BUSTAFELLOWS⓵

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#1

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ  (アダム カルメン オーランド)
♂ モズ   ( 記者B オルテガ ペペ )
♂ ヘルベチカ   (前半N 検視官B ピザ屋)
♂ スケアクロウ  (検視官A ドミンゲス ) 
♀ ルカ     (患者  記者A 謎の美女 店員  子ども  大家さん アニマ)
♀イリーナ   (アレックス  刑事 裁判長 通行人  プロローグ・後半N)

(被り)
♂ アダム
不問アレックス
♂ カルメン
♂ ペペ
♀ イリーナ
不問 N
♂ ドミンゲス
不問 刑事
♀ 患者
♂検死官A
♂検死官B
不問(♀)裁判長
♀記者A
♂記者B
♂オーランド
♀謎の美女
♂ピザ屋
オルテガ
♀通行人

推奨比率 530

おすすめ配役(被り)

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ    
♂ ヘルベチカ  
♂ スケアクロウ
♀ ルカ

 

★画像つきですっきり解説登場人物一覧


★ATTENTION
※この作品は、switch版ソフトBUSTAFELLOWSの書き起こし台本です。
あくまでも個人で楽しむために作ったものなので配布や表での上演は
ご遠慮ください。適宜一人称等変えてもらっても構いません。


【prologue】

 

スケアクロウ「もしもーしリンボ?そっちはどうだ?」

リンボ「ああ、もうすぐニューシーグに着く」

シュウ「随分早かったな」

ヘルベチカ「次の狙いはバンク・オブ・ニューシーグの頭取でしたっけ?大物ですね」

モズ「危険がないといいけど。リンボはいつも無茶をするでしょ」

リンボ「大丈夫だって。いつもなんとかなってるだろ」

N「アメリ東海岸の大都市、ニューシーグ。華やかなこの街で暗躍する5人の男たちが居た。」

N「絶対無罪の悪徳弁護士 リンボ」

リンボ「世のため人のため、自分たちのため」

N「殺し屋を静かに消し去るキラー・キラー シュウ」

シュウ「お前が世のため人のためねえ」

N「外見を作り替えるプロフェッショナル ヘルベチカ」

ヘルベチカ「僕はほぼ自分のためですけど」

N「死のスペシャリスト モズ」

モズ「あんまり興味ない」

N「『自称』裏社会のボス スケアクロウ

スケアクロウ「なんか燃えるなあ~ 謎の裏組織って感じで!」

N「そんな彼らに出会った一人の少女、テウタ。彼女には彼らの運命を変える特別な能力があった」

リンボ「待ってて、私があなたを助けてあげる。どんなに悪いことでも、私にとっては再放送なの」

 

(第一章)


=======ニューシーグ警察署内=====


リンボ「アンタか?俺に会いたいっていうのは」

N「警察署内の面会室。埃っぽくて、どこかカビ臭い。男は椅子に腰掛けるなり、足を机の上に投げ出した。」

ドミンゲス「あなたが、リンボ。あの悪徳弁護士の……。」

リンボ「(ホットドッグを頬張りながら)これから弁護を頼もうっていう相手に向かって悪徳弁護士ってなあ。もう少し言い方あるだろ…。

刑事「あの、ここは飲食禁止よ。」

リンボ「マジで?悪い悪い。一気に食うわ。」

刑事「いや、だから飲食は…。」

リンボ「…んっ!(一気に飲み込んで)よし、もう飲食してないぞ。これでいい?」

刑事「…はあ(溜息をついて)何かあったら呼んで。(退出しながら)」

ドミンゲス「今、何時?」

リンボ「今?えっと、16時47分だけど…。」

ドミンゲス「街頭ビジョンでイヴニングニュースが始まったのが聞こえたからあれは多分17時ね。
ってことは、あともう少し…。」

N「リンボは不審そうに顔をしかめた。彼はまだ「彼女」がここに来た意味を知らないからだ。」

ドミンゲス「あなた、あと13分後にセントラルコアで死ぬのよ。刺されたのか撃たれたのか分からないけど、
とにかくセントラルコアで死んだの!」

リンボ「はっ、ジョークならもう少し笑えるやつにしてくれ。」

ドミンゲス「ジョークじゃないの。ちゃんと聞いて!」

ドミンゲス「その時間、あの場所にあなたがいなければ助かるかもと思って、ここに呼んだの。」

リンボ「……悪いけど、心神喪失責任能力無しってのは俺のポリシーに反する。そんな三流の手を使わなくても俺なら無罪にできる。お前にその価値があるならな。」

ドミンゲス「違うの!私はこの人……名前、なんだっけ。とにかく私はこの男の人でもなんでもないの。私は…」

リンボ「多重人格…解離性同一性障害、だっけ?そういう方針で行きたいなら、別の弁護士を…」

ドミンゲス「お願い、時間がないの。話を最後まで聞いてよ。あなた、映画観に行ってスクリーンに話しかけるタイプなの?」

リンボ「映画は黙って観るけど、面白くなければ途中で席を立つことはある。」

ドミンゲス「……いい?…テウタ。これが私の名前よ。」

リンボ「テウタ?お前の名前は…なんだっけ?ドミンゲス、だろ?」

ドミンゲス「私が何を言ってるのか分からないだろうけど、あなたは私の目の前で確かに死んだの。」

リンボ「はぁ(溜息を零し)…話にならないな、俺は帰るぞ。(椅子から立とうとし)」

ドミンゲス「待って!じゃあこうしましょう。このあとワイアットアープにあるカフェに来て。
ハリー&キースっていうお店。そこで会えたら、私がテウタだって証明する。」

リンボ「はっ、本当は俺は死ぬ運命で、お前が時間を遡ってここに呼びつけて、それを阻止した。
…とでも言うのか?」

テウタ「そうよ。私にとっては「再放送」なの。」

 

 

=======数時間前======


===ヘルベチカのオフィス====

ヘルベチカ「(柔和な笑みを浮かべながら)ご不満な箇所は?」

患者「目の周りの小じわが目立ってきたんじゃないかと…でもあんまり手を入れすぎると年を取った時に
汚くなるって聞いたし、気にしすぎかしら?」

ヘルベチカ「毎日鏡で見る自分の顔ですよ?気にしすぎなんてことはありません。そうですね…唇もほんの少し
ふっくらさせてもいいかもしれませんよ。」

患者「(うっとりした様子で)あ、あの…先生…」

ヘルベチカ「大丈夫。僕はいつでもあなたの味方ですよ。美しくなることを恐れないで。」

 

===モズの働く検死局にて===


モズ「全身の熱傷は死後のものと考えられる。死亡前の損傷としては、尺骨(しゃっこつ)と橈骨(とうこつ)、それに指骨と中手骨に細かい骨折が見られる。」

モズ「ねえ、君は火傷を負う前に骨を折ったんだね。痛かっただろうけど、これは死因になる程の損傷じゃない。教えて。君はどうやって死んだの?」

検死官A「(遠巻きに)主任、また死体に話しかけてるぞ」

検死官B「聞いたら答えてくれるんじゃないか?あなたの死因はなんですかーってさ。」

モズ「(マスクを下ろしながら)聞こえてないと思うなら耳鼻咽喉科、死体に話しかけて答えてもらえると思ってるなら精神科。病院、行ったほうがいいんじゃない?」

 

===どこかの廃ビルにて===

(銃声が響く)

シュウ「………。」

シュウ「悪いな。復讐の種は一粒も残すな、それがお師さんの教えだ。」

シュウ「……(煙草を吸いながら)自分が死ぬ日を選べる奴はいないが、今日はまだマシな方じゃないか?
天気もいいし、渋滞もない。」

シュウ「……ま、もう聞こえちゃいないか。」

 

===裁判所にて===

裁判長「弁護側の証人の発言は、事件そのものへの関与を示唆するものに思えます。あなたはこの殺人に関与し…」

リンボ「意義あり。今この証人に質問しているのは僕です。裁判長ではありません。」

裁判長「隠していることがあるんですか?法廷での偽証は許されませんよ。」

リンボ「嘘をつくのと、黙っているのとでは大きく意味が違います。裁判長なら修正第5条くらいご存じでしょう?」

裁判長「弁護人は黙りなさい。これは殺人事件の……」

リンボ「裁判長を忌避します。」

裁判長「な、何なんですか?法廷侮辱罪に問いますよ!」

リンボ「黙秘権を軽視するのは法廷侮辱罪に当たらないんですか?」

裁判長「はぁ…本法廷は明日まで休廷とします。(木槌を叩き)」


リンボ「(外に出ると電話が鳴り)ん?」

スケアクロウ「待たせたな、スケアクロウだ。それじゃ、良いニュースと悪いニュース、それから
もっと悪いニュース。どれから聞く?」


===バレ・ラ・ペーナの店内にて===


ルカ「そんなの、さっさと引っ越しなさいよ。夜寝ている間に天井抜けて落ちてきたらどうすんのさ」

テウタ「そうは言っても大変なの。入居した時の契約にあれが入ってたとか入ってなかったとかで、むしろ
修理費用を負担しなきゃいけないかもしれないって。」

N「テウタが住んでいるペニーレーンのアパートは、よく言えば古めかしい、包み隠さず言うなら古くて壊れかけ。ついこの間市から耐震強度不足を警告されて建て替えるか、取り壊すかの二択を迫られている。
…つまり、いずれにしても、新しい家を探さなくてはならないのだ。」

ルカ「あんたが住み始めた時からあの家はボロかったんだから、今にも壊れそうなのは大家の責任だっつの。
引っ越し費用出してもらったっていいくらいだろうが。」

ルカ「んで?どうするんだ?弁護士でもつけるのか?」

テウタ「契約書を隅から隅まで読んでなかったのが悪いって言われたら、そりゃそうなんだけどさ。
でも弁護士雇うのって、いくらかかるんだろ。」

ルカ「アダムに相談すれば?あたしだっていくらかは金貸せるし。」

テウタ「だーめ。私、友達とは絶対お金のやり取りしないって決めてるの。」

アダム「こんにちは。ゼロアワーのアダム・クルイローフです。まずは今日のヘッドラインニュースからお送りしましょう。先日ベネットカールスワーン氏の予備審問が行われ、正式に起訴が認められました…」

N「ちょうど、どこからかテレビの音が聞こえた。アダムの声だ。お昼のニュースだろうか。」

ルカ「あいつ、相当稼いでるだろうから、ちょっとくらいいいじゃんか。」

N「アダム・クルイローフ。ロシアの大企業の御曹司なのに家業を継がず、今はニューシーグの超人気タレントだ。」

テウタ「(三人が映っている子供のころの写真を取り出し)…。」

ルカ「なんだよ、そんな写真持ち歩いてんの?やっだー、3人とも超可愛い!」

N「3人は幼馴染で、同じ場所で育って、同じ学校に通った。ルカは警察官を、アダムはメディアの世界を、
テウタはジャーナリストを目指した。きっかけは、兄である。6年前、テウタの兄は誰かに殺された。
警察官だった彼は凄惨な現場に出るうちにいつしか心を病んでしまっていたらしい。
テウタの知らないうちに、彼女の知らない兄になっていた。ギャングやドラッグ…知らない世界に行ってしまった彼は、本当に消えてしまった。」

テウタ「(お兄ちゃん……なんで殺されたりなんか……)」

ルカ「おーい!きいてる?もしもーし」

テウタ「(フリーのライターの毎日はネタ探しで忙しい。毎週連載させてもらってる新聞のコラムだけじゃ
引っ越し費用も厳しいし……。)」

ルカ「もしもーし。こちら地球。応答せよ。」

テウタ「ん?なんの話だっけ?」

ルカ「なになに?もしかして今、例の時間を遡るってやつだった?」

テウタ「違うよ、ちょっと考え事してただけ。引っ越し費用とか、引っ越し費用とか、引っ越し費用とか…。」

ルカ「あんたのその変な能力がもっと便利だったらいいのにな。スパーンと時間を遡って、今のアパートを契約する前に戻るとかさ。」

テウタ「それが出来たらこんなに悩んでないよ。時間を遡ったところで、自分には戻れないんだもん。
気づいたら知らないおじさんになってたりするんだよ?」

テウタ「それに遡るって言っても、そんなに前に戻れたことないしね。」

ルカ「まあ便利かどうかは置いといたとしても、未だに原因とか分からないんでしょ?アダムも心配してたよ。
脳の病気とかそういうのじゃないかって。」

テウタ「大丈夫だよ。この前だってアダムが勝手に検査予約を入れて精密検査も受けたし、心理カウンセラーみたいな人にも診てもらったんだから。」

ルカ「ま、これに関してはあたしも半信半疑ってとこだけど心配はしてるんだからね?」

テウタ「ん、ありがと。」

ルカ「(携帯のバイブに気が付き)あ、悪い。あたしだ。はいはい……なんだねなんだね……
ったく、またかよ。」

N「ルカは携帯を取り出し、メールを開いた瞬間に眉間に深い皺が出来た。」

テウタ「どうかしたの?」

ルカ「リンボだよ、リンボ。あの悪徳弁護士。あいつのせいで捜査の邪魔ばっかりされるし、検察にもネチネチ言われるし、良い迷惑だ。」

N「リンボ・フイッツジェラルド。ニューシーグで有名な弁護士だ。それもただの弁護士ではない。
『悪徳』弁護士。どう見ても有罪だった事件も彼にかかれば無罪になってしまう。それも、ちゃんと合法的に。しかしそれがなんとも痛快で大人気の『ヒーロー』なのだ。」

