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BUSTAFELLOWS (書き起こし:ミコト)
#5 (フルサークル)
♀ テウタ
♂ リンボ
♂ シュウ
♂ モズ
♂ ヘルベチカ
♂ スケアクロウ
♀ ルカ
♀イリーナ
不問 警察官
♂ カルメン
♂ ぺぺ
不問 通行人
不問 アニマ
♂ 追っ手A
♂ 追っ手B
♂ 追っ手C
♀ 看護師
不問 カパブランカ(アレックス)
不問 ゲストアカウント
=====夜のニューシーグ警察署にて====
警察官「こちら本部よりコード3.ベルスター、5番街で発砲事件の通報あり。全社、コード3、直ちに急行してください。現在身元不明の男性を搬送中。銃創あり、出血多量、意識なし。……………心肺停止を確認、蘇生処置を開始します」
========数日前=======
テウタN「責任。この言葉は、大抵の場合、嫌な時に使われる。責任を取る、責任がある。プレッシャーを感じる言葉だ。何かに対して責任を持つというのは…………」
ヘルベチカ「『重荷なのだろうか?』………へえ、なんだか随分小難しいことを書いてますね?」
テウタ「ちょっと、まだ書き途中なんだから横から読まないでよ」
ヘルベチカ「手書きで原稿書いてれば目に入りますよ。どうしてパソコンを使わないんですか?」
テウタ「考えながら文章を書くときは手書きがいいの。考えるスピードと書くスピードがちょうどいいバランスで…」
N「その時、ガタッという音を立ててスケアクロウが勢いよく椅子から立ち上がった」
スケアクロウ「やった!やっと開けた!」
テウタ「わっ!?びっくりした……いきなり大きな声出さないでよ」
スケアクロウ「ごめんごめん、でもほら、開けちゃったんだよ!さすが俺。さすが裏社会のボ……」
ヘルベチカ「何が開けたんです?」
スケアクロウ「(咳払い)ヒルダが途中まで解析してくれたデータだ。ほら、ロスコーが盗んだメモリだよ。『ルイ・ロペス』のリストが入ってるって話の」
テウタ「ほんとに!?」
スケアクロウ「まだ全部ってわけじゃないんだけど、名簿みたいなリストがあるのは確かだな。ほら、これ見て」
テウタ「これって……」
ヘルベチカ「見た顔が何人もいますね。バンク・オブ・ニューシーグの頭取オルテガに、イーライ製薬の重役……」
テウタ「あ!この人!アカデミアの理事長じゃない?」
スケアクロウ「他にも、ニューシーグ警察の刑事部長なんかもいるぞ」
テウタ「えっ!?それってルカの上司じゃない!?」
スケアクロウ「もしもこれが、そのルイ・ロペスっていう組織の関係者だとしたら、ものすごい繋がりだな……」
テウタ「イリーナさんは『色んな分野の人間が協力し合うから何でもできる』って言ってた……』
ヘルベチカ「警察、司法、医療、金融、メディア……そういった人間が裏で協力し合えば、不可能は限りなくゼロに
なりますね」
スケアクロウ「これがもし本当だとしたら、かなりヤバい話だな……」
ヘルベチカ「これはまだデータの一部なんですか?」
スケアクロウ「どのデータも何重にもロックがかかってる。ハードウェアの方に手を入れてロックを外しても、次のデータを開こうとするとまた別のロックがかかる。アニマにやらせてはいるけど、まだしばらくかかりそうだな」
テウタ「(イリーナさんが言ってたルイ・ロペス……一体どんな組織なの……?)」
N「テウタはフルサークルのメッセージ画面を開く。数日前に送ったメッセージは既読になったまま、なんの返答もない。イリーナが教えてくれた、ルイ・ロペスの連絡役だというアカウントだ」
テウタ「(既読になってるから、アカウントは存在してるはずなんだけど…………カパブランカ………ルイ・ロペスの、イリーナさんの連絡役………私がルイ・ロペスのことを知ってるってわかったら、反応してもらえないかな?)」
チャット画面
テウタ「あなたのこと、友達から教えてもらったんですけど、すこし話せますか?」
テウタ「白のナイトをC3へ、黒のナイトをC6へ」
テウタ「(あ!既読になったってことは今この画面を見てる!?……………って、メッセージ入力してる!?)」」
カパブランカ「誰に聞いた?」
テウタ「イリーナさんに聞いたの」
カパブランカ「イリーナに何を聞いた?」
テウタ「ルイ・ロペスって組織のことと、その組織が変わろうとしてること」
カパブランカ「お前の目的は?」
テウタ「ルイ・ロペスのことを知りたい。イリーナさんに頼まれたの。組織が変わってしまうのを止めたい。カパブランカなら何か知ってるって」
テウタ「(本当の事を書いたけど、どうだろう?返事、止まっちゃったな……………」
N「テウタはこのカパブランカにメッセージを送ることが危険かどうかスケアクロウに相談していた。アクセスからこちらの情報や居場所が分からないようにするツールも導入済だ。既読になったまま、返事のない画面を見ているとだんだんと怖くなってくる。イリーナとはあれからずっと連絡が取れない。面会を申し込んでも返答がないままなのだ」
テウタ「まだいますか?私、興味本位で聞いてるんじゃないんです。組織に近づくのは危険だってイリーナさんも言ってた。でも、私はイリーナさんと関わりを持った。友達と呼べるかは分からないけど……………でも知らない人じゃない。その人に頼まれた。私は、彼女の話を聞いた責任がある」
テウタ「(既読にはなったけど…………やっぱり返事はなし、か。……………あっ!)」
カパブランカ「組織は大きく変わってしまう気がしてる。ルイ・ロペスを作った兄弟はもう弟しかいない。弟は自分を殺そうとした兄を殺して生き延びた」
テウタ「兄が弟を殺そうとしたの?家族なのに?」
カパブランカ「人は変わる。力を手に入れれば使いたくなる。ルイ・ロペスはそれだけ大きな力を手に入れてしまった」
テウタ「『汚い水槽』の外に出るための力?」
カパブランカ「汚い水槽の中にも光はある。外に出ようとなんてしなけば良かった。兄が俺を殺そうとするなんて、信じたくなかった」
テウタ「(『俺』…?ってことは、まさか、カパブランカが『弟』ってこと?」
テウタ「あなたが『弟』なの?」
N「少し待っても、返事は来なかった」
テウタ「(聞いちゃいけないことだったかな。…イリーナさんが話してた、組織を作った兄弟の話…………………もしかしたらこの『カパブランカ』が弟なのかもしれない。お兄さんに殺されかけたなんて、何を言っていいのか分からないけど…………)
テウタ「私には兄が居たの。今はもう、いなくなっちゃったけど。そのお兄ちゃんが教えてくれたことがある。『生きていれば、全て強さに変えられる』って。私もそう思ってる」
カパブランカ「どうして君にこんな話をしたんだろう」
テウタ「(余計な事言っちゃったかな…)」
N「カパブランカはオフラインになってしまった。テウタもテウタで、なんと返事を送ったらいいのか分からなかった」
テウタ「(イリーナさん…ルイ・ロペス…カパブランカ………………分からないことが多すぎる。よく考えて行動しなくちゃ。クロちゃんにも相談してみよう」
