はその次の言葉を待ってるんだ。たとえば『アダムにも秘密はなしって約束だからやっぱり話す』とか」

テウタ「…………ルカがね、いつもだったら話してくれることを話してくれなくて、隠し事はしてないって言ってた」

アダム「うん」

テウタ「…………ルカの事、悪く言う噂を聞いたの。でも私、それに関しては少しも信じてない。ありえないから。……でも、なんでルカは
いつもみたいに相談してくれないんだろうなって………」

N「アダムはじっとテウタを見つめている」

アダム「僕には詳しい状況は分からないけど、ひとつ言えることは何があっても君はルカを諦めないってこと。君は友達を、家族を絶対に諦めない。それってすごいことだと
僕は思うよ」

テウタ「…………すごいのはアダムだよ。そういうの、ちゃんと言葉で言えるんだもん」

アダム「そう、僕はすごいんだ」

リンボ「そろそろ行くぞー?」

テウタ「あ、分かった!今行く!」

アダム「(大きめの声で)忘れないで、無茶はしないこと。いいね?」

テウタ「分かった。ありがとう」


=======イーライ製薬共同研究所内======

SE:時計の秒針

リンボ「…………」

シュウ「…………」

研究員「な、何なんですか?持ち出されたウイルスとワクチンは見つかったんですか?」

リンボ「ああ、そのワクチンだよ。それを貰いに来たんだ。あれだけの数の被験者で試したんだ、もう出荷準備は万端だろ?」

研究員「被験者?出荷って…………」

リンボ「ブラックホークの失踪者と例のウイルスの被験者、随分な数だよな?それにウイルスは研究中なんかじゃない。もう量産にはいってる。そうだろ?」

研究員「…………」

N「研究員は口を固く結び、キョロキョロと視線を泳がせている。リンボは机に身を乗り出し、顔を近づけて囁いた」

リンボ「早いとこワクチンを出せ。そうしたらその後どうするかは相談に乗ってやってもいい」

研究員「…………」

N「動揺はしているようだが、口を開こうとはしない」

テウタ「(こうしている間にも時間が過ぎていく………ワクチンがあるのは確かなのに、なんでそれを隠すの?)」

テウタ「ちょっと!人の命がかかってるのに何で黙ってるの!?」

研究員「そ、それは…………」

リンボ「なるほど…………知ってるからこそ喋れないってわけか。ワクチンがあるってことはつまり、ウイルスの研究を自供するのと同じだからな」

研究員「あなた達が考えているよりも、もっと大きな話なんです。今のうちに手を引くのが賢明だと思いますよ」

N「リンボは研究員の襟を掴み上げる」

リンボ「賢明、だと?どの立場から言ってやがる!?(声を荒げて)」

研究員「は、離してくれ!!」

リンボ「素直に話せば俺の機嫌も悪くならなかったのにな。こうなったらプランBだ。テウタ、それ貸せ」

テウタ「え?あ、はい!」

N「テウタはモズから預かったリュックを渡す。リンボはリュックの中から注射器を取り出した」

研究員「な、何を…………何をするんですか!?」

N「リンボは研究員に近づき、首筋に注射器を刺した」

研究員「痛っ…………!」

テウタ「えっ!?リンボ!?」

研究員「…………何を…………!こ、これは…………」

リンボ「(囁くように)言っただろ?お前らが作ったウイルスに感染して死んだ奴がいるって。
これは、一時病理検査に出してたそいつの血液サンプル。ウイルス、まだ生きてるだろうなあ?」

N「研究員の顔は瞬く間に真っ青になった」

研究員「ワクチンは、本社レベル4の保管室にある。ぱ、パスコードはBーA-BーY-L-O-N、『babylon』だ!」

リンボ「よし、行くぞ」

研究員「待て!!!わ、私も!私もつれて行け!!!」

リンボ「大丈夫大丈夫、焦るなって。お前に打ったのはえーと、ビタミンB12?」

N「リンボはモズから借りたリュックの中から注射器が入ったケースを見ながら笑った」

リンボ「疲れによく効くぞ。これからながーい取り調べを受けるだろうから、ちょうど良かったじゃないか」


======ZERO HOUR======


アダム「ニューシーグアカデミアとイーライ製薬の共同研究室で、不祥事が発覚しました。共同研究室から不正に持ち出された薬品に関し、イーライ製薬はニューシーグアカデミアへの
報告を怠っていたことが分かりました。現在は、CDCが研究室の調査を行っています」


=====病院にて======

リンボ「(電話で)ああ、そう…………ロックハート判事に言って令状を…………」

テウタ「(イーライ製薬、アカデミアとの共同研究室で不祥事か………)」

N「リンボはヴァレリーに電話をかけていた」

リンボ「………いや、俺は指名されても弁護はしない。うん…………分かった。じゃあ、また」

ヘルベチカ「どうなりました?」

リンボ「姉貴が令状申請しに行ったから、これで正式に終わりだな」

シュウ「報酬、先払いにしといてよかったな」

N「そこへ、検査を終えたモズが戻ってきた」

モズ「お待たせ」

リンボ「モズ!もう大丈夫なのか?」

モズ「うん。病理検査も済んだ。僕はもう発症することはないし、誰かに感染することもないよ」

テウタ「よかった…!」

モズ「そんなに驚くこと?僕は大丈夫だって、ずっと言ってたでしょ」

テウタ「そうだけど、驚いてるんじゃなくて、嬉しいの。嬉しいでしょ?」

モズ「…………そうだね。嬉しい」

リンボ「そんじゃ、俺らはカルメンの店で打ち上げでもするか。ヒルダも呼べよ」

スケアクロウ「わかった、連絡しとく」

テウタ「あ、じゃあルカも呼んでいい?」

リンボ「そうだな。確か今も警察署で調べ物してくれてるんだっけ?」

テウタ「そうだよ、だから警察署に寄ってから行くね」

リンボ「ん!じゃあまたあとでな」

 

=====ニューシーグ警察署=======

ルカ「ブラックホークでは40人以上の失踪者がいました。調べてみたら年々増えてるし、ほとんどが見つかってない。これっておかしくないですか?」

刑事部長「お前は殺人課だ。捜査するときは死体が出た時だけだ。気になるのなら失踪課に行け」

ルカ「ええ、気になるので行ってきました。失踪課に記録はあるのに、その人達のID登録がないんです。他の州の人間か、不法入国者か、
とにかくブラックホークの治安改善のためにもちゃんとした捜査が必要だと思うんです。私が以前から提出している報告書、見てくれてますか?
ニューシーグは不法入国者の数が他の州に比べて多いんです。彼らは大抵何も持たずにやって来る。行き着いた先で何かを見つけるか、何かを手に入れるか。
つまり協力者か、金を出す人間がいる可能性も…」

刑事部長「…………」

ルカ「見てください。これはイーライ製薬とアカデミアとの共同研究室の被験者リスト。こっちはブラックホークの失踪者リスト。共通点がたくさんあるんです。
もしかしたら、失踪課の捜査だけでは見えないものがあるかもしれません。私、もう少し調べてみます」

SE:???


=====数分後=======


テウタ「ありがとうございます。えっと、じゃあこの来訪者バッジで入れるところまでだったら、探してもいいですか?」

警察官「どうぞ」

テウタ「(ルカとちゃんと話そう。気まずい空気になってるの、なんとか仲直りしなくちゃ)」

N「ヴァレリーから不正の噂を聞いていたからか、異動のことを責めるような問い詰め方をしてしまったことを、テウタは悔いていた。
普段から自分の仕事に誇りを持っているルカからしたら、何か理由があったのだろう。不本意な異動ならば、きっと辛い思いをしているに違いない」

テウタ「(それなのに『隠し事してない?』なんて、嫌な友達だなあ、私………ちゃんと謝って、ちゃんと話そう」

N「データベースを調べると話していたから、資料室あたりにいるのかもしれない。壁に貼られた案内図から資料室を探す」

SE:ノック音

テウタ「ルカー?いる?」

N「資料室のドアの横にはカードリーダーがあったが、そのドアはほんの少し隙間が開いていた」

テウタ「(ドア、開いてるみたい。ルカを探すだけなら入ってもいいかな?)」

SE:ドア音

テウタ「ルカー?」

ルカ「ぐっ…………げほっ…………うっ…………」

テウタ「ルカ!?ちょっとちょっと…………ねえ、どうしたの!?」

N「ルカは床に仰向けに倒れて、小刻みに痙攣している」

テウタ「ルカ!ねえ、どうしたの、何があったの…………やだやだ、どうしよう…………ねえ、ルカ…………!」

N「ルカが血を流して倒れている。その事実は理解できる。しかし目の前の状況に対して、まったく頭が追い付かない」

ルカ「ちょっと…………やばい…………みた…………い」

テウタ「どうしたの!?何があったの!?」

ルカ「あー……どうしよ………ごほっ………言いたいこと…………」

テウタ「ねえ、しっかり、どうしよどうしよ………た、助けを呼ぶから、動かないで」

ルカ「秘密は、なしって…………言ったのに………黙ってて………ごめ…………不正は、や、った…でも、ひとを、たすけ、ため…………
あと、昔のこ、お、もいだし、た…………あんたと、見た、映画…………おぼえ、てる?ほら、へんな、スパイの、やつ…………
あれ、あんたと観る、ま、えに、ほかのやつとみた………でも、あんたにはまだ観て、ないって、嘘ついて、一緒に、映画館にいった………」

テウタ「やだやだ、なんでそんな話するの…………ねえ!誰か!!誰か早く!!」

N「携帯を取り出すが、手についた血で滑って落としてしまう。慌てて拾っても、血に濡れた手ではうまく操作ができない」

ルカ「あんたと、映画館、いくの、好きだったんだ…………あんたのことが、本当に大好きだったから…………」

テウタ「どうしようどうしようどうしよう…………誰か!誰か助けて!誰か!お願い!ねえ、誰か呼んでこなくちゃ………」

N「立ち上がろうとするテウタの手を、ルカは握って離さない」

ルカ「ずっと…………えなくて…………ごめん…………のことは…………ゆるして…………」

テウタ「ルカ…………聞こえないよ…やだやだ、ねえ、どうしよう、どうしたらいいの…!?ルカ!
誰か!早く助けて!!誰か来てよ!!」

警察官「資料室からだ」

刑事部長「誰だ?何があった?」

SE:走ってくる足音

テウタ「ルカ!やだ、返事して、ここにいて、ルカ!!」

SE:ドア音

警察官「ど、どうした!?何があった?これは…………!おい、救護スタッフをすぐ呼べ!
こちらエリアAの資料室、女性が血を流して倒れている!」

テウタ「う、うう…………くっ………(泣きながら」

警察官「大丈夫ですか?あなた、ちょっと離れて」

N「テウタの手を握っていた手からも、力が抜けていった。駆けつけてきた警察官に後ろから抱えられるようにして、ルカから離されてしまう。
ルカから、どんどん離れていく」

テウタ「やだ、ルカ…………行かないで!ルカ!」

N「何人もの警察官が部屋の中に入っていく。ルカの虚ろな目が、その隙間から見えた」

テウタ「…………ルカがいなくなるなんて、私には無理だよ」

N「目を閉じて、意識を遠くへ、遠くへと向ける」

テウタ「(もう一度、ルカに会いに行く。…………どんなことをしてでも、私は、ルカを助けてみせる)」

N「テウタは、時間を遡った」

=========病院================


テウタ「(此処は、病院…………?)」

N「腕時計を見ると、テウタが警察署に着く前の時間だった」

テウタ「(間に合って…………!)」

N「慌ててポケットを探ってみる。どうやら医者か何かのようだ。白衣のポケットから小さなポケベルと携帯電話を見つけた」

テウタ「(とにかく、ルカに電話をして、安全な場所にいてもらおう…………!)」

看護師「先生!急いでください!!」

ソリス「先生?」

N「周りを見ると、そこは救急治療室のようだった」

テウタ「(私はここの医者…………ERの職員?)」

看護師「先生、もうオペの準備はできました!急いでください!」

ソリス「待って!ちょっとだけでいいから!」

看護師「ちょっとって…………一刻を争う事態なんですよ!?」

ソリス「こっちも一刻を争うの!とにかく電話をさせて!すぐに戻るから!」

N「そういって看護師から離れる」

看護師「先生!?一体どうしたんですか?」

ソリス「ルカ!よかった間に合った…………」

N「画面に表示されたルカの顔を見てホッと息をつく」

ルカ「もしもーし、どちらさん?」

ソリス「えと、その…落ち着いて聞いて。私はテウタ、あなたの親友のテウタよ。信じて」

ルカ「はあ?」

ソリス「時間がないの!いい?いま警察署にいるでしょ?で、資料室にいる?パソコンじゃなくて、ファイルとかがいっぱいおいてある部屋!それとも行こうとしてる!?」

ルカ「いや、部長に話をしにいくところ」

ソリス「行かないで!やろうとしてたことは何もしないで。お願い、いますぐ警察署を出て、私かアダムに連絡して。一人にならないで!私、すぐに会いに行くから!」

ルカ「なんなんだ、あんた。もしあたしの親友の名を騙ってるなら…………」

ソリス「信じて!お願い!スパイ映画、覚えてるでしょ?『クイーンズマン』あれ、私と観る前に他の子と先に観てた。でも、まだ観てないって私に嘘ついて一緒に行った」

ルカ「それ…………なんで知ってるんだよ!?」

ソリス「そんなことはどうでもいい!私も、ルカと映画館行くの、大好きだから!ルカの事が大好きだから、また一緒に映画館行きたいから………お願い、信じて!」

ルカ「…………分かった」

ソリス「絶対よ。ルカ。…………ルカに会いたい」

======セントラルコア======

テウタ「っ!?」

N「目を開けるとテウタはセントラルコアのメインストーリートに立っていた」

テウタ「はあ…………はあ…………」

テウタ「(ここは…そうだ、私はここからすぐ警察署に…………待って、時間は!?」

N「腕時計を見ると『さっき』ルカが死んだ時間だった」

テウタ「(落ち着いて、とにかくルカに連絡しなくちゃ…………!)」

SE:着信バイブ

N「着信を知らせる音。すぐに確認するとルカの名前が表示されていた」

テウタ「ルカ!?」

ルカ「もしもし?」

テウタ「生きてる!ルカ、生きてる………!」

ルカ「…………やっぱ本当だったのか」

テウタ「よかった…………ねえ、今どこにいるの?ちゃんと誰かと一緒にいる!?」

ルカ「あんたの名前を名乗った知らない人がそうしろって言ったから今はアダムと一緒にいるよ。警察署のはす向かい」

テウタ「すぐに行くから、待ってて!」

ルカ「…………分かった。待ってる」

N「電話を切ってすぐに駆け出す」

テウタ「(ルカ、生きてた…………助けられた!)」

 

=======数分後=====

ルカ「あ、来た来た」

N「走ってきた勢いそのままに、思い切りルカに抱き着いた」

ルカ「おいおい、どうしたんだよ。テウタ?」

テウタ「よかった…………よかった…………ルカが、死ななかった…………」

ルカ「…………あたし、死んだのか?」

テウタ「…………」

ルカ「まさかとは思うけど、あんたの前で死んだの?」

テウタ「そうだよ。私の目の前で、ルカが死んじゃった。死んじゃったの………だから、絶対助けなきゃって…………よかった、ルカ…………ほんとによかった…………!」

アダム「…………」

N「ルカの手が、テウタの背中を叩く。テウタは体を離して、ルカの手を強く握った」

テウタ「(さっき、私の手から滑り落ちてしまった手………でも今は、強く握り返してくれる」

ルカ「………正直、状況をはっきり理解できてるわけじゃないけど、悪かった………あんたに、ひどい思いをさせたみたいだ」

SE:着信音

テウタ「リンボからだ。はい、もしもし…………(まだ泣きそうになりながら)」

アダム「代わるよ、貸して。もしもし、テウタの携帯だ。ちょっと色々あって立て込んでるんだ。
用なら代わりに聞くよ。………うん、わかった。僕が送っていくよ」

テウタ「アダム、ごめん。ありがとう…リンボ、何だって………?」

アダム「リンボ達はカルメンの店に先に着いたって。ヒルダも合流したらしいよ。落ち着いたら僕達も
行こうか?送るからさ」

ルカ「あんた、仕事は?今も無理に出てきたんだろ?」

アダム「大丈夫。たまに無理を通せるくらいには売れてるからね」

ルカ「はいはい、そうでしたね」

テウタ「………ありがと」

=======ZEROHOUR======

ニュースキャスター「臨時ニュースです。ニューシーグアカデミアとイーライ製薬の共同研究室で、恐ろしい
殺人ウイルスの研究がされていました。研究室では、実験中の研究員3名が死亡。しかし、本当の死因は隠ぺい
されていました。警察は、余罪を追及しています。それでは、アカデミアのトロイ教諭のインタビューです」


トロイ「未来を作る、輝かしい才能を育てるためのこの学びの場で、このような恐ろしい事実が明らかになった
事は非常に遺憾です。共同研究室は即時解散し、イーライ製薬、アカデミア共に関係者は全員ニューシーグ警察の取り調べを受けることとなりました。当初、この共同研究室は大学院生が早くからインターンとして研究の場に立てること、そして若い才能に力を借りること、その両方を目指して始まったものです」

 

=====パライソガレージ外======


アダム「着いたよ」

ルカ「あー腹減ったなー!!なあ、今回はリンボ達が始めたころに付き合ったんだから、リンボ達の奢りだよなー?」

テウタ「あ、待ってよ、ルカ。アダムは寄っていかない?ちょっとだけでも!」

アダム「いや、そろそろ戻らないと。さすがに生放送を飛ばすわけにはいかないからね」

テウタ「そっか。人気者は辛いね。じゃあ、また…………」

アダム「ちょっと待って。正直、僕は状況を完全に理解できてるわけじゃないと思うけど、でもテウタのことは
理解してるつもりだよ。ルカの事、辛い経験だったね」

N「アダムの手が、テウタの頭を撫でる。その手は大きく、とても優しい。テウタはかすかに兄の事を思い出していた。兄が居た時も、いなくなってからも。アダムはいつもそばにいてくれた。叱ってくれたり、守ってくれたり」

アダム「いつでも君を助けてあげる、なんてことは出来ないけど、僕もルカもいつでも君の味方だから。それを忘れないで」

テウタ「…………うん、ありがと(泣きそうになりながら)」

アダム「お願い、泣かないで。君が泣いたら、置いていけないよ」

テウタ「うん、大丈夫…………泣いてない」

アダム「それじゃ、またね。仕事が終わったら電話させて」

テウタ「ありがとう、お仕事頑張って」


=======パライソガレージ店内======


リンボ「かんぱーい!」

ヘルベチカ「乾杯」

シュウ「乾杯ー」

モズ「乾杯」

スケアクロウ「かんぱーい!」

ヒルダ「乾杯」

ルカ「乾杯っ!」

テウタ「乾杯!」

カルメン「はーい、おまたせー♪」

リンボ「(匂いをかいで)おっ!なんかいいスパイスの香りがするな!」

カルメン「リンボったらいお目が高い………お鼻が高い?なのかしら?確かに鼻は高いわね。今日はコレ!
あの人気店のスペシャルカレーをお取り寄せヨ!」

シュウ「………この店、本当に他所(よそ)から取り寄せたメニューばっかりだな」

リンボ「(食べながら)これで万事解決、かな」

ルカ「(食べつつ)あとの捜査はうちらに任しとけ。徹底的に調べてやるからな」

シュウ「ヒルダ、あんたイーライ製薬には気をつけた方がいいぞ。相当恨まれてるだろうからな」

ヒルダ「大丈夫。もう怖いものなんてありませんよ」

N「ヒルダはシャンパンを飲み干し、空になったグラスを見つめていた。ヘルベチカがボトルを取り出し、
ヒルダのグラスに注ぐ」

ヘルベチカ「どうぞ。求めていた答えにたどり着いたにしては、ずいぶん暗い顔をしていますね」

ヒルダ「彼女の無念は晴らした。これでいい。僕がやるべきことは全部終わったんです。
彼女が居なくなってからは復讐しか頭になかった。やり遂げたら、何もなくなってしまいましたよ」

ヘルベチカ「それだけ強い愛情を持てたことは本当に幸せなことですよ」

ヒルダ「ええ、幸せでした」

ヘルベチカ「いいえ、まだまだ幸せになるべきですよ。人というのは誰かを愛したら、世界中でその人しか愛せないような気持ちになるものです。…………でも、大丈夫。人は、生きているかぎり誰かに出会う。人は変わる。
変われる。それは悪いことじゃない。今も誰かが列に並んで待ってますよ。君に出会うのをね」

ヒルダ「………いい言葉ですね」

ヘルベチカ「僕の良い言葉ストックの中でもかなり良い方のやつですから」

ヒルダ「ふふ…僕の中の大切な言葉のリストに追加しておきます。そういえば、1000年くらいかかりそうだといってたデータはどうなりました?」

スケアクロウ「(食べながら)ああ、あれね。アニマが頑張ってくれてるんだけどまだかかりそうなんだよな
(飲み込んで)あんたの言った通りハードウェアの方から進めてる」

ヒルダ「じゃあ、僕も手を貸しますよ。今回のお詫びとお礼も兼ねて」

スケアクロウ「マジで!?それは助かるよ!報酬は弾む!あ、でも危険なデータかもしれないんだった…………」

ヒルダ「危険なことには慣れてます。最新の注意を払いますよ」

スケアクロウ「そう?じゃあ、大丈夫かな」

シュウ「そういや、俺達の今回に取り分はどうなってんだ?ん?裏社会のボス?」

スケアクロウ「あー!そうだった、そうだった。皆さんお待ちかね、ご褒美の時間ですよー!」

N「スケアクロウは携帯を取り出して操作しはじめる」

テウタ「今回の報酬ってリンボとシュウがイーライ製薬から受けた仕事の?」

スケアクロウ「ノンノン、俺らは世のため人のため自分たちのため、もっと稼ぎますよー。
イーライ製薬の同業他社の株をうまーく分散して買っといたからその儲けと…イーライ製薬が例のウイルスを
売り出そうとして前払いで貰ってた金をちょちょっと拝借した分ってわけ。…………はい、みんなの口座に
分配しときましたよっと」

リンボ「お!結構良い金額じゃないの。あいつらどんだけ儲けようとしてやがったんだ?」

モズ「僕、特に何もしてないのにいいの?」

スケアクロウ「モズのは危険手当!」

シュウ「だったら俺らにも必要だろ危険手当」

スケアクロウ「えっ?ちゃんと込みこみで入れといたって」

リンボ「俺達は両手を縛られて、車と心中するところだったんだぞ?とりあえず、ここの勘定は
お前だからな」

スケアクロウ「え?マジで?まあ、このぐらいだったらまだ…………」

リンボ「おい、カル!メニューのここからここまで、全部持ってきて!」

スケアクロウ「ちょ、ちょちょ!ちょっとは遠慮とか、そういうのないの!?」

リンボ・シュウ「「ない」」

スケアクロウ「マジかよぉ…………」

リンボ「ああ、忘れるところだった、これこれ、お前に返しとくよ」

スケアクロウ「ん?ああ、俺が貸した銃か…………そうだよ!もしもの時のためにって貸したんだから
使えばよかったのに」

リンボ「ハッタリにでも使おうかと思ったけどそんな暇はなかったな。それに俺は銃反対派なんだよ」

スケアクロウ「ノンノンノン!この銃はただの銃じゃない。もうほとんど美術品といってもいい。コルト・
シングル・アクション・アーミー。通称SAAだ。またの名をピースメーカーといって西部開拓時代から愛されてきた………っておい!シュウ!」

N「シュウがスケアクロウの手から無造作に銃を奪い取る」

シュウ「ふうん…………まあ思ったより状態はいいな。でも銃は美術品じゃねえ。消耗品だ。こいつは
実践向きとは言えないな」

スケアクロウ「んなことないって!これ売ってくれた武器商人はジャムりにくいって言ってたし。しばらくはリンボに貸しとくからハッタリにでも使えよ」

リンボ「ふうん…………銃を携帯するなんて、気が進まないけどな」

スケアクロウ「わっ、おい!冗談でもこっち向けるなって!」

ルカ「あたしにもちょっとはご褒美くれてもいいんじゃないのー?こうしてあんた達の内緒話も聞かないフリしてあげてるわけだし。ほら、口止め料とか?」

リンボ「ニューシーグの州法で、事前に届け出を出してない公務員の副業は禁止されてるし、口止め料の要求は脅迫の罪に問われるぞ?」

ルカ「報酬とは言ってないだろ、お気持ちだよ、お気持ち!」

SE:着信音

ルカ「…………っと、仕事だ。署に戻らないと」

リンボ「ルカ、いろいろありがとな」

ルカ「あんたらを助けたわけじゃないからな。この悪徳弁護士(胡乱げな目で)
…………なあ、ちょっとだけいいか?外で(小声で)」

テウタ「うん?いいけど…………」

======パライソガレージ外======

N「ルカとテウタは外に出た。ルカは足元に視線を落としている」

テウタ「(私も、ちゃんとはなしをしなきゃ………でも何から聞こう?)」

ルカ「異動の事、話してなくてごめん」

N「ルカが話し始めた。その目は真っ直ぐテウタを見つめている」

ルカ「アタシが捜査で不正やったって噂、聞いたか?」

テウタ「『やったらしい』ってことだけ…………」

ルカ「やったんだ、実際に。でも自分のためじゃない」

N「ルカはまた視線を落とし、地面を見つめている。何を聞くべきか、続きを待つべきか、言葉が思いつかない」

ルカ「詳しいころは言えないけど、その…あの事件の被害者を守りたかったんだ。昔の事件の再捜査で、証拠が
足りないとか伝聞証拠だとか言われて、全然取り合ってもらえなくて。…………性犯罪なんだ。あの子は被害者なのに、なんで事件を解決するためにあの子がつらい思いをしなきゃいけないのかって…………それに、事件は解決なんてしないんだ……あの子は、クソみたいな犯人が刑務所に入ろうが入るまいが、ずっと事件のことを忘れない。忘れられないんだ」

テウタ「ルカ…………」

ルカ「悪い、事件の事だから詳しいこと言えなくて。これじゃ、全然意味分からないよな。
とにかくあたしは、被害者が少しでも救われるように他の部署の人間や連邦検事、保安官、使えるコネは全部使って優遇してもらった。…………だから、不正はやった。でもあたしは、自分が間違ってるとは思ってない。あんたには、あたしのことを信じてほしい」

N「ルカに目には強さがあった。先ほど話を切り出すまでの不安そうな表情は消えていた」

テウタ「覚えてる?あのスパイ映画。ルカがすごく気に入ったセリフがあったでしょ?」

ルカ「ああ、覚えてるよ。『良心を失った正義はいつか滅ぶ』だろ?」

テウタ「そう。ルカはその良心で、正義を守った。私は、そう思うよ」

ルカ「…………ありがと。じゃあ、これで仲直り、だよな?」

テウタ「そうね、仲直り。私も嫌な言い方したし、ルカが心配してくれるの分かってるはずなのに、連絡しなかった。ごめんね」

ルカ「あたしもごめん。それと………あの映画、黙って初めて観るふりしてごめん。あんたと、観たかったんだよ」
N「子どものころと同じように、拳と拳をぶつけ合う。ルカの笑顔も、昔と変わらない。」

テウタ「(仲直りできてよかった…………)」

=======パライソガレージ店内======

テウタ「(はあ、なんか本当に色んなことがあったし、頭の中がすごく疲れた気がする………
でも、ヘルベチカが言った通り、結局はなんとかなっちゃった)」

リンボ「カル!これ美味かったからお代わりよろしくね!」

カルメン「はいはーい!」

リンボ「うーん…………」

シュウ「どうした?腹がいっぱいになったなら早めに言えよ。お前が頼んだやつは、責任もって食ってもらうからな」

リンボ「腹はまだ6分目くらいなんだけどよ、なーんか忘れてる気がするんだよな」

ヘルベチカ「何かって、仕事ですか?」

リンボ「いや、ぜんっぜん思い出せない」

モズ「大事な事なら、その時が来たら思い出すよ」

リンボ「そうだな!なんとかなるなる!」

=====スケアクロウ邸 プールサイドベッド=====

テウタ「(クロちゃんの奢りだからってちょっと食べ過ぎちゃった………動けない…………)」

ヘルベチカ「この家に来てから少し太ったんじゃないですか?」

N「ベッドで横になっているとヘルベチカが話しかけながら横に座ってきた」

テウタ「…………否めない」

ヘルベチカ「まあ、女性はふっくらしてる方が触り心地がいいんで、僕は推奨しますけど」

テウタ「………ヘルベチカってすぐそういうこと言う。よくそれで女の子に嫌われないね?」

ヘルベチカ「だって女の子には言いませんから」

テウタ「私も女なんですけど」

ヘルベチカ「へえ、時々忘れるんで、たまにリマインドしてください」

テウタ「…………」

ヘルベチカ「ふふ」

テウタ「ヘルベチカってさ、すごいモテるみたいだけど、それってモテたいからそうしてるの?」

ヘルベチカ「別に、意識したことないですね。たまたま、僕の事を好きな人が普通よりも多いってだけで」

テウタ「(モテるのは本当だからなんとも返せない…………)」

ヘルベチカ「別に僕は女の子に好かれたいわけでも、女の子とのことを必要以上に好きなわけでもないですよ。
人は見た目で判断される、前にそう言いましたよね?大抵の場合、女性が多い。理不尽だとは思いますけど、そういうものです。だからこそ、自分の望む容姿を手に入れようとする女性が多い。僕は、そういう姿が美しいと思うんですよ」

N「横にいるヘルベチカを観ると、その横顔は息を飲むほど美しかった」

テウタ「(ほんとに美人だから腹立つんだよなあ…………)」

ヘルベチカ「人は変われる。中も外も。僕はそう思います」

テウタ「…………」

N「ふとヘルベチカと目が合う。思ったより近い距離に並んでいたのだと気づいて気恥ずかしくなる。
慌てて目をそらしてしまったが、そっと視線を戻すとヘルベチカがまっすぐとテウタを見ていた」

ヘルベチカ「…………いま、僕に恋しちゃいました?」

テウタ「し、してません!」

ヘルベチカ「僕、分かるんですよ。女の子が僕の事好きって思った瞬間」

テウタ「思ってないってば!もう!」

ヘルベチカ「ふふっ…………」

テウタ「でも…………」

ヘルベチカ「でも?」

テウタ「さっき、カルメンさんの店で聞いた話はちょっとだけぐっときたかも。『人はいきてるかぎり誰かに出会う』ってやつ」

ヘルベチカ「僕と出会いたい人の列は長いですよ。君も並びますか?」

テウタ「そうね、考えとく」


=======リビング====

スケアクロウ「こら待て!逃げんなこのニャンコロ!」

SE:猫の鳴き声

テウタ「クロちゃん?…………その顔どうしたの?」

スケアクロウ「犯人はそいつだ!そのニャンコロ!」

N「猫はささっとシュウの肩に飛び乗った」

シュウ「あ?どうした?」

テウタ「クロちゃんが猫ちゃんをいじめてるの」

スケアクロウ「逆だろ?逆!!」

モズ「あ、こっちにいたの。おいで」

SE:鳴き声

モズ「スケアクロウが用意したご飯を食べずに残したんだよ(猫を肩に乗せながら)」

スケアクロウ「俺がせっかく用意してやったのに!口コミ第一位の超高級フードだったんだぞ!」

モズ「スケアクロウ、猫だって悪気があるわけじゃない。それは総合栄養食に近い成分が含まれてるし、塩分も多い。この子、この前それを食べてお腹を壊したんだ。だから嫌がったんだよ。分かってあげて」

スケアクロウ「…………わ、分かったよ」

リンボ「お?みんな揃って何やってるんだ?」

シュウ「クロと猫の喧嘩の仲裁」

スケアクロウ「別に喧嘩じゃねえし」

N「スケアクロウは引っかかれた頬をさする」

リンボ「そういや、そいつ名前決まったのか?」

テウタ「あ!そうだった!猫ちゃんの名前決めなくちゃ」

モズ「どうやって決めることにしたの?」

テウタ「うーん、やっぱり猫ちゃんに決めてもらおうかな…」

ヘルベチカ「猫に聞くんですか?どの名前がいいかって?」

テウタ「そう、やってみようかなって」

シュウ「なんだそりゃ」

N「モズが猫を下ろすと猫は首をかしげてテウタを見つめていた」

テウタ「いい?私が今から色んな名前で呼ぶからね?自分の名前だって思ったら、返事してね」

SE:鳴き声

テウタ「ほら、ちゃんと伝わってるじゃない」

シュウ「どうだかな」

テウタ「マックス!」

リンボ「…………」

テウタ「猫!」

シュウ「…………」

テウタ「ジンジャー?」

スケアクロウ「…………」

テウタ「うーん、違うのか…………」

N「猫は真ん丸な目でテウタをじっと見つめているが一向に返事をしない」

ヘルベチカ「テウタ、こっちおいで」

テウタ「うん?」

ヘルベチカ「君の事は呼んでませんよ。猫の名前です」

テウタ「ちょっと!私の名前を使うのはなしって言ったでしょ?」

モズ「アナ」

SE:鳴き声

テウタ「あ!」

N「モズが『アナ』と呼ぶと猫はモズのもとへ駆け寄った」

モズ「君の名前は、アナ?」

SE:鳴き声

テウタ「すごい!返事してる!」

モズ「アナ、でいいんだね?」


SE:鳴き声

リンボ「これは決まりだな」

スケアクロウ「アナってどういう意味の名前なんだ?」

テウタ「『追想』っていう映画の『アナスタシア』役の女優さんにこの猫ちゃんがよく似てるんだって」

リンボ「この猫が、イングリット・バーグマンに?」

テウタ「リンボ知ってるの?」

リンボ「そりゃ有名な映画だから知ってるけど…………人の顔と猫の顔を似てるって思ったことないな」

シュウ「まあ本人が気に入ってんだったらいいんじゃねえの?」

モズ「名前が決まって良かったね、アナ」

 

=======ヒルダ自宅にて======

ヒルダ「これは…………名簿?この名前…………いったい何のデータだ…………?どうしてこんな人達が…………
一旦スケアクロウに…………」

SE:足音

ヒルダ「誰だっ!?」


SE:銃声

???「今死んでも、明日死んでも、あなたのことを、ずっと思ってる…………」

 

 

BUSTAFELLOWS⓶

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#2

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♀ ルカ
♀イリーナ

ヴァレリー
♂アダム
不問N
不問アニマ
不問イーディ
♂ 男
♂サウリ
不問 アレックス
カルメン
♂ぺぺ
♀イーディの母
♂殺し屋
不問 守衛
♀ モーガン
♂ 客
♂ロスコー
???(フルサークルの投稿/モズ)
♂ ヴォンダ


★画像つきですっきり解説登場人物一覧


★ATTENTION
※この作品は、switch版ソフトBUSTAFELLOWSの書き起こし台本です。
あくまでも個人で楽しむために作ったものなので配布や表での上演は
ご遠慮ください。適宜一人称等変えてもらっても構いません。

【第2章】

アダム「人は過ちを繰り返す。何度も、何度も繰り返す。どんな過ちにも、必ず理由があるから。
その過ちは決して消えることはない。たとえやり直すチャンスが与えられたとしても。
そうやって人は、色んなものを背負って生きていく。ひとりでは背負いきれないほどの重荷を」

N「テウタが目を開くと、そこには見慣れない景色があった」

テウタ「ふぁ………(欠伸をしながら)」

N「物凄く寝心地の良いベッドだったのだ。横に3回転がっても落ちないくらいに広い」

テウタ「…………」

N「頭が冴えてくると、昨日の夜のことが鮮明に蘇る。テウタの住んでいたアパートは見事に崩壊し、
住む家を失った。そして『フィクサー』だというリンボ達と当面はひとつ屋根の下で生活することになったのだ。部屋は広い。専用のバスルームもある。テウタはスケアクロウに借りたルームウェアを着替え、身支度を整えた」

