BUSTAFELLOWS④

BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)

#4

♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♀ ルカ
♀イリーナ
ヴァレリー
♂ カルメン
不問 店員(バレラペーナ&パライソガレージ)
不問 看護師
♀ イリーナ
♂ 裁判長
♂アダム
♀謎の美女(ヘルベチカ)
♂ オーナー
不問 ルームメイドorスタッフ
♀アニマ
不問 警察官
不問 アレックス
不問 運転手
♀   清掃員
不問  警察官

=====セントラルコア  チェルシー・ドライブ====

カルメン「やっぱりこの時期のニューシーグといえば、ファッションウィークよネ!」

ヴァレリー「あたしなんてファッションウィークで一番良い席押さえるコネを作るために仕事してるようなもんよ」

N「華やかなブランドショップの立ち並ぶチェルシー・ドライブ。普段はあまり来ない場所なのだが、この日テウタはカルメンヴァレリー、そしてルカと4人でショッピングに来ていた。ファッションウィークはファッション業界の新作発表会のことで、1週間かけて開催されるいわば祭りのようなイベントである。ニューシーグで開催されるようになったのは数年前からで、テウタもファッション誌の取材で行ってみたいと思っていたが、コネがないととても入れないような人気ぶりである」

テウタ「(ファッションに興味がないわけじゃないし、いつか行ってみたいとは思うけど………)」

テウタ「…………」

テウタ「(たまには一緒に買い物に行こうって誘われたはいいものの、カルメンさんもヴァレリーさんもどれだけ買うの…………)」

ルカ「他人(ひと)が着飾って歩いてんの見て何が楽しいんだか…………」

ヴァレリー「あ?ルカ、なんか言った?」

ルカ「いいえ何にもお姉さま」

ヴァレリー「よろしい」

カルメン「あら?もしかしてちょっと疲れちゃったカシラ?」

テウタ「いえいえ、そんなことは…………ちょっとありますけど」

カルメン「あらー!ダメよー!どこかカフェに行きまショ!疲れた時は甘いものを摂らないと!」

ルカ「尋常じゃない量の荷物を持たされてるせいだと思うけどね」

ヴァレリー「ん?なんか言った!?」

ルカ「いいえ何にもお姉さま」


=====カフェ  ハリー&キース=====

カルメン「やっぱり女同士っていいワ。なんかこう、華やかよネ」

ルカ「そうっすねー(適当に」

店員「お決まりですか?」

ヴァレリー「あたしはマンデリン。ブラック。あんたは?」

テウタ「どうしようかな…んー………!私、みんなが注文する間に決めるから先に注文してください!」

カルメン「疲れた時は甘いものヨ。甘いもの。アタシはパルフェにしようかしら」

ルカ「あたしはジンジャーエール。あとはなんかしょっぱいもん食いたいな…あ、このホットサンドいいじゃん、
厚切りベーコンの」

カルメン「じゃあ、アタシはフルーツパルフェと、ストロベリーシャンパン。よろしくネ」

テウタ「えっと…レモネードとチェリーパイにします」

店員「承知しました。少々お待ちください」


カルメン「フフ…女の子が4人も集まったら、あの話しかないわよネ」

テウタ「あの話って?」

カルメン「決まってるじゃないの、ラブい話よ、ラブ!」

ルカ「ラブ?なんだよ、そりゃ」

ヴァレリー「ルカだって職場恋愛のひとつやふたつあるでしょうが」

ルカ「ない」

ヴァレリー「ニューシーグ警察は結構イイ男いるじゃないの。それに殺人課は仕事が有能な奴が集まってるし。あー、ほら、カーター事件担当してた巡査。なんて名前だっけ?」

テウタ「(そういえばルカからそういう話聞いたことなかったなあ)」

ルカ「ニールっすか?あいつ、外面いいけど女々しい野郎ですよ」

N「ルカとアダムとテウタは昔からずっと一緒にいるのだが、お互いあまりそういう話をしたことがない」

テウタ「(私も私で、特に何もないしなあ…高校の時のプロムと言えば、アダムに相手がいないからって誘われただけで、結局お兄ちゃんが亡くなった直後だったから行けなかったし…)」

カルメン「まさかあなたも何もないなんて言わないわよネ~?」

テウタ「…………いま、心読みました?」

ヴァレリー「あんたね、5人もの男と同棲しといて何もないわけ?」

テウタ「同棲じゃなくて、ただのシェアハウスですってば」

ヴァレリー「うちの弟はどうなの?あたしが言うのもなんだけど、あの子、なかなかいい物件だと思うけど?」

テウタ「いい物件って…………」

カルメン「リンボってば、たまーにうちの店で仕事の打ち合わせしてることあるけど、リンボの事務所の
女の子とか絶対彼に気があるわヨ」

ルカ「弁護士先生ってのはモテるもんなのかね」

テウタ「(へえ、リンボってモテるんだ。いや、まあ、モテるだろうなあ)」

カルメン「テウタって、どんな男の子がタイプなの?」

テウタ「どんなタイプって言われても………あんまり考えたことないですけど」

ルカ「あんたって現実的だし理論的なところあるくせに、運命とかそういうの信じてるロマンチストなとこあるよな?」

カルメン「あらっ!そうなの!?やっだぁ~可愛い!」

テウタ「べ、別にロマンチストってわけじゃ…………」

ヴァレリー「ロマンのあるうちにいっぱい恋しておきなさいよ。そのうち、ロマンも何も
なくなってくるんだから」

カルメン「もう、ヴィーったら。そんな退屈な事言わないでヨ」

カルメン「ロマンは大事ヨ!こいう人が好き、こういうところが好き、なんて分からなくなっちゃう恋もあるんだあるんだから。なんだかよく分からないけど、好き。これが本物」

ルカ「テウタにもいつか、白馬の王子様が来るってことかぁ」

テウタ「もう、からかわないでよ…………」

カルメン「あなた、スタイルもいいし、おめめもぱっちりしてるし、もっと女の子の魅力ムンムンに出してもいいと思うのよ」

ヴァレリー「ほら、あれだ。あんたんとこ、プールあるじゃない?エッロイ水着着て、男どもを
ムラムラさせてやったらどう?」

ルカ「ちょっと待った!あんな男ばっかりの家でそんなことやったらこの子が危険でしょうが!」

ヴァレリー「んじゃアタシもエッロイ水着着て一緒にプール入りに行く!」

カルメン「やだあ~!アタシも絶対一緒に行く~!」

ルカ「…………まあ、姉さんたちが一緒ならあいつらおとなしいだろうな…………」

テウタ「もう、私は泳がないからいいですって…………」

テウタ「(まあ、あのプールはちょっと入ってみたいけどね。夜とかすごく気持ちよさそうだもんなあ」

カルメン「ねえ、どんな水着がいいの?ちっちゃい三角のにする?それとも、貝殻?」

テウタ「いや、だから……そ、そうですよ。さっきから私の話してますけど。カルメンさんはどうなんですか?」

カルメン「うっふふふ…………聞いちゃう?」

ヴァレリー「いや聞かない」

カルメン「聞いちゃう?聞いちゃう?気になっちゃう?しょうがないわネ~」

ヴァレリー「あーあ聞いちゃったよ、話し出すと長いんだよな」

N「カルメンは身を乗り出した」

カルメン「アタシはね、小さいころにニューシーグに来て、お金も全然なくて、ママとシェルターで育ったノ。
ママはシングルマザーだったから大変だったと思うワ。男の人と付き合い始めると、アタシをシェルターに置いて出ていっちゃったのヨ。アタシもアタシで、ママがいないことにも慣れちゃったし。男に捨てられてはシェルターに戻ってきて、また親子みたいに暮らせると思ったら、ふらっとまたどこかに消えちゃうノ。ママの事は大好きだったけど、アタシはママみたいにはならないって誓ったワ。人に振り回されずに、自分の足で立って歩くってね」

テウタ「そんなことがあったんですね…………」

N「カルメンの明るい性格からはとても想像できない話だった」

カルメン「ママは悪い人じゃないのヨ。人って、同じ環境にいると、変わる機会を失っちゃう。いつの間にか、変われなくなったことにも気づけなくなる。そんな時に出会ったのが…………」

ヴァレリー「カルの今のダーリンで、そのダーリンは今は仕事で州外に行ってて、帰ってきたらマイホーム買うんだっけ?」

カルメン「んもー!ヴィーダイジェスト版にしないデっ!ちゃんとゆっくり、1から話させてくれたっていいじゃナイ!…………ダーリンとはね、いまは遠距離恋愛なのヨ。今は遠くにいるけど、戻ってきたらマイホームを買って、そうしたらアレックスも養子にして、一緒に暮らすノ!」

ヴァレリー「(小声で)おい、なんかないの?ほら、ほかに話題!」

N「楽しそうに語りだしたカルメンをよそに、ヴァレリーはルカに小声で耳打ちをする」

ルカ「えっ!そんな急に言われたって…………」

カルメン「それでね、そのダーリンと出会ったとき、彼は29歳で…………」

ヴァレリー「早くしなさいって!」

ルカ「んー!あー。えっと、あれだ、あれ!テウタ!あの結果どうだったんだ?ほら、ニューシーグトゥディの新人賞」

ヴァレリー「新人賞?何それ?(小声で)ほら、ちゃんと拾って繋いで!」

テウタ「え、えっと、ニューシーグトゥデイに6か月以上継続で記事かコラムか小説を連載している記者が、最初の年だけ応募できる賞があるんです。これが、結果発表の通知なんだけど…………」

N「テウタが皺になっている封筒を取り出す」

ヴァレリー「ちょっとちょっと、まさかまだ開けてないの!?」

テウタ「いざ結果を見るとなると、緊張しちゃって…………」

N「カルメンにサッと封筒を取り上げられてしまう」

テウタ「あ!ちょっと!カルメンさん!」

カルメン「あらあ?消印、結構前じゃナイ。結果、気にならないノ?」

テウタ「気になります、気になります。私書箱から受け取ってきたんだけど、この封筒を開いたら結果が分かると思うと、手が震えちゃって………」

ヴァレリー「開けようが開けまいが結果は変わらないんだから、ちゃちゃっと開けて確認しちゃいなさいよ」

テウタ「(もう、ほんと、その通りなんだけど………)」

カルメン「大丈夫よう!だめならだめで、アタシ達が慰めてあげるワ!」

テウタ「あ、ありがとうございます。はあ………ちゃんと覚悟が出来たら開けます」

ルカ「あんた、そういうとこ妙に繊細だよな。ダメならダメで次の機会、OKならOKでラッキー、くらいに
考えときゃいいのに」

テウタ「私にとってはすごく大きな問題なの。どんな結果だとしても…………」

テウタ「(ちょっと想像しちゃった………お腹がキュッとする…………)」

ヴァレリー「まったく、死ぬわけでもあるまいし。あたしには理解できないね。まあいいわ。結果わかったら教えて」

テウタ「はい、できるだけ早めに」

ルカ「あたしはさ、あんたのコラムの愛読者だからね。結果はどうあれ、ファンはファンのままだよ」

テウタ「うん!ありがとう!」

ルカ「さて、と。買い物もひと段落したし、そろそろ帰るか」

ヴァレリー「あら、何言ってるの?」

カルメン「そうよ、どうしちゃったノ?」

テウタ「何か買い忘れたものありました?」

N「と言っても、忘れるものなどあるのかどうかというくらい、尋常ではない量のものを買っている」

ヴァレリー「何言っちゃってるのよ、水着回に行くんでしょ?エッロイやつ」

テウタ「ええ!?さっきの、本気だったんですか?」

ヴァレリー「当たり前でしょ!あたしも買おうっと。上と下が輪っかでつながってるやつ」

カルメン「さー!行くワヨ!早くしないと、ファッションが逃げちゃうワ!」


======数時間後====


テウタ「(思ったより買い物が長かった…………水着は結局選べなくて変えなかったけど、いつもは行かないようなお店もたくさん行けたし、楽しかったな)」

N「テウタは病院に足を向けた」

テウタ「(この前、ルカを助けたくて時間を遡った時のことは、今落ち着いて思い返してみても記憶が曖昧だ。よっぽど焦っていたんだろう)」


======病院=======

テウタ「(あの時、私はルカのことしか考えてなかった。私に時間を貸してくれたあの人に、迷惑をかけていなければいいんだけど…………)」

N「消毒液の匂いが鼻をかすめると、あの時の記憶が脳裏をよぎる。目の前で死んだルカと、ルカを失うかもしれない恐怖。もしも自分にこの能力が無かったら?そう考えると心臓を握りしめられるような感覚に襲われた」