=======金曜夜 ニューシーグ大通り=====
ルカ「そうなんだよ、ありえないだろ?あたしひとりでサクラダに出張なんてさ。カリフォルニアってアメリカの反対側じゃん」
テウタ「いいじゃん、カルフォルニア。私は行ってみたいなあ」
アダム「行ったことないの?」
テウタ「ないよ?私、ニューシーグから出たことないもん」
アダム「そういえばそうだったね。西海岸の雰囲気、テウタは多分気にいると思うな」
ルカ「とにかく、あたしはお断りだ。別の奴に代わってもらう」
=========パライソガレージ前======
ルカ「よお、カルメン。今週も来たぞー」
カルメン「………………」
テウタ「カルメンさん?」
ぺぺ「こんばんは。申し訳ございませんが、今晩は臨時休業とさせていただくことになりまして………」
ルカ「なーんだよ、今週の『お取り寄せグルメ』を楽しみにして来たのによー」
カルメン「(沈んだ様子で)ごめんなさいネ…………」
アダム「何か、あったんですか?」
カルメン「アタシのね、ダーリンが帰ってくるから、これから会いに行くところなのヨ」
テウタ「そう、なんですか…………?」
N「以前カルメンが話していた『ダーリン』の話は、離れているから早く会いたいという内容だった」
テウタ「(その割には、なんだか表情が暗いけど…………)」
ぺぺ「…………カルメンさんのダーリンさんが帰っていらっしゃるのは、病院になんです。あまり良い状況ではないようでして…………」
テウタ「えっ!?」
ルカ「そうだったのか…………」
アダム「これから向かうなら、僕の車で送りましょうか?」
ぺぺ「いいのですか?タクシーで行こうと思っていたところなのです」
アダム「構いませんよ。すぐに呼びます」
テウタ「私達も一緒に行っていいですか?」
アダム「もしもし、僕だけど…………うん、そう、すぐに車を回してくれる?うん…………よろしく」
ぺぺ「ありがとうございます。それは、とても心強いのです」
ルカ「アレックスは一緒に行かないのか?」
ぺぺ「アレックスには留守番を頼んでいます。どうにも、急な連絡だったもので…………」
ルカ「そっか…………」
カルメン「…………」
テウタ「(カルメンさん、いつもと様子が違う……心配だな…)」
======ニューシーグ病院========
SE:時計の秒針
N「カルメンは医師と一緒に病室に入ったきりで、テウタ達は待合室でただ座ってまっていることしかできなかった」
ぺぺ「……………………」
テウタ「カルメンさん、大丈夫かな…………」
ルカ「かなり落ち込んでたよな。前に『ダーリン』の話を聞いたときは明るく話してたのに………」
ぺぺ「…………ダーリンさんのこと、カルメンさんからはどのように聞いているのですか?」
テウタ「えっと……仕事で州外に行ってて、しばらくしたら帰ってくる予定だから、そうしたらマイホームを買って、アレックスのことも養子にして一緒に暮らすんだって…」
ぺぺ「そうでしたか……………」
N「ぺぺは顎に手をやり、大きく息を吐いた」
ぺぺ「ダーリンさんが州外にいるのは、仕事ではなく、治療施設にいたからなんです。彼はずっと昏睡状態で眠り続けていたのです」
アダム「そんな……!」
ルカ「カルメン、そんなこと一言も………………」
ぺぺ「カルメンさんは隠し事を嫌う人です。ダーリンさんの事も、隠すつもりはなかったと思います。ぺぺが思うに、カルメンさんはあなた達にダーリンさんの事を楽しく話したかったんだと思います。嘘をつきたかったわけじゃないと理解してあげてほしいのです」
テウタ「大丈夫。そんな風には思ってないですよ」
アダム「その…………彼の容体はどうなんですか?」
ぺぺ「良くないのです。だから、家族のいるこの街にと…」
ルカ「そっか……………なんつーか、その…なんて言ったらいいか分からないな」
ぺぺ「こういう時は、そういうものです」
SE:ヒール音
カルメン「……………………」
ぺぺ「カルメンさん」
N「カルメンが病室から出てきたところを見てぺぺはすぐに立ち上がり駆け寄った」
カルメン「ぺぺ……………」
ぺぺ「カルメンさん、こちらで少し座りましょう」
N「待合室のベンチに座るとカルメンは膝に突っ伏して、肩を震わせた」
テウタ「(カルメンさん…)」
N「ぺぺは黙ってその背中をさすっている」
カルメン「…………もう、そんなに長くないんですって」
ぺぺ「……………………」
N「カルメンは顔を上げた。その目は涙に濡れていたが、精いっぱい笑おうとしているのが分かる」
カルメン「今日死ぬか、明日死ぬか、それとも数日後か、それは分からないそうよ…」
テウタ「………………」
カルメン「そういえば、テウタとルカにはダーリンのこと話してたわよね。よかったら、会ってくれないかしら?」
ルカ「それはもちろん」
テウタ「はい」
アダム「僕もいいですか?」
カルメン「もちろんヨ!(元気にふるまいながら)みんなが合いに来てくれたと知ったら彼、目を覚ましちゃうかもしれないわネ。ほら、ついてきて」
=======病室内=====
SE:心電図フラット音
カルメン「テオ、アタシの大事な友達がお見舞いに来てくれたわヨ」
N「カルメンに続いて病室に入る。静かな部屋に、モニターの音だけが響いていた。ベッドに横たわる男性は本当に眠っているだけのように、穏やかな顔に見えた」
カルメン「紹介するわネ。ダーリンの名前はテオ。アタシと同じで、ヨソの国から来てこの街で底辺から這い上がってきたノ。自分たちは汚い水槽の中の魚で、外から気まぐれに投げ入れられる餌を待ってるだけだって。でもいつか、その水槽の外に出る、そう言って戦ってたノ」
テウタ「(汚い水槽の中の魚………………イリーナさんが話してくれたのとよく似てる…………?)」
カルメン「それで、どうなったと思う?」
ルカ「どうって…………」
カルメン「一番信じてた弟に、殺されかけたのヨ」
テウタ「えっ………………」
ルカ「なんだよ、それ………………」
カルメン「アタシは、彼の弟のことはよく知らないの。会ったこともなくて。でも彼を傷つけたのがその弟だってことだけは知ってる」
アダム「………………」
カルメン「アタシね、彼が何をしてるのかよく知らなかったの。彼がアタシに優しくしてくれるのはアタシがマイノリティだから助けようとしてくれてるんだって、思ってた。でも、そうじゃなかった。彼は、アタシを家族だと言ってくれた…………彼は、こんなアタシを真っ直ぐに愛してくれたノ」
ぺぺ「………………」
カルメン「アタシが愛するのを怖がらなければ、こんなことには…………」
ぺぺ「カルメンさん…」
N「ぺぺはテオのブランケットをそっと掛けなおした」
ぺぺ「遡って愛することは出来ないのです。自分を責めるのは、どうかやめてください」
N「カルメンはテオのベッドのそばに座り、そっと顔を近づける」
カルメン「いいえ、愛せるはずなのヨ。アタシにしか出来ない方法で」
N「カルメンはテオの手を両手で包みこみ、強く握りしめた」