=====スケアクロウ邸宅 リビング=====

モズ「おはよう」

テウタ「お、おはよう…」

N「モズがじっとテウタの顔を見た。ほんの少しだけ視点は上の方だ」

モズ「よく眠れたみたいだね」

ヘルベチカ「ふふっ…………」

N「ヘルベチカもテウタの顔をじっと見て面白そうに笑った」

テウタ「…………?」

ヘルベチカ「君の前髪、なんかこう、意思を持ってるみたいですね」

テウタ「意思…………?」

N「前髪に手を伸ばすと、思い切りはねていた。手ぐしで何度伸ばしても直らず、それを見たヘルベチカは
声を押し殺して笑っている」

テウタ「(恥ずかしい………)」

シュウ「朝飯とか、キッチンのもの適当に食っていいからな」

スケアクロウ「ちょっとちょっとちょっと!家主は俺!許可するのは俺の役目だっつの!」

モズ「朝ごはん、何か希望ある?」

テウタ「え?あの、自分で……」

モズ「5人分も6人分も手間は変わらない。で?コーヒーとホットサンドでいい?」

テウタ「……ありがとう」

テウタ「(なんだか至れり尽くせり……)」

N「モズはキッチンに立って手際よく調理している」

スケアクロウ「よく眠れた?部屋、どうだった?」

テウタ「ありがとう。なんだかものすごい高級ホテルに泊まった気分だったよ。……まあ、そんな高級なところに泊まったことないけど」

スケアクロウ「だろー?あの部屋は窓からの景色もいいし、俺の中でもとっておきなんだ」

テウタ「そんな部屋を借りちゃっていいの?」

ヘルベチカ「スケアクロウにそんな遠慮することないですよ」

スケアクロウ「お前が言うなっつの」

テウタ「ありがとうスケアクロウ。…ところで、スケアクロウって本名なの?」

スケアクロウ「俺は裏社会のボスだぞ?そう簡単に本名を晒すわけにはいかない」

シュウ「クロでいいよ、クロで」

スケアクロウ「略すなって」

テウタ「(そういえばリンボはクロちゃんって呼んでたっけ?)」

テウタ「………じゃあ、クロちゃん?」

スケアクロウ「えっ……あ、うん、まあ、その、なんだ、いいとしよう」

ヘルベチカ「まんざらでもなさそうですね」

N「モズが慣れた手つきでコーヒーとホットサンドを用意してくれた。美味しそうな匂いに食欲がそそられる」

モズ「どうぞ」

テウタ「ありがとう!すごく美味しそう。モズは料理得意なの?なんかこう、手つきがプロっぽい」

モズ「切ったり混ぜたり詰めたり、作業自体は解剖とあまり変わらない。だからプロっぽいっていうのも半分くらいは正しいかな」

テウタ「そ、そっか……解剖と変わらない、か……」

N「ホットサンドを一口齧る」

テウタ「ん!美味しい!!」

モズ「そう、良かった」

(ピピ、という警告音)

スケアクロウ「ちょっとちょっと誰だー?スケアクロウ様の邸宅に入り込もうって輩はー?」

N「スケアクロウがモニターの前に駆けていきキーボードで素早く何かを打ち込む。打ち込む速さもだが、
画面に表示されている文字列が流れるスピードも速くテウタには何が何だか分からない」

スケアクロウ「さーて、誰だ?どこにいる?」

N「モニターに映ったのはリンボだった」

テウタ「ちょ、ちょっと!銃!銃が映ってる!」

N「運転席に座るリンボのこめかみには銃口が向けられているようにみえる。スケアクロウはなぜかリンボが映っていたモニターを切ってしまった」

テウタ「ちょ、ちょっと何してるの!なんで切っちゃうの!?」

スケアクロウ「いや……み、見間違いかなって…」

モズ「そんなわけないでしょ。アニマ、モニター戻して」

N「モズが冷静にアニマに命ずる」

アニマ「モニター、ゲート前の映像を表示します」

N「再びモニターに映し出されたリンボ。間違いなく運転席に座った彼に銃口が向けられている」

リンボ「おーいクロちゃん、ゲート開けてくれ」

N「思ったよりもリンボの声は落ち着いていた。とても銃口を向けられているとは思えないほどだ」

スケアクロウ「いやいやいや、これ開けちゃダメなパターンでしょ。どう考えてもダメでしょこれは」

スケアクロウ「俺の家は最高のセキュリティを備えている。登録していない人間が敷地内に入ればわかるようになってるんだ。お前が何者か、すぐに検索してやるからな!」

リンボ「……いいから早く開けてくれ」

====リンボの車内にて=====


リンボ「姉さん、それ、下ろしてくれって」

ヴァレリー「あら、もういい?」

リンボ「いくら弾入ってないって言ったって、冗談にもほどがあるだろ。中の奴ら、ビビってるよ」

ヴァレリー「まったく、肝っ玉の小さい子たちねえ」

(カチャリ)

ヴァレリー「………あら」

リンボ「……おいおい、弾入ってたのかよ!誰だよ、姉さんに銃を持たせたのは」

ヴァレリー憲法修正第2条よ」

リンボ「ったく、手違いで殺されるなんてごめんだよ……」

====スケアクロウ邸宅玄関にて====


テウタ「リンボ!大丈夫!?」

リンボ「ただいま(ぐったりした様子で)」

N「リンボと一緒にやってきたのは紫のスーツを着た迫力のある美人だった。圧倒するオーラがある。
どこかで見覚えがあった」

テウタ「あ!ヴァレリーフィッツジェラルド!」

ヴァレリー「あ?」

テウタ「さ、さん!ヴァレリーフィッツジェラルドさん、ですよね」

ヴァレリー「そうよ。あたしを知ってるの?」

テウタ「も、もちろんです。『ロー・ジャーナル』で読みました!今一番勢いのある法律家だって」

リンボ「まあ、勢いって表現だけで言うなら間違っちゃいないけど。俺の姉貴のヴァレリーだ。
ご存じの通り地方検事補をやってる」

ヴァレリーヴァレリーよ、よろしくね」

テウタ「あの、私、テウタと言います!フリーのライターで……」

ヴァレリー「知ってる。あんたがうちの弟の命を助けたんだって?」

テウタ「助けたというか……いや、まあ、助けたんですけど……」

ヴァレリー「どっち!?」

テウタ「た、助けました!」

ヴァレリー「……ありがとね(ニッと笑いながら)」

テウタ「(そういえばリンボとヴァレリーさんは姉弟だった…)」

ヴァレリー「で?いつまで廊下で話させるの?」

テウタ「あ、えっと、ど、どうぞ!」

=====リビングにて=====

スケアクロウ「なんだよ、ヴァレリーか。脅かすなよ、マジで事件か何かだと…」

ヴァレリー「ああっ!?」

スケアクロウ「すみませんヴァレリー姉様ちょっと馴れ馴れしかったです」

N「ヴァレリーはどかっとソファに座る」

ヘルベチカ「どうも、ヴァレリーさん。今日はどのようなご用で?」

ヴァレリー「ちょっと話があったから、事務所まで迎えに来てもらったのよ。あ、そうだ。こっちは
忘れないうちに………」

N「ヴァレリーはカバンから資料の束を取り出してテーブルに放り投げた」

ヴァレリー「リンボ、あんたさあ、この案件、担当してくんない?いい弁護士紹介してくれって頼まれたのよ。やばめの案件で。『うん分かったよ姉さん』、そう、ありがとう」

リンボ「あのなあ、俺は姉さんのアシスタントでも部下でもないんだから」

ヴァレリー「あたしにだって付き合いってもんがあんの!弁護士と検察、持ちつ持たれつでしょ?」

リンボ「んなわけないだろ、正義はどこいった!?」

ヴァレリー「もう断れないの!ちょちょっと取引しちゃったから!」

リンボ「断る!」

ヴァレリー「あんたまだ分かってないの?あんたに『NO』の選択肢は生まれてから一度もないし、これからもないの」

ヴァレリー「大体ね、あんたがガキの頃夜眠れなくてピーピー泣いてるときに寝かしつけてやったのは誰!?
言ってごらんなさい?」

リンボ「姉さんは熱出して唸ってる俺の顔に枕押し当てて殺しかけただけだろ!」

ヴァレリー「はいはい、んじゃよろしくね。大好きよ、可愛い弟」

N「リンボは渋々資料を取りパラパラとめくった」

テウタ「リンボってお姉さんには頭があがらないんだね」

ヴァレリー「それはともかく、本題ね。あんたが前に面倒見てた子ども、車の窃盗容疑で捕まったのよ」

リンボ「子ども?ああ、イーディか?…ったく、あいつこの前もなんかやってただろ?」


ヴァレリー「今までのは全部軽犯罪だったけど、今回はさすがに目に余るってことで少年院に送るかってところ」

リンボ「目に余るって、車の窃盗が?」

ヴァレリー「ブツの乗った車だったのよ。運び屋にまでなったなら、もう見逃すわけにはいかないってね。
あんた、話しつけに行きたいかと思ってちょっと待たせてる」

リンボ「そうか、助かった。んじゃ俺、警察署行ってくるわ」

モズ「朝ごはん、あるけど持ってく?」

N「モズが紙袋を取り出した」

リンボ「おお、サンキュ!じゃあ…」

ヴァレリー「ちょっとちょっと、姉さんを置いてくんじゃないわよ」

リンボ「姉さんが勝手についてきたんだろうが」

ヴァレリー「裁判所まで乗せてってよ。あ、あとその前にネイルに寄ってクリーニング引き取るでしょ。
それから…」

リンボ「俺はタクシーじゃねえっつの。警察署で手続き待たせてんだろ?だから車なら…ヘルベチカ、お前頼む。どうせ出るだろ?」

ヘルベチカ「いいですよ、綺麗なお嬢さんの乗り合いはいつでも歓迎…」

ヴァレリー「…今あたしのこと、お嬢さんって言った?」

ヘルベチカ「……お姉様、と」

ヴァレリー「んー、それならいいわ」

モズ「僕も検死局に行きたいんだけど乗せてくれる?」

テウタ「あ、リンボ!私警察署行く!ルカに用あるし!」

モズ「スケアクロウ。君の分の朝食はキッチンにあるし余った食材で昼食も作っておいた。
冷蔵庫の中にある」

スケアクロウ「お!サンキュ!」

テウタ「モズ、なんかすごいね。お母さんみたい」

モズ「どこが?生物学的に言って僕に母性が芽生える要因はどこにもないけど」

テウタ「だってほら、朝からみんなのご飯の用意して、お留守番のクロちゃんのお昼まで作ってあるなんて」

モズ「検死局のウサギたちに餌を用意するのと大して変わらない」

テウタ「…………」

テウタ「(ウサギと同じか……)」

(以下5人の台詞被るように)

リンボ「んじゃ行ってきます」

シュウ「うーっす」

ヘルベチカ「行ってきます」

モズ「行ってきます」

テウタ「行ってきまーす」


ヴァレリー「また来るわね」

スケアクロウ「えっ?あ、い、行ってらっしゃい」

スケアクロウ「行ってらっしゃい……行ってらっしゃい、か……うん、なんかいいな…」

スケアクロウ「……あー、そうね、そうだよね。みんな仕事あるしね…いや、俺も仕事あるし!ここで仕事あるし!な!アニマ!」

アニマ「本日のスケジュール、0件 です」


======ニューシーグ警察所前====

N「朝のニューシーグ警察署。平和そうに見えるこの街も毎日どこかで事件が起こる。こんな爽やかな朝も、
パトカーがサイレンを鳴らして走っていく」

テウタ「ヴァレリーさんが言ってた『イーディ』って人はリンボの知り合いなの?」

リンボ「知り合いっつーか、何かと問題起こしてばっかりの悪ガキで、俺が世話焼いてるんだ」

シュウ「お前好きだよなあ、そういうお節介」

リンボ「たまには良いことしとかないと、死んだとき天国行けないぞ?」

シュウ「無神論者なんでお構いなく」

N「シュウは車に寄りかかって煙草を取り出した」

テウタ「シュウは中入らないの?」

シュウ「中、禁煙だろ?やめとく」

テウタ「ここ、禁煙エリアだから気を付けたほうがいいよ。確か喫煙所はその先にあったと思うけど」

シュウ「そりゃどーも」

リンボ「いや、そこは煙草止めるように勧めるところだろ?」

テウタ「あ、そっか。煙草止めたほうが、健康のためだよ?」

シュウ「はいはい、どーも」

N「そう言いながらシュウはさっそく煙草に火をつけた」


=====ニューシーグ警察署内======


N「ニューシーグ警察の建物は古く、昔の刑事ドラマに出てくるようなオフィスだ。手錠を掛けられた人間が座っている隣で鳴りやまない電話の音。伝統的な建物で文化財としての価値を守るために改修はしないとか」

テウタ「(私の住んでたアパートなんかより、この建物こそ耐震強度に問題ありそうじゃない)」

ルカ「よお、テウタ!……ちっ、リンボも一緒か」

リンボ「よお、ルカおはよう。今俺の名前の前になんかついてなかった?」

ルカ「ちょっと名前を強調しておいただけだよ。もしかして、イーディの件、ヴァレリーさんが言ってた身元引き受け人の弁護士ってお前のことか?」

リンボ「その通り。ヤバい車を盗ったってきいたけど?」

ルカ「ヤバいも何も、ロスコーの積み荷が乗ってたんだよ。大量のドラッグだ」

テウタ「ロスコーって、あのギャングの?…あ、ごめん勝手に会話に入っちゃった…」

N「ロスコーといえば記者なら誰でも知っているくらい有名なギャングだ。知っているというより、恐れられているという表現の方が正しいかもしれない」

ルカ「そうそう、こいつ。見るからに悪そうだろ?」

N「ルカが見せた写真は逮捕された時のマグショットのせいか、ふてぶてしい表情がなんとも悪者の空気を助長している」

ルカ「イーディは取引のドラッグを積んだ車に手をつけちまったんだ。…で、あたしも疑いたくはないんだけど、イーディは盗んだんじゃなくてロスコーのとこで運び屋やってんじゃないかって話になってさ」

リンボ「そんなことあるわけないだろ」

ルカ「あたしだってイーディの事は前から知ってる。手癖は悪いけどバカじゃあない。でも状況だけ見れば運び屋って疑われてもおかしくないんだよ。それにあの子は軽犯罪とはいえ前科があるだろ。ひとつひとつは小さいけど犯罪ってことに変わりはない。イーディだけ違うとは言えないんだ」

リンボ「でも決定的証拠はないんだろ?」

ルカ「そ。だからまだここにいる。本人も知らないって言ってるし、あたしも状況証拠だけで決めつけるわけにはいかない」

リンボ「なるほどね…んじゃ一つ相談なんだけど、決定的証拠が出るまで俺がイーディを預かる。どうだ?
もちろん、捜査にも全面協力させるし俺達も絶対に目を離さない」

ルカ「はあ……こういう時だけは、あんたがマシな奴に思えるよ。ありがとな」

リンボ「マシってなんだよ、マシって」

ルカ「じゃあ、いくつか書類用意するから、あっちで待っててくれ。イーディもすぐ連れてくるよ」

N「ルカは小走りでオフィスの奥へと消えた」

テウタ「よかったね」

リンボ「どうだかな。話はこれからだ。それにあのガキ、ほんっと生意気なんだよ。あれか、イヤイヤ期ってやつか?」

テウタ「イヤイヤ期って、それは赤ちゃんの話でしょ」

N「廊下の奥から警察官が少年を連れてやってきた。むすっと膨れた顔で口を尖らせている。リンボの顔を見つけると途端に顔を背けた」

イーディ「ちっ……」

リンボ「自分で蒔いた種とはいえ大変だったな、イーディ。とりあえず家まで送るよ」

イーディ「頼んでねえって!」

リンボ「頼まれてなくても手を貸すのが友達だろ?」

イーディ「……」

リンボ「弁護士としてひとつ確認しておくけど、お前ロスコーと組んでるのか?」

イーディ「ロスコーなんて知らねえよ」

リンボ「ならいいんだ。ああ、そうそう、イーディ、こちらテウタ。俺の友達。テウタ、こちらイーディ。俺の友達」

テウタ「よろしくね」

イーディ「ふん……」

リンボ「イーディ、挨拶は?」

イーディ「…………イーディ」

N「ぶっきらぼうにそう言うとテウタが差し出した手をそっと握った。反発はしているけれどリンボの言うことは聞いているし二人の距離は近く感じる。兄弟のようなものだろうか」

リンボ「……まあいい、こっち来い。お前にもいくつか書類を確認してもらう」

N「リンボはベンチに腰掛けて手慣れた様子で書類にサインしていく」

ルカ「ふうん…………」

テウタ「あ、ルカ。手続きとか終わり?…………なに、どうしたの?」

N「ルカはにやにやとテウタを見ている」

テウタ「(この顔は私をからかおうとしてる時の顔だ)」

ルカ「あいつ、あんたの弁護士なんだよね?」

テウタ「そうだよ?」

ルカ「アパートのこと相談してるんだよね?なんで全然関係ないイーディのことで一緒に警察署に来るわけ?」

テウタ「それはたまたま…………その…」

ルカ「家を手配してくれたのもリンボだっけ?(からかう口調の後はっとしながら)………ちょっと待って、まさかリンボの家!?」

テウタ「ちょっと待って!えっと、確かにリンボは同じ家にいるけどそれは……」

ルカ「え!?ちょっと!あたし冗談で言ったのに!?」

テウタ「いい?家のことをちゃんと説明しようと思ってきたんだからちゃんと説明させてってば」

ルカ「わ、分かった。でも待って、リンボとそういう仲なのかどうかだけ先に教えてよ」

テウタ「そういう仲じゃありません」

ルカ「はあ……よし、分かった。んじゃ説明聞こうか」

テウタ「えっと、リンボには取材をさせてほしいって相談をしている流れで引っ越しの件で法律相談に乗ってくれるってことになったの。で、契約書とか見てもらってるところで、アパートが崩れちゃって……それでね、リンボの友達の家がものすごく大きくてゲストルームも沢山あるから、しばらくひと部屋貸してもらえることになったってわけ」

ルカ「…………」

テウタ「以上、です……」

ルカ「その友達って男だろ?心配だな。あんた自分が女だって自覚、時々失くしてるの気付いてる?男は狼なの、分かる?」

テウタ「シェアハウスなら男の人がいるのは別に珍しくは…」

ルカ「今度その友達とやらに会わせて。いいよね?」

テウタ「いいけど……でもちょっと心配しすぎじゃ」

ルカ「(有無を言わさない雰囲気で)あたしが、その友達とやらに、会う。分かった?」

テウタ「………はい」

ルカ「よろしい。ところであのリンボを雇ったってことはあの大家さんを訴えることにしたの?」

テウタ「いや、あの人を訴えるつもりはないよ。私が一人暮らしを始めた時からずっとお世話になってるし、本当に良い人だもん」

ルカ「そんなん遠慮してたら世の中渡っていけないよー?慰謝料でもなんでも、貰えるもんは貰っとかないと」


リンボ「おい、そろそろ出られるか?」

ルカ「お、手続き終わったみたいだな。んじゃまた…あんたは今日も取材で来るんだっけ?あたしは外に出てる時間かもな」

テウタ「そっか、ルカもお仕事頑張って」


====ニューシーグ警察署前====

シュウ「よう、早かったな」

イーディ「…………」

シュウ「コンニチハ。前にも会ったことあるだろ?」

イーディ「お、おう………」

N「イーディはシュウに少し気圧されているようにみえる」

シュウ「そのガキ、どうするんだ?」

リンボ「とりあえず家に送ってくか。それでいいだろ、イーディ?」

イーディ「家くらいひとりで帰れる」

男「お前がイーディか?」

イーディ「あ?なんだよ」

N「男はイーディが持っていたバッグを奪おうとした」

テウタ「ちょ、ちょっと!」

シュウ「おっと」

テウタ「(え…えっ!?)」

N「目の前の光景に理解が追い付かない。シュウはいつの間にか男のこめかみに銃をつきつけていた」

シュウ「警察署の前で強盗か?大胆な奴だな。この感触、分かるか?引き金を引いたら…バン!」

男「ひいっ!」

テウタ「はあ……」

N「シュウは脅しただけで、引き金を引く気はなかったようだ。男は一目散に逃げだしていった。
ほっとして大きく溜息が漏れる。目が合うとシュウはニヤリと笑った」


シュウ「ばーか、こんなところで殺したりするわけないだろ」

リンボ「物騒な奴だなおい。狙いはイーディか、あるいはイーディの所持品ってとこか?なあ、イーディ。
本当に心当たりないのか?」

イーディ「知らねーって言ってんだろ」

シュウ「今の男はお前がイーディか確認してたろ?なら狙われてるのは確かだ」

シュウ「…………理由がわかるまでは家に帰らない方がいいだろうな」

リンボ「ああ、家族も迎えに行ったほうがよさそうだ」

イーディ「…………」

シュウ「お礼は?」

イーディ「…………あ、ありがとう…」

シュウ「リンボには?」

イーディ「…………」

N「リンボは苦笑しながら拳を突き出した。イーディは息を吐いて慣れた様子でそのリンボの拳に自分の拳を当てた」

シュウ「お前はどうするんだ?仕事あんだろ?」

テウタ「まだ時間も早いし、私もついて行っていい?」

リンボ「んじゃ、みんなでブラックホークに行くとするか」

イーディ「…………」

N「シュウとリンボが車に向かった後イーディは険しい顔でテウタのことを睨んでいた」

テウタ「えっと……私、行かない方がいい?」

イーディ「ブラックホークはあんたみたいなお嬢さんが行くところじゃないよ」

テウタ「お、お嬢さんって…前にも行ったことあるわよ。どんな場所化はわかってる」

イーディ「どんな場所だよ」

テウタ「(そういわれるとちょっと言いづらいけど…)」

N「ブラックホークはニューシーグの南東部で、他の州や国から移り住んできた人が多いエリアだ。ギャングも多くて治安も悪い」

イーディ「答えらんねーのか?」

テウタ「そ、そうじゃないけど…」

イーディ「…………」

テウタ「あ、待って!イーディ!」

テウタ「…………」

テウタ「(なんか、嫌な印象与えちゃったかな………)」


======ブラックホーク=======

N「ブラックホークは人通りも多く、騒々しかった。低いビルがくっつき合うように立ち並んでいる。
治安が悪い、ギャングの溜まり場だ、そんな風に言われているエリアだ。テウタが幼いころもこのエリアには近づかない方が良いと聞いていたためイーディがここに住んでいると聞くと複雑な気持ちになる」


イーディ「…………こんな場所に住んでて可哀そうだなって思ってんのか?」

テウタ「別に、そんな風には思ってないよ」

イーディ「…………どうだか」

テウタ「…………」

N「ブラックホークは治安が悪いのは事実だし、ギャングがいることも事実だ。だからと言って、
可哀想な場所だとは思っていないし、イーディのことを可哀想だと思っているわけでもない。だが
テウタが生活している場所とはどこか違う。そんな無意識の区別はここに住むイーディにとっては
気分のいいものではないだろう」

テウタ「(どうやったらイーディにちゃんと説明できるんだろう…)」

N「たどり着いたのは細い路地。その先に古いアパートが見えた。その前に座り込んでいる何人かは
こちら側を睨んでいた」

イーディ「ここで待ってて。母さんと弟、呼んでくるから」

リンボ「俺も一緒に行くよ。お母さんに説明したほうがいいだろ」

イーディ「お前らみたいなスーツの余所者が中に入ったら他の奴らにどう見られるかわかんねえだろ。
こっから先は入ってくんな」

シュウ「はいはい、早いとこ頼むよ」

N「イーディがアパートに向かって駆けだした後辺りを見渡す。周囲の人間たちはテウタたちのことを
訝し気に見ている。見ている、というよりも睨んでいるというほうが正しいだろうか」

テウタ「(余所者ってことか…私が彼らを見ている目は彼らにはどう見えるんだろう)」


=======ニューシーグ警察署内======


テウタ「チェスの駒、WNf3、BNc6…どういう意味なんだろう?ナイトの駒…黒…ブラックのナイト?
じゃあWNはホワイトのナイト…だとしたらF3は…」

N「テウタは再び警察署内に戻ってきていた。今度は、イリーナの取材だ。
警察官に促され、以前と同じ部屋へと歩み寄る」


イリーナ「こんにちは」

テウタ「こんにちは。あの、今日は会ってくれてありがとう。この前の話の続きを聞きたくて…」

イリーナ「そうだろうと思った。あなた、すごく好奇心が旺盛なタイプでしょう?そうだと思ったから、宿題を渡しておいたのよ。気になってまた会いに来ると思って」

テウタ「この暗号のこと?意味はまだ分からないんだけど…黒のナイトの駒、つまりBNがブラックのナイトだとするとWNはホワイトのナイト…でもf3とc6が分からない」

イリーナ「あなた…チェスはやらないの?」

テウタ「ルールを教えてもらったことはあるけど、ちゃんとプレイしたことはないなあ」

イリーナ「そう、じゃあ分からないでしょうね。ホワイトのナイトをFの3へ、ブラックのナイトをCの6へ。チェスの定石よ。『ルイ・ロペス』っていうの」

テウタ「ルイ・ロペス…」

N「その名前をメモする。チェスの定石。聞きなれない言葉だった」

テウタ「それで、そのルイ・ロペスは何か関係あるの?」

イリーナ「言ったでしょう?秘密でつながったネットワーク。その名前よ」

テウタ「秘密の組織の名前ってことね。それで、いったい何をする組織なの?」

イリーナ「さ、知らない」

テウタ「知らないって…あなた、メンバーだったんでしょ?」

イリーナ「不法移民って、どんなだか分かる?」

テウタ「え?ちょっと待って、組織の話は?」

イリーナ「面会時間ってあんまり長くないのよ。プロローグから順に話している暇はないわ」

テウタ「不法移民って…海外から密入国してくる人達のことでしょ?人身売買の被害者も多いのが問題だって…」

イリーナ「そう…他所の国から売られてきた人間だったり、貧しさから逃れるために命懸けで入国する人間だったり…状況は色々ね。そういう人間が、どういう仕事をしているか分かる?」

テウタ「正確に知っているわけじゃないけど、賃金の安い仕事にあてられてるって聞いた」

イリーナ「そう。私もそうだったわ。奴隷みたいに働かされるの。でもそれはマシなほうね。女と子どもは運び屋か売春か…そんなところよ」

テウタ「そんな……」

イリーナ「私と一緒にこの街に来た女の子がいてね。どこでどんな仕事をしてるのか、捜しに行ったことがあるの。汚い倉庫みたいな場所で、金網に囲まれた檻の中に居たわ。薄汚いベッドがたくさん並んでた。売春宿に売られるか、運び屋として働かされるか、そのどちらかだったみたい」

テウタ「え…………」

イリーナ「私は知ってる顔を見つけたから、こっそり忍び込んで連れ出そうと思った。でも………出来なかった。足の裏を煙草か何かで焼かれててまともに歩けなかったし、自分が稼がないと家族が殺されるからって怯えてた」


テウタ「それって犯罪でしょう?警察は、どうして…………」

イリーナ「法に違反していれば、必ず警察が捕まえて裁いてくれる。そう思ってる?」

テウタ「それは…………」

テウタ「(そうじゃないことも多いのは知ってる………だから問題なんだ)」

イリーナ「私達がいるのは、汚い水槽の中。外から投げ入れてもらえる餌に群がってなんとか生き延びてる魚」

イリーナ「ルイ・ロペスは、そんな水槽の中で生まれた」

テウタ「水槽の、中…………」

N 「部屋についている時計のタイマーが鳴り、警察官が退室を促す」

イリーナ「はあ、今日はここまでね」

テウタ「また、話を聞きに来てもいい?」

イリーナ「そうね………次は、あなただったらどうするか教えて」

テウタ「私だったら?」

イリーナ「そう。もし、あなたが汚い水槽の魚だったら、どうやって世界を変える?今度、話を聞かせて。
それが今日の宿題よ」

テウタ「(どうやって世界を変える、か…)」

N「イリーナは部屋を出ていき、テウタも警察署を後にした」

テウタ「(イリーナさんの話は、何を伝えようとしてるのかよく分からない。ものすごい特ダネか、ただの陰謀論者か…)」

N「公園でランチにホットドッグを頬張りながら、メモを見返していた」

テウタ「(不法移民と、秘密組織か…)」

N「その時、知らない番号からテウタの携帯に着信を知らせるバイブが鳴る」

テウタ「(食べながら)はい、ブリッジスです」

サウリ「初めまして。ニューシーグアカデミアのオルステッドです」

テウタ「オルステッド……え、サウリ・オルステッド教授ですか!?」

サウリ「ええ、こんにちは」

テウタ「ん、んんっ!(急いで飲み込んで)し、失礼しました!あの、えっと、は、初めまして!」

N「テウタは食べかけだったホットドッグを急いで飲み込んだ。思わず咳き込みそうになるのをなんとか堪える」

サウリ「私に取材の依頼を頂いていたんですが、長らく返事をしていなくてすみません。ちょうどアカデミアの大学過程が試験期間に入るんです。今週なら時間が取れるのでお電話させてもらいました。ご都合はどうでしょう?」

テウタ「あ、ありがとうございます!ぜひお願いします!」

サウリ「では、日にちはあなたが決めてください。今週ならいつでも空いてますよ。何なら、このあとも空いてます」

テウタ「あ、でも、取材はしっかり準備してから行きたいので、もし差し支えなければこの後ご挨拶だけ伺ってもいいですか?」

サウリ「もちろん。ではニューシーグアカデミアの来訪者入り口で私の名前を出してください。分かるようにしておきます。待っていますね」

テウタ「ありがとうございます!」

テウタ「……はあ」

N「思わぬうれしい連絡に心臓が音を立てているのを感じる。オルステッド教授はニューシーグアカデミアの客員教授であり大学病院では最新技術を研究、指導する医師でもあり、とにかく多忙な人物だ」

テウタ「(いつか取材させてもらえたらと夢見ていたけど、まさか本人から電話をもらえるなんて…!)」

N「嬉しさで頭がいっぱいになりそうになりながら、頬を叩いて切り替える」

テウタ「オルステッド教授にどんな取材をするかよく考えておかなくちゃ」

=====ニューシーグアカデミア=====

サウリ「どうぞ」

N「少し緊張しながら、オルステッド教授の研究室の扉を開いた」

テウタ「失礼しまーす……」

N「研究室には壁一面の本が並んでいた」

テウタ「あれ?ヘルベチカ?」

ヘルベチカ「驚きました?」

テウタ「どうしてここに?……あ、あの、すみません!改めまして私はテウタ。フリーのライターです」

N「手を差し出すとオルステッド教授は大きな手で握手に応じてくれる」

サウリ「私のことはサウリでいいよ」

テウタ「は、はい。サウリ先生」

ヘルベチカ「へえ、君も緊張するとそういう顔をするんですね。可愛い」

テウタ「べ、別に緊張なんか……してはいるけど……」

ヘルベチカ「ふふ…」

サウリ「ヘルベチカ、からかうのはやめなさい」

ヘルベチカ「(笑いながら)はい」

サウリ「とりあえず立っていないでお掛けなさい。」

テウタ「ありがとうございます」

サウリ「コーヒーでいいかな。淹れてからしばらく経ってしまったから少し苦いかもしれないけど」

テウタ「ありがとうございます」

N「淡い色合いのコーヒーカップが差し出されていた」

テウタ「珍しい色のカップですね。金色の模様?」

サウリ「金継ぎ。知っているかな?割れた陶器を漆で接着して、金でその継ぎ目を装飾する日本の技法だよ。美しいでしょう?」

テウタ「壊れた陶器を修復して、美しく蘇らせるんですね」

N「カップをまじまじと見ると、その金の模様は確かに割れた痕だと分かるが、まるでその模様のために
割れたとも思えるくらい美しいものだった」

サウリ「壊れていることがむしろ美しさを生む。私はそう思っているよ」

テウタ「(深いなあ……)」

ヘルベチカ「先生、彼女あんまり芸術を楽しむタイプじゃないんで、そのへんにしてあげたほうがいいと思いますよ」

テウタ「そんなこと!……いや、正直に言うと疎いほうですけど」

サウリ「それはそうと、取材の件だったね。ちょうど大学が試験期間に入って時間が出来たものだから
なんだか思い出したように連絡してすまなかったね」

テウタ「いえ、むしろお忙しいところお時間くださってありがとうございます」

サウリ「その様子だと、私がヘルベチカの後見人だということは聞いていなかったようだね」

テウタ「えっ!?そうだったの!?え、いや、そうだったんですか」

N「ヘルベチカとサウリを交互に見ながら言葉が追いつかなくなる」

サウリ「テウタという名前のお嬢さんが熱心に取材の依頼をしていると話したら、ヘルベチカもあなたをしっていると聞いてね」

テウタ「そうだったんですね……ヘルベチカも早く教えてくれればよかったのに」

ヘルベチカ「聞かれませんでしたし」

テウタ「(……そりゃそうだけど)」

サウリ「さて、それじゃあ取材のことを聞かせてもらおうかな」

テウタ「サウリ先生が発案した顔面再建術についてぜひ詳しくお聞きしたいんです」

サウリ「なるほど。その件じゃないかなとは思っていたよ。ただ残念ながら学会誌に発表していること以上の情報はあまりないんだ」


テウタ「サウリ先生の研究している技術そのものを知りたいんじゃないんです。どういった症例に有効か、
どういう希望が持てるのか、そのリスクはなんなのか……」

サウリ「リスクか……それは簡単に言うと失敗例という意味かな?」

テウタ「私が読者に向けて書きたいのは、どういう技術なのかどんな症例があるのか、不適合や死亡率の確立がどのくらいなのか、そういう点ではないんです。どのくらいの症例があってどのくらいの成功率なのか、そういうものはネットで調べれば数字で分かります。」

テウタ「でも、人体の中で最も人の目に触れる顔を再建したい。そう願う人は色んな環境にあると思うし
諦めている人も多いはずです。どこまでそれを取り戻せるのか。それを数字ではなく言葉で伝えたいんです。
それと、提供する人達についても」

サウリ「ふむ……」


ヘルベチカ「失ったものをどのくらい取り戻せるのか。それで言ったらゼロですよ。失ったものを取り戻せることはない」

テウタ「ゼロ?」

サウリ「ヘルベチカの言い方だと少し語弊があるね。顔というのは人体の中でも特殊な部位だ。人間は特に外見や表情で物事の判断を下す。だからこそ、顔は表情であり、感情であり、歴史だ。他人の歴史を刻んだ顔を移植したところでそれが自身の歴史に塗り替わることはない」

テウタ「なるほど……」

サウリ「適合しない場合や、損傷の度合いが大きい症例を除いては、成功も失敗もない」

サウリ「でも、面白い切り口だね。今までいろんな取材を受けたけれど、最新技術の内容や成功率を書きたがる記者がほとんどだった。移植を望む患者の視点はなかったな」

テウタ「大抵の物事は、自分とは関係ない他人事だったりしますけど、そういうことほど理解しようとする視点を持つのが記者の仕事だと思ってるんです。……なんて、格好つけすぎですかね」

ヘルベチカ「…………」

サウリ「ヘルベチカから聞いていた通り、面白いお嬢さんだ」

テウタ「ヘルベチカからどんな風に聞いているかわかりませんけど………」

サウリ「他にもあるのかな?君のそのメモ、すごくたくさん書いてあるみたいだけど」

N「サウリが手帳にちらりと目をやる。殴り書きの文字だったのでテウタは少し気恥ずかしくなった」

サウリ「そういえば面白い話があるよ。記者の君ならもう知っているかもしれないけど………」

テウタ「なんでしょうか」

サウリ「以前、カリフォルニアであったシーケンスキラーの事件では警察組織が雇った民間人が人知を超えた天才的能力を捜査に役立てたらしい」

テウタ「天才的能力?」

サウリ「瞬間記憶や、予知能力といった類のものだったかな」

テウタ「予知能力……未来を予知してそれを事件捜査に役立てたということですか?」

N「そんな非現実的な事、信じ難いけれど…と思ったが自分が言えたことではない」

サウリ「警察の捜査の役に立つのだとしても、本来は知り得ない未来を知ることで時間の流れを変えるというのはとても危険なことだと思うよ」

テウタ「危険、とは?」

サウリ「時間というのは糸のようなものだと、私は思っている。いじりすぎたらほどけてしまう。作用に反作用があるように、その反動はどこへ向かうのか」

テウタ「反動…………」

N「ふと自分の状況に当てはめてしまう。テウタは時間を遡って本来は知りえない未来を知った状態で物事の流れを変えている。自分も時間を…………その糸をほどいてしまっているのだろうか」