テウタ「(あの人の名前は確か…………そうだ、ソリス先生だった!えっと、ソリス、ソリス…………)」

看護師「あら、誰かのお見舞い?」

N「カートを押している看護師に声を掛けられた」

テウタ「(神様、嘘をつくのを許してください…………!)」

テウタ「あの…………友人が先日ソリス先生にお世話になったので、ぜひご挨拶させていただければと思いまして…………」

看護師「ああ、ソリス先生は今、外来診察に出てるわ。何か伝言があれば…………」

テウタ「ああ、いえ…………その、友人の代わりに来たもので…………」

N「看護師はきょろきょろと左右を見ると、そっと顔を近づけてきた」

看護師「ここだけの話なんだけどね、ソリス先生はレジデント………研修医の中では1、2を争う腕の持ち主なの。ただこの前ね、変な事があったのよ」

テウタ「変な事?」

看護師「急を要する手術を前に、ソリス先生が私用の電話をかけるのに、急に出かけちゃってね。ほんの数分の事だったけど、患者は足を切断することになっちゃって、今は車椅子生活よ」

テウタ「そんな…………」

看護師「チーフレジデントの選考前だったのに、今はオペ室立ち入り禁止になっちゃって、やっちゃったわよねえ」

テウタ「そう、だったんですか…………」

看護師「えーっと、あなたとあなたのお友達って、お名前は?ソリス先生にあなたが来たことは伝えておくわ」

テウタ「いや、いいんです…………」

看護師「あら、そう?いいの?おかしな人ね」

N「テウタはうまく言葉を紡げず、その場を離れた」

 


=====ニューシーグブリッジ前=======

N「病院を後にして、テウタはあてもなくただ歩いていた」

テウタ「(ソリス先生、その患者さん………それぞれに悪い影響を残してしまった。私の、勝手な判断で。
私が時間を遡って、変えてしまった。私が時間を遡らなければ、起こらなかったはずの事だ。
…………私はなんてことをしてしまったんだろう)」

 

======パライソガレージ店内======


N「イヤホンを差して、ほぼ無意識にアダムの曲をかける。頭の中はずっと同じことが巡っていた」

テウタ「(私は、大変なことをしてしまった。そして、きっと今までも、大変なことをしてきたのかもしれない)」

ルカ「おーい、聞こえてるー?」

アダム「何か音楽聴いてるのかも?」

テウタ「(物事をうまくやり直せる能力、そんな風に思っていたけれど、それは私にとって都合が良いだけで、誰かを不幸にしているのかもしれない。でも、ルカを目の前で死なせるなんて、私には出来なかった………もし、もう一度同じ状況になったら?私は、どうするんだろう…………)」

テウタ「えっ!?」

N「慌ててイヤホンを外して顔を上げると目の前にはルカとアダムが立っていた」

テウタ「ごめんごめん、ふたりとも早かったね」

アダム「今日は打ち合わせが早く終わったから、ルカと一緒に来たんだ。大丈夫?なんか考え込んでるみたいだけど…………」

テウタ「ううん、大丈夫。気が付かなくてごめんね。あ、ほら、アダムの歌聴いてたの。『NOVALIS(ノヴァーリス)、良い曲だね』」

アダム「やめてよ、なんていうか、ちょっと恥ずかしいよ。良い曲だけど、歌には自信がないから」

テウタ「ふふ、無限リピートで聴いてるよ」

アダム「はは、ありがとう」

ルカ「とりあえず飲ませてよー!喉乾いてんのに我慢して水も飲まずに飛んで来たんだからさ。………んじゃ、みんなビールでいい?」

アダム「僕はシャンディガフ

ルカ「なんだよなんだよ、たまには仕事を忘れて飲みなさいよね」

アダム「この後局に戻って調べなきゃいけないことがあるんだ。あ、でも時間は余裕があるから大丈夫だよ」

ルカ「飯も頼もうぜ、飯!人間、腹いっぱいになれば元気が出るって!」

N「ルカがテウタの背を叩く。顔を見るとルカはテウタを見て小さく頷いた」

テウタ「(いつも、ふたりがいるから元気になれるんだよ)」

テウタ「…………うん!私もお腹空いた!」

ルカ「よーし、そうこなくっちゃ。すいませーん!ビール2つと、シャンディガフ1つ、あと飯なんすけど、今日のおすすめってなんです?ああ、じゃあそれ、3つください」

アダム「…………」

テウタ「な、なに?」

アダム「何があったの?」

テウタ「…………知らないふりは?」

アダム「だめ。僕らに隠し事はなし、でしょ?」

テウタ「そんなに顔に出てたかな?」

ルカ「あんた、警察官にならなくて正解だよ。考えてること全部顔に出てる」

テウタ「はあ………ふたりには敵わないなあ」

店員「お待たせしました」

ルカ「んじゃ、とりあえずかんぱーい!」

アダム「乾杯」

テウタ「乾杯!」

ルカ「うんめー!やっぱ1杯目のビールが一番だよなあ。…………(優しい声音で)そんで?どうしたって?」

テウタ「(…………良くないことになってる原因が、ルカを助けたからかもって、言いたくないなあ)」

ルカ「当ててやろうか?あたしが死んだのを助けたって話だろ?」

テウタ「えっ!?」

ルカ「ほーら、当たった。んなこったろうと思ったよ。あの後からなーんか腹に抱えてますって感じだったし」

アダム「あの時のことか。何かあったの?」

テウタ「(どうやって話そう…………)」

テウタ「えっと…」

アダム「思ったままを話してくれればいいよ。言葉を選ぶ必要はない」

テウタ「うん、ありがとう…………あのね、私、時間を遡るのは何か悪いことがあった時に、それをやり直すためだって思ってたの。でも、私が時間を遡ったせいで、別の誰かの運命を変えてしまうのかもって………そんなこと考えてたんだ。前にオルステッド教授に会ったときに聞いたんだけど、時間は糸のようなものだから、いじりすぎたらほどけてしまうって。だから…………」

アダム「時間を遡るのは間違ったことかもしれないって?」

テウタ「(ルカを助けたことを間違いだなんて思いたくないけど………)」

ルカ「そんなことで悩んでたのかよ」

N「ルカはあっけらかんと言った」

テウタ「そんなことって…………」

ルカ「時間を遡るってことがどういうことか、あたしは完全に理解してあげることは出来ないけど…………何かをしてもしなくても、誰だって誰かを傷つけるし、傷つくこともある。そうだろ?誰かを助けても、ほかの誰かは助からないことだってある。でもそれは、あんただけじゃない。あたしだって同じだ」

テウタ「でも、私は他の人は違う。他の人にはない力がある。簡単に言えばズルよ。ズルして自分の思い通りに未来を変えて、そのせいで他の人の未来が変わるなんて、間違ってる…………」

アダム「僕はそうは思わないな」

テウタ「え?」

N「アダムがそっとテウタの手に触れると、反対の手のはルカが手を重ねる。昔、よく一緒に並んで手をつないだ時のように」

アダム「普通に生活してたって、人間は常に他者に影響を与え続けるものなんだ。僕が番組でどんな話を取り上げるか、たったそれだけで他人の運命を変えることだってある。ルカだって、警察官として誰かを助けることもあれば、助けられないこともある。それはルカの何気ない選択のせいかもしれない。そういうものだよ」

テウタ「…………」

アダム「変えるのが正しいと思った、変えたいと思った。その瞬間の君を信じ続けるのを忘れないで」

テウタ「…………うん」

N「アダムとルカはぎゅっと手を握って微笑かけてくる」

ルカ「ところであたし、なんで死んだの?」

テウタ「え?」

ルカ「あたしが死ぬの、テウタは目の前で見たって言ってたよね?どうやって死んだ?」

アダム「ルカ…………その話、わざわざしなくても…………」

ルカ「わざわざするよ。あんたさ、あたしが目の前で死んですごくショックだったでしょ?もしもあたしの目の前であんたが死んだら、あたしは耐えられない。たとえ助けられたとしても、その時の事は絶対に忘れられないと思う。なんだったら、夜寝るときに思い出すかもしれないし、夢に出るかもしれない。そんなの、あんたひとりの頭ん中で思い悩ませておくなんて間違ってる。そうだろ?だから、うちらに話してくれよ。笑い話にしちまおうぜ?」
テウタ「ルカ…………」

N「思わず目が潤んでしまう。確かにルカが死んだときのことはよく思い出してしまうからだ。もうあの過去は消えたのだとわかっていてもルカの目から光が消えた瞬間を鮮明に思い出してしまう」

アダム「大丈夫?」

テウタ「何度も、夢に、見たの…………あの時の事、すごく、怖くて…………」

ルカ「ほらほら、そんな顔しない。あんたらしくないよ?それにさ、どうやって死んだのかが分かれば次は自分で自分の身を守れる、だろ?」

テウタ「…………うん、ありがとう」

N「大きく息を吸って、吐き出す。あの時の事は今思い出すだけでも怖かったが、ゆっくりと思い返す」

テウタ「あの日ね、打ち上げをするからって警察署にルカを呼びに行ったの。そしたら、ちょっと席を外してるって聞いたから、署内を探してたんだ。それで、資料室に行ったら…………」

ルカ「あたしが死んでた、と」

N「どういう状況かを思い出したほうが、今後の危険を防げるかもしれない。あの時の光景がよみがえる」

テウタ「ルカは資料室の床に仰向けで倒れてた。血がいっぱいで………駆け寄ったら手が血まみれになって、携帯が上手く操作できなかった…………ごめん、どうして死んじゃったのかは分からない………」

テウタ「(私、応急処置は習ってたはずなのに、血塗れのルカを目の前にしたら何もできなかった。
ただ慌てて、大騒ぎしただけ…………)」

ルカ「その血塗れのあたしは、なんか言ってなかったの?あいつが犯人だー!とか」

テウタ「ううん…………分からない、苦しそうに何か言ってた気はするけど、全然思い出せない…………」

ルカ「なるほどなあ…………血がたくさんでてたってことは刺されたか、撃たれたか………それにしてもなんで資料室で死んでたんだろうな?」

テウタ「資料室に行く予定はなかったってこと?」

ルカ「資料室の資料は大抵データ化されてて、調べるんだったら情報管理課のパソコン使った方が早いし、あたしはそうしてる。わざわざ原資料を調べたいなんてことあるかなあ」