カルメン「あなたをこんな目に遭わせた奴を、アタシは絶対に許さない。そのためなら、死ぬのは少しも怖くないのヨ」
テウタ「(………………カルメンさんが、明るく楽しそうに話していた恋人の話が、まさかこんな風になるなんて、思いもしなかった。力になってあげられることが、何もない…………)」
カルメン「(鼻をすすって)ごめんなさいね、なんだかしっとりしちゃったわ」
ルカ「それを言うならしんみり、だろ?」
SE:携帯着信音
ルカ「あ、悪い。あたしだ」
カルメン「アタシはまだしばらくテオと一緒にいるワ。お医者様ともお話があるし」
ルカ「はい、もしもし……………はい、はい…………そうですね、ええ。分かりました」
ぺぺ「ぺぺも残ります」
ルカ「ほんとごめん。あたし、ちょっと行かなくちゃいけなくなった」
カルメン「ああ、いいのいいの。気を遣わせちゃったわネ。でも、みんなが会いに来てくれたの、アタシは本当に嬉しいわ。それとね、アタシ、遠慮はしないで言うのがポリシーなの。だから言っちゃうわね。もし時間があったら、また会いに来てほしいワ。残ってる時間は少ないでしょ?アタシはアタシの大事な友達のことを、できる限りダーリンにいっぱい伝えたいのヨ」
ルカ「もちろん、必ずまた来るよ」
カルメン「ありがとうね」
アダム「僕はしばらく残りますよ。車もあるし」
ぺぺ「いいのですか?」
アダム「ええ、今夜は仕事もないので」
テウタ「あ、じゃあ私、お店に行って様子を見てきますよ。アレックスが一人なんですよね?」
ぺぺ「それはありがたいのです。店も閉めているので大丈夫だとは思いますが………」
テウタ「じゃあルカと一緒に出て、アレックスの様子を見たら、また戻ってきます。帰りに何か買ってきますから」
カルメン「何から何までごめんなサイ。でも、本当に助かるワ」
テウタ「カルメンさん、いつも言ってるじゃないですか。困ったときはお互い様、世の中持ちつもたれつって」
カルメン「ふふ、そうね………ありがとう」
=======パライソガレージ前=======
N「警察署へ向かったルカと別れ、テウタはパライソガレージへと向かった」
テウタ「(汚い水槽の魚……外から投げ入れられる餌……イリーナさんが話してたのとよく似てる。
偶然なの……?一番信じていた弟に殺されかけた……イリーナさんの話と逆だった。利用されて、兄が弟を殺そうとした………だっけ。カルメンさんも、外国から来たって言ってたし………いや、さすがに考えすぎかな。さっきまでクロちゃんと例のデータがどうのって話してたせいかも)」
N「パライソガレージの扉には『CLOSED』のプレートが掛けられていた。いつもなら大音量で漏れ聞こえる音楽も、今日は聞こえない。テウタがそっと扉に手をやると、鍵はかかっていなかった」
テウタ「(アレックス、いるよね?)」
ヴォンダ「どう始末をつけるつもりだ?(遠めから)」
アレックス「お前は口出しするな(遠めから)」
N「店の中に入ると、奥の方から話し声が聞こえた」
テウタ「(もしかしてお客さん来ちゃったのかな?)」
ヴォンダ「手に負えなくなったんだろう?クイーンは動いてくれないのか?」
アレックス「あいつは何もしない…………ただ見ているだけだ」
テウタ「(…………なんか、ちょっと揉めてるように聞こえるような…)」
N「そっと中の様子を伺う」
テウタ「(アレックス?それに……あれって地方検事のヴォンダさんだよね…………?)」
N「会話の内容が気になり、そっと物陰に隠れる」
ヴォンダ「ロスコーが持ち出したデータはいつか解読される。それを阻止するエンジニアももういない。我々は秘密でつながった組織だ。それがなくなれば簡単に壊れる。もっと大きな力を手に入れないと」
テウタ「(ヴォンダさん…いったい何を…)」
N「もう少し声が聞こえるように、少しずつ、少しずつ近づく」
アレックス「大きな力って?俺達はもう、十分過ぎる力を持ってる。それなのになぜコンテナに詰められた人間が死ぬんだ?何のための力が必要なんだ?お前が最高裁判事に指名されるためか?」
テウタ「(アレックス…だよね?)」
N「確かにそこにいる姿はアレックスだが、その口調はいつもと全く違う」
ヴォンダ「君達兄弟は、この街にこだわった。こだわり過ぎた。我々は影の有力者とも、表の有力者とも繋がりを手に入れた。なのに、それがどれほど大きな力を持つのか、君は何もわかっていないんだ。君も、君の兄も、小さなことしか見えていない。器の小さな子供だ。君はその体と同じ、成長していない」
N「ふとテウタに先ほど頭によぎった考えがよみがえる。イリーナの話、カルメンの話…」
テウタ「(そんな、まさかね………………でも………)」
SE:着信バイブ
テウタ「っ…………!!」
N「携帯の着信に驚いて思わず声をあげそうになる」
テウタ「(メール………クロちゃんからだ)」
スケアクロウ「ルイ・ロペスの『キング』の写真が出てきた。これ、どう思う?」
テウタ「(………写真?)」
N「メールに添付されていたのは何かの書類で、そこには写真も添付されていた。兄の方が弟の肩を組んで、二人とも笑顔を浮かべている。一人は病室にいたカルメンの恋人によく似た男性。そしてもう一人の顔は、アレックスだった」
テウタ「アレックス……!」
N「思わず声をあげてしまった。アレックスとヴォンダはテウタの方を見ている」
テウタ「(もう私に気づいてる…隠れてる方が変だよね)」
N「テウタはそっと物陰から身を乗り出した。心臓がドクドクと音を立てている」
テウタ「(さっきの写真……………アレックスによく似てた。関係、ないよね?だって日付は何年も前なのに、今のアレックスと同じ顔だなんて、そんなの…)」
ヴォンダ「君は…………確か前に会ったことがあるね?」
N「ヴォンダはゆっくりと近づいてくる」
テウタ「は、はい………リンボと一緒にいるときに………あっ!」
N「ヴォンダはテウタの持っていた携帯をサッと取り上げた」
テウタ「あ!あの!」
ヴォンダ「…………」
テウタ「ヴォンダさん?ちょっと、あの!」
ヴォンダ「アレクセイ、どうやら困った状況のようだ」
N「ヴォンダが携帯をアレックスに向かって投げた。アレックスは画面を見て顔をしかめた」
テウタ「あの!これはどういう…………」
アレックス「テウタさん。これはどこで?」
N「アレックスの声は今まで聞いたことがないほど冷たい」
テウタ「…………」
アレックス「答えて」
テウタ「ロスコーが持ってた、データの中に…………」
アレックス「(溜息)」
テウタ「(待ってよ…これって良くない状況…?さっきは考えすぎかとも思ったけど、まさか…でも、だとしたら…」
ヴォンダ「さあ、どうする?アレクセイ」
テウタ「…その写真の人は、アレックスの、お兄さんなの…?」
アレックス「……………………」
テウタ「『ルイ・ロペス』の兄弟…………弟が、兄を殺した………………?」
ヴォンダ「君は随分詳しいんだね?」
アレックス「ヴォンダ、黙ってろ」
テウタ「アレックス、これってどういうことなの?どうして…」
SE:三発の銃声
テウタ「うあっ!?」