サウリ「お嬢さんは腕の良い記者のようだね?今日は挨拶だけだと言っていたけれど早速取材が始まっているようだ」

テウタ「す、すみません!つい……あの、今日はこれで失礼します。取材はまた詳細をまとめてメールで送りますね」

サウリ「はい、楽しみに待っているよ」

テウタ「今日は本当にありがとうございました」

サウリ「それじゃヘルベチカ、お前もそろそろ帰る予定だろう?送ってあげなさい」

ヘルベチカ「はーい(ちょっと気怠げに)」

テウタ「べ、別に一緒じゃなくても…」

ヘルベチカ「まさか。素敵なお嬢さんと光栄です」


=====ニューシーグアカデミア学外=====

ヘルベチカ「どうでしたか?」

テウタ「想像してた以上に興味深い人だったなあ。少し話をしただけなのに、知識がどんどん広がって底が見えない感じ」

ヘルベチカ「…………自分が時間を遡るってことは言わないんですね」

N「先ほどもその話題になった時ヘルベチカはテウタに視線を送っていた」

テウタ「会う人みんなに言ってたら変人扱いされるだけだよ」

ヘルベチカ「そうですね、少なくとも僕はそう思ってます」

テウタ「……………………」

ヘルベチカ「車、乗っていきますよね?モズにも一応連絡しておきますか。いつもは自転車で移動してるみたいですけど、どうせあの家に帰るなら拾っていってもいいし」

テウタ「うん、そうだね」

N「ヘルベチカは電話をかけるために携帯を取り出した」

モズ「もしもし」

ヘルベチカ「そろそろ帰りますけどモズ、拾いましょうか?」

モズ「僕もそろそろ終わるから、検死局に寄ってもらえると助かる」

ヘルベチカ「テウタと一緒に行きますね」

ヘルベチカ「それじゃ、行きましょうか」

N「すると、ヘルベチカがあまりにも自然に手を差し出す。けれどテウタには何故自分にその手が差し出されたのかが分からなかった」

テウタ「はい?」

ヘルベチカ「手………ああ、君はそういうんじゃありませんでしたね」

テウタ「………そういうって、何」

ヘルベチカ「大抵の女の子は僕と手を繋ぎたいと思ってますけど、君はそういうタイプじゃありませんでしたね」

テウタ「ヘルベチカって、その自信はどこから溢れてきちゃうわけ?」

ヘルベチカ「どこからって、全身からですけど?」

テウタ「(聞かなくても予想できた返事だけど)」

ヘルベチカ「まあいいや、僕がエスコートしてないように見えるのは困るんで、もう少しだけこっちに寄って
歩いてください」

N「ヘルベチカは優しく寄り添うような『親しい関係』の距離に引き寄せた」

テウタ「(ヘルベチカのこういうところが女性に受けるのかな……私にはよく分からないけど)」

 

=====ニューシーグ検死局======


N「検死局に入ると騒々しい警察署とは違いとても静かな場所だと感じた」

テウタ「(検死局の中って、なんかこう、ヒンヤリする)」

N「部屋の中はかすかにレモンのような香りがした」

モズ「あ、もう片付けるだけだから」

N「モズは手際よく遺体を黒い袋へとしまっている」

テウタ「…………」

テウタ「(じっと見るのもどうかと思うけど、目の前にあるのが亡くなった遺体だと思うと…)」

モズ「怖い?」

テウタ「えっ」

モズ「死体が怖いか聞いたんだけど」

テウタ「こ、怖いとは思わないけど、あんまり目にすることはないから……」

モズ「街で人とすれ違うのと同じで、生体機能が停止しているだけで同じ人体なのにね。別に君を避難しているわけじゃないよ。ここに来る人間のほとんどはそういう反応をする」

テウタ「そ、そう…………」

N「モズが淡々と片付ける音だけが部屋の中に響く」

ヘルベチカ「ここはいつ来ても静かですね。人も少ないし」

モズ「いるよ、たくさん」

ヘルベチカ「どこに?」

モズ「そこ」

N「モズが顎で示した先はロッカー。遺体が収納されている場所だ」

テウタ「(そ、それはそうだけど………)」

N「さっと目をそらすと机の上に置かれた書類が目に入った。検死報告書、というものだろうか。
ブラックホーク』という地名が目に入った」

テウタ「…………」

モズ「知り合い?」

テウタ「ううん、今朝リンボと警察署に迎えに行った子どももブラックホークの子だったなって…………ああ、ごめん!勝手に見ちゃって!ブラックホークって地名しか見てないから!」

モズ「その書類は別に見ても大丈夫だよ。リンボのほうはどうだったの?」

テウタ「なんか、ドラッグディーラーの荷物を間違って盗んじゃったとかで……リンボとシュウが家族も保護したほうがいいかもって言ってた」

モズ「ブラックホークじゃ、盗んだり殺されたりは日常茶飯事だよ。あそこを仕切ってるのは市長でも法律でもなくてギャング。そのルールに逆らえば殺される。その繰り返し」

テウタ「…………」

N「確かに、ブラックホークに関しては良いニュースを聞くことはほとんどない」

モズ「そういう世界なんだよ」

N「ニューシーグは美しく作られた街。色んな人が夢を持ってやってくる場所。けれど、ギャングや事件が日常茶飯事の場所……それもまたニューシーグの一面なのだ」

N「身支度を整えたモズは少し目線を下げた」

モズ「…………」

N「モズはじっとエプロンを見つめている」

スケアクロウ「どうしたんですか」

モズ「スケアクロウの家、替えのエプロンがなかったから。これ、持って帰ろうかな………」

テウタ「ちょ、ちょっと待って、料理するのにそのエプロン使うの!?」

モズ「エプロンはエプロンでしょ。機能としては同じ」

テウタ「全然違うよ。しかもそれ、ちょっと血がついてるじゃない!」

モズ「料理してても血はつくよ。魚とか、肉とか………」

ヘルベチカ「分かりました。帰りにどこか寄っていきましょう。お願いですからそこで普通のエプロンを買ってください」

モズ「…………分かった」

テウタ「…………」

テウタ「(違う、とは思ってないんだろうな………)」


=====トレイダージョーンズ=====


N「モールの生活雑貨コーナーでエプロンを選ぶ」

テウタ「みんながクロちゃんの家に住んでるのって1年くらいまえだったっけ?」

モズ「そうだよ。まあ、シュウ以外は自分の家もあるから、好きな時に出入りしてるってくらいだけど」

テウタ「シュウは家ないの?」

ヘルベチカ「住所不定というかどこかのホテルかモーテルに泊まるのが常だったそうですよ」

テウタ「へえ…………」

テウタ「(シュウって謎が多いな……)」

テウタ「それにしてもシェアハウスって感じでいいよね。楽しそう」

モズ「今は君も一緒じゃない」

テウタ「私は引っ越し先が決まるまでだし……」

ヘルベチカ「早く見つかるといいですね」

テウタ「うん」

N「一行はエプロンを取っては戻しモズのサイズに合うものを探していた」

テウタ「こういうのってやっぱり女物のほうが多いのね」

ヘルベチカ「君は料理はしないんですか?ほら、これとか君に似合いそうですよ」

N「差し出されたのは赤を基調としたシンプルなデザインだった」

テウタ「私は正直言って料理はそんなに得意じゃないの。家では作るけど、自分で作って美味しく出来たことはないの」

モズ「得意不得意は生まれつきだから別にいいんじゃない」

ヘルベチカ「女性は料理をするものだって昔からおもわれてるところありますけど、得意な人がやればいいと僕は思いますね」

ヘルベチカ「女性が作った不味い料理を食べるより、モズが作った美味しい料理を食べる方がずっといいですから」

テウタ「言いたいことはわかるけど、もうちょっと言い方あるでしょ…」


SE:着信のバイブ

テウタ「あ、リンボだ」

リンボ「よお、今どこにいる?」

テウタ「ヘルベチカとモズと一緒にトレイダージョーンズだよ。今スピーカーにするね」

リンボ「イーディをカルメンの店に預けることになったんだ。だから俺とシュウはカルメンの店で晩飯食うけどお前らも来るか?」

ヘルベチカ「なるほど、じゃあ僕たちも合流しますか」

テウタ「クロちゃんも呼んであげないとじゃない?」

リンボ「あいつ出てくるかな。ほっといたらまたピザでも頼んで食ってそうだけど」

モズ「連絡しとく」

リンボ「んじゃ、またあとで」

テウタ「クロちゃんってそんなにインドアなの?」

ヘルベチカ「さあ……アクティブな方ではないですね」

モズ「あんまり一人で出かけるのは見かけないね」

テウタ「ふうん……」

=====パライソガレージ=====


テウタ「(あれ?クロちゃんかな)」

テウタ「動くな(声色を変えて)」

スケアクロウ「え、ええっ!?あ、はい!?」

N「スケアクロウの背中に指を押し当てる。携帯を操作してアプリを立ち上げる」

スケアクロウ「え、銃!?え、ここで!?こ、ここ店だけど!?」

テウタ「お前が裏社会のボス、スケアクロウか?」

スケアクロウ「はいっ!?そうです!?え、あ、いや、そうじゃないかも!?」

テウタ「ぷっ……ふふ…あはは!」

スケアクロウ「テウタ!?な、なんだよ冗談か。え、いや、冗談で銃つきつけちゃう!?」

テウタ「背中に当ててたのは指だよ。音はアプリ。ほら、見て」

N「様々な種類の銃の音が出せるアプリを起動させる。ハンドガン、ショットガン、ライフル、ロケットランチャー……」

テウタ「どうだ、まいったか」

スケアクロウ「勘弁してよ…ちょっと本気にした(苦笑しながら」

テウタ「ふふ、ごめんごめん。……あ、そうだ。クロちゃんにお願いがあったんだ」

スケアクロウ「俺に?なになに?」

テウタ「あのね、私の友達のルカがね、私がクロちゃんの家に泊めてもらってるって話したら見に来たいって言ってるの。ルカってちょっと心配症なところがあってさ」

スケアクロウ「いいよ、いつでも」

テウタ「え、いいの!?そんな簡単に?」

スケアクロウ「え?なんで?だめ?俺だってテウタの友達なら会ってみたいし」

テウタ「クロちゃんって裏社会のボスだし、そのアジトは極秘なのかなと思って……」

スケアクロウ「はは、大丈夫大丈夫。セキュリティは万全だからさ」

テウタ「そ、そう?じゃあ今度紹介するね。警察官なんだ」

スケアクロウ「けけ警察官!?まじかー……」

テウタ「警察官だとマズいの?」

スケアクロウ「いやーなんかちょっと、その、怖そうだなって…」

シュウ「よお、裏社会のボスはどのくらいぶりの外出だ?」

スケアクロウ「俺は別に引き籠ってるわけじゃない。すべてを効率化したコクーニングと言ってくれ」

シュウ「繭の中からまだ出てこられない赤ちゃんでちゅかねー?」

スケアクロウ「違うってば!」

テウタ「あれ?モズは?さっきまでいなかったっけ?」

ヘルベチカ「キッチンですよ。さっき買ったばっかりのエプロンつけて」

カルメン「今日キッチン担当のスタッフが急に休んじゃったもんだからアタシが代わってたんだけど、もう不味いのなんのってクレームすごくってネ」

シュウ「笑顔で言うかよ、それ」

カルメン「アタシはシェフじゃなくてオーナーなのヨ!お料理は専門外。お酒は得意だケド」

リンボ「アレックスは料理得意だろ?前に食ったことあるけど、あいつの作ったパンケーキ、めちゃくちゃ美味かったぞ」

アレックス「僕は手伝いたいんですけど、夜はお酒を出してるから、本当は働いちゃいけないんです」

カルメン「アレックスはまだ未成年なんダカラ。法律は法律ヨ」

リンボ「そういうとこ細かいよな、カル」

アレックス「従業員じゃないモズさんをキッチンに立たせてるのはどうかと思いますけど」

カルメン「ちょっと貸してるだけだからいいのヨ!」

ぺぺ「カルメンさん、部屋も支度が整いました」

カルメン「あらぺぺ。手伝ってくれたのね、アリガト」

イーディの母「あの…本当にお部屋をお借りしてよいのでしょうか?」

カルメン「いいのいいの、困ったときはお互い様。世の中持ちつ持たれつヨ。それに女同士じゃない」

イーディ「フン……」

リンボ「イーディ、スケアクロウに会うのは初めてだろ?自己紹介と、家族を紹介してやれ」

N「イーディはむっとした顔をしていたがリンボの言葉には渋々従う」

イーディ「俺はイーディ。事情があってリンボの手を借りてる。で、こっちは母親と弟。父親はいない」

スケアクロウ「俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ。よろしくな」

イーディ「はあ?なんだよそれ」

テウタ「(そういえば見かけないと思ってたけど、お父さんいないんだ……)」

イーディの母「その、うちの子がいつも迷惑ばかりかけてごめんなさい。今回もこんなことになるなんて……」

イーディ「母さんが謝ることじゃねえだろ!」

N「イーディが大きな声を出すと母親の腕の中の赤ちゃんが泣きだしてしまった」

イーディの母「あらあら……泣かないで……」

テウタ「え、えっと…………い、いないいない、ばあ!」

N「テウタがあやそうとすると泣き方が激しくなってしまう」

テウタ「ご、ごめんなさい!」

テウタ「(しまった…効果がないどころか余計に泣かしちゃったかも)」

N「赤ちゃんが泣き止まない中料理を持ったモズがやってきた」

モズ「お待たせ。カルメン、キッチンにあったもの適当に借りたよ」

モズ「…………」

テウタ「あのねモズ…………」

N「状況を説明しようとするとモズは一歩赤ちゃんに近づいた」

モズ「いないいない…………下顎骨(かがくこつ))」

N「顔を隠してさっと顔を見せる」

テウタ「(か、かがくこつ…………?)」

N「すると赤ちゃんは上機嫌に笑い始めた」

テウタ「(斬新すぎる…………)」

モズ「いないいない………指骨(しこつ)」

N「モズはまた顔を隠してからさっと手を開き、今度はその手をひらひらと動かした」

テウタ「(しこつ…………?)」

N「赤ちゃんは大喜びでモズの手の動きを目で追っている」

テウタ「(最近の赤ちゃんって、これがウケるの…?)」

モズ「泣き止んで良かった」

テウタ「そ、そうだね…」

N「モズは満足そうに頷いた」

イーディの母「あの、私、少し失礼しますね。この子を寝かせてきます」

カルメン「あら、そう?じゃあアタシもついて行くワ」

リンボ「イーディ、お前腹減ってねえか?せっかくだし一緒にメシ食おうぜ。モズの料理は美味いんだぞ」

イーディ「…………」

N「イーディは不機嫌そうな顔のままリンボとシュウの間に座った」

イーディ「リンボの奢りだからな」

リンボ「いいぞー好きなだけ食え。俺、すんげー儲けてるからな」

イーディ「だったらもっと高い店で食わせろよな」

シュウ「生意気なガキだな」

イーディ「ガキじゃねえって言ってるだろ!………ってお前!?なんで!?いつの間に俺の財布盗ったんだ!?」

N「シュウはいつの間にかイーディから取り上げた財布からカードやお金を取り出しながら見ていく」

シュウ「へえ、お前どんだけIDカード持ってんだよ?なになに………『クラウス・ヴァンデガンプ23歳』?」

スケアクロウ「え?お前23なの?俺より年上?」

イーディ「そうだよ。本名はクラウスって言うんだ」

モズ「それが本当だとしたらよっぽど栄養価の低い食事を続けてきたんだね」

リンボ「んなわけあるかよ。偽のIDなんてお前の年で必要ないだろうが」

イーディ「ブラックホークで生きてくには必要なんだよ。お前らには分かんないだろうけどな。っていうか早く返せよ!」

N「シュウの手からなんとか取り戻そうとイーディが手を伸ばすが完全に遊ばれている」

シュウ「お!なんだお前結構金持ってんじゃん。むしろお前が奢れよ」

イーディ「返せって!早く!」

N「アレックスがテーブルの上の空いた食器をトレーに乗せていく」

アレックス「今日はなんだか一段と楽しそうですね」

テウタ「あの子イーディっていうの。そういえばアレックスと年が近いかもね?ブラックホークに住んでる子なんだ」

アレックス「そうなんですか……」

テウタ「アレックスはブラックホークのことってよく知ってる?」

アレックス「まあ、それなりには。ブラックホークには僕みたいに家族や家のない人間も多いですしね。僕の知り合いもたくさんあの辺りに住んでます」

テウタ「そうなんだ……」

アレックス「…………」

N「アレックスはじっとテウタの目を見つめた」

アレックス「どうしたんですか?何かあったんですか?」

テウタ「ううん、なんていうか、その………今日ねブラックホークに行ったの。私が生活してる環境とは違う。それは前から知ってたし、今日行ってみてもそう思った」

テウタ「イーディがね、自分たちのことを可哀想だと思ってるのかって私に聴いたの。可哀想だとは思ってない。でも違うとは思ってる」

テウタ「こういう風に『区別』してるのって相手からしたら気分のいいものじゃないと思うし私無意識に可哀想って思っちゃってるってことなのかなって………あ、なんかごめん!私頭に浮かんだこと全部喋ってる」

アレックス「テウタさんらしいです。…そうですね、そういう区別を差別だって感じる人もいると思います。でもどんな物事にも違いはある。優劣だってある」

アレックス「大事なのは、その事実をそのまま受け入れることと疑問を持つのをやめないことだと思いますよ」

テウタ「…………」

N「アレックスの言葉はテウタの頭の中の靄(もや)に矢印を示してくれているように感じた。答えが出たわけではないけれど、何が分からなかったのかが分かった気がした」

テウタ「アレックス……あなた本当に15才?たまにもっと年が上なんじゃないかって気がする」

アレックス「へへ、ほとんどカルメンさんの受け売りです。ところで何か飲み物おかわりいりますか?」

テウタ「あ、じゃあ私は…………」

ヘルベチカ「僕、ドライマティーニ

N「言いかけたところでヘルベチカが遮る」

シュウ「ウォッカトニック」

リンボ「俺はラムコーク………と言いたいとこだけど車がなー、んじゃコークで。あ、2つね。すぐ飲んじゃうから」

アレックス「ドライマティーニウォッカトニックとコーク2つっと………」

モズ「僕はダイキリ

スケアクロウ「俺ライチオレンジ!」

テウタ「アレックス、お酒を扱う仕事は法律違反なんじゃなかったっけ?」

アレックス「ふふ、見逃してくれたらソフトドリンクはサービスにしておきますよ?」

テウタ「ふふ、乗った!じゃあ私、アップルサイダーね」

アレックス「それじゃ、少々お待ちください」

シュウ「…………(煙草を用意して)」

N「シュウはいつものように煙草を取り出したがちらっとイーディのほうを見てから煙草をしまった」

テウタ「(子どもの前では吸わないようにしてるのかな)」

リンボ「そういえばクロちゃん。頼んでたやつ、なんか出てきたか?」

N「リンボはソファに深く身を預けながら尋ねた」

スケアクロウ「ああ、ロスコーの情報ね」

イーディ「えっ………」

スケアクロウ「ロスコーは知っての通りブラックホークを中心に活動しているギャングだ。扱ってるのは銃やドラッグだけでなく人材派遣もお手の物」

テウタ「人材派遣?」

スケアクロウ「口入れ屋ってやつだよ。国内外から色んな人間を連れてきていろんな仕事に斡旋する。
合法なものから違法なものまでね」

スケアクロウ「とはいっても本人の経歴はほとんど綺麗なもんだ。前科といっても軽犯罪程度。てかいヤマで捕まるのはいつも下っ端だけ」

シュウ「よくある話だな」

スケアクロウ「ロスコーは州外のギャングとのネットワークもあるし、警察も奴には遠慮する。持ちつ持たれつってやつ」

シュウ「確か表向きには理髪店をやってるんだっけ?」

スケアクロウ「そ。ちゃんと税金も払ってる。厄介なギャングだよ」

リンボ「そこまでの地位を築いたギャングがなんでイーディみたいなコソ泥をわざわざ名指しで探してくるんだろうな」

ヘルベチカ「ギャングは制裁に厳しいですからね。ボスから盗めば厳罰が下る。それを示したかったんじゃないですか?」

シュウ「だったらイーディを殺すか連れ去るかするだろ?警察署の前でイーディの荷物だけを奪っていこうとしてたのはなんでだ?」

シュウ「車に積んでたドラッグが警察署から出てきたイーディのカバンに入ってるわけがないことくらいわかるだろ」

ヘルベチカ「そうまでして取り返したいものをイーディが持ってるってことですかね?取り返すまでは殺すわけにはいかないような、大事なものをね」

N「イーディは黙って眉間に皺を寄せ、拳を固く握りしめている」

テウタ「イーディ?」

リンボ「心当たりがあるようだな?ん?お前、ロスコーのことなんか知らないって言ってなかったか?」

イーディ「あいつは…………俺の親父を殺した」

テウタ「え…………」

モズ「…………」

リンボ「知らねえどころかめちゃくちゃ関係あるじゃねえか。なんでもっと早く言わねえんだよ?」

イーディ「サツでペラペラ喋る奴がいるかよ。それにサツは知ってるはずだ。知っててロスコーを逮捕できない」

リンボ「それで?親父の仇を取りたくてロスコーのブツ盗んだのか?」

イーディ「違う!あれは本当に知らなかったんだ!」

シュウ「どうだか」

イーディ「リンボだってわかってんだろ!車を盗むのだっていつもの小遣い稼ぎだ!ちょっとヘマしてサツに捕まったらそれにブツが乗ってた。ロスコーのブツだって知ったのは後になってからだ」

モズ「ロスコーと警察は仲がいい。盗まれたものの中に取り返したいものがあれば警察に手を回すだろうね。でもそうじゃないってことは…………」

イーディ「お、俺は本当に何も知らない!」

モズ「本当に?」

イーディ「そうだって言ってんだろ!」

リンボ「そんなら狙われる理由を探さないとな。それにお前、復讐なんて考えるんじゃないぞ?」

イーディ「…………」

シュウ「お前はまだガキだ。殺すことの意味が分かってない」

イーディ「意味って、どんな?」

シュウ「人を殺して自分に返ってくる感情がどんなものか分かってない。映画かなんかみたいに憎い相手を殺してスッキリするなんてことはない。こびりついて消えないもんがあんだよ」

イーディ「まるで人を殺したことがあるみたいな言い方じゃんか」

シュウ「あるよ。それも大勢、な」

テウタ「えっ!?」

N「周囲を見ても驚いているのはテウタだけだった。シュウが人を殺したことがあるとは、どういうことだろう。とても冗談ではなさそうな雰囲気だ」

イーディ「…………お前らに、俺の何が分かるっていうんだよ!このタトゥーの意味が、お前らに分かるか?」
N「イーディが袖をめくると腕には小さな数字のタトゥーがいくつも入っていた」

テウタ「(数字…いったいなんの数字なんだろう?)」

ヘルベチカ「…………」

ヘルベチカ「随分、短い子が多かったんですね」

テウタ「短い、子?」

イーディ「あんたは知ってるみたいだな。俺達は家族や仲間の生まれた年を彫る。で、死んだらその年を彫る。そうやって、仲間の死と一緒に生きてる」

イーディ「お前らの生きてる世界とは違うんだ。分かるわけない」

テウタ「でも…………でも、私は……私は分かろうとする人間でいたい」

イーディ「そういう偽善が一番腹立つんだよ!」

テウタ「君だって、私達のことを知らない!」

イーディ「………っ」

テウタ「私だってあなた達のことを知らない。知ろうとするのは悪いことじゃないでしょ?
私は知りたいし、君にも知ってほしい」

イーディ「……綺麗事だ」

リンボ「おい、イーディ」

イーディ「…………親父はもういない。家族を守れるのは、俺しかいない」

シュウ「…………」

リンボ「まだ話の途中だろ?ていうかもう食わねえのか?」

イーディ「もういらない!」

N「イーディは店の奥へと去って行った。母親や弟のいる部屋へ向かったのだろう」

スケアクロウ「え!?あ、えっと、ちょ、いいの!?」

リンボ「ま、そっとしとこう。あいつらを泊める部屋にはぺぺがついていてくれるし、大丈夫だ」

テウタ「…………」

ヘルベチカ「…………」

ヘルベチカ「彼が納得したとは思えませんけど、伝わっているとは思いますよ」

テウタ「そうだといいんだけど…………」

アレックス「お待たせしました」

N「シュウはイーディが立ち去るとすぐに煙草に火をつけた。空いた手でコインを投げて弄ぶ」

テウタ「表!」

シュウ「へえ、賭けるか?」

テウタ「見えたもん。私、目は良いんだから」

N「コイントスの表と裏を見抜く自信はある。ルカとの勝負でもテウタの勝率のほうが高いのだ」

N「シュウはニヤリと笑った」

テウタ「え、裏っ!?なんで!?」

シュウ「もう1回?」

N「シュウは余裕綽綽といった顔だ。シュウの親指から、コインが弾かれて舞う。テウタは
ほんの1秒も目を離さないように集中した」


テウタ「(今度こそ…………!)」

テウタ「今度は裏!」

N「シュウの口の端がニヤリと上がる。掌から現れたコインは表だった」

テウタ「えー!また外れた…私当てるの得意なのにな」

シュウ「CCT。コントロールコイントスっていう技だ」

ヘルベチカ「イカサマってことですか」

シュウ「練習して習得する技術だよ。見ろよ、コイントスっていうのはこうやって親指で弾いて、スピンしたコインの表と裏を当てるだろ?」

シュウ「キャッチした瞬間の面がどっちか分かっていれば相手がどっちに賭けても勝てる」

モズ「どっちに賭けても、っていうところが引っ掛かる」

シュウ「いいか?こうやって人差し指でコインの外側を擦ってフリスビーみたいに回転させて。で、宙に上がる瞬間にほんの少しだけ弾けばまるでスピンしたみたいに見えるが」

シュウ「実際はフリスビーを上に投げたのと同じで、コインの表裏はスピンしてない。だからこれは確実に表を向いたままだ」

シュウ「で、相手が表って言ってきたら…見せる瞬間に裏返す。これで確実に勝てるってわけだ」

スケアクロウ「立派なイカサマだな!」

テウタ「こうでしょ………こうやって弾いて……」

モズ「君、不器用なんだね」

テウタ「練習して習得するってさっきシュウが言ってたじゃない」

N「シュウはもう一度コインを投げてキャッチし、そのまま両手を挙げて掌を見せる」

スケアクロウ「あれ!?コイン、消えた!?」

リンボ「へえ、器用だな」

テウタ「どっちにしろイカサマじゃない。あっ!」

シュウ「だからコイントスなんかで大事なものを賭けるなってこと」

N「テウタの手から滑り落ちたコインをシュウが拾って手渡してくれる」

テウタ「(よーし、もう1回………)」

テウタ「できた!これは絶対裏!」

シュウ「はずれ。表だよ。俺が今渡したコインは両面とも表だから」

テウタ「え!?いつすり替えたの!?」

シュウ「さーて、いつでしょうね」

N「シュウは咥えていた煙草を潰してまた新しい煙草に火を点けた」

テウタ「(………今度ルカにやってみようっと)」


=========パライソガレージ外==========

N「イーディ達のことはカルメンに任せ、テウタ達は帰ることになった。イーディが名指しで狙われたことを考えるとその理由が分からないことには安全とはいえない。そのうえイーディが運び屋でないと証明することも必要だ」

テウタ「(私にできることは情報集めくらいかな……)」

N「突然シュウが足を止め全員を制止する」

シュウ「しっ……」

リンボ「どうした、シュウ(小声で)」

N「シュウは足音を立てずに数歩進み、勢いよく建物の間の暗がりに踏み込んだ」

殺し屋「くっ!」

N「シュウは暗がりから男を引き摺り出し、後ろ手に押さえ込んだ。フードを目深にかぶっていてその顔は見えない」

スケアクロウ「え、ええっ!?誰?誰だよ!?」

シュウ「お前、店の中にいる時から俺達のこと見てたろ?何が目的だ?」

N「シュウは男が持っていた銃やナイフを次から次へと取り上げて地面に落としていく」

モズ「どこにそれだけ隠してたの………」

N「シュウは男のフードをめくった」

シュウ「………お前の顔、見たことがある。殺し屋だな?誰に雇われた?何が目的だ?」

殺し屋「言うわけな……」

N「シュウが男を壁に押しつける」

シュウ「お前は腕のいい殺し屋だ。だったら分かるだろ?今、自分がどういう状況か。それに、キラー・キラーの噂も」

N「シュウはどこからか銃を取り出し、男の顎に銃を押し当てた」

テウタ「え、ちょっと、シュ、シュウ!」

モズ「大丈夫」

テウタ「(大丈夫って…)」

シュウ「口に出さなくてもいい。イエスなら1回、ノーなら2回瞬きしろ。狙いは俺達か?」

殺し屋「………」

N「男のまばたきは2回」

テウタ「(つまり、ノー。狙いは私達じゃないって意味………?)」

シュウ「雇ったのはロスコーか?」

殺し屋「………」

N「まばたきは1回のみだ」

ヘルベチカ「ロスコーの差し金、ですか」

N「シュウは手を離した。男は身構えるが、シュウは両手を挙げて見せる。その手に銃はもうない」

リンボ「よし、こうしよう。ロスコーより多く払ってやるから俺達に付け」

N「リンボは懐から小切手帳を取り出して金額を書いた。男は受け取り、金額を見て黙っている」

テウタ「(いくらって書いたんだろう……)」

殺し屋「……分かった」

リンボ「よし、取引成立だ」

シュウ「お前ら先に帰っててくれ。あとは俺が話をつけておく」

スケアクロウ「………」

モズ「………」

リンボ「んじゃ、頼んだぞ、シュウ」

テウタ「え!?いいの?あの人、殺し屋ってさっき言ってなかった?シュウをひとりにして大丈夫?」

ヘルベチカ「大丈夫ですよ。むしろそのほうがいい。行きましょう」

テウタ「………シュウ、また、あとでね?」

シュウ「………」


========スケアクロウ邸宅 自室にて======

N「テウタは帰ってきて取材メモを整理しながらぼんやりと考えていた。イーディが図らずも盗んでしまったものの中に、殺し屋を雇ってでも取り返したいものがあるのかもしれない。しかし、イーディには心当たりがない………」

イーディ「あいつは………俺の親父を殺した」

N「イーディは関係ないと言っていたがあの時のイーディの言葉には何か強い感情が込もっていた」

テウタ「(イーディは、何を考えてるんだろう…住んでいる世界が違う、か…)」

SE:ノック音

テウタ「はーい」

スケアクロウ「や、やあ。こんばんは」

テウタ「こんばんはって、さっきまで一緒だったでしょ?どうかした?」

スケアクロウ「えっと、その…なんていうか」

テウタ「なあに?中入って話す?」

スケアクロウ「いやっ!?出来れば、外、出てこられる?だってほら、女の子の部屋に入るのは、ちょっと…」

テウタ「そんなに気にしなくてもいいのに…」

N「テウタは言われるまま、廊下に出た」

テウタ「それで?なあに?」

N「顔を覗き込むとスケアクロウは勢いよく顔を背けた」

スケアクロウ「こ、これ、よかったら…」

テウタ「CD?」

スケアクロウ「そ、そう。ほら、なんていうの、ミックステープってやつ。俺のオススメの曲とか流行りの曲とか、あと寝る前に聴くと安眠できるやつとか」

テウタ「あ、ありがとう…」

スケアクロウ「この部屋、プレイヤー置いてあるだろ?あのスピーカーめちゃくちゃいいんだ」

テウタ「うん、ラジオとかはちょっと聴いてみたよ」

スケアクロウ「結構いい音だろ!結構っていうか、かなり!」

テウタ「うん!この家広いし、他の人の部屋も遠いから大きい音で聴いても迷惑にならないしね。私が住んでたアパートだと夜中のテレビの音とか気になるくらいだったもん」

スケアクロウ「………よかった、笑った」

テウタ「え、なに?」

スケアクロウ「いや、その…なんかほら、色々大変だったし、それに急に違う家で暮らすのって大変だろうし………とかとか………」

テウタ「ありがとう。心配してくれてたんだ。クロちゃんって優しいんだね」

スケアクロウ「えっ!?あ、そりゃ、優しい、よ?えっと……ほら、俺、家主だし!客をもてなすのも役目だろ?」

テウタ「ふふ…じゃあ、おもてなしありがとう」

スケアクロウ「へへ……喜んでもらえたのなら何より」

テウタ「それにここの家はみんな仲が良いんだね。なんかシェアハウスみたいで楽しいし、私も仲間に入れてもらえてうれしいよ」

スケアクロウ「え?あ、はい、えっと………いやあ、なんか照れるな。実はさ、その…この家、みんなが一緒に暮らすようになったのって最近なんだ」

スケアクロウ「用があるときだけみんな集まって、帰ってく感じだったんだけど、最近は寝泊まりするようになって…でもその前はさ、俺ずっとこの家でひとりだったんだ」

スケアクロウ「だから、誰かと一緒に生活するのって慣れてなくて…やっぱさ、ほら、朝とか夜とか、なんかみんなで飯食ったりして、ああいうのちょっといいよな…」

スケアクロウ「あれ、俺何言ってるんだろうな」

テウタ「私も楽しいよ。本当にありがとう、クロちゃん。おやすみなさい、また明日」

スケアクロウ「う、うん。おやすみ、ま、また明日」

 

=======自室にて=====

テウタ「………」

N「机の上に目をやると犯罪心理学の本が何冊か積まれている」

テウタ「(明日はサウリ先生に本の取材に行く日だ。予習はばっちりしたつもりだけど、緊張するなあ)」

テウタ「(あとイーディのこと………私にも何か調べものとか力になれることがないか、リンボに聞いてみよう」


====翌朝リビングにて=====

 


テウタ「おはよう」

N「皆はもう起きていて、シュウとモズの姿は見えなかった」

スケアクロウ「おはよう。モズはもう仕事に行ったよ。朝ごはんは冷蔵庫の中に入れておいたって」

テウタ「そうなんだ、ありがとう」

ヘルベチカ「おはようございます。随分調子がいいようですね」

テウタ「うん。ここのベッド寝心地良くって」

スケアクロウ「だろぉー?」

N「テウタはコーヒーを飲みながらテーブルにあった新聞を手に取る」

リンボ「あ、スポーツ欄だけ読んでもいい?」

テウタ「はい、どうぞ」

シュウ「リンボ」

リンボ「おお、シュウ。おはよ」

シュウ「これ、一応」

リンボ「げっ!いらねーよ、そんなん。破って捨てろって」

テウタ「それ、昨日の殺し屋に渡したやつ…?」

N「シュウが取り出したのは小さな紙切れだった。昨日リンボが殺し屋に手渡した小切手のように見えるが、
赤黒く汚れている」

N「その時、携帯が鳴る。フルサークルを受信した音だ」

N「フルサークルに投稿された文章はこうだ」

???(モズ)『街の人と繋がれば、それは巡って円になる。ニューシーグが平和で美しい街だなんて誰が言った?誰もそんな風に思ってないか。昨日ベルスターの裏通りで一人静かに死んだのは、裏社会では名の知れた殺し屋のノーマ。どこに隠してるのかっていうくらい武器を持ち歩いてるって有名だったのにね。自慢の武器も役に立たなかったってことか。さーて、気になるのは誰が殺したのか、かな?』」