テウタ「すごい人気だよね、あの人。私、ずっと取材したくて追いかけてるんだ。」

ルカ「あんた、マジであいつのこと記事にしたいの?」

テウタ「だって、リンボは弱気を助ける『ヒーロー』だって言われてるよ?」

ルカ「そこがまた腹立つのよね。うちらもさ、警察って仕事上、飲み込まなくちゃいけない理不尽がたくさんあるのよ。そういうのを鮮やかにかわしていくとこがまた……」

テウタ「正しいことが幸せとは限らないってね。」

ルカ「お、出たな。テウタ哲学。」

モズ「ルカ。」

ルカ「おう。……ああ、モズか。珍しいな、あんたがこんなとこに来るなんて。」

モズ「ルカに用があっただけ。ここにいるって聞いたから、これを渡しに。」

ルカ「……検死結果?そんなに急ぎの件あったっけ?」

モズ「大きな事件じゃないけど、検死は早いほうが埋葬も早くできるでしょ。」

ルカ「そうは言っても、身元が特定できないことにはなあ…。」

モズ「それ、早く見つけるのは君達の仕事。」

N「モズと呼ばれた青年は淡々と続けた。」

ルカ「はいはい、頑張りますよ……ってああ、あんたは初めてだっけ?こちら、モズ。
検死局の主任。で、こちらテウタ。あたしの親友でフリーの記者。」

テウタ「(主任?すごく若く見えるけど……)」

モズ「はじめまして。」

テウタ「はじめまして、こんにちは。」

N「テウタは手を差し出すが彼は手を取らない。何か変なことを言ってしまっただろうかと相手を見ると、
じっとこちらを見つめていた。」

モズ「……。」

テウタ「あの……?」

モズ「良い骨だなと思って。その顔の骨格、コーカソイド系だけど、眼窩(がんか)の骨の形が滑らかなんだろうね。良い形の窪みだと思う。」

テウタ「…なんか、素直にありがとうって、言いづらいんですけど…。」

N「差し出した手をテウタが引っ込めようとすると逆にぐいっと手を握られる。」

モズ「テウタ。それじゃさよなら。」

N「そう一言だけ言って、彼は去っていった。」

ルカ「変わったやつだろ?でもめちゃくちゃ天才。検死局じゃ最年少の主任なんだ。まさに死体の
プロフェッショナルってところ。」

テウタ「その言い方、どうかと思うけど……。」

ルカ「おっと。そろそろ仕事戻らないとな。よし、じゃあここの勘定は…」

N「ルカがコインを取り出し、宙に弾いて手の甲でキャッチする。」

テウタ「表!」

ルカ「……表だ。」

テウタ「よしっ」

N「ルカの手の甲にあるコインは表だった。」

ルカ「あんたまさか、時間遡ってやり直してない?」

テウタ「そんな便利な能力だったら、毎日ルカに奢らせてるよ。」

N「ルカ財布から紙幣を出し伝票に挟んだ。」

ルカ「そういや、この後警察署来るんだっけ?確か取材だか何だかって言ってたよな。」

テウタ「そうそう、約束の時間にはまだ少しあるけどね。会ったことない人なんだけど、何故か取材の依頼があったの。特ダネの予感だなあ。」

ルカ「そっか、だといいな。あたしはこの後は外に出ちゃうから会うのは今夜かな。あ、そうだ!アダムが遅刻するかどうか賭ける?」

テウタ・ルカ「「遅刻する」」

ルカ「ははっ、これじゃ賭けになんないな。」


N「ルカは警察署に戻っていった。金曜の午後。街はほんの少し浮かれた空気を匂わせている。」

テウタ「さて、ライターは足でネタを探さなくちゃ。色々と調べてるものがあるんだよね。」

テウタ「(謎のウェブサイト、『フルサークル』も気になるのよね。情報はどれも噂ばっかりでアテに
ならないけど。……ん?あれは……!)」

記者A「リンボさん!あなたが弁護をしているベネット氏は明らかに『黒』じゃありませんか!?」

記者B「検察側が集めた証拠をどうやって覆すんですか!?」

テウタ「(あれはリンボ……リンボ・フィッツジェラルドだ!)」

N「人だかりの中央に、白いコートの男性が見えた。取材陣に囲まれて、フラッシュの光が眩しい程だ。」

テウタ「(せめて名刺だけでも渡したいな……よしっ!)」

テウタ「あの!リンボさん!……わっ!」

N「身体の大きなカメラマンに押しやられ、テウタはなかなか近づくことができない。」

リンボ「有罪だと分かっていても、依頼人がやってないって言うんだったらそれを信じて
主張するのが弁護士だろ?」

記者A「それは被告の有罪を認める発言と受け取って良いのでしょうか?」

リンボ「良いも悪いも、真実なんかに縛られてたら、弁護士の仕事なんか出来ないって。」

記者B「スローン氏はひどくあなたに憤慨していましたよ!」

リンボ「ははっ、そりゃいい。スローン氏に言っといてくれよ。弁護士を雇う時は1番嫌いな奴を選ぶのがいいぞ。戦う相手に同じ思いをさせられるからな。」

記者A「もうひとつ、よろしいですか!」

リンボ「あーもう、やめやめ。せっかくのブリトーが冷めちまうだろ(一口食べて)ん、じゃあな!」

N「リンボは手にしたブリトーを頬張りながら取材陣の間をすり抜けて足早に去っていく。」

テウタ「(い、今だ!)」

テウタ「(駆け寄りながら)あの!リンボさん!リンボ・フィッツジェラルドさん!」

リンボ「(もぐもぐと食べながら)ん?なんだ?」

テウタ「あの、私、フリーのライターで、あなたのことを取材……」

リンボ「あー、ストップストップ。悪い。俺、突撃取材って嫌いなんだ。それに今、約束の時間にドンピシャなわけ。悪いね。」

テウタ「あ、あの!」

リンボ「最近の若い記者にしちゃ、アナログでメモを取ろうとするのは珍しいな。俺は結構好きだよ。
そういうの。そんじゃ、バイバイ。」

N「すっと名刺を差し出され、テウタが受け取るとリンボは笑顔を見せて去っていった。」

テウタ「行っちゃった…………。」

N「名刺には『フィッツジェラルド法律事務所』電話番号は『1-120-NO-GUILT』『罪の意識なし』なんて
洒落が利いていた。」

テウタ「(あとでちゃんと電話して、取材交渉してみよう)」


===ホテルホールジー===


シュウ「(煙草を吸って)」

N「店内は空いていた。背もたれに体を預けたシュウが煙草の煙を吐き出す。目の前の灰皿には
かなりの本数の吸い殻が積まれていた。」

シュウ「リンボ、おせーぞ。」

リンボ「悪い、外で変な記者に声かけられてさ。」

N「隣に腰掛けると、シュウが小さな箱を放り投げて寄越した。」

リンボ「ん?なんだこれ?」

シュウ「スケアクロウから渡された骨伝導型のマイクだ。耳の後ろに貼るんだってよ。
ちなみに今も俺達の声を拾ってる。」

N「シュウは耳の後ろを指差しながら言った。箱の中にあったのは小さな肌色のシールのようなものだ。
スパイ道具といったところか。言われたとおりに耳の後ろに貼り付けるとほんの少しキンと音を感じる。」

リンボ「ふうん……どれどれ。もしもし、こちらホワイトハウス、どうぞ。」

スケアクロウ「(芝居がかった感じで)こちらスケアクロウ。感度良好だ。ちなみにお前たちの姿も見えている
その店の監視カメラの映像もコントロール済みだからな。」

リンボ「なんだよ、その気取った喋り方は」

スケアクロウ「いいだろ、別に。雰囲気だよ、雰囲気。この方がそれっぽいじゃん?」

シュウ「なあボス。奴はちゃんと来るのか?」

スケアクロウ「もうすぐ店に着く。あいつ…そう、彼女から連絡もあった。
それに奴は焦ってる。俺達を頼るほかないからな。」

リンボ「はいはい『彼女』ね。お待ちしましょう。」

N「店の入り口辺りに目をやると、随分とイイ女を連れた男がリンボ達のテーブルに向かってきた。」

スケアクロウ「今回のターゲットその1。下っ端ギャングのオーランドさんのご到着だ。」

リンボ「よお、オーランド。今日はまた一段とイイ女を連れてるな?」

オーランド「……ゆっくり喋ってる状況じゃねえことはスケアクロウにはもう説明したはずだ。」

リンボ「落ち着けって。俺だって仕事を引き受けるからには知るべきことは知っておかないとな。」

オーランド「お前は俺が置かれてる状況を分かってねえ!!(机を叩きながら)」

謎の美女「きゃっ!」

シュウ「落ち着けって。ほら、店ん中、みーんな見てるぞー?」

オーランド「俺は落ち着いてる!落ち着いてない?いや落ち着いてる!!」

シュウ「はあ……。」

謎の美女「ねえ、落ち着いて。」

オーランド「…いいか、オルテガはギャングどもの金を洗ってる。俺はそいつの下で働いて、その金を
盗んだんだ!オルテガからもギャングからも命を狙われてるんだぞ!」

リンボ「だってオルテガは銀行の頭取だぞ?そんなのが相手となると俺も緊張しちゃうからな。
不安なら警察に司法取引を持ちかけたらどうだ?」

オーランド「警察なんかアテになるかよ!裏じゃギャングとだって繋がってるような奴らだ。」

シュウ「ま、俺達も善人とは言えないけどな。」

オーランド「お前らは金さえあれば動く。そうだろ?」

スケアクロウ「悪党のくせに、言ってくれるね。なんか同類にされたみたいで気分悪いなー」

リンボ「まあ否定はしないけどな。でも金だけじゃ動かない。」

オーランド「分かってる。オルテガの情報だろう?」

N「オーランドはタブレット端末を取り出し、画面を見せる。そこには名前と金額がずらりと並んでいた。」

オーランド「これがオルテガが洗った金と、その取引先の情報だ。」

リンボ「どれどれ……なるほど。でもこれが全部じゃないだろ?」

オーランド「これは今スケアクロウに送った。」

スケアクロウ「今、受け取りましたよー」

オーランド「データの残り半分は、お前らが用意する新しいパスポートと航空券を俺が受け取って、
メキシコに着いたら送信する。」

リンボ「まあいいだろ。金はどうする?」

オーランド「前金はすぐに送金する。残りは現金でこの女に持たせる。」

リンボ「分かった。じゃあパスポートはその時に交換だな。お嬢さん。よろしくね。」

謎の美女「……。」

オーランド「いいか、気を抜くんじゃねえぞ。オルテガは殺し屋を雇ってる。俺は命を狙われてるんだ。」

謎の美女「それじゃ、ごきげんよう。」

リンボ「ばいばーい」

スケアクロウ「バンク・オブ・ニューシーグの頭取がマネーロンダリング……。他人のスキャンダルを
暴いて金を儲けるのは気持ちがいいなあ。」

リンボ「おい、スケアクロウ。お前もたまには顔出したらどうだ?引きこもってばかりじゃ身体に悪いだろ?」

スケアクロウ「(恰好つけながら)俺は裏社会のボス。影で全てを支配する男だ。」

(外から車のスリップ音と銃声が聞こえる)

リンボ「なんだなんだ?」

(店の外に出る一行)

謎の美女「ちょっと、しっかりして!」

リンボ「何があった?」

謎の美女「そ、外にでたところで急に車が近づいてきて、彼を撃ったの!」

N「周りにいた通行人は、地面に線でも引いたかのようにさっと距離を取る。シュウは倒れた男の横にしゃがみ、
首に手を当てる。」

シュウ「……死んでるよ。」

リンボ「(舌打ち)殺し屋を雇ったってのは本当だったみたいだな。」

スケアクロウ「ほ、ほらあ。俺やっぱ外でなくて良かったわ」

リンボ「(声色を老人のようにして)あー、もしもし警察?ホテルホールジーの前で人が死んでますよ。
そうそう、そのホールジー。」

シュウ「バンク・オブ・ニューシーグの頭取ともなれば腕のいい殺し屋を雇うだろうな。俺らが絡んでるのも
バレてるだろうし。あんたも気をつけろよ、裏社会のボス。」

スケアクロウ「心配いらない。俺がいるのは完ぺきなセキュリティの要塞だ。(チャイム音が響き)
…ちょっと待て、別の通信が入った。」

ピザ屋「毎度ご注文ありがとうございます。タートルピザの配達です。」

シュウ「……。」

N「その時、リンボに非通知で着信が入った。」

リンボ「ん?番号なし?誰だ?」

オルテガ「逃げられると思うなよ。次はお前だ。」

リンボ「まずは名乗ったらどうだ?」

オルテガ「わかってるだろ?こっちは本気だ。」

===カフェ ハリー&キースにて===

テウタ「(記事の方向性…か……。)」

N「テウタはニューシーグトゥデイに毎週連載しているコラム以外にも新聞や雑誌に記事を書かせてもらうことはある。企画を持ちこんでも通ることは少ないし、特ダネを探して書いてみても採用されない記事のほうが
多いのが現実だ。」

アレックス「あ、テウタさん。」

テウタ「アレックス、どうしたの?あ、もしかしてまたカルメンさんのお使い?」

アレックス「ふふ、当たりです。徹夜明けらしくて、エスプレッソのトリプルショットを頼まれたんです。」

アレックス「テウタさんはお仕事中ですか?」

テウタ「ちょっと悩んでるところ。」

アレックス「何を悩んでるんですか?」

テウタ「ニューシーグトゥデイにいる先輩にね、どんな記事を書きたいのか自分の中で方向性を持てって言われたのよ。」

アレックス「へえ……。それで、テウタさんが書きたい記事って、どんなテーマなんですか?」

テウタ「この街の犯罪について、かな……。」

アレックス「事件の記事ってことですか?」

テウタ「うん。あ、でもね、一面を飾るような事件っていうよりは、誰もがどこかで関わっているようなことっていうか……。」

アレックス「どこかで関わっている?」

テウタ「ニューシーグは、不法入国者が多いってよく問題視されるでしょ?みんなその事実は知っているのに、
解決はしない。でも、どうしていいかも分からない。」

アレックス「難しい問題ですね……。」

テウタ「不法入国者は、文字通り不法でしょ?法律を守ってないし、税金も払ってない。
でも、色んな事情があったり、そういう人たちの弱みに付け込む人がいるのも問題だと思うし……。
ほら、色々思いつくのに、こういうのって全然解決してない。こういう社会問題を切るっていうよりは、
みんなが考えるきっかけになるようなコラムとか書けるようになるといいなあって思ったりするんだ。」

アレックス「テウタさんのそういう視点。僕は大好きですよ。」

テウタ「え?そ、そう?うん……なんかいいアイディア浮かびそう。」

アレックス「見えてきたじゃないですか。テウタさんの記事の方向性」

テウタ「そうだね。アレックスのおかげだ」

アレックス「ふふ。お役に立てたのなら、良かったです。」

テウタ「ありがとう」

N「その時、テウタの携帯のアラーム音が鳴り響いた」

テウタ「あ!いけない、そろそろ時間だ。アレックス、ごめんね。私、仕事に行かなくちゃ。
特ダネの予感がする取材なんだ」

アレックス「頑張ってくださいね」

テウタ「じゃあ、またね!」

N「テウタは机の上に広げた荷物をかき集めて、カバンに押しこんだ。」

===ニューシーグ警察署内=====

テウタ「そうです、取材の依頼を頂いて……。名前はイリーナ・クラコウスキーさん、だったと思います。」

N「警察官に声を掛け、案内された場所で待つことにした。イリーナ・クラコウスキーは殺人罪
起訴されている女性だ。ニュースで名前を聞いたことがある程度だったのに、何故かテウタを指名して
取材の依頼をしてきたのだ。少しの時間を置いて警察官が呼びにきたので、テウタは部屋へと向かった。」

イリーナ「どうも、はじめまして。」

テウタ「あなたがイリーナ・クラコウスキーさんですね。こんにちは。お会いできて光栄です。」

イリーナ「どうして?」

テウタ「どうしてって……何が?」

イリーナ「何が光栄なの?私、殺人犯なのに」

テウタ「……そうね、正直言っちゃうと初めて会う人だからできるだけ良い印象を与えたいと思ったから…
かな」

イリーナ「……変な人ね。でも正直なところは嫌いじゃないわ。座って。お茶は出せないけど。」

N「ルームシェアをしていた友人と口論の上、殺害。目の前にいる人が本当に人を殺したのか。
半ば信じられない気持ちでいた。」

イリーナ「怖い?」

テウタ「そ、そんなことは…ちょっと、ありますけど…。」

イリーナ「別に、あなたに噛みついたりしないわ。仲良くしましょ」

N「そういうとイリーナはふっと笑みを浮かべた。オレンジ色の受刑者服を着ており、化粧っ気もない顔だったがその微笑みはとても美しかった。」

テウタ「(この人が本当に人を殺したんだろうか……)」

N「もう一度、その疑問が頭をよぎる。まだ刑が確定したわけではないし、此処にいるのは保釈金が払えなかっただけだ。注目度の高い裁判は保釈金が高額になることもある。この人が危険というわけじゃない。それは理解できるのだが、テウタは複雑な心境だった。」

テウタ「(本人を目の前にしておどおどしていたら失礼だよね。ちゃんと記者として話をしよう)」

テウタ「それで?取材の依頼って聞いたけど、どんな内容?あなたが勤めてた『ジョージーナ』ってファッションブランドの特ダネとか?」

イリーナ「秘密で繋がったネットワーク」

テウタ「え?」

イリーナ「誰が始めたのか、誰が首謀者なのか、メンバーはお互いの顔も名前も知らない。武器の密輸、
有力者の暗殺、政治操作、目的のためなら何でもやる。」

テウタ「ちょ、ちょっと待って。何の話?」

N「慌ててメモにキーワードを書き留める。」

イリーナ「私がいた組織の話よ」

テウタ「組織って…『ジョージーナ』のこと?」

イリーナ「……ペンを貸して」

テウタ「いいけど……はい」

N「後ろに居る警察官のほうを見ると黙って頷いた。イリーナにペンとノートを差し出すと、
手錠の掛けられた手で何かを書き始めた。」

テウタ「(手錠…書きにくそうだなあ)」

イリーナ「はい」

テウタ「これは……チェスの駒?ナイト?」

イリーナ「元々は小さなチームだった。それが少しずつ成長して、そして変わってしまった」

テウタ「ごめんなさい、ちょっと話が読めないんだけど…」

N「その時、面会時間の終了を知らせるタイマーが鳴り警察官が退室を促した。」

テウタ「え?もう?待って、イリーナさん。どうして私を呼んだのかだけでも教えて」

イリーナ「私と繋がりのない人間に話さないとダメなの。それに私、好きなのよ。あなたのコラム。」

テウタ「私のコラム?」

イリーナ「……」

N「イリーナはもう一度ペンを手に取った」

テウタ「(WNf3……BNc6……何かの、番号?)」

N「焦れた警察官が再び退出するように声を掛けてきた」

テウタ「あ!すみません!」

イリーナ「さよなら。またね。」

テウタ「ま、また来ます!」

テウタ「(結局何だったのか分からなかった……チェスの駒……それに、なんだかよくわからない番号…
特ダネの予感だといいんだけど)」


===セントラルコア街中===

テウタ「(イリーナさんか……また今度会いに行ってみよう。はあ…それにしても家のこと…
本当にどうしようかな……そりゃ安いとこ探して引っ越せばいいんだけど、あの部屋気に入ってるんだよなあ)」