アダム「その時間、資料には誰かいたの?るかがいない資料室にって意味で」

ルカ「それがさ、あの日は署内のセキュリティシステムがメンテナンス中で、あの時間、資料室がある棟は監視カメラの録画はオフになってた」

アダム「偶然なのかどうか………気になるね。同じようなことが起こらなけらばいいけど。ほかには何か特別なことはしてなかったの?いつもと違うこととか」

ルカ「イーライ製薬のこととか、失踪者のリストのこととかは、調べてることもずっと内緒にしてたし、上司にしか話してないな」

テウタ「…………情報足りなくて、ごめん。あの時は必死で…………」

ルカ「なんであんたが謝んの。あんたはあたしを助けてくれた。それ以上のことある?いーや、ないね。
署内で何かがあるかもしれない、そう思って慎重に行動するよ」

N「アダムが、メニューを差し出した」

アダム「じゃあ、無事生還したルカと、その功労者のテウタには、僕が好きなものを好きなだけご馳走するよ」

ルカ「そうこなくっちゃ!なあ、どこからどこまで頼む?」

テウタ「ふふっ…………ええ~?そういう注文の仕方なの?」

アダム「ふふ…………お好きなだけどうぞ」


=========パライソガレージ外=============

N「ルカは仕事の呼び出しを受けて警察署へ、アダムは打ち合わせでスタジオに戻っていった」

テウタ「(もう1ブロック先に出た方がタクシー通るかな)」

SE:着信音

テウタ「(あ、ヘルベチカだ)」

テウタ「もしもし?」

ヘルベチカ「シュウの運転で帰るとこなんですけど、君も乗ります?」

テウタ「あ、ほんと?ちょうどタクシー乗ろうと思ってたんだ」

ヘルベチカ「じゃあセントラルコアのあたりで待っててください」

テウタ「分かっ………(返事をする前に電話を切られる」

テウタ「(最後まで言わせてよ………)」

=======シュウの車内=========


シュウ「ルカたちと一緒だったのか?」

テウタ「そうだよ」

ヘルベチカ「ほんとに仲が良いんですね」

テウタ「羨ましい?」

ヘルベチカ「ええ、とても」

シュウ「そういえば、ヒルダの事聞いたか?」

テウタ「ヒルダさん?この前のイーライ製薬の事件の時の?」

シュウ「そう。クロが手伝ってもらってたデータの解析結果が送られてきたらしいんだ。ほら、ロスコーが
貸金庫に隠してたデータメモリ」

テウタ「(そうだ。イーディが持ち出した鍵は貸金庫のカギで、中にあったのは暗号化されたデータメモリだったんだ」

ヘルベチカ「それで、データの中身はなんだったんですか?」

シュウ「途中で途切れてるらしくてよく分からないみたいなんだが、何かのリストらしい。あと、WNf3とかなんとか、よく分からない暗号らしい」

テウタ「リストに、暗号…………?」

テウタ「(イリーナさんが言ってたこと、本当なんだ…)」

シュウ「詳しく話聞こうにも、ヒルダとは連絡が取れなくなったみたいだ」

 

========スケアクロウ邸宅=======

テウタ「んー!やっぱり開けられない」

シュウ「はあ…………なんだよ、まだ結果見てないのか?それ確か、一昨日くらいに届いたやつじゃねえか?」

テウタ「そうなんだけど、これで結果が分かっちゃうとおもうと、うう、んー!開けられないよー!」

シュウ「そんなの開けなくても結果はとっくに決まってるんだろうが」

テウタ「それはそうだけど、それでも結果を見るには心の準備がいるの!」

シュウ「結果見て落ちてたら?」

テウタ「落ち込む」

シュウ「選ばれてたら?」

テウタ「喜ぶ!」

シュウ「簡単な二択じゃねえか」

テウタ「それでも、ドキドキし過ぎて、自分じゃ見られないの!わかんないかなあこの気持ち!」

シュウ「全然分かんねーな。じゃあこっち寄越せよ、ほらっ」

テウタ「うわぁ、ちょっと待って!待ってったら!!」

シュウ「えーと、結果は…………」

テウタ「あーダメダメ!心の準備するから待って!!」

シュウ「…………あと何秒待つ?ほら、早く早く!早く、ほら!」

テウタ「ふう………そうよ、死ぬわけじゃないんだから。死ぬのは1回!今日じゃない!」

N「顔を上げてシュウの顔を見る。じっと見つめるとシュウはふっと笑みを浮かべた」

シュウ「おめでとさん。『貴方の作品が新人賞を受賞されました』ってさ」

テウタ「えっ!?本当!?嘘じゃない!?」

シュウ「なんのために嘘つくんだよ、ほら、自分で見てみろ」

N「シュウに手渡された手紙には、しっかりと、新人賞受賞と書かれていた」

テウタ「…………!どうしよう!嬉しい!シュウ、私めちゃくちゃ嬉しい!どうしよう!」

シュウ「よかったな。あんたはもうちょっと自信持ってもいいんじゃねーの?」

N「シュウはそう言ってテウタの頭をポンと小突いて去っていった」

テウタ「(本当に、本当に受賞しちゃった。夢が一つ叶った。私の本が、本屋さんに並ぶんだ…………!」

テウタ「んー!やったー!」

=========翌朝==========

テウタ「おっはよーう!みんなっ」

リンボ「おはよう」

シュウ「朝からテンション高ぇな」

テウタ「だってぇ…………」

ヘルベチカ「顔、だらしなく緩んでますよ?」

テウタ「思い出すたびニヤけちゃうの。だって私、新人賞獲ったんだよ?私のコラムが本になって、本屋さんに並ぶの」

シュウ「その話は昨日散々聞いたよ。全員に話して回ってただろうが」

テウタ「何度でも言いたくなっちゃうの」

スケアクロウ「シュウは呆れたフリしてるけど、俺達サプライズパーティの企画してたところなんだ」

リンボ「(小声で)馬鹿!クロ!」

スケアクロウ「ああっ!?」

テウタ「パーティ?」

ヘルベチカ「そう、その通り。今、馬鹿なスケアクロウのおかげでサプライズパーティがただのパーティになったところです」

スケアクロウ「ご、ごめん…………つい………と、とにかく!カルメンの店とかで盛大にやろうよ。ルカ達も呼んでさ!」

テウタ「ありがとう!嬉しいよ」

SE:着信音

リンボ「あ、俺だ。はい、フィッツジェラルド………ああ、本当か?よし、俺はすぐにそっちに行く。ああ、分かった」

シュウ「どうした?」

リンボ「俺が無罪を主張していたのに、法廷で有罪を認めちまった依頼人がいる。そいつが、有罪答弁を取り下げることにやっと同意してくれたんだ。俺は、その依頼人殺人罪に値する犯罪者だとは思えないんだ。だから、なんとかしたい」

シュウ「手伝うか?」

リンボ「おう、そいつは助かるよ」

シュウ「給料はもらうけどな」

モズ「給料出るなら僕も」

ヘルベチカ「僕も手伝いますよ」

リンボ「…………なんかちょっと引っかかるけど、まあそんなこと気にしてる暇もねえな。俺はすぐに裁判所に向かうから、シュウは予備審問の時の検事局のスタッフを調べてくれ。アタリはつけてある。こいつらだ」

シュウ「りょーかい」

リンボ「で、モズは当時の検死記録に気になるところがないか確認してくれるか?…………これが、被害者の名前と日付だ」

モズ「分かった」

スケアクロウ「俺は?」

リンボ「(遮るように)ヘルベチカは俺と一緒に裁判所に来てくれ」

テウタ「待って!私もついて行っていい?新人賞を獲ったからって、特ダネ探しに手抜きはしないもん」

N「新人賞という言葉を得意げに言うと、リンボは小さく笑った」

リンボ「分かった。俺としても注目を集めて動かしたい案件だ。フルサークルなり、新聞なり、情報を広めるのを手伝ってくれ」

テウタ「オッケー、任せて」

スケアクロウ「ねえ、俺は!?」

リンボ「…………留守番?」

スケアクロウ「なん…………だと…………!?」

リンボ「冗談だよ。クロちゃんには調べてもらいたいもんがある。それもこっそり見つからないように、な。
逐一連絡するよ」

スケアクロウ「(嬉しそうに)分かった!任せろ!」

リンボ「よっし、んじゃすぐ出るぞ」

(みんなほぼ同時に)

シュウ「行ってくる」

ヘルベチカ「行ってきます」

モズ「行ってきます」

テウタ「行ってきまーす」

スケアクロウ「え?あ、あれ?はーい!行ってらっしゃーい!」

スケアクロウ「…………はっ!?俺、留守番か!!」


=======ニューシーグ裁判所=======

リンボ「そうか…………まあ今日はただの手続きだから問題ないだろ。ああ…………そうか、分かった。
書類は回しといてくれ」

ヘルベチカ「何か問題でも?」

リンボ「ちょっと事務所が立て込んでて、サブの弁護士がこっちに来られないんだ。まあ、ただの手続きだから、
問題ないけど。…………そっか。お前さ、俺の隣に座ってメモでも取ってくれよ」

テウタ「え?私が?傍聴席からじゃなくて?」

リンボ「アリーナ席から取材した方が面白い記事書けるだろ?それにサブの弁護士が座ってないと印象悪いからさ」

テウタ「で、でも、弁護士資格がない人はそのアリーナ席に入れないんじゃないの?」

リンボ「お、クロちゃん?ニューシーグの弁護士会にテウタのプロフィール紛れ込ませといて。一時的でOKだから。ん、そうそう、よろしくー…………これでいいだろ?」

テウタ「全然よくないけど…………」

リンボ「5分もかからないって」

テウタ「………分かった、座ってメモ取るだけでいいのね」

ヘルベチカ「…………ちょっといいですか?」

テウタ「え、何?」

N「ヘルベチカは自分がかけていた眼鏡をテウタにかけさせた」

ヘルベチカ「まあ、これで少しは賢く見えるでしょう」

テウタ「少しはって………あれ、度が入ってない?ヘルベチカ、目悪くないの?」

ヘルベチカ「ええ、ただの伊達眼鏡ですから」

テウタ「なんでわざわざ…………」

ヘルベチカ「世の中、見た目に対する偏見ってなくならないんですよ。僕みたいな顔立ちは頭が悪いって見られがちだし、眼鏡をかけると知力が高そうに見えるんです。だからこうやって、見た目の第一印象は服飾で調整するんですよ」

テウタ「調整するってのは分かるけど、『僕みたいな顔立ち』って?」

ヘルベチカ「美人、ってことですけど?」

テウタ「…………そうだったね」

リンボ「そろそろ時間かなー?セドリック判事はいつも時間ぴったりだからな」

テウタ「ねえリンボ、ちょっと聞きたかったんだけど」

リンボ「なんだ?」

テウタ「依頼人は法廷で有罪を認めたって言ってたよね?一度自分で犯行を認めたのにそれを覆して無罪を主張したら、偽証罪にならないの?」

リンボ「へえ、よく勉強してるじゃないか」

テウタ「取材は綿密な下調べが重要なの」

リンボ「無罪答弁ってのは犯行を否定するわけじゃないんだ。検察側に疑う余地のない立証を要求する。それが目的だ」

テウタ「つまり、リンボが言ってたような状況証拠だけじゃ有罪は証明できない、ってことよね?」

リンボ「そういうことだ。さ、そろそろ行くぞ」

ヘルベチカ「ほら、リンボに送れないで、弁護士先生」

テウタ「あれ!?イリーナさん!?」

リンボ「ん?知ってるのか?こちらイリーナ・クラコウスキー。俺の依頼人だ。で、こっちは………」

イリーナ「テウタ、でしょ。知ってるわ。何度も会ってる」

リンボ「え?なんで…………」

テウタ「実は、取材で何度か………」

リンボ「なら紹介は必要ないな」

裁判長「皆様、ご静粛に。誓約のもと、ここに立つ全ての者、また全ての法廷関係者には発言する権利があります。被告、イリーナ・クラコウスキーは、ルームシェアをしていたリサ・モレりを殺害。凶器のルームランプからは被害者の血液のついたイリーナの指紋が検出された。アリバイもなく、リサとの口論を隣人が聞いていたという証言がありました。本日はニューシーグ州対イリーナ・クラコウスキーの量刑審査を行う予定でしたが、本法廷は被告人側からの無罪答弁を受諾するものとします。よって、代理人リンボ・フィッツジェラルド氏の請願に基づき、新たな証拠、証言を検証することとします。審議は96時間後に再開します。代理人、この請願について何か言っておくことはありますか?」

