BUSTAFELLOWS⓶

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#2

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♀ ルカ
♀イリーナ

ヴァレリー
♂アダム
不問N
不問アニマ
不問イーディ
♂ 男
♂サウリ
不問 アレックス
カルメン
♂ぺぺ
♀イーディの母
♂殺し屋
不問 守衛
♀ モーガン
♂ 客
♂ロスコー
???(フルサークルの投稿/モズ)
♂ ヴォンダ


★画像つきですっきり解説登場人物一覧


★ATTENTION
※この作品は、switch版ソフトBUSTAFELLOWSの書き起こし台本です。
あくまでも個人で楽しむために作ったものなので配布や表での上演は
ご遠慮ください。適宜一人称等変えてもらっても構いません。

【第2章】

アダム「人は過ちを繰り返す。何度も、何度も繰り返す。どんな過ちにも、必ず理由があるから。
その過ちは決して消えることはない。たとえやり直すチャンスが与えられたとしても。
そうやって人は、色んなものを背負って生きていく。ひとりでは背負いきれないほどの重荷を」

N「テウタが目を開くと、そこには見慣れない景色があった」

テウタ「ふぁ………(欠伸をしながら)」

N「物凄く寝心地の良いベッドだったのだ。横に3回転がっても落ちないくらいに広い」

テウタ「…………」

N「頭が冴えてくると、昨日の夜のことが鮮明に蘇る。テウタの住んでいたアパートは見事に崩壊し、
住む家を失った。そして『フィクサー』だというリンボ達と当面はひとつ屋根の下で生活することになったのだ。部屋は広い。専用のバスルームもある。テウタはスケアクロウに借りたルームウェアを着替え、身支度を整えた」

=====スケアクロウ邸宅 リビング=====

モズ「おはよう」

テウタ「お、おはよう…」

N「モズがじっとテウタの顔を見た。ほんの少しだけ視点は上の方だ」

モズ「よく眠れたみたいだね」

ヘルベチカ「ふふっ…………」

N「ヘルベチカもテウタの顔をじっと見て面白そうに笑った」

テウタ「…………?」

ヘルベチカ「君の前髪、なんかこう、意思を持ってるみたいですね」

テウタ「意思…………?」

N「前髪に手を伸ばすと、思い切りはねていた。手ぐしで何度伸ばしても直らず、それを見たヘルベチカは
声を押し殺して笑っている」

テウタ「(恥ずかしい………)」

シュウ「朝飯とか、キッチンのもの適当に食っていいからな」

スケアクロウ「ちょっとちょっとちょっと!家主は俺!許可するのは俺の役目だっつの!」

モズ「朝ごはん、何か希望ある?」

テウタ「え?あの、自分で……」

モズ「5人分も6人分も手間は変わらない。で?コーヒーとホットサンドでいい?」

テウタ「……ありがとう」

テウタ「(なんだか至れり尽くせり……)」

N「モズはキッチンに立って手際よく調理している」

スケアクロウ「よく眠れた?部屋、どうだった?」

テウタ「ありがとう。なんだかものすごい高級ホテルに泊まった気分だったよ。……まあ、そんな高級なところに泊まったことないけど」

スケアクロウ「だろー?あの部屋は窓からの景色もいいし、俺の中でもとっておきなんだ」

テウタ「そんな部屋を借りちゃっていいの?」

ヘルベチカ「スケアクロウにそんな遠慮することないですよ」

スケアクロウ「お前が言うなっつの」

テウタ「ありがとうスケアクロウ。…ところで、スケアクロウって本名なの?」

スケアクロウ「俺は裏社会のボスだぞ?そう簡単に本名を晒すわけにはいかない」

シュウ「クロでいいよ、クロで」

スケアクロウ「略すなって」

テウタ「(そういえばリンボはクロちゃんって呼んでたっけ?)」

テウタ「………じゃあ、クロちゃん?」

スケアクロウ「えっ……あ、うん、まあ、その、なんだ、いいとしよう」

ヘルベチカ「まんざらでもなさそうですね」

N「モズが慣れた手つきでコーヒーとホットサンドを用意してくれた。美味しそうな匂いに食欲がそそられる」

モズ「どうぞ」

テウタ「ありがとう!すごく美味しそう。モズは料理得意なの?なんかこう、手つきがプロっぽい」

モズ「切ったり混ぜたり詰めたり、作業自体は解剖とあまり変わらない。だからプロっぽいっていうのも半分くらいは正しいかな」

テウタ「そ、そっか……解剖と変わらない、か……」

N「ホットサンドを一口齧る」

テウタ「ん!美味しい!!」

モズ「そう、良かった」

(ピピ、という警告音)

スケアクロウ「ちょっとちょっと誰だー?スケアクロウ様の邸宅に入り込もうって輩はー?」

N「スケアクロウがモニターの前に駆けていきキーボードで素早く何かを打ち込む。打ち込む速さもだが、
画面に表示されている文字列が流れるスピードも速くテウタには何が何だか分からない」

スケアクロウ「さーて、誰だ?どこにいる?」

N「モニターに映ったのはリンボだった」

テウタ「ちょ、ちょっと!銃!銃が映ってる!」

N「運転席に座るリンボのこめかみには銃口が向けられているようにみえる。スケアクロウはなぜかリンボが映っていたモニターを切ってしまった」

テウタ「ちょ、ちょっと何してるの!なんで切っちゃうの!?」

スケアクロウ「いや……み、見間違いかなって…」

モズ「そんなわけないでしょ。アニマ、モニター戻して」

N「モズが冷静にアニマに命ずる」

アニマ「モニター、ゲート前の映像を表示します」

N「再びモニターに映し出されたリンボ。間違いなく運転席に座った彼に銃口が向けられている」

リンボ「おーいクロちゃん、ゲート開けてくれ」

N「思ったよりもリンボの声は落ち着いていた。とても銃口を向けられているとは思えないほどだ」

スケアクロウ「いやいやいや、これ開けちゃダメなパターンでしょ。どう考えてもダメでしょこれは」

スケアクロウ「俺の家は最高のセキュリティを備えている。登録していない人間が敷地内に入ればわかるようになってるんだ。お前が何者か、すぐに検索してやるからな!」

リンボ「……いいから早く開けてくれ」

====リンボの車内にて=====


リンボ「姉さん、それ、下ろしてくれって」

ヴァレリー「あら、もういい?」

リンボ「いくら弾入ってないって言ったって、冗談にもほどがあるだろ。中の奴ら、ビビってるよ」

ヴァレリー「まったく、肝っ玉の小さい子たちねえ」

(カチャリ)

ヴァレリー「………あら」

リンボ「……おいおい、弾入ってたのかよ!誰だよ、姉さんに銃を持たせたのは」

ヴァレリー憲法修正第2条よ」

リンボ「ったく、手違いで殺されるなんてごめんだよ……」

====スケアクロウ邸宅玄関にて====


テウタ「リンボ!大丈夫!?」

リンボ「ただいま(ぐったりした様子で)」

N「リンボと一緒にやってきたのは紫のスーツを着た迫力のある美人だった。圧倒するオーラがある。
どこかで見覚えがあった」

テウタ「あ!ヴァレリーフィッツジェラルド!」

ヴァレリー「あ?」

テウタ「さ、さん!ヴァレリーフィッツジェラルドさん、ですよね」

ヴァレリー「そうよ。あたしを知ってるの?」

テウタ「も、もちろんです。『ロー・ジャーナル』で読みました!今一番勢いのある法律家だって」

リンボ「まあ、勢いって表現だけで言うなら間違っちゃいないけど。俺の姉貴のヴァレリーだ。
ご存じの通り地方検事補をやってる」

ヴァレリーヴァレリーよ、よろしくね」

テウタ「あの、私、テウタと言います!フリーのライターで……」

ヴァレリー「知ってる。あんたがうちの弟の命を助けたんだって?」

テウタ「助けたというか……いや、まあ、助けたんですけど……」

ヴァレリー「どっち!?」

テウタ「た、助けました!」

ヴァレリー「……ありがとね(ニッと笑いながら)」

テウタ「(そういえばリンボとヴァレリーさんは姉弟だった…)」

ヴァレリー「で?いつまで廊下で話させるの?」

テウタ「あ、えっと、ど、どうぞ!」

=====リビングにて=====

スケアクロウ「なんだよ、ヴァレリーか。脅かすなよ、マジで事件か何かだと…」

ヴァレリー「ああっ!?」

スケアクロウ「すみませんヴァレリー姉様ちょっと馴れ馴れしかったです」

N「ヴァレリーはどかっとソファに座る」

ヘルベチカ「どうも、ヴァレリーさん。今日はどのようなご用で?」

ヴァレリー「ちょっと話があったから、事務所まで迎えに来てもらったのよ。あ、そうだ。こっちは
忘れないうちに………」

N「ヴァレリーはカバンから資料の束を取り出してテーブルに放り投げた」

ヴァレリー「リンボ、あんたさあ、この案件、担当してくんない?いい弁護士紹介してくれって頼まれたのよ。やばめの案件で。『うん分かったよ姉さん』、そう、ありがとう」

リンボ「あのなあ、俺は姉さんのアシスタントでも部下でもないんだから」

ヴァレリー「あたしにだって付き合いってもんがあんの!弁護士と検察、持ちつ持たれつでしょ?」

リンボ「んなわけないだろ、正義はどこいった!?」

ヴァレリー「もう断れないの!ちょちょっと取引しちゃったから!」

リンボ「断る!」

ヴァレリー「あんたまだ分かってないの?あんたに『NO』の選択肢は生まれてから一度もないし、これからもないの」

ヴァレリー「大体ね、あんたがガキの頃夜眠れなくてピーピー泣いてるときに寝かしつけてやったのは誰!?
言ってごらんなさい?」

リンボ「姉さんは熱出して唸ってる俺の顔に枕押し当てて殺しかけただけだろ!」

ヴァレリー「はいはい、んじゃよろしくね。大好きよ、可愛い弟」

N「リンボは渋々資料を取りパラパラとめくった」

テウタ「リンボってお姉さんには頭があがらないんだね」

ヴァレリー「それはともかく、本題ね。あんたが前に面倒見てた子ども、車の窃盗容疑で捕まったのよ」

リンボ「子ども?ああ、イーディか?…ったく、あいつこの前もなんかやってただろ?」


ヴァレリー「今までのは全部軽犯罪だったけど、今回はさすがに目に余るってことで少年院に送るかってところ」

リンボ「目に余るって、車の窃盗が?」

ヴァレリー「ブツの乗った車だったのよ。運び屋にまでなったなら、もう見逃すわけにはいかないってね。
あんた、話しつけに行きたいかと思ってちょっと待たせてる」

リンボ「そうか、助かった。んじゃ俺、警察署行ってくるわ」

モズ「朝ごはん、あるけど持ってく?」

N「モズが紙袋を取り出した」

リンボ「おお、サンキュ!じゃあ…」

ヴァレリー「ちょっとちょっと、姉さんを置いてくんじゃないわよ」

リンボ「姉さんが勝手についてきたんだろうが」

ヴァレリー「裁判所まで乗せてってよ。あ、あとその前にネイルに寄ってクリーニング引き取るでしょ。
それから…」

リンボ「俺はタクシーじゃねえっつの。警察署で手続き待たせてんだろ?だから車なら…ヘルベチカ、お前頼む。どうせ出るだろ?」

ヘルベチカ「いいですよ、綺麗なお嬢さんの乗り合いはいつでも歓迎…」

ヴァレリー「…今あたしのこと、お嬢さんって言った?」

ヘルベチカ「……お姉様、と」

ヴァレリー「んー、それならいいわ」

モズ「僕も検死局に行きたいんだけど乗せてくれる?」

テウタ「あ、リンボ!私警察署行く!ルカに用あるし!」

モズ「スケアクロウ。君の分の朝食はキッチンにあるし余った食材で昼食も作っておいた。
冷蔵庫の中にある」

スケアクロウ「お!サンキュ!」

テウタ「モズ、なんかすごいね。お母さんみたい」

モズ「どこが?生物学的に言って僕に母性が芽生える要因はどこにもないけど」

テウタ「だってほら、朝からみんなのご飯の用意して、お留守番のクロちゃんのお昼まで作ってあるなんて」

モズ「検死局のウサギたちに餌を用意するのと大して変わらない」

テウタ「…………」

テウタ「(ウサギと同じか……)」

(以下5人の台詞被るように)

リンボ「んじゃ行ってきます」

シュウ「うーっす」

ヘルベチカ「行ってきます」

モズ「行ってきます」

テウタ「行ってきまーす」


ヴァレリー「また来るわね」

スケアクロウ「えっ?あ、い、行ってらっしゃい」

スケアクロウ「行ってらっしゃい……行ってらっしゃい、か……うん、なんかいいな…」

スケアクロウ「……あー、そうね、そうだよね。みんな仕事あるしね…いや、俺も仕事あるし!ここで仕事あるし!な!アニマ!」

アニマ「本日のスケジュール、0件 です」


======ニューシーグ警察所前====

N「朝のニューシーグ警察署。平和そうに見えるこの街も毎日どこかで事件が起こる。こんな爽やかな朝も、
パトカーがサイレンを鳴らして走っていく」

テウタ「ヴァレリーさんが言ってた『イーディ』って人はリンボの知り合いなの?」

リンボ「知り合いっつーか、何かと問題起こしてばっかりの悪ガキで、俺が世話焼いてるんだ」

シュウ「お前好きだよなあ、そういうお節介」

リンボ「たまには良いことしとかないと、死んだとき天国行けないぞ?」

シュウ「無神論者なんでお構いなく」

N「シュウは車に寄りかかって煙草を取り出した」

テウタ「シュウは中入らないの?」

シュウ「中、禁煙だろ?やめとく」

テウタ「ここ、禁煙エリアだから気を付けたほうがいいよ。確か喫煙所はその先にあったと思うけど」

シュウ「そりゃどーも」

リンボ「いや、そこは煙草止めるように勧めるところだろ?」

テウタ「あ、そっか。煙草止めたほうが、健康のためだよ?」

シュウ「はいはい、どーも」

N「そう言いながらシュウはさっそく煙草に火をつけた」


=====ニューシーグ警察署内======


N「ニューシーグ警察の建物は古く、昔の刑事ドラマに出てくるようなオフィスだ。手錠を掛けられた人間が座っている隣で鳴りやまない電話の音。伝統的な建物で文化財としての価値を守るために改修はしないとか」

テウタ「(私の住んでたアパートなんかより、この建物こそ耐震強度に問題ありそうじゃない)」

ルカ「よお、テウタ!……ちっ、リンボも一緒か」

リンボ「よお、ルカおはよう。今俺の名前の前になんかついてなかった?」

ルカ「ちょっと名前を強調しておいただけだよ。もしかして、イーディの件、ヴァレリーさんが言ってた身元引き受け人の弁護士ってお前のことか?」

リンボ「その通り。ヤバい車を盗ったってきいたけど?」

ルカ「ヤバいも何も、ロスコーの積み荷が乗ってたんだよ。大量のドラッグだ」

テウタ「ロスコーって、あのギャングの?…あ、ごめん勝手に会話に入っちゃった…」

N「ロスコーといえば記者なら誰でも知っているくらい有名なギャングだ。知っているというより、恐れられているという表現の方が正しいかもしれない」

ルカ「そうそう、こいつ。見るからに悪そうだろ?」

N「ルカが見せた写真は逮捕された時のマグショットのせいか、ふてぶてしい表情がなんとも悪者の空気を助長している」

ルカ「イーディは取引のドラッグを積んだ車に手をつけちまったんだ。…で、あたしも疑いたくはないんだけど、イーディは盗んだんじゃなくてロスコーのとこで運び屋やってんじゃないかって話になってさ」