テウタ「この人、昨日の…?」

N「頭の中でいくつかのキーワードが繋がっていく。昨日出会った殺し屋、血の付いた小切手、キラー・キラー」

N「テウタが思わずシュウの方を見ると鋭い目をしていた」

テウタ「話をつけておくって…」

ヘルベチカ「もういいんじゃない?隠すことでもないでしょ?」

テウタ「隠す?何を?」

ヘルベチカ「君は賢いから、想像はついたでしょう?シュウはキラー・キラー、
つまり、殺し屋殺しの殺し屋」

テウタ「殺し屋を殺す、殺し屋…?シュウはバウンティハンターだって言ってなかった?」

シュウ「本業はな。その他にも用心棒やら傭兵やら色々やってる。殺し屋殺しはボランティアだけどな」

テウタ「…………」

シュウ「お前に俺のことをいちいち話すつもりはないし、理解してもらおうとも思ってない」

シュウ「『復讐の種は一粒も残すな』それが俺を育ててくれた師匠の教えだ。だから余計な種は消す」

テウタ「人を…………殺すってこと………?」

シュウ「お前も言ってただろ?『何が正義かは自分で決める』って。同じことだ」

テウタ「(そうだけど…)」

N「返事が言葉にならず、黙ってしまう」

ヘルベチカ「人殺しだなんて、軽蔑でもしました?」

テウタ「………理解しようと頑張ってるの。でも、もう少し時間がかかりそう。ごめん」

N「それ以上何も言えず、シュウのほうを見ることもできず、テウタはリビングを離れた」

 

=====ニューシーグアカデミア学外======

テウタ「ふう…………」

N「今日はサウリが時間を作ってくれて最近出版したばかりの犯罪心理学についての本を取材することになった」

N「アカデミアの門の前で入構手続きを待つ間にもテウタは緊張していた」

テウタ「(先生の本はしっかり読みこんできたし、ニューシーグトゥデイの担当者にも話を通してあるし…………うん、大丈夫!…………のはず)」

守衛「ブリッジスさん、中へどうぞ」

テウタ「あ、はい!」

テウタ「えっと、サウリ先生がいるのは大学棟の研究室だから………」

SE:着信バイブ

テウタ「(あ、サウリ先生だ)」

テウタ「はい、あの、もしもし!」

サウリ「ああ、テウタさんこんにちは。いま、どちらにいらっしゃいますか?」

テウタ「えっと、入構手続きが終わって、高等部の中庭あたりです」

サウリ「ああ、早めにいらしてくれたんですね。ちょうどヘルベチカが来てるんであなたを迎えに行くように言ったんですよ」

サウリ「もしかしたら、途中で会うかもしれないですね」

テウタ「そうだったんですね。わざわざありがとうございます。それじゃ、ヘルベチカに連絡を取ってみます」

サウリ「そうしてください。お待ちしてます」

テウタ「…………」

テウタ「(ヘルベチカ来てたんだ…だったら朝車一緒に乗せてくれてもよかったのに)」

ヘルベチカ「(耳元で)いま、心の中で僕の悪口言ったでしょう?」

テウタ「わっ!ヘルベチカ!」

ヘルベチカ「お迎えにあがりましたよ」

テウタ「あ、ありがとう…悪口は言ってないからね。朝、さっさとひとりで出ていかないで、私も一緒に車乗せてくれればよかったのにって恨み言は言った」

ヘルベチカ「そうですか。でも一緒に出る気はなかったんで、残念でしたね」

テウタ「(…………正直すぎる)」

SE:ノック音

テウタ「こんにちは、今日はお時間ありがとうございます」

サウリ「こちらこそ、お会いするのを楽しみにしていたんですよ。飲み物は紅茶でいいかな?」

テウタ「はい、ありがとうございます」

ヘルベチカ「本当はコーヒーのほうがいいって、はっきり言ったほうがいいんじゃないですか?」

テウタ「え?」

ヘルベチカ「君、紅茶よりコーヒーの方が好きでしょう?」

テウタ「そ、それは、両方好きだもん」

ヘルベチカ「小さいことで遠慮してると、そのうち大きく損しますよ」

サウリ「はは、あまりお嬢さんを困らせるな、ヘルベチカ。コーヒーのほうが好きだったんだね?ちょうど私も飲みたかったんだ。コーヒーにしよう」

サウリ「ヘルベチカには物事ははっきり判断して、はっきり口にするように言って育てたせいかまあこの通りだよ」

ヘルベチカ「おかげさまで」

テウタ「では、お言葉に甘えて、コーヒーいただきます」

サウリ「それで、今日は犯罪心理学について、だったかな?」

テウタ「はい、この前出版された本について色々お伺いしたくて。先生は心理学も専門にされているんですか?」

サウリ「私は心理学というより、犯罪心理学に絞って興味があるんだ」

サウリ「被害者の損傷から犯行状況を読み解くためにその心理を研究した、というのが始まりかな」

テウタ「それが警察の捜査の一助にもなっているんですね」

サウリ「多種多様な犯罪には色々な視点での捜査が必要になってくる」

テウタ「本の中でFBIのプロファイリングにも触れてましたね」

サウリ「へえ、随分と勉強熱心だね。ヘルベチカだって読んでいないのに」

ヘルベチカ「僕、心理学は専門外なんで。でも序文と後書きは読みましたよ」

サウリ「(笑いながら)この通りだ」

テウタ「連続殺人からテロリズムまで、ありとあらゆる犯罪をケースによって分類されてるのがとても興味深かったです」

サウリ「ありがとう。どうやら相当読み込んでもらってるみたいだ。そうだ、生徒達と一緒に作っているテストをやってみないか?」

テウタ「テスト、ですか?」

サウリ「犯罪心理のプロファイリングは長年研究されていて、様々なデータが蓄積されている」

サウリ「しかし人の心というのは数値では測ることは出来ない。分類するのはとても難しい」

サウリ「犯罪捜査におけるプロファイリングでは犯人との向き合い方がとても重要だ」

サウリ「更にとても難しいのが『誰が』向き合うのかということでも成果が変わってしまう」

サウリ「そこで、大学の生徒達と制作しているのが簡易的なイニシャルアセスメントだ」

テウタ「イニシャルアセスメント?」

サウリ「分類するためのテストではなく相手を知るためのテスト。その結果を元に誰が、どのように、向き合うべきかその指針を探るものだよ」

テウタ「なんだか、難しそうに聞こえるんですけど…………私に何かできるんでしょうか?」

サウリ「簡単な質問に答えていくだけでいいんだよ。どうかな?」

テウタ「分かりました。やってみます」

サウリ「テストは2つ。まずはこれだ」

テウタ「(う…………学生時代のテストみたい…………)」

サウリ「いま、ちょっと苦手そうな顔をしたね?大丈夫、イエスかノーにチェックを付けるだけだよ。アンケートみたいなものだ。あまり考えすぎずにね?」

テウタ「分かりました」

テウタ「(考えすぎず、直感で…………)」

N「アンケートにはつぎのような質問内容が並んでいた」


====================

リンボ「相手の間違いを指摘できるほうだ」

シュウ「他人を頼るのはあまり好きではない」

スケアクロウ「他人にプレゼントを選ぶのが好きだ」

ヘルベチカ「自分の行動は感情的というより、理論的だ」

モズ「結末を予測して、準備するほうだ」

リンボ「好奇心が強いほうだ」

モズ「人や動物の世話が好き」

シュウ「分からないときは、わかるまで追求する」

ヘルベチカ「社会問題に関心があるほうだ」

スケアクロウ「最後の1問!失敗したことを長く後悔するほうだ」


=============================

テウタ「できました!これって性格診断のようなものですか?」

サウリ「そうとも言えるし違うとも言える。私は『自分に当てはまるものを選べ』とは言わなかったし、この回答用紙にも書いていない」

サウリ「ただ、大抵の場合は君のように性格診断だと思って自分に当てはまるものを選ぼうとするものだ」

サウリ「その中で、無意識に自分を『理想像』に当てはめようとすることがある。この質問はそういう傾向を引き出すように作られているんだよ」

テウタ「理想像に、当てはめる?」

ヘルベチカ「つまり、今の自分自身に当てはまるかどうかではなくて、こうありたいという願望も反映されることがあるってことです」

テウタ「なるほど………」

テウタ「(言われてみればそういう気持ちで選んだところがあるような気もする………)」

サウリ「君は他人との距離を詰めるのが上手なんじゃないかな」

テウタ「あんまり意識したことないですけど…」

サウリ「君は何かを取り繕ったり、他人との間に壁を感じさせることがあまりないような気がするね。
ヘルベチカはどう思う?」

ヘルベチカ「さあ、どうでしょうね。自然体だとは思いますけど?」

サウリ「ああ、いいね、その言葉。自然体。まさにそうだと思うよ」

テウタ「そ、そうですか?」

サウリ「それじゃ、もうひとつのテストだ。これから私が架空の事件の話をする。誰を裁くべきか、君に決めてもらおう」

テウタ「(誰を裁くべきか…なんだかこれも難しそう)」

サウリ「ひとりの物静かな少年がいた。彼は高校生で友達が少なく、彼がどんな人間か同級生たちはほとんど知らなかった。中には彼の名前を知らない人間もいた」

サウリ「彼は学校で孤立し、精神的な嫌がらせを受けていた。時に肉体的な虐めを受け、酷い怪我を負うこともあった」

サウリ「彼はある日、学校に銃を持ち込み、生徒や職員を撃った。死者も出た。しかし被害者は無差別に撃たれたわけではなく、これまで彼を無視し、攻撃し、貶めてきた人間だった」

サウリ「最後に彼は持っていた銃で自殺を図った。彼が持っていた遺書には生まれてからこれまで親からうけてきた酷い虐待の数々が記されていた」

サウリ「しかし、病院に運ばれた彼は一命を取り留めた。緊急手術を受ける。その手術を担当した医者は学校で彼に撃たれ、殺された子供の親だった」

サウリ「医者は手術の最中に、ほんの一時手を止めた。その短い時間が少年の命を奪うことになるとしりながらね。そして犯人の少年はそのまま手術台の上で死んだ」

サウリ「お話はここまでだ。さあ、いろんな人間が出てきたね。事件を起こした少年。彼を虐待した親、彼を虐めていた同級生や教師、そして彼を見殺しにした医者。この中から一人だけを裁くとしたら、君は誰を選ぶ?罰せられるべきは誰かな?」

サウリ「先に言っておくが『全員に罪がある』という選択肢はない。誰かを罰せなくてはいけない。さあ、選んでご覧?」

テウタ「選べません…」

サウリ「ふむ、誰を裁くことも出来ない。それはどうして?」

テウタ「だって、それぞれに事情もあるし、でもそれぞれに罪があると思えるし…………」

サウリ「つまり、罪がある人間が目の前にいるのに、君はその誰かを裁く責任から逃れたわけだ」

テウタ「それは…………」

サウリ「そんな顔をしないで。君を責めているわけではないんだ。この問題に答えはない。大抵の人間は『選べない』という選択をする」

サウリ「しかし『選べない』というのは実際のところ優しさでも正義でもないのだよ。誰かを罰すること、つまり法律がこの世界の形を守っているんだ」

サウリ「この世界の形を守るためには誰かが責任をもって選択しなければならない。時に苦しい選択をね」

テウタ「そう………ですね」

テウタ「(ルカやリンボは毎日こういう責任と向き合ってるってことなのかな…)」

サウリ「さて、テストは以上だ。付き合ってくれてありがとう。お嬢さん」

テウタ「このテストでどんなことが分かるんですか?」

ヘルベチカ「ふふ…」

テウタ「(ん?なんで笑ったんだろう)」

サウリ「実を言うとね、このテストはまだサンプルを集めている段階なんだ。つまり君にもサンプルとして協力してもらったというわけだ」

テウタ「そ、そうだったんですね…」

サウリ「なんだか騙して協力させたみたいですまないね」

テウタ「い、いえ!むしろホッとしました。なんかこう、私の回答から犯罪者の素養があるとか言われたらどうしようかと…」

サウリ「はは、そんなことはないでしょう。でも君の人となりがほんの少し見えた気がするよ」

テウタ「そ、そうですかね…」

テウタ「(なんかちょっと恥ずかしいな…)」


=====セントラルコア街中=====

N「サウリは本の事だけではなく最新の研究の事などを沢山話してくれた。ヘルベチカは仕事が残っているらしくクリニックへ戻っていった」

テウタ「(後でメモを整理して、どんな記事にするのか考えようっと」

N「そんなことを考えているとテウタの横に一台の車が止まった」

リンボ「(芝居がかった口調で)お嬢さん。乗っていきません?」

テウタ「(同じように)お願いしようかしら?」

N「わざとおどけて言うとリンボは笑った」

=====リンボの車内にて=====

リンボ「仕事か?」

テウタ「うん。サウリ先生のところに取材」

リンボ「…………」

リンボ「あのさ、シュウのことだけど………」

SE:着信バイブ音

リンボ「悪い、誰からか見てくれるか?」

テウタ「えっとね………カルメンさんからだよ」

リンボ「ん、じゃあスピーカーで繋いでくれ」

カルメン「ちょっと大変!お願い!今すぐ来てちょうだい!!」

テウタ「カルメンさん?どうしたんですか?」

カルメン「とにかく早く、お願い!」

N「電話は切れてしまった」

テウタ「リンボ」

リンボ「ああ、分かってる。なんかあったみたいだな。急ごう(ウインカー音)」

カルメン「どうしまショ、いなくなっちゃったのヨ!いないノ!どこニモ!」

リンボ「落ち着けって、どうした?何があった?」

アレックス「イーディに店の掃除を手伝ってもらってたんですが、ゴミを捨てに行くと言っていなくなってしまったんです」

テウタ「そんな………今はひとりにならない方が」

イーディの母「リンボさん、どうしましょう!私にも何も言わずにいなくなってしまって………」

リンボ「イーディがいなくなったって気づいてから、どのくらいだ?」

アレックス「30分以上は経ってると思います」

スケアクロウ「リンボ?どうした?あ、スケアクロウです、この電話は、ただいま電波の…」

リンボ「クロ、急ぎだ。街の監視カメラを覗いてイーディが今どこにいるか探してくれ」

スケアクロウ「わ、分かった」

N「立て続けにリンボの電話が鳴った」

リンボ「はい、フィッツジェラルド………ルカ?どうした?今ちょっと立て込んでて………」

ルカ「急いで警察署に来てくれるか?イーディの弁護士として(深刻そうな声で)」

リンボ「何があった?」

ルカ「イーディが、ロスコーを撃った」

 


=====ニューシーグ警察署=====

N「テウタとリンボが警察署へ駆けつけるとそこにはシュウが居た」

シュウ「あっちだ。ルカと一緒にいる」

N「イーディはルカの傍にいた。背後には警察官が立ち、がたがたと震えている」

ルカ「トンプソンの路地裏で撃たれた。今病院に居て、一応、まだ生きてる」

リンボ「そうか、よかった」

シュウ「………復讐なんてやめとけって言ったはずだ」

ルカ「………………」

リンボ「ロスコーが死ななくてよじゃったな。お前の年齢でも、殺しは罪が重い」

イーディ「……っ!」

N「殺し、という言葉をイーディは明らかに恐れているようだ」

リンボ「なあルカ。イーディはロスコーに狙われてた。昨日は殺し屋まで来てたんだ」

ルカ「それ、弁護のための嘘じゃあないよな?」

リンボ「本当の本当。イーディの弁護は俺が引き受ける。証拠はすぐに揃えられるからな」

ルカ「イーディが狙われた理由は?ブツを盗んだからか?」

リンボ「それ以外、があるんじゃないか?イーディ?」

N「イーディは震える唇を噛んで、靴下の中から小さな鍵を取り出した」

イーディ「……盗んだ車の中にあった。大事そうに隠してあったから、金になるかと思って持って逃げたんだ」

シュウ「そういうことはもっと早く言えよ!」

イーディ「ロスコーはこれを狙ってるんだと思ったんだ!きっとあいつにとって大事なものなんだと思ったから取りに来いって呼び出した………」

シュウ「………なるほど、父親の仇取るのに呼び出すエサにしたわけか」

テウタ「(イーディ……お父さんの仇をとろうって、ずっと考えてたんだ…)」

SE:ルカの携帯の着信バイブ

ルカ「はい、ディアンドレ…………そうか、分かった」

テウタ「ルカ?」

N「ルカは険しい顔で大きく息を吐いた」

ルカ「今、病院でロスコーが死んだ。左胸に2発。失血死らしい」

N「イーディは震えていた。そして大きく見開いた目から涙がこぼれ出す」

イーディ「ぅ……ぁ…………」

N「リンボは険しい顔のまま、身をかがめてイーディに顔を近づけた」

リンボ「差し迫った危険がそこにあった。そうだろ?」

イーディ「ぅ…くっ…(泣きながら)」

リンボ「相手は大人で、お前は子どもだ。ましてや向こうはギャングのボスだ。向かい合うだけでも怖い。
殺されるかもしれないって思うよな?」

N「リンボは言い聞かせるように、ゆっくりと続ける」

リンボ「だってお前は子どもなんだ。危険を感じたから撃った。撃つしかなかった。そうだろ?」

イーディ「…………」

N「イーディは歯をくいしばって、ぎゅっと目を閉じた」

ルカ「(強い口調で)リンボ」

N「ルカが声をかけようとすると、リンボはそれを制した」

リンボ「もう一度言う。いいか、よく聞け。差し迫った危険がそこにあった。命の危険を感じた。だから撃つしかなかった。そうだろ?」

N「リンボの言葉の意味を、テウタもようやく理解した。差し迫った危険がそこにあった命の危険を感じた。だから撃った。つまり、リンボがルカの目の前で証明したいのはこれが『正当防衛』だということだ」

ルカ「自供だけじゃ、正当防衛は成立しない」

リンボ「ああ、そうだ。でもイーディには命を狙われてた証拠がある」

テウタ「…………」

N「テウタは大きく息を吐いて、少しだけイーディ達から離れた。頭の中を整理する。イーディはロスコーを殺した。殺してしまった。きっとリンボなら、正当防衛を勝ち取れるだろう。黒い噂の絶えないギャングのボスが死んで、イーディは重罪を問われることなく元の生活に戻る」

シュウ「何を考えてるんだ?」

テウタ「…………私なら、止められるかもしれない」

シュウ「時間を遡るってやつか?遡ってどうする?ロスコーを助けるのか?」

テウタ「………こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれないけど、ロスコーを助けたいって気持ちはない。助けたいのは、イーディの方だよ」

テウタ「あの子、お父さんを殺された被害者なのに、なんで人を殺すような重荷を背負わされなきゃいけないの?なんでそんな選択、あの子がしなきゃいけないの?」

シュウ「それが復讐ってもんだ」

テウタ「シュウ、言ったよね?こびりついて消えないものがあるって。イーディは殺しの意味を分かってないって」

シュウ「…………」

テウタ「私は、私が正しいと思うようにやってみる。だから、止めないで」

シュウ「時間を遡るなんて、止め方分かんねーよ。………でも、できることならそうしてくれ(ふっと笑って)」

N「テウタは目を閉じた」

テウタ「(集中しなくちゃ。暗い、暗い、映像の向こう側へ…………)」

 

=======遡った数時間前。フリーモントモーテルにて=====

テウタ「(ここ、どこっ!?私、誰になった!?)」

テウタ「(ここは…………モーテル?えっと…フリーモントモーテル…)」

N「目の前には清掃用具を乗せたカート、モップ、ごみ袋…どうやら清掃員のようだ」

N「胸についているネームプレートには『モーガン』と書かれている。とりあえずポケットを探ってみるが携帯電話はない。あるのはおそらくチップであろう数ドルだけだ。腕時計を見るとリンボ達が警察署へ向かうよりも前だった。今からロスコーを探すのは無理だとしてもイーディはまだカルメンの店にいるかもしれない」

テウタ「(どうにかしてリンボ達に連絡を取れればいいんだけど…公衆電話なんてあるのかな)」

N「周囲を見回すとテラスにいる人たちが目に入った。トランプかなにかをしているようだ」

モーガン「あの、すみません。携帯を貸してもらえませんか。ちょっと急いでるんです」

客「ん?今いいところなんだ。あとにしてくれ」

モーガン「本当に少しだけでいいんです、すぐ済みますから!」

客「こっちは勝負してんだよ、邪魔しないでくれ」

テウタ「(どうしたらその気になってくれるかな)」

モーガン「な、なら私と勝負しない?」

客「あんたと勝負だって?」

モーガンコイントスで勝負よ。私の掛け金は10ドル。勝ったら携帯を貸して。どう?」

客「そんなに電話したいなら公衆電話でも探せよ。どっかにあるだろ」

モーガン「(机を叩いて)すごく急いでるの!勝負するの!?しないの?どっち?」

客「わ、わかったよ…」

N「テウタはシュウに教わったコイントスの方法を思い出す」

テウタ「(確かやり方は…………人差し指でコインの外側を擦るんだよ。フリスビーみたいに回転させるだけで表と裏は同じままになるはず………)」

モーガン「さあ、どっち?」

客「表だ!」

テウタ「(表のままトスしたからこれは表。つまり手を開くときにひっくり返して………)」

モーガン「裏よ」

客「何!?ちくしょう、外したか」

モーガン「ほら、早くして!携帯よ!ちゃんとロックは解除して!」

客「わ、分かったよ、ほら」

モーガン「ありがとう」

テウタ「(どうしよう……えっと、リンボ………いや、ここはシュウにかけた方がいいのかも。シュウならトンプソンの路地裏って伝えればロスコーに近づけるかもしれない)」

モーガン「もしもし、シュウ!?私、テウタ!」

シュウ「あ?お前誰だ?」

モーガン「テウタよ、信じて。信じられなくても言うこと聞いて!聞かないと、あとでシュウもきっと後悔する」

シュウ「ひでえ脅しだな」

N「テウタは構わず続ける」

モーガン「いい?イーディはロスコーに復讐するためにカルメンの店を抜け出す。武器は銃。左胸に2発で失血死だった。ロスコーを撃つ前に、イーディを止めて欲しいの!お願い!」

シュウ「ふうん……」

テウタ「(シュウ、信じてくれてないかもしれない…でも今はシュウが信じてくれるって信じるしかない!)」

モーガン「…イーディは、殺すことの意味も自分に返ってくる感情がどんなものかも知らない。あの子は、父親を殺された被害者だよ。そんな重荷を背負うべきじゃない。私はそう思った」

シュウ「だから時間を遡って、ねえ…」

テウタ「(もう時間がない…今ならルカに連絡しても間に合うかも)」

モーガン「もう時間がないの!聞く気がないなら…」

ルカ「ロスコーの居場所は?俺が先回りする」

モーガン「トンプソンの路地裏にある廃ビルよ!信じてくれてありがとう。もどったら私も行くから!」

テウタ「(間に合って…………お願い…………!)」

N「テウタは目をぎゅっと閉じる」

=======トンプソンの路地裏=====

テウタ「(戻ってきた…………!)」

N「周囲を見渡すとそこは警察署ではなかった。ここはどこなのか。何が変わったのか、腕時計を見るとロスコーが死んだ時間をさしていた。目の前にいるロスコーは胸を押さえている」

イーディ「あ…………ぁ…………」

N「リンボの横に銃を構えたイーディが呆然として立っている。ロスコーは胸を押さえたまま膝から崩れ落ちた」

リンボ「イーディ、貸せ!」

N「リンボが震えるイーディの手から銃を取り上げた。倒れていたロスコーが立ち上がろうとするのに手を貸したのはシュウだった」

テウタ「(シュウ?ロスコーは生きてる…………!?)」

N「テウタがシュウに連絡した。だから一行は此処にいる。けれどロスコーが撃たれたということは状況は変わっていないのだろうか」

ロスコー「おい、お前。俺を狙ってくる奴がいるから防弾ベストを着ておけってこのことだったのか?」

N「ロスコーは隣に立つシュウに声を掛けた」

ロスコー「このクソガキ、俺を呼び出して撃とうとしたんだな。お前の父親と同じように殺してやろうか?」

N「ロスコーが銃を抜いた」

テウタ「ちょ、ちょっと!」

SE:パトカーのサイレン音&車のブレーキ音

ルカ「ここにいる全員、両手を挙げろ!」

リンボ「早く助けてくれ!こいつが子どもを撃とうとしてる!」

N「リンボは大きな声で叫びながら両手を挙げたまま銃を足元に置いた」

ロスコー「違う!そのガキが俺を撃ったんだ!見ろ!」

N「ロスコーは撃たれたはずの胸をみせる。防弾ベストを着ているというだけあって、血は出ていない」

リンボ「いや、イーディは撃ってない。こっちはオモチャの銃だからな」

N「リンボは足元に置いた銃をルカの方へ蹴る。ルカは拾ってマガジンを取り出した」

ルカ「空砲か」

ロスコー「どういうことだ!?見ろ、ここに撃たれた跡が…………」

N「ロスコーが胸を触って防弾ベストを確かめようとした途端、胸の辺りは更に大きな音を立てて弾けた」

ロスコー「な、なんだ、これ!?」

N「シュウは携帯で何かを操作していた」

N「シュウが何かを操作すると、ロスコーの防弾ベストが大きな音を立てる。そういう仕組みらしい」

ロスコー「てめえ、ハメやがったな!?このベスト、細工してやがったんだろ!」

シュウ「ベスト貸してやろうかって言ったら喜んで受け取ったのはあんただろ?後はこれも役に立つかな…………」

N「そういってシュウは更に携帯を捜査する」

ロスコー「お前の父親と同じように殺してやろうか?」

ロスコー「て、てめえ!?録音してやがったのか」

リンボ「あー、シュウ?俺ちょっと聞き逃しちゃったかも?(大袈裟に)もう1回頼める?もうちょっと大きな音で」

シュウ「はいよ」

ロスコー「お前の父親と同じように殺してやろうか?」

ロスコー「やめろっ!」

N「ルカは銃をロスコーに向けたまま近づく」

ルカ「なるほどねえ。これは取り調べの必要がありそうだな?ほら、大人しくしろ!」

====ニューシーグ警察署======


ヴァレリー「あんた達、揃いもそろってとぼけちゃって」

リンボ「とぼけてねえって。ちゃんと事情聴取に協力してるだろ?だいたいなんで姉さんがいるんだよ」

ヴァレリー「あたしはロスコーが関わってる案件をいくつも抱えてんの。だからこうして直々に、事情聴取にもわざわざ同席してやってるわけ。そうよねえ、ルカ?」

ルカ「そうです、そうです、その通りです」

テウタ「(ルカ………ヴァレリーさんにビビってるな…)」

ヴァレリー「ロスコーの話じゃ、妙な情報屋がロスコーが雇った殺し屋を殺した奴を知ってるとか言って近づいて来て、狙われてるから防弾ベストを着るように渡された、と」

ヴァレリー「で?その防弾ベストには細工がしてあって、イーディの持ってた銃は空砲で?その情報屋ってのはシュウ、あんたのことなんじゃないの?」

シュウ「知らねえって言ってんだろ?何回確認するんだよ。さっき制服警官にも話したぞ、知りませんってな。なあ、ここほんとに禁煙か?煙草吸っていい?」

リンボ「俺はたまたまあの場に通りかかっただけだ。可哀想な子どもがガラの悪い男に絡まれてたら、そりゃ当然声をかけるだろ?」

ヴァレリー「はあ…………ほんと…………なんなの…」

N「ヴァレリーは大きくため息をつく。しかしその顔には不自然なほど笑みが浮かんでいる。周囲を見回して、口元に手を当てて囁いた」

ヴァレリー「(小声で)ぶっちゃけロスコーを引っ張るネタが欲しかったのよ。でもあたしが身内使って差し向けたみたいに見えたら困るでしょ?だから、今から思い切り怒鳴るわよ」

ヴァレリー「(机を叩いて)ったく!あんた達は法と秩序ってもんを分かってない!事件捜査ってのは決まったプロトコルがあんの!!」

ヴァレリー「(小声で)プロトコルなんてクソ食らえよ。手順なんか守ってるから毎回ロスコーを取り逃すんだから」

ヴァレリー「あんた達はいつも何か企んでるわよね?ん?いつか痛い目見るわよ!」

ヴァレリー「(小声で)ほんと!サンキュね!大好きよ、可愛い弟!」

リンボ「なあ、もしかして姉さんがイーディの件、俺につないでくれたのってまさかロスコーの事を調べさせるのが目的で…………?」

ヴァレリー「そんなことないわよォ?あらっ、そろそろ時間だわ、急がないと。行くわよ、ルカ」

ルカ「はあ…………」

N「ヴァレリーは颯爽と立ち去って行った。ルカはげんなりしながらそれについていく」

=====廊下にて====

シュウ「ちょっと喫煙所行ってくる」

リンボ「あれ?ヴォンダ?」

ヴォンダ「おお、リンボか。調子はどうだ?」

リンボ「どっと疲れたところだよ」

ヴォンダ「はは、ちょうどご機嫌のヴァレリーとすれ違ったけど、それが原因かな?」

リンボ「そんなところだ。…………あ、お前は初めてだっけ?姉さんの上司のヴォンド・ウォルドーフ。ヴォンダ、こちら友人の…………」

テウタ「テウタ・ブリッジスです」

ヴォンダ「地方検事のヴォンダです。よろしく」

リンボ「噂、聞いてるよ。最高裁の判事の席がひとつ空くのを狙ってるんだって?」

ヴォンダ「ああ、その話か。ただの噂だよ。ゆっくりコーヒーでもってお誘いしたいところだけどちょっと今日は仕事が立て込んでてね。今日はこれで」

リンボ「またな」

N「地方検事のヴォンド・ウォルドーフ。テウタはもちろん知っていたが実際に会うのは初めてだった」

リンボ「(小声で)姉さんとは良い感じらしいけどそれを言うと姉さんに殺されるから気をつけろよ」

テウタ「肝に銘じておきます…………」

SE:靴音

テウタ「あ、シュウ。おかえり」

N「イーディは俯いたまま、ぽつんと廊下の椅子に座っていた」

リンボ「イーディ、もう少ししたらお前も事情聴取に呼ばれる。どんなことを話したらいいか、わかるな?」

イーディ「(小さく)うん」

N「イーディの声は小さく震えていた」

シュウ「人を撃つのはどんな気分だった?」

イーディ「え…………」

シュウ「…………」

イーディ「…怖かった」

シュウ「だろうな」

SE:靴音

テウタ「あ、カルメンさん」

カルメン「お母さんはあっちにいるワ。手続きとかが必要って呼ばれて…」

イーディ「(涙声で)母さん…」

シュウ「お前さ、家族を守れるのは自分だけって言ってたよな。ロスコーを撃ち殺して逮捕されてたらどうするつもりだったんだ?」

イーディ「…………」

N「イーディは答えられずに俯いた。」

イーディ「(声を詰まらせながら)復讐なんて意味ないって、分かってる。でも、それだけで頭がいっぱいになるんだ。どうしていいか分からない………」

イーディ「父さんが死んだとき、色んな事を考えた。もし生まれた場所が違ってたら、もっと楽な生活が出来てたかもしれないって…………」

イーディ「生まれ変われたら………欲しいものがたくさんある。この街じゃない、どこかもっと遠くに生まれたい………そんな風に思った」

イーディ「どうしていいか…………分からないんだよ………!」

テウタ「…………」

テウタ「…………欲しいものは、全部手に入れていいの」

N「テウタはイーディの手を強く握った」

テウタ「私もね、家族を誰かに殺された。でも世の中には病気にもならず、事故にも遭わず、良いことばっかりある人もいる」

テウタ「不公平だって思うよね?私もそう思う」

テウタ「私も君も、運がある方じゃないのは確かだよ。それでも、生きていく覚悟をしなくちゃ」

テウタ「君が行きたい世界があるなら、君からそこに踏み出すの」

イーディ「(泣きながら)ありがとう…」

N「イーディはテウタの手を強く握ったままもう片方の手で顔を覆って泣き続けた」

N「リンボはイーディの頭をくしゃくしゃにして撫でた」

リンボ「誰かを幸せにしたいなら、自分がまず幸せになるべき。これ、リンボ哲学な」

リンボ「それから、お前の弁護士として助言だ。お前は13歳の犯罪者だ。軽犯罪でも重ねていけば選択肢はあまりない。言いたいことは、分かるな?」

カルメン「仕事を探してるなら、いつでも相談に乗るわヨ」

シュウ「カルメンのとこはやめとけ、飯が不味い」

カルメン「うちは全部お取り寄せメニューなのヨ!不味いのはたまによ、たまに!」

N「イーディはようやく笑顔を見せた」

リンボ「あとは形式的な書類手続きだけだな。メシどうする?食って帰るか?」

テウタ「あ、クロちゃんたちどうするかな。なんか買って帰る?」

リンボ「じゃあ中華にしようぜ。俺、回鍋肉食いたいなー。ほら、キリン・デリの回鍋肉は油がカギで……」

テウタ「か、鍵!そうよ、鍵!」

シュウ「どうしたんだよ急に」

テウタ「イーディの靴下の中の鍵!」

カルメン「靴下の、中?」

イーディ「え!?」

テウタ「イーディの靴下の中!ロスコーがイーディを狙っていた理由は靴下の中に隠した鍵よ!イーディが盗んだ車の中にあって持ち出しちゃった鍵!」

リンボ「お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」

シュウ「…………」

テウタ「えっと、それは、その…あれよ、その………」

テウタ「(別に隠しておくことでもないけどイーディやカルメンは私が時間を遡れるってことは知らないし、ここで説明してもなんかおかしなことになるよね…なんて誤魔化そう)」

シュウ「はあ……」

シュウ「俺がロスコーんとこに行ったときに鍵の事聞いたんだ。で、まあ隠しておくなら靴下だろうなって、こいつに話してたんだ」

N「シュウはそういってちらりとテウタの方を見て微笑んだ」

テウタ「(シュウ、ありがとう!)」

N「イーディは黙って鍵を差し出した」

テウタ「これ、なんの鍵だろう…」

イーディ「車のダッシュボードに封筒に入ってしまってあったから、きっと金庫の鍵かなんかだと思って…………」

シュウ「貸金庫、かな。チップが付いてるからクロに頼めば何の鍵かすぐにわかるだろ」

リンボ「これは俺らが預かっとく。いいな?」

イーディ「うん…でもそうしたら、リンボ達が危ないんじゃ」

N「シュウが鍵を手に取り、手首を返して両手を広げて見せた。まるで手品のように鍵はもう消えていた」

シュウ「鍵は消えた。お前の記憶からも消えた。だろ?」

N「イーディは黙ってうなずいた」

ルカ「リンボ、それにイーディ。こっち来てくれ」

リンボ「よし、行くか」

N「リンボとイーディはルカのもとへ向かった」

テウタ「きゃっ!?か、かか、カルメンさん!?」

カルメン「ちょっと、あなたのことハグしてもいい?ねえ、いいデショ?」

テウタ「え、あの、もうしてます…………!」

N「カルメンの柔らかな胸が押し当てられる」

カルメン「あら、ごめんなさいネ。あなたのさっきの話、ちょっとジーンと来ちゃって」

テウタ「さっきの話?」

カルメン「『行きたい世界があるなら、そこに踏み出すの』ってやつ。アタシもね、イーディの気持ちがよくわかるのヨ。同じブラックホークの出身だからネ」

テウタ「そうだったんですか…?」

カルメン「そうヨ。だから『どこかもっと遠くに生まれたい』っていうイーディの気持ちもよくわかるノ。
アタシもそう思ってた」

カルメン「アタシには、手を引いてくれる人がいた。イーディには、あなたがさっき素敵な言葉をくれた。
きっとあの子は大丈夫ヨ。アタシみたいな立派な大人になるわ」

テウタ「そうだといいな」

カルメン「それじゃ、アタシは行くわ。またお店に来てネ!サービスしちゃうワ!」

SE:ヒール音

シュウ「リンボの奴、どのくらいかかるか分かんねえから先に買い出しいこうぜ。飯、中華買うんだろ?」

テウタ「そうだね。クロちゃんたちにも連絡しとこうっと」

N「シュウはさっさと歩きだした」

テウタ「…………」

テウタ「ねえ、シュウ」

シュウ「あ?」

テウタ「私、シュウはイーディを止めに行くんだと思ってたんだ」

シュウ「止めたじゃねえか」

テウタ「そうじゃなくて。イーディがロスコーを撃たないように止めるんだと思ってたの。どうしてわざわざイーディに撃たせたの?」

シュウ「…………」

シュウ「人を撃つってことがどんなことか知ってほしかったんだよ」

N「あの時の、シュウの言葉を思い出した」

イーディ「まるで人を殺したことがあるみたいな言い方じゃんか」

シュウ「あるよ。それも大勢、な」

テウタ「…………」

シュウ「もしもーし?電源切れたか?それとも電波悪い?」

テウタ「(シュウは、殺し屋。人を殺す。大勢殺したことがある…………)