N「時計の針は間もなく17時を差そうとしていた。ルカとアダムとの約束までには、まだ時間がある。
覚悟をきめて不動産屋に向かおうとした、そのときだった」

テウタ「(あ、あれは……)」

N「人混みの中にリンボの姿が見えた。」

テウタ「(さっき渡せなかったから、名刺だけでも……)」

N「行き交う人の合間を縫って追いかける」

テウタ「あの、リンボさん!」

N「その背中に声を掛けた瞬間だった。リンボは突然、膝から崩れ落ちた。一斉にその周囲から人が離れる」

通行人「きゃーっ!!」

テウタ「ちょ、ちょっと、あの、大丈夫ですか!?」

N「倒れたリンボに駆け寄ると、地面には勢いよく血が拡がっていく」

テウタ「待って待って……どうなってるのよ……」

テウタ「(思い出して……落ち着いて……救護の研修受けたことあるでしょ……血はどこから出てるの?)」

N「リンボの胸からはとめどなく血が流れてくる。強く押さえて止めようとするが、勢いは止まらない。」

リンボ「ぐっ……」

テウタ「ど、どうしよう……ねえ、しっかりして!こっちを見て、ねえ、分かる?ねえ!」

リンボ「ごほっ……ぐっ…………なん……なんだ…」

N「リンボの胸を押さえた掌に脈動を感じる。血は止まりそうにもない。」

テウタ「だ、誰か!手を貸して!救急車を…誰か!」

N「地面の血はどんどん広がっていく」

テウタ「ねえ!誰か止血するのを手伝って!救急車も!だれか早く呼んでよ!」

通行人「きゅ、救急車は呼んだわ。今向かってるって…」

N「ただ一人、女性が声を掛けてくれただけで他の人間たちは見ているだけだった。携帯を向けて
動画を撮っている者すらいる。頭を振って、リンボの顔に視線を戻す。とにかく救急車が来るまで、
自分がなんとかしなければと」

テウタ「ねえ、しっかりして。救急車が来るから、頑張って!」

リンボ「クソッ……オルテガかよ……」

テウタ「え?オルテガ?誰かの名前?連絡して欲しい人?」

リンボ「……あいつらに、気をつけろって……まだ……ナヴィードに……ごほっ」

テウタ「リンボ!?え、ちょっと待って、ねえ、リンボ!?」

N「リンボは返事をしなくなった。その顔からは生気が失われている」

テウタ「嘘でしょ嘘でしょ……ねえ、ちょっと待って……」

N「胸を押さえている手に意識を集中させるが、さっきまで感じていた脈動が消えている。ゆっくりと手を離し、血だらけになってしまった手をリンボの首筋に当てる」

テウタ「(首筋…脈ってどこ……どうしよう、分からない……!)」

N「どこに触れてもわからない。それよりも自分の手が大きく震えているのに気付いた。」

テウタ「どうしよう、どうしよう、どうしよう……!ねえ、ちょっと!!返事して!お願い!
どうしたらいいの?」

テウタ「(さっき会った時には元気だったのに…どうして?胸の傷……どうしてこんな……)」

N「血まみれになった両手を見る。リンボの目は開かれたままだが、光が消えたように力なく
テウタを見ていた。周囲はみんな血を見て青ざめた顔をしている」

テウタ「…………」

N「自分の目の前で人が死んだ。自分の掌で、死ぬ瞬間を感じたのだ」


テウタ「リンボ、やってみるよ。……待ってて。」

N「目を閉じる。時間を遡るという意思を固め、リンボが倒れるよりも前へと願った。
目の前に、雨が降っている。その雨を逆再生させるイメージで……ゆっくりと呼吸をし、そして」


===ニューシーグ警察署内===

N「テウタが目を開くと、そこは見慣れない部屋の中だった」

被疑者「時間、戻った!?」

N「思った以上に声が響いて、慌てて口に手を持っていこうとすると、両手が自由に動かせないことに気が付いた。」

テウタ「(ちょ、ちょっと待って!これ、手錠!?いまここはどこで、いつ?私は『誰』になったの…?)」

N「どこだかはっきりは分からないが、見覚えはあった。」

刑事「何か思い出したの?そろそろ自分の名前が言える?」

ドミンゲス「え?自分の名前?」

刑事「今度は何?記憶喪失だとでも言う?いいわよ、取り調べ時間はあと……46時間はあるわね」

テウタ「(目の前にいる女性……首から提げているのは警察バッジ?警察官ってこと?)
わた……俺……犯罪者ってこと……?」

N「両手首は手錠に繋がれている。」

刑事「あら?何時間も話してようやく理解してくれた?そうよ、あなたは犯罪者。逮捕されて、
今取り調べを受けているの。…さあ、しっていることを話してちょうだい」

テウタ「(はあ……よりによって自由に動けない人間に戻っちゃうなんて……どうしたものか)」

ドミンゲス「あの、今って何時です……だ?」

刑事「今?いまはアメリ東海岸標準時で16時よ」

テウタ「(たしかあの時、時計は17時だった……街頭ビジョンもイヴニングニュースが流れてたし。
ということは、リンボに何か起こるまであと1時間ってことか…」

刑事「いいわ、少しひとりになって頭を冷やしなさい。喉が渇いて、お腹が空いて、どうしても話がしたくなったら呼んでちょうだい。取り引きしてあげてもいいわよ」

ドミンゲス「ああ!ちょっとちょっと!ちょっと待って!」

刑事「なに?」

テウタ「(私は今、逮捕されて、取り調べを受けてて、あと46時間はここにいなきゃいけない。つまり、外に出ることはできない……どうやってリンボと連絡を取ればいい?)」

刑事「ちょっと、どうしたの?」

ドミンゲス「弁護士!弁護士を呼びたい!」

刑事「何か話す気になった、ってこと?」

ドミンゲス「取り調べには弁護士を同席させる権利がある、そうでしょ……だろ?」

刑事「……」

ドミンゲス「リンボ。リンボ・フィッツジェラルドを呼んでくれ。連絡先も知ってる」

刑事「あの悪徳弁護士があんたみたいなちっぽけなスリの弁護を引き受けると思う?それに、あんた
あの男を雇うだけの金があるわけ?」

テウタ「(私スリなのか……ん?じゃあなんでさっき取引してあげてもいいって言ったんだろう?)」

ドミンゲス「さっき取引してもいいって言ったよね……な?つまり、俺の持ってる情報が欲しいってことだ。
違うか?」

刑事「……何を知ってるの?」

ドミンゲス「まずそっちが何を知ってるのか、何を知りたいのか、教えてもらおうか」

刑事「……あんたは今日の昼、ホテル12階である男の財布を盗んだ。そして愚かにも、そのクレジットカードで支払いをして居場所がバレて、警察に捕まった」

ドミンゲス「なるほど。知りたいのはその男のことね……だな。大物なんだろ?なら、俺もそれなりの
取引をしたい。そのためにはリンボくらいの大物弁護士が必要だ」

刑事「なんで大物だなんてわかるの?」

ドミンゲス「盗難カードは普通18時間は使えるはずなのにそれよりずっと早く捕まった。つまりは大物だ。
そうだろ?」

刑事「……」

ドミンゲス「ほら、私は馬鹿じゃないの。わかったらさっさとリンボ・フィッツジェラルドを呼んで!
大急ぎで、よ?彼の電話番号は…………局番の後に『NO-GUILT』だ!今すぐ呼べ!そうじゃないと
取引しないからな!」

刑事「…………」

テウタ「(………昨日の夜に見たドラマがこんなところで役に立つなんて。…なんにせよ、とにかく
リンボをあの場所にいさせなければ死ぬことはないかもしれない。…お願い、ここに来て…!)」


===数十分後===


リンボ「アンタか?俺に会いたいっていうのは」

N「机には高級そうな靴を履いた足が投げ出された」

ドミンゲス「リンボ!よかった…生きてる」

リンボ「生きてる?そりゃ生きてないと仕事できないだろ。脈もあるけど、確認する?(ホットドッグを食べながら)」

ドミンゲス「あの。ここは飲食禁止よ」
リンボ「マジで?悪い悪い。一気に食うわ。」

刑事「いや、だから飲食は…。」

リンボ「…んっ!(一気に飲み込んで)よし、もう飲食してないぞ。これでいい?」

刑事「…はあ(溜息をついて)何かあったら呼んで。(退出しながら)」

ドミンゲス「今、何時?」

リンボ「今?えっと、16時47分だけど…。」

ドミンゲス「街頭ビジョンでイヴニングニュースが始まったのが聞こえたからあれは多分17時ね。
ってことは、あともう少し…。」

N「リンボは不思議そうに首を傾げた」

リンボ「あと、もう少し?何がだ?」

ドミンゲス「…落ち着いて話すから、落ち着いて聞いてね」

リンボ「お前が落ち着いてるようには見えないけどな?」

ドミンゲス「いい?あなたはあと13分後にセントラルコアで死ぬのよ」

リンボ「はっ、ジョークならもう少し笑えるやつにしてくれ。」

ドミンゲス「ジョークじゃないの。ちゃんと聞いて!刺されたのか撃たれたのか分からないけど…とにかくその時間、あの場所にいなければ助かるかもって思って、あなたをここに呼んだの。」

リンボ「……悪いけど、心神喪失責任能力無しってのは俺のポリシーに反する。そんな三流の手を使わなくても俺なら無罪にできる。お前にその価値があるならな。」

ドミンゲス「違うの!私はこの人……名前、なんだっけ。とにかく私はこの男の人でもなんでもないの。私は…」

リンボ「多重人格…解離性同一性障害、だっけ?そういう方針で行きたいなら、別の弁護士を…」

ドミンゲス「お願い、時間がないの。話を最後まで聞いてよ。あなた、映画観に行ってスクリーンに話しかけるタイプなの?」

リンボ「映画は黙って観るけど、面白くなければ途中で席を立つことはある。」

ドミンゲス「…………私の名前はテウタ。取材をさせてって声をかけたでしょ?突撃取材は嫌だって断られたけど…そうよ、あの時はブリトーを食べてた」

N「リンボはいぶかしげに睨みつけている。まったく信じていない様子だ」

ドミンゲス「ほら、私、手書きの手帳を使ってて、あなたはそれを珍しいって言った。それからあなたの
名刺もくれた」

リンボ「それがどうした?………何が目的だ?俺は大物ギャングの情報を持ってる奴の司法取引だっていうから弁護士として来たんだ。訳の分からない話なら……」

ドミンゲス「あなたは、わたしの目の前で死んだ。私はそれを止めたかったってだけ。とにかく気を付けて。
あなた、誰かに殺されるような心当たりある?」

リンボ「刑事弁護士なんかやってりゃ心当たりしかないよ」

ドミンゲス「えっと……あなたは確か『オルテガ』って言ってた。何かの名前なのかどうか聞いても答えてくれなかったけど」

リンボ「…………」

ドミンゲス「それと『ナヴィード』」

リンボ「ナヴィード………?」

ドミンゲス「そう言ってた。それから、その………」

リンボ「死んだ?」

ドミンゲス「そう。死んだ。だから、気を付けて。私のことは信じられないかもしれないし、それでもいいけど
とにかく気をつけて」

リンボ「………俺が死ぬのは17時って言ってたな?あと10分だ。お前の言ってることが本当かはさておき、
俺が死ぬってことを知ってる理由を言え。お前の目的もな」

ドミンゲス「…私は、時間を遡ってここに来た」

リンボ「はあー?作り話でもなんかもうちょっとあるだろ?」

ドミンゲス「私、そういう力があるの。時間を遡れるけど、自分にはなれない。だからこうやって誰だかわからない人間になっちゃったけどなんとかあなたを呼び出した」

リンボ「その脚本じゃネット配信のドラマだってランク外だぞ」

N「リンボはすっかり呆れた顔をしている。この時間、あの場所で死んでしまうのを防げたのならそれでいいけど…信じてもらう方法はあるのだろうか」

ドミンゲス「そうだ!ポケットの中のものを見せて!ちょっと見せてくれるだけでいいから!」

リンボ「なんでだよ」

ドミンゲス「いいから!はやく!」

リンボ「ったく…何なんだ」

N「リンボはごそごそとポケットを探る。出てきたのは車のキー、財布、名刺。」

リンボ「これは車のキー。カスタム使用のインテリジェントキー。財布の中は免許証と、クレジットカードと、現金が…1300ドルだな。で、これは俺の名刺。実は2種類持ってて金になりそうな顧客に渡す用がこっち」

ドミンゲス「…わたしがもらったのはそっちじゃなかった」

リンボ「………ん、まあ、そういうことだな」

テウタ「(別にいいけどさ)」

リンボ「それで?これで何が分かるって言うんだ?」

ドミンゲス「このあとワイアットアープにあるカフェに来て。
ハリー&キースっていうお店。そこで会えたら、私がテウタだって証明する。」

リンボ「お前、本気で言ってるのか?時間を遡って、俺を助けたって?」

テウタ「そうよ。私にとっては、再放送なの」


===ニューシーグ セントラルコア===

テウタ「……っ!」

N「顔を上げるとそこはセントラルコアのメインストリートだった」

テウタ「(戻った…………)」

N「元の時間に戻った。慌てて自分の両手に目をやるが、もちろん血はついていないし、目の前に血だまりもない。当然、リンボはもここにはいない」

テウタ「(助けられたのかな………無事だといいんだけど…痛っ)」

N「視界が一瞬歪む。頭にはズキンと痛みが走った。時間を遡るといつもきまってこの現象が起きる。先ほどまで名前も知らない容疑者として警察署に居た記憶と、遡る前の自分の記憶とが混ざり合う。どちらの記憶を
思い出そうとしても、チカチカと壊れた映像のようにノイズが走る。人の流れを邪魔しないよう、
道の端に寄ろうとすると強い眩暈を感じた。」

シュウ「…………」

N「ふらついたところを背の高い男性に支えられた。」

テウタ「……あ、あの、すみません」

シュウ「(煙草を吸いながら)」

N「身体を離した後、彼は煙草を吸いながらテウタのほうをじっと見つめていた。」

テウタ「あ、ありがとうございます」

N「その後特に何も言わずに、男性は立ち去ってしまった。」

テウタ「(ふう………)」

N「携帯を取り出しミラーモードにすると、そこにはいつもの自分が映っていた」

テウタ「(ちゃんと私だ………ちゃんとっていうのも変だけど)」

テウタ「(約束したのはハリー&キース。まあ信じてもらえなくても無事だったならそれでいいけど、
何か悪いことに巻き込まれてなければいいな」

N「時間を遡って、誰か別人になる。何度経験しても慣れない上にものすごく疲れる事だった。ただの白昼夢かもしれないし、自分の思い込みかもしれない。そんなことを考えているときに着信のバイブが鳴った」

テウタ「もしもし」

アダム「僕だけど……いま電話大丈夫?」

テウタ「うん。あ、でも今日の集まり来られなくなるっていう連絡なら今すぐ留守電にしちゃうかも」

アダム「そうじゃないよ。ただ、ちょっと遅れそうって、それだけ」

テウタ「わかった、ルカにも言っておくね」

アダム「あと引っ越しの件、どうなった?大丈夫?」

テウタ「それ、ルカにも心配されたよ。とにかく早く決めるってば」

アダム「わかった、じゃあ詳しくは今夜聞くよ」

テウタ「はいはい、わかった。じゃあまたね」

テウタ「(さて…と。約束の場所に移動しようかな)」


===カフェ ハリー&キース===

テウタ「(そろそろ約束の時間だ。なんかそわそわしちゃうな…時間を遡って彼を助けたんだって
信じてもらえなくても仕方ないけど……でも、これをきっかけに取材とかさせてくれたりしないかな?)」