リンボ「そんなことあるわけないだろ」

ルカ「あたしだってイーディの事は前から知ってる。手癖は悪いけどバカじゃあない。でも状況だけ見れば運び屋って疑われてもおかしくないんだよ。それにあの子は軽犯罪とはいえ前科があるだろ。ひとつひとつは小さいけど犯罪ってことに変わりはない。イーディだけ違うとは言えないんだ」

リンボ「でも決定的証拠はないんだろ?」

ルカ「そ。だからまだここにいる。本人も知らないって言ってるし、あたしも状況証拠だけで決めつけるわけにはいかない」

リンボ「なるほどね…んじゃ一つ相談なんだけど、決定的証拠が出るまで俺がイーディを預かる。どうだ?
もちろん、捜査にも全面協力させるし俺達も絶対に目を離さない」

ルカ「はあ……こういう時だけは、あんたがマシな奴に思えるよ。ありがとな」

リンボ「マシってなんだよ、マシって」

ルカ「じゃあ、いくつか書類用意するから、あっちで待っててくれ。イーディもすぐ連れてくるよ」

N「ルカは小走りでオフィスの奥へと消えた」

テウタ「よかったね」

リンボ「どうだかな。話はこれからだ。それにあのガキ、ほんっと生意気なんだよ。あれか、イヤイヤ期ってやつか?」

テウタ「イヤイヤ期って、それは赤ちゃんの話でしょ」

N「廊下の奥から警察官が少年を連れてやってきた。むすっと膨れた顔で口を尖らせている。リンボの顔を見つけると途端に顔を背けた」

イーディ「ちっ……」

リンボ「自分で蒔いた種とはいえ大変だったな、イーディ。とりあえず家まで送るよ」

イーディ「頼んでねえって!」

リンボ「頼まれてなくても手を貸すのが友達だろ?」

イーディ「……」

リンボ「弁護士としてひとつ確認しておくけど、お前ロスコーと組んでるのか?」

イーディ「ロスコーなんて知らねえよ」

リンボ「ならいいんだ。ああ、そうそう、イーディ、こちらテウタ。俺の友達。テウタ、こちらイーディ。俺の友達」

テウタ「よろしくね」

イーディ「ふん……」

リンボ「イーディ、挨拶は?」

イーディ「…………イーディ」

N「ぶっきらぼうにそう言うとテウタが差し出した手をそっと握った。反発はしているけれどリンボの言うことは聞いているし二人の距離は近く感じる。兄弟のようなものだろうか」

リンボ「……まあいい、こっち来い。お前にもいくつか書類を確認してもらう」

N「リンボはベンチに腰掛けて手慣れた様子で書類にサインしていく」

ルカ「ふうん…………」

テウタ「あ、ルカ。手続きとか終わり?…………なに、どうしたの?」

N「ルカはにやにやとテウタを見ている」

テウタ「(この顔は私をからかおうとしてる時の顔だ)」

ルカ「あいつ、あんたの弁護士なんだよね?」

テウタ「そうだよ?」

ルカ「アパートのこと相談してるんだよね?なんで全然関係ないイーディのことで一緒に警察署に来るわけ?」

テウタ「それはたまたま…………その…」

ルカ「家を手配してくれたのもリンボだっけ?(からかう口調の後はっとしながら)………ちょっと待って、まさかリンボの家!?」

テウタ「ちょっと待って!えっと、確かにリンボは同じ家にいるけどそれは……」

ルカ「え!?ちょっと!あたし冗談で言ったのに!?」

テウタ「いい?家のことをちゃんと説明しようと思ってきたんだからちゃんと説明させてってば」

ルカ「わ、分かった。でも待って、リンボとそういう仲なのかどうかだけ先に教えてよ」

テウタ「そういう仲じゃありません」

ルカ「はあ……よし、分かった。んじゃ説明聞こうか」

テウタ「えっと、リンボには取材をさせてほしいって相談をしている流れで引っ越しの件で法律相談に乗ってくれるってことになったの。で、契約書とか見てもらってるところで、アパートが崩れちゃって……それでね、リンボの友達の家がものすごく大きくてゲストルームも沢山あるから、しばらくひと部屋貸してもらえることになったってわけ」

ルカ「…………」

テウタ「以上、です……」

ルカ「その友達って男だろ?心配だな。あんた自分が女だって自覚、時々失くしてるの気付いてる?男は狼なの、分かる?」

テウタ「シェアハウスなら男の人がいるのは別に珍しくは…」

ルカ「今度その友達とやらに会わせて。いいよね?」

テウタ「いいけど……でもちょっと心配しすぎじゃ」

ルカ「(有無を言わさない雰囲気で)あたしが、その友達とやらに、会う。分かった?」

テウタ「………はい」

ルカ「よろしい。ところであのリンボを雇ったってことはあの大家さんを訴えることにしたの?」

テウタ「いや、あの人を訴えるつもりはないよ。私が一人暮らしを始めた時からずっとお世話になってるし、本当に良い人だもん」

ルカ「そんなん遠慮してたら世の中渡っていけないよー?慰謝料でもなんでも、貰えるもんは貰っとかないと」


リンボ「おい、そろそろ出られるか?」

ルカ「お、手続き終わったみたいだな。んじゃまた…あんたは今日も取材で来るんだっけ?あたしは外に出てる時間かもな」

テウタ「そっか、ルカもお仕事頑張って」


====ニューシーグ警察署前====

シュウ「よう、早かったな」

イーディ「…………」

シュウ「コンニチハ。前にも会ったことあるだろ?」

イーディ「お、おう………」

N「イーディはシュウに少し気圧されているようにみえる」

シュウ「そのガキ、どうするんだ?」

リンボ「とりあえず家に送ってくか。それでいいだろ、イーディ?」

イーディ「家くらいひとりで帰れる」

男「お前がイーディか?」

イーディ「あ?なんだよ」

N「男はイーディが持っていたバッグを奪おうとした」

テウタ「ちょ、ちょっと!」

シュウ「おっと」

テウタ「(え…えっ!?)」

N「目の前の光景に理解が追い付かない。シュウはいつの間にか男のこめかみに銃をつきつけていた」

シュウ「警察署の前で強盗か?大胆な奴だな。この感触、分かるか?引き金を引いたら…バン!」

男「ひいっ!」

テウタ「はあ……」

N「シュウは脅しただけで、引き金を引く気はなかったようだ。男は一目散に逃げだしていった。
ほっとして大きく溜息が漏れる。目が合うとシュウはニヤリと笑った」


シュウ「ばーか、こんなところで殺したりするわけないだろ」

リンボ「物騒な奴だなおい。狙いはイーディか、あるいはイーディの所持品ってとこか?なあ、イーディ。
本当に心当たりないのか?」

イーディ「知らねーって言ってんだろ」

シュウ「今の男はお前がイーディか確認してたろ?なら狙われてるのは確かだ」

シュウ「…………理由がわかるまでは家に帰らない方がいいだろうな」

リンボ「ああ、家族も迎えに行ったほうがよさそうだ」

イーディ「…………」

シュウ「お礼は?」

イーディ「…………あ、ありがとう…」

シュウ「リンボには?」

イーディ「…………」

N「リンボは苦笑しながら拳を突き出した。イーディは息を吐いて慣れた様子でそのリンボの拳に自分の拳を当てた」

シュウ「お前はどうするんだ?仕事あんだろ?」

テウタ「まだ時間も早いし、私もついて行っていい?」

リンボ「んじゃ、みんなでブラックホークに行くとするか」

イーディ「…………」

N「シュウとリンボが車に向かった後イーディは険しい顔でテウタのことを睨んでいた」

テウタ「えっと……私、行かない方がいい?」

イーディ「ブラックホークはあんたみたいなお嬢さんが行くところじゃないよ」

テウタ「お、お嬢さんって…前にも行ったことあるわよ。どんな場所化はわかってる」

イーディ「どんな場所だよ」

テウタ「(そういわれるとちょっと言いづらいけど…)」

N「ブラックホークはニューシーグの南東部で、他の州や国から移り住んできた人が多いエリアだ。ギャングも多くて治安も悪い」

イーディ「答えらんねーのか?」

テウタ「そ、そうじゃないけど…」

イーディ「…………」

テウタ「あ、待って!イーディ!」

テウタ「…………」

テウタ「(なんか、嫌な印象与えちゃったかな………)」


======ブラックホーク=======

N「ブラックホークは人通りも多く、騒々しかった。低いビルがくっつき合うように立ち並んでいる。
治安が悪い、ギャングの溜まり場だ、そんな風に言われているエリアだ。テウタが幼いころもこのエリアには近づかない方が良いと聞いていたためイーディがここに住んでいると聞くと複雑な気持ちになる」


イーディ「…………こんな場所に住んでて可哀そうだなって思ってんのか?」

テウタ「別に、そんな風には思ってないよ」

イーディ「…………どうだか」

テウタ「…………」

N「ブラックホークは治安が悪いのは事実だし、ギャングがいることも事実だ。だからと言って、
可哀想な場所だとは思っていないし、イーディのことを可哀想だと思っているわけでもない。だが
テウタが生活している場所とはどこか違う。そんな無意識の区別はここに住むイーディにとっては
気分のいいものではないだろう」

テウタ「(どうやったらイーディにちゃんと説明できるんだろう…)」

N「たどり着いたのは細い路地。その先に古いアパートが見えた。その前に座り込んでいる何人かは
こちら側を睨んでいた」

イーディ「ここで待ってて。母さんと弟、呼んでくるから」

リンボ「俺も一緒に行くよ。お母さんに説明したほうがいいだろ」

イーディ「お前らみたいなスーツの余所者が中に入ったら他の奴らにどう見られるかわかんねえだろ。
こっから先は入ってくんな」

シュウ「はいはい、早いとこ頼むよ」

N「イーディがアパートに向かって駆けだした後辺りを見渡す。周囲の人間たちはテウタたちのことを
訝し気に見ている。見ている、というよりも睨んでいるというほうが正しいだろうか」

テウタ「(余所者ってことか…私が彼らを見ている目は彼らにはどう見えるんだろう)」


=======ニューシーグ警察署内======


テウタ「チェスの駒、WNf3、BNc6…どういう意味なんだろう?ナイトの駒…黒…ブラックのナイト?
じゃあWNはホワイトのナイト…だとしたらF3は…」

N「テウタは再び警察署内に戻ってきていた。今度は、イリーナの取材だ。
警察官に促され、以前と同じ部屋へと歩み寄る」


イリーナ「こんにちは」

テウタ「こんにちは。あの、今日は会ってくれてありがとう。この前の話の続きを聞きたくて…」

イリーナ「そうだろうと思った。あなた、すごく好奇心が旺盛なタイプでしょう?そうだと思ったから、宿題を渡しておいたのよ。気になってまた会いに来ると思って」

テウタ「この暗号のこと?意味はまだ分からないんだけど…黒のナイトの駒、つまりBNがブラックのナイトだとするとWNはホワイトのナイト…でもf3とc6が分からない」

イリーナ「あなた…チェスはやらないの?」

テウタ「ルールを教えてもらったことはあるけど、ちゃんとプレイしたことはないなあ」

イリーナ「そう、じゃあ分からないでしょうね。ホワイトのナイトをFの3へ、ブラックのナイトをCの6へ。チェスの定石よ。『ルイ・ロペス』っていうの」

テウタ「ルイ・ロペス…」

N「その名前をメモする。チェスの定石。聞きなれない言葉だった」

テウタ「それで、そのルイ・ロペスは何か関係あるの?」

イリーナ「言ったでしょう?秘密でつながったネットワーク。その名前よ」

テウタ「秘密の組織の名前ってことね。それで、いったい何をする組織なの?」

イリーナ「さ、知らない」

テウタ「知らないって…あなた、メンバーだったんでしょ?」

イリーナ「不法移民って、どんなだか分かる?」

テウタ「え?ちょっと待って、組織の話は?」

イリーナ「面会時間ってあんまり長くないのよ。プロローグから順に話している暇はないわ」

テウタ「不法移民って…海外から密入国してくる人達のことでしょ?人身売買の被害者も多いのが問題だって…」

イリーナ「そう…他所の国から売られてきた人間だったり、貧しさから逃れるために命懸けで入国する人間だったり…状況は色々ね。そういう人間が、どういう仕事をしているか分かる?」

テウタ「正確に知っているわけじゃないけど、賃金の安い仕事にあてられてるって聞いた」

イリーナ「そう。私もそうだったわ。奴隷みたいに働かされるの。でもそれはマシなほうね。女と子どもは運び屋か売春か…そんなところよ」

テウタ「そんな……」

イリーナ「私と一緒にこの街に来た女の子がいてね。どこでどんな仕事をしてるのか、捜しに行ったことがあるの。汚い倉庫みたいな場所で、金網に囲まれた檻の中に居たわ。薄汚いベッドがたくさん並んでた。売春宿に売られるか、運び屋として働かされるか、そのどちらかだったみたい」

テウタ「え…………」

イリーナ「私は知ってる顔を見つけたから、こっそり忍び込んで連れ出そうと思った。でも………出来なかった。足の裏を煙草か何かで焼かれててまともに歩けなかったし、自分が稼がないと家族が殺されるからって怯えてた」


テウタ「それって犯罪でしょう?警察は、どうして…………」

イリーナ「法に違反していれば、必ず警察が捕まえて裁いてくれる。そう思ってる?」

テウタ「それは…………」

テウタ「(そうじゃないことも多いのは知ってる………だから問題なんだ)」

イリーナ「私達がいるのは、汚い水槽の中。外から投げ入れてもらえる餌に群がってなんとか生き延びてる魚」

イリーナ「ルイ・ロペスは、そんな水槽の中で生まれた」

テウタ「水槽の、中…………」

N 「部屋についている時計のタイマーが鳴り、警察官が退室を促す」

イリーナ「はあ、今日はここまでね」

テウタ「また、話を聞きに来てもいい?」

イリーナ「そうね………次は、あなただったらどうするか教えて」

テウタ「私だったら?」

イリーナ「そう。もし、あなたが汚い水槽の魚だったら、どうやって世界を変える?今度、話を聞かせて。
それが今日の宿題よ」

テウタ「(どうやって世界を変える、か…)」

N「イリーナは部屋を出ていき、テウタも警察署を後にした」

テウタ「(イリーナさんの話は、何を伝えようとしてるのかよく分からない。ものすごい特ダネか、ただの陰謀論者か…)」

N「公園でランチにホットドッグを頬張りながら、メモを見返していた」

テウタ「(不法移民と、秘密組織か…)」

N「その時、知らない番号からテウタの携帯に着信を知らせるバイブが鳴る」

テウタ「(食べながら)はい、ブリッジスです」

サウリ「初めまして。ニューシーグアカデミアのオルステッドです」

テウタ「オルステッド……え、サウリ・オルステッド教授ですか!?」

サウリ「ええ、こんにちは」

テウタ「ん、んんっ!(急いで飲み込んで)し、失礼しました!あの、えっと、は、初めまして!」

N「テウタは食べかけだったホットドッグを急いで飲み込んだ。思わず咳き込みそうになるのをなんとか堪える」

サウリ「私に取材の依頼を頂いていたんですが、長らく返事をしていなくてすみません。ちょうどアカデミアの大学過程が試験期間に入るんです。今週なら時間が取れるのでお電話させてもらいました。ご都合はどうでしょう?」