テウタ「(小声で)怖くないのは、どうしてだろ」

シュウ「何がだよ?」

テウタ「なんでもない」

シュウ「あ?ちゃんと喋れよ。主語と述語、ライターならそれくらいわかるだろ?」

テウタ「私、シュウの事、怖くない」

シュウ「なんで片言なんだ?」

テウタ「ふふ。思った通りに言ってみただけ」

シュウ「ふうん…………怖くないって?本当に?」

N「シュウが一歩近づき顔を近づける」

シュウ「俺が殺し屋でも?」

テウタ「怖くないのは、なんでだろうね」

シュウ「ふん………変な奴だな」

テウタ「ねえ、シュウは怖くないの?」

シュウ「なにが?」

テウタ「殺すことの意味。『こびりついて消えないもの』は、怖くないの?」

シュウ「…………」

シュウ「(背を向け)怖いよ。ずっとな」


=====スケアクロウ邸宅====

ルカ「なんだよこれ、でっけえ家だなあ………」

N「どうしてもと言って聞かないルカとアダムをスケアクロウの家に招待することになった。」

アダム「ここの家主はどんな仕事をしてる人なの?」

テウタ「うーん…………デイトレーダー………?」

テウタ「(フィクサーって仕事として紹介していいのかな…)」

テウタ「あれ?誰もいないのー?クロちゃーん?ルカとアダム、連れてきたよー?」

スケアクロウ「(少し遠くから)あ、こっちこっちー!」

テウタ「(外かな?)」

ルカ「なんだなんだ?この浮かれた連中は…………」

アダム「…………」

リンボ「よお、ルカ。ようこそ、我が家へ」

スケアクロウ「お前の家じゃねえって、俺の家!……(咳払いして恰好つけて)どうも、スケアクロウです」

ルカ「…………」

スケアクロウ「な、なな、なんすか?」

ルカ「なーんか匂うな?お前、仕事なに?」

スケアクロウ「し、仕事!?え、えっと…………」

N「テウタはルカから見えない位置でスケアクロウに合図を送る」

テウタ「(小声で)デイトレーダーデイトレーダー!」

スケアクロウ「え?え?で、デイ?」

アダム「デイトレーダーって、さっきテウタに聴いたけど」

スケアクロウ「そ、そう、そうなんだ!デイトレーダー!結構儲かるんだぞー、はは………」

ルカ「…………」

アダム「…………」

リンボ「そんなに心配しなくたって俺達それほど悪い人間じゃないぞ」

ルカ「…………」

N「ルカは全員の顔を見た後テウタのことをじっと見つめる」

テウタ「な、なに!?」

アダム「…………」

N「ルカとアダムは黙って顔を見合わせて小さくうなずいた」

アダム「テウタを信じて、僕らは心配しすぎるのをやめるよ」

ルカ「お前らがどんな人間かは知らないけど、この子のことはよーくわかってる。顔を見ればお前らの事をどう思ってるかわかるからな」

N「ルカはテウタの肩をポンと叩いた」

ルカ「いい大人なのに干渉しすぎって思うかもしれないけど、そこはさ、うちら家族なんだから、心配するのは止めらんないわけよ」

テウタ「うん。わかってる。ルカもアダムも、ありがとう」

ルカ「おい、家主!この家は客人に茶も出さないのかよ?」

スケアクロウ「え!?あ、えっと、お茶!お茶ね、何茶にする?」

ルカ「バーカ、この時間ならビールだろ、ビール!」

スケアクロウ「は、はいっ!あ、そっち!中入って!ソファ勝手に使って!ね!」

スケアクロウ「ビール、ビール…………!(走っていく)」

ルカ「あ、そういえば。ほら、これ」

N「ルカは大きなスポーツバッグを床に置いた」

ルカ「あんたのアパート、瓦礫が一部撤去されるのに立ち会ったんだ。で、あんたの私物ってわかるものはあたしが引き取ってきた」

テウタ「そうだったんだ、ありがとう!」

N「テウタの部屋にあったものは盗難に遭わないように貴重品のみ早い段階で消防署の人間が持ち出してくれていたがそれでもまだ手元に戻ってきていない私物は多くあった」

テウタ「(本とかは数が多いからまだ持ち出せてないんだよね………)」

SE:ジッパー音&猫の鳴き声

テウタ「きゃっ!」

ルカ「わわっ!?なんだなんだ!?」

N「開いたバッグの中から勢いよく『何か』が飛び出してきた」

アダム「大丈夫?なんか猫みたいにみえたけど………」

シュウ「…………(肩に猫が乗っている状態で)」

ヘルベチカ「それ、猫ですか?」

スケアクロウ「ね、ねね、猫!?どこから侵入した!?」

テウタ「猫ちゃん!?」

モズ「………この前の」

N「それはテウタのアパートの近くにいた猫だった。どうやってバッグの中に入ったのだろうか」

SE:猫の鳴き声

シュウ「どうすんだ、これ」

リンボ「ばか、おい!」

N「シュウがぽいっと猫を放り投げるように床へ降ろすと慌てたリンボがキャッチする」

N「リンボは優しく床に降ろすと、頭を撫でる」

リンボ「いい子だな、おー、よしよし(やさしい声で)ほら、お手」

テウタ「リンボ、犬じゃなくて猫だよ」

リンボ「あ、そっか………でも俺、大型犬しか飼ったことないんだよ。………っておい!今の見たか!?
こいつお手したぞ!」

シュウ「たまたまだろ」

ルカ「荷物引き取るときに紛れ込んじまったのかな。(優しめに)おーい。お前、あとであたしが元の場所まで連れて………」

SE:鳴き声

ルカ「バカ!ちょっと待て!どこ行くんだよ!」

スケアクロウ「…………」

シュウ「クロ、どうしたんだ?」

ヘルベチカ「猫が怖いんですか?」

スケアクロウ「こ、怖いわけないだろ、あんな小さいの。別に………怖くないけど…」


SE:鳴き声

スケアクロウ「わあっ!?く、来んな!こっち来んな!」

N「スケアクロウは大袈裟に身を引いて猫を避けた。猫はそのままシュウの足元にすり寄った」

シュウ「…なんだよ」

シュウ「こっち来んなって」

N「シュウが足を避けると猫は寂しそうに座ってシュウを見上げる」

リンボ「おい、シュウ。お前、モテ期来たんじゃねえか?」

シュウ「興味ねえな」

テウタ「猫ちゃん、ほら、こっちおいで」

N「しゃがんで手を伸ばしながら呼ぶと猫はゆっくりと近づいてきて座る」

テウタ「ねえ、猫ちゃん。間違ってバッグに入りこんじゃったのかな?あとで元の場所に連れて行ってあげるからねー」

SE:鳴き声

N「テウタの言葉を聞いた猫はまた走り出し、今度はモズの肩に飛び乗った」

モズ「どうしたの?」

N「モズが話しかけると猫はまるでそれにこたえるかのように鳴く」

テウタ「(なんて言ってるのか分かればいいんだけど…………)」

スケアクロウ「な、なあ、猫って人間の言葉分かるのか?そしたら、早く帰れって言ってくれよ、な?な?」

モズ「猫の認知能力に関する研究はいくつかあるけど、人間の大脳皮質の言語中枢と同じ役割を担う組織は…………」

SE:鳴き声

モズ「つまり、猫は人間の言葉を言語として理解する能力はないけど人間の生活環境に入り込んで生きている猫は、人間に対してコミュニケーションを取ろうとすることはある」


N「モズは猫の身体を優しく撫でる」

モズ「この体長にしては脂肪分が少ないし、この前身たときよりも少し細くなってるようにも見えるね」

モズ「テウタと同じでこの子、生活する場所がなくなっちゃったんじゃない?」

テウタ「そうなの?」

N「モズの肩にいる猫に顔を近づけるとなんだか悲しそうな声で鳴いている」

テウタ「…………」

テウタ「ねえ。クロちゃん、あのさ…………」

スケアクロウ「だめだめだめだめ!お、俺、結構空気読めるタイプだから分かったぞ!だから先に言っとく!だめ!絶対!」

リンボ「クロちゃん、心狭いぞー!」

ルカ「そうだそうだー!」

スケアクロウ「う、うちはペット禁止!」

テウタ「ちゃんと世話するから!」

ヘルベチカ「僕はしませんよ、先に言っときますけど」

シュウ「俺も」

リンボ「俺は………散歩、とかなら」

アダム「猫に散歩は必要ないんじゃないかな」

リンボ「そうなの?犬は毎日必要だったぞ?」

アダム「それは犬だからだよ」

テウタ「ねえ、おねがい!」

スケアクロウ「だ、ダメダメ!だって、みんなが留守の時、俺そいつとふたりきりになるってことだろ?無理無理無理!無理だって!」

テウタ「お願いお願いお願いお願い」


スケアクロウ「ダメダメダメダメダメダメダメダメ!」
テウタ「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!(クロと同時に)」

テウタ「むー…………!」

モズ「この子、テウタに似てるよね」

スケアクロウ「え?」

モズ「急に家をなくして困ってるし、でもくじけずに頑張って生きてる」

スケアクロウ「う、うん…………」

モズ「でも、住むところがないまま、また街に放り出されたらこの子はどうなるんだろ」

スケアクロウ「うぐっ…………!つ、つよく生きていくだろ!ど、動物だし!」

モズ「……………………」

テウタ「……………………」

スケアクロウ「そ、そんな顔で俺を見るなよ!絶対ダメだって!」

モズ「…………」

テウタ「…………」

スケアクロウ「…………」

スケアクロウ「…………分かった。(渋々)俺は心が広い。だから…………いいよ、ここに一緒に住んでも」

テウタ「ほんとっ!?」

スケアクロウ「ただし!いいか、よく聞けよ、この家の家主は俺だ。俺への敬意を忘れたり、俺の悪口を言ったりしたら罰金だからな!」

シュウ「猫がどうやって払うんだよ、バカだなクロは」

スケアクロウ「ほらそこ罰金!」

シュウ「はいはい」

モズ「…………抱っこしてみる?」

スケアクロウ「いや!いい!ほんといい!全然!いらない!!」

テウタ「フワフワのモコモコだよ?」

スケアクロウ「いや!ほんといい!!!」

ヘルベチカ「猫に何か嫌な思い出でもあるんですか」

スケアクロウ「ヘルベチカだってさっきから触ってないじゃんか!」

ヘルベチカ「僕は平気ですよ」

N「ヘルベチカは近づき、モズの肩にいる猫を優しく撫でたあと、携帯で写真を撮った」

モズ「何してるの?」

ヘルベチカ「これですか?写真撮ってるんです。動物の写真を携帯に入れておくと女の子と話すときに色々役に立つので」

テウタ「(…………そんなことだろうと思った)」

モズ「スケアクロウは?怖い?」

スケアクロウ「犬も猫も、触ったことないんだってば」

テウタ「そうなの?でも大丈夫だよ。この子は怖くないって」

スケアクロウ「わ、分かった…………ちょっと!!!ちょっとだけな!」

N「スケアクロウがおそるおそる手を伸ばす」

SE:猫の鳴き声(怒り)

スケアクロウ「うわっ!いだだだっ!」

スケアクロウ「いってえ!…………このニャンコロ!おい!待て!今の『ニャー』は俺の悪口だろ!罰金払え!!」

スケアクロウは猫を追いかけて走っていき)

シュウ「なあ、クロから聞いたか?」

テウタ「何を?」

シュウ「イーディが持ってた鍵は銀行の貸金庫の鍵だった」

テウタ「そうだったんだ。中身もわかったの?」

シュウ「ああ、札束に債券。金とダイヤ。」

テウタ「いかにもってかんじだね。それ、どうしたの?」

シュウ「綺麗な金に換えて俺達の報酬にするってさ」

テウタ「…………そうなんだ」

シュウ「それともうひとつ。妙なデータメモリがあった」

テウタ「データメモリ?」

シュウ「クロでも簡単に開けないくらいのセキュリティだとよ。ギャングどもも恥ずかしい秘密でも入ってるのかもな」

テウタ「へえ…………特ダネの予感じゃない?」

シュウ「いいや、別に」

(煙草に火を点け)

テウタ「あ、ちょっと、部屋の中で吸ったらクロちゃんに怒られるよ?」

シュウ「キッチンの換気扇とこ行けばいいだろ」


===============================================

アダム「光と闇は結ばれ、闇はいつしか晴れる」

アダム「ひとりでは背負いきれないような重荷も、あなたを遠くへはばたかせる、
翼の重みに変わる日がくる」

 

 

BUSTAFELLOWS⓵

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#1

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ  (アダム カルメン オーランド)
♂ モズ   ( 記者B オルテガ ペペ )
♂ ヘルベチカ   (前半N 検視官B ピザ屋)
♂ スケアクロウ  (検視官A ドミンゲス ) 
♀ ルカ     (患者  記者A 謎の美女 店員  子ども  大家さん アニマ)
♀イリーナ   (アレックス  刑事 裁判長 通行人  プロローグ・後半N)

(被り)
♂ アダム
不問アレックス
♂ カルメン
♂ ペペ
♀ イリーナ
不問 N
♂ ドミンゲス
不問 刑事
♀ 患者
♂検死官A
♂検死官B
不問(♀)裁判長
♀記者A
♂記者B
♂オーランド
♀謎の美女
♂ピザ屋
オルテガ
♀通行人

推奨比率 530

おすすめ配役(被り)

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ    
♂ ヘルベチカ  
♂ スケアクロウ
♀ ルカ

 

★画像つきですっきり解説登場人物一覧


★ATTENTION
※この作品は、switch版ソフトBUSTAFELLOWSの書き起こし台本です。
あくまでも個人で楽しむために作ったものなので配布や表での上演は
ご遠慮ください。適宜一人称等変えてもらっても構いません。


【prologue】

 

スケアクロウ「もしもーしリンボ?そっちはどうだ?」

リンボ「ああ、もうすぐニューシーグに着く」

シュウ「随分早かったな」

ヘルベチカ「次の狙いはバンク・オブ・ニューシーグの頭取でしたっけ?大物ですね」

モズ「危険がないといいけど。リンボはいつも無茶をするでしょ」

リンボ「大丈夫だって。いつもなんとかなってるだろ」

N「アメリ東海岸の大都市、ニューシーグ。華やかなこの街で暗躍する5人の男たちが居た。」

N「絶対無罪の悪徳弁護士 リンボ」

リンボ「世のため人のため、自分たちのため」

N「殺し屋を静かに消し去るキラー・キラー シュウ」

シュウ「お前が世のため人のためねえ」

N「外見を作り替えるプロフェッショナル ヘルベチカ」

ヘルベチカ「僕はほぼ自分のためですけど」

N「死のスペシャリスト モズ」

モズ「あんまり興味ない」

N「『自称』裏社会のボス スケアクロウ

スケアクロウ「なんか燃えるなあ~ 謎の裏組織って感じで!」

N「そんな彼らに出会った一人の少女、テウタ。彼女には彼らの運命を変える特別な能力があった」

リンボ「待ってて、私があなたを助けてあげる。どんなに悪いことでも、私にとっては再放送なの」

 

(第一章)


=======ニューシーグ警察署内=====


リンボ「アンタか?俺に会いたいっていうのは」

N「警察署内の面会室。埃っぽくて、どこかカビ臭い。男は椅子に腰掛けるなり、足を机の上に投げ出した。」

ドミンゲス「あなたが、リンボ。あの悪徳弁護士の……。」

リンボ「(ホットドッグを頬張りながら)これから弁護を頼もうっていう相手に向かって悪徳弁護士ってなあ。もう少し言い方あるだろ…。

刑事「あの、ここは飲食禁止よ。」

リンボ「マジで?悪い悪い。一気に食うわ。」

刑事「いや、だから飲食は…。」

リンボ「…んっ!(一気に飲み込んで)よし、もう飲食してないぞ。これでいい?」

刑事「…はあ(溜息をついて)何かあったら呼んで。(退出しながら)」

ドミンゲス「今、何時?」

リンボ「今?えっと、16時47分だけど…。」

ドミンゲス「街頭ビジョンでイヴニングニュースが始まったのが聞こえたからあれは多分17時ね。
ってことは、あともう少し…。」

N「リンボは不審そうに顔をしかめた。彼はまだ「彼女」がここに来た意味を知らないからだ。」

ドミンゲス「あなた、あと13分後にセントラルコアで死ぬのよ。刺されたのか撃たれたのか分からないけど、
とにかくセントラルコアで死んだの!」

リンボ「はっ、ジョークならもう少し笑えるやつにしてくれ。」

ドミンゲス「ジョークじゃないの。ちゃんと聞いて!」

ドミンゲス「その時間、あの場所にあなたがいなければ助かるかもと思って、ここに呼んだの。」

リンボ「……悪いけど、心神喪失責任能力無しってのは俺のポリシーに反する。そんな三流の手を使わなくても俺なら無罪にできる。お前にその価値があるならな。」

ドミンゲス「違うの!私はこの人……名前、なんだっけ。とにかく私はこの男の人でもなんでもないの。私は…」

リンボ「多重人格…解離性同一性障害、だっけ?そういう方針で行きたいなら、別の弁護士を…」

ドミンゲス「お願い、時間がないの。話を最後まで聞いてよ。あなた、映画観に行ってスクリーンに話しかけるタイプなの?」

リンボ「映画は黙って観るけど、面白くなければ途中で席を立つことはある。」

ドミンゲス「……いい?…テウタ。これが私の名前よ。」

リンボ「テウタ?お前の名前は…なんだっけ?ドミンゲス、だろ?」

ドミンゲス「私が何を言ってるのか分からないだろうけど、あなたは私の目の前で確かに死んだの。」

リンボ「はぁ(溜息を零し)…話にならないな、俺は帰るぞ。(椅子から立とうとし)」

ドミンゲス「待って!じゃあこうしましょう。このあとワイアットアープにあるカフェに来て。
ハリー&キースっていうお店。そこで会えたら、私がテウタだって証明する。」

リンボ「はっ、本当は俺は死ぬ運命で、お前が時間を遡ってここに呼びつけて、それを阻止した。
…とでも言うのか?」

テウタ「そうよ。私にとっては「再放送」なの。」

 

 

=======数時間前======


===ヘルベチカのオフィス====

ヘルベチカ「(柔和な笑みを浮かべながら)ご不満な箇所は?」

患者「目の周りの小じわが目立ってきたんじゃないかと…でもあんまり手を入れすぎると年を取った時に
汚くなるって聞いたし、気にしすぎかしら?」

ヘルベチカ「毎日鏡で見る自分の顔ですよ?気にしすぎなんてことはありません。そうですね…唇もほんの少し
ふっくらさせてもいいかもしれませんよ。」

患者「(うっとりした様子で)あ、あの…先生…」

ヘルベチカ「大丈夫。僕はいつでもあなたの味方ですよ。美しくなることを恐れないで。」

 

===モズの働く検死局にて===


モズ「全身の熱傷は死後のものと考えられる。死亡前の損傷としては、尺骨(しゃっこつ)と橈骨(とうこつ)、それに指骨と中手骨に細かい骨折が見られる。」

モズ「ねえ、君は火傷を負う前に骨を折ったんだね。痛かっただろうけど、これは死因になる程の損傷じゃない。教えて。君はどうやって死んだの?」

検死官A「(遠巻きに)主任、また死体に話しかけてるぞ」

検死官B「聞いたら答えてくれるんじゃないか?あなたの死因はなんですかーってさ。」

モズ「(マスクを下ろしながら)聞こえてないと思うなら耳鼻咽喉科、死体に話しかけて答えてもらえると思ってるなら精神科。病院、行ったほうがいいんじゃない?」

 

===どこかの廃ビルにて===

(銃声が響く)

シュウ「………。」

シュウ「悪いな。復讐の種は一粒も残すな、それがお師さんの教えだ。」

シュウ「……(煙草を吸いながら)自分が死ぬ日を選べる奴はいないが、今日はまだマシな方じゃないか?
天気もいいし、渋滞もない。」

シュウ「……ま、もう聞こえちゃいないか。」

 

===裁判所にて===

裁判長「弁護側の証人の発言は、事件そのものへの関与を示唆するものに思えます。あなたはこの殺人に関与し…」

リンボ「意義あり。今この証人に質問しているのは僕です。裁判長ではありません。」

裁判長「隠していることがあるんですか?法廷での偽証は許されませんよ。」

リンボ「嘘をつくのと、黙っているのとでは大きく意味が違います。裁判長なら修正第5条くらいご存じでしょう?」

裁判長「弁護人は黙りなさい。これは殺人事件の……」

リンボ「裁判長を忌避します。」

裁判長「な、何なんですか?法廷侮辱罪に問いますよ!」

リンボ「黙秘権を軽視するのは法廷侮辱罪に当たらないんですか?」

裁判長「はぁ…本法廷は明日まで休廷とします。(木槌を叩き)」


リンボ「(外に出ると電話が鳴り)ん?」

スケアクロウ「待たせたな、スケアクロウだ。それじゃ、良いニュースと悪いニュース、それから
もっと悪いニュース。どれから聞く?」


===バレ・ラ・ペーナの店内にて===


ルカ「そんなの、さっさと引っ越しなさいよ。夜寝ている間に天井抜けて落ちてきたらどうすんのさ」

テウタ「そうは言っても大変なの。入居した時の契約にあれが入ってたとか入ってなかったとかで、むしろ
修理費用を負担しなきゃいけないかもしれないって。」

N「テウタが住んでいるペニーレーンのアパートは、よく言えば古めかしい、包み隠さず言うなら古くて壊れかけ。ついこの間市から耐震強度不足を警告されて建て替えるか、取り壊すかの二択を迫られている。
…つまり、いずれにしても、新しい家を探さなくてはならないのだ。」

ルカ「あんたが住み始めた時からあの家はボロかったんだから、今にも壊れそうなのは大家の責任だっつの。
引っ越し費用出してもらったっていいくらいだろうが。」

ルカ「んで?どうするんだ?弁護士でもつけるのか?」

テウタ「契約書を隅から隅まで読んでなかったのが悪いって言われたら、そりゃそうなんだけどさ。
でも弁護士雇うのって、いくらかかるんだろ。」

ルカ「アダムに相談すれば?あたしだっていくらかは金貸せるし。」

テウタ「だーめ。私、友達とは絶対お金のやり取りしないって決めてるの。」

アダム「こんにちは。ゼロアワーのアダム・クルイローフです。まずは今日のヘッドラインニュースからお送りしましょう。先日ベネットカールスワーン氏の予備審問が行われ、正式に起訴が認められました…」

N「ちょうど、どこからかテレビの音が聞こえた。アダムの声だ。お昼のニュースだろうか。」

ルカ「あいつ、相当稼いでるだろうから、ちょっとくらいいいじゃんか。」

N「アダム・クルイローフ。ロシアの大企業の御曹司なのに家業を継がず、今はニューシーグの超人気タレントだ。」

テウタ「(三人が映っている子供のころの写真を取り出し)…。」

ルカ「なんだよ、そんな写真持ち歩いてんの?やっだー、3人とも超可愛い!」

N「3人は幼馴染で、同じ場所で育って、同じ学校に通った。ルカは警察官を、アダムはメディアの世界を、
テウタはジャーナリストを目指した。きっかけは、兄である。6年前、テウタの兄は誰かに殺された。
警察官だった彼は凄惨な現場に出るうちにいつしか心を病んでしまっていたらしい。
テウタの知らないうちに、彼女の知らない兄になっていた。ギャングやドラッグ…知らない世界に行ってしまった彼は、本当に消えてしまった。」

テウタ「(お兄ちゃん……なんで殺されたりなんか……)」

ルカ「おーい!きいてる?もしもーし」

テウタ「(フリーのライターの毎日はネタ探しで忙しい。毎週連載させてもらってる新聞のコラムだけじゃ
引っ越し費用も厳しいし……。)」

ルカ「もしもーし。こちら地球。応答せよ。」

テウタ「ん?なんの話だっけ?」

ルカ「なになに?もしかして今、例の時間を遡るってやつだった?」

テウタ「違うよ、ちょっと考え事してただけ。引っ越し費用とか、引っ越し費用とか、引っ越し費用とか…。」

ルカ「あんたのその変な能力がもっと便利だったらいいのにな。スパーンと時間を遡って、今のアパートを契約する前に戻るとかさ。」

テウタ「それが出来たらこんなに悩んでないよ。時間を遡ったところで、自分には戻れないんだもん。
気づいたら知らないおじさんになってたりするんだよ?」

テウタ「それに遡るって言っても、そんなに前に戻れたことないしね。」

ルカ「まあ便利かどうかは置いといたとしても、未だに原因とか分からないんでしょ?アダムも心配してたよ。
脳の病気とかそういうのじゃないかって。」

テウタ「大丈夫だよ。この前だってアダムが勝手に検査予約を入れて精密検査も受けたし、心理カウンセラーみたいな人にも診てもらったんだから。」

ルカ「ま、これに関してはあたしも半信半疑ってとこだけど心配はしてるんだからね?」

テウタ「ん、ありがと。」

ルカ「(携帯のバイブに気が付き)あ、悪い。あたしだ。はいはい……なんだねなんだね……
ったく、またかよ。」

N「ルカは携帯を取り出し、メールを開いた瞬間に眉間に深い皺が出来た。」

テウタ「どうかしたの?」

ルカ「リンボだよ、リンボ。あの悪徳弁護士。あいつのせいで捜査の邪魔ばっかりされるし、検察にもネチネチ言われるし、良い迷惑だ。」

N「リンボ・フイッツジェラルド。ニューシーグで有名な弁護士だ。それもただの弁護士ではない。
『悪徳』弁護士。どう見ても有罪だった事件も彼にかかれば無罪になってしまう。それも、ちゃんと合法的に。しかしそれがなんとも痛快で大人気の『ヒーロー』なのだ。」

テウタ「すごい人気だよね、あの人。私、ずっと取材したくて追いかけてるんだ。」

ルカ「あんた、マジであいつのこと記事にしたいの?」

テウタ「だって、リンボは弱気を助ける『ヒーロー』だって言われてるよ?」

ルカ「そこがまた腹立つのよね。うちらもさ、警察って仕事上、飲み込まなくちゃいけない理不尽がたくさんあるのよ。そういうのを鮮やかにかわしていくとこがまた……」

テウタ「正しいことが幸せとは限らないってね。」

ルカ「お、出たな。テウタ哲学。」

モズ「ルカ。」

ルカ「おう。……ああ、モズか。珍しいな、あんたがこんなとこに来るなんて。」

モズ「ルカに用があっただけ。ここにいるって聞いたから、これを渡しに。」

ルカ「……検死結果?そんなに急ぎの件あったっけ?」

モズ「大きな事件じゃないけど、検死は早いほうが埋葬も早くできるでしょ。」

ルカ「そうは言っても、身元が特定できないことにはなあ…。」

モズ「それ、早く見つけるのは君達の仕事。」

N「モズと呼ばれた青年は淡々と続けた。」

ルカ「はいはい、頑張りますよ……ってああ、あんたは初めてだっけ?こちら、モズ。
検死局の主任。で、こちらテウタ。あたしの親友でフリーの記者。」

テウタ「(主任?すごく若く見えるけど……)」

モズ「はじめまして。」

テウタ「はじめまして、こんにちは。」

N「テウタは手を差し出すが彼は手を取らない。何か変なことを言ってしまっただろうかと相手を見ると、
じっとこちらを見つめていた。」

モズ「……。」

テウタ「あの……?」

モズ「良い骨だなと思って。その顔の骨格、コーカソイド系だけど、眼窩(がんか)の骨の形が滑らかなんだろうね。良い形の窪みだと思う。」

テウタ「…なんか、素直にありがとうって、言いづらいんですけど…。」

N「差し出した手をテウタが引っ込めようとすると逆にぐいっと手を握られる。」

モズ「テウタ。それじゃさよなら。」

N「そう一言だけ言って、彼は去っていった。」

ルカ「変わったやつだろ?でもめちゃくちゃ天才。検死局じゃ最年少の主任なんだ。まさに死体の
プロフェッショナルってところ。」

テウタ「その言い方、どうかと思うけど……。」

ルカ「おっと。そろそろ仕事戻らないとな。よし、じゃあここの勘定は…」

N「ルカがコインを取り出し、宙に弾いて手の甲でキャッチする。」

テウタ「表!」

ルカ「……表だ。」

テウタ「よしっ」

N「ルカの手の甲にあるコインは表だった。」

ルカ「あんたまさか、時間遡ってやり直してない?」

テウタ「そんな便利な能力だったら、毎日ルカに奢らせてるよ。」

N「ルカ財布から紙幣を出し伝票に挟んだ。」

ルカ「そういや、この後警察署来るんだっけ?確か取材だか何だかって言ってたよな。」

テウタ「そうそう、約束の時間にはまだ少しあるけどね。会ったことない人なんだけど、何故か取材の依頼があったの。特ダネの予感だなあ。」

ルカ「そっか、だといいな。あたしはこの後は外に出ちゃうから会うのは今夜かな。あ、そうだ!アダムが遅刻するかどうか賭ける?」

テウタ・ルカ「「遅刻する」」

ルカ「ははっ、これじゃ賭けになんないな。」


N「ルカは警察署に戻っていった。金曜の午後。街はほんの少し浮かれた空気を匂わせている。」

テウタ「さて、ライターは足でネタを探さなくちゃ。色々と調べてるものがあるんだよね。」

テウタ「(謎のウェブサイト、『フルサークル』も気になるのよね。情報はどれも噂ばっかりでアテに
ならないけど。……ん?あれは……!)」

記者A「リンボさん!あなたが弁護をしているベネット氏は明らかに『黒』じゃありませんか!?」

記者B「検察側が集めた証拠をどうやって覆すんですか!?」

テウタ「(あれはリンボ……リンボ・フィッツジェラルドだ!)」

N「人だかりの中央に、白いコートの男性が見えた。取材陣に囲まれて、フラッシュの光が眩しい程だ。」

テウタ「(せめて名刺だけでも渡したいな……よしっ!)」

テウタ「あの!リンボさん!……わっ!」

N「身体の大きなカメラマンに押しやられ、テウタはなかなか近づくことができない。」

リンボ「有罪だと分かっていても、依頼人がやってないって言うんだったらそれを信じて
主張するのが弁護士だろ?」

記者A「それは被告の有罪を認める発言と受け取って良いのでしょうか?」

リンボ「良いも悪いも、真実なんかに縛られてたら、弁護士の仕事なんか出来ないって。」

記者B「スローン氏はひどくあなたに憤慨していましたよ!」

リンボ「ははっ、そりゃいい。スローン氏に言っといてくれよ。弁護士を雇う時は1番嫌いな奴を選ぶのがいいぞ。戦う相手に同じ思いをさせられるからな。」

記者A「もうひとつ、よろしいですか!」

リンボ「あーもう、やめやめ。せっかくのブリトーが冷めちまうだろ(一口食べて)ん、じゃあな!」

N「リンボは手にしたブリトーを頬張りながら取材陣の間をすり抜けて足早に去っていく。」

テウタ「(い、今だ!)」

テウタ「(駆け寄りながら)あの!リンボさん!リンボ・フィッツジェラルドさん!」

リンボ「(もぐもぐと食べながら)ん?なんだ?」

テウタ「あの、私、フリーのライターで、あなたのことを取材……」

リンボ「あー、ストップストップ。悪い。俺、突撃取材って嫌いなんだ。それに今、約束の時間にドンピシャなわけ。悪いね。」

テウタ「あ、あの!」

リンボ「最近の若い記者にしちゃ、アナログでメモを取ろうとするのは珍しいな。俺は結構好きだよ。
そういうの。そんじゃ、バイバイ。」

N「すっと名刺を差し出され、テウタが受け取るとリンボは笑顔を見せて去っていった。」

テウタ「行っちゃった…………。」

N「名刺には『フィッツジェラルド法律事務所』電話番号は『1-120-NO-GUILT』『罪の意識なし』なんて
洒落が利いていた。」

テウタ「(あとでちゃんと電話して、取材交渉してみよう)」


===ホテルホールジー===


シュウ「(煙草を吸って)」

N「店内は空いていた。背もたれに体を預けたシュウが煙草の煙を吐き出す。目の前の灰皿には
かなりの本数の吸い殻が積まれていた。」

シュウ「リンボ、おせーぞ。」

リンボ「悪い、外で変な記者に声かけられてさ。」

N「隣に腰掛けると、シュウが小さな箱を放り投げて寄越した。」

リンボ「ん?なんだこれ?」

シュウ「スケアクロウから渡された骨伝導型のマイクだ。耳の後ろに貼るんだってよ。
ちなみに今も俺達の声を拾ってる。」

N「シュウは耳の後ろを指差しながら言った。箱の中にあったのは小さな肌色のシールのようなものだ。
スパイ道具といったところか。言われたとおりに耳の後ろに貼り付けるとほんの少しキンと音を感じる。」

リンボ「ふうん……どれどれ。もしもし、こちらホワイトハウス、どうぞ。」

スケアクロウ「(芝居がかった感じで)こちらスケアクロウ。感度良好だ。ちなみにお前たちの姿も見えている
その店の監視カメラの映像もコントロール済みだからな。」

リンボ「なんだよ、その気取った喋り方は」

スケアクロウ「いいだろ、別に。雰囲気だよ、雰囲気。この方がそれっぽいじゃん?」

シュウ「なあボス。奴はちゃんと来るのか?」

スケアクロウ「もうすぐ店に着く。あいつ…そう、彼女から連絡もあった。
それに奴は焦ってる。俺達を頼るほかないからな。」

リンボ「はいはい『彼女』ね。お待ちしましょう。」

N「店の入り口辺りに目をやると、随分とイイ女を連れた男がリンボ達のテーブルに向かってきた。」

スケアクロウ「今回のターゲットその1。下っ端ギャングのオーランドさんのご到着だ。」

リンボ「よお、オーランド。今日はまた一段とイイ女を連れてるな?」

オーランド「……ゆっくり喋ってる状況じゃねえことはスケアクロウにはもう説明したはずだ。」

リンボ「落ち着けって。俺だって仕事を引き受けるからには知るべきことは知っておかないとな。」

オーランド「お前は俺が置かれてる状況を分かってねえ!!(机を叩きながら)」

謎の美女「きゃっ!」

シュウ「落ち着けって。ほら、店ん中、みーんな見てるぞー?」

オーランド「俺は落ち着いてる!落ち着いてない?いや落ち着いてる!!」

シュウ「はあ……。」

謎の美女「ねえ、落ち着いて。」

オーランド「…いいか、オルテガはギャングどもの金を洗ってる。俺はそいつの下で働いて、その金を
盗んだんだ!オルテガからもギャングからも命を狙われてるんだぞ!」

リンボ「だってオルテガは銀行の頭取だぞ?そんなのが相手となると俺も緊張しちゃうからな。
不安なら警察に司法取引を持ちかけたらどうだ?」

オーランド「警察なんかアテになるかよ!裏じゃギャングとだって繋がってるような奴らだ。」

シュウ「ま、俺達も善人とは言えないけどな。」

オーランド「お前らは金さえあれば動く。そうだろ?」

スケアクロウ「悪党のくせに、言ってくれるね。なんか同類にされたみたいで気分悪いなー」

リンボ「まあ否定はしないけどな。でも金だけじゃ動かない。」

オーランド「分かってる。オルテガの情報だろう?」

N「オーランドはタブレット端末を取り出し、画面を見せる。そこには名前と金額がずらりと並んでいた。」

オーランド「これがオルテガが洗った金と、その取引先の情報だ。」

リンボ「どれどれ……なるほど。でもこれが全部じゃないだろ?」

オーランド「これは今スケアクロウに送った。」

スケアクロウ「今、受け取りましたよー」

オーランド「データの残り半分は、お前らが用意する新しいパスポートと航空券を俺が受け取って、
メキシコに着いたら送信する。」

リンボ「まあいいだろ。金はどうする?」

オーランド「前金はすぐに送金する。残りは現金でこの女に持たせる。」

リンボ「分かった。じゃあパスポートはその時に交換だな。お嬢さん。よろしくね。」

謎の美女「……。」

オーランド「いいか、気を抜くんじゃねえぞ。オルテガは殺し屋を雇ってる。俺は命を狙われてるんだ。」

謎の美女「それじゃ、ごきげんよう。」

リンボ「ばいばーい」

スケアクロウ「バンク・オブ・ニューシーグの頭取がマネーロンダリング……。他人のスキャンダルを
暴いて金を儲けるのは気持ちがいいなあ。」

リンボ「おい、スケアクロウ。お前もたまには顔出したらどうだ?引きこもってばかりじゃ身体に悪いだろ?」

スケアクロウ「(恰好つけながら)俺は裏社会のボス。影で全てを支配する男だ。」

(外から車のスリップ音と銃声が聞こえる)