店員「こちら、コーヒーおふたつです。えっと、お連れ様は…?」

テウタ「待ち合わせなんです。もうすぐ来ると思うんですけど……」

店員「ごゆっくりどうぞ」

テウタ「(……まあ、普通なら来ないか)」

シュウ「…………」

テウタ「あの、すみません。その席、待ち合わせで……」

N「近寄ってきた男性はそのまま向かいの席に腰掛けた」

テウタ「あの…」

シュウ「あんたがテウタか」

テウタ「えっ!?どうして…」

シュウ「どーも。今知った」

テウタ「あの、私、ここで待ち合わせを…!」

シュウ「リンボと待ち合わせしてんだろ?あいつは時間通りには来ない」

シュウ「あなた、リンボの知り合い?」

シュウ「あんたが時間を遡ってどういうわけだか司法取引持ち掛けてる容疑者になってリンボを呼びつけて
街中で殺されるのを阻止した女、か?」

テウタ「……言い方に、ちょっと悪意を感じるけど」

シュウ「正解。悪意込めてるから」

テウタ「(リンボの知り合いなんだろうけど、感じ悪い……)」

シュウ「これ、コーヒー?」

テウタ「そう。そろそろ来ると思ったから先に頼んでおいたの。よかったら…」

シュウ「すいません、これ下げて。同じのひとつ。」

店員「かしこまりました」

テウタ「注文したばかりだから、まだ冷めてもいないのに」

シュウ「何入れられてるか分かんねーもんは飲まないことにしてる」

テウタ「……何にも入れてませんけど」

リンボ「悪い悪い、待たせたか?あ、お姉さん、注文いい?俺はそうだな…カフェマキアートにホイップクリームとキャラメル
ソーストッピングで」

店員「かしこまりました。少々お待ちください」

テウタ「リンボ!よかった、生きてた。死ななかったのね」

リンボ「第一声で『死ななかったのね』って言われてもな…お、シュウとは挨拶が済んだところか?」

N「シュウ、と呼ばれた目の前の男性は返事もせず、煙草に火をつけた」

リンボ「あ、あんた煙草平気?」

テウタ「私は別に…」

リンボ「だってさ、シュウ。お前人前で吸う時は確認するのが礼儀だっていつも言ってるだろ」

シュウ「ふう…(どこ吹く風で吸いながら)」

テウタ「ごほっ、ごほっ…」

N「シュウという男性が思い切り煙草の煙を吐き出した」

シュウ「煙草吸っていいか?」

テウタ「…どうぞ」

リンボ「シュウ、こちらテウタ。テウタ。こちら、シュウ」

シュウ「どーも」

テウタ「よろしくお願いします」

リンボ「シュウは俺の…なんだ?知り合い?友達?」

シュウ「ビジネスパートナー」

リンボ「ああ、それそれ。バウンティハンターってやつでさ。保釈保証金の回収とか…」

シュウ「本題は?」

リンボ「ああ、そうそう、本題。回りくどいのはやめにして単刀直入に言うよ。…お前の目的は何だ?」

店員「お待たせしました!ホットコーヒーとカフェマキアートです」

リンボ「お、どうも」

N「リンボの表情は笑ってはいるが、眼の光は鋭かった。信じていない、それ以前に何か疑われているようだ」

テウタ「目的?私はただ…」

リンボ「オルテガが雇った殺し屋に取引相手が殺され、オルテガから脅迫電話があった後、急に呼び出されて
『お前が死ぬはずだったのを助けた』なんて言われちゃあな」

テウタ「だから、私が時間を遡ったとか、別人になったとか、そういうのは信じられなくても仕方ないけど、とにかく気を付けてって
それが言いたかったの。今聞いた限りじゃなんかあなた、命狙われてるっぽいし。あと、オルテガって誰よ?」

シュウ「…俺は命の恩人を装って俺らに近づいて油断させたところを狙ってる殺し屋だと思ってる。…まあそれにしちゃ作り話が下手すぎるけどな」

リンボ「だろ?意味不明なんだよ」

シュウ「一応、スケアクロウにも繋いどいた」

テウタ「スケアクロウ?」

N「シュウが携帯電話を机の上に置いた」

スケアクロウ「街の監視カメラの映像を確認した。その女は18分前にベルスターの方から来た。警察署とは反対の方向だな」

リンボ「それで?ちっぽけなスリの犯人と組んで、俺に何の用だ?」

テウタ「組んでなんかいないって。さっきまで私がそのスリの犯人になってたの。っていうかその電話の人、誰?」

シュウ「…リンボ。お前こういう不思議ちゃんがタイプだったのか?」

リンボ「んー…まあ嫌いじゃないけどな。んじゃ、お前が殺し屋じゃないとして、お前の目的はなんだ?」

テウタ「目的って、そりゃ目の前で人が死んだんだもの。助ける方法はないかなって思って、時間を遡って、リンボの命を救っただけよ」
リンボ「…………」

シュウ「…………」

テウタ「時間を遡ってリンボの命を救ったんだってば」

リンボ「いや、繰り返さなくても聞こえてるけど」

シュウ「ふぅ……久しぶりに結構やべー奴が来たな」

テウタ「(我ながら、確かに意味不明なことを言っている気がする)」

テウタ「私はあなたの命を救ったけど、それを信じられないのも理解できる。だから…そうね、
気を付けてって、それだけ。でも、殺し屋なんじゃないかとか変な疑いをかけられるのは心外だから、
もう少しくらい信じてほしいけど」

リンボ「どうやって?」

テウタ「そうだ!さっき警察署でリンボのポケットの中身、見せてもらったでしょ?リンボが見せた相手が
本当に私だったら、覚えてるはず。そうよね?」

リンボ「まあ、理屈ではそうだな」

テウタ「(よーし、さっき見せてもらったのは……)まずは車のキーね」

リンボ「どんな?」

テウタ「カスタム使用のインテリジェントキー

リンボ「そうそう」

シュウ「どんなキーホルダーがついてるやつだ?」

テウタ「え?」

シュウ「さっき自分の目で見たって言ってただろ?どんなキーホルダーだ?」

テウタ「携帯用のシューホーンがついてた。こう、皮のキーホルダーみたいな感じで」

リンボ「お、当たり。よく覚えてたな」

シュウ「そんなん持ち歩くなんてお坊ちゃんって感じだよな」

テウタ「(覚えてて良かった…)」

リンボ「んじゃ次。俺はお前に何を見せた?」

テウタ「名刺と財布を見せてもらったわ。財布の中には1300ドル入ってた。どう?」

リンボ「おう、合ってる合ってる」

シュウ「なんだよ、お前売れっ子弁護士なんだからもっと現金持ち歩けよな」

リンボ「カード派なんだよ」

テウタ「(1300ドルでも十分持ってると思うんだけど…)」

リンボ「俺の財布にはとある行きつけの店の会員証が入ってるが、それはどこの店だ?」

テウタ「(うーん…リンボの行きつけのお店…)」

テウタ「えっと…確かホットドッグのお店とか、そういう…」

N「苦し紛れにイメージで答えてしまったテウタは言ってから後悔をした」

リンボ「はは、はずれだよ。ま、ホットドッグは好きだけどな」

シュウ「お前ほんと食ってばっかりだよな」

リンボ「いいだろ?人は生きるために食って、食うために生きてるんだ」

シュウ「俺は興味ないな。腹が埋まればそれでいい」

リンボ「んなこと言ってお前、ナッツばっか食ってるからガリガリなんだよ」

シュウ「効率的にカロリーを摂取してんだよ」

リンボ「もうちょっと食に興味を持ったほうが人生楽しいぞ?ま、そうは言ってもホットドッグの店の
会員証なんて俺は持ってない。残念だったな」

シュウ「…………」

テウタ「な、なに?会員証以外は全部合ってたでしょ?」

シュウ「リンボがここに来るまでの間に例のスリの犯人だっけ?そいつとお前が連絡取る方法くらい
いくらでもあるだろ?」

テウタ「私は本当に見せてもらったのを覚えてたの」

シュウ「こっちは子どもの遊びに付き合う暇はねえんだ。さっさと本当のことを言えよ」

リンボ「まあまあ、そう凄むなって。とはいえ俺も遊びに来たわけじゃない。他に言いたいことはあるか?」

テウタ「えーっと、あとは……オルテガと、ナヴィード。そう言ってた」

シュウ「…………」

リンボ「…………」

N「二人は更に顔をしかめた。何か重要なことなのだろうか」

シュウ「(カチャリと音を立てて)オルテガに雇われてんのか?」

リンボ「シュウ」

シュウ「安心しろ、テーブルの下でもう狙いはついてる」

テウタ「て、テーブルの下でって……」

N「テウタがテーブルの下を覗くとシュウは銃口を向けていた」

テウタ「………っ!?」

N「慌てて顔を上げた拍子に、テーブルに思い切り頭をぶつけてしまう」

テウタ「……いたた、あ、コーヒーこぼれなかった?」

シュウ「…………」

リンボ「ナヴィードのことは、お前たちにも話したことないだろ」

N「シュウは厳しい表情を浮かべている。リンボは大きく息をついて背もたれに大きくもたれかかる」

リンボ「………テウタ。そういえば聞いたことある名前だな。確か、ニューシーグトゥデイの日曜版に
コラム書いてなかったか?」

テウタ「知ってるの?」

リンボ「日曜版に毎週載ってるやつだろ?ニューシーグの流行りとか、人間観察とかだっけ。
新聞のコラムって頭の堅いおっさんか、意識高いやつの主義主張みたいなのが多いけど、お前のは必ず読者に
意見をもたせようとするスタイルだよな。この前の…ほら、なんだっけ?」

シュウ「知らねーよ、俺はコラムなんか読まねえ」

リンボ「あれだ、ソーシャルネットワークについて、だ。流行りの『フルサークル』とか」

テウタ「それ!!先々週の日曜のやつ!私も気に入ってるやつなんだ」

N「思いがけず自分のコラムの読者に出会えたことでうれしい気持ちに心が踊った」

シュウ「で?お嬢ちゃん。話を元に戻そう。狙いは何だ?こんなおしゃべりが目的じゃないだろ?」

テウタ「え?目的?」

シュウ「命の恩人だから金寄越せとか?」

テウタ「ただ、助けなきゃって思っただけだし、会いたかったのは無事を確かめたかったのと、
少しは信じて欲しかったからで別にお金なんて……あっ!!」

リンボ「それ、なんの『あっ!』なんだ?良い意味?悪い意味?」

テウタ「お金はいらないから、取材させてほしい!突撃取材は嫌いなんでしょ?ちゃんとした
インタビューで、リンボの普段の仕事とか、案件とか…」

リンボ「俺個人に対する取材は受けてない」

テウタ「あなたは注目を集める人気弁護士よ。事件じゃなくてあなた自身を取材したいの」

シュウ「まるで新手の詐欺みたいだな。今度は取材と称して情報を抜きに来るのか?」

テウタ「そんなんじゃないってば!」

N「その時、テウタの携帯が着信を告げる」

テウタ「あ、私だ」

リンボ「どうぞ」

テウタ「はい」

大家さん「あー102号室のブリッジスさん?あのー、何度もね、あれして悪いけど、あれ、その、あれあれ…」

テウタ「引っ越しと、家賃と、建て替え費用の件、ですよね」

大家さん「そう、そうなのよ。あれがね、それ、あれで…あれあれ」

テウタ「引っ越しはします。まだ次の部屋を見つけてないので急ぎますけど…でも。建て替えの費用を負担
するわけにはいかないです。私、弁護士雇いますので」

大家さん「ごめんなさいね。その…あれ、あれが…私もあれ…」

テウタ「ええ、大家さんが悪いとは思ってないですよ。契約書の件なので、私も弁護士に相談しますから。
それじゃあ、また」

リンボ「なんか大変そうだな」

テウタ「そうだ!取材がだめなら弁護士でもいいわ。法律相談ってやつ?今住んでるアパートの建て替え費用を負担するとかしないとかっていう契約書があって、なんとか払わずに引っ越せるようにしてもらえない?」

リンボ「命の恩人だって言い張る割には安い交換条件だな。まあ、いいけど」

テウタ「(目的なんかないって言ったらそれはそれで信じてくれないくせに)」

N「その時フルサークルの受信音が鳴り響いた」

リンボ「この音、フルサークル?そんな胡散臭いネットの情報を信用しているようじゃ、ジャーナリストの道は遠そうだな」

テウタ「別にこのサイトの情報をまるっと信じてるわけじゃないけど、誰でも情報提供者になれるっていうところが面白いでしょ?あなたもよく名前が出てるじゃない。『あの悪徳弁護士、また無罪を勝ち取る!』とかね」

リンボ「不本意だけどな」

N「街のささいな出来事からゴシップまで誰でも投稿できるSNS。その中から管理人が『サークル』した投稿が
あるとアプリが通知を送ってくる。注目の情報、という意味だ」

テウタ「世の中で見過ごされてしまう犯罪だって、誰かがこのサイトに情報を送ったら拡散されるってわけ。
大事件じゃなくても、ちゃんと知れ渡ることができるでしょ」

リンボ「危うい正義だな、そりゃ」

テウタ「危うい?」

リンボ「他人の失敗や秘密を暴くのは、人間誰だって気持ちよくなっちまうもんだろ?自分は正しいことをしてるって錯覚したヒーローがたくさんいるんだろうな」

テウタ「たしかに…そういうところはあるかも」

シュウ「まあ、細かい目撃情報とか載ってたりするから俺は重宝してるけど。賞金首探すときとかな」

テウタ「しょ、賞金首?」

リンボ「よし、こうしよう。俺らはお前を信用してないし、命を救ってもらった気もしない。
でもお前がなんで俺しか知らないはずの名前を出してきたのかは気になる。つまり、はいさよならって帰す
わけにもいかないってこと。だからお前がオルテガに雇われたわけじゃないってことがわかるまでは俺達に
協力してもらう。その代わり、引っ越しだか何だかの件は引き受けてやるよ。それでどうだ?」

テウタ「オーケー、交渉成立ね」

シュウ「…俺は知らないからな」

リンボ「さて、と…」

N「リンボが伝票に手を伸ばす」

テウタ「あ!」

N「テウタはとっさに財布を取り出し、自分が頼んだ2杯分のコーヒーの代金を出した」

リンボ「このくらい、別にいいのに」

テウタ「いいの。ちゃんと払う」

リンボ「…ん?お前、いつの間にコーヒー2杯も飲んだんだ?」

テウタ「…………」

シュウ「(煙草を吸っている)」

リンボ「んじゃクロ。引き続き警戒頼む」

スケアクロウ「りょーかい」

テウタ「ねえ、さっきから気になってたんだけど、いったい誰と話してるの?」

リンボ「機密事項だ」

 


===ヘルベチカのクリニックにて(ここから後半N)===

N「連れてこられたのは街で人気のクリニックだった。人気の理由はものすごい美形の美容形成外科医だ」

テウタ「ねえ、ここ、あのヘルベチカのクリニックじゃない。なんでここに?」

リンボ「そうだな、誰かに殺される前にボトックスでもやって綺麗なお顔にしとこうかなって」

テウタ「…………」

リンボ「冗談だって。ユーモアのセンスないの?」

テウタ「ユーモアのセンスがあるから笑わなかったの」

N「その時、ノック音と共に件の人物が入ってくる」

ヘルベチカ「ようこそ。お待ちしてましたよ。君が、テウタ?」

N「すっと手を差し出され、促されるままその手を取る」

テウタ「あの人気美容形成外科医のヘルべチ…ってえ、ええ!?」

N「握手かと思いきや、そのままぐいっと体を引き寄せられた」

テウタ「ちょ、ちょっと!!」

N「そのまま腰に手を回され握られた手にはぐっと口元に引き寄せられ手の甲にキスをされた」

テウタ「え、えっと…あの…」

ヘルベチカ「そんなに驚かなくても、ただの挨拶ですよ。まあ今の、すごくいい顔でしたけど」

N「にっこりと微笑み、そのまま手を引き寄せてじっと爪を見る」

ヘルベチカ「ふうん…甘皮も綺麗に処理してあるし、ネイルもヌード系のピンクで上品ですね。
それに、その初々しい反応もなかなか」

N「思わず手をひっこめようとすると逆にぐっと力を入れて引き寄せられる」

テウタ「な、なんなんですか!」

N「シュウはどかっと近くにあるテーブルに寄りかかりテウタのほうを見て笑った」

シュウ「俺は70点くらいかな」

ヘルベチカ「シュウ。ここは禁煙」

シュウ「ちっ…堅いこと言うなよ」

ヘルベチカ「僕は…そうですね、63点」

テウタ「ちょっと!離してってば!」

ヘルベチカ「すみません。リンボから『怪しい女』が一緒に来るって聞いたんで、ちょっと警戒してたんです
。僕すごく怖がりなんで」

テウタ「(その笑顔が怪しすぎる…)」

ヘルベチカ「君、可愛い形の唇だから、コーラル系のピンクのリップのほうが似合うと思いますよ。
まあ天然のままで十分可愛いけどどこか手を入れたければ相談に乗ります」

N「女性に大人気の形成外科医、ヘルベチカ。テウタは実際に会うのは初めてだったがイメージが崩れていく音が聞こえた気がした」

ヘルベチカ「第一印象で好感を与えるチャンスは一度しかないって聞いたことないですか?社会評論家の
ウィル・ロジャースです。『人は見かけによらない』とよく言いますけど、わざわざそんな言葉を言いたくなるほど、世の中の殆どは見かけで判断されるし、第一印象の9割は外見なんですよ」