テウタ「あ、ありがとうございます!ぜひお願いします!」

サウリ「では、日にちはあなたが決めてください。今週ならいつでも空いてますよ。何なら、このあとも空いてます」

テウタ「あ、でも、取材はしっかり準備してから行きたいので、もし差し支えなければこの後ご挨拶だけ伺ってもいいですか?」

サウリ「もちろん。ではニューシーグアカデミアの来訪者入り口で私の名前を出してください。分かるようにしておきます。待っていますね」

テウタ「ありがとうございます!」

テウタ「……はあ」

N「思わぬうれしい連絡に心臓が音を立てているのを感じる。オルステッド教授はニューシーグアカデミアの客員教授であり大学病院では最新技術を研究、指導する医師でもあり、とにかく多忙な人物だ」

テウタ「(いつか取材させてもらえたらと夢見ていたけど、まさか本人から電話をもらえるなんて…!)」

N「嬉しさで頭がいっぱいになりそうになりながら、頬を叩いて切り替える」

テウタ「オルステッド教授にどんな取材をするかよく考えておかなくちゃ」

=====ニューシーグアカデミア=====

サウリ「どうぞ」

N「少し緊張しながら、オルステッド教授の研究室の扉を開いた」

テウタ「失礼しまーす……」

N「研究室には壁一面の本が並んでいた」

テウタ「あれ?ヘルベチカ?」

ヘルベチカ「驚きました?」

テウタ「どうしてここに?……あ、あの、すみません!改めまして私はテウタ。フリーのライターです」

N「手を差し出すとオルステッド教授は大きな手で握手に応じてくれる」

サウリ「私のことはサウリでいいよ」

テウタ「は、はい。サウリ先生」

ヘルベチカ「へえ、君も緊張するとそういう顔をするんですね。可愛い」

テウタ「べ、別に緊張なんか……してはいるけど……」

ヘルベチカ「ふふ…」

サウリ「ヘルベチカ、からかうのはやめなさい」

ヘルベチカ「(笑いながら)はい」

サウリ「とりあえず立っていないでお掛けなさい。」

テウタ「ありがとうございます」

サウリ「コーヒーでいいかな。淹れてからしばらく経ってしまったから少し苦いかもしれないけど」

テウタ「ありがとうございます」

N「淡い色合いのコーヒーカップが差し出されていた」

テウタ「珍しい色のカップですね。金色の模様?」

サウリ「金継ぎ。知っているかな?割れた陶器を漆で接着して、金でその継ぎ目を装飾する日本の技法だよ。美しいでしょう?」

テウタ「壊れた陶器を修復して、美しく蘇らせるんですね」

N「カップをまじまじと見ると、その金の模様は確かに割れた痕だと分かるが、まるでその模様のために
割れたとも思えるくらい美しいものだった」

サウリ「壊れていることがむしろ美しさを生む。私はそう思っているよ」

テウタ「(深いなあ……)」

ヘルベチカ「先生、彼女あんまり芸術を楽しむタイプじゃないんで、そのへんにしてあげたほうがいいと思いますよ」

テウタ「そんなこと!……いや、正直に言うと疎いほうですけど」

サウリ「それはそうと、取材の件だったね。ちょうど大学が試験期間に入って時間が出来たものだから
なんだか思い出したように連絡してすまなかったね」

テウタ「いえ、むしろお忙しいところお時間くださってありがとうございます」

サウリ「その様子だと、私がヘルベチカの後見人だということは聞いていなかったようだね」

テウタ「えっ!?そうだったの!?え、いや、そうだったんですか」

N「ヘルベチカとサウリを交互に見ながら言葉が追いつかなくなる」

サウリ「テウタという名前のお嬢さんが熱心に取材の依頼をしていると話したら、ヘルベチカもあなたをしっていると聞いてね」

テウタ「そうだったんですね……ヘルベチカも早く教えてくれればよかったのに」

ヘルベチカ「聞かれませんでしたし」

テウタ「(……そりゃそうだけど)」

サウリ「さて、それじゃあ取材のことを聞かせてもらおうかな」

テウタ「サウリ先生が発案した顔面再建術についてぜひ詳しくお聞きしたいんです」

サウリ「なるほど。その件じゃないかなとは思っていたよ。ただ残念ながら学会誌に発表していること以上の情報はあまりないんだ」


テウタ「サウリ先生の研究している技術そのものを知りたいんじゃないんです。どういった症例に有効か、
どういう希望が持てるのか、そのリスクはなんなのか……」

サウリ「リスクか……それは簡単に言うと失敗例という意味かな?」

テウタ「私が読者に向けて書きたいのは、どういう技術なのかどんな症例があるのか、不適合や死亡率の確立がどのくらいなのか、そういう点ではないんです。どのくらいの症例があってどのくらいの成功率なのか、そういうものはネットで調べれば数字で分かります。」

テウタ「でも、人体の中で最も人の目に触れる顔を再建したい。そう願う人は色んな環境にあると思うし
諦めている人も多いはずです。どこまでそれを取り戻せるのか。それを数字ではなく言葉で伝えたいんです。
それと、提供する人達についても」

サウリ「ふむ……」


ヘルベチカ「失ったものをどのくらい取り戻せるのか。それで言ったらゼロですよ。失ったものを取り戻せることはない」

テウタ「ゼロ?」

サウリ「ヘルベチカの言い方だと少し語弊があるね。顔というのは人体の中でも特殊な部位だ。人間は特に外見や表情で物事の判断を下す。だからこそ、顔は表情であり、感情であり、歴史だ。他人の歴史を刻んだ顔を移植したところでそれが自身の歴史に塗り替わることはない」

テウタ「なるほど……」

サウリ「適合しない場合や、損傷の度合いが大きい症例を除いては、成功も失敗もない」

サウリ「でも、面白い切り口だね。今までいろんな取材を受けたけれど、最新技術の内容や成功率を書きたがる記者がほとんどだった。移植を望む患者の視点はなかったな」

テウタ「大抵の物事は、自分とは関係ない他人事だったりしますけど、そういうことほど理解しようとする視点を持つのが記者の仕事だと思ってるんです。……なんて、格好つけすぎですかね」

ヘルベチカ「…………」

サウリ「ヘルベチカから聞いていた通り、面白いお嬢さんだ」

テウタ「ヘルベチカからどんな風に聞いているかわかりませんけど………」

サウリ「他にもあるのかな?君のそのメモ、すごくたくさん書いてあるみたいだけど」

N「サウリが手帳にちらりと目をやる。殴り書きの文字だったのでテウタは少し気恥ずかしくなった」

サウリ「そういえば面白い話があるよ。記者の君ならもう知っているかもしれないけど………」

テウタ「なんでしょうか」

サウリ「以前、カリフォルニアであったシーケンスキラーの事件では警察組織が雇った民間人が人知を超えた天才的能力を捜査に役立てたらしい」

テウタ「天才的能力?」

サウリ「瞬間記憶や、予知能力といった類のものだったかな」

テウタ「予知能力……未来を予知してそれを事件捜査に役立てたということですか?」

N「そんな非現実的な事、信じ難いけれど…と思ったが自分が言えたことではない」

サウリ「警察の捜査の役に立つのだとしても、本来は知り得ない未来を知ることで時間の流れを変えるというのはとても危険なことだと思うよ」

テウタ「危険、とは?」

サウリ「時間というのは糸のようなものだと、私は思っている。いじりすぎたらほどけてしまう。作用に反作用があるように、その反動はどこへ向かうのか」

テウタ「反動…………」

N「ふと自分の状況に当てはめてしまう。テウタは時間を遡って本来は知りえない未来を知った状態で物事の流れを変えている。自分も時間を…………その糸をほどいてしまっているのだろうか」

サウリ「お嬢さんは腕の良い記者のようだね?今日は挨拶だけだと言っていたけれど早速取材が始まっているようだ」

テウタ「す、すみません!つい……あの、今日はこれで失礼します。取材はまた詳細をまとめてメールで送りますね」

サウリ「はい、楽しみに待っているよ」

テウタ「今日は本当にありがとうございました」

サウリ「それじゃヘルベチカ、お前もそろそろ帰る予定だろう?送ってあげなさい」

ヘルベチカ「はーい(ちょっと気怠げに)」

テウタ「べ、別に一緒じゃなくても…」

ヘルベチカ「まさか。素敵なお嬢さんと光栄です」


=====ニューシーグアカデミア学外=====

ヘルベチカ「どうでしたか?」

テウタ「想像してた以上に興味深い人だったなあ。少し話をしただけなのに、知識がどんどん広がって底が見えない感じ」

ヘルベチカ「…………自分が時間を遡るってことは言わないんですね」

N「先ほどもその話題になった時ヘルベチカはテウタに視線を送っていた」

テウタ「会う人みんなに言ってたら変人扱いされるだけだよ」

ヘルベチカ「そうですね、少なくとも僕はそう思ってます」

テウタ「……………………」

ヘルベチカ「車、乗っていきますよね?モズにも一応連絡しておきますか。いつもは自転車で移動してるみたいですけど、どうせあの家に帰るなら拾っていってもいいし」

テウタ「うん、そうだね」

N「ヘルベチカは電話をかけるために携帯を取り出した」

モズ「もしもし」

ヘルベチカ「そろそろ帰りますけどモズ、拾いましょうか?」

モズ「僕もそろそろ終わるから、検死局に寄ってもらえると助かる」

ヘルベチカ「テウタと一緒に行きますね」

ヘルベチカ「それじゃ、行きましょうか」

N「すると、ヘルベチカがあまりにも自然に手を差し出す。けれどテウタには何故自分にその手が差し出されたのかが分からなかった」

テウタ「はい?」

ヘルベチカ「手………ああ、君はそういうんじゃありませんでしたね」

テウタ「………そういうって、何」

ヘルベチカ「大抵の女の子は僕と手を繋ぎたいと思ってますけど、君はそういうタイプじゃありませんでしたね」

テウタ「ヘルベチカって、その自信はどこから溢れてきちゃうわけ?」

ヘルベチカ「どこからって、全身からですけど?」

テウタ「(聞かなくても予想できた返事だけど)」

ヘルベチカ「まあいいや、僕がエスコートしてないように見えるのは困るんで、もう少しだけこっちに寄って
歩いてください」

N「ヘルベチカは優しく寄り添うような『親しい関係』の距離に引き寄せた」

テウタ「(ヘルベチカのこういうところが女性に受けるのかな……私にはよく分からないけど)」

 

=====ニューシーグ検死局======


N「検死局に入ると騒々しい警察署とは違いとても静かな場所だと感じた」

テウタ「(検死局の中って、なんかこう、ヒンヤリする)」

N「部屋の中はかすかにレモンのような香りがした」

モズ「あ、もう片付けるだけだから」

N「モズは手際よく遺体を黒い袋へとしまっている」

テウタ「…………」

テウタ「(じっと見るのもどうかと思うけど、目の前にあるのが亡くなった遺体だと思うと…)」

モズ「怖い?」

テウタ「えっ」

モズ「死体が怖いか聞いたんだけど」

テウタ「こ、怖いとは思わないけど、あんまり目にすることはないから……」

モズ「街で人とすれ違うのと同じで、生体機能が停止しているだけで同じ人体なのにね。別に君を避難しているわけじゃないよ。ここに来る人間のほとんどはそういう反応をする」

テウタ「そ、そう…………」

N「モズが淡々と片付ける音だけが部屋の中に響く」

ヘルベチカ「ここはいつ来ても静かですね。人も少ないし」

モズ「いるよ、たくさん」

ヘルベチカ「どこに?」

モズ「そこ」

N「モズが顎で示した先はロッカー。遺体が収納されている場所だ」

テウタ「(そ、それはそうだけど………)」

N「さっと目をそらすと机の上に置かれた書類が目に入った。検死報告書、というものだろうか。
ブラックホーク』という地名が目に入った」

テウタ「…………」

モズ「知り合い?」

テウタ「ううん、今朝リンボと警察署に迎えに行った子どももブラックホークの子だったなって…………ああ、ごめん!勝手に見ちゃって!ブラックホークって地名しか見てないから!」