リンボ「なんだなんだ?」

(店の外に出る一行)

謎の美女「ちょっと、しっかりして!」

リンボ「何があった?」

謎の美女「そ、外にでたところで急に車が近づいてきて、彼を撃ったの!」

N「周りにいた通行人は、地面に線でも引いたかのようにさっと距離を取る。シュウは倒れた男の横にしゃがみ、
首に手を当てる。」

シュウ「……死んでるよ。」

リンボ「(舌打ち)殺し屋を雇ったってのは本当だったみたいだな。」

スケアクロウ「ほ、ほらあ。俺やっぱ外でなくて良かったわ」

リンボ「(声色を老人のようにして)あー、もしもし警察?ホテルホールジーの前で人が死んでますよ。
そうそう、そのホールジー。」

シュウ「バンク・オブ・ニューシーグの頭取ともなれば腕のいい殺し屋を雇うだろうな。俺らが絡んでるのも
バレてるだろうし。あんたも気をつけろよ、裏社会のボス。」

スケアクロウ「心配いらない。俺がいるのは完ぺきなセキュリティの要塞だ。(チャイム音が響き)
…ちょっと待て、別の通信が入った。」

ピザ屋「毎度ご注文ありがとうございます。タートルピザの配達です。」

シュウ「……。」

N「その時、リンボに非通知で着信が入った。」

リンボ「ん?番号なし?誰だ?」

オルテガ「逃げられると思うなよ。次はお前だ。」

リンボ「まずは名乗ったらどうだ?」

オルテガ「わかってるだろ?こっちは本気だ。」

===カフェ ハリー&キースにて===

テウタ「(記事の方向性…か……。)」

N「テウタはニューシーグトゥデイに毎週連載しているコラム以外にも新聞や雑誌に記事を書かせてもらうことはある。企画を持ちこんでも通ることは少ないし、特ダネを探して書いてみても採用されない記事のほうが
多いのが現実だ。」

アレックス「あ、テウタさん。」

テウタ「アレックス、どうしたの?あ、もしかしてまたカルメンさんのお使い?」

アレックス「ふふ、当たりです。徹夜明けらしくて、エスプレッソのトリプルショットを頼まれたんです。」

アレックス「テウタさんはお仕事中ですか?」

テウタ「ちょっと悩んでるところ。」

アレックス「何を悩んでるんですか?」

テウタ「ニューシーグトゥデイにいる先輩にね、どんな記事を書きたいのか自分の中で方向性を持てって言われたのよ。」

アレックス「へえ……。それで、テウタさんが書きたい記事って、どんなテーマなんですか?」

テウタ「この街の犯罪について、かな……。」

アレックス「事件の記事ってことですか?」

テウタ「うん。あ、でもね、一面を飾るような事件っていうよりは、誰もがどこかで関わっているようなことっていうか……。」

アレックス「どこかで関わっている?」

テウタ「ニューシーグは、不法入国者が多いってよく問題視されるでしょ?みんなその事実は知っているのに、
解決はしない。でも、どうしていいかも分からない。」

アレックス「難しい問題ですね……。」

テウタ「不法入国者は、文字通り不法でしょ?法律を守ってないし、税金も払ってない。
でも、色んな事情があったり、そういう人たちの弱みに付け込む人がいるのも問題だと思うし……。
ほら、色々思いつくのに、こういうのって全然解決してない。こういう社会問題を切るっていうよりは、
みんなが考えるきっかけになるようなコラムとか書けるようになるといいなあって思ったりするんだ。」

アレックス「テウタさんのそういう視点。僕は大好きですよ。」

テウタ「え?そ、そう?うん……なんかいいアイディア浮かびそう。」

アレックス「見えてきたじゃないですか。テウタさんの記事の方向性」

テウタ「そうだね。アレックスのおかげだ」

アレックス「ふふ。お役に立てたのなら、良かったです。」

テウタ「ありがとう」

N「その時、テウタの携帯のアラーム音が鳴り響いた」

テウタ「あ!いけない、そろそろ時間だ。アレックス、ごめんね。私、仕事に行かなくちゃ。
特ダネの予感がする取材なんだ」

アレックス「頑張ってくださいね」

テウタ「じゃあ、またね!」

N「テウタは机の上に広げた荷物をかき集めて、カバンに押しこんだ。」

===ニューシーグ警察署内=====

テウタ「そうです、取材の依頼を頂いて……。名前はイリーナ・クラコウスキーさん、だったと思います。」

N「警察官に声を掛け、案内された場所で待つことにした。イリーナ・クラコウスキーは殺人罪
起訴されている女性だ。ニュースで名前を聞いたことがある程度だったのに、何故かテウタを指名して
取材の依頼をしてきたのだ。少しの時間を置いて警察官が呼びにきたので、テウタは部屋へと向かった。」

イリーナ「どうも、はじめまして。」

テウタ「あなたがイリーナ・クラコウスキーさんですね。こんにちは。お会いできて光栄です。」

イリーナ「どうして?」

テウタ「どうしてって……何が?」

イリーナ「何が光栄なの?私、殺人犯なのに」

テウタ「……そうね、正直言っちゃうと初めて会う人だからできるだけ良い印象を与えたいと思ったから…
かな」

イリーナ「……変な人ね。でも正直なところは嫌いじゃないわ。座って。お茶は出せないけど。」

N「ルームシェアをしていた友人と口論の上、殺害。目の前にいる人が本当に人を殺したのか。
半ば信じられない気持ちでいた。」

イリーナ「怖い?」

テウタ「そ、そんなことは…ちょっと、ありますけど…。」

イリーナ「別に、あなたに噛みついたりしないわ。仲良くしましょ」

N「そういうとイリーナはふっと笑みを浮かべた。オレンジ色の受刑者服を着ており、化粧っ気もない顔だったがその微笑みはとても美しかった。」

テウタ「(この人が本当に人を殺したんだろうか……)」

N「もう一度、その疑問が頭をよぎる。まだ刑が確定したわけではないし、此処にいるのは保釈金が払えなかっただけだ。注目度の高い裁判は保釈金が高額になることもある。この人が危険というわけじゃない。それは理解できるのだが、テウタは複雑な心境だった。」

テウタ「(本人を目の前にしておどおどしていたら失礼だよね。ちゃんと記者として話をしよう)」

テウタ「それで?取材の依頼って聞いたけど、どんな内容?あなたが勤めてた『ジョージーナ』ってファッションブランドの特ダネとか?」

イリーナ「秘密で繋がったネットワーク」

テウタ「え?」

イリーナ「誰が始めたのか、誰が首謀者なのか、メンバーはお互いの顔も名前も知らない。武器の密輸、
有力者の暗殺、政治操作、目的のためなら何でもやる。」

テウタ「ちょ、ちょっと待って。何の話?」

N「慌ててメモにキーワードを書き留める。」

イリーナ「私がいた組織の話よ」

テウタ「組織って…『ジョージーナ』のこと?」

イリーナ「……ペンを貸して」

テウタ「いいけど……はい」

N「後ろに居る警察官のほうを見ると黙って頷いた。イリーナにペンとノートを差し出すと、
手錠の掛けられた手で何かを書き始めた。」

テウタ「(手錠…書きにくそうだなあ)」

イリーナ「はい」

テウタ「これは……チェスの駒?ナイト?」

イリーナ「元々は小さなチームだった。それが少しずつ成長して、そして変わってしまった」

テウタ「ごめんなさい、ちょっと話が読めないんだけど…」

N「その時、面会時間の終了を知らせるタイマーが鳴り警察官が退室を促した。」

テウタ「え?もう?待って、イリーナさん。どうして私を呼んだのかだけでも教えて」

イリーナ「私と繋がりのない人間に話さないとダメなの。それに私、好きなのよ。あなたのコラム。」

テウタ「私のコラム?」

イリーナ「……」

N「イリーナはもう一度ペンを手に取った」

テウタ「(WNf3……BNc6……何かの、番号?)」

N「焦れた警察官が再び退出するように声を掛けてきた」

テウタ「あ!すみません!」

イリーナ「さよなら。またね。」

テウタ「ま、また来ます!」

テウタ「(結局何だったのか分からなかった……チェスの駒……それに、なんだかよくわからない番号…
特ダネの予感だといいんだけど)」


===セントラルコア街中===

テウタ「(イリーナさんか……また今度会いに行ってみよう。はあ…それにしても家のこと…
本当にどうしようかな……そりゃ安いとこ探して引っ越せばいいんだけど、あの部屋気に入ってるんだよなあ)」

N「時計の針は間もなく17時を差そうとしていた。ルカとアダムとの約束までには、まだ時間がある。
覚悟をきめて不動産屋に向かおうとした、そのときだった」

テウタ「(あ、あれは……)」

N「人混みの中にリンボの姿が見えた。」

テウタ「(さっき渡せなかったから、名刺だけでも……)」

N「行き交う人の合間を縫って追いかける」

テウタ「あの、リンボさん!」

N「その背中に声を掛けた瞬間だった。リンボは突然、膝から崩れ落ちた。一斉にその周囲から人が離れる」

通行人「きゃーっ!!」

テウタ「ちょ、ちょっと、あの、大丈夫ですか!?」

N「倒れたリンボに駆け寄ると、地面には勢いよく血が拡がっていく」

テウタ「待って待って……どうなってるのよ……」

テウタ「(思い出して……落ち着いて……救護の研修受けたことあるでしょ……血はどこから出てるの?)」

N「リンボの胸からはとめどなく血が流れてくる。強く押さえて止めようとするが、勢いは止まらない。」

リンボ「ぐっ……」

テウタ「ど、どうしよう……ねえ、しっかりして!こっちを見て、ねえ、分かる?ねえ!」

リンボ「ごほっ……ぐっ…………なん……なんだ…」

N「リンボの胸を押さえた掌に脈動を感じる。血は止まりそうにもない。」

テウタ「だ、誰か!手を貸して!救急車を…誰か!」

N「地面の血はどんどん広がっていく」

テウタ「ねえ!誰か止血するのを手伝って!救急車も!だれか早く呼んでよ!」

通行人「きゅ、救急車は呼んだわ。今向かってるって…」

N「ただ一人、女性が声を掛けてくれただけで他の人間たちは見ているだけだった。携帯を向けて
動画を撮っている者すらいる。頭を振って、リンボの顔に視線を戻す。とにかく救急車が来るまで、
自分がなんとかしなければと」

テウタ「ねえ、しっかりして。救急車が来るから、頑張って!」

リンボ「クソッ……オルテガかよ……」

テウタ「え?オルテガ?誰かの名前?連絡して欲しい人?」

リンボ「……あいつらに、気をつけろって……まだ……ナヴィードに……ごほっ」

テウタ「リンボ!?え、ちょっと待って、ねえ、リンボ!?」

N「リンボは返事をしなくなった。その顔からは生気が失われている」

テウタ「嘘でしょ嘘でしょ……ねえ、ちょっと待って……」

N「胸を押さえている手に意識を集中させるが、さっきまで感じていた脈動が消えている。ゆっくりと手を離し、血だらけになってしまった手をリンボの首筋に当てる」

テウタ「(首筋…脈ってどこ……どうしよう、分からない……!)」

N「どこに触れてもわからない。それよりも自分の手が大きく震えているのに気付いた。」

テウタ「どうしよう、どうしよう、どうしよう……!ねえ、ちょっと!!返事して!お願い!
どうしたらいいの?」

テウタ「(さっき会った時には元気だったのに…どうして?胸の傷……どうしてこんな……)」

N「血まみれになった両手を見る。リンボの目は開かれたままだが、光が消えたように力なく
テウタを見ていた。周囲はみんな血を見て青ざめた顔をしている」

テウタ「…………」

N「自分の目の前で人が死んだ。自分の掌で、死ぬ瞬間を感じたのだ」


テウタ「リンボ、やってみるよ。……待ってて。」

N「目を閉じる。時間を遡るという意思を固め、リンボが倒れるよりも前へと願った。
目の前に、雨が降っている。その雨を逆再生させるイメージで……ゆっくりと呼吸をし、そして」


===ニューシーグ警察署内===

N「テウタが目を開くと、そこは見慣れない部屋の中だった」

被疑者「時間、戻った!?」

N「思った以上に声が響いて、慌てて口に手を持っていこうとすると、両手が自由に動かせないことに気が付いた。」

テウタ「(ちょ、ちょっと待って!これ、手錠!?いまここはどこで、いつ?私は『誰』になったの…?)」

N「どこだかはっきりは分からないが、見覚えはあった。」

刑事「何か思い出したの?そろそろ自分の名前が言える?」

ドミンゲス「え?自分の名前?」

刑事「今度は何?記憶喪失だとでも言う?いいわよ、取り調べ時間はあと……46時間はあるわね」

テウタ「(目の前にいる女性……首から提げているのは警察バッジ?警察官ってこと?)
わた……俺……犯罪者ってこと……?」

N「両手首は手錠に繋がれている。」

刑事「あら?何時間も話してようやく理解してくれた?そうよ、あなたは犯罪者。逮捕されて、
今取り調べを受けているの。…さあ、しっていることを話してちょうだい」

テウタ「(はあ……よりによって自由に動けない人間に戻っちゃうなんて……どうしたものか)」

ドミンゲス「あの、今って何時です……だ?」

刑事「今?いまはアメリ東海岸標準時で16時よ」

テウタ「(たしかあの時、時計は17時だった……街頭ビジョンもイヴニングニュースが流れてたし。
ということは、リンボに何か起こるまであと1時間ってことか…」

刑事「いいわ、少しひとりになって頭を冷やしなさい。喉が渇いて、お腹が空いて、どうしても話がしたくなったら呼んでちょうだい。取り引きしてあげてもいいわよ」

ドミンゲス「ああ!ちょっとちょっと!ちょっと待って!」

刑事「なに?」

テウタ「(私は今、逮捕されて、取り調べを受けてて、あと46時間はここにいなきゃいけない。つまり、外に出ることはできない……どうやってリンボと連絡を取ればいい?)」

刑事「ちょっと、どうしたの?」

ドミンゲス「弁護士!弁護士を呼びたい!」

刑事「何か話す気になった、ってこと?」

ドミンゲス「取り調べには弁護士を同席させる権利がある、そうでしょ……だろ?」

刑事「……」

ドミンゲス「リンボ。リンボ・フィッツジェラルドを呼んでくれ。連絡先も知ってる」

刑事「あの悪徳弁護士があんたみたいなちっぽけなスリの弁護を引き受けると思う?それに、あんた
あの男を雇うだけの金があるわけ?」

テウタ「(私スリなのか……ん?じゃあなんでさっき取引してあげてもいいって言ったんだろう?)」

ドミンゲス「さっき取引してもいいって言ったよね……な?つまり、俺の持ってる情報が欲しいってことだ。
違うか?」

刑事「……何を知ってるの?」

ドミンゲス「まずそっちが何を知ってるのか、何を知りたいのか、教えてもらおうか」

刑事「……あんたは今日の昼、ホテル12階である男の財布を盗んだ。そして愚かにも、そのクレジットカードで支払いをして居場所がバレて、警察に捕まった」

ドミンゲス「なるほど。知りたいのはその男のことね……だな。大物なんだろ?なら、俺もそれなりの
取引をしたい。そのためにはリンボくらいの大物弁護士が必要だ」

刑事「なんで大物だなんてわかるの?」

ドミンゲス「盗難カードは普通18時間は使えるはずなのにそれよりずっと早く捕まった。つまりは大物だ。
そうだろ?」

刑事「……」

ドミンゲス「ほら、私は馬鹿じゃないの。わかったらさっさとリンボ・フィッツジェラルドを呼んで!
大急ぎで、よ?彼の電話番号は…………局番の後に『NO-GUILT』だ!今すぐ呼べ!そうじゃないと
取引しないからな!」

刑事「…………」

テウタ「(………昨日の夜に見たドラマがこんなところで役に立つなんて。…なんにせよ、とにかく
リンボをあの場所にいさせなければ死ぬことはないかもしれない。…お願い、ここに来て…!)」


===数十分後===


リンボ「アンタか?俺に会いたいっていうのは」

N「机には高級そうな靴を履いた足が投げ出された」

ドミンゲス「リンボ!よかった…生きてる」

リンボ「生きてる?そりゃ生きてないと仕事できないだろ。脈もあるけど、確認する?(ホットドッグを食べながら)」

ドミンゲス「あの。ここは飲食禁止よ」
リンボ「マジで?悪い悪い。一気に食うわ。」

刑事「いや、だから飲食は…。」

リンボ「…んっ!(一気に飲み込んで)よし、もう飲食してないぞ。これでいい?」

刑事「…はあ(溜息をついて)何かあったら呼んで。(退出しながら)」

ドミンゲス「今、何時?」

リンボ「今?えっと、16時47分だけど…。」

ドミンゲス「街頭ビジョンでイヴニングニュースが始まったのが聞こえたからあれは多分17時ね。
ってことは、あともう少し…。」

N「リンボは不思議そうに首を傾げた」

リンボ「あと、もう少し?何がだ?」

ドミンゲス「…落ち着いて話すから、落ち着いて聞いてね」

リンボ「お前が落ち着いてるようには見えないけどな?」

ドミンゲス「いい?あなたはあと13分後にセントラルコアで死ぬのよ」

リンボ「はっ、ジョークならもう少し笑えるやつにしてくれ。」

ドミンゲス「ジョークじゃないの。ちゃんと聞いて!刺されたのか撃たれたのか分からないけど…とにかくその時間、あの場所にいなければ助かるかもって思って、あなたをここに呼んだの。」

リンボ「……悪いけど、心神喪失責任能力無しってのは俺のポリシーに反する。そんな三流の手を使わなくても俺なら無罪にできる。お前にその価値があるならな。」

ドミンゲス「違うの!私はこの人……名前、なんだっけ。とにかく私はこの男の人でもなんでもないの。私は…」

リンボ「多重人格…解離性同一性障害、だっけ?そういう方針で行きたいなら、別の弁護士を…」

ドミンゲス「お願い、時間がないの。話を最後まで聞いてよ。あなた、映画観に行ってスクリーンに話しかけるタイプなの?」

リンボ「映画は黙って観るけど、面白くなければ途中で席を立つことはある。」

ドミンゲス「…………私の名前はテウタ。取材をさせてって声をかけたでしょ?突撃取材は嫌だって断られたけど…そうよ、あの時はブリトーを食べてた」

N「リンボはいぶかしげに睨みつけている。まったく信じていない様子だ」

ドミンゲス「ほら、私、手書きの手帳を使ってて、あなたはそれを珍しいって言った。それからあなたの
名刺もくれた」

リンボ「それがどうした?………何が目的だ?俺は大物ギャングの情報を持ってる奴の司法取引だっていうから弁護士として来たんだ。訳の分からない話なら……」

ドミンゲス「あなたは、わたしの目の前で死んだ。私はそれを止めたかったってだけ。とにかく気を付けて。
あなた、誰かに殺されるような心当たりある?」

リンボ「刑事弁護士なんかやってりゃ心当たりしかないよ」

ドミンゲス「えっと……あなたは確か『オルテガ』って言ってた。何かの名前なのかどうか聞いても答えてくれなかったけど」

リンボ「…………」

ドミンゲス「それと『ナヴィード』」

リンボ「ナヴィード………?」

ドミンゲス「そう言ってた。それから、その………」

リンボ「死んだ?」

ドミンゲス「そう。死んだ。だから、気を付けて。私のことは信じられないかもしれないし、それでもいいけど
とにかく気をつけて」

リンボ「………俺が死ぬのは17時って言ってたな?あと10分だ。お前の言ってることが本当かはさておき、
俺が死ぬってことを知ってる理由を言え。お前の目的もな」

ドミンゲス「…私は、時間を遡ってここに来た」

リンボ「はあー?作り話でもなんかもうちょっとあるだろ?」

ドミンゲス「私、そういう力があるの。時間を遡れるけど、自分にはなれない。だからこうやって誰だかわからない人間になっちゃったけどなんとかあなたを呼び出した」

リンボ「その脚本じゃネット配信のドラマだってランク外だぞ」

N「リンボはすっかり呆れた顔をしている。この時間、あの場所で死んでしまうのを防げたのならそれでいいけど…信じてもらう方法はあるのだろうか」

ドミンゲス「そうだ!ポケットの中のものを見せて!ちょっと見せてくれるだけでいいから!」

リンボ「なんでだよ」

ドミンゲス「いいから!はやく!」

リンボ「ったく…何なんだ」

N「リンボはごそごそとポケットを探る。出てきたのは車のキー、財布、名刺。」

リンボ「これは車のキー。カスタム使用のインテリジェントキー。財布の中は免許証と、クレジットカードと、現金が…1300ドルだな。で、これは俺の名刺。実は2種類持ってて金になりそうな顧客に渡す用がこっち」

ドミンゲス「…わたしがもらったのはそっちじゃなかった」

リンボ「………ん、まあ、そういうことだな」

テウタ「(別にいいけどさ)」

リンボ「それで?これで何が分かるって言うんだ?」

ドミンゲス「このあとワイアットアープにあるカフェに来て。
ハリー&キースっていうお店。そこで会えたら、私がテウタだって証明する。」

リンボ「お前、本気で言ってるのか?時間を遡って、俺を助けたって?」

テウタ「そうよ。私にとっては、再放送なの」


===ニューシーグ セントラルコア===

テウタ「……っ!」

N「顔を上げるとそこはセントラルコアのメインストリートだった」

テウタ「(戻った…………)」

N「元の時間に戻った。慌てて自分の両手に目をやるが、もちろん血はついていないし、目の前に血だまりもない。当然、リンボはもここにはいない」

テウタ「(助けられたのかな………無事だといいんだけど…痛っ)」

N「視界が一瞬歪む。頭にはズキンと痛みが走った。時間を遡るといつもきまってこの現象が起きる。先ほどまで名前も知らない容疑者として警察署に居た記憶と、遡る前の自分の記憶とが混ざり合う。どちらの記憶を
思い出そうとしても、チカチカと壊れた映像のようにノイズが走る。人の流れを邪魔しないよう、
道の端に寄ろうとすると強い眩暈を感じた。」

シュウ「…………」

N「ふらついたところを背の高い男性に支えられた。」

テウタ「……あ、あの、すみません」

シュウ「(煙草を吸いながら)」

N「身体を離した後、彼は煙草を吸いながらテウタのほうをじっと見つめていた。」

テウタ「あ、ありがとうございます」

N「その後特に何も言わずに、男性は立ち去ってしまった。」

テウタ「(ふう………)」

N「携帯を取り出しミラーモードにすると、そこにはいつもの自分が映っていた」

テウタ「(ちゃんと私だ………ちゃんとっていうのも変だけど)」

テウタ「(約束したのはハリー&キース。まあ信じてもらえなくても無事だったならそれでいいけど、
何か悪いことに巻き込まれてなければいいな」

N「時間を遡って、誰か別人になる。何度経験しても慣れない上にものすごく疲れる事だった。ただの白昼夢かもしれないし、自分の思い込みかもしれない。そんなことを考えているときに着信のバイブが鳴った」

テウタ「もしもし」

アダム「僕だけど……いま電話大丈夫?」

テウタ「うん。あ、でも今日の集まり来られなくなるっていう連絡なら今すぐ留守電にしちゃうかも」

アダム「そうじゃないよ。ただ、ちょっと遅れそうって、それだけ」

テウタ「わかった、ルカにも言っておくね」

アダム「あと引っ越しの件、どうなった?大丈夫?」

テウタ「それ、ルカにも心配されたよ。とにかく早く決めるってば」

アダム「わかった、じゃあ詳しくは今夜聞くよ」

テウタ「はいはい、わかった。じゃあまたね」

テウタ「(さて…と。約束の場所に移動しようかな)」


===カフェ ハリー&キース===

テウタ「(そろそろ約束の時間だ。なんかそわそわしちゃうな…時間を遡って彼を助けたんだって
信じてもらえなくても仕方ないけど……でも、これをきっかけに取材とかさせてくれたりしないかな?)」

店員「こちら、コーヒーおふたつです。えっと、お連れ様は…?」

テウタ「待ち合わせなんです。もうすぐ来ると思うんですけど……」

店員「ごゆっくりどうぞ」

テウタ「(……まあ、普通なら来ないか)」

シュウ「…………」

テウタ「あの、すみません。その席、待ち合わせで……」

N「近寄ってきた男性はそのまま向かいの席に腰掛けた」

テウタ「あの…」

シュウ「あんたがテウタか」

テウタ「えっ!?どうして…」

シュウ「どーも。今知った」

テウタ「あの、私、ここで待ち合わせを…!」

シュウ「リンボと待ち合わせしてんだろ?あいつは時間通りには来ない」

シュウ「あなた、リンボの知り合い?」

シュウ「あんたが時間を遡ってどういうわけだか司法取引持ち掛けてる容疑者になってリンボを呼びつけて
街中で殺されるのを阻止した女、か?」

テウタ「……言い方に、ちょっと悪意を感じるけど」

シュウ「正解。悪意込めてるから」

テウタ「(リンボの知り合いなんだろうけど、感じ悪い……)」

シュウ「これ、コーヒー?」

テウタ「そう。そろそろ来ると思ったから先に頼んでおいたの。よかったら…」

シュウ「すいません、これ下げて。同じのひとつ。」

店員「かしこまりました」

テウタ「注文したばかりだから、まだ冷めてもいないのに」

シュウ「何入れられてるか分かんねーもんは飲まないことにしてる」

テウタ「……何にも入れてませんけど」

リンボ「悪い悪い、待たせたか?あ、お姉さん、注文いい?俺はそうだな…カフェマキアートにホイップクリームとキャラメル
ソーストッピングで」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」

テウタ「リンボ!よかった、生きてた。死ななかったのね」

リンボ「第一声で『死ななかったのね』って言われてもな…お、シュウとは挨拶が済んだところか?」

N「シュウ、と呼ばれた目の前の男性は返事もせず、煙草に火をつけた」

リンボ「あ、あんた煙草平気?」

テウタ「私は別に…」

リンボ「だってさ、シュウ。お前人前で吸う時は確認するのが礼儀だっていつも言ってるだろ」

シュウ「ふう…(どこ吹く風で吸いながら)」

テウタ「ごほっ、ごほっ…」

N「シュウという男性が思い切り煙草の煙を吐き出した」

シュウ「煙草吸っていいか?」

テウタ「…どうぞ」

リンボ「シュウ、こちらテウタ。テウタ。こちら、シュウ」

シュウ「どーも」

テウタ「よろしくお願いします」

リンボ「シュウは俺の…なんだ?知り合い?友達?」

シュウ「ビジネスパートナー」

リンボ「ああ、それそれ。バウンティハンターってやつでさ。保釈保証金の回収とか…」

シュウ「本題は?」

リンボ「ああ、そうそう、本題。回りくどいのはやめにして単刀直入に言うよ。…お前の目的は何だ?」

店員「お待たせしました!ホットコーヒーとカフェマキアートです」

リンボ「お、どうも」

N「リンボの表情は笑ってはいるが、眼の光は鋭かった。信じていない、それ以前に何か疑われているようだ」

テウタ「目的?私はただ…」

リンボ「オルテガが雇った殺し屋に取引相手が殺され、オルテガから脅迫電話があった後、急に呼び出されて
『お前が死ぬはずだったのを助けた』なんて言われちゃあな」

テウタ「だから、私が時間を遡ったとか、別人になったとか、そういうのは信じられなくても仕方ないけど、とにかく気を付けてって
それが言いたかったの。今聞いた限りじゃなんかあなた、命狙われてるっぽいし。あと、オルテガって誰よ?」

シュウ「…俺は命の恩人を装って俺らに近づいて油断させたところを狙ってる殺し屋だと思ってる。…まあそれにしちゃ作り話が下手すぎるけどな」

リンボ「だろ?意味不明なんだよ」

シュウ「一応、スケアクロウにも繋いどいた」

テウタ「スケアクロウ?」

N「シュウが携帯電話を机の上に置いた」

スケアクロウ「街の監視カメラの映像を確認した。その女は18分前にベルスターの方から来た。警察署とは反対の方向だな」

リンボ「それで?ちっぽけなスリの犯人と組んで、俺に何の用だ?」

テウタ「組んでなんかいないって。さっきまで私がそのスリの犯人になってたの。っていうかその電話の人、誰?」

シュウ「…リンボ。お前こういう不思議ちゃんがタイプだったのか?」

リンボ「んー…まあ嫌いじゃないけどな。んじゃ、お前が殺し屋じゃないとして、お前の目的はなんだ?」

テウタ「目的って、そりゃ目の前で人が死んだんだもの。助ける方法はないかなって思って、時間を遡って、リンボの命を救っただけよ」
リンボ「…………」

シュウ「…………」

テウタ「時間を遡ってリンボの命を救ったんだってば」

リンボ「いや、繰り返さなくても聞こえてるけど」

シュウ「ふぅ……久しぶりに結構やべー奴が来たな」

テウタ「(我ながら、確かに意味不明なことを言っている気がする)」

テウタ「私はあなたの命を救ったけど、それを信じられないのも理解できる。だから…そうね、
気を付けてって、それだけ。でも、殺し屋なんじゃないかとか変な疑いをかけられるのは心外だから、
もう少しくらい信じてほしいけど」

リンボ「どうやって?」

テウタ「そうだ!さっき警察署でリンボのポケットの中身、見せてもらったでしょ?リンボが見せた相手が
本当に私だったら、覚えてるはず。そうよね?」

リンボ「まあ、理屈ではそうだな」

テウタ「(よーし、さっき見せてもらったのは……)まずは車のキーね」

リンボ「どんな?」

テウタ「カスタム使用のインテリジェントキー

リンボ「そうそう」

シュウ「どんなキーホルダーがついてるやつだ?」

テウタ「え?」

シュウ「さっき自分の目で見たって言ってただろ?どんなキーホルダーだ?」

テウタ「携帯用のシューホーンがついてた。こう、皮のキーホルダーみたいな感じで」

リンボ「お、当たり。よく覚えてたな」

シュウ「そんなん持ち歩くなんてお坊ちゃんって感じだよな」

テウタ「(覚えてて良かった…)」

リンボ「んじゃ次。俺はお前に何を見せた?」

テウタ「名刺と財布を見せてもらったわ。財布の中には1300ドル入ってた。どう?」

リンボ「おう、合ってる合ってる」

シュウ「なんだよ、お前売れっ子弁護士なんだからもっと現金持ち歩けよな」

リンボ「カード派なんだよ」

テウタ「(1300ドルでも十分持ってると思うんだけど…)」

リンボ「俺の財布にはとある行きつけの店の会員証が入ってるが、それはどこの店だ?」

テウタ「(うーん…リンボの行きつけのお店…)」

テウタ「えっと…確かホットドッグのお店とか、そういう…」

N「苦し紛れにイメージで答えてしまったテウタは言ってから後悔をした」

リンボ「はは、はずれだよ。ま、ホットドッグは好きだけどな」

シュウ「お前ほんと食ってばっかりだよな」

リンボ「いいだろ?人は生きるために食って、食うために生きてるんだ」

シュウ「俺は興味ないな。腹が埋まればそれでいい」

リンボ「んなこと言ってお前、ナッツばっか食ってるからガリガリなんだよ」

シュウ「効率的にカロリーを摂取してんだよ」

リンボ「もうちょっと食に興味を持ったほうが人生楽しいぞ?ま、そうは言ってもホットドッグの店の
会員証なんて俺は持ってない。残念だったな」

シュウ「…………」

テウタ「な、なに?会員証以外は全部合ってたでしょ?」

シュウ「リンボがここに来るまでの間に例のスリの犯人だっけ?そいつとお前が連絡取る方法くらい
いくらでもあるだろ?」

テウタ「私は本当に見せてもらったのを覚えてたの」

シュウ「こっちは子どもの遊びに付き合う暇はねえんだ。さっさと本当のことを言えよ」

リンボ「まあまあ、そう凄むなって。とはいえ俺も遊びに来たわけじゃない。他に言いたいことはあるか?」

テウタ「えーっと、あとは……オルテガと、ナヴィード。そう言ってた」

シュウ「…………」

リンボ「…………」

N「二人は更に顔をしかめた。何か重要なことなのだろうか」

シュウ「(カチャリと音を立てて)オルテガに雇われてんのか?」

リンボ「シュウ」

シュウ「安心しろ、テーブルの下でもう狙いはついてる」

テウタ「て、テーブルの下でって……」

N「テウタがテーブルの下を覗くとシュウは銃口を向けていた」

テウタ「………っ!?」

N「慌てて顔を上げた拍子に、テーブルに思い切り頭をぶつけてしまう」

テウタ「……いたた、あ、コーヒーこぼれなかった?」

シュウ「…………」

リンボ「ナヴィードのことは、お前たちにも話したことないだろ」

N「シュウは厳しい表情を浮かべている。リンボは大きく息をついて背もたれに大きくもたれかかる」

リンボ「………テウタ。そういえば聞いたことある名前だな。確か、ニューシーグトゥデイの日曜版に
コラム書いてなかったか?」

テウタ「知ってるの?」

リンボ「日曜版に毎週載ってるやつだろ?ニューシーグの流行りとか、人間観察とかだっけ。
新聞のコラムって頭の堅いおっさんか、意識高いやつの主義主張みたいなのが多いけど、お前のは必ず読者に
意見をもたせようとするスタイルだよな。この前の…ほら、なんだっけ?」

シュウ「知らねーよ、俺はコラムなんか読まねえ」

リンボ「あれだ、ソーシャルネットワークについて、だ。流行りの『フルサークル』とか」

テウタ「それ!!先々週の日曜のやつ!私も気に入ってるやつなんだ」

N「思いがけず自分のコラムの読者に出会えたことでうれしい気持ちに心が踊った」

シュウ「で?お嬢ちゃん。話を元に戻そう。狙いは何だ?こんなおしゃべりが目的じゃないだろ?」

テウタ「え?目的?」

シュウ「命の恩人だから金寄越せとか?」

テウタ「ただ、助けなきゃって思っただけだし、会いたかったのは無事を確かめたかったのと、
少しは信じて欲しかったからで別にお金なんて……あっ!!」

リンボ「それ、なんの『あっ!』なんだ?良い意味?悪い意味?」

テウタ「お金はいらないから、取材させてほしい!突撃取材は嫌いなんでしょ?ちゃんとした
インタビューで、リンボの普段の仕事とか、案件とか…」

リンボ「俺個人に対する取材は受けてない」

テウタ「あなたは注目を集める人気弁護士よ。事件じゃなくてあなた自身を取材したいの」

シュウ「まるで新手の詐欺みたいだな。今度は取材と称して情報を抜きに来るのか?」

テウタ「そんなんじゃないってば!」

N「その時、テウタの携帯が着信を告げる」

テウタ「あ、私だ」

リンボ「どうぞ」

テウタ「はい」

大家さん「あー102号室のブリッジスさん?あのー、何度もね、あれして悪いけど、あれ、その、あれあれ…」

テウタ「引っ越しと、家賃と、建て替え費用の件、ですよね」

大家さん「そう、そうなのよ。あれがね、それ、あれで…あれあれ」

テウタ「引っ越しはします。まだ次の部屋を見つけてないので急ぎますけど…でも。建て替えの費用を負担
するわけにはいかないです。私、弁護士雇いますので」

大家さん「ごめんなさいね。その…あれ、あれが…私もあれ…」

テウタ「ええ、大家さんが悪いとは思ってないですよ。契約書の件なので、私も弁護士に相談しますから。
それじゃあ、また」

リンボ「なんか大変そうだな」

テウタ「そうだ!取材がだめなら弁護士でもいいわ。法律相談ってやつ?今住んでるアパートの建て替え費用を負担するとかしないとかっていう契約書があって、なんとか払わずに引っ越せるようにしてもらえない?」