リンボ「はい、裁判長。この請願を受理してくださり、ありがとうございます。状況証拠しか挙げられない優秀な検察に言いたいことは山ほどありますが、ここでは一つだけ。この法廷で、悔しさに唇を噛んだ人間は誰もが思ったことでしょう。真実を作りだせる人間に司法は味方するのだと。そうではないということを、僕は証明してみせます」

SE:木槌の音

リンボ「イリーナ、よかったな」

イリーナ「…………そうね」

リンボ「この後、手続きが終わったら面会室に行く。審議に向けて打ち合わせをしよう。何か聞いておきたいことは?」

イリーナ「…………最後の食事、あなただったら何を選ぶ?高級なステーキか、世界の珍味か、それとも最高にハイカロリーなジャンクフードか…………どれがいいと思う?」

リンボ「死刑になんかなるわけないだろ。俺は、お前の無罪を証明する」

イリーナ「参考までに聞かせてよ」

N「リンボは少し身をかがめて、イリーナの顔を覗き込んだ」

リンボ「(囁くように)全部食べられる。それも、好きなだけな」


========面会室========

イリーナ「…………びっくりした?」

テウタ「ちょっとね。リンボのこと知ってるとは思わなかった」

N「リンボとヘルベチカとテウタは、そのままイリーナと面会室で話をすることになった」

イリーナ「私の友達が連絡したのよ。腕のいい弁護士だって聞いてね」

リンボ「俺は無責任な約束はしないし、夢を見させてはいさようならってのもなしだ。お前に不利な状況を覆せるか約束はできない。でも、何かあるんだろ。そうじゃなかったら、お前の友達があんな熱心に俺に連絡し続けない。何かを隠したまま死んでも、いいことないぞ?」

イリーナ「…………どうせ何もしなくても死ぬわ」

リンボ「どういうことだ?」

イリーナ「…………私達は、売られてきた人間なの。私の友達はあなたが不法移民の案件をよく扱ってるのを知ってて連絡したのね。私達はコンテナに詰められて者と同じようにこの国に運ばれた。ここで普通の仕事を割り振られればまだマシ。中には口にするのもおぞましい仕事だってある」

N「イリーナは言葉を止めて一呼吸置いた。リンボが真剣な目で黙って聞いているのを確認すると、そのまま続ける」

イリーナ「ファッションウィークに出てるジョージーナってブランドは知ってる?私も友達も、あそこで働いてたの。あそこのオーナーは、外国からたくさん人を買ってくる。偽造した適当なIDを渡して、延々と働かせるの。体(てい)のいい奴隷ね。自由の国に来て、縛り付けられてる」

リンボ「状況は色々あるにしても、ほかの国から働きにくる人間は大勢いる。お前たちは監禁されてるわけじゃないんだろ?逃げるなり、助けを求めるなり出来なかったのか?」

イリーナ「私達は港に着いた時点で品定めをされる。一番弱ってるやつが私達の目の前で殺されて、その死体と同じコンテナで一晩過ごすの。私の時は、親戚の女の子が頭を撃ち抜かれて死んだ。信じられない量の血が出てたのを覚えてる。人間の体の中にこんなにも血があるんだって初めて知ったわ。…………死体の匂いは、血の匂いとは違う。ほんの少しずつ腐って、甘い匂いがする。私は、その匂いが忘れられない」

ヘルベチカ「『戦うか逃げるかすくむか』…………」

テウタ「え?」

ヘルベチカ「人は強い恐怖を前にすると交感神経系の神経インパルスが………いえ、簡単に説明すると、本来の意思や意図とは関係なく、抵抗する力を失い、状況に従ってしまうことがあるんです」

イリーナ「学者さんの言葉はよく分からないけど、まあその通りね。誰も逃げようなんて思わなくなった。生き残ることしか考えられなくなった。みんなそうだった。私もそう。でもあの子は違った。抜け出す方法を見つけた。だから殺されたの」

リンボ「抜け出す方法…………内容は?」

イリーナ「所詮は無理なのよ………たとえ判決が覆っても私が生きる場所はどこにもない」

リンボ「俺の仕事は判決を覆すことじゃない。お前たちが生きる場所を見つけられるようにすること。言ってる意味は、分かるな?」

イリーナ「…………出来るとは思えないわ」

リンボ「何をしてもしなくても死ぬんなら、してから死んでもいいんじゃないか?」

イリーナ「希望を持ってから失うのがどれだけ辛いかわかる?分からないでしょうね。あなたみたいにキラキラの太陽浴びて育ちましたって顔のお坊ちゃんにはね」

リンボ「…………だろうな。でも、分かろうとする人間でいたい。だから俺はこうして、今ここに座ってる。
あとはお前次第だ。恐怖を前にひるんですくんだまま死にたいならそれでいい」

イリーナ「…………不法入国した人間のリストは、ジョージーナのオーナーが持ってる。それがあれば、何かわかるかもしれない」

 

=======トレイダージョーンズ店内======

テウタ「ねえ、アイス買ってもいい?」

ヘルベチカ「ついこの前、バケツみたいなサイズのを買ってませんでした?」

テウタ「あれはもうすぐ食べ終わっちゃうもん」

ヘルベチカ「冷たくて甘いものばっかり食べてると、体の中から太りますよ」

テウタ「好きなものを我慢してストレス溜める方が体に悪いもん」

スケアクロウ「ちょっと、その携帯のマイク、感度めちゃくちゃいいの知ってる?余計なお喋りで気が散るだろ」

ヘルベチカ「失礼しました、ボス」

リンボ「で?ジョージーナのオーナーの居場所は分かったか?」

スケアクロウ「ああ。普段はほとんど国外にいるんだけど、ファッションウィークだからね。3日前にニューシーグ入り。サクッとハックできそうなデータは見てみたけど、その囚人が言ってることが本当だとしたら、リストは外に漏れないようによっぽど用心してるな。ネットワーク経由じゃ見られない」

ヘルベチカ「じゃあ、そのオーナーのところに言って口を割りたくなるようなことをします?」

リンボ「物騒だな、シュウみたいなこと言うなよ(苦笑しながら)クロ、何か方法は?」

スケアクロウ「ネットワークに繋いでない端末だと仮定して、その端末のすぐそばまで近づけたらデータを盗める」

ヘルベチカ「ネットワークにつながってないのに?」

スケアクロウ「専用の端末をすぐそばに置くだけ。自動でホットシンクさせて、アニマにデータを送る」

リンボ「問題はその端末にどうやって近づくか、だな…………」

テウタ「はいはーい!」

ヘルベチカ「何か名案があるんですか?」

テウタ「ファッションウィークの会場に潜り込むのよ。私がモデル風に変装して、ジョージーナの新しいモデルですって顔で近づくの」

リンボ「…………」

ヘルベチカ「…………」

スケアクロウ「あれ?もしもーし?通信エラー?聞こえますかー?応答せよ!」

リンボ「ん?ああ、悪い悪い、ちょっとあれだ、なんかこう…………」

ヘルベチカ「呆気に取られてました」

リンボ「そう、呆気にとられてた、それだ」

ヘルベチカ「それじゃあ、僕がモデルに変装してテウタは記者として取材に行く。あともう一人くらい、理由をつけて潜入できれば何があっても対応できるんじゃないですか」

スケアクロウ「よし、それで行こう。俺はさっそくこの作戦の準備に取り掛かる」

テウタ「私がモデルの変装でも…………」

リンボ「お前は記者」

テウタ「…………はーい」


=============ホテルホールジー===========

N「ファッションウィークのメインステージ前日。関係者でいっぱいのホテルは、煌びやかな衣装をまとった人間でいっぱいだった。
ヘルベチカは変装した女性の姿で、シュウもスーツを着こなして会場で待機していた」