モズ「その書類は別に見ても大丈夫だよ。リンボのほうはどうだったの?」

テウタ「なんか、ドラッグディーラーの荷物を間違って盗んじゃったとかで……リンボとシュウが家族も保護したほうがいいかもって言ってた」

モズ「ブラックホークじゃ、盗んだり殺されたりは日常茶飯事だよ。あそこを仕切ってるのは市長でも法律でもなくてギャング。そのルールに逆らえば殺される。その繰り返し」

テウタ「…………」

N「確かに、ブラックホークに関しては良いニュースを聞くことはほとんどない」

モズ「そういう世界なんだよ」

N「ニューシーグは美しく作られた街。色んな人が夢を持ってやってくる場所。けれど、ギャングや事件が日常茶飯事の場所……それもまたニューシーグの一面なのだ」

N「身支度を整えたモズは少し目線を下げた」

モズ「…………」

N「モズはじっとエプロンを見つめている」

スケアクロウ「どうしたんですか」

モズ「スケアクロウの家、替えのエプロンがなかったから。これ、持って帰ろうかな………」

テウタ「ちょ、ちょっと待って、料理するのにそのエプロン使うの!?」

モズ「エプロンはエプロンでしょ。機能としては同じ」

テウタ「全然違うよ。しかもそれ、ちょっと血がついてるじゃない!」

モズ「料理してても血はつくよ。魚とか、肉とか………」

ヘルベチカ「分かりました。帰りにどこか寄っていきましょう。お願いですからそこで普通のエプロンを買ってください」

モズ「…………分かった」

テウタ「…………」

テウタ「(違う、とは思ってないんだろうな………)」


=====トレイダージョーンズ=====


N「モールの生活雑貨コーナーでエプロンを選ぶ」

テウタ「みんながクロちゃんの家に住んでるのって1年くらいまえだったっけ?」

モズ「そうだよ。まあ、シュウ以外は自分の家もあるから、好きな時に出入りしてるってくらいだけど」

テウタ「シュウは家ないの?」

ヘルベチカ「住所不定というかどこかのホテルかモーテルに泊まるのが常だったそうですよ」

テウタ「へえ…………」

テウタ「(シュウって謎が多いな……)」

テウタ「それにしてもシェアハウスって感じでいいよね。楽しそう」

モズ「今は君も一緒じゃない」

テウタ「私は引っ越し先が決まるまでだし……」

ヘルベチカ「早く見つかるといいですね」

テウタ「うん」

N「一行はエプロンを取っては戻しモズのサイズに合うものを探していた」

テウタ「こういうのってやっぱり女物のほうが多いのね」

ヘルベチカ「君は料理はしないんですか?ほら、これとか君に似合いそうですよ」

N「差し出されたのは赤を基調としたシンプルなデザインだった」

テウタ「私は正直言って料理はそんなに得意じゃないの。家では作るけど、自分で作って美味しく出来たことはないの」

モズ「得意不得意は生まれつきだから別にいいんじゃない」

ヘルベチカ「女性は料理をするものだって昔からおもわれてるところありますけど、得意な人がやればいいと僕は思いますね」

ヘルベチカ「女性が作った不味い料理を食べるより、モズが作った美味しい料理を食べる方がずっといいですから」

テウタ「言いたいことはわかるけど、もうちょっと言い方あるでしょ…」


SE:着信のバイブ

テウタ「あ、リンボだ」

リンボ「よお、今どこにいる?」

テウタ「ヘルベチカとモズと一緒にトレイダージョーンズだよ。今スピーカーにするね」

リンボ「イーディをカルメンの店に預けることになったんだ。だから俺とシュウはカルメンの店で晩飯食うけどお前らも来るか?」

ヘルベチカ「なるほど、じゃあ僕たちも合流しますか」

テウタ「クロちゃんも呼んであげないとじゃない?」

リンボ「あいつ出てくるかな。ほっといたらまたピザでも頼んで食ってそうだけど」

モズ「連絡しとく」

リンボ「んじゃ、またあとで」

テウタ「クロちゃんってそんなにインドアなの?」

ヘルベチカ「さあ……アクティブな方ではないですね」

モズ「あんまり一人で出かけるのは見かけないね」

テウタ「ふうん……」

=====パライソガレージ=====


テウタ「(あれ?クロちゃんかな)」

テウタ「動くな(声色を変えて)」

スケアクロウ「え、ええっ!?あ、はい!?」

N「スケアクロウの背中に指を押し当てる。携帯を操作してアプリを立ち上げる」

スケアクロウ「え、銃!?え、ここで!?こ、ここ店だけど!?」

テウタ「お前が裏社会のボス、スケアクロウか?」

スケアクロウ「はいっ!?そうです!?え、あ、いや、そうじゃないかも!?」

テウタ「ぷっ……ふふ…あはは!」

スケアクロウ「テウタ!?な、なんだよ冗談か。え、いや、冗談で銃つきつけちゃう!?」

テウタ「背中に当ててたのは指だよ。音はアプリ。ほら、見て」

N「様々な種類の銃の音が出せるアプリを起動させる。ハンドガン、ショットガン、ライフル、ロケットランチャー……」

テウタ「どうだ、まいったか」

スケアクロウ「勘弁してよ…ちょっと本気にした(苦笑しながら」

テウタ「ふふ、ごめんごめん。……あ、そうだ。クロちゃんにお願いがあったんだ」

スケアクロウ「俺に?なになに?」

テウタ「あのね、私の友達のルカがね、私がクロちゃんの家に泊めてもらってるって話したら見に来たいって言ってるの。ルカってちょっと心配症なところがあってさ」

スケアクロウ「いいよ、いつでも」

テウタ「え、いいの!?そんな簡単に?」

スケアクロウ「え?なんで?だめ?俺だってテウタの友達なら会ってみたいし」

テウタ「クロちゃんって裏社会のボスだし、そのアジトは極秘なのかなと思って……」

スケアクロウ「はは、大丈夫大丈夫。セキュリティは万全だからさ」

テウタ「そ、そう?じゃあ今度紹介するね。警察官なんだ」

スケアクロウ「けけ警察官!?まじかー……」

テウタ「警察官だとマズいの?」

スケアクロウ「いやーなんかちょっと、その、怖そうだなって…」

シュウ「よお、裏社会のボスはどのくらいぶりの外出だ?」

スケアクロウ「俺は別に引き籠ってるわけじゃない。すべてを効率化したコクーニングと言ってくれ」

シュウ「繭の中からまだ出てこられない赤ちゃんでちゅかねー?」

スケアクロウ「違うってば!」

テウタ「あれ?モズは?さっきまでいなかったっけ?」

ヘルベチカ「キッチンですよ。さっき買ったばっかりのエプロンつけて」

カルメン「今日キッチン担当のスタッフが急に休んじゃったもんだからアタシが代わってたんだけど、もう不味いのなんのってクレームすごくってネ」

シュウ「笑顔で言うかよ、それ」

カルメン「アタシはシェフじゃなくてオーナーなのヨ!お料理は専門外。お酒は得意だケド」

リンボ「アレックスは料理得意だろ?前に食ったことあるけど、あいつの作ったパンケーキ、めちゃくちゃ美味かったぞ」

アレックス「僕は手伝いたいんですけど、夜はお酒を出してるから、本当は働いちゃいけないんです」

カルメン「アレックスはまだ未成年なんダカラ。法律は法律ヨ」

リンボ「そういうとこ細かいよな、カル」

アレックス「従業員じゃないモズさんをキッチンに立たせてるのはどうかと思いますけど」

カルメン「ちょっと貸してるだけだからいいのヨ!」

ぺぺ「カルメンさん、部屋も支度が整いました」

カルメン「あらぺぺ。手伝ってくれたのね、アリガト」

イーディの母「あの…本当にお部屋をお借りしてよいのでしょうか?」

カルメン「いいのいいの、困ったときはお互い様。世の中持ちつ持たれつヨ。それに女同士じゃない」

イーディ「フン……」

リンボ「イーディ、スケアクロウに会うのは初めてだろ?自己紹介と、家族を紹介してやれ」

N「イーディはむっとした顔をしていたがリンボの言葉には渋々従う」

イーディ「俺はイーディ。事情があってリンボの手を借りてる。で、こっちは母親と弟。父親はいない」

スケアクロウ「俺はスケアクロウ。裏社会のボスだ。よろしくな」

イーディ「はあ?なんだよそれ」

テウタ「(そういえば見かけないと思ってたけど、お父さんいないんだ……)」

イーディの母「その、うちの子がいつも迷惑ばかりかけてごめんなさい。今回もこんなことになるなんて……」

イーディ「母さんが謝ることじゃねえだろ!」

N「イーディが大きな声を出すと母親の腕の中の赤ちゃんが泣きだしてしまった」

イーディの母「あらあら……泣かないで……」

テウタ「え、えっと…………い、いないいない、ばあ!」

N「テウタがあやそうとすると泣き方が激しくなってしまう」

テウタ「ご、ごめんなさい!」

テウタ「(しまった…効果がないどころか余計に泣かしちゃったかも)」

N「赤ちゃんが泣き止まない中料理を持ったモズがやってきた」

モズ「お待たせ。カルメン、キッチンにあったもの適当に借りたよ」

モズ「…………」

テウタ「あのねモズ…………」

N「状況を説明しようとするとモズは一歩赤ちゃんに近づいた」

モズ「いないいない…………下顎骨(かがくこつ))」

N「顔を隠してさっと顔を見せる」

テウタ「(か、かがくこつ…………?)」

N「すると赤ちゃんは上機嫌に笑い始めた」

テウタ「(斬新すぎる…………)」

モズ「いないいない………指骨(しこつ)」

N「モズはまた顔を隠してからさっと手を開き、今度はその手をひらひらと動かした」

テウタ「(しこつ…………?)」

N「赤ちゃんは大喜びでモズの手の動きを目で追っている」

テウタ「(最近の赤ちゃんって、これがウケるの…?)」

モズ「泣き止んで良かった」

テウタ「そ、そうだね…」

N「モズは満足そうに頷いた」

イーディの母「あの、私、少し失礼しますね。この子を寝かせてきます」

カルメン「あら、そう?じゃあアタシもついて行くワ」

リンボ「イーディ、お前腹減ってねえか?せっかくだし一緒にメシ食おうぜ。モズの料理は美味いんだぞ」

イーディ「…………」

N「イーディは不機嫌そうな顔のままリンボとシュウの間に座った」

イーディ「リンボの奢りだからな」

リンボ「いいぞー好きなだけ食え。俺、すんげー儲けてるからな」

イーディ「だったらもっと高い店で食わせろよな」

シュウ「生意気なガキだな」

イーディ「ガキじゃねえって言ってるだろ!………ってお前!?なんで!?いつの間に俺の財布盗ったんだ!?」

N「シュウはいつの間にかイーディから取り上げた財布からカードやお金を取り出しながら見ていく」

シュウ「へえ、お前どんだけIDカード持ってんだよ?なになに………『クラウス・ヴァンデガンプ23歳』?」

スケアクロウ「え?お前23なの?俺より年上?」

イーディ「そうだよ。本名はクラウスって言うんだ」

モズ「それが本当だとしたらよっぽど栄養価の低い食事を続けてきたんだね」

リンボ「んなわけあるかよ。偽のIDなんてお前の年で必要ないだろうが」

イーディ「ブラックホークで生きてくには必要なんだよ。お前らには分かんないだろうけどな。っていうか早く返せよ!」

N「シュウの手からなんとか取り戻そうとイーディが手を伸ばすが完全に遊ばれている」

シュウ「お!なんだお前結構金持ってんじゃん。むしろお前が奢れよ」

イーディ「返せって!早く!」

N「アレックスがテーブルの上の空いた食器をトレーに乗せていく」

アレックス「今日はなんだか一段と楽しそうですね」

テウタ「あの子イーディっていうの。そういえばアレックスと年が近いかもね?ブラックホークに住んでる子なんだ」

アレックス「そうなんですか……」

テウタ「アレックスはブラックホークのことってよく知ってる?」

アレックス「まあ、それなりには。ブラックホークには僕みたいに家族や家のない人間も多いですしね。僕の知り合いもたくさんあの辺りに住んでます」

テウタ「そうなんだ……」

アレックス「…………」

N「アレックスはじっとテウタの目を見つめた」

アレックス「どうしたんですか?何かあったんですか?」

テウタ「ううん、なんていうか、その………今日ねブラックホークに行ったの。私が生活してる環境とは違う。それは前から知ってたし、今日行ってみてもそう思った」

テウタ「イーディがね、自分たちのことを可哀想だと思ってるのかって私に聴いたの。可哀想だとは思ってない。でも違うとは思ってる」

テウタ「こういう風に『区別』してるのって相手からしたら気分のいいものじゃないと思うし私無意識に可哀想って思っちゃってるってことなのかなって………あ、なんかごめん!私頭に浮かんだこと全部喋ってる」

アレックス「テウタさんらしいです。…そうですね、そういう区別を差別だって感じる人もいると思います。でもどんな物事にも違いはある。優劣だってある」

アレックス「大事なのは、その事実をそのまま受け入れることと疑問を持つのをやめないことだと思いますよ」

テウタ「…………」

N「アレックスの言葉はテウタの頭の中の靄(もや)に矢印を示してくれているように感じた。答えが出たわけではないけれど、何が分からなかったのかが分かった気がした」

テウタ「アレックス……あなた本当に15才?たまにもっと年が上なんじゃないかって気がする」

アレックス「へへ、ほとんどカルメンさんの受け売りです。ところで何か飲み物おかわりいりますか?」

テウタ「あ、じゃあ私は…………」

ヘルベチカ「僕、ドライマティーニ

N「言いかけたところでヘルベチカが遮る」

シュウ「ウォッカトニック」

リンボ「俺はラムコーク………と言いたいとこだけど車がなー、んじゃコークで。あ、2つね。すぐ飲んじゃうから」

アレックス「ドライマティーニウォッカトニックとコーク2つっと………」

モズ「僕はダイキリ

スケアクロウ「俺ライチオレンジ!」

テウタ「アレックス、お酒を扱う仕事は法律違反なんじゃなかったっけ?」

アレックス「ふふ、見逃してくれたらソフトドリンクはサービスにしておきますよ?」

テウタ「ふふ、乗った!じゃあ私、アップルサイダーね」

アレックス「それじゃ、少々お待ちください」

シュウ「…………(煙草を用意して)」

N「シュウはいつものように煙草を取り出したがちらっとイーディのほうを見てから煙草をしまった」

テウタ「(子どもの前では吸わないようにしてるのかな)」

リンボ「そういえばクロちゃん。頼んでたやつ、なんか出てきたか?」

N「リンボはソファに深く身を預けながら尋ねた」

スケアクロウ「ああ、ロスコーの情報ね」

イーディ「えっ………」

スケアクロウ「ロスコーは知っての通りブラックホークを中心に活動しているギャングだ。扱ってるのは銃やドラッグだけでなく人材派遣もお手の物」

テウタ「人材派遣?」

スケアクロウ「口入れ屋ってやつだよ。国内外から色んな人間を連れてきていろんな仕事に斡旋する。
合法なものから違法なものまでね」

スケアクロウ「とはいっても本人の経歴はほとんど綺麗なもんだ。前科といっても軽犯罪程度。てかいヤマで捕まるのはいつも下っ端だけ」

シュウ「よくある話だな」

スケアクロウ「ロスコーは州外のギャングとのネットワークもあるし、警察も奴には遠慮する。持ちつ持たれつってやつ」

シュウ「確か表向きには理髪店をやってるんだっけ?」

スケアクロウ「そ。ちゃんと税金も払ってる。厄介なギャングだよ」

リンボ「そこまでの地位を築いたギャングがなんでイーディみたいなコソ泥をわざわざ名指しで探してくるんだろうな」

ヘルベチカ「ギャングは制裁に厳しいですからね。ボスから盗めば厳罰が下る。それを示したかったんじゃないですか?」

シュウ「だったらイーディを殺すか連れ去るかするだろ?警察署の前でイーディの荷物だけを奪っていこうとしてたのはなんでだ?」

シュウ「車に積んでたドラッグが警察署から出てきたイーディのカバンに入ってるわけがないことくらいわかるだろ」

ヘルベチカ「そうまでして取り返したいものをイーディが持ってるってことですかね?取り返すまでは殺すわけにはいかないような、大事なものをね」

N「イーディは黙って眉間に皺を寄せ、拳を固く握りしめている」

テウタ「イーディ?」

リンボ「心当たりがあるようだな?ん?お前、ロスコーのことなんか知らないって言ってなかったか?」

イーディ「あいつは…………俺の親父を殺した」

テウタ「え…………」

モズ「…………」

リンボ「知らねえどころかめちゃくちゃ関係あるじゃねえか。なんでもっと早く言わねえんだよ?」

イーディ「サツでペラペラ喋る奴がいるかよ。それにサツは知ってるはずだ。知っててロスコーを逮捕できない」

リンボ「それで?親父の仇を取りたくてロスコーのブツ盗んだのか?」

イーディ「違う!あれは本当に知らなかったんだ!」

シュウ「どうだか」

イーディ「リンボだってわかってんだろ!車を盗むのだっていつもの小遣い稼ぎだ!ちょっとヘマしてサツに捕まったらそれにブツが乗ってた。ロスコーのブツだって知ったのは後になってからだ」

モズ「ロスコーと警察は仲がいい。盗まれたものの中に取り返したいものがあれば警察に手を回すだろうね。でもそうじゃないってことは…………」

イーディ「お、俺は本当に何も知らない!」

モズ「本当に?」

イーディ「そうだって言ってんだろ!」

リンボ「そんなら狙われる理由を探さないとな。それにお前、復讐なんて考えるんじゃないぞ?」

イーディ「…………」

シュウ「お前はまだガキだ。殺すことの意味が分かってない」

イーディ「意味って、どんな?」

シュウ「人を殺して自分に返ってくる感情がどんなものか分かってない。映画かなんかみたいに憎い相手を殺してスッキリするなんてことはない。こびりついて消えないもんがあんだよ」

イーディ「まるで人を殺したことがあるみたいな言い方じゃんか」

シュウ「あるよ。それも大勢、な」

テウタ「えっ!?」

N「周囲を見ても驚いているのはテウタだけだった。シュウが人を殺したことがあるとは、どういうことだろう。とても冗談ではなさそうな雰囲気だ」

イーディ「…………お前らに、俺の何が分かるっていうんだよ!このタトゥーの意味が、お前らに分かるか?」
N「イーディが袖をめくると腕には小さな数字のタトゥーがいくつも入っていた」