リンボ「命の恩人だって言い張る割には安い交換条件だな。まあ、いいけど」

テウタ「(目的なんかないって言ったらそれはそれで信じてくれないくせに)」

N「その時フルサークルの受信音が鳴り響いた」

リンボ「この音、フルサークル?そんな胡散臭いネットの情報を信用しているようじゃ、ジャーナリストの道は遠そうだな」

テウタ「別にこのサイトの情報をまるっと信じてるわけじゃないけど、誰でも情報提供者になれるっていうところが面白いでしょ?あなたもよく名前が出てるじゃない。『あの悪徳弁護士、また無罪を勝ち取る!』とかね」

リンボ「不本意だけどな」

N「街のささいな出来事からゴシップまで誰でも投稿できるSNS。その中から管理人が『サークル』した投稿が
あるとアプリが通知を送ってくる。注目の情報、という意味だ」

テウタ「世の中で見過ごされてしまう犯罪だって、誰かがこのサイトに情報を送ったら拡散されるってわけ。
大事件じゃなくても、ちゃんと知れ渡ることができるでしょ」

リンボ「危うい正義だな、そりゃ」

テウタ「危うい?」

リンボ「他人の失敗や秘密を暴くのは、人間誰だって気持ちよくなっちまうもんだろ?自分は正しいことをしてるって錯覚したヒーローがたくさんいるんだろうな」

テウタ「たしかに…そういうところはあるかも」

シュウ「まあ、細かい目撃情報とか載ってたりするから俺は重宝してるけど。賞金首探すときとかな」

テウタ「しょ、賞金首?」

リンボ「よし、こうしよう。俺らはお前を信用してないし、命を救ってもらった気もしない。
でもお前がなんで俺しか知らないはずの名前を出してきたのかは気になる。つまり、はいさよならって帰す
わけにもいかないってこと。だからお前がオルテガに雇われたわけじゃないってことがわかるまでは俺達に
協力してもらう。その代わり、引っ越しだか何だかの件は引き受けてやるよ。それでどうだ?」

テウタ「オーケー、交渉成立ね」

シュウ「…俺は知らないからな」

リンボ「さて、と…」

N「リンボが伝票に手を伸ばす」

テウタ「あ!」

N「テウタはとっさに財布を取り出し、自分が頼んだ2杯分のコーヒーの代金を出した」

リンボ「このくらい、別にいいのに」

テウタ「いいの。ちゃんと払う」

リンボ「…ん?お前、いつの間にコーヒー2杯も飲んだんだ?」

テウタ「…………」

シュウ「(煙草を吸っている)」

リンボ「んじゃクロ。引き続き警戒頼む」

スケアクロウ「りょーかい」

テウタ「ねえ、さっきから気になってたんだけど、いったい誰と話してるの?」

リンボ「機密事項だ」

 


===ヘルベチカのクリニックにて(ここから後半N)===

N「連れてこられたのは街で人気のクリニックだった。人気の理由はものすごい美形の美容形成外科医だ」

テウタ「ねえ、ここ、あのヘルベチカのクリニックじゃない。なんでここに?」

リンボ「そうだな、誰かに殺される前にボトックスでもやって綺麗なお顔にしとこうかなって」

テウタ「…………」

リンボ「冗談だって。ユーモアのセンスないの?」

テウタ「ユーモアのセンスがあるから笑わなかったの」

N「その時、ノック音と共に件の人物が入ってくる」

ヘルベチカ「ようこそ。お待ちしてましたよ。君が、テウタ?」

N「すっと手を差し出され、促されるままその手を取る」

テウタ「あの人気美容形成外科医のヘルべチ…ってえ、ええ!?」

N「握手かと思いきや、そのままぐいっと体を引き寄せられた」

テウタ「ちょ、ちょっと!!」

N「そのまま腰に手を回され握られた手にはぐっと口元に引き寄せられ手の甲にキスをされた」

テウタ「え、えっと…あの…」

ヘルベチカ「そんなに驚かなくても、ただの挨拶ですよ。まあ今の、すごくいい顔でしたけど」

N「にっこりと微笑み、そのまま手を引き寄せてじっと爪を見る」

ヘルベチカ「ふうん…甘皮も綺麗に処理してあるし、ネイルもヌード系のピンクで上品ですね。
それに、その初々しい反応もなかなか」

N「思わず手をひっこめようとすると逆にぐっと力を入れて引き寄せられる」

テウタ「な、なんなんですか!」

N「シュウはどかっと近くにあるテーブルに寄りかかりテウタのほうを見て笑った」

シュウ「俺は70点くらいかな」

ヘルベチカ「シュウ。ここは禁煙」

シュウ「ちっ…堅いこと言うなよ」

ヘルベチカ「僕は…そうですね、63点」

テウタ「ちょっと!離してってば!」

ヘルベチカ「すみません。リンボから『怪しい女』が一緒に来るって聞いたんで、ちょっと警戒してたんです
。僕すごく怖がりなんで」

テウタ「(その笑顔が怪しすぎる…)」

ヘルベチカ「君、可愛い形の唇だから、コーラル系のピンクのリップのほうが似合うと思いますよ。
まあ天然のままで十分可愛いけどどこか手を入れたければ相談に乗ります」

N「女性に大人気の形成外科医、ヘルベチカ。テウタは実際に会うのは初めてだったがイメージが崩れていく音が聞こえた気がした」

ヘルベチカ「第一印象で好感を与えるチャンスは一度しかないって聞いたことないですか?社会評論家の
ウィル・ロジャースです。『人は見かけによらない』とよく言いますけど、わざわざそんな言葉を言いたくなるほど、世の中の殆どは見かけで判断されるし、第一印象の9割は外見なんですよ」

テウタ「で、その第一印象が、私の場合は63点?」

ヘルベチカ「僕の基準からすると、かなり良い方です」

スケアクロウ「ヘルベチカの60点以上ってなかなかいないもんな」

テウタ「素直に喜べないんだけど…」

テウタ「(っていうかまたこの声…一体誰なんだろう)」

ヘルベチカ「僕の第一印象はどうです?」

テウタ「え?ヘルベチカの第一印象?」

ヘルベチカ「そう。僕に対してどんな印象を持ちました?」

テウタ「かっこいい人だな、とは思ったけど…」

ヘルベチカ「けど?」

テウタ「…………点数付けされたのは、ちょっとカチンときた」

ヘルベチカ「あはは、君正直でいいですね。もう少し点数あげたくなります」

テウタ「だから!点数付けされるのは嫌なんだってば」

ヘルベチカ「ふふ……でも、僕に対して外見の印象を先に持つということは、僕を異性として意識している証拠ですね」

テウタ「ど、どうしてそうなるの?」

ヘルベチカ「シュウのことは初めて出会ったときどう思いました?」

テウタ「…………」

シュウ「いいんだぞ?正直に言って」

テウタ「…………ちょっと感じ悪いと思った」

ヘルベチカ「はは!やっぱり僕のほうが性的魅力に溢れてる証拠ですね」

シュウ「お前と性的魅力を競ったことなんて一度もねえよ、ったく…」

テウタ「(落ち着いて、振り回されちゃだめ………)」

リンボ「モズはまだ仕事か?」

ヘルベチカ「もうすぐ来ると思いますよ」

テウタ「モズ?もしかして検死局の?」

リンボ「知ってるのか?」

テウタ「今朝会ったの。ルカとお茶してた時に、仕事の用だとかで」

リンボ「ルカって、ニューシーグ警察のディアンドレ巡査?」

テウタ「そうだけど?」

ヘルベチカ「世間は狭いですね」

N「再びノック音が響き、今朝会ったその人物が入室してきた」

モズ「待たせた?」

リンボ「いや、仕事中に悪いな」

モズ「昼間はそんなに死体が回ってこないから平気」

N「モズ黙ってテウタの顔を見た」

テウタ「あの、私、テウタ…ほら、良い形の窪みの…」

N「このあたりが…と目の周りを指差す」

モズ「覚えてるよ。ところでリンボ。急ぎの要件ってなに?」

リンボ「いや、このお嬢さんが俺が死んだっていうから」

モズ「リンボ、死んだの?それにしては顔色がいいね。よく喋るし」

リンボ「あー、死ぬのを防いだ…らしい。よく分かんねーけど俺が死んで、こいつが時間を遡って、
今度はそうならないように阻止したって流れらしい」

テウタ「(まあ、私が逆の立場なら、こんな話絶対信じられないと思うけど…)」

モズ「どういう風に死んだの?」

テウタ「どういうって…人ごみの中で突然倒れて、近寄ったら胸からすごい血が出てたの。出血が全然止まらなくて、そのあと、その…」

モズ「出血量は何CCくらい?」

テウタ「そんなの分からないよ。血だまりの大きさがえっと…このくらい?」

N「手で大きな円を描くと、モズは黙って頷いた」

モズ「胸からの出血量から考えると心臓かその周辺の動脈を損傷しているね。街中で突然倒れて、周囲が気付かないってことは凶器に血が残る刺し傷は考えにくい」

シュウ「サイレンサー付きのハンドガンなら、通りすがりに殺せるっちゃ殺せるな。人通りが多けりゃ多いほど楽だ」

モズ「でも想像から結論は出せない。実際に死体を見せてもらわないと」

N「モズがリンボの顔を見る」

リンボ「いやいやいや、俺実際には死んでないから。そいつがそう言ってるだけだって」

モズ「そっか」

ヘルベチカ「そのお嬢さんの言うことは信じがたいですけど、オルテガから脅迫の電話があったのは事実でしょう?用心するなり先手を打つなりしたほうがいいんじゃないですか?」

テウタ「ねえ、さっきからオルテガって名前が何度も出てるけど、まさかとは思うけどバンク・オブ・ニューシーグの頭取、ジョナサン・オルテガのことだったりしないわよね?」

ヘルベチカ「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

N「ヘルベチカはにやりと笑った。どうやら話すつもりはないらしい」

シュウ「なあ、お嬢ちゃん。あんたが言うようにリンボは街中で撃たれたんだとして、前から撃たれたのか、背後から撃たれたのか、わかるか?」

テウタ「うーん…わからない。あの時は人がたくさんいて、人と人の間からリンボの背中が見えただけだから」

シュウ「役に立たねえな」

スケアクロウ「リンボが一度死ねばいいんじゃないかな?」

リンボ「はあ?何言っちゃってんの?人は1回しか死ねないんだぞ?」

スケアクロウ「そうそう、その通り。1回しか死なない。その女の言っていることが正しいと仮定して、
オルテガが殺し屋を雇ったんだったら、狙いはリンボの命だろ?なら、殺しに成功したと思わせてやればいい。そうすればオルテガのスキャンダルに殺人教唆も追加だ」

リンボ「でも死んじまった俺はどうなるんだよ?」

シュウ「死んだってことが分かればそれでいいんだろ?」

ヘルベチカ「なるほど」

モズ「難しくはない」

テウタ「(全然わからない…)」

N「話に割り込んでいいものか迷いつつテウタはそっと手を挙げる」

テウタ「あのー…わたし、いまいち話に追いつけてないんですけど」

シュウ「あんたが忠告してくれた通りにリンボには死んでもらって、リンボを狙ってるやつをとっちめるってわけだ」

テウタ「本当に死んじゃったら、犯人を見つけたところで意味ないんじゃ…」

モズ「本当に死なせるわけないでしょ。死んだってことが知れ渡ればそれでいい。必要なのは検死報告書と…リンボの演技力?」

シュウ「殺し屋を雇う時は大抵一人じゃない。オルテガに殺しを請け負うと持ち掛けてリンボが死んだ証拠を作ればいい。殺しを職業にしてるような奴は簡単には計画を変更しない。お嬢ちゃんが言ってることが本当だと仮定してだ。同じ場所、同じ方法でリンボが現れるのを待ってるだろうよ」

スケアクロウ「そこで、俺達が先にリンボを殺すってことだな。派手にやろうぜ、派手に!特大ニュースだ。
あの悪徳弁護士リンボ、遂に暗殺されるってさ」

リンボ「お前らな、楽しんでんじゃねーぞ!死ぬのは俺なんだからな」

スケアクロウ「血糊は僕が用意しますよ。結構リアルなやつ」

モズ「僕はリンボの検死報告書を用意する。リンボが死んだって公式記録にすればみんな信じるでしょ。
一時的に、だけど」

リンボ「皆さん手際がよろしいことで」

シュウ「で?リンボは1回死ぬって話でいいとして、このお嬢ちゃんはどうするんだ?」

テウタ「えっと…私は何をすれば…」

スケアクロウ「あんたはオルテガの手先じゃないってことがわかるまでは監視させてもらう」

テウタ「監視って…私は人助けしただけなのに」

シュウ「さあ、それはどうかな。人は金で動くもんだ」

テウタ「お金より特ダネが欲しいの。ジャーナリストとしては当然でしょ?記事になれば、お金にもなるし」

モズ「特ダネとお金、両方手に入るってこと?」

テウタ「そう。欲張りって言われるかもしれないけどそのくらいハングリーじゃなきゃやっていけない」

モズ「そうだね。いいんじゃない」

テウタ「私としては人助けしたつもりだけど、首を突っ込んだのは自分の責任よ。だから、あなた達が納得してくれるならこの…何?死んだフリ作戦?が終わるまでは協力する」

モズ「…………」

テウタ「その代わりリンボ、私のアパートの引っ越しの件はちゃんと引き受けてよね」

リンボ「分かったよ(軽く笑いながら)」

シュウ「…………」

N「シュウは取り出したテウタの携帯をさっと取り上げた」

テウタ「あ!ちょっと!私の携帯!」

シュウ「言ったろ?お前のことはまだ信用してない。だからこの件が終わるまでは預かっとく。いいな?」

テウタ「…………それで気が済むんならどうぞ」

N「左手の腕時計を見る。ルカたちとの約束までもう少しだ」

テウタ「私、そろそろ行かなくちゃ。友達と飲みに行く約束してるの…まさか、ついてきて監視でもするつもり?」

ヘルベチカ「ご一緒しても?」

テウタ「…………本当に友達と飲むだけなのに」

N「厄介なことに首を突っ込んでしまったな、と息をついて二人は約束の場所へと向かった」

 


===パライソガレージ===

ルカ「やっぱ仕事のあとのビールは最高だな~!…案の定っつーか、お約束っつーか、いつも通りっつーか、
アダムは遅刻だけどな」

テウタ「一応、遅れるって連絡くれたけどね。今じゃアイドルみたいな人気だもん、アダム。ニュースキャスターのはずが歌手デビューまで」

ヘルベチカ「ほんと人気者ですよね」

ルカ「…………で?なんでうちらの集まりに男連れなわけ?」

テウタ「変な言い方しないで。彼は…………」

ルカ「ヘルベチカだろ?知ってるよ」

テウタ「取材、させてもらってるだけだから」

ヘルベチカ「色々とね」

テウタ「そう、色々…」

N「ヘルベチカはにやにやと笑っている」

ヘルベチカ「でも知りませんでしたよ。テウタがあのアダム・クルイローフと幼馴染だなんて。毎週会ってるんですか?」

ルカ「そ。超忙しくても金曜の夜はここに集まる。それが決まり。大人になると『またね』って言ったきりなかなか会わなくなるだろ?」

テウタ「私達も働き始めたらなかなか会えなくなっちゃって。会う努力しなきゃねって」

ヘルベチカ「(携帯をいじりながら)素敵な話ですね」

テウタ「ちょっと、人の話ちゃんと聞いてるの?質問したのはそっちでしょ」

N「ヘルベチカは携帯でアダムのことを検索していた。友達の名前を検索するとこんなにたくさん写真が出てくるなんてと不思議な気持ちになっていた」

ヘルベチカ「このアイドルが、お友達とはね」

アダム「ごめん、遅くなったね」

ルカ「遅刻したおまえの奢りだからね」

アダム「いいよ、ふたりよりもずっと稼いでるし」

ルカ「ったく、それが本当のところが腹立つんだよなー」

アダム「あなたは、ヘルベチカ?前に番組で会ったよね?」

ヘルベチカ「ええ、ゲストで呼んで頂いて」

アダム「……」

ヘルベチカ「…………」

テウタ「えっとね、いまヘルベチカのこと取材してて、ちょうど打ち合わせの後で一緒に飲もうかってなってさ」

アダム「そっか。最近調子良さそうだね、仕事」

テウタ「全然だよ。今は記事の方向性で悩んでる。どんなジャンルも挑戦したいとは思ってるけど、自分にしか書けないテーマというか視点を探してるんだ」

アダム「かっこいいな、テウタは。僕なんて局や事務所の意見に振り回されてばっかりだよ。ただのタレント扱い。」

テウタ「いいじゃない。人気者でしょ。親友としては鼻が高いぞ」

アダム「人気なんて一時的なものだよ。エミリ・ディキンソンの言う『名声は蜂である』ってやつ」

ルカ「エミリ…なにんそん?」

アダム「エミリ・ディキンソン。詩人だよ」

ルカ「そういう例えを持ち出すところがいけ好かないんだよ」

カルメン「ハアイ!お待たせしましタ!今日のおススメ、ロブスタービスク!アタシの自信作ヨ。ほらペペ、
並べて頂戴」

ペペ「はい、カルメンさん」

ルカ「自信作っつったって別にカルメンが作ってるわけじゃないだろ?(口に含んで)ん!うっめ!」

テウタ「ほんとだ!美味しい!」

ヘルベチカ「これは僕も好きですね」

アレックス「ふふ…確かにカルメンさんはお料理が苦手ですけど、おいしいものを探してくるプロフェッショナルですから」

カルメン「デショー?アレックスったら、もっと褒めてくれてもいいのヨ?」

カルメン「んー…次はどんなお料理にしようか悩んでるんだけど、なにかリクエストはあるカシラ?」

テウタ「リクエスト、ですか?安くて、美味しくて、量が多い奴がいいです!」

ヘルベチカ「それ本気で言ってますか?」

テウタ「え?本気も本気。その3つが揃ってたら最強じゃん」

アダム「ふふっ…」

テウタ「なんで?なんで笑うの?」

アダム「食べ物の話をしてる時のテウタは本当に楽しそうだなって」

テウタ「そりゃ、食べること大好きだもん」

アダム「ふふ、昔からそうだったね」

ルカ「はー!今日も食ったなー!」

アレックス「ありがとうございました。また来てくださいね」

ぺぺ「皆さんがいらっしゃると、カルメンさんはとても喜ぶのです」

アダム「また新しい『お取り寄せグルメ』を楽しみにしてるよ」

アレックス「カルメンさんに伝えておきます。それじゃ皆さん、気をつけて帰ってくださいね」

テウタ「アレックスもだよ。家、ここから遠いんだっけ」

アレックス「僕がお世話になってる施設はここから遠くないですし、帰りはぺぺさんが送ってくれますし」

アダム「門限は大丈夫なの?」

アレックス「カルメンさんはちゃんと許可をとってくれてますから」

ルカ「カルメンも抜けてるんだか、しっかりしてるんだか…」

ぺぺ「カルメンさんはしっかりしているのです」

ルカ「お、おう…そ、そうだな」

ぺぺ「カルメンさんはとても心配症なのです。アレックスに護身用のスタンガンを持たせたり、ぺぺには45口径を持たせてくださったり…」

テウタ「…心配性なのはわかるけど、なんだか物騒だね」

ルカ「んじゃ、あたしらは帰るわ。またな」

アレックス「はい。おやすみなさい」

ぺぺ「またのご来店をお待ちしております」


===帰り道===


ルカ「おっし、あたしは歩いて帰るわ」

アダム「テウタ、車乗っていく?」

テウタ「あ、ほんと?助かる!いつもありがと」

アダム「ヘルベチカは?」

ヘルベチカ「僕はタクシーを拾いますんで、それじゃテウタ、また明日」

テウタ「あぁ…はい…」

アダム「…大丈夫?困ってたりしない?」

テウタ「えっ、なんで?」

アダム「今の、ちょっと気になったから」

テウタ「全然何でもないよ。ほら、ヘルベチカってこう…独特でしょ?取材するにもとっつきにくいというか…」

アダム「テウタが大丈夫っていうなら信じるけど…ふふ」

テウタ「何?なんで笑ったの?」

アダム「いや、僕も心配性なほうだけどテウタに45口径渡したりはしないから、安心して」

テウタ「そんなの渡されたって困るよ」

アダム「何かあったらいつでも言って。電話でもメールでもいいし」

テウタ「ありがと、アダム」

テウタ「(その電話とメールが使える携帯が手元にないんだよなあ…)」


===ニューシーグ セントラルコアにて===


スケアクロウ「ヘルベチカの準備は万端だ。死んだオーランドに協力して金を貰うはずが貰い損ねた。
その分の仕事をしたいと説明して取り入った。リンボを殺したら10万ドルだってさ」

シュウ「変装したヘルベチカが殺し屋だなんてよく信じたな」

スケアクロウ「本物の女殺し屋のプロフィールをちょいとお借りしたんだ。かの有名なボニータだって名乗って、殺しの実績を2,3挙げたら簡単に信じたよ」

ヘルベチカ「そろそろそっちに着きますよ。準備はいいですか?」

スケアクロウ「オーケー、それじゃあおさらいだ。ホットドッグを食べながら歩くリンボ。その背後からヘルベチカが接近、サイレンサー付きの銃でパーン」

テウタ「私は駆け寄って救護」

シュウ「俺は人混みに紛れて野次馬っぽい動画を撮る」

スケアクロウ「主演のリンボ、準備は?」

リンボ「オーケー、いつでも殺される準備完了ですよ」

スケアクロウ「それじゃ、作戦開始だ。いくぞ……アクション!」

N「前を歩いていくリンボの背中。昨日見たはずの光景と重なる。ヘルベチカは足早にテウタの横を通り過ぎていった。リンボの背中に近づき、通り過ぎる瞬間に一瞬ふたりの背中が重なる。ヘルベチカが通り過ぎると、リンボは膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れた。」

テウタ「ど、どうしたんですか!?誰か!救急車を呼んで!」

スケアクロウ「あ、あわ、慌てるなよ。いいか、リンボのフィジカルモニターは、か、確認してる。銃は偽物だし、その血だって偽物だっ」

リンボ「ん、うぐっ…ごほっ」

N「テウタが駆け付けると、リンボは血糊を吐いていた。顔を上げると変装したヘルベチカはもう遠くへ去っていた。シュウの姿は見当たらないがどこかでこの様子をみている筈だ」

テウタ「大丈夫ですか!?」

リンボ「ごほっ…ごほっ…………」

テウタ「しっかりして!」

リンボ「……これを見るのは2回目か?」

テウタ「……そうね。でも前の方が演技が上手かった」

N「本当に死にそうな口ぶりに、一瞬信じそうになる」

シュウ「ばっちり撮れてるぞ。これをフルサークルに投稿するんだっけ?…………おいクロ、聞いてんのか?」

スケアクロウ「はい!?あ、えっと、リ、リンボのモニターは正常だ。し、死んだりしないし、苦しそうなのは演技だ。いいか、慌てるな。これはオルテガを欺くためのえ、演技だ」

シュウ「一番慌ててるようにしか聞こえないけどな」

スケアクロウ「お、俺を誰だと思ってるんだ?裏社会のボス、スケアクロウだぞ?モズの準備も出来てるから、えー死体との入れ替わりも、しゅ、しゅぐだ!」

シュウ「はあ……しっかり頼むよ、裏社会のボス」

======================================

アダム「ベルスターのセントラルコアで通行人の男性が突然倒れ、心肺停止が確認されました。
被害者の男性は弁護士のリンボ・フィッツジェラルド氏だと確認されました。警察は目撃者からの情報を求めていますが、犯人についての詳しい情報はまだ入っていない模様です」


======ヘルベチカのオフィスにて=======


リンボ「(何かを食べながら)へえ、自分が死んだニュースを見るのってこんな気分なんだな」

N「リンボはドーナツを口いっぱいに頬張っている。」

リンボ「二度とない経験だろうな、こんなの。それにしてもフルサークルの情報拡散力もすごいな」

テウタ「この街の誰もがリンボは死んだと思ってるんじゃない?」

ヘルベチカ「オルテガからのメールです。金の受け渡しは今夜がいいそうですが、場所はどこにします?」

スケアクロウ「ポート・ニューシーグのコンテナヤードでいいんじゃないか?Gエリアより南の方なら、広いし暗くて動きやすい」

ヘルベチカ「そうですね」

(ノック音)

N「入ってきたのはモズだった。リンボの顔をじっと見ている」

モズ「あ…………」

モズ「リンボ、この度はご愁傷さま。お悔やみを」

リンボ「おう、ご丁寧にありがとうござ…死んでねえっつの」

テウタ「(なんだかシュールな会話だな…)」

モズ「ごめん、仕事の癖で。死んだ人とその遺族にはお悔やみの挨拶を忘れないようにしてるから。仕事といえば、リンボの検死報告書は完璧に仕上げておいたよ。
代わりの死体も、リンボの知り合いが面会に来ない限りはバレないし、伝染性のウイルスの可能性ありって書いておいたから、しばらくは遺族でも面会出来ない」

リンボ「相変わらず完璧な仕事だな。後始末も大丈夫そうか?」

モズ「大丈夫。この件が片付いた後、全部データは入れ替えられるようにスケアクロウが手配済み」

テウタ「この後はどうするの?」

シュウ「オルテガの手下かもしれないやつに作戦バラすわけないだろ?」

テウタ「バラすも何も加担してるんですけど…」

リンボ「まあまあ、お前にも最後まで付き合ってもらうよ。バンク・オブ・ニューシーグ頭取オルテガの大スキャンダルだ。お前にとってもメリットあるだろ?」

テウタ「まあ、それはちょっとおいしいかも」

リンボ「…………とは言っても、俺は用心深いんでね。クロ、調べはついたか?」

スケアクロウ「大体………いや、ほとんど、かな。うん?『大体』と『ほとんど』ってどっちが多いんだ?いや、まあいいか。
テウタ、ファミリーネームはブリッジス。ニューシーグで生まれ育って今は21歳。ニューシーグトゥデイの日曜版でのコラムの連載が始まったのが
数か月前で、ごくたまにコラム以外の署名記事を書いていることがある」

テウタ「そ、その通りだけど…」

テウタ「(ずっと電話越しでしか話してないけど一体何者なの?『クロ』とか『スケアクロウ』とか呼ばれてるけど…)」

スケアクロウ「前にも名前出てたけど、ニューシーグ警察のルカ・ディアンドレ巡査とよく一緒にいるね。パライソガレージには毎週出入りしてるし
朝はスタンドでホットドッグのピクルス抜きを買ってることが多い」

テウタ「ちょ、ちょっと、これなんなの?」

リンボ「お前のことを調べただけだ。おい、スケアクロウ。そんなプロフィールじゃなくて肝心の裏仕事についてはどうなんだ?」

スケアクロウ「所有している銀行口座の出入りを見ても裏仕事をしているような大金の出入りはない。それに、自宅や携帯から海外プロキシを経由するような通信もないし、
怪しいデータの送受信履歴もない」

シュウ「怪しいところがないか、隠すのが上手いかどっちかだな」

スケアクロウ「ごく普通な20代の女ってところだよ。あ、俺の名誉のために言っておくけど、メールを盗み読んだり、盗撮したりはしてないよ。
念のため、ね」

リンボ「なるほどなー。んじゃ、お前の結論としては?」

スケアクロウ「ただの一般人だね。ニューシーグからほとんど出てないし、街の監視カメラで行動を追っても怪しいところはなかったな」

テウタ「(私のことを調べてたってことか…)」

N「慎重なのは理解できる。が、こんなに隅から隅まで調べられるのは正直良い気持ちとは言い難かった」

リンボ「そうなると、お前なんで『アレ』を知ってたんだ?」

テウタ「『アレ』って、あなたが死ぬ直前に言ったこと?それだったらもう説明したでしょ?時間を遡って、別人になってやり直したの。それより、今の私の
個人情報はどこから知ったの?」

スケアクロウ「俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ。俺に見えないものはない」

テウタ「…………」

スケアクロウ「聞こえなかったのならもう一度繰り返そう。俺はスケアクロウ。裏社会の」

テウタ「どうやって知ったのかって聞いてるの。まさかハッキングとか盗聴とか法に触れるやり方?」

リンボ「ああ、その通り。スケアクロウは世界のどのネットワークでも入り込める。ホワイトハウスのメールボックスからお前のATM口座にもな」

テウタ「そ、それって犯罪なんじゃないの」

リンボ「何が正義かは、俺が決める」

テウタ「………どういう意味?」

リンボ「俺達はいわゆるフィクサーだ。法律やらルールやらじゃ上手く回らない世の中のあれこれを俺達のやり方で、俺達のやりたいように回す。
俺はまあ知っての通りの『悪徳弁護士』だ。法律が守ってくれるのは世の中の形だけだからな。俺は俺が正しいと思ったものを守る。パートナーのシュウは
バウンティハンターで、その他まあ色々やってる」

シュウ「そ、色々な」

リンボ「んで、モズは検死局の若き主任。身元が隠された死体でもそれが誰なのか必ず突き止めて、死因を特定する。たまに、今回みたいに代わりの死体を用意してもらったり、
死因をちょちょっといじってもらったりしてる」

モズ「『たまに』の定義による。頻繁に、の方が正しいかもね」

リンボ「で、ヘルベチカがアナログで情報を集めて、スケアクロウがデジタルで情報を集める」

ヘルベチカ「人に紛れ込むのは得意なんです。誰にでもなれますよ」

スケアクロウ「俺は裏社会のボスだ。すべてのネットワークに潜り込むことができる」

リンボ「世の中、不当に金を儲ける奴がいて、不当に失う奴がいる。誰かの勝手な意図で殺されて、その存在すら消される奴がいる。
弱者がいるから強者がいる。捕食者がいるから被食者がいる。それはそれでいい、そういうもんだ。世界は不平等で、理不尽だ。
そういうもんだとわかっていても気にくわないもんは気にくわないだろ?」

N「リンボは不敵に笑った」

リンボ「俺達はそれをちょっとばかり正す。んで、儲けはちょっと貰う。それが俺達のやり方だ」

スケアクロウ「世のため人のため、自分たちのためってね」

テウタ「今回もそれが目的だっていうのね」

リンボ「そういうこと。怪しい金の流れを見つけて追ってたらバンク・オブ・ニューシーグの頭取に行き着いたってわけだ」

ヘルベチカ「メール、来ました。ポートオブニューシーグのコンテナヤード、Gエリアの8番倉庫付近で」

リンボ「それじゃ、俺達もちょっとばかりの報酬を貰いに行くか」


=====ポートオブニューシーグのコンテナヤード====


N「夜のポートオブニューシーグ。コンテナヤードは人気もなく、静かだった。リンボとヘルベチカと共にコンテナの影に隠れ、オルテガがやってくるのを待っていた」

リンボ「クロ、準備はどうだ?」

スケアクロウオルテガの車のGPSを追跡してる。もうそっちに着くよ」

リンボ「シュウはどうだ?」

シュウ「問題ない」

ヘルベチカ「来たみたいですねあーあー、ごほっ、あー、あー。(咳払いしてだんだん声を高くして)」

謎の美女「あー、あー」

テウタ「(すごい、本当に女の人の声だ)」

N「車のヘッドライトが見えて、すっと止まる。それを見てヘルベチカが携帯を取り出した」

謎の美女「金は持ってきた?」

オルテガ「ああ、持ってきた」

謎の美女「車から降りて、目の前の赤いコンテナの前に置いて」

オルテガ「姿を見せたらどうだ?」

スケアクロウ「シュウ、出番だ」

N「テウタはコンテナの影からほんの少し顔を出して様子を伺う。男の胸に赤いレーザーポインターが当たっているのが見える」

謎の美女「言うこと聞いたほうがいいって、分かるわよねえ?」

オルテガ「ちっ…………」

N「男がアタッシュケースを地面に置いた」

謎の美女「ご苦労様。そのまま後ろに下がって」

オルテガ「おい!顔を見せたらどうなんだ?」

謎の美女「聞こえなかった?後ろに、下がって」

オルテガ「クソっ………」

N「男が車の方へ戻っていくのを、赤いレーザーポインターはぴったりと追いかけていく」

リンボ「よし…そろそろ行くとするか。テウタ、お前はここに隠れてろ。話はすぐに終わる。…ああ、写真は撮っていいけど音は消してくれよ(小声で)」

テウタ「すぐに終わるって…どうするの?」

リンボ「そりゃ、金を貰いに行くんだよ」

テウタ「そんなの写真に撮ったらただの悪徳弁護士のスクープじゃない」

リンボ「はは、まあ見てろって」

テウタ「あ、ちょっと!」

N「リンボは颯爽と歩いていき、地面に置かれたアタッシュケースに手を伸ばした」

オルテガ「お前は…………リンボ!?どうして!!」

リンボ「よ!会いたかったか?」

N「リンボの顔を見ると男は顔色を変えた」

オルテガ「なんでだ………殺したはずなのに!!」

ヘルベチカ「物騒ですね。『殺したはず』だなんて」

N「ヘルベチカもリンボの横に並ぶ」

オルテガ「誰だ、お前は?さっきの電話の女はどうした!グルなのか!?」

ヘルベチカ「なんのことやら」

リンボ「さて、お前の悪巧みもどうやらここまでのようだな?」

オルテガ「お前達、余計なことはしないほうがいい。知らない方が良いこともある。ギャングに目をつけられるぞ?まあ、もう遅いかもしれないがな」

リンボ「余計なことも何も、そもそもお前がギャングの金を洗ってるのが始まりだろ?真っ当な商売だけしときゃいいのに」

オルテガ「お前は経済ってものが分かってない。金は金庫にしまっておいても意味がないんだ」

リンボ「ギャングが稼いでお前が洗って経済が回るって仕組みか?儲けるのはお前らだけじゃねえか」

オルテガ「持つ者と、持たざる者。世の中には2種類の人間しかいない」

リンボ「そのために邪魔者は殺しても?」

オルテガ「ケースバイケースだ」

テウタ「……っ!?」

N「銃が見えてテウタは思わず声をあげそうになったのをぐっと堪えた」

リンボ「おいおい。そんな物騒なもんはしまえよ。俺はお前の意見におおよそ賛成なんだぞ?世の中強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬ。賢い奴が稼いで愚かな奴は貧乏。それでいい。
お前は賢いから多くを得た。でもお前の荒稼ぎのせいで失った奴が多すぎる。俺はそれが気に食わない。
何が正義かは俺が決める」

オルテガ「ならその正義と一緒に死ね!」

ヘルベチカ「『死ね』だなんて穏やかじゃないですね。これって『生命に関わる脅迫罪』ってやつじゃないですか?今の証人の数は…」

スケアクロウ「9,160人かな。もうすぐ1万だ」

ヘルベチカ「9,160人が見ているそうですよ」

オルテガ「ど、どういうことだ!?」

ヘルベチカ「フルサークルのライブ配信ですよ。ちょうど管理人もサークルしてくれたんで、今注目のニュースです」

スケアクロウ「お、警察もそろそろご到着だな。シュウ、そろそろ準備してくれ」

シュウ「あいよ」

リンボ「カメラどっちだ?ん?あ、こっち?」

リンボ「どうもこんばんは!悪徳弁護士と名高いリンボです。死んだと思いました?俺も思いましたよ、
ニュースで見たし。あー!そうそう、バンク・オブ・ニューシーグに財政上の相談をしている皆さんは、
他の銀行をお勧めしますよ。多分、頭取はしばらく警察のお世話になりそうなんで。それと、俺、一応
企業案件も得意なんで何かあればフィッツジェラルド法律事務所まで」