ヘルベチカ「キョロキョロしない」

テウタ「だって初めて見るんだもん。ファッションウィークってこんな感じなのね。ヘルベチカは来たことあるの?」

ヘルベチカ「ええ。毎年招待されてますから」

テウタ「…………そう、私は初めてだけど」

シュウ「俺も初めてだ」

テウタ「シュウ、かっこいいじゃん」

N「シュウがテウタの頭を小突く」

テウタ「あだっ」

シュウ「うるせえな、なんで俺がこんな格好…………」

ヘルベチカ「よく似合ってますよ。背も高いし、細身なのに締まった筋肉。モデルに転職してみたらどうです?」

シュウ「嫌だね」

ヘルベチカ「結構儲かりますよ」

シュウ「傭兵として地球の裏側にでも飛ばされた方がマシだ」

スケアクロウ「もしもーし、聞こえる?骨伝導マイクは耳の後ろ、骨に近いところに貼っておけよ」

テウタ「こちらテウタ!感度良好」

スケアクロウ「よし。いいか、作戦を確認する。会場にはテウタ・シュウ、それにリンボが潜入している。リンボはVIPエリアだな」

リンボ「おう。金と権力だけは持ってようなジジイばっかりの部屋にいるよ。ファッションとは一番遠い場所だな」

スケアクロウ「俺とモズは外にとめてるバンの中でカメラ越しにみんなを見てるよ」

シュウ「お!」

モズ「なに?どうかした?」

シュウ「3時の方向。7メートルくらい先だ」

モズ「だから何が?」

シュウ「割といい女がいる」

テウタ「はあ………どうでもいい情報」

ヘルベチカ「モデルのナオミですね。ああいうのがシュウの好みでしたか」

シュウ「割とな」

モズ「…………彼女、妊娠してるね」

テウタ「えっ!?あの、トップモデルのナオミが!?」

モズ「歩き方を見れば分かる。骨盤の周りの筋肉が緩んでるから」

テウタ「特ダネゲットだわ…………」

スケアクロウ「んー!(咳払い)そろそろこっちの仕事にも集中してくれるー?」

テウタ「ああ、ごめんごめん…………」

スケアクロウ「んじゃ、まずはジョージ‐ナのオーナを探そう。俺とモズも監視カメラの映像で探す」

テウタ「分かった、私達も探してみる」

======数分後======

アダム「(ぶつかって)すみません…………って、テウタ?どうしてこんなところに?」

テウタ「あー、あは、は………えっと、しゅ、取材よ!急にファッションに目覚めちゃってさ」

アダム「へえ、そうなんだ?」

テウタ「お願い、聞かないで」

アダム「まあいいけど。危険なことはしないで」

テウタ「分かってる。アダムはどうしてここに?」

アダム「僕?僕は毎年招待されてるから」

テウタ「そうですね、みんな招待されてる。私はプレスパスも取れないのに…………」

アダム「それで?何か、それとも誰か探してるの?」

テウタ「ちょっと人を探してるの。ジョージーナのオーナーを…ほら!取材でね!取材!」

アダム「なるほど。彼ならそっちのフロアにいたよ」

テウタ「ありがとう、助かる」

アダム「どういたしまして」

テウタ「あ!」

アダム「何?まだ何かある?」

テウタ「今日もキマってるよ!かっこいい」

アダム「…………ありがとう。じゃあ行くね」

シュウ「…………へー、お前らほんと仲良いよな。付き合ってんの?」

テウタ「幼馴染だって言ってるじゃない。それともやきもち?」

シュウ「そうだな、妬ける妬ける(棒読みで)」

ヘルベチカ「なんかこう、彼って非の打ち所がないところが欠点って感じですね」

テウタ「何よそれ。ジェラシー?ジェラってるの?」

ヘルベチカ「ジェラって…………ジェラってなんかいません」

モズ「彼に貸しでもあるの?」

テウタ「貸し?なんで?」

モズ「だって…………いつも関係ないのに手を貸してくれるから」

テウタ「頼んでなくても助けてくれるのが友達。断られても助けちゃうのが親友、そういうもんだよ」

モズ「…………」

ヘルベチカ「(小声で)見つけました。例のオーナーです。僕が誘い出しますから、あなた達は手筈通りに」

シュウ「了解」

テウタ「オッケー!」


=======数分後====


謎の美女(ヘルベチカ)「どうも、こんにちは」

オーナー「どうも。どこかでお会いしたかな?」

謎の美女「次のショーであなたのブランドのモデルをやらせてもらうことになったんです。個人的にもブランドのファンなんですよ。とても光栄です」

オーナー「そうだったのか、それは嬉しい言葉だね」

謎の美女「この機会に色々お話を聞きたいんですけど、よかったらあっちのバーで少し飲みませんか?」

N「変装しているヘルベチカは一瞬テウタ達に視線を移し、目配せする」

スケアクロウ「よし、シュウ達はオーナーの部屋へ急げ。端末を探してホットシンク。簡単なことだろ?」

テウタ「それがすぐに見つかればね」

シュウ「部屋は23階のクラブルームだ」

スケアクロウ「部屋の鍵は遠隔操作で開けておくから、急いで中に入って端末を探して」

テウタ「オッケー!任務了解!」

=======クラブルーム======

SE:ドア音

テウタ「ここがジョージーナのオーナーの部屋…………」

N「映画でしか見たことのないような豪奢な部屋が広がっていた」

テウタ「私の前住んでたアパートの部屋を全部足したよりもずっと広い気がする…………」

シュウ「黙って集中しろ」

テウタ「あ、そうだった、ええと…………」

スケアクロウ「部屋に入ったね。それじゃあ例のアプリを起動して」

テウタ「ん?何これ?『238-3-6,64-11-2』……バグってない?』

スケアクロウ「ああ、悪い悪い。それは俺のメモだ。今切り替えるよ」

シュウ「何のメモだ?」

スケアクロウ「大事なメモは自分にしか分からない暗号で書くようにしてるんだ。………よし、これでどうだ?」

テウタ「あ、画面変わった!なんか矢印が何個か出てる」

スケアクロウ「電子機器が発する微弱な電波を感知してるんだ。そのホテルに元々設置されてるものは除外してる。
どうだ?反応があるところを調べてみてくれ」

テウタ「これはリモコンだし………時計?えっと…」

シュウ「見つけた。このタブレットはどうだ?」

スケアクロウ「お、いいね、それっぽい。んじゃ、起動してみて」

シュウ「だめだ、パスワードが必要だな。部屋の鍵みたいに遠隔操作でなんとかならないか?」

スケアクロウ「いや…………どうやらそれはネットワークに接続されてない。俺が直接そっちに行って解読装置につなげられれば特殊アルゴリズムを…」

シュウ「つまり無理なんだろ?時間がねえんだから、とりあえずなんか試してみるしかないな」

テウタ「何かって言っても…………パスワードっぽいもの…………」

スケアクロウ「うーん、それ、4桁の簡易パスワードだろ?なんか4桁の数字探してみて」

モズ「4桁なら誕生日とか、記念日とか、好きな数字とか、何かヒントはなさそう?」

テウタ「ちょっと探してみるけど…………」

N「シュウとテウタは周囲を見て何か関連のありそうなものを探していく」

テウタ「シュウ、なんかあった?」

シュウ「どうだろうな」

N「テウタが近くで見つけたのは本屋のレシートだった。買ったのは雑誌のようだ。『ヨットの世界』と印字してある」

テウタ「(ヨットが好きなのかな…………ん?これは…………)」

N「テーブルの上の雑誌には小さな写真が挟んであり、そこに映っているのもどうやらヨットのようだ」

テウタ「(ヨットに乗ってるの、オーナーみたい。………ってことは、オーナーが持ってるヨットなのかな。
お金持ちってクルーザーとかヨットとか船を買いがちだよね…………自慢のヨットってところかしら)」

N「写真に写っているヨットの船体には数字があった」

テウタ「(数字…………4桁の数字…………もしかして!)」

N「すぐさま打ち込むとピピ、という解除音とともにロックが解かれた」

テウタ「やったー!解除できた!」

シュウ「なんでその番号だったんだ?」

テウタ「レシートも、雑誌でチェックしてるページもヨットに関係してたから、ヨットが好きなのかなって。だから、この写真にあるヨットの番号を入れてみたの」

スケアクロウ「すごい!探偵みたいだな」

テウタ「へへ、やるでしょ」

テウタ「(本当は、あてずっぽうだったんだけど)」

スケアクロウ「オッケーオッケー、それじゃあ俺が用意した携帯用のアニマデバイスの電源を入れて、そのタブレットのすぐそばに置いて」

テウタ「あ、なんかメーターが増えてってる!」

シュウ「24%………31%…………これって順調なのか?」

スケアクロウ「100%になるまで位置を動かすなよ」

テウタ「58%……62%……え、ちょっと止まったよ!?これ大丈夫!?……あ、動き出した」

モズ「こっちでも数字は見えるから実況しなくていい」

スケアクロウ「あともう少しだ。今のうちに部屋を元通りに戻しておいたら?」

シュウ「そうだな」


==========同時刻 ラウンジ内=======

オーナー「それじゃ、私はそろそろ部屋に戻るよ」

謎の美女「え、もうですか?パーティはまだ始まったばかりですよ」

オーナー「明日の準備もあるんだ。ショーには来るんだろう?」

謎の美女「え、ええ」

オーナー「話の続きはまた明日。睡眠不足はモデルの大敵だぞ。それじゃあ、おやすみ」

ヘルベチカ「…………そんなこと、あなたに言われなくたって自分の身体は自分で完璧にコントロールしてますよ(連絡端末をつないで)……引き留めるのはここまでが限界でした。急いで部屋を出てください。彼、今エレベーターに向かいました」

スケアクロウ「えっ!?マジで!?ちょっとふたりとも間に合う!?」

テウタ「えっ!?嘘っ!?」

シュウ「まずいな…………」


===========クラブルーム======

SE:ドア音

オーナー「ふう………少し飲みすぎたかな」

テウタ「(小声で)ねえ、どうしよう」

シュウ「(小声で)悪い、ちょっと体の向き変えるぞ?手が痺れる」

テウタ「え、あっ、ちょっとそこは……あっ」

スケアクロウ「ちょ、ちょちょ、ちょっと大丈夫?え、ど、どうしたの?ど、どこ触った?」

リンボ「クロちゃん、今何想像しちゃったんだ?」

スケアクロウ「べべ、別に?別に何にも?た、ただシュウの手がテウタの……」

テウタ「もう、そんな話どうでもいいから!」

シュウ「とりあえず今はクローゼットの中に隠れた。問題は、どうやってこの部屋から抜け出すかってこと。ヘルベチカ、もう一度あの男を外に連れ出せないか?」

ヘルベチカ「それはどうでしょう…………部屋の番号も聞いてませんから、僕が言ったら不自然でしょう?娼婦のフリでもします?」

シュウ「それ、目の前で見るのはキツイな…」

テウタ「やだ!ちょっと待って、こっち来る…………!」

スケアクロウ「えっ!?えっ!?ど、どうしよう!ホテル全館の電気落とす!?」

シュウ「落ち着け!いざとなったらうまくやるから」

リンボ「やるって、物騒な方の意味じゃないだろうな?」

シュウ「…………ほんのちょっとな」

テウタ「ダメだってば!」

シュウ「いいか、俺が合図するまで勝手に動くなよ」

テウタ「わ、わかった………」

N「オーナーの近づく足音に、心臓が飛び出しそうになりぎゅっと目を瞑る」

テウタ「(どうしよう…………!?)」

SE:ノック音

ルームメイド「失礼いたします。ご依頼いただいた追加のタオルとバスローブ、それとアロマディフューザーです」

N「部屋に入ってきたのはルームメイド(スタッフ)のようだ」

テウタ「(はあ………死ぬかと思った…………メイド(スタッフ)さん、ナイスタイミング!)」

オーナー「ああ、ありがとう」

SE:ドア音

オーナー「ふう、先にシャワーでも浴びるか」

N「オーナーはそのままバスルームへと向かっていった」

スケアクロウ「どうなった?大丈夫?」

シュウ「しっ、待て」

SE:シャワー音

シュウ「ふう………シャワーの音が聞こえる。今のうちに部屋を出るぞ」

======ホテルジー ロビー=====


スケアクロウ「はあ……よかった………心臓が口から出るかと思った」

モズ「…へえ、僕はそっちの方が見たかったな。面白そう」

 

======スケアクロウ邸宅 リビング=======


リンボ「よっし、お疲れさん。みんな、協力してくれてありがとな」

シュウ「礼を言うのは早いんじゃねえか?持ち出したデータの中に使えるもんがあるかどうかはこれからだ。
なあ、クロ?」

スケアクロウ「はいはい、色々出てきましたよー不法入国者のリスト、写真、割り当てて使いまわしてる偽造ID、その他
ぼろぼろ出るわ出るわ……アニマ、分類したデータからイリーナとリサの情報だけ抽出して」

アニマ「データ抽出、完了しました。データ、表示します」

スケアクロウ「なるほどねー…こいつは白か黒かで言ったら真っ黒だ。はあ……ひどいな…」

リンボ「ひとりで見てないで、俺らにも見せてくれよ。どんなデータだ?」

スケアクロウ「ちょっと待ってねー…モニターに映すよ」

リンボ「この写真…イリーナとリサか?」

テウタ「すごく仲が良さそう…」

テウタ「(こんな笑顔で一緒に写ってるのに………イリーナさんが殺したなんてやっぱり信じられない)」

ヘルベチカ「コンテナの中で殺された人間の写真もありますね。これならイリーナの供述の裏付けには十分な証拠が揃ってるんじゃないですか?」

リンボ「……………………」

モズ「……………証拠としては十分でも正当な証拠にはならない。そういうこと?」

リンボ「ああ、そうだ。令状もなければ不法侵入にハッキング、匿名の情報提供者っていう線も使えない。かといって
正式な手続き踏んでたら再審には間に合わないか…」

シュウ「さあ、どうすんだ?絶対無罪の悪徳弁護士さんよ」

リンボ「審議再開までに大した時間がもらえないことは予想してた。罪を犯してないって反証するのは時間がかかるからな。とりあえず再捜査の必要ありって提示できれば…」

テウタ「………イリーナさんがリサを殺してないって反証するのは難しくても、イリーナさんが受けた仕打ちを示せば少なくともそっちは捜査の対象になるんじゃないの?」

ヘルベチカ「ジョージーナが不法移民を奴隷のように扱っている、その事実がイリーナの件に無関係ではないと提示するということ、ですか」

リンボ「…いい視点だな。俺もそれを狙おうと思った」

テウタ「たとえば、フルサークルでジョージーナの悪事を暴くの。今はまさにファッションウィークだし、世の中の注目を集められる。そうなれば警察だって捜査しないわけにはいかない」

シュウ「へえ、お前、弁護士の才能あるんじゃねーの?リンボにライバル登場か?」

リンボ「令状もなく不正に手に入れた証拠は証拠能力を持たない。つまりフルサークルで悪事を暴こうとすればそれは法的証拠能力を失うってことだ」

テウタ「全部見せる必要はない。フルサークルはあくまで『噂』サイトなんだから。でも話題にはなる。それで十分でしょ?」

N「リンボはニヤリと笑い、立ち上がった」

リンボ「決まりだ」

 

========ZERO HOUR======

アダム「フルサークルに暴露された人気ブランドジョージーナの裏の顔。ニューシーグの街ではこの話題で持ちきりです。不法入国者を奴隷のように働かせていたという噂。ジョージーナとその関連会社に対し、警察はすでに捜査令状を取得したとのこと。フルサークルの噂は事実だったということでしょうか?ジョージーナの捜査に関して、このあとヴァレリー・ゾイ・フィッツジェラルド地方検事補の会見をお送りします」