テウタ「うっ……………は、はっ…………」
テウタ「(なに、これ……私………どうなってるの……声が、出ない……)」
テウタ「うぐ……あ、ああ、はっ……………」
テウタ「(どうしよう………どうしよう………どうしたら………)」
アレックス「テウタさん!?」
N「アレックスが駈け寄ってくるのが見える」
テウタ「うっ……………あ、ああ……」
アレックス「ヴォンダ!!どうして撃った!?」
ヴォンダ「秘密を守る一番の方法を知らないのか?知ってる人間を消すことだよ。死体は処分すればいい」
アレックス「(呼吸を荒くして)………」
ヴォンダ「どうした?知り合いを殺すのは忍びないか?」
アレックス「俺の組織は人を助けるために作った!なのに………何のために人を殺すんだ!」
ヴォンダ「君の組織じゃない。私の組織だ」
アレックス「……………何を言ってる?」
N「アレックスの眼前に、ヴォンダが銃を向ける」
アレックス「ヴォンダ?」
ヴォンダ「最後だから教えてあげよう。君を殺すのは2回目だ。前回は失敗したけどね」
アレックス「なんだと?」
ヴォンダ「ルイ・ロペスはクロフォード上院議員とも繋がった。それは大きな力だ。分かるか?クロフォードは最高裁長官の任命に大きな影響力を持っている。それがどんなに素晴らしい力か、君には分からないだろうな。そんな子どもは組織には必要ない。だから殺したんだ。でも君はしぶとく生き延びた。身体をつなぎ合わせて、顔を変えて、まるで別人になってでも生き延びた。まあ、きっと別人になったんだろうなあ。そうじゃなきゃ、実の兄を殺したりできないだろう」
アレックス「お前が…………お前が言ったんだ!!テオが俺を殺そうとしてるって!!俺をこんな身体にしたのはテオのせいだって!テオが裏切ったんだって!!」
ヴォンダ「ははっ、君を殺そうとしたのは私だが、実の兄を殺したのは君だ。そうだろう?」
テウタ「(アレックス…病院にいるの、お兄さんなんだ………アレックス…なんとか、しなくちゃ……………戻らなくちゃ………)」
ヴォンダ「さよなら、アレクセイ・スペンサー」
テウタ「アレク、セイ…スペンサー……………」
テウタ「(意識を……集中させて…………)」
SE:銃声
======地下鉄 電車内=========
「っ……………!?」
テウタ「(ここは………地下鉄?間に合った!?私は……………)」
N「自分の手を見て、何度も握りしめる。誰かの身体だが、生きている」
テウタ「(私は、動ける……!)」
「ふぅ…………」
N「一度大きく息を吐く」
テウタ「(アレックスの様子もおかしかったけど、ヴォンダさんは………どうして………もしも、もしもだよ、イリーナさんが話してたことと、カルメンさんが話してたこと、私がパライソガレージで見たアレックスとヴォンダさん…すべてが繋がったとしたら?)」
N「目を閉じて、さっきまで目の前で起こっていたことを思い出す」
テウタ「(アレックスは、いつもと違う雰囲気だった。ずっと大人びて見えた。ヴォンダさんは、アレックスに向かって『殺した』って言ってた。クロちゃんが送ってくれたメールを見て、ヴォンダさんは私に向かって銃を…)」
N「頭の中に、あの時の銃声が響いた」
「…………うっ…げほっ、げほっ…」
N「自分が撃たれた時の衝撃を生々しく思い出すと、突然吐き気がこみあげてくる。眩暈を感じ、そのまま床に倒れ込んだ」
通行人「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です…………………ちょっと、酔っただけなので…」
N「近くにいた人が心配して声をかけてくるが、力なく首を振って答える」
テウタ「(あの時、確かに胸を撃たれた…ものすごく痛かった。でもそのあとすぐに、貧血みたいに頭がくらっとして…
なんだかものすごく寒くなってきた…)」
N「自分の身体から血が流れ出る感覚を思い出し、ゾッとする」
テウタ「(とにかく、アレックスにヴォンダさんのことを知らせないと…もしも、アレックスが組織の人間だとしても、今のままじゃアレックスも私も殺されるかもしれない…!)」
N「手すりを掴んで立ち上がり、頭を左右に振って顔を上げた。電車が駅に止まり、テウタは駆け出した」
「はあ…………はあ…………」
N「ポケットを探っても携帯電話が見つからず、公衆電話を探す」
テウタ「(このあたりならどこかにあるはず……………あった!)」
N「慌てて硬貨を入れて、受話器を取る」
テウタ「(出て……………出て……………出て……………!)」
アレックス「はい」
「アレックス!聞いて、時間がないの。今から言うこと、信じられないと思うけど、騙されたと思って聞いて!あとで全部説明するから!!」
アレックス「……………どちら様ですか?」
「私、テウタなの!いつもとちょっと声が違うけど、本当にテウタなの!」
アレックス「テウタさん…?どうしたんですか?」
「いい?この後、あなたに地方検事のヴォンダさんが会いに来るはずよ。絶対に会わないで!パライソガレージからしばらく離れていて!おねがい!」
アレックス「……………どういう、意味ですか?」
テウタ「(何を話せばいい?どうすれば………とにかく時間がない。なんとか………なんとかしないと…………!)」
「今すぐ、トンプソンの裏路地にある廃ビルに来て。お願い、全部説明するから!」
アレックス「……………」
「お願い!信じて。話をさせてくれるだけでいいの」
アレックス「……………ヴォンダがここに来るって、なんで知っているの?」
「私が……………ヴォンダさんに殺され………殺されかけたから」
アレックス「……………」
N「無言のまま、電話は切れてしまった」
テウタ(アレックス…少しでも信じてくれるといいんだけど……………」
N「街頭ビジョンに映し出されている時計を見る。正確な時間は分からないが、そんなに時間はなさそうだ。
自分が元の時間に戻るときは、必ずしも全く同じ場所とは限らない」
テウタ「(今から走っても間に合わないかもしれないけど、パライソガレージに行こう……………!)」
「はあ、はあ…………」
テウタ「(他人の身体じゃ、足が重くてもつれそう………息も苦しい………勝手に身体を借りてるのに、ごめんなさい)」
テウタ「……………っ!」
N「走り続ける息苦しさが急に消え、思わず息を整えてしまう」
テウタ「(元に戻った………ここがルカの車から降りたあたり………ここからならパライソガレージの方が近い。アレックスが、いないといいんだけど……………!)」
=======パライソガレージ前===========
N「ドアを開けようとすると鍵がかかっているようで開かない」
テウタ「(ドア……………鍵がかかってる。さっきとは違う!アレックス、外に出てくれたんだ!)」
N「扉にはCLOSEDのプレートも提げられていた」
テウタ「はあ」
ヴォンダ「なんだ、今日は休みなのか」
テウタ「えっ!?」
N「背後に立っていたのは、ヴォンダだった」
ヴォンダ「仕事終わりに一杯と思ったのに、残念だな。……………あれ?君は、前にどこかで会ったかな?
