BUSTAFELLOWS⑥(AULD LANG SYNE/オールド・ラング・サイン)
BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)
#6 (AULD LANG SYNE/オールド・ラング・サイン)
♀ テウタ
♂ アダム
♀ ルカ
♂ ゾラ
♂ サウリ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♂ スケアクロウ
♀スタッフA
♂スタッフB
♂スタッフC
♂カップル男
♀カップル女
♂通行人男
♀通行人女
♂裁判長 男
不問看護師
不問ニュースキャスター
不問 N
不問 検察官
=========ニューシーグテレビ局 ゼロアワー収録スタジオ======
スタッフA「お疲れ様ー!」
スタッフB「お疲れっしたー!」
アダム「ふう…………」
スタッフC「お疲れ様でしたー!」
アダム「ああ、お疲れ様」
スタッフC「今日って確か、昼間の番組も生放送でしたよね?」
アダム「うん。今日はなんだか色んな事が重なって大変だったんだ。雑誌の取材に、歌番組に、ラジオの収録に…………」
スタッフC「大丈夫ですか?身体、壊さないでくださいよ」
アダム「大丈夫だよ。体調管理には気を付けてるから」
SE:書類めくる音
N「机の上に広げた原稿を取りまとめる」
スタッフC「明日の夜の放送ですが、ゲストが2名いるんで入り(いり)がイレギュラーに…………って、どうしたんですか?」
アダム「僕のペン知らないかな?ずっと使ってるやつなんだけど…………ペールブルーの…………」
スタッフC「これですか?ここにありますけど」
アダム「え?ああ、ありがとう」
N「受け取ろうとして、手を滑らせて落としてしまう。アダムは初めてアンカーを任された日の夜、日付が変わった深夜にも関わらず、ずっと放送局の玄関でテウタとルカが待っていてくれたことを思い出した。その時、プレゼントされたペンだった。拾い上げて、しっかりと握りしめる」
SE:バイブ
スタッフC「あ、電話ですね。じゃあ、明日の件はメールしておくんで、何かあれば連絡下さい。お疲れ様でした!」
SE:靴音
アダム「もしもし」
ルカ「おーい!まだー?遅いよー!今日のオススメはフォンデュだっていうから、お前が来るの待ってるんだぞ?」
アダム「そうなんだ。待たせちゃってごめんね。これから向かうから…15分で行くよ」
テウタ「おーい!待ってるぞー!今日はアダムの奢りだからね!」
アダム「今日も、でしょ?」
ルカ「お前がいっつも遅刻するのが悪いんだろ?」
テウタ「そうだそうだー!」
アダム「はいはい、分かった。急いでいくから、待ってて」
SE:電話を切る
アダム「それじゃ、僕はこれで失礼します」
スタッフA「お疲れ様でしたー!」
スタッフB「お疲れ様でしたー!」
N「局を出た後、アダムはドライバー車を回してもらうようにメッセージを送る」
アダム「ふう…………」
SE:靴音・ぶつかる音
アダム「すみません」
ゾラ「ちっ…………」
========夜 ニューシーグ公園====
ルカ「はー!食った食った!」
アダム「ほんと、よく食べるね、ふたりとも」
テウタ「うぅ…………」
ルカ「ん?どうした?腹でも痛いのか?」
テウタ「さっき食べたチーズフォンデュ、すっごく熱かったの。舌痛い…………」
ルカ「見せてみ?」
テウタ「あー」
ルカ「あー ちょっと赤くなってんな」
アダム「店で氷もらってくればよかったね。口の中の火傷はしばらく氷を舐めてた方がいいよ」
ルカ「あ、じゃああたし、ちょっとそこでドリンク買ってくるよ。テウタは氷が入ったやつな。アダムはなんかいる?」
アダム「じゃあ、僕はアイスティー」
ルカ「オッケー!すぐ戻るよ!」
SE:走る音
テウタ「あー…………」
アダム「慌てて食べるからだよ」
テウタ「だって熱いうちに食べた方が美味しいでしょ?」
アダム「熱すぎるうちに食べたら味もしなかったでしょ?」
テウタ「それはそうだけど…………」
アダム「慌てて食べなくたって、誰もテウタの分を取ったりしないのに」
テウタ「人のこと食いしん坊みたいに言わないでよー」
アダム「違った?」
テウタ「違いますー」
アダム「はいはい」
テウタ「ちょっと年上だからって子ども扱いしないでよね」
アダム「まあ、大人なら焦って舌を火傷したりしないけどね」
テウタ「……………………」
アダム「そういえば、前のアパート、あれからどうなったの?」
テウタ「今、大家さんと業者の間で示談交渉中。リンボが間に入ってくれてるんだけどね。もうすっごいグイグイ交渉してるの」
アダム「それは心強いね」
テウタ「でも、その分修理はちょっと遅れてるみたいなんだ。大分直ったみたいなんだけどね」
アダム「修理が終わったら、あの部屋に戻るの?」
N「ほんの少し、意地悪な質問だったかもしれない。彼らと良い関係を築いていることは、アダムもよく知っているし、テウタにとって居心地の良い場所だということも知っている」
テウタ「うーん…………そうだなあ………………」
N「思った通りの反応だった」
アダム「きっと、テウタがいなくなったら彼らは寂しがるだろうね」
テウタ「そうかなあ?」
N「ふと、視界の先に知っている姿が見えた。その人影は、確かにアダムの顔を見ていた」
アダム「えっ!?」
テウタ「ん?何?」
アダム「(そんな…………見間違い、だよね?)」
テウタ「何かあった?」
アダム「(あの人影は……………そんなこと……………)」
N「心臓がドクンと音を立て、全身の血がざわっと駆け巡った」
アダム「……………ごめん、向こうにいるの、知り合いかもしれないんだ。ちょっと行ってきてもいい?」
テウタ「うん、いいけど……私はここでルカを待ってるね」
アダム「うん、ごめん!すぐ戻るから!」
SE:走る音
アダム「はあ……はあ…………」
アダム「(どっちだ?どっちに……)」
SE:走る ぶつかる音
アダム「すみません!」
カップル男「気を付けろよ」
カップル女「何ー?いまの」
カップル男「さあな」
アダム「(僕の、見間違いか?確かに、この先の方に………)」
SE:走る音
アダム「(誰もいない、か………)
N「大きく息を吐いて、頭を振る。闇雲に走って、トンプソンの廃ビル近くまで来てしまった。知った顔どころか、人通りもない」