オルテガ「お前ら…待て!!どういうつもりだ!」

リンボ「ほら、急ぐぞ!こっち来い!」

テウタ「えっ!?い、急ぐって…」

N「走ってきたリンボに手を引かれ、少し離れたコンテナの裏へ向かう」

テウタ「な、何これ…ヘリなんていつの間に…………」

シュウ「早く乗れ」

テウタ「え、え!?」

オルテガ「待ちやがれ!」

テウタ「きゃっ!」

リンボ「ほら、危ないから奥の方に乗っとけ」

テウタ「わっ!」

N「リンボはヘリに乗り込みながら、アタッシュケースを開いた。そこには札束がギュッと詰まっているのが見える」


リンボ「ふうん、大体10万ドルくらいか?俺の命も安く見られたもんだな。もうひとつ、いやふたつくらい
ゼロつけてくれてもいいだろ?」

オルテガ「お前ら………待て!どういうつもりだ!」

リンボ「どういうつもりって、これから帰るつもりだけど?」

ヘルベチカ「あとは警察にお任せします」

オルテガ「お前らは俺を騙して金を受け取った!お前らも同罪だろ!」

リンボ「あ?これ?この金のこと?俺達がこんな汚い金、受け取るわけないだろ?」

オルテガ「なにっ!?」

リンボ「弁護士が必要になっても、俺には連絡するなよ。お前みたいな小悪党はお断りだ。じゃあな!」

N「紙幣が舞い散り、オルテガが呆然とした表情を浮かべている。サイレンの音が近づいてくるタイミングでヘリコプターは上空へと飛び立った」


=====ペニーレーンのアパート前にて======

N「昨夜の様子はフルサークルのライブ配信で、視聴者数は昨日だけで9万にもなった。あの後オルテガはすぐに自供したらしい。ギャングに狙われるよりは命の安全…つまり刑務所を選んだ、ということかもしれない。テウタはというと、肝心の写真も上手く撮れておらず、とても特ダネとは言えなかった。フルサークルに配信された映像のほうがずっとインパクトがあって、新聞社とは値段の交渉どころか話にならなかった」

テウタ「(…この写真じゃさすがに無理か)」

リンボ「よーし、あともう1本で決まりだな」

N「リンボは街中で子供とバスケをしていた。意外と上手いらしい」

テウタ「シュウはやらないの?」

シュウ「あー、あれだ、俺煙草吸ってるからスポーツとか合わないんだわ。煙草吸うと体力が落ちるとか。
そういうあれ」

テウタ「(なんだか適当な返事だな…)」

テウタ「禁煙とかしたことあるの?」

シュウ「禁煙?なんで?」

テウタ「煙草吸う人って、体に悪いからやめたいけどやめられないって言ってるのをよく聞くから」

シュウ「ふうん、そういうもんか?俺は止めようとも止めたいとも思ったことはない」

テウタ「ふうん…煙草、好きなんだ?」

シュウ「…………嫌いだね」

テウタ「だったら止めればいいのに」

シュウ「ほっとけよ」

テウタ「(まあ…………そうですけど………)」

N「リンボは汗を拭きながらやってきた」

リンボ「そういや、昨日のネタはどの新聞に売ったんだ?どっか載ったか?」

テウタ「……どれにも載らなかったの」

リンボ「なんでだよ?あんな至近距離で写真撮ったのに?」

テウタ「暗かったからピントが合いにくかったの!」

リンボ「見せてみろ」

テウタ「い、いいよ別に…」

リンボ「見せてみろって」

N「テウタは渋々携帯の写真を見せた」

シュウ「これ、ピントがどうとかっていうより、画面の切り取り方のセンスじゃないか?」

リンボ「…あんた、写真撮るの苦手なんだろ」

テウタ「………はい」

リンボ「で?大家さんはまだか?」

テウタ「もうすぐ時間だから来ると思うけど…」

N「テウタの引っ越しの件でリンボは弁護士としてついてくれることとなり、一行は大家さんに書類を渡しに来ていたのだった」

大家さん「あの、あれ、あれあれ…」

テウタ「あ!大家さん!」

大家さん「ああ、もう、あれね、あれよね?」

テウタ「ううん、時間通りだから大丈夫です。それより、急に呼び出してごめんなさい。私の弁護士が
書類を渡したいらしくて」

大家さん「あら、あれじゃない!あれあれ…あれの…そう、あれ!」

テウタ「そうそう、昨日の一件で騒がれてる弁護士のリンボ。でも仕事の腕は確かみたいなんで、大丈夫ですよ」

リンボ「(小声で)なあ、今の会話、分かったか?」

シュウ「(小声で)いや、全然」

リンボ「え、えっと…彼女の顧問弁護士になったリンボ・フィッツジェラルドです。どうぞよろしく」

N「リンボはさっと名刺を差し出した。…金にならない相手に差し出すほうの例の名刺だ」

リンボ「賃貸契約も確認しましたが彼女に改修費用の支払い義務はありません。むしろ引っ越し費用と、退去中の家賃相当額を貰ってもいいくらいだ。ただ、このアパートに関しては随分と古い建物ですし、もともとのリノベーションを担当した建築業者とあなたがどのような契約をしていたのかが気になります。場合によっては力になれるかもしれません。よかったら契約書を見せてもらえませんか?」

大家さん「それはあれね…その、あれで…あれだし…………」

リンボ「え?」

テウタ「そうそう、改修費用もバカにならないでしょ?大家さんが悪くないなら、費用を建築業者に出してもらっちゃいましょうよ」

大家さん「それじゃ、あれを、あれしたらいいのね?」

テウタ「そう、建築業者との契約書のコピーを、その名刺の住所に送って、リンボが確認する」

大家さん「それは本当にあれだわ、あれ、あれ…あれね」

リンボ「ん、んん?なんだって?」

テウタ「いいんです。それじゃまた連絡しますね」

N「大家さんは何度も頭を下げながら去っていった」

リンボ「お前、なんで今の会話成立すんだよ?」

テウタ「なんでって、なんで?なんかおかしかった?」

シュウ「考えたら負けだ………」

リンボ「ああ、そうだ。今晩カルメンの店で祝杯を上げるんだ。お前も来いよ」

テウタ「いいの?」

リンボ「何と言っても『命の恩人』だからな」

テウタ「ふふ、そうね。命を助けてあげたんだから、当然よね」

リンボ「はは、そうだな。んじゃ、またあとで」

子ども「すみませーん!」

N「子どもたちが遊んでいたバスケットボールが跳ねて、シュウのほうへ転がっていった。
シュウは片手で拾い上げ、そのまま無造作に放り投げた」

シュウ「ふっ…………」

 

=====カルメンの店パライソガレージにて====

リンボ「あー!フィッシュアンドチップスも追加で」

カルメン「はいはーい」

シュウ「ミックスナッツ」

テウタ「ビールの人ー?」

リンボ「はーい」

シュウ「おう」

テウタ「ビール3つ」

モズ「スコッチ」

ヘルベチカ「ダーティマティー二」

カルメン「タコスとカシューナッツテキーラ3つ、ウイスキーにモスコミュール?」

シュウ「見事なまでにひとつも合ってないな…」

カルメン「お腹に入ればどれも一緒ヨ」

アレックス「フィッシュアンドチップスにミックスナッツ、ビール3つとスコッチ、ダーティマティー二、
ですよ」

カルメン「もうっ!アレックス!子どもはこんな時間にお仕事しちゃ駄目なノ!法律なのヨ、法律!」

アレックス「この州で16才以下の外出禁止時間は0時から朝5時まで、それに僕はカルメンさんと雇用契約
結んでないですし、今の時間のお給料は貰ってないから法律違反ではない、ですよね?」

リンボ「お!いいぞアレックス。まさにその通りだ」

アレックス「へへ…」

カルメン「もう、リンボの真似をしたってロクな大人にならないわヨ」

アレックス「法律のことを言い出したのは、カルメンさんですよ」

N「カルメンとアレックスのふたりは、親子のようにも姉弟のようにも見える」

テウタ「ところで、スケアクロウはこないの?」

ヘルベチカ「彼は変わり者なんで、滅多に人前には出ませんよ」

モズ「その場に居なくても会話を聞いてるから気を付けて」

(着信を知らせるバイブ)

モズ「ほらね」

スケアクロウ「聞いてるよ。どんな監視カメラも携帯も、俺にハッキング出来ないものはない。つまり!
俺の悪口言ったら全部聞いてるからな!」

モズ「…だってさ」

テウタ「そうだ!携帯といえば私の携帯!そろそろ返してよ」

リンボ「ああ、そういえばそうだったな。…はいよ」

テウタ「(メールと留守電は…………)えっ!?留守電38件!?」

N「最初の新しいメッセージを再生します、という音声のあとにひどく慌てた様子の大家さんの声が流れてきた」

大家さん「あー、あれ、あの、あれですけど、その、あれがね、あれあれ、……あれでね」

ルカ「ちょっとテウタ!?携帯壊れてんの!?あんたの家、大変なことになってるよ!」

アダム「ねえ、ルカからも電話あったと思うけどとにかくすぐ連絡して。いい?分かった?」

テウタ「ど、どういうこと!?」

ヘルベチカ「テウタの家って、もしかしてペニーレーンのアパートですか?」

テウタ「そうだけど…」

N「ヘルベチカが携帯で何かを見ている」

ヘルベチカ「フルサークルに取り上げられてますよ。なんかすごいことになってますけど」


=======ペニーレーンのアパート前にて======

N「テウタの家………もとい、彼女の家だった場所。黄色いテープが張られた向こうには警察官と消防が
大勢集まっていた。先ほどルカに電話したところ怪我人はいないと言っていたが実際崩れた現場を見ると
ゾッとする。いつもは夜になると人通りも少ない静かな住宅街が、周囲は野次馬で溢れていた」

シュウ「見事なまでの崩れっぷりだな」

ヘルベチカ「家の中にいるときじゃなくて良かったじゃないですか」

リンボ「まあ…なんだ…居住者を危険に晒したってことで引っ越し費用は踏んだくれるぞ。ここより
ずっといい所に引っ越してもお釣りがくるだろうし」

テウタ「…………(カメラのシャッターを切る)」

モズ「……何してるの?」

テウタ「写真、撮ってるの。閑静な住宅街で突然の崩壊。実際の住民の声ってことで記事にするんだから」

シュウ「すげーメンタルだな」

ルカ「………あ!!」

テウタ「ルカ!」

N「ルカは黄色いテープをくぐってテウタのもとへ駆け寄ってきた。そのまま、思い切り抱きしめる。
その力はとても強く、彼女がどれだけ心配していたかを物語っているようだった」

テウタ「(ルカ…すごく心配してくれてたんだ…ごめん)」

テウタ「(家が崩れるから引っ越さなきゃいけないだなんてなんだか冗談みたいな話でずっと
笑いごとにしていたけど本当はそれどころじゃなかったね)」

テウタ「ルカ………私……」

ルカ「ほんとに心配したんだから。怪我人はいないって聞いたけど、あんたの声を聴くまでは安心出来なくて、なのにあんた電話にでないんだもん」

テウタ「ごめん……」

テウタ「(私が逆の立場だったらと考えたら、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ルカやアダムが大怪我したかもしれなくて、そんなときに連絡が取れないだなんて……)」

N「ルカは体を離して、ふっと顔を見て笑った」

ルカ「とにかく、無事で良かったよ。アダムもかなり取り乱しててさ……」

N「その時、二人の横に車が停まった」

ルカ「噂をすれば、だな」

アダム「テウタ!よかった、無事だったんだね!…はあ………本当に良かった」

N「アダムは車から飛び出すように走ってくるとテウタの手を握った」

テウタ「本当にごめん、でも、この通り無事だから安心して」

アダム「………」

N「アダムはテウタの顔をじっと見つめた」

テウタ「……アダム?」

テウタ「(もしかして、、めちゃくちゃ怒ってる?…いや、怒って当然か)」

アダム「僕達がどれだけ心配したかって、よくわかった?」

テウタ「……はい」

アダム「ならいいよ。とにかく、君が無事でよかった」

アダム「………」

N「アダムがリンボやシュウの視線に、気づく」

テウタ「あ、えっと、この人はリンボ。私の顧問弁護士になったの。それからシュウと、モズと…
ヘルベチカはこの前あったよね?」

シュウ「ういーっす」

モズ「どうも」

アダム「アダム・クルイローフです。テウタがお世話になってます、でいいのかな?」

テウタ「…まあ、たぶん」

ルカ「それよりあんた、家どうすんの?まだ引っ越し先決めてないんでしょ?今日だけでもあたしの部屋
泊まれるようにするよ」

テウタ「ルカは警察の寮だし、ルームメイトもいるでしょ?」

アダム「じゃあ僕の部屋を使って。僕はホテルに泊まるから」

テウタ「もう、ふたりとも、大丈夫だって。自分でホテル取って泊まるし、近いうちに家も決めるから。ね?」

ルカ「そう?でもなんかあったら絶対連絡してよ。…いや、なんかあったらじゃない。事前に!連絡して!」

テウタ「あ……はい」

刑事「あ!ディアンドレ!ちょっと来てちょうだい!」

ルカ「あ、はーい!んじゃ、またあとでな。連絡、忘れるなよ?」

N「ルカはまた黄色いテープの向こうへと走っていった」

アダム「それじゃ、僕も仕事に戻るね。スタジオ抜け出してきちゃったんだ」

テウタ「なんかほんと…ごめんなさい」

アダム「無事だったんだからもういいよ。それじゃ、またね」

N「そのとき、にゃーんと鳴いている猫の声に気が付いた」

テウタ「あ、猫ちゃん。よかった、君も無事だったのね」

モズ「君の飼い猫?」

N「テウタはすり寄ってきた猫を抱き上げて頬を寄せる」

テウタ「ううん、このあたりに住んでる猫。よく見かけるんだ。ね、猫ちゃん?
いつもの遊び場がなくなっちゃって、寂しいね」

N「猫は返事をするように、またひとつ鳴いた」

テウタ「大丈夫。私も君も、こんなことじゃくじけない。それが私たちの共通点。よね?」

リンボ「………」

スケアクロウ「はいはーい、どうした?」

リンボ「なあ、クロ。お前の家って、かなり広いよな?」

スケアクロウ「そりゃあ広いよ。ニューシーグでもたぶん1番か2番……いや、1番だと思うよ。うん。
間違いない」

リンボ「んで、ゲストルームもたくさんあるよな?」

スケアクロウ「あるある。すげーある。大豪邸のステータスはゲストルームの数といっても
過言じゃないからな」

リンボ「裏社会のボス、スケアクロウは海よりも広い心をお持ちでいらっしゃる……」

スケアクロウ「そうそう、海よりも広…ってわかったぞ!お前、今俺になんか頼み事しようとしてるだろ!?
俺そういうのわかっちゃうんだからな!」

リンボ「ほら、もうニュース見て知ってるだろうけど…裏社会のボスくらいになると情報はすぐ入るだろ?
ペニーレーンのアパートが崩れたって」

リンボ「で、そこに住んでるテウタが今日から宿無しになっちゃったわけ。どこかに広い邸宅をお持ちの
心優しいお金持ちの裏社会のボスはいないかなって」

スケアクロウ「……………」

スケアクロウ「………分かった、分かったよ!ったくほんと、俺がいないと困るだろ!ほら、スピーカーにして」

リンボ「実はもう、スピーカーだ」

スケアクロウ「ええっ!?そうなの!?」

スケアクロウ「(咳払いして)あー、ちょっと、テウタに提案があるんだけど」

テウタ「なに?」

スケアクロウ「俺の家に来ないか?」

リンボ「………」

シュウ「………」

モズ「………」

ヘルベチカ「………女性を家に誘うには、もう少し何かあるんじゃないですか?」

スケアクロウ「さ、ささ、誘う!?違うって!!人助けだろ!?そもそもリンボが言い出したんじゃないか!」

シュウ「テウタのこと色々調べたらちょっとタイプだったんだろ?」

スケアクロウ「ばっ……!ちげーし!!全然ちげーし!!タイプとかじゃねーし!な、なな何言っちゃてんだよ。はあ?意味わかんねーし!」

モズ「分かりやすいね」

スケアクロウ「い、いいか。俺の家は最高のセキュリティシステムで守られた、いわば要塞だ。だからこそお前らだってアジトみたいに使ってるんじゃないか。そうだろ?」

テウタ「アジト?みんなスケアクロウの家にいるの?」

モズ「まあ、大体は」

リンボ「まあクロちゃんの下心はさておき、今日帰る家がないのは確かだろ?引っ越しの件は顧問弁護士としてきっちりやってやるから、とりあえず泊まってけよ」

スケアクロウ「あ、あー、えっと、ひとつ屋根の下って言ってもや、やましいこととか、危険なこととかないって約束するし!」

モズ「やましいことってなに?」

シュウ「エロいこと?」

スケアクロウ「え、ええ、エロいとかいうな!バカ!」


===リンボの車の中======


N「リンボたちの車に乗りこみ、オールドゲートブリッジを越えた先までやってきた。
何度か門のような場所を通り過ぎたがどこからが家の敷地なのかわからない」

テウタ「もしかしてスケアクロウって、お金持ちなの?」

リンボ「そこそこな」


====スケアクロウの屋敷====

N「着いた場所は家、…というよりは屋敷…いや、寧ろ城といってもいいくらいだ。
リンボたちがここをアジトにしているというのは本当らしく慣れた様子で中へと入っていく」

テウタ「(泊まる場所がないからってこんなところにお邪魔しちゃっていいのかな。
スケアクロウって人に会ったこともないのに…)」

シュウ「こっちだ」

N「大きなモニターがいくつもある部屋に座っている人物。後ろ姿なので顔は見えないが急にスポットライトのように電気が点くと彼を照らした」

テウタ「っ!?」

スケアクロウ「待たせたな」

テウタ「な、何っ!?」

シュウ「始まった…………」

モズ「はぁ……」

スケアクロウ「ようこそ、俺の要塞へ。俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ」

N「勢いよく回転した椅子は止まることなく、2回まわった」

スケアクロウ「あ、あ、ちょ、ちょっと待って!一瞬待って!回りすぎちゃった…………ちょっと!アニマ!
もう1回電気消して!」

テウタ「アニマ?」

モズ「AIシステムだよ。スケアクロウが作ったプログラムの名前」

アニマ「電気を、消します」

スケアクロウ「よーし、アニマ。スポットライトを、オン!」

アニマ「…………」

スケアクロウ「ちょっと!アニマ聞いてるの?」

アニマ「…………よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

スケアクロウ「え?アニマ?ちょ、マジで?もう1回?」

アニマ「『ちょ、マジで?もう1回?』を検索しています………」

スケアクロウ「違う!ストップ!アニマ、ストップ!あ、ごめんあともう一瞬待って!ほんと!あと一瞬!」

スケアクロウ「んんっ(咳払い)アニマ、スポットライト、オン」

アニマ「スポットライト、点灯」

N「スポットライトが点くと、そこには椅子に座った男性の姿があった」

テウタ「この人が…………スケアクロウ……裏社会の、ボス?」

スケアクロウ「ふふ…お前達、よく来たな。俺がスケアクロウ………そう、裏社会を仕切る影のボス……」

テウタ「(さっきも同じようなことを言ったような?)」

N「スケアクロウを無視してシュウが部屋の電気を点けた」

シュウ「長い」

スケアクロウ「え?あ、そ、そう来たかー。そっちねー。ははは………」


====数十分後====


スケアクロウ「家の中の案内は大体こんな感じ。大丈夫そう?」

テウタ「メモ取りながら聞いてたけど、これ絶対迷子になる…」

N「スケアクロウは手元の手帳をじっと覗き込んだ」

スケアクロウ「だろうな」

テウタ「なに?」

スケアクロウ「いや………テウタって方向音痴でしょ?」

テウタ「………なんで分かるの?」

スケアクロウ「……なんとなく」

スケアクロウ「この部屋は好きに使って。ウォークインクローゼットもあるし、専用のバスルームもある。
あ、それでこれが部屋の鍵ね」

テウタ「こんな広い部屋………いいの?」

スケアクロウ「もちろん。そのベッドは最高級のラモンズ社のものだし、そのオーディオシステムは
C&Wの最新型モデルで………」

N「開いたままのドアをノックしたのはリンボだった」

リンボ「スケアクロウのツアーはどうだ?」

テウタ「一通り案内してもらったところ。広すぎて迷子になりそう」

リンボ「これだけ広くても、クロちゃんは大抵リビングで過ごしてるもんな?食うのも寝るのも遊ぶのも」

スケアクロウ「俺はここの家主だぞ?どの部屋をどう使おうと俺の自由だ!」

リンボ「はいはい、家主ね。すっかり忘れてたよ」

スケアクロウ「はい罰金」

リンボ「ちっ……」

テウタ「罰金?」

スケアクロウ「そうだ、テウタにもこの家のルールを教えておかないとな」

N「リビングに行くといつの間にか全員が部屋着に着替えている上に、すっかりとくつろいでいる。
リンボはポケットの中の財布から紙幣を取り出しテーブルの上に置かれた小さな瓶に入れた」

テウタ「(………罰金って、これ?)」

スケアクロウ「いいか、この家のルールを説明する。この家の家主はこの俺、つまり、ここでは俺がルールだ」
N「スケアクロウはテーブルの上の小さな瓶を手に取った」

スケアクロウ「この家の中で、俺の悪口を言ったら罰金。分かったか?」

リンボ「………」

ヘルベチカ「………」

シュウ「………」

モズ「………」

N「シュウが立ち上がってスケアクロウに歩み寄る。急に近寄ってきたシュウにスケアクロウは少したじろいでいる」

スケアクロウ「な、なな、なんだよ?文句あるのか?」

N「シュウはポケットから何枚かお札を取り出し瓶に入れる」

シュウ「いや、多分無意識に悪口言うだろうから先に入れとこうと思ってさ」

スケアクロウ「え?あ、ええ?いや、そう言うことじゃなくて!」

リンボ「なるほど、そっか。じゃあ俺も先に入れとこ。そしたら悪口言えるもんな?」

N「リンボが続いて入れると、ヘルベチカとモズもそれに続く」

スケアクロウ「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ、ねえってば!だからえっと、悪口言わないでってば!」

テウタ「ふふっ……」

N「目の前の光景がなんだかコメディドラマのようで思わずテウタの笑みがこぼれてしまう」

スケアクロウ「あ、笑った…………」

テウタ「あ、ごめんごめん。なんか、ちょっと楽しそうで」

スケアクロウ「あ、いや、その、えっと…」

シュウ「お?クロ、どうした?もしかして女と話すの初めてか?」

スケアクロウ「ち、違うって!なんていうか、えっと、君がごめんって言う必要なんかなくて、その…」

モズ「笑顔になって良かった、ってことでしょ。ここに来てから随分緊張してるみたいだったもんね」

スケアクロウ「そうそれ!そう、そう、それね。モズ、正解」

テウタ「ありがとう。あ、その………」

スケアクロウ「あれ?どうかした?なんか困ったことある?悪口以外なら聞くけど」

テウタ「ここ、お家賃いくら?ちょっと、その、実はお財布が寂しい状況で……」

スケアクロウ「え?家賃?」

テウタ「さっきの部屋じゃなくてガレージとかでもいいし、料理はできないけど、掃除なら出来るし!」

スケアクロウ「(小声で)やっべ、マジで可愛いんだけど。え………俺今日からこの子と共同生活すんの?マジで?いや、これはあるな、ひとつ屋根の下ってことは、ラッキー的な何か起っちゃうな、これ……」

ヘルベチカ「それ、もしかして声に出てないと思ってたりします?」

スケアクロウ「え!?あ、んぎゃっ(顔を手で覆いながら)」

テウタ「…………」

N「スケアクロウは、優しくてどこか抜けた、可愛い人のようだ。さっきのやり取りを思い出してテウタもポケットのお財布から1ドル札を取り出した」

スケアクロウ「え、罰金?」

テウタ「スケアクロウの、エッチ」

スケアクロウ「え、エッチ!?え?いや違うって!!」

シュウ「はは。そうこなくちゃな」

ヘルベチカ「ようこそ我が家へ」

モズ「歓迎するよ」

スケアクロウ「だーかーらー!俺が家主!家主は俺なの!!」

====スケアクロウ邸宅自室にて=====


N「スケアクロウの家はとても居心地がよく、テウタもすっかりくつろいでしまっていた」

テウタ「(ルカとアダムにはメールしといたし、明日ちゃんと電話して説明しよう……)」

(ノック音)

テウタ「あ、はい!」

モズ「…………」

テウタ「あ、モズ」

モズ「どう?落ち着いた?」

テウタ「うん、ありがとう。急にお邪魔させてもらった家なのになんかすっかりくつろいじゃって……」

モズ「そう」

テウタ「……………」

テウタ「(…お、怒ってるわけじゃないよね?)」

テウタ「あの、引っ越す部屋見つけたらすぐに出ていくから、その…」

モズ「別に急ぐことないんじゃない?スケアクロウも喜んでたし。まあ、好きにしたらいいと思うけど」

テウタ「………う、うん」

テウタ「(モズはいまいち感情が読めないなあ。でも怒っているわけではなさそう……)」

スケアクロウ「あ、ふたりともちょっといい?みんなでご褒美タイムなんだ。ちょっと外で乾杯しない?」

テウタ「ご褒美タイム?」

======リビングへ======

テウタ「あれ、みんなは?」

スケアクロウ「ああ、外だよ。ほら、ついてきて」

N「庭………というよりも、スパ施設のようなプールだ。プールサイドには大きなリクライニングチェアが並んでいる」

テウタ「わっ!!びっくりした………」

N「突然水着姿のヘルベチカが視界に入って驚いてしまう」

テウタ「(プールなんだから当たり前なんだけど半裸の男の人なんて私の生活には当たり前じゃない…)」

ヘルベチカ「どうかしました?僕に見惚れてる?」

テウタ「ちょ、ちょっと驚いただけ…」

ヘルベチカ「照れなくてもいいのに」

スケアクロウ「はいはいはい(手を鳴らしながら)皆さんお待ちかねのご褒美タイムでーす」

リンボ「よっ」

シュウ「(棒読みで)待ってましたー」

スケアクロウ「今回オーランドからもらった前金とオルテガから受け取った金、合わせて12万ドルでした」

シュウ「ま、そんなもんか」

テウタ「あれ?オルテガから受け取ったお金は海にばらまいちゃったんじゃないの?『俺達がこんな汚い金受け取るわけない』とかなんとか…」

リンボ「ああ、あれ?あんなの本物の金ばら撒くわけないだろ、勿体ない」

テウタ「え?だってアタッシュケースの中身ばら撒きながら…」

ヘルベチカ「ばら撒く前にアタッシュケースごとすり替えてますよ。だってフルサークルで配信してるのに金を受け取ったら僕たちまで犯罪者になるじゃないですか」

シュウ「あれはばら撒く必要があったわけ。そういう演出なんだよ」

テウタ「演出って……じゃああれは偽札ってこと?」

スケアクロウ「フラッシュぺーパーみたいな紙なんだ。水に濡れたら消えちゃうやつ。お金に罪はないしね。で、この12万ドルを俺の独断で分配してみんなの口座に入れといた。テウタの分は現金ね、はい。」

テウタ「え?私?」

N「一纏めにしたお札の束を手渡される」

スケアクロウ「あー、大丈夫大丈夫、これはちゃんと綺麗に洗ってある現金だから、どこで使っても問題ないよ」

テウタ「え、いや、その…………」

スケアクロウ「あー、ちょっと少なかった?あーでも、リンボの命の恩人ってとこがまだイマイチ実感なくてさ。次回以降はちゃんと乗っけるから」

テウタ「そうじゃなくて、私こんな大金もらえないよ」

スケアクロウ「だめだめだめ、報酬はちゃんとみんなで山分け。これが鉄則。な?みんな」

モズ「遠慮しないで、受け取っておきなよ」

ヘルベチカ「いらないなら僕がもらってもいいですけど」

テウタ「…………」

テウタ「(そういわれても………困る。私別に何もしてないし…)」

テウタ「やっぱり、受け取れないよ。私、何もしてないし。それに、急なのにこの家に泊めてもらって、むしろ私がお金払いたいところだもん」

スケアクロウ「そんなの気にしなくていいって言ってるのに」

テウタ「あ、じゃあこれ、お家賃ってことで返すよ。それとも悪口言って瓶に入れる?」

スケアクロウ「いや、悪口はちょっと勘弁したいけど…じゃあ家賃ってことにしとく。でも次の案件の時には
ちゃんと受け取ってくれよな。それがこの家のルールだから」

テウタ「次って…………みんなこういうことしょっちゅうやってるの?」

ヘルベチカ「副業ですからね。案件があればいつでも」

テウタ「その、フィクサーっていうんだっけ。みんなは組んで長いの?」

リンボ「そうだなー、俺とシュウは長いけどこうやってクロちゃんの家に集まって仕事するようになったのはここ1年くらいか?」

ヘルベチカ「そのくらいですかね」

モズ「みんなそれぞれ目的があったりなかったり、協力できることはするけど、干渉はしない。利用できることは利用する。そんな感じ」

スケアクロウ「そんで、報酬は山分けだ」

テウタ「なんか、映画かドラマみたいな話だね…………」

リンボ「悪いことを考える奴ってのは社会と経済を支配したがる。そうなりゃ自然と手を組む。ギャング、マフィアだけじゃなく政治家、有力者、権力者がな。そういう奴らが不正に儲けたり悪さしてるのを懲らしめて報酬を貰うのが俺達フィクサーってわけ」

テウタ「話は理解したけど、状況は理解できてないかも。そんなことって本当にあるんだ…」

モズ「誰もが『普通』だと思ってる世界は、全体の一部に過ぎないんだよ。この街は他の州に比べて急激に発展した分、その歪み(ひずみ)も大きい」

テウタ「(なんか話が難しくなってきた…………)」

リンボ「俺達も別に正義のヒーローってわけじゃないからな。自分たちが正しいって思うことをやってるだけ。褒められるようなことをやってるわけじゃないしな」

スケアクロウ「そうそう、世のため人のため、自分達のため。よくリンボが言ってるやつだよ。『何が正義かは俺が決める』ってやつ」

テウタ「…………」

シュウ「それ、良いリアクション?それとも悪いほう?」

テウタ「私も、仲間に入れてほしい」

スケアクロウ「へ?」

テウタ「ほら、みんなは私の力を信じてないみたいだけど時間を遡れば悪いことだって再放送みたいなもんなのよ。それに私、めちゃくちゃ足速いんだ」

ヘルベチカ「いまいち戦力って感じがしませんね」

リンボ「まあでも、お前に選択権ないしな」

テウタ「選択権、ない?」

リンボ「だって俺達の秘密を知って、アジトまで見せてじゃあ引っ越すからハイさよなら~ってそうはいかないだろ」


テウタ「え?ちょっと待って、此処に泊めてもらえるのって親切心からじゃなくて口止めってこと?」

シュウ「困ってるならタダで泊めてやろうって、そんな親切な人間、いるか?」

スケアクロウ「いるいるいる!いるって!俺はほんっとうに親切心からそう思ってるよ?ね?ね?」

ヘルベチカ「良い恰好しようとしないでくださいよ」

リンボ「俺は半々かな?力になってくれたお礼と親切心ってのもあるし、お前が俺たちの障害になるような奴じゃないってわかるまでは見えるところに置いとくほうが安全ってのもある」

テウタ「…………」

スケアクロウ「そ、そんな怖がらないでよ。俺達、ギャングとかマフィアってわけじゃないし、君をどうにかしようなんて思ってないって」

テウタ「別に、そっちの言い分も分かるから、いいけど」

ヘルベチカ「物分かりが良くて助かりますね。賢い女性は好きですよ。そうだな……67点くらいに上げときます」

テウタ「(4点増えた…)」

テウタ「あなた達が悪い人かどうかなんて今は分からないけど、そのフィクサーっていう仕事に私も加わってみたいの」

スケアクロウ「なら歓迎だよ。な?みんな?」

モズ「僕はひとつ聞いておきたいことがある」

リンボ「ん?どうした?」

モズ「君、フリーの記者だって言ってたよね?どうしてその職業を選んだの?」

リンボ「なんか会社の面接みたいだな」

モズ「僕は僕なりの理由があって検死官の道を選んだ。お金が貰えればいいってわけじゃない。それは
リンボやヘルベチカだってそうでしょう?」

モズ「シュウとスケアクロウは…………まあいいか」

スケアクロウ「お、俺だってちゃんと理由があるって!」

シュウ「理由っていうよりお前の職業なんだよ?引きこもりか?」

スケアクロウ「ちげーよ!…裏社会のボスだ」

モズ「…………」

モズ「だから、職業を選んだ理由っていうよりは君が何をしたいと思って生きてるのかを知りたい」

スケアクロウ「あ、流した」

テウタ「…………」

テウタ「私が何をしたいのか……」

リンボ「それは確かに俺も興味あるな」

テウタ「……私、最初は警察官になりたかったの」

ヘルベチカ「警察官?それはまた、ライターとは離れた職業ですね」

テウタ「私は…小さいころにお兄ちゃんを亡くしたの。事件に遭って、殺された」

スケアクロウ「えっ………」

モズ「…………」

テウタ「お兄ちゃんは警察官だったんだけど、その………精神的に疲れちゃって一時期すごく荒れてたんだ。それで、悪いギャングともつるんでたらしくて、そのいざこざに巻き込まれて死んじゃったらしいの…」

モズ「らしい?」

テウタ「遺体が、全部見つかったわけじゃないんだ」

シュウ「…………」

テウタ「遺体が一部しか見つからなかったのも、ギャング同士の争いだからだろうって、誰も本当のこと知ろうとしなかった。私は…それが納得できなかった。知らないことを知らないままにしても生きていけるし、」分からないことを分からないままにしても問題はない。でも私は、分かろうとする人間でいたい……そう思って、ジャーナリストを目指したんだ」

リンボ「…………」

スケアクロウ「…………」

テウタ「あれ?ちょっと、なんでしんみりしちゃうの?」

スケアクロウ「だ、だって…テウタのお兄さん、死んじまったんだろ?しかも、殺されたって……」

テウタ「それはそうだけど、6年も前のことだし」

モズ「もう悲しくないの?」

テウタ「ううん、悲しいよ。今だってものすごく悲しい。お兄ちゃんのこと、大好きだったから……
でも、ずっと悲しんでいたいわけじゃない。私は大好きだったお兄ちゃんのことを知りたい。そう思ってる」

シュウ「ふうん、………ただのお嬢ちゃんかと思ったら、結構重いもん背負ってんだな」

リンボ「……俺はこいつを歓迎する気持ちが固まったな。お前はどうだ、モズ」

モズ「うん。さっきまでは正体不明の人間だったけど、真ん中に何かあるんだなってことはなんとなくわかった」

ヘルベチカ「僕も、どこか共通点のようなものが見えた気がしますね」

リンボ「んじゃ、決まりかな?」

テウタ「待って!私も言っておきたいことがある。いい?あなた達が私を信用してないのと同じで、私もあなた達を全面的に信用しているわけじゃない。……まあ、正直なところ結構信用しちゃってるような気もするけど……でもでも!何が正義かは、私が決める。これは私も譲れない。それでいい?」

リンボ「異議なし」

シュウ「いいんじゃない?」

ヘルベチカ「69点、かな」

モズ「賛成」

スケアクロウ「んじゃ、改めまして。テウタ、我が家へようこそ!歓迎するよ」

5人で「乾杯!」

アダム「今日を生きる。今できることをやる。今は今しかない。誰もがそう思って口にします。誰もが気が付かないからです。手遅れになる、その時まで。…あなたは決断できますか?それがすべてを変えてしまうとしても。その選択は、あなたの中の何かを変える。決められるのは、あなただけ。ゼロアワー、今日はこの辺りでお別れです。それではみなさん、おやすみなさい」