ああ、ナンパみたいな言い方になっちゃったけど」
テウタ「え、えっと、ヴォンダさん、ですよね?あの、リンボと一緒にいる時にご挨拶させてもらいました。ま、まさかこのお店が臨時休業とは思わなくて…………はは」
ヴォンダ「そうか、リンボと一緒にいた子か。思い出したよ。それにしても、この店は年中無休だと思ってたよ。残念だな」
N「不自然にならないようにと思っていても、言葉がつかえてしまう。ふと、自分の手が大きく震えていることに気が付いた。慌てて両手を握り合わせ、力を込める」
ヴォンダ「あれ、大丈夫?顔色が悪いみたいだけど……………」
テウタ「えっ!?あ、いえ、そんなことないです!地方検事のヴォンダさんだと思うと、その、緊張しちゃって」
ヴォンダ「そんな、顔色が悪くなるほど緊張しないでくれよ。それじゃ、私はこれで」
テウタ「……………はあ」
N「遠ざかるヴォンダの背中がほとんど見えなくなると、身体の力がすっと抜けた」
テウタ「(さっきの状況がどういうことかまだ理解できてないけど……………でも、よく覚えてる。あの人は、私に向かって銃を撃った……………)」
N「思い出すと、あの大きな銃声がもう一度耳に響いたような気さえする」
テウタ「(アレックスに…………アレックスのところに行かなくちゃ!)」
=========トンプソン 廃ビル=========
テウタ「アレックス!」
N「街頭の光もなく、暗い場所だ。周りを見回しても、人の姿は見つからない」
テウタ「(アレックス…無事ならいいんだけど………でも、話したい。私も焦りすぎて頭が混乱してる。イリーナさんの話と、カルメンさんの話、そして私が目の前で見た光景…………全てを合わせたら、病院にいるカルメンさんの恋人とアレックスが兄弟で、ルイ・ロペスを始めた兄弟…………そして、ヴォンダさんもその仲間…………ううん、駄目だ。今の私、絶対に冷静じゃない。落ち着いて…………そうだ、アレックスに電話を…!)」
N「携帯を取り出し、アレックスにコールする」
アレックス「はい」
テウタ「アレックス!よかった、ねえ、今どこにいるの?」
アレックス「いますよ。ここに」
テウタ「え?」
アレックス「こんばんは」
テウタ「アレックス!なんだ、びっくりさせないでよ…」
アレックス「……………………」
テウタ「無事で良かった……………それに、来てくれてありがとう」
アレックス「テウタさん………あなたが何を言っているのか、意味が分からないんです。一体何なんですか?」
テウタ「(私の勘違いかもしれないし、組織の話なんてアレックスには関係ないのかもしれない。でももし、今病院にいるのがお兄さんだとしたら…本当かどうか、信じてもらえるかはアレックスに任せよう)」
テウタ「これから私が話すこと、信じられないと思うけど、もし心当たりがあるなら、しっかり聞いて。いい?」
アレックス「……………………」
テウタ「あなたは、パライソガレージにひとりで留守番をしてて、そこに地方検事のヴォンダさんが来てた。理由は分からない。組織がどうとか話してて、銃で撃たれた」
アレックス「……………銃で、撃たれた?僕は撃たれてなんかないですよ?」
テウタ「話はまだ続きがあるの」
N「アレックスは訝し気に見つめている。当然と言えば当然だ。突然呼び出されて、こんなことを聞かされたら、にわかには信じがたいだろう」
テウタ「私も今すごく混乱してて、何がどうなってるのか分からない。だから、何が本当なのか分からないけど、聞いてほしい。今、病院にカルメンんさんの恋人がいる。危篤状態だって言ってた。名前はテオ。カルメンさんは、弟に殺されかけてこうなったって言ってた」
アレックス「………っ!?テオ………………?」
テウタ「そう。テオって男の人。もしテオさんがアレックスのお兄さんなら……事情は分からないけど、会える時間はもう残り少ない。だからサンダンス病院に早く行って。それから………」
N「ヴォンダのことを思い出すと胸の奥の方がドクンと脈打つ。あの時の、痛みと寒さがよみがえるような気がしてしまう」
テウタ「ヴォンダさんは、前にもあなたを殺そうとしたって言ってた。でも、しぶとく生き延びたって。なんとかって上院議員は大きな力を持っているのにアレックスは分かってないとか……………」
アレックス「………………なんで、そんなことを…………なんでテウタさんがそんなことを知ってるんですか?まるで未来でも見てきたみたいに」
テウタ「………………私は、その場にいたの。私も、ヴォンダさんに撃たれた。ものすごく痛くて、寒くて、怖かった………でも、時間を遡ってアレックスに連絡したの。何を言ってるのか分からないでしょ?私も分からない。何が本当で、誰が何をしようとしてるのか分からない。でも私………アレックスに死んでほしくなかった」
アレックス「………テウタさん。あなたは、何を知ってるんですか?」
テウタ「………ルイ・ロペス、イリーナさん、カパブランカ」
アレックス「え…………?」
N「テウタの中で、繋がった3つの名前だ」
アレックス「………そうか、そういうことか」
テウタ「ねえ、アレックスは何者なの?ヴォンダさんとはどういう………」
SE:電撃音
テウタ「うっ!?」
N「首元に痛みを感じたと思った次の瞬間、目の前が急激に暗くなった。」
アレックス「テウタさん、ごめんなさい。あなたが時間を遡ったなんていうのはとても信じられないけど、フルサークルでメッセージをくれたのはあなただったんですね」
テウタ「(アレックス………capablancaはアレックスだったの………)」
アレックス「忘れてほしいと頼んでも、難しいのは分かってます。だから………終わらせるまで、時間を下さい」
テウタ「(待って……………アレックス………)」
アレックス「僕は…………自分や、兄さんや、同じ水槽の人間を助けようとした。実際に、助けてきた。……………僕には、みんなを助けた責任がある」
========???分後=========
SE:暫く携帯バイブ音
シュウ「こっちから聞こえた」
リンボ「おい!どこにいるんだ?」
ヘルベチカ「見つけました!」
N「リンボがテウタを抱き起し、頬を軽く叩く」
リンボ「おい、テウタ。大丈夫か?しっかりしろ、何があった?」
N「ようやく周りの景色が目に入ってきた。さっきまでここでアレックスと話していたはずだ」
ヘルベチカ「テウタ、僕の目を見てください。……………大丈夫そうですね。ちょっといいですか?」
N「ヘルベチカがテウタの首に手を伸ばすと、ほんの少し痛みを感じた」
ヘルベチカ「スタンガンの痕、ですかね」
リンボ「おい、何があった?アレックスの様子を見に行ったはずのお前と連絡が取れないし、アレックスもいなくなったってカルメンが慌てて連絡してきたんだぞ」
テウタ「どうしよう……………アレックス………どこに…………」
シュウ「この辺は誰もいないみたいだな。テウタは大丈夫か?」
テウタ「大丈夫……………それよりアレックスを捜さないと」
リンボ「落ち着けって!まずお前がなんでここに倒れてたのか教えろ。ヘルベチカはスタンガンの痕だって言ってるけど?」