アダム「(そろそろ戻らないとふたりが心配するな)」
ゾラ「よお、久しぶりだな」
アダム「どうして………ゾラ…………」
ゾラ「大きくなったなあ?ん?」
アダム「どうして…………なんで………………なんでだよ………」
ゾラ「なんで生きてるのかって?お前が殺し損ねたからだろ?」
アダム「だって、確かに……」
ゾラ「俺を殺して、切り刻んで、燃やして、灰を海に撒いたか?」
アダム「そんな…………………どうして…………」
ゾラ「確か父親に相談したんだっけ?それで?秘密を守ってくれる友達と繋がった?隠してもらった?」
アダム「あなたは………………あなたはもういないはずだ!」
SE:金属など蹴とばすSE
アダム「……………っ!?」
N「ゾラは近くに会った廃材を思い切り蹴飛ばした」
ゾラ「いるだろ?見えねえのか?ん?こうやってお前に会いに来たんだよ」
N「ゾラはアダムの肩を乱暴に叩いた」
アダム「どうして……………」
ゾラ「テウタは元気か?」
アダム「え………?」
ゾラ「テウタだよ。今はいくつだ?いい女になっただろ?」
アダム「やめてくれ………」
ゾラ「18、19、20…………ああ、もう21か。いい頃合いだな」
アダム「やめろ!」
N「ゾラはアダムの肩に手を置き、耳元に口を近づけた」
ゾラ「お前の秘密を守ってくれる友達はいなくなったんだろ?ニュースで見たよ。大スキャンダルだってな。どうする?テウタが本当のことを知ったら、どう思うだろうな?」
アダム「やめてくれ………………お願いだ、やめてくれ……………」
N「ゾラが離れると、アダムは支えを失ったようにそのまま地面に膝をついてしまった」
ゾラ「いいや、やめない。くくっ………またな、アダム。会えてよかったよ」
アダム「お願い……………お願いだからやめて………やめてくれ…………」
=======ゼロアワー=======
アダム「ニューシーグ5大マフィアのひとりが射殺されたことで、今後勢力図が大きく変わるのではないかと見られています。対策として警察は地域の治安維持活動を強化していますが、一部のエリアでは住人による自警団も動き始めています。以上、ヘッドラインニュースでした」
スタッフB「アダムさん、お疲れ様でしたー」
アダム「……………………」
スタッフB「アダムさん?どうかしました?」
アダム「え?ああ、大丈夫。ランチを食べ損ねたことを思い出したんだ」
スタッフB「ふふ、そうだったんですね」
スタッフB「えっと、アダムさんのスケジュールは……………あ、今日はもう上がるんですね?金曜日じゃないのに、珍しいですね」
アダム「うん、今日は誕生日なんだ」
スタッフB「へえ、誰のですか?まさか………彼女さんの?」
アダム「僕のだよ」
スタッフB「ああ、アダムさんの!……………え!?そうだったんですか!?教えておいてくださいよ。僕らもお祝いしたかったのに!」
アダム「ごめんね。でもあちこちの現場でお祝いしてもらうのも申し訳ないから、マネージャーに断るようにお願いしてあったんだ」
スタッフB「そうだったんですか……あ、お誕生日、おめでとうございます」
アダム「ありがとう。それじゃ、僕はこれで」
スタッフB「お疲れ様でしたー!アダムさん上がりますー!」
N「彼だけが笑顔で拍手しているのを周りは訝しげに見ていたが、アダムはそっと片手を上げてそれに応えた」
======スケアクロウ邸宅======
テウタ「あ!ちょっと!ルカ!めっちゃ溢れてる!」
ルカ「やっべ!おわっ!」
アダム「ほら、これで拭いて」
ルカ「よ、よーし!気を取り直して………」
テウタ「お誕生日おめでとうっ!」
ルカ「お誕生日おめでとー!」
アダム「ありがとう、ふたりとも」
ルカ「えっと、食いもんは…………まずはバレ・ラ・ぺーナからテイクアウトしてきたタコス」
テウタ「あとピザと、チキンが来るからね」
アダム「来るって、どこから?」
テウタ「ピザは配達で、チキンはシュウが買いに行ってくれてるよ」
アダム「そうなんだ。ここ、スケアクロウの家なんでしょ?お邪魔して良かったのかな?」
ルカ「いいっていいって、気にすんな」
テウタ「そうだよ、気にすんな!ふふ……心配しなくても、クロちゃんにも、他の皆にもお願いしてOK貰ってるから」
アダム「ならいいんだけど………」
ルカ「お前、今年で何歳になるんだっけ?」
アダム「24だよ」
ルカ「24か!おっとなー!」
テウタ「アダムがアメリカに引っ越してきて来たのって7歳の時だっけ?」
アダム「そうだよ。まだこっちの言葉も上手く話せなくて学校じゃ友達なんか全然出来なかったな」
ルカ「でも、あたしらはすぐ友達になったろ?」
テウタ「そうそう、言葉が上手く伝わらない分、一生懸命ジェスチャーしてたんだけど………ふふ……」
ルカ「なんだよ?どうかしたか?」
テウタ「ルカのジェスチャーが下手すぎて………もうほんと………」
アダム「ふふ……………そうだったね………あはは………」
ルカ「んっ!?なんだよ、そんなに笑うようなことあったか?」
テウタ「そうだよ。映画を観に行こうって誘おうとして私は『映画』ってジェスチャーしたのに。ルカはずっと映画の予告編の内容をジェスチャーしてたの」
アダム「そうだったね………ゾンビの真似が………おかしくて………」
ルカ「はいはい、もうそこまでにしろって!笑うなよ!」
テウタ「ああ、そういえば忘れないうちに渡しておかなきゃ」
テウタ「はい」
N「差し出されたのは小さな箱だった」
アダム「だめだよ、僕達お互いの誕生日に物をプレゼントしないって約束でしょ?」
テウタ「私じゃないよ、うちの父さんと母さんから。この前届いたんだ」
ルカ「おじさんとおばさん、今どこにいるんだっけ?」
テウタ「いまはロサンゼルスだよ。父さんはちょくちょくラスベガスに行ってるみたいだけど」
アダム「そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて」
ルカ「なになに?中、なんだった?」
アダム「チケット、かな?えっと…………」
アダム「(あれ…?)」
N「視界がぼやけて、チケットの内容が分からない。」
ルカ「見せて見せて!」
N「アダムの手からサッとルカが奪い取り、テウタと顔を寄せて見ている」