テウタ「で、その第一印象が、私の場合は63点?」

ヘルベチカ「僕の基準からすると、かなり良い方です」

スケアクロウ「ヘルベチカの60点以上ってなかなかいないもんな」

テウタ「素直に喜べないんだけど…」

テウタ「(っていうかまたこの声…一体誰なんだろう)」

ヘルベチカ「僕の第一印象はどうです?」

テウタ「え?ヘルベチカの第一印象?」

ヘルベチカ「そう。僕に対してどんな印象を持ちました?」

テウタ「かっこいい人だな、とは思ったけど…」

ヘルベチカ「けど?」

テウタ「…………点数付けされたのは、ちょっとカチンときた」

ヘルベチカ「あはは、君正直でいいですね。もう少し点数あげたくなります」

テウタ「だから!点数付けされるのは嫌なんだってば」

ヘルベチカ「ふふ……でも、僕に対して外見の印象を先に持つということは、僕を異性として意識している証拠ですね」

テウタ「ど、どうしてそうなるの?」

ヘルベチカ「シュウのことは初めて出会ったときどう思いました?」

テウタ「…………」

シュウ「いいんだぞ?正直に言って」

テウタ「…………ちょっと感じ悪いと思った」

ヘルベチカ「はは!やっぱり僕のほうが性的魅力に溢れてる証拠ですね」

シュウ「お前と性的魅力を競ったことなんて一度もねえよ、ったく…」

テウタ「(落ち着いて、振り回されちゃだめ………)」

リンボ「モズはまだ仕事か?」

ヘルベチカ「もうすぐ来ると思いますよ」

テウタ「モズ?もしかして検死局の?」

リンボ「知ってるのか?」

テウタ「今朝会ったの。ルカとお茶してた時に、仕事の用だとかで」

リンボ「ルカって、ニューシーグ警察のディアンドレ巡査?」

テウタ「そうだけど?」

ヘルベチカ「世間は狭いですね」

N「再びノック音が響き、今朝会ったその人物が入室してきた」

モズ「待たせた?」

リンボ「いや、仕事中に悪いな」

モズ「昼間はそんなに死体が回ってこないから平気」

N「モズ黙ってテウタの顔を見た」

テウタ「あの、私、テウタ…ほら、良い形の窪みの…」

N「このあたりが…と目の周りを指差す」

モズ「覚えてるよ。ところでリンボ。急ぎの要件ってなに?」

リンボ「いや、このお嬢さんが俺が死んだっていうから」

モズ「リンボ、死んだの?それにしては顔色がいいね。よく喋るし」

リンボ「あー、死ぬのを防いだ…らしい。よく分かんねーけど俺が死んで、こいつが時間を遡って、
今度はそうならないように阻止したって流れらしい」

テウタ「(まあ、私が逆の立場なら、こんな話絶対信じられないと思うけど…)」

モズ「どういう風に死んだの?」

テウタ「どういうって…人ごみの中で突然倒れて、近寄ったら胸からすごい血が出てたの。出血が全然止まらなくて、そのあと、その…」

モズ「出血量は何CCくらい?」

テウタ「そんなの分からないよ。血だまりの大きさがえっと…このくらい?」

N「手で大きな円を描くと、モズは黙って頷いた」

モズ「胸からの出血量から考えると心臓かその周辺の動脈を損傷しているね。街中で突然倒れて、周囲が気付かないってことは凶器に血が残る刺し傷は考えにくい」

シュウ「サイレンサー付きのハンドガンなら、通りすがりに殺せるっちゃ殺せるな。人通りが多けりゃ多いほど楽だ」

モズ「でも想像から結論は出せない。実際に死体を見せてもらわないと」

N「モズがリンボの顔を見る」

リンボ「いやいやいや、俺実際には死んでないから。そいつがそう言ってるだけだって」

モズ「そっか」

ヘルベチカ「そのお嬢さんの言うことは信じがたいですけど、オルテガから脅迫の電話があったのは事実でしょう?用心するなり先手を打つなりしたほうがいいんじゃないですか?」

テウタ「ねえ、さっきからオルテガって名前が何度も出てるけど、まさかとは思うけどバンク・オブ・ニューシーグの頭取、ジョナサン・オルテガのことだったりしないわよね?」

ヘルベチカ「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

N「ヘルベチカはにやりと笑った。どうやら話すつもりはないらしい」

シュウ「なあ、お嬢ちゃん。あんたが言うようにリンボは街中で撃たれたんだとして、前から撃たれたのか、背後から撃たれたのか、わかるか?」

テウタ「うーん…わからない。あの時は人がたくさんいて、人と人の間からリンボの背中が見えただけだから」

シュウ「役に立たねえな」

スケアクロウ「リンボが一度死ねばいいんじゃないかな?」

リンボ「はあ?何言っちゃってんの?人は1回しか死ねないんだぞ?」

スケアクロウ「そうそう、その通り。1回しか死なない。その女の言っていることが正しいと仮定して、
オルテガが殺し屋を雇ったんだったら、狙いはリンボの命だろ?なら、殺しに成功したと思わせてやればいい。そうすればオルテガのスキャンダルに殺人教唆も追加だ」

リンボ「でも死んじまった俺はどうなるんだよ?」

シュウ「死んだってことが分かればそれでいいんだろ?」

ヘルベチカ「なるほど」

モズ「難しくはない」

テウタ「(全然わからない…)」

N「話に割り込んでいいものか迷いつつテウタはそっと手を挙げる」

テウタ「あのー…わたし、いまいち話に追いつけてないんですけど」

シュウ「あんたが忠告してくれた通りにリンボには死んでもらって、リンボを狙ってるやつをとっちめるってわけだ」

テウタ「本当に死んじゃったら、犯人を見つけたところで意味ないんじゃ…」

モズ「本当に死なせるわけないでしょ。死んだってことが知れ渡ればそれでいい。必要なのは検死報告書と…リンボの演技力?」

シュウ「殺し屋を雇う時は大抵一人じゃない。オルテガに殺しを請け負うと持ち掛けてリンボが死んだ証拠を作ればいい。殺しを職業にしてるような奴は簡単には計画を変更しない。お嬢ちゃんが言ってることが本当だと仮定してだ。同じ場所、同じ方法でリンボが現れるのを待ってるだろうよ」

スケアクロウ「そこで、俺達が先にリンボを殺すってことだな。派手にやろうぜ、派手に!特大ニュースだ。
あの悪徳弁護士リンボ、遂に暗殺されるってさ」

リンボ「お前らな、楽しんでんじゃねーぞ!死ぬのは俺なんだからな」

スケアクロウ「血糊は僕が用意しますよ。結構リアルなやつ」

モズ「僕はリンボの検死報告書を用意する。リンボが死んだって公式記録にすればみんな信じるでしょ。
一時的に、だけど」

リンボ「皆さん手際がよろしいことで」

シュウ「で?リンボは1回死ぬって話でいいとして、このお嬢ちゃんはどうするんだ?」

テウタ「えっと…私は何をすれば…」

スケアクロウ「あんたはオルテガの手先じゃないってことがわかるまでは監視させてもらう」

テウタ「監視って…私は人助けしただけなのに」

シュウ「さあ、それはどうかな。人は金で動くもんだ」

テウタ「お金より特ダネが欲しいの。ジャーナリストとしては当然でしょ?記事になれば、お金にもなるし」

モズ「特ダネとお金、両方手に入るってこと?」

テウタ「そう。欲張りって言われるかもしれないけどそのくらいハングリーじゃなきゃやっていけない」

モズ「そうだね。いいんじゃない」

テウタ「私としては人助けしたつもりだけど、首を突っ込んだのは自分の責任よ。だから、あなた達が納得してくれるならこの…何?死んだフリ作戦?が終わるまでは協力する」

モズ「…………」

テウタ「その代わりリンボ、私のアパートの引っ越しの件はちゃんと引き受けてよね」

リンボ「分かったよ(軽く笑いながら)」

シュウ「…………」

N「シュウは取り出したテウタの携帯をさっと取り上げた」

テウタ「あ!ちょっと!私の携帯!」

シュウ「言ったろ?お前のことはまだ信用してない。だからこの件が終わるまでは預かっとく。いいな?」

テウタ「…………それで気が済むんならどうぞ」

N「左手の腕時計を見る。ルカたちとの約束までもう少しだ」

テウタ「私、そろそろ行かなくちゃ。友達と飲みに行く約束してるの…まさか、ついてきて監視でもするつもり?」

ヘルベチカ「ご一緒しても?」

テウタ「…………本当に友達と飲むだけなのに」

N「厄介なことに首を突っ込んでしまったな、と息をついて二人は約束の場所へと向かった」

 


===パライソガレージ===

ルカ「やっぱ仕事のあとのビールは最高だな~!…案の定っつーか、お約束っつーか、いつも通りっつーか、
アダムは遅刻だけどな」

テウタ「一応、遅れるって連絡くれたけどね。今じゃアイドルみたいな人気だもん、アダム。ニュースキャスターのはずが歌手デビューまで」

ヘルベチカ「ほんと人気者ですよね」

ルカ「…………で?なんでうちらの集まりに男連れなわけ?」

テウタ「変な言い方しないで。彼は…………」

ルカ「ヘルベチカだろ?知ってるよ」

テウタ「取材、させてもらってるだけだから」

ヘルベチカ「色々とね」

テウタ「そう、色々…」

N「ヘルベチカはにやにやと笑っている」

ヘルベチカ「でも知りませんでしたよ。テウタがあのアダム・クルイローフと幼馴染だなんて。毎週会ってるんですか?」

ルカ「そ。超忙しくても金曜の夜はここに集まる。それが決まり。大人になると『またね』って言ったきりなかなか会わなくなるだろ?」

テウタ「私達も働き始めたらなかなか会えなくなっちゃって。会う努力しなきゃねって」

ヘルベチカ「(携帯をいじりながら)素敵な話ですね」

テウタ「ちょっと、人の話ちゃんと聞いてるの?質問したのはそっちでしょ」

N「ヘルベチカは携帯でアダムのことを検索していた。友達の名前を検索するとこんなにたくさん写真が出てくるなんてと不思議な気持ちになっていた」

ヘルベチカ「このアイドルが、お友達とはね」

アダム「ごめん、遅くなったね」

ルカ「遅刻したおまえの奢りだからね」

アダム「いいよ、ふたりよりもずっと稼いでるし」

ルカ「ったく、それが本当のところが腹立つんだよなー」

アダム「あなたは、ヘルベチカ?前に番組で会ったよね?」

ヘルベチカ「ええ、ゲストで呼んで頂いて」

アダム「……」

ヘルベチカ「…………」

テウタ「えっとね、いまヘルベチカのこと取材してて、ちょうど打ち合わせの後で一緒に飲もうかってなってさ」

アダム「そっか。最近調子良さそうだね、仕事」

テウタ「全然だよ。今は記事の方向性で悩んでる。どんなジャンルも挑戦したいとは思ってるけど、自分にしか書けないテーマというか視点を探してるんだ」

アダム「かっこいいな、テウタは。僕なんて局や事務所の意見に振り回されてばっかりだよ。ただのタレント扱い。」

テウタ「いいじゃない。人気者でしょ。親友としては鼻が高いぞ」

アダム「人気なんて一時的なものだよ。エミリ・ディキンソンの言う『名声は蜂である』ってやつ」

ルカ「エミリ…なにんそん?」

アダム「エミリ・ディキンソン。詩人だよ」

ルカ「そういう例えを持ち出すところがいけ好かないんだよ」

カルメン「ハアイ!お待たせしましタ!今日のおススメ、ロブスタービスク!アタシの自信作ヨ。ほらペペ、
並べて頂戴」

ペペ「はい、カルメンさん」

ルカ「自信作っつったって別にカルメンが作ってるわけじゃないだろ?(口に含んで)ん!うっめ!」

テウタ「ほんとだ!美味しい!」

ヘルベチカ「これは僕も好きですね」

アレックス「ふふ…確かにカルメンさんはお料理が苦手ですけど、おいしいものを探してくるプロフェッショナルですから」

カルメン「デショー?アレックスったら、もっと褒めてくれてもいいのヨ?」

カルメン「んー…次はどんなお料理にしようか悩んでるんだけど、なにかリクエストはあるカシラ?」

テウタ「リクエスト、ですか?安くて、美味しくて、量が多い奴がいいです!」

ヘルベチカ「それ本気で言ってますか?」

テウタ「え?本気も本気。その3つが揃ってたら最強じゃん」

アダム「ふふっ…」

テウタ「なんで?なんで笑うの?」

アダム「食べ物の話をしてる時のテウタは本当に楽しそうだなって」

テウタ「そりゃ、食べること大好きだもん」

アダム「ふふ、昔からそうだったね」

ルカ「はー!今日も食ったなー!」

アレックス「ありがとうございました。また来てくださいね」

ぺぺ「皆さんがいらっしゃると、カルメンさんはとても喜ぶのです」

アダム「また新しい『お取り寄せグルメ』を楽しみにしてるよ」

アレックス「カルメンさんに伝えておきます。それじゃ皆さん、気をつけて帰ってくださいね」

テウタ「アレックスもだよ。家、ここから遠いんだっけ」

アレックス「僕がお世話になってる施設はここから遠くないですし、帰りはぺぺさんが送ってくれますし」

アダム「門限は大丈夫なの?」

アレックス「カルメンさんはちゃんと許可をとってくれてますから」

ルカ「カルメンも抜けてるんだか、しっかりしてるんだか…」

ぺぺ「カルメンさんはしっかりしているのです」

ルカ「お、おう…そ、そうだな」

ぺぺ「カルメンさんはとても心配症なのです。アレックスに護身用のスタンガンを持たせたり、ぺぺには45口径を持たせてくださったり…」

テウタ「…心配性なのはわかるけど、なんだか物騒だね」

ルカ「んじゃ、あたしらは帰るわ。またな」

アレックス「はい。おやすみなさい」

ぺぺ「またのご来店をお待ちしております」


===帰り道===


ルカ「おっし、あたしは歩いて帰るわ」

アダム「テウタ、車乗っていく?」

テウタ「あ、ほんと?助かる!いつもありがと」

アダム「ヘルベチカは?」

ヘルベチカ「僕はタクシーを拾いますんで、それじゃテウタ、また明日」

テウタ「あぁ…はい…」

アダム「…大丈夫?困ってたりしない?」

テウタ「えっ、なんで?」

アダム「今の、ちょっと気になったから」

テウタ「全然何でもないよ。ほら、ヘルベチカってこう…独特でしょ?取材するにもとっつきにくいというか…」

アダム「テウタが大丈夫っていうなら信じるけど…ふふ」

テウタ「何?なんで笑ったの?」

アダム「いや、僕も心配性なほうだけどテウタに45口径渡したりはしないから、安心して」

テウタ「そんなの渡されたって困るよ」

アダム「何かあったらいつでも言って。電話でもメールでもいいし」

テウタ「ありがと、アダム」

テウタ「(その電話とメールが使える携帯が手元にないんだよなあ…)」


===ニューシーグ セントラルコアにて===


スケアクロウ「ヘルベチカの準備は万端だ。死んだオーランドに協力して金を貰うはずが貰い損ねた。
その分の仕事をしたいと説明して取り入った。リンボを殺したら10万ドルだってさ」

シュウ「変装したヘルベチカが殺し屋だなんてよく信じたな」

スケアクロウ「本物の女殺し屋のプロフィールをちょいとお借りしたんだ。かの有名なボニータだって名乗って、殺しの実績を2,3挙げたら簡単に信じたよ」

ヘルベチカ「そろそろそっちに着きますよ。準備はいいですか?」

スケアクロウ「オーケー、それじゃあおさらいだ。ホットドッグを食べながら歩くリンボ。その背後からヘルベチカが接近、サイレンサー付きの銃でパーン」

テウタ「私は駆け寄って救護」

シュウ「俺は人混みに紛れて野次馬っぽい動画を撮る」

スケアクロウ「主演のリンボ、準備は?」

リンボ「オーケー、いつでも殺される準備完了ですよ」

スケアクロウ「それじゃ、作戦開始だ。いくぞ……アクション!」

N「前を歩いていくリンボの背中。昨日見たはずの光景と重なる。ヘルベチカは足早にテウタの横を通り過ぎていった。リンボの背中に近づき、通り過ぎる瞬間に一瞬ふたりの背中が重なる。ヘルベチカが通り過ぎると、リンボは膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れた。」

テウタ「ど、どうしたんですか!?誰か!救急車を呼んで!」

スケアクロウ「あ、あわ、慌てるなよ。いいか、リンボのフィジカルモニターは、か、確認してる。銃は偽物だし、その血だって偽物だっ」

リンボ「ん、うぐっ…ごほっ」

N「テウタが駆け付けると、リンボは血糊を吐いていた。顔を上げると変装したヘルベチカはもう遠くへ去っていた。シュウの姿は見当たらないがどこかでこの様子をみている筈だ」