テウタ「アレックスと…話してたの…………どうして倒れてたのかは分からない…………話の途中で…」
テウタ「(スタンガン……………アレックスが、私に?)」
リンボ「立てるか?とりあえず、カルメンのところに行こう。クロとモズも来てるはずだから」
テウタ「う、うん……………」
N「リンボに肩を借りながら立ち上がる」
テウタ「(何が何だか分からないけど、とにかくヴォンダさんがアレックスの命を狙ってるのは確かだ。それにアレックスは『終わらせる』って…)」
========パライソガレージ======
カルメン「テウタ!!」
N「店に入るなりカルメンが駈け寄ってくる」
カルメン「よかった………無事だったのね。全然連絡が取れないし、アレックスもいないし、何かあったのかと思ったワ」
アダム「テウタ、どうして連絡が取れなかったの?大丈夫なの?」
テウタ「私は大丈夫。それより、アレックスを捜さないと…」
アダム「アレックスを?何があった?」
テウタ「説明する……………クロちゃんはいる?」
アダム「奥にいるよ」
スケアクロウ「あ!テウタ!よかった、連絡取れないって聞いたから心配し………」
テウタ「クロちゃん、街中の監視カメラ使ってアレックスを捜して!それからロスコーのデータ、解析できたぶんでいいから見せて!」
スケアクロウ「え、えっ、え?よく分かんないけど、了解……………!アニマ。コード916、アレックスを捜して」
アニマ「コード916、スキャニングパターンB、実行します」
スケアクロウ「それと、ロスコーのデータ?さっきメールで送ったやつ?これだな」
テウタ「カルメンさん。この男性、テオさんですか?」
カルメン「うん?どれどれ?」
N「画像を見せるとカルメンの顔が曇る」
カルメン「これ……………何なの…」
スケアクロウ「えっと、これは…………」
N「スケアクロウは話していいものか悩んだのか、テウタの方を見る。テウタは頷いて口を開いた」
テウタ「テオさんなんですか?カルメンさんの恋人の、テオさんなんですか?」
カルメン「……………ええ、そうよ。間違いないワ。アタシの愛しい人…………テオドシア・スペンサー。あなた達、どうしてこれを?」
テウタ「ルイ・ロペス。カルメンさんの恋人は、ルイ・ロペスの人間なんですね?」
カルメン「……………ルイ・ロペスを知ってるの?」
スケアクロウ「えっと、これって、その…」
テウタ「説明させて」
N「カルメンが思い切りテーブルを叩く。グラスが落ちて割れてしまった」
テウタ「……………っ!?」
N「ぺぺがさっと手を伸ばして片付ける」
カルメン「テオドシア・スペンサー。弟と一緒にルイ・ロペスを作って、汚い水槽を壊そうとした。でもその弟と仲違いして、その弟に殺されかけた……………それがアレックスだったってことでしょ!!」
N「一呼吸おいて、カルメンは続けた」
カルメン「ありがとう。おかげで憎むべき奴が誰なのか、はっきりしたわ」
N「上着を持って外に出ていこうとするカルメンの腕を慌てて掴む」
テウタ「待って!カルメンさん!話を聞いて。えっと……全部話してる時間はないけど………その…さっきの写真は、ロスコーがルイ・ロペスから盗んだデータの中に入ってたの。メンバーのリストとかが入ってて」
カルメン「なら、アタシの名前も出てくるはずよ」
リンボ「え?カルメン、お前……………」
カルメン「テオに誘われて、メンバーになった。組織の人間を匿ったり、金を洗ったり、手を貸してきた。でも、テオが殺されかけてからはずっと……………ずっとその弟を捜してたのよ。それが今やっと見つかった!アタシの傍で、アタシが世話をしてきたあのガキをね!」
テウタ「アレックスは命を狙われてる!私は時間を遡って……」
モズ「何を見たの?」
テウタ「ここで、地方検事のヴォンダさんがアレックスとふたりで話してた。私、銃で撃たれて、そのあと、アレックスも……………」
カルメン「何を言ってるの……………?」
テウタ「ヴォンダさんが言ってたこと、全部正確に覚えてるわけじゃないけど、でもアレックスは騙されたみたいだった。お兄さんがアレックスを殺そうとしてるって教えられて……………」
カルメン「なんなのよ………それ…………」
テウタ「ヴォンダさんは組織を乗っ取るつもりで、アレックスを殺そうとしたみたいなの」
カルメン「……………!」
テウタ「アレックスが実のお兄さんを殺そうとしたなんて、私には信じられない。だってアレックスはそんな子じゃ……………」
カルメン「あなた、お兄さんを殺されたって言ってたわよね?大切な人を殺そうとした犯人が知り合いだったら、あなたはそれだけで許せる?ねえ?どうなの?」
テウタ「それは…………」
アダム「……………」
カルメン「テオはもうすぐ死ぬの。もう助からないのよ?あのクソガキのせいで!テオより先に死なせてやる……………」
アニマ「エリア3-87B、一致する項目を1件検出しました」
スケアクロウ「お!見つかったか?えっと…………アレックスは………」
カルメン「見せて!」
スケアクロウ「あ、ちょっと!」
シュウ「おいカルメン、待てよ!」
テウタ「カルメンさん!」
N「その時、カルメンの携帯が鳴る。カルメンはポケットから取り出した携帯をぺぺへ渡した」
ぺぺ「はい……………はい……………分かりました。カルメンさん、待ってください」
カルメン「なに?」
ぺぺ「ダーリンさんの……………テオさんの容体が良くないようなのです。もう、時間がないそうです」
カルメン「そんな…………ダメよ、あの人より先にアレックスを殺すの!ぺぺ、病院へはあなたが…………」
ぺぺ「カルメンさん!」
N「ぺぺはカルメンの両肩を強く掴んだ」
ぺぺ「どんな時でも、家族を優先するべきだとカルメンさんは言いました。テオさんがこの世から消えてしまう瞬間にそばにいるのはカルメンさんじゃなきゃ駄目なのです」
カルメン「……………!」
ぺぺ「カルメンさんなら、ぺぺの言っていることを分かってくれるはずなのです」
カルメン「……………」
ぺぺ「カルメンさん」
カルメン「分かった、病院に行くわ」
アダム「僕が車を回します」
リンボ「カルメン」
カルメン「…………説教ならお断りヨ」
リンボ「アレックスの事は、俺達が捜す。お前がどうしたいのかはお前にしか決められない。でも、アレックスは、必ず見つけ出すから」
カルメン「………ありがとう」
ぺぺ「……………」
N「ぺぺは小さく頭を下げて、カルメンと出ていった」
シュウ「……………で?どうすんだよ、リンボ」
リンボ「とにかくアレックスを探そう。それと、ヴォンダも」
スケアクロウ「ど、どど、どうする?とりあえずホールジーに行く?」
ヘルベチカ「落ち着いてください。まとまって動いても無駄が出ます。何人かはここに残ってサポートした方がいいでしょう。こういう時はリンボが決めてください」
リンボ「………そうだな。よし、俺とシュウとテウタ、3人でホールジーに行こう。アレックスを捜すんだ。