========ニューシーグ裁判所=======

リンボ「お前の無実が証明されたわけじゃないが、少なくとも再捜査には持っていける。俺が弁護を続けるから任せてくれ」

イリーナ「ジョージーナは!?あいつらの悪事は裁かれないの?」

リンボ「ちゃんと手を回しておいた。フルサークルに載せたのはあくまで『噂』だ。捜査の邪魔になるような情報は出してない」

イリーナ「いま働かされてる人たちは!?名簿はなかったの?」

リンボ「いや、名簿はあったがフルサークルには流さなかった。信頼のおけるシェルターに頼んで保護してもらってる。よく覚えておけよ、俺は良いこともやるんだぞ?お前はこの捜査が決まれば、一旦釈放だ。これが終わったら昼飯は外で好きなもん食える。何を食うか考えとけよ、俺の奢りだ」

N「リンボが笑うと、イリーナもそっと笑みを浮かべた。その時、テウタのメール受信バイブが鳴った」

テウタ「(ヘルベチカ?傍聴席にいるんじゃ…)」

ヘルベチカ「後ろ」

テウタ「(後ろ?)」

N「振り返ると、ヘルベチカとシュウが傍聴席に座っていた。大勢の隙間から見えるふたりはひらひらと手を振っている」
ヘルベチカ「どうかしましたか?」

テウタ「(イリーナさん、もっと喜ぶと思ってたから、元気がないのが気になって…)」

ヘルベチカ「希望を持つことを恐れているだけだと思いますよ」

裁判長「全員起立!ニューシーグ州対イリーナ・クラコウスキー、リサ・モレリ殺害事件について…」

イリーナ「裁判長、発言してもよろしいでしょうか」

N「裁判長の言葉を遮ってイリーナが立ち上がった。リンボとテウタも驚いてイリーナを見る」

裁判長「何か重大なことですか?」

イリーナ「はい。有罪を、認めます」

テウタ「え!?ちょ、ちょっと………」

リンボ「お前、何を言ってるんだ!?」

イリーナ「私は、ルームメイトのリサ・モレリを殺しました。確かに殺したんです。私は、罰を受け入れます」

リンボ「おい、イリーナ!ちょっと黙ってろ!裁判長、休廷を求めます!」

イリーナ「リンボ、最後まで話させて。私は今世間で騒がれているジョージーナの工場で強制的に働かされていました。リサも同じでした。でも、彼女は自由になる方法を見つけた。私はそれが許せなかった。同じ場所にいたはずなのに、なぜ彼女だけに救いがあるのか。その時の事はよく覚えていません。それに、前からリサを殺したかったわけじゃない。
でも、あの時、彼女の頭をルームランプで思い切り殴った時の手の感触は今でも覚えています」

 

========ニューシーグ警察署面会室======


テウタ「ねえ、イリーナさん。どういうことなの?」

リンボ「いったいどれが本当で、どれが嘘なんだ!?」

イリーナ「あなた達が暴いてくれたことも、私が彼女を殺したのも真実よ」

テウタ「どうして……………」

イリーナ「地獄みたいな場所で生きてたら、同じ場所にいる人間が自分より幸せになるのを許せなくなる。彼女だけがこの地獄から出て行けるんだと思ったら、とても許せなかった。でも、彼女を殺したかったわけじゃないのよ。彼女は死ぬべき人間ではなかった。必死に生きてただけだった。殺してしまったことは、後悔してる。だから、死ぬ前に良いことがしたかった。同じ境遇の仲間を助けたかったの。巻き込んでごめんなさいね」

リンボ「今回、お前の不利になる証言のいくつかは裏付け調査をすることが勧告された。調査が進めば減刑はされるだろうが、殺人罪は免れないぞ」

イリーナ「いいの。刑務所にいる方が幸せだわ。そう思えるような場所で生きてる人を、あなた達は救ってくれたの。だからそんな顔しないで」

リンボ「なあ、本当に…………」

イリーナ「この件で話すことはもう何もない。ありがとう。感謝しているのは本当よ。あなたに返せるものは何もないけど」

リンボ「……………」

イリーナ「………その子と、少しふたりで話してもいいかしら?」

リンボ「分かった。俺は外で待ってる」

テウタ「うん…………」

イリーナ「……………」

テウタ「イリーナさん……………本当にこれで良かったの?」

イリーナ「ええ、あなた達のおかげで、考えた通りの展開になったわ」

テウタ「(人を殺したって言うのは、冤罪ではなかったんだ………)」

イリーナ「刑務所の中にいるとね、自分の身に迫る危険はなんとなく感じるものなのよ。第六感としか説明できないけど」

テウタ「自分の身に迫る、危険?」

イリーナ「量刑審理が終わったら、あなたとこうして面会するのも難しくなるかもしれないわね」

テウタ「そう、なんだ…」

イリーナ「この前の話の続き、話しておくわ」

テウタ「…とある兄弟、だっけ?」

イリーナ「そう…名前は知らない。仲の良い兄と弟が居た。ふたりは『汚い水槽の中の魚』だった。貧しさから裏仕事をするようになって、そのうち色んな人間と繋がった。その繋がりを武器にして、世界を変えようとしたの」

テウタ「それが………ルイ・ロペスのはじまり?」

イリーナ「ええ。フェアじゃない世の中の穴を埋める。そのためなら手段は選ばない。そうやって組織は大きくなっていった。でも、その目的がだんだん変わっていったの」

テウタ「目的?」

イリーナ「色んな人間が関わりすぎた。欲にまみれた人間たちが。兄弟はその欲の渦に飲み込まれてしまった。兄が弟を殺そうとし、結果として弟が兄を殺した」

テウタ「兄弟で、殺し合ったの……………?」

イリーナ「そう……………それで組織は変わっていった。弱い人間も、つながりを持てば強くなれる。そんな組織だったはずなのに、今はその強さが利用され始めてる。だから…………」

警察官「そろそろ時間です。面会人は退席してください」

イリーナ「貸して」

テウタ「え?」

イリーナ「ペンと紙よ、早く。」

テウタ「は、はい」

テウタ「(c.a.p...capablanca?/カパブランカ)」

イリーナ「フルサークルのアカウント。私が唯一知ってる組織の人間よ。私の連絡だったの。今の話もこの人から聞いた。だから続きはフルサークルから連絡してみて」

テウタ「や、やってみるけど……危険な組織なんじゃないの?ロスコーも命を狙われるかもとか言ってたよね?」

イリーナ「そうね……………あなた、信頼できる仲間はいる?」

テウタ「それはもちろん」

イリーナ「私は話した話、あなたが信頼する人間になら話してもいいわ。ただし、秘密を知るってことは、同じ秘密を抱えるってことよ。意味は分かるわね?」

テウタ「話した人も、危険になる……………?」

イリーナ「そう。それでも、私はあなたに頼むしかない。変わってしまった組織を止めたいの。私の名前をだしてもいいわ。なんとか連絡を……………」

警察官「もう時間ですよ、早く退室してください」

テウタ「ま、待ってよ!ちゃんと申請すればあなたにもまた会えるんだよね?会いに来てもいいんだよね?」

N「イリーナは警察官に腕を引かれて出ていく。ドアの手前で、彼女は一度だけ振り返った」

イリーナ「…………そうね、私もまた会いたいわ」

テウタ「(capablanca……………カパブランカ?このアカウントが組織の誰かってことなの……………?)」

======パライソガレージ====


カルメン「ハーイ、みんなもっと盛り上がっていくわヨー!」

N「店内にはたくさんのモデルが集まっていた。ジョージーナが捜査されることになり、ファッションウィークのメインステージは中止になった。行き先をなくした街の盛り上がりがこの店に集まっているというわけだ」

リンボ「……………」

テウタ「イリーナさんは、最初から無罪を主張するつもりなんてなかったんだね。だって、本当に……………」

スケアクロウ「なんかこう、複雑だよな」

シュウ「イリーナはそもそも無実じゃなかったんだな。『絶対無罪』なんて言われてるのに、今回は負けちまったな」

リンボ「まあ、プロボノで引き受けてるのは不利な状況の案件が多いからな」

テウタ「プロボノ?」

リンボ「無料法律相談だよ。俺はイリーナみたいに外国から来た奴の相談に乗ってる。前会ったイーディを覚えてるか?あいつもそれがきっかけで知り合ったんだ」

カルメン「そうよお、アタシとリンボの出会いもそれ。リンボったらアタシ達みたいなヨソモノがこの街で上手くやっていけるようにって相談に乗ってくれたの。とんだ『悪徳弁護士』よネ」

モズ「なんでそんなことをしてるの?」

リンボ「なんでって、人助け?俺だって人の子だからな。人並みに赤い血が流れてる。死んだら天国行きたいだろ」

ヘルベチカ「僕の仕事も人助けですよ」

シュウ「じゃあ俺も人助けだな」

スケアクロウ「お、俺も!……………たぶん」

モズ「なら僕も。……………死人助け?」

N「いつものようなやり取りに、全員がふっと笑みを浮かべた」

テウタ「……………」

N「リンボがテウタの頭に手を乗せ、指先で髪をくしゃくしゃと弄ぶ」

テウタ「ちょっと、リンボやめてってば」

リンボ「そ。そういう顔の方がお前らしくていいよ。気持ちはわかるけど、あんまり他人のことで気を落とすなって」

テウタ「イリーナさんが本当にルームメイトを殺したんだとしても、なんか……なんて言ったらいいんだろう」

リンボ「納得いかない?」

テウタ「うん…………それも少し違うかな。きっと彼女なりの選択だったのかなとは思ってる」

リンボ「じゃあ、時間を遡って助けてあげたい?」

テウタ「……………」

N「リンボの言葉に思わず顔が強張ったのを感じる」

リンボ「悪い、からかうつもりはなかったんだ。その…」

テウタ「ううん、いいの。ただ……………時間を遡るのは、やめたい」

リンボ「やめたい?なんで?」

テウタ「なんでって……………」

リンボ「んー、聞き方を変えるよ。その話、今聞いてほしい?それとも後で聞いてほしい?聞かないでほしい?」

テウタ「…………後で聞いてほしい。でも聞いてって素直に言えないかもしれないから、その時は察して」

リンボ「難しい注文だな」

テウタ「リンボはどうなの?」

リンボ「どうって……何が?」

テウタ「色々よ。この短い付き合いの間でも、私の人間観察の目を甘く見ないでよね」

リンボ「なんか怖いな。なんだよ?」

テウタ「大丈夫?笑顔がちょっと寂しそう」

リンボ「……………」

テウタ「じゃあ聞き方を変える。その話、今聞いてほしい?それとも後で聞いてほしい?忘れたころに聞いてほしい?」

リンボ「なんか選択肢の種類が変わってるけど」

テウタ「頼んでなくても助けてくれるのが友達、断られても助けちゃうのが親友、そういうもんなの」

リンボ「テウタ哲学?」

テウタ「そうよ、覚悟して」

リンボ「ありがとな。まあ、そのうち話すよ。今日の主役は俺じゃないからな」

テウタ「主役?」

N「リンボはニヤリと笑って立ち上がった」

リンボ「みんな、ちょっといいか」

N「リンボがグラスをフォークで鳴らすと近くの全員がテウタの方に視線を向ける。その表情から察するに、テウタ以外の全員が知っている『何か』があるらしい」

リンボ「今日は忘れちゃいけないお祝いがある。テウタ、ニューシーグトゥディの新人賞、おめでとう」

(ここから被るように一斉に)