テウタ「大丈夫ですか!?」

リンボ「ごほっ…ごほっ…………」

テウタ「しっかりして!」

リンボ「……これを見るのは2回目か?」

テウタ「……そうね。でも前の方が演技が上手かった」

N「本当に死にそうな口ぶりに、一瞬信じそうになる」

シュウ「ばっちり撮れてるぞ。これをフルサークルに投稿するんだっけ?…………おいクロ、聞いてんのか?」

スケアクロウ「はい!?あ、えっと、リ、リンボのモニターは正常だ。し、死んだりしないし、苦しそうなのは演技だ。いいか、慌てるな。これはオルテガを欺くためのえ、演技だ」

シュウ「一番慌ててるようにしか聞こえないけどな」

スケアクロウ「お、俺を誰だと思ってるんだ?裏社会のボス、スケアクロウだぞ?モズの準備も出来てるから、えー死体との入れ替わりも、しゅ、しゅぐだ!」

シュウ「はあ……しっかり頼むよ、裏社会のボス」

======================================

アダム「ベルスターのセントラルコアで通行人の男性が突然倒れ、心肺停止が確認されました。
被害者の男性は弁護士のリンボ・フィッツジェラルド氏だと確認されました。警察は目撃者からの情報を求めていますが、犯人についての詳しい情報はまだ入っていない模様です」


======ヘルベチカのオフィスにて=======


リンボ「(何かを食べながら)へえ、自分が死んだニュースを見るのってこんな気分なんだな」

N「リンボはドーナツを口いっぱいに頬張っている。」

リンボ「二度とない経験だろうな、こんなの。それにしてもフルサークルの情報拡散力もすごいな」

テウタ「この街の誰もがリンボは死んだと思ってるんじゃない?」

ヘルベチカ「オルテガからのメールです。金の受け渡しは今夜がいいそうですが、場所はどこにします?」

スケアクロウ「ポート・ニューシーグのコンテナヤードでいいんじゃないか?Gエリアより南の方なら、広いし暗くて動きやすい」

ヘルベチカ「そうですね」

(ノック音)

N「入ってきたのはモズだった。リンボの顔をじっと見ている」

モズ「あ…………」

モズ「リンボ、この度はご愁傷さま。お悔やみを」

リンボ「おう、ご丁寧にありがとうござ…死んでねえっつの」

テウタ「(なんだかシュールな会話だな…)」

モズ「ごめん、仕事の癖で。死んだ人とその遺族にはお悔やみの挨拶を忘れないようにしてるから。仕事といえば、リンボの検死報告書は完璧に仕上げておいたよ。
代わりの死体も、リンボの知り合いが面会に来ない限りはバレないし、伝染性のウイルスの可能性ありって書いておいたから、しばらくは遺族でも面会出来ない」

リンボ「相変わらず完璧な仕事だな。後始末も大丈夫そうか?」

モズ「大丈夫。この件が片付いた後、全部データは入れ替えられるようにスケアクロウが手配済み」

テウタ「この後はどうするの?」

シュウ「オルテガの手下かもしれないやつに作戦バラすわけないだろ?」

テウタ「バラすも何も加担してるんですけど…」

リンボ「まあまあ、お前にも最後まで付き合ってもらうよ。バンク・オブ・ニューシーグ頭取オルテガの大スキャンダルだ。お前にとってもメリットあるだろ?」

テウタ「まあ、それはちょっとおいしいかも」

リンボ「…………とは言っても、俺は用心深いんでね。クロ、調べはついたか?」

スケアクロウ「大体………いや、ほとんど、かな。うん?『大体』と『ほとんど』ってどっちが多いんだ?いや、まあいいか。
テウタ、ファミリーネームはブリッジス。ニューシーグで生まれ育って今は21歳。ニューシーグトゥデイの日曜版でのコラムの連載が始まったのが
数か月前で、ごくたまにコラム以外の署名記事を書いていることがある」

テウタ「そ、その通りだけど…」

テウタ「(ずっと電話越しでしか話してないけど一体何者なの?『クロ』とか『スケアクロウ』とか呼ばれてるけど…)」

スケアクロウ「前にも名前出てたけど、ニューシーグ警察のルカ・ディアンドレ巡査とよく一緒にいるね。パライソガレージには毎週出入りしてるし
朝はスタンドでホットドッグのピクルス抜きを買ってることが多い」

テウタ「ちょ、ちょっと、これなんなの?」

リンボ「お前のことを調べただけだ。おい、スケアクロウ。そんなプロフィールじゃなくて肝心の裏仕事についてはどうなんだ?」

スケアクロウ「所有している銀行口座の出入りを見ても裏仕事をしているような大金の出入りはない。それに、自宅や携帯から海外プロキシを経由するような通信もないし、
怪しいデータの送受信履歴もない」

シュウ「怪しいところがないか、隠すのが上手いかどっちかだな」

スケアクロウ「ごく普通な20代の女ってところだよ。あ、俺の名誉のために言っておくけど、メールを盗み読んだり、盗撮したりはしてないよ。
念のため、ね」

リンボ「なるほどなー。んじゃ、お前の結論としては?」

スケアクロウ「ただの一般人だね。ニューシーグからほとんど出てないし、街の監視カメラで行動を追っても怪しいところはなかったな」

テウタ「(私のことを調べてたってことか…)」

N「慎重なのは理解できる。が、こんなに隅から隅まで調べられるのは正直良い気持ちとは言い難かった」

リンボ「そうなると、お前なんで『アレ』を知ってたんだ?」

テウタ「『アレ』って、あなたが死ぬ直前に言ったこと?それだったらもう説明したでしょ?時間を遡って、別人になってやり直したの。それより、今の私の
個人情報はどこから知ったの?」

スケアクロウ「俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ。俺に見えないものはない」

テウタ「…………」

スケアクロウ「聞こえなかったのならもう一度繰り返そう。俺はスケアクロウ。裏社会の」

テウタ「どうやって知ったのかって聞いてるの。まさかハッキングとか盗聴とか法に触れるやり方?」

リンボ「ああ、その通り。スケアクロウは世界のどのネットワークでも入り込める。ホワイトハウスのメールボックスからお前のATM口座にもな」

テウタ「そ、それって犯罪なんじゃないの」

リンボ「何が正義かは、俺が決める」

テウタ「………どういう意味?」

リンボ「俺達はいわゆるフィクサーだ。法律やらルールやらじゃ上手く回らない世の中のあれこれを俺達のやり方で、俺達のやりたいように回す。
俺はまあ知っての通りの『悪徳弁護士』だ。法律が守ってくれるのは世の中の形だけだからな。俺は俺が正しいと思ったものを守る。パートナーのシュウは
バウンティハンターで、その他まあ色々やってる」

シュウ「そ、色々な」

リンボ「んで、モズは検死局の若き主任。身元が隠された死体でもそれが誰なのか必ず突き止めて、死因を特定する。たまに、今回みたいに代わりの死体を用意してもらったり、
死因をちょちょっといじってもらったりしてる」

モズ「『たまに』の定義による。頻繁に、の方が正しいかもね」

リンボ「で、ヘルベチカがアナログで情報を集めて、スケアクロウがデジタルで情報を集める」

ヘルベチカ「人に紛れ込むのは得意なんです。誰にでもなれますよ」

スケアクロウ「俺は裏社会のボスだ。すべてのネットワークに潜り込むことができる」

リンボ「世の中、不当に金を儲ける奴がいて、不当に失う奴がいる。誰かの勝手な意図で殺されて、その存在すら消される奴がいる。
弱者がいるから強者がいる。捕食者がいるから被食者がいる。それはそれでいい、そういうもんだ。世界は不平等で、理不尽だ。
そういうもんだとわかっていても気にくわないもんは気にくわないだろ?」

N「リンボは不敵に笑った」

リンボ「俺達はそれをちょっとばかり正す。んで、儲けはちょっと貰う。それが俺達のやり方だ」

スケアクロウ「世のため人のため、自分たちのためってね」

テウタ「今回もそれが目的だっていうのね」

リンボ「そういうこと。怪しい金の流れを見つけて追ってたらバンク・オブ・ニューシーグの頭取に行き着いたってわけだ」

ヘルベチカ「メール、来ました。ポートオブニューシーグのコンテナヤード、Gエリアの8番倉庫付近で」

リンボ「それじゃ、俺達もちょっとばかりの報酬を貰いに行くか」


=====ポートオブニューシーグのコンテナヤード====


N「夜のポートオブニューシーグ。コンテナヤードは人気もなく、静かだった。リンボとヘルベチカと共にコンテナの影に隠れ、オルテガがやってくるのを待っていた」

リンボ「クロ、準備はどうだ?」

スケアクロウオルテガの車のGPSを追跡してる。もうそっちに着くよ」

リンボ「シュウはどうだ?」

シュウ「問題ない」

ヘルベチカ「来たみたいですねあーあー、ごほっ、あー、あー。(咳払いしてだんだん声を高くして)」

謎の美女「あー、あー」

テウタ「(すごい、本当に女の人の声だ)」

N「車のヘッドライトが見えて、すっと止まる。それを見てヘルベチカが携帯を取り出した」

謎の美女「金は持ってきた?」

オルテガ「ああ、持ってきた」

謎の美女「車から降りて、目の前の赤いコンテナの前に置いて」

オルテガ「姿を見せたらどうだ?」

スケアクロウ「シュウ、出番だ」

N「テウタはコンテナの影からほんの少し顔を出して様子を伺う。男の胸に赤いレーザーポインターが当たっているのが見える」

謎の美女「言うこと聞いたほうがいいって、分かるわよねえ?」

オルテガ「ちっ…………」

N「男がアタッシュケースを地面に置いた」

謎の美女「ご苦労様。そのまま後ろに下がって」

オルテガ「おい!顔を見せたらどうなんだ?」

謎の美女「聞こえなかった?後ろに、下がって」

オルテガ「クソっ………」

N「男が車の方へ戻っていくのを、赤いレーザーポインターはぴったりと追いかけていく」

リンボ「よし…そろそろ行くとするか。テウタ、お前はここに隠れてろ。話はすぐに終わる。…ああ、写真は撮っていいけど音は消してくれよ(小声で)」

テウタ「すぐに終わるって…どうするの?」

リンボ「そりゃ、金を貰いに行くんだよ」

テウタ「そんなの写真に撮ったらただの悪徳弁護士のスクープじゃない」

リンボ「はは、まあ見てろって」

テウタ「あ、ちょっと!」

N「リンボは颯爽と歩いていき、地面に置かれたアタッシュケースに手を伸ばした」

オルテガ「お前は…………リンボ!?どうして!!」

リンボ「よ!会いたかったか?」

N「リンボの顔を見ると男は顔色を変えた」

オルテガ「なんでだ………殺したはずなのに!!」

ヘルベチカ「物騒ですね。『殺したはず』だなんて」

N「ヘルベチカもリンボの横に並ぶ」

オルテガ「誰だ、お前は?さっきの電話の女はどうした!グルなのか!?」

ヘルベチカ「なんのことやら」

リンボ「さて、お前の悪巧みもどうやらここまでのようだな?」

オルテガ「お前達、余計なことはしないほうがいい。知らない方が良いこともある。ギャングに目をつけられるぞ?まあ、もう遅いかもしれないがな」

リンボ「余計なことも何も、そもそもお前がギャングの金を洗ってるのが始まりだろ?真っ当な商売だけしときゃいいのに」

オルテガ「お前は経済ってものが分かってない。金は金庫にしまっておいても意味がないんだ」

リンボ「ギャングが稼いでお前が洗って経済が回るって仕組みか?儲けるのはお前らだけじゃねえか」

オルテガ「持つ者と、持たざる者。世の中には2種類の人間しかいない」

リンボ「そのために邪魔者は殺しても?」

オルテガ「ケースバイケースだ」

テウタ「……っ!?」

N「銃が見えてテウタは思わず声をあげそうになったのをぐっと堪えた」

リンボ「おいおい。そんな物騒なもんはしまえよ。俺はお前の意見におおよそ賛成なんだぞ?世の中強い奴が生き残って、弱い奴が死ぬ。賢い奴が稼いで愚かな奴は貧乏。それでいい。
お前は賢いから多くを得た。でもお前の荒稼ぎのせいで失った奴が多すぎる。俺はそれが気に食わない。
何が正義かは俺が決める」

オルテガ「ならその正義と一緒に死ね!」

ヘルベチカ「『死ね』だなんて穏やかじゃないですね。これって『生命に関わる脅迫罪』ってやつじゃないですか?今の証人の数は…」

スケアクロウ「9,160人かな。もうすぐ1万だ」

ヘルベチカ「9,160人が見ているそうですよ」

オルテガ「ど、どういうことだ!?」

ヘルベチカ「フルサークルのライブ配信ですよ。ちょうど管理人もサークルしてくれたんで、今注目のニュースです」

スケアクロウ「お、警察もそろそろご到着だな。シュウ、そろそろ準備してくれ」

シュウ「あいよ」

リンボ「カメラどっちだ?ん?あ、こっち?」

リンボ「どうもこんばんは!悪徳弁護士と名高いリンボです。死んだと思いました?俺も思いましたよ、
ニュースで見たし。あー!そうそう、バンク・オブ・ニューシーグに財政上の相談をしている皆さんは、
他の銀行をお勧めしますよ。多分、頭取はしばらく警察のお世話になりそうなんで。それと、俺、一応
企業案件も得意なんで何かあればフィッツジェラルド法律事務所まで」

オルテガ「お前ら…待て!!どういうつもりだ!」

リンボ「ほら、急ぐぞ!こっち来い!」

テウタ「えっ!?い、急ぐって…」

N「走ってきたリンボに手を引かれ、少し離れたコンテナの裏へ向かう」

テウタ「な、何これ…ヘリなんていつの間に…………」

シュウ「早く乗れ」

テウタ「え、え!?」

オルテガ「待ちやがれ!」

テウタ「きゃっ!」

リンボ「ほら、危ないから奥の方に乗っとけ」

テウタ「わっ!」

N「リンボはヘリに乗り込みながら、アタッシュケースを開いた。そこには札束がギュッと詰まっているのが見える」


リンボ「ふうん、大体10万ドルくらいか?俺の命も安く見られたもんだな。もうひとつ、いやふたつくらい
ゼロつけてくれてもいいだろ?」

オルテガ「お前ら………待て!どういうつもりだ!」

リンボ「どういうつもりって、これから帰るつもりだけど?」

ヘルベチカ「あとは警察にお任せします」

オルテガ「お前らは俺を騙して金を受け取った!お前らも同罪だろ!」

リンボ「あ?これ?この金のこと?俺達がこんな汚い金、受け取るわけないだろ?」

オルテガ「なにっ!?」

リンボ「弁護士が必要になっても、俺には連絡するなよ。お前みたいな小悪党はお断りだ。じゃあな!」

N「紙幣が舞い散り、オルテガが呆然とした表情を浮かべている。サイレンの音が近づいてくるタイミングでヘリコプターは上空へと飛び立った」


=====ペニーレーンのアパート前にて======

N「昨夜の様子はフルサークルのライブ配信で、視聴者数は昨日だけで9万にもなった。あの後オルテガはすぐに自供したらしい。ギャングに狙われるよりは命の安全…つまり刑務所を選んだ、ということかもしれない。テウタはというと、肝心の写真も上手く撮れておらず、とても特ダネとは言えなかった。フルサークルに配信された映像のほうがずっとインパクトがあって、新聞社とは値段の交渉どころか話にならなかった」