後はここに残ってくれ。クロは張り付いて指示を出せ。何かあったらモズとヘルベチカが動く。いいな?」
(以下被るように)
シュウ「分かった」
ヘルベチカ「了解」
モズ「分かった」
テウタ「分かった」
スケアクロウ「了解」
=======ホテルホールジー ラウンジ====
テウタ「クロちゃん、ホテルに着いたけど、アレックスがこの中のどこにいるかわかる?」
スケアクロウ「いまホテルの中の監視カメラもハックしてみてるけど、顔認識に引っかからないんだ。カメラの配置もあるけど、顔を隠してるのかもしれない」
ヘルベチカ「フロントに聞いてみましたか?アレックスくらいの子どもがひとりでいたら、誰かの目に留まっているかもしれませんよ」
シュウ「さっき聞いてみたけど特に情報なし」
テウタ「どうするの?手分けして上の階とかから捜してみる?」
リンボ「部屋を一つひとつ回るわけにもいかないだろ」
モズ「アレックスはどうしてホールジーに行ったんだろう」
ヘルベチカ「ああ…………確かに………目的は何なんでしょう?」
リンボ「テウタ、何か分かるか?」
テウタ「えっと………アレックスにはヴォンダさんが銃で撃ったことを話した。それと………アレックスは……………終わらせるって…」
リンボ「なるほど、目的はヴォンダだ。おいクロ、ヴォンダを捜してくれ。顔認識とか、ヴォンダの名前か、部下の名前で借りてる部屋があるかとか」
スケアクロウ「オーケー、やってみる」
テウタ「……………」
シュウ「おい、大丈夫か?」
テウタ「えっ?大丈夫だよ?」
シュウ「あんた、さっきサラッと話してたけど、時間を遡った時にヴォンダに撃たれたんだろ?」
テウタ「う、うん……………」
シュウ「……………死にかけたんじゃないのか?」
テウタ「それは………でも今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ」
N「リンボはテウタの頭に手を乗せて、くしゃっと掴んだ」
リンボ「ごめんな、ほんとはしんどいだろ?でも今は、アレックスを捜すのにお前が必要だ。無理をしてくれとは言わない。だから…………」
テウタ「ありがとう、大丈夫、頑張れる。頑張れないときはちゃんと言うから」
リンボ「よろしい」
スケアクロウ「見つけた!13階の1308号室、スイートだ!」
シュウ「よし、俺は階段で行く。お前たちはエレベーターで行け」
リンボ「分かった」
========エレベーターホール前========
リンボ「1308号室は……………こっちだな」
SE:銃声
シュウ「伏せろ!」
N「突然、廊下に銃声が鳴り響く。シュウの声にテウタとリンボは慌てて床に伏せた」
リンボ「シュウ!どうなってんだ!?」
シュウ「知らねえよ、俺も今来たとこだ」
テウタ「ど、どうしよう!ねえ、アレックスが撃たれたんじゃ……………」
シュウ「馬鹿!どこから撃ってるのか分からないだろ!頭低くしろ!」
SE:銃声2発
テウタ「きゃっ!」
N「更に銃声が続いた」
テウタ「(どうしよう…………この銃声………アレックス………!)」
N「その時アレックスの姿を捉えた」
テウタ「アレックス!」
アレックス「…………っ!?」
シュウ「ちっ!テウタ、待て!」
N「アレックスを追いかけようとしたが、シュウに思い切り腕を引かれる」
SE:銃声4発
テウタ「でもアレックスが!」
モズ「廊下を3人の男が走ってきてる」
シュウ「任せろ…………ふっ!」
N「シュウが飛び出して、ひとり蹴り飛ばし、もうひとりの腹に思い切り拳を沈ませた」
追っ手A「ぐあっ!」
追っ手B「ぐっ!」
シュウ「リンボ!そっちにひとり行ったぞ!」
リンボ「えっ!?おいおい、まじかよ!くそっ!」
追っ手C「ぐあっ」
N「リンボが廊下に敷かれていた絨毯の端を思い切り引っ張ると、走って来た男は思い切り躓いて倒れた。倒れた男にシュウが駈け寄り、顎を思い切り蹴り上げると、そのまま気を失った」
リンボ「追うぞ!」
シュウ「エレベーターだ。上に向かってる」
N「隣のエレベーターを呼んでも、まったく来そうにない」
テウタ「私、階段で走って上がる!」
リンボ「ちょっと!おい!何階に向かったかも分からないだろ!ったく………おいクロ!ここのエレベーターを止められないか?どっか近くの階で!」
スケアクロウ「ちょっと待てよ…………んー、よし!緊急停止シーケンスに変更した!低速になって、次の階で止まるはずだ!」
リンボ「………次の階って言ったってもうだいぶ上がったぞ」
テウタ「はあ…………はあ…………」
N「階段を1フロア上がって、エレベーターの前に行くのを繰り返し続ける。何回分上がっても同じ景色が続く。エレベーターの表示を見ると、ようやく追い抜いたようだ」
テウタ「(エレベーター、ものすごく遅い……………?この階で止まって………止まれ止まれ止まれ……………!」
リンボ「テウタ………はあ、はあ…………お前、本当に足が速いな……………」
シュウ「エレベーター止まったか?」
テウタ「はあ………はあ…………もうすぐこの階を通る……………」
リンボ「よし、じゃあここで止まる。クロが緊急停止をかけたんだ」
テウタ「ほんと!?」
N「エレベーターの前に立って、扉が開くのを待つ」
テウタ「ねえ、リンボ。さっき廊下で銃声がしてたでしょ?アレックス、怪我とかしてないかな……………」
リンボ「どうだろうな……………」
SE:銃声
テウタ「えっ!?」
N「階下から上がってきているエレベーターの中から銃声が聞こえた」
リンボ「今の……………」
シュウ「エレベーターの中からだな」
N「シュウがエレベーターの扉に向かって銃を構える」
テウタ「中にいるの……………アレックスじゃないの…………?」
N「開いた扉の向こう……………エレベーターの中で血まみれのアレックスが倒れていた」
リンボ「おい!アレックス!大丈夫か!!?」
テウタ「アレックス!どうしたの……………どうなってるの……………!?」
N「アレックスの手には銃があった」
シュウ「………自分で撃ったのか」
リンボ「なんでだよ……………」
テウタ「終わらせるって……………違うよね?アレックス?」
N「アレックスに近寄り膝をついて顔を覗き込む。肩からは血が滲んでいる上に、壁にはべっとりと血がついていた」
テウタ「えっ!?」
N「次の瞬間。起き上がったアレックスは目を開き、テウタを思い切り突き止ばして走っていった」
テウタ「きゃっ!」
リンボ「えっ!?」
シュウ「おい、待て!」
テウタ「アレックス!……………痛っ!」
シュウ「どうした?」
テウタ「足、くじいただけ。大丈夫。それよりアレックス!」
=======ホテルホールジー 屋上======
アレックス「もしもし、俺だ。今ホールジーの屋上にいる。ヴォンダが裏切った。俺は肩に銃創がある。逃げるために自分で撃ったんだ。出血はそんなに多くはない。………ああ、そうだ。身を隠す。傷と一緒に顔も身体も変えてくれ。もう……………もうこの顔も身体も、いらない!早く迎えを…………チェスで一番強い駒…………?今そんなことはどうでもいい!早く俺を助けろ!」