シュウ「おめでとさん」

ヘルベチカ「おめでとうございます」

モズ「おめでとう」

スケアクロウ「おめでとう!」

ヘルベチカ「サプライズパーティを開こうって話、スケアクロウが口を滑らせて一度機会を失いましたが、こうして
サプライズパーティとして戻ってきました」

スケアクロウ「結果オーライだろ?でさでさ、みんなでお祝いに何かプレゼントしたいって話してたんだけど、何が良い?」

テウタ「プレゼントなんていいよ。こうやってお祝いしてくれるのが一番だもん。あ、じゃあ今日は私の好きなメニューをひとりで2つ注文しちゃうってのはどう?」

リンボ「ってな感じのことを言うだろうと思って先手を打っておいた」

N「そう言ってリンボがシュウに視線を送ると、シュウは何も持ってない両掌を見せて、一度手首を返す。するとその手には小さな箱が現れた。」

テウタ「え!すごい、魔法みたい!」

スケアクロウ「ほら、開けてみてよ。みんなで選んだんだ。俺もちゃんと意見出したし!」

テウタ「ありがとう……………わあ、すごい、これかっこいい……!」

N「そこにあったのはアンティーク調の錨(いかり)の形をしたチャームだった。皮の紐が良いアクセントになっている」

アレックス「気に入りました?」

N「横からアレックスがひょこっと顔を出した」

テウタ「アレックスも選んでくれたの?」

アレックス「僕はお使いを頼まれただけです。テウタさんがいつも使ってるものとか好きなものはなんだろうって話になって、リンボさんが手帳の栞になるチャームがいいんじゃないかって。テウタさんが錨のモチーフを好きだって情報はシュウさんで、アンティークのいいお店を探してくれたのはモズさん。で、スケアクロウさんと僕で買いに行ったんです」

テウタ「そうなんだ……………みんな、本当にありがとう。…あれ?ヘルベチカは?」

ヘルベチカ「お金は出しましたよ」

アレックス「ふふっ…」

テウタ「教えて、物知りアレックス?」

アレックス「ヘルベチカさんはビデオ通話でずっと僕たちに指示を出してくれてたんですよ。デザインから質感、それに重さまで。テウタさんが毎日持ち歩くものだからって、ものすごく細かく」

ヘルベチカ「アレックス」

アレックス「皆さんから口止め料はもらってないんで」

N「悪戯っぽく笑うアレックスをテウタは思い切り抱きしめた」

カルメン「やだぁー!アタシだって今日の主役とハグしたいわぁー!」

テウタ「へ、あ、おぶっ…」

N「カルメンがアレックスごとテウタを抱きしめた。大きくて柔らかい感触に圧迫される」

テウタ「カルメンさん、ちょっと、苦しいです…」

カルメン「あらあら、ごめんなさいネ。アタシもそのプレゼント作戦に加わりたかったわぁ。あ!そうだ!今日は全部アタシの奢りよ!好きなものを好きなだけ食べて、飲んで頂戴!今日はとっておきのメニューもあるんだかラ!」

シュウ「とっておきって言ったってあんた料理できないだろ?今度はどこの何をお取り寄せしたんだ?」

カルメン「これよ、コレ!」

ヘルベチカ「ハンマー?」

アレックス「カルメンさん………それ、ほんとにやるんですか?」

カルメン「ガンガンやるわヨ!」

モズ「やるって、何を?」

カルメン「クラブポットよ!カニをハンマーで割って食べるの!アタシがこれから心を込めて叩き割ってあげるワ」

シュウ「おい…アレックス…ほんとに食い方合ってるのか?」

アレックス「僕もちょっと不安です…」

カルメン「いくわよ~!えいっ」

SE:破壊音

アレックス「わっ!?ちょ、ちょっと!カルメンさん!?」

テウタ「(あ、アダムだ)」

テウタ「もしもし?アダム?」

アダム「もしもし?今カルメンの店かな?」

テウタ「アダム?ごめん、全然聞こえない。もう1回言って?」

アダム「今、どこにいる?」

テウタ「もしもーし。よく聞こえない。お店の中、電波悪いのかな。ちょっと外出るよ」

=====パライソガレージ外=====

アダム「カルメンの店にいるんだよね…………って店から出てきたの見えたよ。目の前に停めてる車、分かる?」

テウタ「見つけた」

N「アダムがいつも乗っている車だ。と言っても、アダムは運転しない。運転手付きの車である。後部座席に近づくと、窓が開いた」

テウタ「えっ!?」

N「窓からは青いバラの花束が差し出された。ふわりと優しい香りが広がる」

アダム「乗って。今夜は生放送の番組に出るから、あまり時間がないんだ。少しだけなら話ができる」

======アダムの車にて=======

N「車に乗り込むと、そこには貰った花束と同じ青いバラを、スーツにコサージュとしてつけているアダムが待っていた」

アダム「新人賞、おめでとう」

テウタ「ありがとう。…………うん、すごくいい香り。青いバラなんて、アダムちょっとカッコ良すぎじゃない?」

アダム「そうかな」

テウタ「そうだよ。んー…いい香り」

アダム「それで?今日はどんな日だった?」

テウタ「色々あったよ。昨日の今日で、他人の人生が大きく変わるのを目の当たりにした」

アダム「時間を遡ったの?」

テウタ「ううん、そうじゃないけど」

アダム「……………実はさ。ちょっと気になってたんだ。この前、時間を遡ったことを後悔してたでしょ?」

テウタ「うん……………」

アダム「ひとつ、言い忘れてたのを思い出したんだ。ルカを助けてくれてありがとう」

N「アダムの言葉に目がじんわりと濡れていく」

テウタ「私がいまここで泣き出したら、焦る?」

アダム「そうだね」

テウタ「じゃあ、うるっとするくらいならいい?」

アダム「我慢して」

テウタ「分かった。ただ私、間違ったことをしたかもって気持ちと、ルカを助けたかったって気持ちで、よく分からなくなっちゃってたから…………ありがとう。アダムがそう言ってくれたら、なんかちょっと、自分の事信じられる気がする」

アダム「良かった。それが聞けて僕もホッとしたよ。今日カルメンの店に集まるってことは、リンボ達から連絡はもらってたんだけど、ルカも仕事が立て込んでるって言ってたんだ。だから、電話してあげて」

テウタ「うん、そうする」

運転手「すみません、アダムさん。そろそろ時間です」

アダム「分かった」

テウタ「今日は忙しいのに、わざわざありがとう。仕事、頑張って」

アダム「ありがとう。じゃあ、またね」


テウタ「(車を降りながら)あ、もしもし、ルカ?うん、私」

アダム「(テウタが去った後、そっと胸のバラに触れながら)夢への一歩、おめでとう」


======スケアクロウ邸宅 リビング========

SE:猫の鳴き声

モズ「おいで。ご飯、遅くなってごめんね」

スケアクロウ「あ、やめ!やめろって!こら!そこは俺の聖域だ!」

SE:鳴き声

スケアクロウ「こら!捕まえ……………ぎゃー!」

N「嫌がったアナはスケアクロウの額を引っ掻いた」

スケアクロウ「……………」

テウタ「だ、大丈夫?」

スケアクロウ「やっぱり猫なんて嫌いだ!」

SE:鳴き声

スケアクロウ「わ、ちょ、来るな!来ないで!」

SE:受信音

テウタ「あ、フルサークルだ。なんだろ……………」

ヘルベチカ「なんの記事でした?」

テウタ「人気モデルのナオミ、引退を表明。理由は妊娠。このファッションウィ-クのステージが最後の舞台となるはずだった…………だって」

シュウ「へえ、モズが言ってたの、当たったな?」

モズ「当たったっていうか、見たままの事実だし」

ヘルベチカ「ファッションウィークが中止になるし、人気モデルが妊娠して引退、ファッション界は忙しいですね」

リンボ「この程度のゴシップ、しばらくしたらみんな忘れてるだろ」

テウタ「(そういえば、イリーナさんが言ってたアカウント……………カパブランカ、だっけ)」

N「テウタはフルサークルでアカウント検索をかけた。表示されたアカウントはなんのプロフィールもついていない」

テウタ「(確かにカパブランカってアカウントはあるし、メッセージを送ることはできそうだけど………)」

N「イリーナが以前言っていた言葉を思い出す。『高い代償を払うことになる』
ルイ・ロペスという名の組織があり、武器の密輸や暗殺、目的のためなら何でもやる。そんなことは俄か(にわか)jには信じ難かったが、イリーナのおかれていた状況を知った今、それは遠くない場所にある存在のように感じられた」

スケアクロウ「ん?どうしたんだ?」

テウタ「えっと…」

テウタ「(取材で聞いた話だから話さないでいたいけど、でももし本当に危険があるんだとしたら話しておかないといけないはず)」

テウタ「あのね、みんなに話しておきたいことがあるの」

シュウ「なんだ?新人賞受賞で大金でも入ったか?」

ヘルベチカ「お、いいですね。どういう配分で分けます?」

テウタ「違う、そういうことじゃなくて、ちょっと真面目に聞いてほしい話なの」

リンボ「どうした?」

テウタ「私、イリーナさんとは今回が初対面じゃなくて、前に取材で会ったことがあるって話したよね?そこで聞いた話なんだけど……………」

スケアクロウ「お!もしかして悪の秘密結社とか、政府の陰謀とか!?」

シュウ「んなわけねえだろ」

リンボ「ないない」

テウタ「当たらずとも遠からずってとこかな」

ヘルベチカ「本当ですか?」

テウタ「取材ってことで聞いた話だから、みんなには黙ってたんだけど……………」

テウタ「(みんなは信頼できる仲間だもんね)」

テウタ「イリーナさんが言ってたの。ロスコーは金になると思って組織からデータを盗んだ。でもきっと、命を狙われるだろうって」

スケアクロウ「命を、狙われる?ちょっと待って、そのデータっていま俺たちが持ってるデータのこと?この前言ってたのって、そのこと!?」

テウタ「これなんだけど……………」

N「そういってテウタはイリーナに書いてもらった手帳のメモを見せる」

リンボ「なんだこれ?チェスの駒か?それにWNf3B………」

スケアクロウ「ん?それ、どっかで聞いたことあるような………確かヒルダが送ってきたデータの中に同じような暗号があった気がする」

テウタ「そうなの。ロスコーが盗んだメモリに暗号みたいなのがあるって言ってたでしょ?それと同じだと思うの。イリーナさんは、ロスコーの事を知ってたし…………」

スケアクロウ「ん?ちょっとよく分かんなくなってきたんだけど、イリーナがロスコーのこと知ってて、盗んだメモリの中身も知ってて、それがなんか危険ってこと?」

テウタ「ああ、ごめん。ちゃんと順を追って説明するね。私はイリーナさんに取材してほしいって言われて会ったの。その時は面識はなかった。自分と繋がりのない人間に話をしたい。自分はとある組織の一員で、その組織を壊したいんだって話してたの。その名前が『ルイ・ロペス』」

リンボ「なるほど……………WNf3、BNc6。白のナイトをF3に、黒のナイトをC6に、チェスの定石の『ルイ・ロペス』か」

テウタ「リンボ、チェス詳しいの?」

リンボ「詳しいのって、子供のころやっただろ?え、やらないの?」

(ここからかぶるように)

シュウ「やらない」

ヘルベチカ「やりませんね」

スケアクロウ「やらないな」

モズ「やってない」

テウタ「(リンボって小さいころチェスとかやってそうだもんな…)」

テウタ「とにかく、ロスコーが盗んだデータの中には、その組織のメンバーとか、取引相手のリストがあるはずだって
言ってた」

リンボ「それで?イリーナはそれをお前に話してどうしたいって言ってたんだ?」

テウタ「組織を壊したいって言ってた。大きくなった力を利用しようとしている人たちがいるとかで…」

リンボ「……………………」

スケアクロウ「なーんかワクワクしてくるな!秘密結社と戦う正義のダークヒーロー!」

シュウ「ダッサ」

スケアクロウ「お前もその一味だからな!」

モズ「そのルイ・ロペスのリストが入ったメモリを貸金庫に預けていたのはロスコーでしょ?彼に話を聞いてみるのはどう?盗品だとしても、誰が持っていたものかわかるかもしれない。悪人でも利用価値はあるんじゃない?」