テウタ「(…この写真じゃさすがに無理か)」

リンボ「よーし、あともう1本で決まりだな」

N「リンボは街中で子供とバスケをしていた。意外と上手いらしい」

テウタ「シュウはやらないの?」

シュウ「あー、あれだ、俺煙草吸ってるからスポーツとか合わないんだわ。煙草吸うと体力が落ちるとか。
そういうあれ」

テウタ「(なんだか適当な返事だな…)」

テウタ「禁煙とかしたことあるの?」

シュウ「禁煙?なんで?」

テウタ「煙草吸う人って、体に悪いからやめたいけどやめられないって言ってるのをよく聞くから」

シュウ「ふうん、そういうもんか?俺は止めようとも止めたいとも思ったことはない」

テウタ「ふうん…煙草、好きなんだ?」

シュウ「…………嫌いだね」

テウタ「だったら止めればいいのに」

シュウ「ほっとけよ」

テウタ「(まあ…………そうですけど………)」

N「リンボは汗を拭きながらやってきた」

リンボ「そういや、昨日のネタはどの新聞に売ったんだ?どっか載ったか?」

テウタ「……どれにも載らなかったの」

リンボ「なんでだよ?あんな至近距離で写真撮ったのに?」

テウタ「暗かったからピントが合いにくかったの!」

リンボ「見せてみろ」

テウタ「い、いいよ別に…」

リンボ「見せてみろって」

N「テウタは渋々携帯の写真を見せた」

シュウ「これ、ピントがどうとかっていうより、画面の切り取り方のセンスじゃないか?」

リンボ「…あんた、写真撮るの苦手なんだろ」

テウタ「………はい」

リンボ「で?大家さんはまだか?」

テウタ「もうすぐ時間だから来ると思うけど…」

N「テウタの引っ越しの件でリンボは弁護士としてついてくれることとなり、一行は大家さんに書類を渡しに来ていたのだった」

大家さん「あの、あれ、あれあれ…」

テウタ「あ!大家さん!」

大家さん「ああ、もう、あれね、あれよね?」

テウタ「ううん、時間通りだから大丈夫です。それより、急に呼び出してごめんなさい。私の弁護士が
書類を渡したいらしくて」

大家さん「あら、あれじゃない!あれあれ…あれの…そう、あれ!」

テウタ「そうそう、昨日の一件で騒がれてる弁護士のリンボ。でも仕事の腕は確かみたいなんで、大丈夫ですよ」

リンボ「(小声で)なあ、今の会話、分かったか?」

シュウ「(小声で)いや、全然」

リンボ「え、えっと…彼女の顧問弁護士になったリンボ・フィッツジェラルドです。どうぞよろしく」

N「リンボはさっと名刺を差し出した。…金にならない相手に差し出すほうの例の名刺だ」

リンボ「賃貸契約も確認しましたが彼女に改修費用の支払い義務はありません。むしろ引っ越し費用と、退去中の家賃相当額を貰ってもいいくらいだ。ただ、このアパートに関しては随分と古い建物ですし、もともとのリノベーションを担当した建築業者とあなたがどのような契約をしていたのかが気になります。場合によっては力になれるかもしれません。よかったら契約書を見せてもらえませんか?」

大家さん「それはあれね…その、あれで…あれだし…………」

リンボ「え?」

テウタ「そうそう、改修費用もバカにならないでしょ?大家さんが悪くないなら、費用を建築業者に出してもらっちゃいましょうよ」

大家さん「それじゃ、あれを、あれしたらいいのね?」

テウタ「そう、建築業者との契約書のコピーを、その名刺の住所に送って、リンボが確認する」

大家さん「それは本当にあれだわ、あれ、あれ…あれね」

リンボ「ん、んん?なんだって?」

テウタ「いいんです。それじゃまた連絡しますね」

N「大家さんは何度も頭を下げながら去っていった」

リンボ「お前、なんで今の会話成立すんだよ?」

テウタ「なんでって、なんで?なんかおかしかった?」

シュウ「考えたら負けだ………」

リンボ「ああ、そうだ。今晩カルメンの店で祝杯を上げるんだ。お前も来いよ」

テウタ「いいの?」

リンボ「何と言っても『命の恩人』だからな」

テウタ「ふふ、そうね。命を助けてあげたんだから、当然よね」

リンボ「はは、そうだな。んじゃ、またあとで」

子ども「すみませーん!」

N「子どもたちが遊んでいたバスケットボールが跳ねて、シュウのほうへ転がっていった。
シュウは片手で拾い上げ、そのまま無造作に放り投げた」

シュウ「ふっ…………」

 

=====カルメンの店パライソガレージにて====

リンボ「あー!フィッシュアンドチップスも追加で」

カルメン「はいはーい」

シュウ「ミックスナッツ」

テウタ「ビールの人ー?」

リンボ「はーい」

シュウ「おう」

テウタ「ビール3つ」

モズ「スコッチ」

ヘルベチカ「ダーティマティー二」

カルメン「タコスとカシューナッツテキーラ3つ、ウイスキーにモスコミュール?」

シュウ「見事なまでにひとつも合ってないな…」

カルメン「お腹に入ればどれも一緒ヨ」

アレックス「フィッシュアンドチップスにミックスナッツ、ビール3つとスコッチ、ダーティマティー二、
ですよ」

カルメン「もうっ!アレックス!子どもはこんな時間にお仕事しちゃ駄目なノ!法律なのヨ、法律!」

アレックス「この州で16才以下の外出禁止時間は0時から朝5時まで、それに僕はカルメンさんと雇用契約
結んでないですし、今の時間のお給料は貰ってないから法律違反ではない、ですよね?」

リンボ「お!いいぞアレックス。まさにその通りだ」

アレックス「へへ…」

カルメン「もう、リンボの真似をしたってロクな大人にならないわヨ」

アレックス「法律のことを言い出したのは、カルメンさんですよ」

N「カルメンとアレックスのふたりは、親子のようにも姉弟のようにも見える」

テウタ「ところで、スケアクロウはこないの?」

ヘルベチカ「彼は変わり者なんで、滅多に人前には出ませんよ」

モズ「その場に居なくても会話を聞いてるから気を付けて」

(着信を知らせるバイブ)

モズ「ほらね」

スケアクロウ「聞いてるよ。どんな監視カメラも携帯も、俺にハッキング出来ないものはない。つまり!
俺の悪口言ったら全部聞いてるからな!」

モズ「…だってさ」

テウタ「そうだ!携帯といえば私の携帯!そろそろ返してよ」

リンボ「ああ、そういえばそうだったな。…はいよ」

テウタ「(メールと留守電は…………)えっ!?留守電38件!?」

N「最初の新しいメッセージを再生します、という音声のあとにひどく慌てた様子の大家さんの声が流れてきた」

大家さん「あー、あれ、あの、あれですけど、その、あれがね、あれあれ、……あれでね」

ルカ「ちょっとテウタ!?携帯壊れてんの!?あんたの家、大変なことになってるよ!」

アダム「ねえ、ルカからも電話あったと思うけどとにかくすぐ連絡して。いい?分かった?」

テウタ「ど、どういうこと!?」

ヘルベチカ「テウタの家って、もしかしてペニーレーンのアパートですか?」

テウタ「そうだけど…」

N「ヘルベチカが携帯で何かを見ている」

ヘルベチカ「フルサークルに取り上げられてますよ。なんかすごいことになってますけど」


=======ペニーレーンのアパート前にて======

N「テウタの家………もとい、彼女の家だった場所。黄色いテープが張られた向こうには警察官と消防が
大勢集まっていた。先ほどルカに電話したところ怪我人はいないと言っていたが実際崩れた現場を見ると
ゾッとする。いつもは夜になると人通りも少ない静かな住宅街が、周囲は野次馬で溢れていた」

シュウ「見事なまでの崩れっぷりだな」

ヘルベチカ「家の中にいるときじゃなくて良かったじゃないですか」

リンボ「まあ…なんだ…居住者を危険に晒したってことで引っ越し費用は踏んだくれるぞ。ここより
ずっといい所に引っ越してもお釣りがくるだろうし」

テウタ「…………(カメラのシャッターを切る)」

モズ「……何してるの?」

テウタ「写真、撮ってるの。閑静な住宅街で突然の崩壊。実際の住民の声ってことで記事にするんだから」

シュウ「すげーメンタルだな」

ルカ「………あ!!」

テウタ「ルカ!」

N「ルカは黄色いテープをくぐってテウタのもとへ駆け寄ってきた。そのまま、思い切り抱きしめる。
その力はとても強く、彼女がどれだけ心配していたかを物語っているようだった」

テウタ「(ルカ…すごく心配してくれてたんだ…ごめん)」

テウタ「(家が崩れるから引っ越さなきゃいけないだなんてなんだか冗談みたいな話でずっと
笑いごとにしていたけど本当はそれどころじゃなかったね)」

テウタ「ルカ………私……」

ルカ「ほんとに心配したんだから。怪我人はいないって聞いたけど、あんたの声を聴くまでは安心出来なくて、なのにあんた電話にでないんだもん」

テウタ「ごめん……」

テウタ「(私が逆の立場だったらと考えたら、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。ルカやアダムが大怪我したかもしれなくて、そんなときに連絡が取れないだなんて……)」

N「ルカは体を離して、ふっと顔を見て笑った」

ルカ「とにかく、無事で良かったよ。アダムもかなり取り乱しててさ……」

N「その時、二人の横に車が停まった」

ルカ「噂をすれば、だな」

アダム「テウタ!よかった、無事だったんだね!…はあ………本当に良かった」

N「アダムは車から飛び出すように走ってくるとテウタの手を握った」

テウタ「本当にごめん、でも、この通り無事だから安心して」

アダム「………」

N「アダムはテウタの顔をじっと見つめた」

テウタ「……アダム?」

テウタ「(もしかして、、めちゃくちゃ怒ってる?…いや、怒って当然か)」

アダム「僕達がどれだけ心配したかって、よくわかった?」

テウタ「……はい」

アダム「ならいいよ。とにかく、君が無事でよかった」

アダム「………」

N「アダムがリンボやシュウの視線に、気づく」

テウタ「あ、えっと、この人はリンボ。私の顧問弁護士になったの。それからシュウと、モズと…
ヘルベチカはこの前あったよね?」

シュウ「ういーっす」

モズ「どうも」

アダム「アダム・クルイローフです。テウタがお世話になってます、でいいのかな?」

テウタ「…まあ、たぶん」

ルカ「それよりあんた、家どうすんの?まだ引っ越し先決めてないんでしょ?今日だけでもあたしの部屋
泊まれるようにするよ」

テウタ「ルカは警察の寮だし、ルームメイトもいるでしょ?」

アダム「じゃあ僕の部屋を使って。僕はホテルに泊まるから」

テウタ「もう、ふたりとも、大丈夫だって。自分でホテル取って泊まるし、近いうちに家も決めるから。ね?」

ルカ「そう?でもなんかあったら絶対連絡してよ。…いや、なんかあったらじゃない。事前に!連絡して!」

テウタ「あ……はい」

刑事「あ!ディアンドレ!ちょっと来てちょうだい!」

ルカ「あ、はーい!んじゃ、またあとでな。連絡、忘れるなよ?」

N「ルカはまた黄色いテープの向こうへと走っていった」

アダム「それじゃ、僕も仕事に戻るね。スタジオ抜け出してきちゃったんだ」

テウタ「なんかほんと…ごめんなさい」

アダム「無事だったんだからもういいよ。それじゃ、またね」

N「そのとき、にゃーんと鳴いている猫の声に気が付いた」

テウタ「あ、猫ちゃん。よかった、君も無事だったのね」

モズ「君の飼い猫?」

N「テウタはすり寄ってきた猫を抱き上げて頬を寄せる」

テウタ「ううん、このあたりに住んでる猫。よく見かけるんだ。ね、猫ちゃん?
いつもの遊び場がなくなっちゃって、寂しいね」

N「猫は返事をするように、またひとつ鳴いた」

テウタ「大丈夫。私も君も、こんなことじゃくじけない。それが私たちの共通点。よね?」

リンボ「………」

スケアクロウ「はいはーい、どうした?」

リンボ「なあ、クロ。お前の家って、かなり広いよな?」

スケアクロウ「そりゃあ広いよ。ニューシーグでもたぶん1番か2番……いや、1番だと思うよ。うん。
間違いない」

リンボ「んで、ゲストルームもたくさんあるよな?」

スケアクロウ「あるある。すげーある。大豪邸のステータスはゲストルームの数といっても
過言じゃないからな」

リンボ「裏社会のボス、スケアクロウは海よりも広い心をお持ちでいらっしゃる……」

スケアクロウ「そうそう、海よりも広…ってわかったぞ!お前、今俺になんか頼み事しようとしてるだろ!?
俺そういうのわかっちゃうんだからな!」

リンボ「ほら、もうニュース見て知ってるだろうけど…裏社会のボスくらいになると情報はすぐ入るだろ?
ペニーレーンのアパートが崩れたって」

リンボ「で、そこに住んでるテウタが今日から宿無しになっちゃったわけ。どこかに広い邸宅をお持ちの
心優しいお金持ちの裏社会のボスはいないかなって」

スケアクロウ「……………」

スケアクロウ「………分かった、分かったよ!ったくほんと、俺がいないと困るだろ!ほら、スピーカーにして」

リンボ「実はもう、スピーカーだ」

スケアクロウ「ええっ!?そうなの!?」

スケアクロウ「(咳払いして)あー、ちょっと、テウタに提案があるんだけど」

テウタ「なに?」

スケアクロウ「俺の家に来ないか?」

リンボ「………」

シュウ「………」

モズ「………」

ヘルベチカ「………女性を家に誘うには、もう少し何かあるんじゃないですか?」

スケアクロウ「さ、ささ、誘う!?違うって!!人助けだろ!?そもそもリンボが言い出したんじゃないか!」

シュウ「テウタのこと色々調べたらちょっとタイプだったんだろ?」

スケアクロウ「ばっ……!ちげーし!!全然ちげーし!!タイプとかじゃねーし!な、なな何言っちゃてんだよ。はあ?意味わかんねーし!」

モズ「分かりやすいね」

スケアクロウ「い、いいか。俺の家は最高のセキュリティシステムで守られた、いわば要塞だ。だからこそお前らだってアジトみたいに使ってるんじゃないか。そうだろ?」

テウタ「アジト?みんなスケアクロウの家にいるの?」

モズ「まあ、大体は」

リンボ「まあクロちゃんの下心はさておき、今日帰る家がないのは確かだろ?引っ越しの件は顧問弁護士としてきっちりやってやるから、とりあえず泊まってけよ」

スケアクロウ「あ、あー、えっと、ひとつ屋根の下って言ってもや、やましいこととか、危険なこととかないって約束するし!」

モズ「やましいことってなに?」

シュウ「エロいこと?」

スケアクロウ「え、ええ、エロいとかいうな!バカ!」


===リンボの車の中======


N「リンボたちの車に乗りこみ、オールドゲートブリッジを越えた先までやってきた。
何度か門のような場所を通り過ぎたがどこからが家の敷地なのかわからない」

テウタ「もしかしてスケアクロウって、お金持ちなの?」

リンボ「そこそこな」


====スケアクロウの屋敷====

N「着いた場所は家、…というよりは屋敷…いや、寧ろ城といってもいいくらいだ。
リンボたちがここをアジトにしているというのは本当らしく慣れた様子で中へと入っていく」

テウタ「(泊まる場所がないからってこんなところにお邪魔しちゃっていいのかな。
スケアクロウって人に会ったこともないのに…)」

シュウ「こっちだ」

N「大きなモニターがいくつもある部屋に座っている人物。後ろ姿なので顔は見えないが急にスポットライトのように電気が点くと彼を照らした」

テウタ「っ!?」

スケアクロウ「待たせたな」

テウタ「な、何っ!?」

シュウ「始まった…………」

モズ「はぁ……」

スケアクロウ「ようこそ、俺の要塞へ。俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ」

N「勢いよく回転した椅子は止まることなく、2回まわった」

スケアクロウ「あ、あ、ちょ、ちょっと待って!一瞬待って!回りすぎちゃった…………ちょっと!アニマ!
もう1回電気消して!」

テウタ「アニマ?」

モズ「AIシステムだよ。スケアクロウが作ったプログラムの名前」

アニマ「電気を、消します」

スケアクロウ「よーし、アニマ。スポットライトを、オン!」

アニマ「…………」

スケアクロウ「ちょっと!アニマ聞いてるの?」

アニマ「…………よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします」

スケアクロウ「え?アニマ?ちょ、マジで?もう1回?」

アニマ「『ちょ、マジで?もう1回?』を検索しています………」

スケアクロウ「違う!ストップ!アニマ、ストップ!あ、ごめんあともう一瞬待って!ほんと!あと一瞬!」

スケアクロウ「んんっ(咳払い)アニマ、スポットライト、オン」

アニマ「スポットライト、点灯」

N「スポットライトが点くと、そこには椅子に座った男性の姿があった」

テウタ「この人が…………スケアクロウ……裏社会の、ボス?」

スケアクロウ「ふふ…お前達、よく来たな。俺がスケアクロウ………そう、裏社会を仕切る影のボス……」

テウタ「(さっきも同じようなことを言ったような?)」

N「スケアクロウを無視してシュウが部屋の電気を点けた」

シュウ「長い」

スケアクロウ「え?あ、そ、そう来たかー。そっちねー。ははは………」


====数十分後====


スケアクロウ「家の中の案内は大体こんな感じ。大丈夫そう?」

テウタ「メモ取りながら聞いてたけど、これ絶対迷子になる…」

N「スケアクロウは手元の手帳をじっと覗き込んだ」

スケアクロウ「だろうな」

テウタ「なに?」

スケアクロウ「いや………テウタって方向音痴でしょ?」

テウタ「………なんで分かるの?」

スケアクロウ「……なんとなく」

スケアクロウ「この部屋は好きに使って。ウォークインクローゼットもあるし、専用のバスルームもある。
あ、それでこれが部屋の鍵ね」

テウタ「こんな広い部屋………いいの?」

スケアクロウ「もちろん。そのベッドは最高級のラモンズ社のものだし、そのオーディオシステムは
C&Wの最新型モデルで………」

N「開いたままのドアをノックしたのはリンボだった」

リンボ「スケアクロウのツアーはどうだ?」

テウタ「一通り案内してもらったところ。広すぎて迷子になりそう」

リンボ「これだけ広くても、クロちゃんは大抵リビングで過ごしてるもんな?食うのも寝るのも遊ぶのも」

スケアクロウ「俺はここの家主だぞ?どの部屋をどう使おうと俺の自由だ!」

リンボ「はいはい、家主ね。すっかり忘れてたよ」

スケアクロウ「はい罰金」

リンボ「ちっ……」

テウタ「罰金?」

スケアクロウ「そうだ、テウタにもこの家のルールを教えておかないとな」

N「リビングに行くといつの間にか全員が部屋着に着替えている上に、すっかりとくつろいでいる。
リンボはポケットの中の財布から紙幣を取り出しテーブルの上に置かれた小さな瓶に入れた」