テウタ「(数字…いったいなんの数字なんだろう?)」

ヘルベチカ「…………」

ヘルベチカ「随分、短い子が多かったんですね」

テウタ「短い、子?」

イーディ「あんたは知ってるみたいだな。俺達は家族や仲間の生まれた年を彫る。で、死んだらその年を彫る。そうやって、仲間の死と一緒に生きてる」

イーディ「お前らの生きてる世界とは違うんだ。分かるわけない」

テウタ「でも…………でも、私は……私は分かろうとする人間でいたい」

イーディ「そういう偽善が一番腹立つんだよ!」

テウタ「君だって、私達のことを知らない!」

イーディ「………っ」

テウタ「私だってあなた達のことを知らない。知ろうとするのは悪いことじゃないでしょ?
私は知りたいし、君にも知ってほしい」

イーディ「……綺麗事だ」

リンボ「おい、イーディ」

イーディ「…………親父はもういない。家族を守れるのは、俺しかいない」

シュウ「…………」

リンボ「まだ話の途中だろ?ていうかもう食わねえのか?」

イーディ「もういらない!」

N「イーディは店の奥へと去って行った。母親や弟のいる部屋へ向かったのだろう」

スケアクロウ「え!?あ、えっと、ちょ、いいの!?」

リンボ「ま、そっとしとこう。あいつらを泊める部屋にはぺぺがついていてくれるし、大丈夫だ」

テウタ「…………」

ヘルベチカ「…………」

ヘルベチカ「彼が納得したとは思えませんけど、伝わっているとは思いますよ」

テウタ「そうだといいんだけど…………」

アレックス「お待たせしました」

N「シュウはイーディが立ち去るとすぐに煙草に火をつけた。空いた手でコインを投げて弄ぶ」

テウタ「表!」

シュウ「へえ、賭けるか?」

テウタ「見えたもん。私、目は良いんだから」

N「コイントスの表と裏を見抜く自信はある。ルカとの勝負でもテウタの勝率のほうが高いのだ」

N「シュウはニヤリと笑った」

テウタ「え、裏っ!?なんで!?」

シュウ「もう1回?」

N「シュウは余裕綽綽といった顔だ。シュウの親指から、コインが弾かれて舞う。テウタは
ほんの1秒も目を離さないように集中した」


テウタ「(今度こそ…………!)」

テウタ「今度は裏!」

N「シュウの口の端がニヤリと上がる。掌から現れたコインは表だった」

テウタ「えー!また外れた…私当てるの得意なのにな」

シュウ「CCT。コントロールコイントスっていう技だ」

ヘルベチカ「イカサマってことですか」

シュウ「練習して習得する技術だよ。見ろよ、コイントスっていうのはこうやって親指で弾いて、スピンしたコインの表と裏を当てるだろ?」

シュウ「キャッチした瞬間の面がどっちか分かっていれば相手がどっちに賭けても勝てる」

モズ「どっちに賭けても、っていうところが引っ掛かる」

シュウ「いいか?こうやって人差し指でコインの外側を擦ってフリスビーみたいに回転させて。で、宙に上がる瞬間にほんの少しだけ弾けばまるでスピンしたみたいに見えるが」

シュウ「実際はフリスビーを上に投げたのと同じで、コインの表裏はスピンしてない。だからこれは確実に表を向いたままだ」

シュウ「で、相手が表って言ってきたら…見せる瞬間に裏返す。これで確実に勝てるってわけだ」

スケアクロウ「立派なイカサマだな!」

テウタ「こうでしょ………こうやって弾いて……」

モズ「君、不器用なんだね」

テウタ「練習して習得するってさっきシュウが言ってたじゃない」

N「シュウはもう一度コインを投げてキャッチし、そのまま両手を挙げて掌を見せる」

スケアクロウ「あれ!?コイン、消えた!?」

リンボ「へえ、器用だな」

テウタ「どっちにしろイカサマじゃない。あっ!」

シュウ「だからコイントスなんかで大事なものを賭けるなってこと」

N「テウタの手から滑り落ちたコインをシュウが拾って手渡してくれる」

テウタ「(よーし、もう1回………)」

テウタ「できた!これは絶対裏!」

シュウ「はずれ。表だよ。俺が今渡したコインは両面とも表だから」

テウタ「え!?いつすり替えたの!?」

シュウ「さーて、いつでしょうね」

N「シュウは咥えていた煙草を潰してまた新しい煙草に火を点けた」

テウタ「(………今度ルカにやってみようっと)」


=========パライソガレージ外==========

N「イーディ達のことはカルメンに任せ、テウタ達は帰ることになった。イーディが名指しで狙われたことを考えるとその理由が分からないことには安全とはいえない。そのうえイーディが運び屋でないと証明することも必要だ」

テウタ「(私にできることは情報集めくらいかな……)」

N「突然シュウが足を止め全員を制止する」

シュウ「しっ……」

リンボ「どうした、シュウ(小声で)」

N「シュウは足音を立てずに数歩進み、勢いよく建物の間の暗がりに踏み込んだ」

殺し屋「くっ!」

N「シュウは暗がりから男を引き摺り出し、後ろ手に押さえ込んだ。フードを目深にかぶっていてその顔は見えない」

スケアクロウ「え、ええっ!?誰?誰だよ!?」

シュウ「お前、店の中にいる時から俺達のこと見てたろ?何が目的だ?」

N「シュウは男が持っていた銃やナイフを次から次へと取り上げて地面に落としていく」

モズ「どこにそれだけ隠してたの………」

N「シュウは男のフードをめくった」

シュウ「………お前の顔、見たことがある。殺し屋だな?誰に雇われた?何が目的だ?」

殺し屋「言うわけな……」

N「シュウが男を壁に押しつける」

シュウ「お前は腕のいい殺し屋だ。だったら分かるだろ?今、自分がどういう状況か。それに、キラー・キラーの噂も」

N「シュウはどこからか銃を取り出し、男の顎に銃を押し当てた」

テウタ「え、ちょっと、シュ、シュウ!」

モズ「大丈夫」

テウタ「(大丈夫って…)」

シュウ「口に出さなくてもいい。イエスなら1回、ノーなら2回瞬きしろ。狙いは俺達か?」

殺し屋「………」

N「男のまばたきは2回」

テウタ「(つまり、ノー。狙いは私達じゃないって意味………?)」

シュウ「雇ったのはロスコーか?」

殺し屋「………」

N「まばたきは1回のみだ」

ヘルベチカ「ロスコーの差し金、ですか」

N「シュウは手を離した。男は身構えるが、シュウは両手を挙げて見せる。その手に銃はもうない」

リンボ「よし、こうしよう。ロスコーより多く払ってやるから俺達に付け」

N「リンボは懐から小切手帳を取り出して金額を書いた。男は受け取り、金額を見て黙っている」

テウタ「(いくらって書いたんだろう……)」

殺し屋「……分かった」

リンボ「よし、取引成立だ」

シュウ「お前ら先に帰っててくれ。あとは俺が話をつけておく」

スケアクロウ「………」

モズ「………」

リンボ「んじゃ、頼んだぞ、シュウ」

テウタ「え!?いいの?あの人、殺し屋ってさっき言ってなかった?シュウをひとりにして大丈夫?」

ヘルベチカ「大丈夫ですよ。むしろそのほうがいい。行きましょう」

テウタ「………シュウ、また、あとでね?」

シュウ「………」


========スケアクロウ邸宅 自室にて======

N「テウタは帰ってきて取材メモを整理しながらぼんやりと考えていた。イーディが図らずも盗んでしまったものの中に、殺し屋を雇ってでも取り返したいものがあるのかもしれない。しかし、イーディには心当たりがない………」

イーディ「あいつは………俺の親父を殺した」

N「イーディは関係ないと言っていたがあの時のイーディの言葉には何か強い感情が込もっていた」

テウタ「(イーディは、何を考えてるんだろう…住んでいる世界が違う、か…)」

SE:ノック音

テウタ「はーい」

スケアクロウ「や、やあ。こんばんは」

テウタ「こんばんはって、さっきまで一緒だったでしょ?どうかした?」

スケアクロウ「えっと、その…なんていうか」

テウタ「なあに?中入って話す?」

スケアクロウ「いやっ!?出来れば、外、出てこられる?だってほら、女の子の部屋に入るのは、ちょっと…」

テウタ「そんなに気にしなくてもいいのに…」

N「テウタは言われるまま、廊下に出た」

テウタ「それで?なあに?」

N「顔を覗き込むとスケアクロウは勢いよく顔を背けた」

スケアクロウ「こ、これ、よかったら…」

テウタ「CD?」

スケアクロウ「そ、そう。ほら、なんていうの、ミックステープってやつ。俺のオススメの曲とか流行りの曲とか、あと寝る前に聴くと安眠できるやつとか」

テウタ「あ、ありがとう…」

スケアクロウ「この部屋、プレイヤー置いてあるだろ?あのスピーカーめちゃくちゃいいんだ」

テウタ「うん、ラジオとかはちょっと聴いてみたよ」

スケアクロウ「結構いい音だろ!結構っていうか、かなり!」

テウタ「うん!この家広いし、他の人の部屋も遠いから大きい音で聴いても迷惑にならないしね。私が住んでたアパートだと夜中のテレビの音とか気になるくらいだったもん」

スケアクロウ「………よかった、笑った」

テウタ「え、なに?」

スケアクロウ「いや、その…なんかほら、色々大変だったし、それに急に違う家で暮らすのって大変だろうし………とかとか………」

テウタ「ありがとう。心配してくれてたんだ。クロちゃんって優しいんだね」

スケアクロウ「えっ!?あ、そりゃ、優しい、よ?えっと……ほら、俺、家主だし!客をもてなすのも役目だろ?」

テウタ「ふふ…じゃあ、おもてなしありがとう」

スケアクロウ「へへ……喜んでもらえたのなら何より」

テウタ「それにここの家はみんな仲が良いんだね。なんかシェアハウスみたいで楽しいし、私も仲間に入れてもらえてうれしいよ」

スケアクロウ「え?あ、はい、えっと………いやあ、なんか照れるな。実はさ、その…この家、みんなが一緒に暮らすようになったのって最近なんだ」

スケアクロウ「用があるときだけみんな集まって、帰ってく感じだったんだけど、最近は寝泊まりするようになって…でもその前はさ、俺ずっとこの家でひとりだったんだ」

スケアクロウ「だから、誰かと一緒に生活するのって慣れてなくて…やっぱさ、ほら、朝とか夜とか、なんかみんなで飯食ったりして、ああいうのちょっといいよな…」

スケアクロウ「あれ、俺何言ってるんだろうな」

テウタ「私も楽しいよ。本当にありがとう、クロちゃん。おやすみなさい、また明日」

スケアクロウ「う、うん。おやすみ、ま、また明日」

 

=======自室にて=====

テウタ「………」

N「机の上に目をやると犯罪心理学の本が何冊か積まれている」

テウタ「(明日はサウリ先生に本の取材に行く日だ。予習はばっちりしたつもりだけど、緊張するなあ)」

テウタ「(あとイーディのこと………私にも何か調べものとか力になれることがないか、リンボに聞いてみよう」


====翌朝リビングにて=====

 


テウタ「おはよう」

N「皆はもう起きていて、シュウとモズの姿は見えなかった」

スケアクロウ「おはよう。モズはもう仕事に行ったよ。朝ごはんは冷蔵庫の中に入れておいたって」

テウタ「そうなんだ、ありがとう」

ヘルベチカ「おはようございます。随分調子がいいようですね」

テウタ「うん。ここのベッド寝心地良くって」

スケアクロウ「だろぉー?」

N「テウタはコーヒーを飲みながらテーブルにあった新聞を手に取る」

リンボ「あ、スポーツ欄だけ読んでもいい?」

テウタ「はい、どうぞ」

シュウ「リンボ」

リンボ「おお、シュウ。おはよ」

シュウ「これ、一応」

リンボ「げっ!いらねーよ、そんなん。破って捨てろって」

テウタ「それ、昨日の殺し屋に渡したやつ…?」

N「シュウが取り出したのは小さな紙切れだった。昨日リンボが殺し屋に手渡した小切手のように見えるが、
赤黒く汚れている」

N「その時、携帯が鳴る。フルサークルを受信した音だ」

N「フルサークルに投稿された文章はこうだ」

???(モズ)『街の人と繋がれば、それは巡って円になる。ニューシーグが平和で美しい街だなんて誰が言った?誰もそんな風に思ってないか。昨日ベルスターの裏通りで一人静かに死んだのは、裏社会では名の知れた殺し屋のノーマ。どこに隠してるのかっていうくらい武器を持ち歩いてるって有名だったのにね。自慢の武器も役に立たなかったってことか。さーて、気になるのは誰が殺したのか、かな?』」

テウタ「この人、昨日の…?」

N「頭の中でいくつかのキーワードが繋がっていく。昨日出会った殺し屋、血の付いた小切手、キラー・キラー」

N「テウタが思わずシュウの方を見ると鋭い目をしていた」

テウタ「話をつけておくって…」

ヘルベチカ「もういいんじゃない?隠すことでもないでしょ?」

テウタ「隠す?何を?」

ヘルベチカ「君は賢いから、想像はついたでしょう?シュウはキラー・キラー、
つまり、殺し屋殺しの殺し屋」

テウタ「殺し屋を殺す、殺し屋…?シュウはバウンティハンターだって言ってなかった?」

シュウ「本業はな。その他にも用心棒やら傭兵やら色々やってる。殺し屋殺しはボランティアだけどな」

テウタ「…………」

シュウ「お前に俺のことをいちいち話すつもりはないし、理解してもらおうとも思ってない」

シュウ「『復讐の種は一粒も残すな』それが俺を育ててくれた師匠の教えだ。だから余計な種は消す」

テウタ「人を…………殺すってこと………?」

シュウ「お前も言ってただろ?『何が正義かは自分で決める』って。同じことだ」

テウタ「(そうだけど…)」

N「返事が言葉にならず、黙ってしまう」

ヘルベチカ「人殺しだなんて、軽蔑でもしました?」

テウタ「………理解しようと頑張ってるの。でも、もう少し時間がかかりそう。ごめん」

N「それ以上何も言えず、シュウのほうを見ることもできず、テウタはリビングを離れた」

 