テウタ「わっ!これ、野球のチケットだよ!ほら、来月のニューシーグ・ギャングスタの記念試合!」
ルカ「しかもプレミア席じゃん!ちょっと待てよ………1、2、3………3枚ある!」
テウタ「私も行きたい!」
ルカ「あたしもあたしも!」
(同時に)
テウタ「おねがーい!」
ルカ「おねがーい!」
アダム「はいはい、分かった。わざわざ3枚ってことは、おじさんとおばさんもそのつもりだったんじゃない?」
テウタ「やったー!」
ルカ「ギャングスタの試合っ!」
テウタ「ねえねえ、みんなでユニフォーム着て応援しようよ」
ルカ「お、いいなそれ!」
アダム「楽しみだね。おじさんとおばさんには明日にでも電話しておくよ」
テウタ「うん、私もメールしとくね」
ルカ「そういや、アダムんとこの親父さんはこっちにいないのか?」
アダム「さあ、どうだろ?」
ルカ「さあって、冷たいな。連絡くらい取らないのかよ」
アダム「彼………父さんは仕事が忙しいみたいだから」
N「アダムは意図せず、父の事を他人行儀に呼んでしまった」
ルカ「でもほんと、もったいないよなあ。あの巨大コングロマリット、クルイローフの一人息子だろ?社長になりたいって言ったらなれるのに」
アダム「興味ないね」
ルカ「あたしも言ってみたいわ、『興味ないね』。うちなんかあたしの仕送りをアテにしてるくらいだからな」
テウタ「アダムが社長になったら超大金持ちじゃん」
アダム「別に今も困ってないけど」
ルカ「あんたね、そういうことだよ?」
SE:ノック音
スケアクロウ「おーい!ちょっとー!ドア開けてー!」
テウタ「あ!ピザかな?」
スケアクロウ「お待たせー!ピザのお届けですよー!」
シュウ「あとチキンな」
ルカ「やったー!腹減ってたんだ!………んー!いい匂い!」
ルカ「うーん、分かってるな!………んー、んまい」
シュウ「お前、立ったまま食うなよ」
モズ「これ、僕作ったんだけど、よかったら」
SE:猫の鳴き声
ルカ「ん?オシャレなサラダだなー!」
モズ「アダムがロシア生まれだって聞いたから、何か作れればと思ったんだけど、僕、ロシア料理はあまり詳しくないんだ。見よう見まねで悪いけど」
アダム「………オリビエサラダ。ロシアじゃ定番のサラダだよ。ありがとう、懐かしいな」
モズ「なら、よかった」
アダム「どうもありがとう。その、この家にも呼んでもらって」
スケアクロウ「いいのいいの、テウタの友達は俺達の友達」
シュウ「そうでもしないとお前友達少ないもんな?」
スケアクロウ「うるせーな!ちげーし!友達いるし!」
シュウ「俺はその人数から抜いといてくれよ?」
スケアクロウ「えっ?」
リンボ「お待たせー『ドミニク・アンヘル』のケーキの到着だ」
テウタ「ほんとにドミニクケーキ買えたの!?」
リンボ「まあな、俺の顧客が知りあいでね。ほら、リクエストもちゃんと承りましたよ」
テウタ「ほら、アダム!開けてみて!」
アダム「ありがとう。えっと…………」
N「ケーキの箱をそっと開く。中から現れたのは、真っ白なクリームのケーキ。真ん中に、青いバラの砂糖菓子が乗っていた」
アダム「これ、すごく綺麗だね………!」
テウタ「ほら、アダム、青い花が好きでしょ?」
アダム「………うん、そうだね」
リンボ「よし、んじゃふたりともゆっくりしていってくれ」
シュウ「俺達はこのへんで」
モズ「ごゆっくり」
スケアクロウ「………………」
シュウ「おいクロ、行くぞ」
スケアクロウ「えー、俺もドミニクのケーキ食いたいー!」
リンボ「邪魔すんなって。ほら、行くぞ」
スケアクロウ「あ!アダム!お誕生日おめでとうな!」
SE:走ってドアを閉める
ルカ「よーし、んじゃ歌うぞ?」
テウタ「せーの」
テウタ・ルカ「「ハッピーバースデー トゥーユー、ハッピーバースデー トゥーユー♪
ハッピーバースデー ディア アダム♪ ハッピーバースデー トゥーユー♪」
SE:拍手
テウタ・ルカ「「おめでとー!」」
アダム「ふたりとも、ありがとう」
テウタ「ああ~待って待って、ろうそく消すの、動画撮る!」
ルカ「ほら、ろうそく消す前に願い事しなよ!」
アダム「願い事なんてないよ」
ルカ「なんかあるだろー?宝くじ当たりますようにとかさ」
アダム「お金なら困ってないって」
========数時間後======-
アダム「それじゃ、お邪魔しました」
テウタ「うん、気を付けてね」
ルカ「アダム、車もう来てる?荷物乗っけていい?」
アダム「ああ、もう来てると思うよ」
ルカ「んじゃ、先に行ってるよ」
SE:靴音
テウタ「今日は楽しかったね」
アダム「うん、ありがとう。リンボ達にもよろしく言っておいて」
テウタ「うん、分かった」
アダム「それと、ニューシーグ・ギャングスタの試合も楽しみにしてるよ」
テウタ「私も楽しみ!スタジアムでさ、高くてマッズイホットドッグと、ぬるいビール飲もうね!」
アダム「はは、そうだね。それじゃ、おやすみ」
テウタ「うん、またね。おやすみ」
アダム「あ、そうだ。プロムの日の事だけど、19時には迎えに行くから」
テウタ「え?」
SE:靴音・車の音
==========ニューシーグブリッジ=======
ルカ「んー!今日は食ったなー!」
アダム「……………………」
ルカ「あの家、最初はさ、あたしは反対だったんだ。初めていったとき、どこから文句つけて、何を理由にあの子を連れて帰ろうって考えてた。でもさ…………あの子、なんかこう、心から楽しそうだった。あいつらのことを信用してるのもよく分かったし。分かっちゃうんだよな、あの子の頭ん中って」
アダム「そうだね」
ルカ「なーんか、寂しくない?」
アダム「寂しい?何が?」
ルカ「あの子、これまでにないってくらいの笑顔であたしにしゃべるんだ。あの男がどんな話をしたとかさ」
アダム「僕は嬉しいけど」
ルカ「うーれーしーいー!?どの口が言うんだよ、ったく。あたしが知らないとでも思ってんの?あんた、昔からずっとあの子のこと…………」
アダム「ねえ、それより、大事な話があるんだ」
ルカ「ああ、そういえばそうだったな。で?話って?」
アダム「落ち着いて、聞いてほしいんだ」
ルカ「なんだよ、神妙な顔しちゃって。大事な話?だったらテウタも呼んだ方が…………」
アダム「(さえぎって)テウタは呼ばないで」
ルカ「お、おう…………分かった。で?なんの話なんだ?」