テウタ「(………罰金って、これ?)」

スケアクロウ「いいか、この家のルールを説明する。この家の家主はこの俺、つまり、ここでは俺がルールだ」
N「スケアクロウはテーブルの上の小さな瓶を手に取った」

スケアクロウ「この家の中で、俺の悪口を言ったら罰金。分かったか?」

リンボ「………」

ヘルベチカ「………」

シュウ「………」

モズ「………」

N「シュウが立ち上がってスケアクロウに歩み寄る。急に近寄ってきたシュウにスケアクロウは少したじろいでいる」

スケアクロウ「な、なな、なんだよ?文句あるのか?」

N「シュウはポケットから何枚かお札を取り出し瓶に入れる」

シュウ「いや、多分無意識に悪口言うだろうから先に入れとこうと思ってさ」

スケアクロウ「え?あ、ええ?いや、そう言うことじゃなくて!」

リンボ「なるほど、そっか。じゃあ俺も先に入れとこ。そしたら悪口言えるもんな?」

N「リンボが続いて入れると、ヘルベチカとモズもそれに続く」

スケアクロウ「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ、ねえってば!だからえっと、悪口言わないでってば!」

テウタ「ふふっ……」

N「目の前の光景がなんだかコメディドラマのようで思わずテウタの笑みがこぼれてしまう」

スケアクロウ「あ、笑った…………」

テウタ「あ、ごめんごめん。なんか、ちょっと楽しそうで」

スケアクロウ「あ、いや、その、えっと…」

シュウ「お?クロ、どうした?もしかして女と話すの初めてか?」

スケアクロウ「ち、違うって!なんていうか、えっと、君がごめんって言う必要なんかなくて、その…」

モズ「笑顔になって良かった、ってことでしょ。ここに来てから随分緊張してるみたいだったもんね」

スケアクロウ「そうそれ!そう、そう、それね。モズ、正解」

テウタ「ありがとう。あ、その………」

スケアクロウ「あれ?どうかした?なんか困ったことある?悪口以外なら聞くけど」

テウタ「ここ、お家賃いくら?ちょっと、その、実はお財布が寂しい状況で……」

スケアクロウ「え?家賃?」

テウタ「さっきの部屋じゃなくてガレージとかでもいいし、料理はできないけど、掃除なら出来るし!」

スケアクロウ「(小声で)やっべ、マジで可愛いんだけど。え………俺今日からこの子と共同生活すんの?マジで?いや、これはあるな、ひとつ屋根の下ってことは、ラッキー的な何か起っちゃうな、これ……」

ヘルベチカ「それ、もしかして声に出てないと思ってたりします?」

スケアクロウ「え!?あ、んぎゃっ(顔を手で覆いながら)」

テウタ「…………」

N「スケアクロウは、優しくてどこか抜けた、可愛い人のようだ。さっきのやり取りを思い出してテウタもポケットのお財布から1ドル札を取り出した」

スケアクロウ「え、罰金?」

テウタ「スケアクロウの、エッチ」

スケアクロウ「え、エッチ!?え?いや違うって!!」

シュウ「はは。そうこなくちゃな」

ヘルベチカ「ようこそ我が家へ」

モズ「歓迎するよ」

スケアクロウ「だーかーらー!俺が家主!家主は俺なの!!」

====スケアクロウ邸宅自室にて=====


N「スケアクロウの家はとても居心地がよく、テウタもすっかりくつろいでしまっていた」

テウタ「(ルカとアダムにはメールしといたし、明日ちゃんと電話して説明しよう……)」

(ノック音)

テウタ「あ、はい!」

モズ「…………」

テウタ「あ、モズ」

モズ「どう?落ち着いた?」

テウタ「うん、ありがとう。急にお邪魔させてもらった家なのになんかすっかりくつろいじゃって……」

モズ「そう」

テウタ「……………」

テウタ「(…お、怒ってるわけじゃないよね?)」

テウタ「あの、引っ越す部屋見つけたらすぐに出ていくから、その…」

モズ「別に急ぐことないんじゃない?スケアクロウも喜んでたし。まあ、好きにしたらいいと思うけど」

テウタ「………う、うん」

テウタ「(モズはいまいち感情が読めないなあ。でも怒っているわけではなさそう……)」

スケアクロウ「あ、ふたりともちょっといい?みんなでご褒美タイムなんだ。ちょっと外で乾杯しない?」

テウタ「ご褒美タイム?」

======リビングへ======

テウタ「あれ、みんなは?」

スケアクロウ「ああ、外だよ。ほら、ついてきて」

N「庭………というよりも、スパ施設のようなプールだ。プールサイドには大きなリクライニングチェアが並んでいる」

テウタ「わっ!!びっくりした………」

N「突然水着姿のヘルベチカが視界に入って驚いてしまう」

テウタ「(プールなんだから当たり前なんだけど半裸の男の人なんて私の生活には当たり前じゃない…)」

ヘルベチカ「どうかしました?僕に見惚れてる?」

テウタ「ちょ、ちょっと驚いただけ…」

ヘルベチカ「照れなくてもいいのに」

スケアクロウ「はいはいはい(手を鳴らしながら)皆さんお待ちかねのご褒美タイムでーす」

リンボ「よっ」

シュウ「(棒読みで)待ってましたー」

スケアクロウ「今回オーランドからもらった前金とオルテガから受け取った金、合わせて12万ドルでした」

シュウ「ま、そんなもんか」

テウタ「あれ?オルテガから受け取ったお金は海にばらまいちゃったんじゃないの?『俺達がこんな汚い金受け取るわけない』とかなんとか…」

リンボ「ああ、あれ?あんなの本物の金ばら撒くわけないだろ、勿体ない」

テウタ「え?だってアタッシュケースの中身ばら撒きながら…」

ヘルベチカ「ばら撒く前にアタッシュケースごとすり替えてますよ。だってフルサークルで配信してるのに金を受け取ったら僕たちまで犯罪者になるじゃないですか」

シュウ「あれはばら撒く必要があったわけ。そういう演出なんだよ」

テウタ「演出って……じゃああれは偽札ってこと?」

スケアクロウ「フラッシュぺーパーみたいな紙なんだ。水に濡れたら消えちゃうやつ。お金に罪はないしね。で、この12万ドルを俺の独断で分配してみんなの口座に入れといた。テウタの分は現金ね、はい。」

テウタ「え?私?」

N「一纏めにしたお札の束を手渡される」

スケアクロウ「あー、大丈夫大丈夫、これはちゃんと綺麗に洗ってある現金だから、どこで使っても問題ないよ」

テウタ「え、いや、その…………」

スケアクロウ「あー、ちょっと少なかった?あーでも、リンボの命の恩人ってとこがまだイマイチ実感なくてさ。次回以降はちゃんと乗っけるから」

テウタ「そうじゃなくて、私こんな大金もらえないよ」

スケアクロウ「だめだめだめ、報酬はちゃんとみんなで山分け。これが鉄則。な?みんな」

モズ「遠慮しないで、受け取っておきなよ」

ヘルベチカ「いらないなら僕がもらってもいいですけど」

テウタ「…………」

テウタ「(そういわれても………困る。私別に何もしてないし…)」

テウタ「やっぱり、受け取れないよ。私、何もしてないし。それに、急なのにこの家に泊めてもらって、むしろ私がお金払いたいところだもん」

スケアクロウ「そんなの気にしなくていいって言ってるのに」

テウタ「あ、じゃあこれ、お家賃ってことで返すよ。それとも悪口言って瓶に入れる?」

スケアクロウ「いや、悪口はちょっと勘弁したいけど…じゃあ家賃ってことにしとく。でも次の案件の時には
ちゃんと受け取ってくれよな。それがこの家のルールだから」

テウタ「次って…………みんなこういうことしょっちゅうやってるの?」

ヘルベチカ「副業ですからね。案件があればいつでも」

テウタ「その、フィクサーっていうんだっけ。みんなは組んで長いの?」

リンボ「そうだなー、俺とシュウは長いけどこうやってクロちゃんの家に集まって仕事するようになったのはここ1年くらいか?」

ヘルベチカ「そのくらいですかね」

モズ「みんなそれぞれ目的があったりなかったり、協力できることはするけど、干渉はしない。利用できることは利用する。そんな感じ」

スケアクロウ「そんで、報酬は山分けだ」

テウタ「なんか、映画かドラマみたいな話だね…………」

リンボ「悪いことを考える奴ってのは社会と経済を支配したがる。そうなりゃ自然と手を組む。ギャング、マフィアだけじゃなく政治家、有力者、権力者がな。そういう奴らが不正に儲けたり悪さしてるのを懲らしめて報酬を貰うのが俺達フィクサーってわけ」

テウタ「話は理解したけど、状況は理解できてないかも。そんなことって本当にあるんだ…」

モズ「誰もが『普通』だと思ってる世界は、全体の一部に過ぎないんだよ。この街は他の州に比べて急激に発展した分、その歪み(ひずみ)も大きい」

テウタ「(なんか話が難しくなってきた…………)」

リンボ「俺達も別に正義のヒーローってわけじゃないからな。自分たちが正しいって思うことをやってるだけ。褒められるようなことをやってるわけじゃないしな」

スケアクロウ「そうそう、世のため人のため、自分達のため。よくリンボが言ってるやつだよ。『何が正義かは俺が決める』ってやつ」

テウタ「…………」

シュウ「それ、良いリアクション?それとも悪いほう?」

テウタ「私も、仲間に入れてほしい」

スケアクロウ「へ?」

テウタ「ほら、みんなは私の力を信じてないみたいだけど時間を遡れば悪いことだって再放送みたいなもんなのよ。それに私、めちゃくちゃ足速いんだ」

ヘルベチカ「いまいち戦力って感じがしませんね」

リンボ「まあでも、お前に選択権ないしな」

テウタ「選択権、ない?」

リンボ「だって俺達の秘密を知って、アジトまで見せてじゃあ引っ越すからハイさよなら~ってそうはいかないだろ」


テウタ「え?ちょっと待って、此処に泊めてもらえるのって親切心からじゃなくて口止めってこと?」

シュウ「困ってるならタダで泊めてやろうって、そんな親切な人間、いるか?」

スケアクロウ「いるいるいる!いるって!俺はほんっとうに親切心からそう思ってるよ?ね?ね?」

ヘルベチカ「良い恰好しようとしないでくださいよ」

リンボ「俺は半々かな?力になってくれたお礼と親切心ってのもあるし、お前が俺たちの障害になるような奴じゃないってわかるまでは見えるところに置いとくほうが安全ってのもある」

テウタ「…………」

スケアクロウ「そ、そんな怖がらないでよ。俺達、ギャングとかマフィアってわけじゃないし、君をどうにかしようなんて思ってないって」

テウタ「別に、そっちの言い分も分かるから、いいけど」

ヘルベチカ「物分かりが良くて助かりますね。賢い女性は好きですよ。そうだな……67点くらいに上げときます」

テウタ「(4点増えた…)」

テウタ「あなた達が悪い人かどうかなんて今は分からないけど、そのフィクサーっていう仕事に私も加わってみたいの」

スケアクロウ「なら歓迎だよ。な?みんな?」

モズ「僕はひとつ聞いておきたいことがある」

リンボ「ん?どうした?」

モズ「君、フリーの記者だって言ってたよね?どうしてその職業を選んだの?」

リンボ「なんか会社の面接みたいだな」

モズ「僕は僕なりの理由があって検死官の道を選んだ。お金が貰えればいいってわけじゃない。それは
リンボやヘルベチカだってそうでしょう?」

モズ「シュウとスケアクロウは…………まあいいか」

スケアクロウ「お、俺だってちゃんと理由があるって!」

シュウ「理由っていうよりお前の職業なんだよ?引きこもりか?」

スケアクロウ「ちげーよ!…裏社会のボスだ」

モズ「…………」

モズ「だから、職業を選んだ理由っていうよりは君が何をしたいと思って生きてるのかを知りたい」

スケアクロウ「あ、流した」

テウタ「…………」

テウタ「私が何をしたいのか……」

リンボ「それは確かに俺も興味あるな」

テウタ「……私、最初は警察官になりたかったの」

ヘルベチカ「警察官?それはまた、ライターとは離れた職業ですね」

テウタ「私は…小さいころにお兄ちゃんを亡くしたの。事件に遭って、殺された」

スケアクロウ「えっ………」

モズ「…………」

テウタ「お兄ちゃんは警察官だったんだけど、その………精神的に疲れちゃって一時期すごく荒れてたんだ。それで、悪いギャングともつるんでたらしくて、そのいざこざに巻き込まれて死んじゃったらしいの…」

モズ「らしい?」

テウタ「遺体が、全部見つかったわけじゃないんだ」

シュウ「…………」

テウタ「遺体が一部しか見つからなかったのも、ギャング同士の争いだからだろうって、誰も本当のこと知ろうとしなかった。私は…それが納得できなかった。知らないことを知らないままにしても生きていけるし、」分からないことを分からないままにしても問題はない。でも私は、分かろうとする人間でいたい……そう思って、ジャーナリストを目指したんだ」

リンボ「…………」

スケアクロウ「…………」

テウタ「あれ?ちょっと、なんでしんみりしちゃうの?」

スケアクロウ「だ、だって…テウタのお兄さん、死んじまったんだろ?しかも、殺されたって……」

テウタ「それはそうだけど、6年も前のことだし」

モズ「もう悲しくないの?」

テウタ「ううん、悲しいよ。今だってものすごく悲しい。お兄ちゃんのこと、大好きだったから……
でも、ずっと悲しんでいたいわけじゃない。私は大好きだったお兄ちゃんのことを知りたい。そう思ってる」

シュウ「ふうん、………ただのお嬢ちゃんかと思ったら、結構重いもん背負ってんだな」

リンボ「……俺はこいつを歓迎する気持ちが固まったな。お前はどうだ、モズ」

モズ「うん。さっきまでは正体不明の人間だったけど、真ん中に何かあるんだなってことはなんとなくわかった」

ヘルベチカ「僕も、どこか共通点のようなものが見えた気がしますね」

リンボ「んじゃ、決まりかな?」

テウタ「待って!私も言っておきたいことがある。いい?あなた達が私を信用してないのと同じで、私もあなた達を全面的に信用しているわけじゃない。……まあ、正直なところ結構信用しちゃってるような気もするけど……でもでも!何が正義かは、私が決める。これは私も譲れない。それでいい?」

リンボ「異議なし」

シュウ「いいんじゃない?」

ヘルベチカ「69点、かな」

モズ「賛成」

スケアクロウ「んじゃ、改めまして。テウタ、我が家へようこそ!歓迎するよ」

5人で「乾杯!」

アダム「今日を生きる。今できることをやる。今は今しかない。誰もがそう思って口にします。誰もが気が付かないからです。手遅れになる、その時まで。…あなたは決断できますか?それがすべてを変えてしまうとしても。その選択は、あなたの中の何かを変える。決められるのは、あなただけ。ゼロアワー、今日はこの辺りでお別れです。それではみなさん、おやすみなさい」