リンボ「それもそうだな……………なあ、クロ。ロスコーがいまどこにいるかわかるか?」

スケアクロウ「えーと………あの人は今、と…仮釈放で外に出てるな。アニマ、今の居場所は?」

アニマ「お待ちください。………………フリーモントモーテルです」

リンボ「んじゃ、折を見て会いに行ってみるか」

SE:猫の鳴き声

モズ「ん?どうしたの?ご飯足りなかった?」

SE:ブザー音

スケアクロウ「ん!?なんだなんだ?えっと…………正面玄関…………」

N「スケアクロウがパソコンを操作する。モニターに映し出されたのはヴァレリーだった」

テウタ「ヴァレリーさん!?」

リンボ「姉さん、何しに…」

スケアクロウ「な、何の用だ!?」

ヴァレリー「ああっ!?なんか言った?」

スケアクロウ「あっはい今すぐ開けます!(早口で)」

カルメン「もー、ヴィーったら、そんな怖い顔しちゃだめヨ」

シュウ「ん?なんだ、カルメンも一緒なのか?」

リンボ「何しに来たんだよ…」

N「リンボはぶつぶつ言いながらも、ヴァレリーたちを迎えに出ていった」

テウタ「こんな時間にどうしたんだろうね?」

スケアクロウ「さあ………………」

テウタ「ヴァレリーさんって、なんかこう、迫力あるよね」

スケアクロウ「うん………迫力っていうか、怖い………(困ったように笑いながら)」

ヴァレリー「あたしのこと、なんか言った?」

スケアクロウ「な、なんでもないですっ!」

ヴァレリー「ほんとに?あたしはね、誰かがあたしのことを話してると肌で分かるんだよ」

スケアクロウ「ほ、ほんとに何も…………な、なあ!テウタ!」

テウタ「ちょ、ちょっと!私を巻き込まないでよ!」

カルメン「チャオ♪お邪魔するわヨ。ヴィーが遊びに行くって言うから、お店抜けてきちゃったワ」

スケアクロウ「い、いらっしゃい…………」

N「ヴァレリー達から遅れてリンボが戻ってきた。両手に大量の荷物を抱えている」

リンボ「姉さん?この荷物の量はなんなんだよ…………」

ヴァレリー「ああ、そのへんに並べてちょうだい。んじゃ、テウタ。さっさと服脱いで」

テウタ「はい?」

ヴァレリー「脱がなきゃ着替えられないでしょうが。ほら、早く早く」

N「ヴァレリーがテウタのセーターに手を伸ばす」

テウタ「やっ、あの、ちょ、ちょっと待って、待ってください!!」

スケアクロウ「あ、え、ええ!?ど、どど、どういう、こ、こと!?(両目を隠しながら)」

テウタ「あの!着替えるってなんですか?」

ヴァレリー「水着だよ。この前一緒に出かけた時に買おうって話してたでしょ?」

テウタ「見には行きましたけど…………」

カルメン「あの時、なかなか決まらなくて変えなかったデショ?だから、ヴィーとアタシで選んできたのヨ。
あ!でもでも気にしないデ!これはアタシとヴィーからのお祝いってことで。ほら、ナントカ賞、獲ったんデショ?」

ヘルベチカ「ニューシーグトゥディの新人賞」

ヴァレリー「そう、それ、それよ。だから気にしないで受け取ってちょうだい。(嬉しそうに)ちなみにあたしらも買っちゃったんだ~新しいの(服を脱ぎながら)」

リンボ「ちょ、ちょちょ、姉さん!?何してんだよ?」

ヴァレリー「何って、水着に着替えようと思って…」

リンボ「やめてくれって!着替えるならどっか別の部屋で着替えろよ」

ヴァレリー「そう?分かった。んじゃ、行きましょ?」

N「ヴァレリーがグイっとテウタの手を引いた」

テウタ「あ、あの!水着って私も!?え、あの!」

カルメン「やだあ、ワクワクしてきちゃったワ!」

ヴァレリー「せっかくなんだ、お前らも着替えとけよ!今夜みんなでプールナイトだから!」

カルメン「やったー!プールプール!!(去りながら)」

シュウ「…なんだったんだ、今の」

リンボ「姉さんは、災害みたいなもんだ…予期せず突然現れる」

ヘルベチカ「水着ですか。楽しみですね」

スケアクロウ「み、水着…」

シュウ「おいおい、クロ。お前顔真っ赤だぞ?なーに想像してんだ?ん?」

スケアクロウ「想像なんかしてないって!!」

全員「……………………」

スケアクロウ「し、してない!!!!!」


========テウタの部屋(ゲストルーム=====


ヴァレリー「へえ、ここがあんたの部屋なんだ?」

カルメン「すっごーい!もう別荘みたいなお部屋じゃナイ!」

テウタ「はい、ここを借りてます」

ヴァレリー「いい部屋ね。景色もいいし、ベッドも大きいし、バスルームもあるのね」

カルメン「あら!ウォークインクローゼットだワ!すごぉーい!靴だってたくさん置けるじゃないノ!」

テウタ「あの…水着って…」

ヴァレリー「えっと…………はい、これよ。サイズはピッタリのはず。」

テウタ「(水着か………………まあ、あのプールで泳いでみたかったし。ただヴァレリーさんが選んだっていうのがな…)」

ヴァレリー「ほら、早く着替えて。男どもに見せつけてやりましょ」

カルメン「アタシも。着替えちゃうわヨ~」

テウタ「え、ちょ……ヴァレリーさん…カルメンさんまで!?」

N「ヴァレリー達は目の前で服を脱ぎ始める」

ヴァレリー「女同士なんだからいいでしょ?ほら、あんたも早く」

テウタ「え、あ、あの、そっち!そっちのバスルーム使ってください!私はこっちで着替えてきます!」

ヴァレリー「あら、そう?」

カルメン「ヴィー、アタシも一緒にいくー!」

テウタ「(観念して着替えるか…………………)」

テウタ「(カラフルで可愛い…………バンドゥビキニだ。すごくスタイルがよく見えるって雑誌で見たことある。
……………肩ひもがない水着って初めて着るかも)」

N「袋の中にあったのはオレンジ色のバンドゥビキニだった」

テウタ「…………………」

N「実際に着てみるとラインがとても綺麗な水着だった」

テウタ「(……………なんかちょっと、私、セクシーに見える?)」

カルメン「ヴィー?テウター?着替え終わったカシラー?水着みせっこしましょうヨ」

ヴァレリー「あーサイズ小さかったかなー?胸きついわね」

テウタ「えっ!?あ、ちょ、ちょっと!もうちょっとだけ!ちょっとだけ待ってください!」

テウタ「(これ、みんなに、見せるのか………なんか恥ずかしいなあ)」

=======プールにて=====

ヴァレリー「あんたね、何恥ずかしがってんのよ?別に裸ってわけじゃないでしょうが」

テウタ「そ、そうですけど!恥ずかしいんですってば!」

カルメン「恥ずかしがることなんてないのヨ!とーっても可愛いわヨ!みんなイチコロだワ!」

リンボ「ん?あいつら、来たのか?」

スケアクロウ「えっ…………ま、マジで………?」

シュウ「おいクロ、お前なーに想像してんだ?」

ヘルベチカ「顔、赤いですよ」

スケアクロウ「あ、赤くねえし!べ、べべ、別に!」

ヴァレリー「お・ま・た・せ」

カルメン「見てみてー!どうどう?可愛い?かわいいデショ~?」

スケアクロウ「ぶっ…………………」

ヴァレリー「あら、あんたたちまで着替えたの?何よ、ノリノリじゃない。どう?あたしの水着姿もなかなか良いでしょ?」

N「ヴァレリーは上下が輪でつながっているヒョウ柄の水着だ。布面積が非常に少ない為、身体のラインがよく見える。
カルメンのグリーンの水着は胸の部分が編み上げタイプで、サイド部分の布が大きくカットしてあった」

ヘルベチカ「おふたりとも、本当に美しいラインですね。バストのサイズが大きいのに、ウエストとヒップに向かうラインが完璧です。へえ…………胸の形が本当に美しい」

カルメン「やだあ、そんなに褒めないでヨ」

リンボ「…………………」

ヘルベチカ「どうしたんですか?」

リンボ「自分の姉貴の半裸見せられて、複雑な気分にならない奴がいるか?」

ヘルベチカ「姉だろうと他人だろうと、性的に美しいものを見るのは一種の快楽ですよ?」

リンボ「お前、頭どうかしてんだろ?金だしてやるから病院行けよ」

モズ「…………………」

シュウ「お?モズは意外とむっつりか?」

モズ「ヴァレリーは布面積が小さすぎるし、カルメンは布の配置バランスが悪い。泳いだら水の抵抗を受けて裸になるんじゃないかな」

スケアクロウ「は、はだ…………裸……………」

ヴァレリー「ちょっとー?テウタ?あんたいつまで隠れてんの?さっさと出てきなさい。それとも、あたしらが選んだ水着が不服だとでも言うの?」

テウタ「(よし、覚悟を決めていこう……………!)」

テウタ「水着、どうかな?」

モズ「…………………」

カルメン「これ、すっごくテウタに似合うわよね?お胸のラインがとってもかわいい!」

テウタ「ど、どうでしょう?」

ヘルベチカ「へえ、なかなか良いですね」

リンボ「お前って、結構スタイルいいんだな」

モズ「…………………」

N「モズは真剣な眼差しでテウタをじっと見つめる」

テウタ「モズ………………?どうかな?」

モズ「君が来たら似合うだろうなと思った水着を実際に君が着てるから、ちょっと驚いてる」

テウタ「え?」

ヴァレリー「そりゃそうよ、あんたが言った通りに選んで買って来たんだから」

テウタ「えっ!?そうなんですか?」

モズ「ああ、昼間の電話、そういうことだったんだね」

ヴァレリー「どう?自分好みの水着を着たテウタは?」

モズ「うん、すごくよく似合ってるし、彼女の骨格の優れた部分がよく目立っていて良いと思う」

テウタ「えっ…………あ、ありがとう…」

ヴァレリー「テウタ、あんたね。良い素材持ってんだから。もっと惜しみなく!見せつけなさい!」

テウタ「見せつけって…いや、それは…………その…」

カルメン「ヴィー!はやく泳ぎましょうヨ!」

ヴァレリー「お!そうだな!」

スケアクロウ「あの…すごく、似合ってると思う…」

テウタ「ありがとう…」

テウタ「(そんなに真っ赤な顔で言われたらこっちだって照れるよ)」

カルメン「ヴィー!こっちこっち!ジャグジーがあるわヨ!」

ヴァレリー「あんた達、どんなことして金稼いでるわけ?あたしもここに住もうかしら?」

カルメン「いいわネ!アタシもそうする~!」

リンボ「もう、いい加減にしてくれよ、姉さん!」

 

======翌朝 早朝 フリーモントモーテル=====


清掃員「フリーモントモーテル清掃サービスです。お客さん?」

SE:ノック音

清掃員「お客さん?入りますよ?」

SE:ドア音

清掃員「あら、鍵かけてないの?このへん、あんまり治安良くな…キャー!!!」

警察官「911です。どうしました?」

清掃員「(動揺しながら)フリーモントモーテルです!わ、私清掃員で…………あ、あの…………………」

警察官「こちら911です。落ち着いて、電話を切らずにいてください。どうしました?」

清掃員「人が死んでるんです…………………!」