アダム「………………この前、会ったんだ」
ルカ「誰に?」
アダム「ゾラに」
ルカ「えっ!?ゾラって…………テウタの、兄貴の…………」
アダム「そう、そのゾラだよ。この街にいる」
ルカ「そんな………………だって……………だって、そんなの……………………」
アダム「ありえないはずなんだ。でも………確かにこの前、会った。夢なんかじゃない。確かにこの手で触れた。それに………………また僕に会いに来るって言ってた」
N「ルカは顔を押さえて、座り込んでしまった」
ルカ「どうするの…………………どうしたらいいの?あたし…………あの子になんて言えばいいの?」
アダム「ルカ…………」
ルカ「なんでよ………なんでこんな……………だって、もう6年も経つんだよ?どうして………………」
アダム「僕も………………どうしていいか分からない………でも、僕はルカの事も心配なんだ。一体どうしたら………………」
ルカ「なんでだよ……………………なんで……………………なんでなんだよっ……………………!」
========ハリー&キース======
ニュースキャスター「逮捕された元地方検事のヴォンダ・ウォルドーフ氏は現在も黙秘を続けています。ウォルドーフ氏が関わったとみられる裁判にについては再審理の要求が相次ぎ、検事局はその対応に追われています」
N「朝一番のカフェは、慌ただしくコーヒーをテイクアウトする人の方が多く、店内は空いている。アダムは毎朝、ここで新聞を読んだり、本を読んで過ごす」
SE:めくる音
N「ずっと大事に読んでいた本の、最後の1ページを捲った。最後の一文をなぞる。未完のまま終わった物語。遺稿も出版されているらしいが、アダムは読む気になれなかった。作者がどんな物語を紡ごうとしていたのか。その心から離れてしまった文字は、ただの文字でしかない。青い花に魅入られた青年。青い花に垣間見えた、愛らしい少女の姿………本を閉じ、目を閉じる。いつかテウタが言っていた言葉を思い出す。『想像力があれば何処へでも行ける』いつかの詩人が思い描いた、その世界へ………………」
ゾラ「よお、アダム」
アダム「えっ!?」
N「周囲の音が、消える」
アダム「ゾラ………………」
ゾラ「元気か?顔色が悪いな?」
アダム「…………教えてほしい。どうして、この街に?」
ゾラ「どうして?ここが俺の街だからだよ。昔はよく遊んでやっただろ?」
アダム「お願いだ…………何故なのか教えて………………」
ゾラ「俺に会いたくなかったか?お前は俺に会いたいんだと思ってたよ。ずっと俺の事を考えてた。そうだろ?」
アダム「どうして…………」
N「ゾラはアダムのコーヒーカップを手に取った」
ゾラ「…………(珈琲を飲み)ふう、仕事までまだ時間はあるだろ?久しぶりなんだ。少し話でもしようぜ、なあ?」
アダム「……………………」
ゾラ「俺が最後にお前に会った時、お前いくつだった?」
アダム「え…………?」
ゾラ「確か17だったか?テウタと一緒にプロムに行く予定だったろ?あいつ、楽しみにしてたな………」
アダム「僕はどうしたらいい?あなたの望みは?」
ゾラ「望み?なんだよ、言ったら叶えてくれるのか?あ?」
アダム「………そうだ。聞かせて」
ゾラ「全部だよ」
アダム「全部?」
ゾラ「俺が失くしたもの、お前が奪ったもの、全部だ」
アダム「そんなの……………どうすればいいんだ…………?」
ゾラ「お前、覚えてるか?あの時の、手の感触……………」
アダム「やめてくれ………………もう………………」
N「アダムの向かいの席には『誰も』いない」
アダム「違う、僕は、そんな風に思ってたわけじゃない…………」
N「アダムの顔色が、より悪くなっていく」
アダム「え?ルカ?どうして、そんなことを聞くんだ?違う…………違うんだ………そうじゃない!」
N「汗が、止まらない」
アダム「違う違う違う!黙ってくれ!!(叫び)」
=========ニューシーグテレビ局 ゼロアワー収録スタジオ======
スタッフC「はい、オッケーです!チェック入ります!」
アダム「……………………」
N「最新医療の特集のコーナーの収録。ニューシーグアカデミアのオルステッド教授が、コメンテーターとして同席していた」
サウリ「君がこんなに最新医療技術について詳しいなんて知らなかったな。大学の専攻はなんだった?」
アダム「僕の専攻は文学ですよ。それに、詳しいわけじゃない。昨日の夜、一夜漬けで頭に叩き込んできただけです」
サウリ「私の教え子の医学生なんかより、よっぽど知識が定着しているよ」
スタッフC「チェックOKですー!ゲストのサウリさん、アンカーのアダムさん、上がりまーす!」
スタッフA「お疲れ様でした!」
スタッフB「おつかれっしたー!」
N「オルステッド教授、お疲れ様でした」
サウリ「ああ、ここで少しパソコンを使ってもいいかな?」
アダム「構いませんよ。このスタジオ、後ろの時間はしばらく空いてるんで」
サウリ「ありがとう」
N「サウリはノートパソコンを取り出した。アダムは机の上に広げたままの原稿を集める」
アダム「(あれ?僕のペン………………またどこかに………………)」
サウリ「最後に検査したのは、いつだ?」
アダム「え?」
サウリ「検査だよ。PET検査は?」
アダム「……………………」
サウリ「前回、私が診察した時、すでに随分進行していた。顔色も悪い。痛みはあるか?今日はヘルベチカも来てる。この後合流するから、もし病院に行くなら手配させるよ」
アダム「痛み………………?」
サウリ「……………………どうやら、そう長くはなさそうだな」
アダム「え?」
サウリ「ルイ・ロペスも終わった。見ているのはとても楽しかった。でも一番美しいのは、壊れ始めた時だ」
アダム「一体何の話を……………」
N「サウリはマウスを二回、クリックした」
サウリ「終わりは近づいているよ。アダム・クルイローフ」
アダム「(…………フルサークルの、画面?)」
N「サウリはにこりと微笑むと、パソコンを閉じて立ち上がった」
サウリ「さようなら」
SE:足音・フルサークル受信音
アダム「……………………」
スタッフA「ちょっと……これ……………」
スタッフB「嘘だろ……………………」
アダム「ゾラ?」
N「アダムが前を向いたとき、そこにはゾラが、立っていた」
アダム「ゾラ!!!」