=====ニューシーグアカデミア学外======

テウタ「ふう…………」

N「今日はサウリが時間を作ってくれて最近出版したばかりの犯罪心理学についての本を取材することになった」

N「アカデミアの門の前で入構手続きを待つ間にもテウタは緊張していた」

テウタ「(先生の本はしっかり読みこんできたし、ニューシーグトゥデイの担当者にも話を通してあるし…………うん、大丈夫!…………のはず)」

守衛「ブリッジスさん、中へどうぞ」

テウタ「あ、はい!」

テウタ「えっと、サウリ先生がいるのは大学棟の研究室だから………」

SE:着信バイブ

テウタ「(あ、サウリ先生だ)」

テウタ「はい、あの、もしもし!」

サウリ「ああ、テウタさんこんにちは。いま、どちらにいらっしゃいますか?」

テウタ「えっと、入構手続きが終わって、高等部の中庭あたりです」

サウリ「ああ、早めにいらしてくれたんですね。ちょうどヘルベチカが来てるんであなたを迎えに行くように言ったんですよ」

サウリ「もしかしたら、途中で会うかもしれないですね」

テウタ「そうだったんですね。わざわざありがとうございます。それじゃ、ヘルベチカに連絡を取ってみます」

サウリ「そうしてください。お待ちしてます」

テウタ「…………」

テウタ「(ヘルベチカ来てたんだ…だったら朝車一緒に乗せてくれてもよかったのに)」

ヘルベチカ「(耳元で)いま、心の中で僕の悪口言ったでしょう?」

テウタ「わっ!ヘルベチカ!」

ヘルベチカ「お迎えにあがりましたよ」

テウタ「あ、ありがとう…悪口は言ってないからね。朝、さっさとひとりで出ていかないで、私も一緒に車乗せてくれればよかったのにって恨み言は言った」

ヘルベチカ「そうですか。でも一緒に出る気はなかったんで、残念でしたね」

テウタ「(…………正直すぎる)」

SE:ノック音

テウタ「こんにちは、今日はお時間ありがとうございます」

サウリ「こちらこそ、お会いするのを楽しみにしていたんですよ。飲み物は紅茶でいいかな?」

テウタ「はい、ありがとうございます」

ヘルベチカ「本当はコーヒーのほうがいいって、はっきり言ったほうがいいんじゃないですか?」

テウタ「え?」

ヘルベチカ「君、紅茶よりコーヒーの方が好きでしょう?」

テウタ「そ、それは、両方好きだもん」

ヘルベチカ「小さいことで遠慮してると、そのうち大きく損しますよ」

サウリ「はは、あまりお嬢さんを困らせるな、ヘルベチカ。コーヒーのほうが好きだったんだね?ちょうど私も飲みたかったんだ。コーヒーにしよう」

サウリ「ヘルベチカには物事ははっきり判断して、はっきり口にするように言って育てたせいかまあこの通りだよ」

ヘルベチカ「おかげさまで」

テウタ「では、お言葉に甘えて、コーヒーいただきます」

サウリ「それで、今日は犯罪心理学について、だったかな?」

テウタ「はい、この前出版された本について色々お伺いしたくて。先生は心理学も専門にされているんですか?」

サウリ「私は心理学というより、犯罪心理学に絞って興味があるんだ」

サウリ「被害者の損傷から犯行状況を読み解くためにその心理を研究した、というのが始まりかな」

テウタ「それが警察の捜査の一助にもなっているんですね」

サウリ「多種多様な犯罪には色々な視点での捜査が必要になってくる」

テウタ「本の中でFBIのプロファイリングにも触れてましたね」

サウリ「へえ、随分と勉強熱心だね。ヘルベチカだって読んでいないのに」

ヘルベチカ「僕、心理学は専門外なんで。でも序文と後書きは読みましたよ」

サウリ「(笑いながら)この通りだ」

テウタ「連続殺人からテロリズムまで、ありとあらゆる犯罪をケースによって分類されてるのがとても興味深かったです」

サウリ「ありがとう。どうやら相当読み込んでもらってるみたいだ。そうだ、生徒達と一緒に作っているテストをやってみないか?」

テウタ「テスト、ですか?」

サウリ「犯罪心理のプロファイリングは長年研究されていて、様々なデータが蓄積されている」

サウリ「しかし人の心というのは数値では測ることは出来ない。分類するのはとても難しい」

サウリ「犯罪捜査におけるプロファイリングでは犯人との向き合い方がとても重要だ」

サウリ「更にとても難しいのが『誰が』向き合うのかということでも成果が変わってしまう」

サウリ「そこで、大学の生徒達と制作しているのが簡易的なイニシャルアセスメントだ」

テウタ「イニシャルアセスメント?」

サウリ「分類するためのテストではなく相手を知るためのテスト。その結果を元に誰が、どのように、向き合うべきかその指針を探るものだよ」

テウタ「なんだか、難しそうに聞こえるんですけど…………私に何かできるんでしょうか?」

サウリ「簡単な質問に答えていくだけでいいんだよ。どうかな?」

テウタ「分かりました。やってみます」

サウリ「テストは2つ。まずはこれだ」

テウタ「(う…………学生時代のテストみたい…………)」

サウリ「いま、ちょっと苦手そうな顔をしたね?大丈夫、イエスかノーにチェックを付けるだけだよ。アンケートみたいなものだ。あまり考えすぎずにね?」

テウタ「分かりました」

テウタ「(考えすぎず、直感で…………)」

N「アンケートにはつぎのような質問内容が並んでいた」


====================

リンボ「相手の間違いを指摘できるほうだ」

シュウ「他人を頼るのはあまり好きではない」

スケアクロウ「他人にプレゼントを選ぶのが好きだ」

ヘルベチカ「自分の行動は感情的というより、理論的だ」

モズ「結末を予測して、準備するほうだ」

リンボ「好奇心が強いほうだ」

モズ「人や動物の世話が好き」

シュウ「分からないときは、わかるまで追求する」

ヘルベチカ「社会問題に関心があるほうだ」

スケアクロウ「最後の1問!失敗したことを長く後悔するほうだ」


=============================

テウタ「できました!これって性格診断のようなものですか?」

サウリ「そうとも言えるし違うとも言える。私は『自分に当てはまるものを選べ』とは言わなかったし、この回答用紙にも書いていない」

サウリ「ただ、大抵の場合は君のように性格診断だと思って自分に当てはまるものを選ぼうとするものだ」

サウリ「その中で、無意識に自分を『理想像』に当てはめようとすることがある。この質問はそういう傾向を引き出すように作られているんだよ」

テウタ「理想像に、当てはめる?」

ヘルベチカ「つまり、今の自分自身に当てはまるかどうかではなくて、こうありたいという願望も反映されることがあるってことです」

テウタ「なるほど………」

テウタ「(言われてみればそういう気持ちで選んだところがあるような気もする………)」

サウリ「君は他人との距離を詰めるのが上手なんじゃないかな」

テウタ「あんまり意識したことないですけど…」

サウリ「君は何かを取り繕ったり、他人との間に壁を感じさせることがあまりないような気がするね。
ヘルベチカはどう思う?」

ヘルベチカ「さあ、どうでしょうね。自然体だとは思いますけど?」

サウリ「ああ、いいね、その言葉。自然体。まさにそうだと思うよ」

テウタ「そ、そうですか?」

サウリ「それじゃ、もうひとつのテストだ。これから私が架空の事件の話をする。誰を裁くべきか、君に決めてもらおう」

テウタ「(誰を裁くべきか…なんだかこれも難しそう)」

サウリ「ひとりの物静かな少年がいた。彼は高校生で友達が少なく、彼がどんな人間か同級生たちはほとんど知らなかった。中には彼の名前を知らない人間もいた」

サウリ「彼は学校で孤立し、精神的な嫌がらせを受けていた。時に肉体的な虐めを受け、酷い怪我を負うこともあった」

サウリ「彼はある日、学校に銃を持ち込み、生徒や職員を撃った。死者も出た。しかし被害者は無差別に撃たれたわけではなく、これまで彼を無視し、攻撃し、貶めてきた人間だった」

サウリ「最後に彼は持っていた銃で自殺を図った。彼が持っていた遺書には生まれてからこれまで親からうけてきた酷い虐待の数々が記されていた」

サウリ「しかし、病院に運ばれた彼は一命を取り留めた。緊急手術を受ける。その手術を担当した医者は学校で彼に撃たれ、殺された子供の親だった」

サウリ「医者は手術の最中に、ほんの一時手を止めた。その短い時間が少年の命を奪うことになるとしりながらね。そして犯人の少年はそのまま手術台の上で死んだ」

サウリ「お話はここまでだ。さあ、いろんな人間が出てきたね。事件を起こした少年。彼を虐待した親、彼を虐めていた同級生や教師、そして彼を見殺しにした医者。この中から一人だけを裁くとしたら、君は誰を選ぶ?罰せられるべきは誰かな?」

サウリ「先に言っておくが『全員に罪がある』という選択肢はない。誰かを罰せなくてはいけない。さあ、選んでご覧?」

テウタ「選べません…」

サウリ「ふむ、誰を裁くことも出来ない。それはどうして?」

テウタ「だって、それぞれに事情もあるし、でもそれぞれに罪があると思えるし…………」

サウリ「つまり、罪がある人間が目の前にいるのに、君はその誰かを裁く責任から逃れたわけだ」

テウタ「それは…………」

サウリ「そんな顔をしないで。君を責めているわけではないんだ。この問題に答えはない。大抵の人間は『選べない』という選択をする」

サウリ「しかし『選べない』というのは実際のところ優しさでも正義でもないのだよ。誰かを罰すること、つまり法律がこの世界の形を守っているんだ」

サウリ「この世界の形を守るためには誰かが責任をもって選択しなければならない。時に苦しい選択をね」

テウタ「そう………ですね」

テウタ「(ルカやリンボは毎日こういう責任と向き合ってるってことなのかな…)」

サウリ「さて、テストは以上だ。付き合ってくれてありがとう。お嬢さん」

テウタ「このテストでどんなことが分かるんですか?」

ヘルベチカ「ふふ…」

テウタ「(ん?なんで笑ったんだろう)」

サウリ「実を言うとね、このテストはまだサンプルを集めている段階なんだ。つまり君にもサンプルとして協力してもらったというわけだ」

テウタ「そ、そうだったんですね…」

サウリ「なんだか騙して協力させたみたいですまないね」

テウタ「い、いえ!むしろホッとしました。なんかこう、私の回答から犯罪者の素養があるとか言われたらどうしようかと…」

サウリ「はは、そんなことはないでしょう。でも君の人となりがほんの少し見えた気がするよ」

テウタ「そ、そうですかね…」

テウタ「(なんかちょっと恥ずかしいな…)」


=====セントラルコア街中=====

N「サウリは本の事だけではなく最新の研究の事などを沢山話してくれた。ヘルベチカは仕事が残っているらしくクリニックへ戻っていった」

テウタ「(後でメモを整理して、どんな記事にするのか考えようっと」

N「そんなことを考えているとテウタの横に一台の車が止まった」

リンボ「(芝居がかった口調で)お嬢さん。乗っていきません?」

テウタ「(同じように)お願いしようかしら?」

N「わざとおどけて言うとリンボは笑った」

=====リンボの車内にて=====

リンボ「仕事か?」

テウタ「うん。サウリ先生のところに取材」

リンボ「…………」

リンボ「あのさ、シュウのことだけど………」

SE:着信バイブ音

リンボ「悪い、誰からか見てくれるか?」

テウタ「えっとね………カルメンさんからだよ」

リンボ「ん、じゃあスピーカーで繋いでくれ」

カルメン「ちょっと大変!お願い!今すぐ来てちょうだい!!」

テウタ「カルメンさん?どうしたんですか?」

カルメン「とにかく早く、お願い!」

N「電話は切れてしまった」

テウタ「リンボ」

リンボ「ああ、分かってる。なんかあったみたいだな。急ごう(ウインカー音)」

カルメン「どうしまショ、いなくなっちゃったのヨ!いないノ!どこニモ!」

リンボ「落ち着けって、どうした?何があった?」

アレックス「イーディに店の掃除を手伝ってもらってたんですが、ゴミを捨てに行くと言っていなくなってしまったんです」

テウタ「そんな………今はひとりにならない方が」

イーディの母「リンボさん、どうしましょう!私にも何も言わずにいなくなってしまって………」

リンボ「イーディがいなくなったって気づいてから、どのくらいだ?」

アレックス「30分以上は経ってると思います」

スケアクロウ「リンボ?どうした?あ、スケアクロウです、この電話は、ただいま電波の…」

リンボ「クロ、急ぎだ。街の監視カメラを覗いてイーディが今どこにいるか探してくれ」

スケアクロウ「わ、分かった」

N「立て続けにリンボの電話が鳴った」

リンボ「はい、フィッツジェラルド………ルカ?どうした?今ちょっと立て込んでて………」

ルカ「急いで警察署に来てくれるか?イーディの弁護士として(深刻そうな声で)」

リンボ「何があった?」

ルカ「イーディが、ロスコーを撃った」

 


=====ニューシーグ警察署=====

N「テウタとリンボが警察署へ駆けつけるとそこにはシュウが居た」

シュウ「あっちだ。ルカと一緒にいる」

N「イーディはルカの傍にいた。背後には警察官が立ち、がたがたと震えている」

ルカ「トンプソンの路地裏で撃たれた。今病院に居て、一応、まだ生きてる」

リンボ「そうか、よかった」

シュウ「………復讐なんてやめとけって言ったはずだ」

ルカ「………………」

リンボ「ロスコーが死ななくてよじゃったな。お前の年齢でも、殺しは罪が重い」

イーディ「……っ!」

N「殺し、という言葉をイーディは明らかに恐れているようだ」

リンボ「なあルカ。イーディはロスコーに狙われてた。昨日は殺し屋まで来てたんだ」

ルカ「それ、弁護のための嘘じゃあないよな?」

リンボ「本当の本当。イーディの弁護は俺が引き受ける。証拠はすぐに揃えられるからな」

ルカ「イーディが狙われた理由は?ブツを盗んだからか?」

リンボ「それ以外、があるんじゃないか?イーディ?」

N「イーディは震える唇を噛んで、靴下の中から小さな鍵を取り出した」

イーディ「……盗んだ車の中にあった。大事そうに隠してあったから、金になるかと思って持って逃げたんだ」

シュウ「そういうことはもっと早く言えよ!」

イーディ「ロスコーはこれを狙ってるんだと思ったんだ!きっとあいつにとって大事なものなんだと思ったから取りに来いって呼び出した………」

シュウ「………なるほど、父親の仇取るのに呼び出すエサにしたわけか」

テウタ「(イーディ……お父さんの仇をとろうって、ずっと考えてたんだ…)」

SE:ルカの携帯の着信バイブ

ルカ「はい、ディアンドレ…………そうか、分かった」

テウタ「ルカ?」

N「ルカは険しい顔で大きく息を吐いた」

ルカ「今、病院でロスコーが死んだ。左胸に2発。失血死らしい」

N「イーディは震えていた。そして大きく見開いた目から涙がこぼれ出す」

イーディ「ぅ……ぁ…………」

N「リンボは険しい顔のまま、身をかがめてイーディに顔を近づけた」

リンボ「差し迫った危険がそこにあった。そうだろ?」

イーディ「ぅ…くっ…(泣きながら)」

リンボ「相手は大人で、お前は子どもだ。ましてや向こうはギャングのボスだ。向かい合うだけでも怖い。
殺されるかもしれないって思うよな?」

N「リンボは言い聞かせるように、ゆっくりと続ける」

リンボ「だってお前は子どもなんだ。危険を感じたから撃った。撃つしかなかった。そうだろ?」

イーディ「…………」

N「イーディは歯をくいしばって、ぎゅっと目を閉じた」

ルカ「(強い口調で)リンボ」

N「ルカが声をかけようとすると、リンボはそれを制した」

リンボ「もう一度言う。いいか、よく聞け。差し迫った危険がそこにあった。命の危険を感じた。だから撃つしかなかった。そうだろ?」

N「リンボの言葉の意味を、テウタもようやく理解した。差し迫った危険がそこにあった命の危険を感じた。だから撃った。つまり、リンボがルカの目の前で証明したいのはこれが『正当防衛』だということだ」

ルカ「自供だけじゃ、正当防衛は成立しない」

リンボ「ああ、そうだ。でもイーディには命を狙われてた証拠がある」

テウタ「…………」

N「テウタは大きく息を吐いて、少しだけイーディ達から離れた。頭の中を整理する。イーディはロスコーを殺した。殺してしまった。きっとリンボなら、正当防衛を勝ち取れるだろう。黒い噂の絶えないギャングのボスが死んで、イーディは重罪を問われることなく元の生活に戻る」