N「後ろを向いて、歩いていく。追いかけようと走り出すが、足がもつれて転んでしまう」
アダム「………………っ!?」
スタッフC「大丈夫、ですか?」
N「立ち上がろうとして手をつくと、あのペンが落ちていた。そっと握りしめて立ち上がる」
スタッフC「あの……………………」
アダム「離せっ!」
スタッフC「うわっ」
N「アダムは腕に手をかけたスタッフを払いのけ、ゾラの姿をおいかけた」
SE:走る音
アダム「早く………………早く、あいつを止めないと…………僕が止めないと………………!」
SE:走る音
アダム「はあ…………はあ…………はあ……………どこだ……………どこに………………」
ゾラ「くくく…………………………ははっ」
アダム「……………っ!?どこだ!どこにいるんだ!」
通行人女「きゃっ」
アダム「違う……………違う…………………」
通行人男「おい…………………あんた、どうしたんだ?」
アダム「え?」
ゾラ「どうしたんだって聞いたんだよ、くくっ……………」
アダム「どこだ!!どこにいる!?(力いっぱい叫びながら)」
アダム「ゾラ………………どこにいるんだ……………お願いだ……………行かないで…テウタのところに、行かないで…」
SE:転んで倒れる音
アダム「っ!?」
ゾラ「派手に転んだなァ、大丈夫か?立てるか?」
アダム「どこにいるんだ!ゾラ!!」
ゾラ「俺はずっとお前と一緒にいるだろ?」
アダム「ゾラ………………ゾラ…………どこに………………」
ゾラ「俺を止めなくていいのか?俺はテウタに会いたい………可愛い妹にな」
アダム「やめろ!!!!やめてくれ!!!」
ゾラ「さあ、どうする?早く俺を見つけろよ?」
アダム「ゾラアアアアアアアああああああああああああああああっ!(絶叫」
ヘルベチカ「ちょっとすみません、通してください。どなたが怪我を…………アダム?大丈夫ですか!?」
通行人女「分からないんです。急に大声を出したと思ったらそのまま倒れてしまって………」
通行人男「声をかけても、返事をしないんです」
サウリ「私が診よう。ヘルベチカは救急に連絡を。状況を説明しなさい」
アダム「ゾラを………止めてくれ…………ゾラは……………危険だ…………(小さく絞り出した声で」
===========病院==========-
SE:モニター音
アダム「(見慣れない天井……………ここは…………どこだ………………?)」
サウリ「目が覚めたか?」
アダム「サウリ…………」
サウリ「手遅れとはいえ、進行を遅らせることも出来たし、痛みを抑えることもできた。何度も言ったのに、君はなぜ自らを苦しめるのかね」
アダム「………………何の話ですか?」
サウリ「君の脳腫瘍の話だ」
アダム「僕の…………脳腫瘍………………」
アダム「(脳の、腫瘍………………そうだ、僕の身体の中の、消えない毒……………)」
サウリ「意識がはっきりしていないようだね。アレックスに頼まれて診たのがいつ頃だったか………………早く手を打てば、せめて痛みを和らげることは出来たはずだ」
アダム「痛みは、ない…………苦しくは、ない」
サウリ「メディアが君を血眼で探しているよ。『アダム・クルイローフは人殺し』…………フルサークルの書き込みにみんな注目している」
アダム「フルサークル………………?」
サウリ「こんな書き込み、普通ならよくあるデマかと流されるところだが、直後にセントラルコアで発狂する姿が目撃されれば、みんな興味津々だろうね。私は、君がこれからどうするのかに強い興味がある。こんなにも壊れてしまったのに、尚も自分を壊そうとしている。君が払ってきた犠牲を考えれば、君はもっと手に入れていいはずだ」
アダム「愛は…………心のうちに、絶えず、静かに燃え続ける………ただ、惜しみなく与う(あたう)もの」
サウリ「どういう意味かな?哲学にも文学にも興味はなくてね。愛を隠して静かに燃やしたまま、消えようと思っていたのか?」
アダム「あなたは、この世界に、何を望んでいる………?僕に、何を望んでいる?あなたは、何をしているんだ?」
サウリ「私は何もしていない。ただきっかけを与えただけだ」
N「サウリはサイドテーブルにクイーンの駒を置いた」
サウリ「チェスの何が楽しいか分かるか?自分の駒を有利に動きかすことでも、相手の駒を取ることでもない。相手の駒がどう動くか、それを支配する瞬間だよ」
アダム「何の話だ?僕は駒じゃない……………」
サウリ「アレックスは………いや、アレクセイは、ルイ・ロペスを作り、大局を見誤り、過ちを犯した。そして今なお、見苦しく、過去の過ちとともに生きることを選んだ。本当につまらない道を選んだと思うよ。君はどうする?」
アダム「僕は………ただ、愛しているだけ……………」
サウリ「その愛の証明に、殺す?それもいいだろう。いや…………そうだった、君はもう、人殺しだったな」
ゾラ「そう、俺を殺した。可愛い妹にももう会えない。お前のせいで」
N「ゆっくりと、瞬きをすると、サウリにゾラの姿が重なる」
サウリ「どうした?」
アダム「ゾラ!お願いだ!!僕のことは許さなくていい!僕を憎み続けて、苦しめてくれていい!!でも、テウタとルカには近づかないで……………お願いだ…………」
N「懇願するように声を絞り出した、が、もう一度瞬きをした時、そこにいたのはヘルベチカだった」
アダム「えっ…」
ヘルベチカ「大丈夫ですか?検査の結果はまだなんですが、高カリウム血症が………」
アダム「ヘルベチカ………………?」
N「ヘルベチカは身をかがめてアダムの顔を覗き込む」
ヘルベチカ「ルカとテウタにも連絡しました。リンボがふたりを拾って、車で向かってますよ」
ゾラ「ルカとテウタが来るのか」
アダム「やめろ!!!」
ヘルベチカ「わっ…………!」
N「腕に刺さった点滴の針を抜き、『ゾラ』を突き飛ばした。モニターの音が耳に障る」
サウリ「………………」
ヘルベチカ「アダム!どうしたんですか!」
アダム「来るな!」
SE:走り出す音
ヘルベチカ「アダム!待って!」
看護師「どうしたんですか!?」
アダム「どうして…………なんで…目が…………目が見えない………!なんで、見えないんだ………!?」
N「頭を左右に振ると、ぼやけた視界が少しだけ戻ってくる」
アダム「大丈夫…………大丈夫だ…………早く、早くいかなくちゃ…………」
ヘルベチカ「アダム!」
ゾラ「アダム」
アダム「来るなァ!」
SE:走り出す音
アダム「はあ、はあ…………早く…………早く、あの場所に…………」
通行人男「おい!あんた!何するんだ!俺の車だぞ!」
通行人女「ちょっと!なんですか?」
アダム「あの場所は、危険だ、ルカが………………あんなことに……僕が、守るんだ………」
SE:エンジン音
N「車のアクセルをぐっと踏み込む。隣には、ゾラが座っている」
アダム「早く、早くいかなくちゃ…………テウタを、助けなきゃ…………あの場所に行くなって………………言うんだ…………あの場所で…………ルカは………早く……………僕がなんとかしなくちゃ…………!」
ゾラ「そうだ、急がないと。ルカとテウタを助けられないぞ」
アダム「急がないと………………早くあの場所に………!」
ゾラ「おいおい、安全運転で頼むよ。事故で死ぬなんてごめんだぞ?くくっ………………」
アダム「テウタは………………あんな目に遭わせたりしない……………僕が………………僕が止めるんだ!」
ゾラ「道は分かってるのか?ん?」
アダム「急げ………………急げ………………急げ………………急ぐんだ………………!」
SE:スリップ音 クラクション音
テウタ「アダム、しっかりして!アダム!ねえ、聞こえる?ねえ、どうしよう!サウリ先生!」
ルカ「おい!聞こえるか?アダム!おい、アダム!」
アダム「急がないと…………」
N「車からずり落ちるように外に出ると、テウタがアダムの背に手を回し、起こそうとする。アダムはその手を強く握った」
アダム「テウタ、あの場所に行かないで。ルカが、ルカが大変な目に遭った。テウタは、あの場所に行かないで」
テウタ「アダム?どうしたの?あの場所って?」
ルカ「アダム………………もういいから、ねえ、もうやめようよ」
アダム「僕が、殺すから。僕が、ちゃんと殺したから………………もう、大丈夫…………」
テウタ「殺した………………?アダム、何を言ってるの?」
ゾラ「俺を殺したんだよな?」
アダム「はあ………はあ…………黙れ!ゾラ!!!」
ゾラ「おお、怖い。くくく……………」
テウタ「ゾラ…………?何を言ってるの?サウリ先生!アダムの様子が変なの!あの、どうしたら!」
リンボ「テウタ、俺が代わる。肩こっちに寄越せ。その事故った車からは離れたほうがいい。
ほら、アダム。こっちに手を…………」
アダム「離せ!!!!」
リンボ「お、おい!」
アダム「早く…………早くいかないと………早く行けば、間に合うかもしれない…………そうだ、ルカを助けられるかもしれない…………!」
SE:走る
テウタ「アダム!待って!!!」
SE:走る
ルカ「アダム!!」
SE:走る
アダム「ゾラ!!どこだ!!!」
SE:鼓動
ゾラ「くくくっ……………」
N「足がもつれて転んでしまう。地面に手をついて立ち上がろうとすると、土と草の匂いを感じた。あの時と同じ。土と草…………そして、血の匂い」
ゾラ「どうした?大丈夫か?」
リンボ「おい!アダム!」
アダム「お前がどんなに良い兄だったかなんて知らない………お前はあの日、ルカを襲った………………ルカに、酷いことを、したんだ!」
テウタ「え…………」
ルカ「…………っ」
アダム「あの日、あの場所で、お前はテウタが来るのを待ってたんだ………………もしかしたら………………最初からテウタのこと……」
テウタ「アダム?何言ってるの?………………ねえ………………ねえルカ?どういう…………」
ルカ「うわああああ!(泣き崩れて」
アダム「ルカ………ルカ、ごめんね………………僕がもっと早く助けに行けばよかったんだ………………でも大丈夫…………ゾラは僕が、ちゃんと殺すから…………」
テウタ「アダム?何なの?お兄ちゃんが、どうしたの?ねえ、ルカがどうしたの!?」
ルカ「アダム………………あの後、お父さんの会社の人を呼んで、助けてもらうっていってたのに………………まさか、アダムが………」
アダム「僕は………………僕が…………」
テウタ「ルカ…………あの後って、なんなの?」
ルカ「テウタ……ごめんね……ずっと黙ってて、ごめんね……………………。あたし、あたし……………」
テウタ「お願い、教えてよぉ………………ねえ、お兄ちゃんがどうしたの?」
ルカ「…………あのね、テウタ。あたしね…………ゾラに…………ゾラに……………っ」
アダム「ルカ…………もういい…………………僕が何とかするから………………だから………」
ルカ「アダムはあたしを助けてくれただけなんだ!!ねえテウタ、そうなんだ。アダムは悪くない」
テウタ「どういうことなの?なにがあったの!?」
ルカ「ゾラが………………あたしを………………あたしを………………っ!」
テウタ「え…………お兄ちゃん…………………が……………………」
ルカ「ごめんねえ……………!ごめん…………でも、言えなかったんだよ………!だってゾラは……………………あんたの………………ごめんねっ…………………!」
テウタ「お兄ちゃん」
ルカ「アダムはあたしを助けてくれただけなんだ。だからお願い、アダムを許してあげて」
テウタ「許すって………………何を………………」
ゾラ「はっきり言ってやれよ。殺したって。俺を、殺した。ゾラを、殺した」
アダム「僕がゾラを殺した!!!!!!」
ルカ「うわああああああ!あたしのせいだ……………あたしが悪いんだ………………」
テウタ「どうして…………なんで……………………なんなの………………」
リンボ「アダム、お前………………」
サウリ「アダム、病室にこれを忘れただろう」
N「サウリはアダムに向かって何かを放り投げた。転がってきたものに手を伸ばすと、それはナイトの駒だった」
サウリ「君はあの日、ルカを守り、ゾラを殺した。そうでもしないと、大事なテウタまで襲われると思ったか。その始末を、クルイローフに依頼し、その日からルイ・ロペスの仲間になった」
アダム「(僕がゾラを殺した、その証の、ナイトの駒……………)」
サウリ「それからずっと君のことを観察していたよ。どんな風に君が壊れていくのかをね」
ヘルベチカ「先生?先生は知っていたんですか?一体どういう………………」