シュウ「何を考えてるんだ?」

テウタ「…………私なら、止められるかもしれない」

シュウ「時間を遡るってやつか?遡ってどうする?ロスコーを助けるのか?」

テウタ「………こんなこと言ったら軽蔑されるかもしれないけど、ロスコーを助けたいって気持ちはない。助けたいのは、イーディの方だよ」

テウタ「あの子、お父さんを殺された被害者なのに、なんで人を殺すような重荷を背負わされなきゃいけないの?なんでそんな選択、あの子がしなきゃいけないの?」

シュウ「それが復讐ってもんだ」

テウタ「シュウ、言ったよね?こびりついて消えないものがあるって。イーディは殺しの意味を分かってないって」

シュウ「…………」

テウタ「私は、私が正しいと思うようにやってみる。だから、止めないで」

シュウ「時間を遡るなんて、止め方分かんねーよ。………でも、できることならそうしてくれ(ふっと笑って)」

N「テウタは目を閉じた」

テウタ「(集中しなくちゃ。暗い、暗い、映像の向こう側へ…………)」

 

=======遡った数時間前。フリーモントモーテルにて=====

テウタ「(ここ、どこっ!?私、誰になった!?)」

テウタ「(ここは…………モーテル?えっと…フリーモントモーテル…)」

N「目の前には清掃用具を乗せたカート、モップ、ごみ袋…どうやら清掃員のようだ」

N「胸についているネームプレートには『モーガン』と書かれている。とりあえずポケットを探ってみるが携帯電話はない。あるのはおそらくチップであろう数ドルだけだ。腕時計を見るとリンボ達が警察署へ向かうよりも前だった。今からロスコーを探すのは無理だとしてもイーディはまだカルメンの店にいるかもしれない」

テウタ「(どうにかしてリンボ達に連絡を取れればいいんだけど…公衆電話なんてあるのかな)」

N「周囲を見回すとテラスにいる人たちが目に入った。トランプかなにかをしているようだ」

モーガン「あの、すみません。携帯を貸してもらえませんか。ちょっと急いでるんです」

客「ん?今いいところなんだ。あとにしてくれ」

モーガン「本当に少しだけでいいんです、すぐ済みますから!」

客「こっちは勝負してんだよ、邪魔しないでくれ」

テウタ「(どうしたらその気になってくれるかな)」

モーガン「な、なら私と勝負しない?」

客「あんたと勝負だって?」

モーガンコイントスで勝負よ。私の掛け金は10ドル。勝ったら携帯を貸して。どう?」

客「そんなに電話したいなら公衆電話でも探せよ。どっかにあるだろ」

モーガン「(机を叩いて)すごく急いでるの!勝負するの!?しないの?どっち?」

客「わ、わかったよ…」

N「テウタはシュウに教わったコイントスの方法を思い出す」

テウタ「(確かやり方は…………人差し指でコインの外側を擦るんだよ。フリスビーみたいに回転させるだけで表と裏は同じままになるはず………)」

モーガン「さあ、どっち?」

客「表だ!」

テウタ「(表のままトスしたからこれは表。つまり手を開くときにひっくり返して………)」

モーガン「裏よ」

客「何!?ちくしょう、外したか」

モーガン「ほら、早くして!携帯よ!ちゃんとロックは解除して!」

客「わ、分かったよ、ほら」

モーガン「ありがとう」

テウタ「(どうしよう……えっと、リンボ………いや、ここはシュウにかけた方がいいのかも。シュウならトンプソンの路地裏って伝えればロスコーに近づけるかもしれない)」

モーガン「もしもし、シュウ!?私、テウタ!」

シュウ「あ?お前誰だ?」

モーガン「テウタよ、信じて。信じられなくても言うこと聞いて!聞かないと、あとでシュウもきっと後悔する」

シュウ「ひでえ脅しだな」

N「テウタは構わず続ける」

モーガン「いい?イーディはロスコーに復讐するためにカルメンの店を抜け出す。武器は銃。左胸に2発で失血死だった。ロスコーを撃つ前に、イーディを止めて欲しいの!お願い!」

シュウ「ふうん……」

テウタ「(シュウ、信じてくれてないかもしれない…でも今はシュウが信じてくれるって信じるしかない!)」

モーガン「…イーディは、殺すことの意味も自分に返ってくる感情がどんなものかも知らない。あの子は、父親を殺された被害者だよ。そんな重荷を背負うべきじゃない。私はそう思った」

シュウ「だから時間を遡って、ねえ…」

テウタ「(もう時間がない…今ならルカに連絡しても間に合うかも)」

モーガン「もう時間がないの!聞く気がないなら…」

ルカ「ロスコーの居場所は?俺が先回りする」

モーガン「トンプソンの路地裏にある廃ビルよ!信じてくれてありがとう。もどったら私も行くから!」

テウタ「(間に合って…………お願い…………!)」

N「テウタは目をぎゅっと閉じる」

=======トンプソンの路地裏=====

テウタ「(戻ってきた…………!)」

N「周囲を見渡すとそこは警察署ではなかった。ここはどこなのか。何が変わったのか、腕時計を見るとロスコーが死んだ時間をさしていた。目の前にいるロスコーは胸を押さえている」

イーディ「あ…………ぁ…………」

N「リンボの横に銃を構えたイーディが呆然として立っている。ロスコーは胸を押さえたまま膝から崩れ落ちた」

リンボ「イーディ、貸せ!」

N「リンボが震えるイーディの手から銃を取り上げた。倒れていたロスコーが立ち上がろうとするのに手を貸したのはシュウだった」

テウタ「(シュウ?ロスコーは生きてる…………!?)」

N「テウタがシュウに連絡した。だから一行は此処にいる。けれどロスコーが撃たれたということは状況は変わっていないのだろうか」

ロスコー「おい、お前。俺を狙ってくる奴がいるから防弾ベストを着ておけってこのことだったのか?」

N「ロスコーは隣に立つシュウに声を掛けた」

ロスコー「このクソガキ、俺を呼び出して撃とうとしたんだな。お前の父親と同じように殺してやろうか?」

N「ロスコーが銃を抜いた」

テウタ「ちょ、ちょっと!」

SE:パトカーのサイレン音&車のブレーキ音

ルカ「ここにいる全員、両手を挙げろ!」

リンボ「早く助けてくれ!こいつが子どもを撃とうとしてる!」

N「リンボは大きな声で叫びながら両手を挙げたまま銃を足元に置いた」

ロスコー「違う!そのガキが俺を撃ったんだ!見ろ!」

N「ロスコーは撃たれたはずの胸をみせる。防弾ベストを着ているというだけあって、血は出ていない」

リンボ「いや、イーディは撃ってない。こっちはオモチャの銃だからな」

N「リンボは足元に置いた銃をルカの方へ蹴る。ルカは拾ってマガジンを取り出した」

ルカ「空砲か」

ロスコー「どういうことだ!?見ろ、ここに撃たれた跡が…………」

N「ロスコーが胸を触って防弾ベストを確かめようとした途端、胸の辺りは更に大きな音を立てて弾けた」

ロスコー「な、なんだ、これ!?」

N「シュウは携帯で何かを操作していた」

N「シュウが何かを操作すると、ロスコーの防弾ベストが大きな音を立てる。そういう仕組みらしい」

ロスコー「てめえ、ハメやがったな!?このベスト、細工してやがったんだろ!」

シュウ「ベスト貸してやろうかって言ったら喜んで受け取ったのはあんただろ?後はこれも役に立つかな…………」

N「そういってシュウは更に携帯を捜査する」

ロスコー「お前の父親と同じように殺してやろうか?」

ロスコー「て、てめえ!?録音してやがったのか」

リンボ「あー、シュウ?俺ちょっと聞き逃しちゃったかも?(大袈裟に)もう1回頼める?もうちょっと大きな音で」

シュウ「はいよ」

ロスコー「お前の父親と同じように殺してやろうか?」

ロスコー「やめろっ!」

N「ルカは銃をロスコーに向けたまま近づく」

ルカ「なるほどねえ。これは取り調べの必要がありそうだな?ほら、大人しくしろ!」

====ニューシーグ警察署======


ヴァレリー「あんた達、揃いもそろってとぼけちゃって」

リンボ「とぼけてねえって。ちゃんと事情聴取に協力してるだろ?だいたいなんで姉さんがいるんだよ」

ヴァレリー「あたしはロスコーが関わってる案件をいくつも抱えてんの。だからこうして直々に、事情聴取にもわざわざ同席してやってるわけ。そうよねえ、ルカ?」

ルカ「そうです、そうです、その通りです」

テウタ「(ルカ………ヴァレリーさんにビビってるな…)」

ヴァレリー「ロスコーの話じゃ、妙な情報屋がロスコーが雇った殺し屋を殺した奴を知ってるとか言って近づいて来て、狙われてるから防弾ベストを着るように渡された、と」

ヴァレリー「で?その防弾ベストには細工がしてあって、イーディの持ってた銃は空砲で?その情報屋ってのはシュウ、あんたのことなんじゃないの?」

シュウ「知らねえって言ってんだろ?何回確認するんだよ。さっき制服警官にも話したぞ、知りませんってな。なあ、ここほんとに禁煙か?煙草吸っていい?」

リンボ「俺はたまたまあの場に通りかかっただけだ。可哀想な子どもがガラの悪い男に絡まれてたら、そりゃ当然声をかけるだろ?」

ヴァレリー「はあ…………ほんと…………なんなの…」

N「ヴァレリーは大きくため息をつく。しかしその顔には不自然なほど笑みが浮かんでいる。周囲を見回して、口元に手を当てて囁いた」

ヴァレリー「(小声で)ぶっちゃけロスコーを引っ張るネタが欲しかったのよ。でもあたしが身内使って差し向けたみたいに見えたら困るでしょ?だから、今から思い切り怒鳴るわよ」

ヴァレリー「(机を叩いて)ったく!あんた達は法と秩序ってもんを分かってない!事件捜査ってのは決まったプロトコルがあんの!!」

ヴァレリー「(小声で)プロトコルなんてクソ食らえよ。手順なんか守ってるから毎回ロスコーを取り逃すんだから」

ヴァレリー「あんた達はいつも何か企んでるわよね?ん?いつか痛い目見るわよ!」

ヴァレリー「(小声で)ほんと!サンキュね!大好きよ、可愛い弟!」

リンボ「なあ、もしかして姉さんがイーディの件、俺につないでくれたのってまさかロスコーの事を調べさせるのが目的で…………?」

ヴァレリー「そんなことないわよォ?あらっ、そろそろ時間だわ、急がないと。行くわよ、ルカ」

ルカ「はあ…………」

N「ヴァレリーは颯爽と立ち去って行った。ルカはげんなりしながらそれについていく」

=====廊下にて====

シュウ「ちょっと喫煙所行ってくる」

リンボ「あれ?ヴォンダ?」

ヴォンダ「おお、リンボか。調子はどうだ?」

リンボ「どっと疲れたところだよ」

ヴォンダ「はは、ちょうどご機嫌のヴァレリーとすれ違ったけど、それが原因かな?」

リンボ「そんなところだ。…………あ、お前は初めてだっけ?姉さんの上司のヴォンド・ウォルドーフ。ヴォンダ、こちら友人の…………」

テウタ「テウタ・ブリッジスです」

ヴォンダ「地方検事のヴォンダです。よろしく」

リンボ「噂、聞いてるよ。最高裁の判事の席がひとつ空くのを狙ってるんだって?」

ヴォンダ「ああ、その話か。ただの噂だよ。ゆっくりコーヒーでもってお誘いしたいところだけどちょっと今日は仕事が立て込んでてね。今日はこれで」

リンボ「またな」

N「地方検事のヴォンド・ウォルドーフ。テウタはもちろん知っていたが実際に会うのは初めてだった」

リンボ「(小声で)姉さんとは良い感じらしいけどそれを言うと姉さんに殺されるから気をつけろよ」

テウタ「肝に銘じておきます…………」

SE:靴音

テウタ「あ、シュウ。おかえり」

N「イーディは俯いたまま、ぽつんと廊下の椅子に座っていた」

リンボ「イーディ、もう少ししたらお前も事情聴取に呼ばれる。どんなことを話したらいいか、わかるな?」

イーディ「(小さく)うん」

N「イーディの声は小さく震えていた」

シュウ「人を撃つのはどんな気分だった?」

イーディ「え…………」

シュウ「…………」

イーディ「…怖かった」

シュウ「だろうな」

SE:靴音

テウタ「あ、カルメンさん」

カルメン「お母さんはあっちにいるワ。手続きとかが必要って呼ばれて…」

イーディ「(涙声で)母さん…」

シュウ「お前さ、家族を守れるのは自分だけって言ってたよな。ロスコーを撃ち殺して逮捕されてたらどうするつもりだったんだ?」

イーディ「…………」

N「イーディは答えられずに俯いた。」

イーディ「(声を詰まらせながら)復讐なんて意味ないって、分かってる。でも、それだけで頭がいっぱいになるんだ。どうしていいか分からない………」

イーディ「父さんが死んだとき、色んな事を考えた。もし生まれた場所が違ってたら、もっと楽な生活が出来てたかもしれないって…………」

イーディ「生まれ変われたら………欲しいものがたくさんある。この街じゃない、どこかもっと遠くに生まれたい………そんな風に思った」

イーディ「どうしていいか…………分からないんだよ………!」

テウタ「…………」

テウタ「…………欲しいものは、全部手に入れていいの」

N「テウタはイーディの手を強く握った」

テウタ「私もね、家族を誰かに殺された。でも世の中には病気にもならず、事故にも遭わず、良いことばっかりある人もいる」

テウタ「不公平だって思うよね?私もそう思う」

テウタ「私も君も、運がある方じゃないのは確かだよ。それでも、生きていく覚悟をしなくちゃ」

テウタ「君が行きたい世界があるなら、君からそこに踏み出すの」

イーディ「(泣きながら)ありがとう…」

N「イーディはテウタの手を強く握ったままもう片方の手で顔を覆って泣き続けた」

N「リンボはイーディの頭をくしゃくしゃにして撫でた」

リンボ「誰かを幸せにしたいなら、自分がまず幸せになるべき。これ、リンボ哲学な」

リンボ「それから、お前の弁護士として助言だ。お前は13歳の犯罪者だ。軽犯罪でも重ねていけば選択肢はあまりない。言いたいことは、分かるな?」

カルメン「仕事を探してるなら、いつでも相談に乗るわヨ」

シュウ「カルメンのとこはやめとけ、飯が不味い」

カルメン「うちは全部お取り寄せメニューなのヨ!不味いのはたまによ、たまに!」

N「イーディはようやく笑顔を見せた」

リンボ「あとは形式的な書類手続きだけだな。メシどうする?食って帰るか?」

テウタ「あ、クロちゃんたちどうするかな。なんか買って帰る?」

リンボ「じゃあ中華にしようぜ。俺、回鍋肉食いたいなー。ほら、キリン・デリの回鍋肉は油がカギで……」

テウタ「か、鍵!そうよ、鍵!」

シュウ「どうしたんだよ急に」

テウタ「イーディの靴下の中の鍵!」

カルメン「靴下の、中?」

イーディ「え!?」

テウタ「イーディの靴下の中!ロスコーがイーディを狙っていた理由は靴下の中に隠した鍵よ!イーディが盗んだ車の中にあって持ち出しちゃった鍵!」

リンボ「お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」

シュウ「…………」

テウタ「えっと、それは、その…あれよ、その………」

テウタ「(別に隠しておくことでもないけどイーディやカルメンは私が時間を遡れるってことは知らないし、ここで説明してもなんかおかしなことになるよね…なんて誤魔化そう)」