サウリ「はあ…………教師をしていて、一番退屈なのが答え合わせの時間だ。生徒たちは自分の答えがあっているか、自分の知らない答えはどんなものか期待の眼差しで待っている。でも私にとってはただの再放送に過ぎない。実に興が削がれる」
ヘルベチカ「先生……………………」
サウリ「賢いお前なら、もう推測出来ているだろう?だからこそ、絶望が宿った目をしている」
ヘルベチカ「どういうことか説明してください!」
N「サウリはクイーンの駒を取り出した」
サウリ「ルイ・ロペス。実に興味深い存在だった。アレックスは実に純粋な理想を掲げ、騙され、裏切られ、そして崩れていった」
リンボ「あんたは、アレックスがルイ・ロペスを作ったことも、ヴォンダが関わってたことも、それに………………アダムがゾラを殺したことも全部知ってたってことか」
サウリ「私は何もしていない。皆にきっかけを与えただけだ。強要もしていないし、法も犯していない。人も傷つけていないし、殺してもいない」
ヘルベチカ「先生は、ずっと全て知っていた…………ずっと見ていた、そういうことですか?」
サウリ「…………君達には理解が難しいだろう。私は自分のこの感情をよく見つめ直してみた。お嬢さん、前に日本の金継ぎを教えたことがあったね?壊れた破片を美しく繋ぎ合わせ、壊れているからこその美しさを。壊れていることに意味がある。そしていつまで経っても壊れたものであり続ける美なのだ。ヘルベチカ。お前にこびりついて消えない過去も後悔も、実に美しかったよ。でもアダムの美しさはもっと崇高だ。壊れたまま、尚自分を壊そうと足掻いている」
テウタ「うるさい!!!みんな黙って!!!」
N「サウリが言葉を言い終わる前に、テウタが声を荒げた」
テウタ「アダム…………あなたがお兄ちゃんを、殺したの?」
アダム「ああ………僕がゾラを殺した……………この手で………………」
テウタ「ルカ…………お兄ちゃんはあなたを襲った。アダムがそれを助けにきた。そうなんだね?」
ルカ「……………………」
テウタ「ルカ、お願い。教えて………………!」
ルカ「そうだよ……………あの日、あたしはテウタを探しに行ったの。それで………………ゾラは様子がおかしかった。きっと病気だったんだよ……………だから……………」
テウタ「どうして……………ずっと黙ってたの………………」
ルカ「言えなかった!ゾラが、あんな………………だって…………………言えなかったんだよ!!ごめんね………………テウタ……」
N「テウタはルカをきつく抱きしめた。ルカも縋るように、両腕に力をこめていた」
テウタ「ルカ…………ごめんね…………私、なんで、何も知らないで……………お兄ちゃんのこと、ルカに相談したり……………どうしよう……………私、そんな…………私、ひどいこと……」
ルカ「ごめん…………ごめん、あたしが悪いの。だからお願い、アダムのことは許して………………」
テウタ「……………っ」
N「テウタはルカから身体を離し、立ち上がってアダムに向き直った」
アダム「(………………いつか、こんな風に真実と向き合う日が来ると覚悟はしてた。でも、来てほしくなかった。秘密を守ったまま、消えたかった…………)」
アダム「テウタ……………君が時間を遡れるって知った時、どうにかしてあの時に戻って、僕を止めてくれないかって何度も何度も考えたんだ。そうしたら、誰も傷つけない方法があったかもしれないって。君と、あの日プロムに行けたかもしれない。でも、君が過去を変えてくれたとしても、それで未来が代わったとしても、僕がゾラを殺した事実は、消えることはない。なかったことには………ならないんだ」
N「ふわりと、優しいぬくもりが包み込むテウタの腕が、きつくアダムを抱きしめる。ずっと求めていた、安らぎだった」
アダム「(あったかい…………テウタ………どうか、僕を許したりしないで)」
テウタ「…………ごめんね、そんなこと、あなたに言わせたくなかった」
アダム「(駄目だよ、テウタ。君は、そんなことを言わないで)」
テウタ「……………………」
N「テウタはアダムの肩を掴んで、その目をまっすぐに見た。」
アダム「(テウタの顔が……………よく見えない)」
テウタ「アダム、あなたは『差し迫った危険』を感じた。そうでしょ?」
リンボ「テウタ、お前………」
アダム「差し迫った、危険?」
テウタ「だって、お兄ちゃんは体格も良かった。あの時のアダムからしたら身体の大きな大人だよ」
テウタ「アダムは子どもだった。命の危険を感じたから、身を守るために攻撃した……そうでしょ?」
=========回想============
(ゾラを押し倒し胸倉をつかみながら)
ゾラ「やめろよ、冗談だろ?俺は………銃を持ってる………お前、ただじゃおかねえぞ?」
====================-===
アダム「……………ゾラは丸腰だった。反撃なんか、してこなかった」
テウタ「あの頃のお兄ちゃんは、人が変わってた。優しい人なんかじゃなかった!」
テウタ「何か言ったんでしょ?アダムのことを脅した、そうなんでしょう?」
=========回想===========
ゾラ「お前、テウタのことが好きなのか?それでキレてんのかよ?あ?いきがってんじゃねえぞ、クソガキ!ぶっ殺すぞ!あいつは俺のものだ!」
=======================
アダム「ゾラは、テウタを愛してた。愛してると伝えてくれって、最期までそう言ってた。
危険な人なんかじゃなかった。それでも、僕は彼にいなくなって欲しかったんだ。僕は、彼をただ殺したかった」
テウタ「アダム!嘘をつかないで!お願い!私の言ってること、分かるでしょ!」
N「目の前が、だんだん、暗くなっていく」
アダム「(お願い………お願いだ……ゾラのことを悪く言わないで。君の中の、大切な家族を、悪く言わないで…………)」
テウタ「(だんだん遠くなる声)アダム!ねえ、お願いだから!私の言ってること、意味がわかるでしょ!アダム、お願い……………お願いだから……」
アダム「(見えない……君の顔が、見えない。声が、聞こえない…………消えてしまう前に……………………お願い……僕が消える前に、あと少しでいい……………時間を…………)」
==========???================
SE:木槌
リンボ「愛する人間を守ることは、罪ではありません。彼はたった一人で、大切な人を守ったのです。
彼の殺意を示す証拠がありましたか?彼が殺めた被害者の遺体がありましたか?凶器は?目撃者は?あるのは、彼を追及する匿名の声だけ、世間の注目を集める事件を検察が取り上げないわけないはいかないのは、よく分かります、それが正義の義務ですから。裁判長、どうか忘れないでください。彼はたった一人で、大切な人を守ったのです」
裁判長「弁護人からは以上ですか?」
リンボ「以上です」
裁判長「検察は?」
検察官「検察から、特に付け加えることはありません」
裁判長「分かりました。事件番号10BA 2863 証拠不十分のため、不起訴とする」
SE:木槌
===========ニューシーグ警察署===========
N「警察所で、ルカはサウリと向き合っていた。アダムの事件と、ヴォンダの事件。その両方に関与しているのではないかとルカは睨んでいた。ルカだけではない。ヘルベチカも、テウタもそう思っていた。サウリはすべてを知っていて、黙っていたのだから」
ルカ「……………………」
サウリ「他に聞きたいことは?」
ルカ「いや………………」
サウリ「では私から質問だ。私はなぜここに呼び出されているのかな?何の事件に、どんな関連があって呼ばれているんだ?」
ルカ「それは…………」
ヘルベチカ「アダムは不起訴になった。でも、殺害されたゾラの遺体を葬ったのはルイ・ロペスの誰かだ。あなたはそれを知っているはず。あなたが指示した可能性だってある。違いますか?」
サウリ「お前の憶測以外の論拠は?」
ヘルベチカ「……………………」
サウリ「さて………………何か調べている事件があるなら、喜んで手を貸そう。市民の務めだからね。特にないなら………今日はこれで失礼するよ」
SE:足音
N「サウリは背を向けて歩き出した」
テウタ「あなたも、さぞ美しいんでしょうね」
N「テウタが大きな声で呼びかけると、サウリは足を止めて振り返った。いつもの、優しくて、穏やかなあの笑顔で」
テウタ「人間は壊れてこそ美しいんでしょ?あなた、相当壊れてるから」
サウリ「お嬢さん、君は常に正しくあろうと足掻きながらも、偽善者になることを恐れてきた。そうだろう?」
テウタ「だから何?」
サウリ「私も同じだよ。偽善者になるよりも、傍観者でいる方がいい」
テウタ「私は、傍観者になんてなりたくない。私達は、本当に美しいものを知ってるから」
============タクシーの車内==========
(テウタの肩に寄りかかるアダム)
ニュースキャスター「人気タレント、アダム・クルイローフ氏にかけられた疑いは晴らされ、不起訴処分となりました。かねてから問題視されていたウェブサイト『フルサークル』。警察はこのSNSにアダム・クルイローフ氏に関する虚偽の情報を投稿した人物を捜索しています。一方、アダム・クルイローフ氏が降板した番組『ゼロアワー』は視聴率が低迷し、復帰を望むファンの署名は数十万にも及んでいるとのことです。同局も、番組復帰のオファーを出しましたが、休養のため、故郷のロシアに一時的に帰国するとのことです」
(ゆっくりと目を開けて)
テウタ「プロム、行けばよかったね」
アダム「いけないよ」
テウタ「そっか。コサージュ、欲しかったな」
アダム「いつか渡すよ、まだ持ってるから。青い、バラの花。夢が叶うって花言葉。君の夢が、叶うように。そうしたらきっと、僕の夢も叶う」
テウタ「アダムの夢?なんなの?」
アダム「さあ…………………それはいつか、話せるときがきたら言うよ」
テウタ「何それ、ずるいなあ、アダムは。そういえば先週、ルカとの3人の定例会、すっぽかしたでしょ?」
(アダムはまた目を閉じる)
アダム「ああ、そうだった、ごめん。なんか、忙しくて」
テウタ「もう、次は絶対だよ。約束、だからね?」
アダム「うん…………約束だ……………」
(そこにはテウタの姿はない)
SE:ウインカー音
運転手「アダムさん、この先空港までずっと渋滞しているみたいだから、迂回の道を通ってもいいですか?あれ、電話じゃなくて寝てたんですか。…………良い夢でも見てるんですかね」
===============================================
オールド・ラング・サイン(蛍の光 替え歌が流れる)
懐かしい あの日の事を 思い出さなくなることは来るの?
友情も いつか 忘れ去られる日が来るの?
大丈夫 僕らはいつまでも変わらない
こうして いつだって会えるでしょう?
だから 今日も僕らの友情に乾杯しよう
幼いころは 一緒に駆け回って遊んだね
大人になると 歩き疲れて眠りたくなることばかり
朝から晩まで 僕らはいつだって一緒だった
それが当たり前じゃないって知るには 時間がかかった
でも大丈夫 僕らはいつまででも 変わらずにいられるから
今日もこうして、友情に乾杯しよう
============================================
(録画された映像)
テウタ「せーの」
テウタ・ルカ「「ハッピーバースデー トゥーユー、ハッピーバースデー トゥーユー♪
ハッピーバースデー ディア アダム♪ ハッピーバースデー トゥーユー♪
アダム「ありがとう」
テウタ「ああ~待って待って、ろうそく消すの、動画撮る!」
ルカ「ほら、ろうそく消す前に願い事しなよ!」
アダム「願い事なんてないよ」
ルカ「なんかあるだろー?宝くじ当たりますようにとかさ」
アダム「お金なら困ってないって」
ルカ「くうーっ!むっかつくなあ!」
テウタ「一年に一回の誕生日なんだから、なんかお願い事しとかなきゃ損だよー」
アダム「じゃあ…………今がずっと続きますように。」
==========ゼロアワー(バックにはオールド・ラング・サイン))======
アダム「僕の生まれたロシアという国には、心のうちに絶えず静かに燃え続ける愛があります。
文豪レフ・トルストイ先生はかつて愛は惜しみなく与う(あたう)といい、誰もが口ずさんだ歌には見返りを求めない無償の愛がこめられていました。愛という感情は自分の心に流れるものしか感じることができない。自分の心の内に流れる愛を感じられる人間は、幸せです。僕は、幸せです。
毎日は完璧じゃなくても、生きていける。 誰もが誰かに愛される瞬間がある。それだけで、僕らは生きていける。それでは、みなさん、おやすみなさい」