シュウ「はあ……」

シュウ「俺がロスコーんとこに行ったときに鍵の事聞いたんだ。で、まあ隠しておくなら靴下だろうなって、こいつに話してたんだ」

N「シュウはそういってちらりとテウタの方を見て微笑んだ」

テウタ「(シュウ、ありがとう!)」

N「イーディは黙って鍵を差し出した」

テウタ「これ、なんの鍵だろう…」

イーディ「車のダッシュボードに封筒に入ってしまってあったから、きっと金庫の鍵かなんかだと思って…………」

シュウ「貸金庫、かな。チップが付いてるからクロに頼めば何の鍵かすぐにわかるだろ」

リンボ「これは俺らが預かっとく。いいな?」

イーディ「うん…でもそうしたら、リンボ達が危ないんじゃ」

N「シュウが鍵を手に取り、手首を返して両手を広げて見せた。まるで手品のように鍵はもう消えていた」

シュウ「鍵は消えた。お前の記憶からも消えた。だろ?」

N「イーディは黙ってうなずいた」

ルカ「リンボ、それにイーディ。こっち来てくれ」

リンボ「よし、行くか」

N「リンボとイーディはルカのもとへ向かった」

テウタ「きゃっ!?か、かか、カルメンさん!?」

カルメン「ちょっと、あなたのことハグしてもいい?ねえ、いいデショ?」

テウタ「え、あの、もうしてます…………!」

N「カルメンの柔らかな胸が押し当てられる」

カルメン「あら、ごめんなさいネ。あなたのさっきの話、ちょっとジーンと来ちゃって」

テウタ「さっきの話?」

カルメン「『行きたい世界があるなら、そこに踏み出すの』ってやつ。アタシもね、イーディの気持ちがよくわかるのヨ。同じブラックホークの出身だからネ」

テウタ「そうだったんですか…?」

カルメン「そうヨ。だから『どこかもっと遠くに生まれたい』っていうイーディの気持ちもよくわかるノ。
アタシもそう思ってた」

カルメン「アタシには、手を引いてくれる人がいた。イーディには、あなたがさっき素敵な言葉をくれた。
きっとあの子は大丈夫ヨ。アタシみたいな立派な大人になるわ」

テウタ「そうだといいな」

カルメン「それじゃ、アタシは行くわ。またお店に来てネ!サービスしちゃうワ!」

SE:ヒール音

シュウ「リンボの奴、どのくらいかかるか分かんねえから先に買い出しいこうぜ。飯、中華買うんだろ?」

テウタ「そうだね。クロちゃんたちにも連絡しとこうっと」

N「シュウはさっさと歩きだした」

テウタ「…………」

テウタ「ねえ、シュウ」

シュウ「あ?」

テウタ「私、シュウはイーディを止めに行くんだと思ってたんだ」

シュウ「止めたじゃねえか」

テウタ「そうじゃなくて。イーディがロスコーを撃たないように止めるんだと思ってたの。どうしてわざわざイーディに撃たせたの?」

シュウ「…………」

シュウ「人を撃つってことがどんなことか知ってほしかったんだよ」

N「あの時の、シュウの言葉を思い出した」

イーディ「まるで人を殺したことがあるみたいな言い方じゃんか」

シュウ「あるよ。それも大勢、な」

テウタ「…………」

シュウ「もしもーし?電源切れたか?それとも電波悪い?」

テウタ「(シュウは、殺し屋。人を殺す。大勢殺したことがある…………)

テウタ「(小声で)怖くないのは、どうしてだろ」

シュウ「何がだよ?」

テウタ「なんでもない」

シュウ「あ?ちゃんと喋れよ。主語と述語、ライターならそれくらいわかるだろ?」

テウタ「私、シュウの事、怖くない」

シュウ「なんで片言なんだ?」

テウタ「ふふ。思った通りに言ってみただけ」

シュウ「ふうん…………怖くないって?本当に?」

N「シュウが一歩近づき顔を近づける」

シュウ「俺が殺し屋でも?」

テウタ「怖くないのは、なんでだろうね」

シュウ「ふん………変な奴だな」

テウタ「ねえ、シュウは怖くないの?」

シュウ「なにが?」

テウタ「殺すことの意味。『こびりついて消えないもの』は、怖くないの?」

シュウ「…………」

シュウ「(背を向け)怖いよ。ずっとな」


=====スケアクロウ邸宅====

ルカ「なんだよこれ、でっけえ家だなあ………」

N「どうしてもと言って聞かないルカとアダムをスケアクロウの家に招待することになった。」

アダム「ここの家主はどんな仕事をしてる人なの?」

テウタ「うーん…………デイトレーダー………?」

テウタ「(フィクサーって仕事として紹介していいのかな…)」

テウタ「あれ?誰もいないのー?クロちゃーん?ルカとアダム、連れてきたよー?」

スケアクロウ「(少し遠くから)あ、こっちこっちー!」

テウタ「(外かな?)」

ルカ「なんだなんだ?この浮かれた連中は…………」

アダム「…………」

リンボ「よお、ルカ。ようこそ、我が家へ」

スケアクロウ「お前の家じゃねえって、俺の家!……(咳払いして恰好つけて)どうも、スケアクロウです」

ルカ「…………」

スケアクロウ「な、なな、なんすか?」

ルカ「なーんか匂うな?お前、仕事なに?」

スケアクロウ「し、仕事!?え、えっと…………」

N「テウタはルカから見えない位置でスケアクロウに合図を送る」

テウタ「(小声で)デイトレーダーデイトレーダー!」

スケアクロウ「え?え?で、デイ?」

アダム「デイトレーダーって、さっきテウタに聴いたけど」

スケアクロウ「そ、そう、そうなんだ!デイトレーダー!結構儲かるんだぞー、はは………」

ルカ「…………」

アダム「…………」

リンボ「そんなに心配しなくたって俺達それほど悪い人間じゃないぞ」

ルカ「…………」

N「ルカは全員の顔を見た後テウタのことをじっと見つめる」

テウタ「な、なに!?」

アダム「…………」

N「ルカとアダムは黙って顔を見合わせて小さくうなずいた」

アダム「テウタを信じて、僕らは心配しすぎるのをやめるよ」

ルカ「お前らがどんな人間かは知らないけど、この子のことはよーくわかってる。顔を見ればお前らの事をどう思ってるかわかるからな」

N「ルカはテウタの肩をポンと叩いた」

ルカ「いい大人なのに干渉しすぎって思うかもしれないけど、そこはさ、うちら家族なんだから、心配するのは止めらんないわけよ」

テウタ「うん。わかってる。ルカもアダムも、ありがとう」

ルカ「おい、家主!この家は客人に茶も出さないのかよ?」

スケアクロウ「え!?あ、えっと、お茶!お茶ね、何茶にする?」

ルカ「バーカ、この時間ならビールだろ、ビール!」

スケアクロウ「は、はいっ!あ、そっち!中入って!ソファ勝手に使って!ね!」

スケアクロウ「ビール、ビール…………!(走っていく)」

ルカ「あ、そういえば。ほら、これ」

N「ルカは大きなスポーツバッグを床に置いた」

ルカ「あんたのアパート、瓦礫が一部撤去されるのに立ち会ったんだ。で、あんたの私物ってわかるものはあたしが引き取ってきた」

テウタ「そうだったんだ、ありがとう!」

N「テウタの部屋にあったものは盗難に遭わないように貴重品のみ早い段階で消防署の人間が持ち出してくれていたがそれでもまだ手元に戻ってきていない私物は多くあった」

テウタ「(本とかは数が多いからまだ持ち出せてないんだよね………)」

SE:ジッパー音&猫の鳴き声

テウタ「きゃっ!」

ルカ「わわっ!?なんだなんだ!?」

N「開いたバッグの中から勢いよく『何か』が飛び出してきた」

アダム「大丈夫?なんか猫みたいにみえたけど………」

シュウ「…………(肩に猫が乗っている状態で)」

ヘルベチカ「それ、猫ですか?」

スケアクロウ「ね、ねね、猫!?どこから侵入した!?」

テウタ「猫ちゃん!?」

モズ「………この前の」

N「それはテウタのアパートの近くにいた猫だった。どうやってバッグの中に入ったのだろうか」

SE:猫の鳴き声

シュウ「どうすんだ、これ」

リンボ「ばか、おい!」

N「シュウがぽいっと猫を放り投げるように床へ降ろすと慌てたリンボがキャッチする」

N「リンボは優しく床に降ろすと、頭を撫でる」

リンボ「いい子だな、おー、よしよし(やさしい声で)ほら、お手」

テウタ「リンボ、犬じゃなくて猫だよ」

リンボ「あ、そっか………でも俺、大型犬しか飼ったことないんだよ。………っておい!今の見たか!?
こいつお手したぞ!」

シュウ「たまたまだろ」

ルカ「荷物引き取るときに紛れ込んじまったのかな。(優しめに)おーい。お前、あとであたしが元の場所まで連れて………」

SE:鳴き声

ルカ「バカ!ちょっと待て!どこ行くんだよ!」

スケアクロウ「…………」

シュウ「クロ、どうしたんだ?」

ヘルベチカ「猫が怖いんですか?」

スケアクロウ「こ、怖いわけないだろ、あんな小さいの。別に………怖くないけど…」


SE:鳴き声

スケアクロウ「わあっ!?く、来んな!こっち来んな!」

N「スケアクロウは大袈裟に身を引いて猫を避けた。猫はそのままシュウの足元にすり寄った」

シュウ「…なんだよ」

シュウ「こっち来んなって」

N「シュウが足を避けると猫は寂しそうに座ってシュウを見上げる」

リンボ「おい、シュウ。お前、モテ期来たんじゃねえか?」

シュウ「興味ねえな」

テウタ「猫ちゃん、ほら、こっちおいで」

N「しゃがんで手を伸ばしながら呼ぶと猫はゆっくりと近づいてきて座る」

テウタ「ねえ、猫ちゃん。間違ってバッグに入りこんじゃったのかな?あとで元の場所に連れて行ってあげるからねー」

SE:鳴き声

N「テウタの言葉を聞いた猫はまた走り出し、今度はモズの肩に飛び乗った」

モズ「どうしたの?」

N「モズが話しかけると猫はまるでそれにこたえるかのように鳴く」

テウタ「(なんて言ってるのか分かればいいんだけど…………)」

スケアクロウ「な、なあ、猫って人間の言葉分かるのか?そしたら、早く帰れって言ってくれよ、な?な?」

モズ「猫の認知能力に関する研究はいくつかあるけど、人間の大脳皮質の言語中枢と同じ役割を担う組織は…………」

SE:鳴き声

モズ「つまり、猫は人間の言葉を言語として理解する能力はないけど人間の生活環境に入り込んで生きている猫は、人間に対してコミュニケーションを取ろうとすることはある」


N「モズは猫の身体を優しく撫でる」

モズ「この体長にしては脂肪分が少ないし、この前身たときよりも少し細くなってるようにも見えるね」

モズ「テウタと同じでこの子、生活する場所がなくなっちゃったんじゃない?」

テウタ「そうなの?」

N「モズの肩にいる猫に顔を近づけるとなんだか悲しそうな声で鳴いている」

テウタ「…………」

テウタ「ねえ。クロちゃん、あのさ…………」

スケアクロウ「だめだめだめだめ!お、俺、結構空気読めるタイプだから分かったぞ!だから先に言っとく!だめ!絶対!」

リンボ「クロちゃん、心狭いぞー!」

ルカ「そうだそうだー!」

スケアクロウ「う、うちはペット禁止!」

テウタ「ちゃんと世話するから!」

ヘルベチカ「僕はしませんよ、先に言っときますけど」

シュウ「俺も」

リンボ「俺は………散歩、とかなら」

アダム「猫に散歩は必要ないんじゃないかな」

リンボ「そうなの?犬は毎日必要だったぞ?」

アダム「それは犬だからだよ」

テウタ「ねえ、おねがい!」

スケアクロウ「だ、ダメダメ!だって、みんなが留守の時、俺そいつとふたりきりになるってことだろ?無理無理無理!無理だって!」

テウタ「お願いお願いお願いお願い」


スケアクロウ「ダメダメダメダメダメダメダメダメ!」
テウタ「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!(クロと同時に)」

テウタ「むー…………!」

モズ「この子、テウタに似てるよね」

スケアクロウ「え?」

モズ「急に家をなくして困ってるし、でもくじけずに頑張って生きてる」

スケアクロウ「う、うん…………」

モズ「でも、住むところがないまま、また街に放り出されたらこの子はどうなるんだろ」

スケアクロウ「うぐっ…………!つ、つよく生きていくだろ!ど、動物だし!」

モズ「……………………」

テウタ「……………………」

スケアクロウ「そ、そんな顔で俺を見るなよ!絶対ダメだって!」

モズ「…………」

テウタ「…………」

スケアクロウ「…………」

スケアクロウ「…………分かった。(渋々)俺は心が広い。だから…………いいよ、ここに一緒に住んでも」

テウタ「ほんとっ!?」

スケアクロウ「ただし!いいか、よく聞けよ、この家の家主は俺だ。俺への敬意を忘れたり、俺の悪口を言ったりしたら罰金だからな!」

シュウ「猫がどうやって払うんだよ、バカだなクロは」

スケアクロウ「ほらそこ罰金!」

シュウ「はいはい」

モズ「…………抱っこしてみる?」

スケアクロウ「いや!いい!ほんといい!全然!いらない!!」

テウタ「フワフワのモコモコだよ?」

スケアクロウ「いや!ほんといい!!!」

ヘルベチカ「猫に何か嫌な思い出でもあるんですか」

スケアクロウ「ヘルベチカだってさっきから触ってないじゃんか!」

ヘルベチカ「僕は平気ですよ」

N「ヘルベチカは近づき、モズの肩にいる猫を優しく撫でたあと、携帯で写真を撮った」

モズ「何してるの?」

ヘルベチカ「これですか?写真撮ってるんです。動物の写真を携帯に入れておくと女の子と話すときに色々役に立つので」

テウタ「(…………そんなことだろうと思った)」

モズ「スケアクロウは?怖い?」

スケアクロウ「犬も猫も、触ったことないんだってば」

テウタ「そうなの?でも大丈夫だよ。この子は怖くないって」

スケアクロウ「わ、分かった…………ちょっと!!!ちょっとだけな!」

N「スケアクロウがおそるおそる手を伸ばす」

SE:猫の鳴き声(怒り)

スケアクロウ「うわっ!いだだだっ!」

スケアクロウ「いってえ!…………このニャンコロ!おい!待て!今の『ニャー』は俺の悪口だろ!罰金払え!!」

スケアクロウは猫を追いかけて走っていき)

シュウ「なあ、クロから聞いたか?」

テウタ「何を?」

シュウ「イーディが持ってた鍵は銀行の貸金庫の鍵だった」

テウタ「そうだったんだ。中身もわかったの?」

シュウ「ああ、札束に債券。金とダイヤ。」

テウタ「いかにもってかんじだね。それ、どうしたの?」

シュウ「綺麗な金に換えて俺達の報酬にするってさ」

テウタ「…………そうなんだ」

シュウ「それともうひとつ。妙なデータメモリがあった」

テウタ「データメモリ?」

シュウ「クロでも簡単に開けないくらいのセキュリティだとよ。ギャングどもも恥ずかしい秘密でも入ってるのかもな」

テウタ「へえ…………特ダネの予感じゃない?」

シュウ「いいや、別に」

(煙草に火を点け)

テウタ「あ、ちょっと、部屋の中で吸ったらクロちゃんに怒られるよ?」

シュウ「キッチンの換気扇とこ行けばいいだろ」


===============================================

アダム「光と闇は結ばれ、闇はいつしか晴れる」

アダム「ひとりでは背負いきれないような重荷も、あなたを遠くへはばたかせる、
翼の重みに変わる日がくる」