テウタ「アレックス!」
アレックス「(舌打ち)」
N「アレックスは誰かと電話をしていたようだ。血の付いた肩を押さえて立っていた」
テウタ「ねえ、アレックス、早く逃げよう?私達協力するから!あの黒服の連中に見つからないルートを…………」
シュウ「伏せろ!」
N「突然、後ろから銃声が響いた。シュウはテウタを抱えて近くの物陰に隠れた。リンボも向かい側の影に隠れる」
スケアクロウ「さっきのフロアから、黒服の男が何人も屋上に向かった!みんな、大丈夫!?」
シュウ「ああ、なんとかな」
ヘルベチカ「アレックスは?」
テウタ「ここからだとあまりよく見えないけど、向こうの方にいるはず………さっき誰かに電話してた」
シュウ「テウタもリンボも隠れてろよ。俺がやる」
SE:銃声2発
テウタ「きゃっ!」
N「黒服の男がアレックスのいた方向に向かって銃を撃つ」
SE:銃声2発
追っ手A「ぐあっ」
追っ手B「ぐっ」
N「アレックスの姿が見えず、なんとか様子を伺おうとするが、向かい側に隠れているリンボが首を横に振った」
テウタ「(ここからじゃ見えない…………アレックス、無事なの?」
SE:銃声
追っ手C「うっ…………」
テウタ「(銃声が、止んだ?)」
N「顔を上げてシュウを見ると周囲を見回している」
ヴォンダ「随分派手にやったな、アレクセイ」
アレックス「ヴォンダ…………」
ヴォンダ「まだ生きてるなんて、本当にしぶといガキだ」
N「屋上に新たに現れたのはヴォンダだった。真っ直ぐアレックスに向かって銃を向けている」
リンボ「ヴォンダ!」
ヴォンダ「リンボ?どうしてここに?」
シュウ「こっちにもいるぞ」
N「シュウが立ち上がって銃を構える。テウタもその横に並んだ」
ヴォンダ「へえ、アレクセイ。リンボ達も『お友達』だったとは知らなかったな」
アレックス「そいつらは組織とは関係ない」
リンボ「おい、ヴォンダ。どういうことなんだ?物騒な連中引き連れて、こんな子ども銃で追い回して、何やってんだよ」
ヴォンダ「アレクセイが子どもだとでも?確かお前と大して変わらない年齢だよ」
リンボ「え?」
アレックス「…………」
ヴォンダ「アレクセイは、権力を得るために実の兄を殺し、顔も身体も子どもに見せかけて周りを騙してきた」
リンボ「それで?あんたは何なんだ?正義の味方の地方検事が、裏で何をやってるんだ?」
ヴォンダ「リンボ、お前もしたり顔でよく言ってるじゃないか。『法律が守るのはこの世界の形だけだ』ってな。世界が10人や100人の狭い世界だったらみんなが平等に、幸せに、正しくいられる。でも違う。この世界は広くて、人で溢れてる。上手く回していくには、コツがいるんだよ」
リンボ「上手く回したいのはお前自身の私利私欲だろうが」
ヴォンダ「私は別に人を踏み台にして自分だけが得をしたいわけじゃない。この街が抱える問題も、苦しんでいる人間も救いたい。でもそのためには金も力も必要だ。それを手にするネットワークが出来た。なのにそのガキはその価値を分かってない。だから私が引き継ぐ。合理的だろう?私なら、お前の『お友達』を上手く使いこなせる。まずは最高裁判事、州知事、ゆくゆくはそうだな…………最高裁長官になれば法律だって動かせる。お前も身に染みて感じたはずだ。高尚な理想を掲げたところで、誰も、何も動かせない。金と力が必要なんだよ」
アレックス「黙れ!お前は俺を…………俺を騙して、兄さんを殺させた!」
ヴォンダ「すべての命は救えない。お前は苦しんでる移民を助けたいんだろ?私が助けてやる。お前はそのための尊い犠牲だ」
アレックス「勝手なことを言うな……………俺は……………!」
ヴォンダ「アレクセイ。お前もこれまで同じことをしてきた。多少の犠牲は厭わない。今度はお前に順番がまわってきた。ただそれだけのことだ」
リンボ「アレックスを殺すのか?俺達が見ている目の前で?それで何が手に入る?ちょっと綺麗な刑務所の一人部屋か?」
ヴォンダ「はっ。このホテルも、管轄の警察もすべて繋がってる。アレクセイ。お前が繋げてくれたおかげでね。だから、真実はいくらでも作れる。分かるか?何年もこの街に真摯に仕えてきた検事と、IDも顔も身体も偽物の男と、警察はどっちを信じるかな?」
BGM:ストップ
カルメン「世界は、目に見えるものを信じる」
テウタ「カルメンさん!?」
アレックス「…………っ!」
N「カルメンはヴォンダに携帯を向けていた」
カルメン「視聴者はもう2万を超えたわ」
ヴォンダ「なに……………?」
カルメン「ハァイ、みんな。私がフルサークルのオーナーよ。ビックリした?」
テウタ「えっ!?」
シュウ「フルサークルの、オーナー?」
カルメン「隣の人と繋がれば、それは巡って円になる。お互いを見守り、お互いに責任を持つ。小さな声も、大きな声もここではすべて平等」
N「カルメンはもう一度ヴォンダにカメラを向けなおす」
カルメン「みんな、自分の目でよく見て。そして発信して。誰かの言葉じゃなくて、あなたの言葉でね」
ヴォンダ「お前……………やめろ!」
シュウ「おい!」
ヴォンダ「ぐっ」
N「ヴォンダがカルメンの携帯を奪おうと飛び掛かったのを、シュウが素早く取り押さえた」
スケアクロウ「警察と救急はもう手配してある。今そっちに向かってるよ」
ヴォンダ「や、めろ!」
カルメン「秘密を集めて、大事に守ってきたのに。こんなことで台無しになるなんて………ふっ、かっこ悪いわネ」
ヴォンダ「やめろ……………やめろ……………!」
カルメン「たとえどんなに慎重に積み上げてきたって、こんなにちっぽけで、バカみたいなことで終わるのヨ。
どうしてだか分かる?」
ヴォンダ「なんだと……………」
カルメン「仲間を裏切るからよ。ファミリーにも、チームにも、ブラザーフッドにも、同じ掟がある。仲間を裏切らない。裏切ったら、殺される。アタシ達は秘密で繋がっただけの、顔も名前も知らないネットワークだったけど、それでも、裏切りは許されない」
ヴォンダ「……………皆さん!見ていますか?もうすぐ警察が来ます!正義は果たされる!彼らが私を陥れようとしていることは、今にも分かるはずだ!」
リンボ「ヴォンダ!もうやめとけ」
ヴォンダ「うるさい!こんなことで…こんな…………こんなバカみたいな終わり方……………」
カルメン「……………」
N「カルメンは携帯を切り、放り投げるとアレックスの方へ歩き出しす。そして覆いかぶさるように馬乗りになった」
テウタ「カルメンさん……………」
アレックス「カルメン……………さん……………」
カルメン「あなたのせいで、テオは死んだ。あなたが殺したのよ。だから、アタシはあなたを殺したい。今すぐ、殺したい」
アレックス「……………」
カルメン「ずうっと捜してたのよ。テオをあんな目に遭わせた奴を。どこにいるのかって、ずっとね。フルサークルを作ったのだって、あなたを捜すためだった」
テウタ「ま、待って!」
N「カルメンはアレックスの手にある銃を取って握った」
リンボ「おい、カルメン………」
カルメン「ずっと夢に見てた。あの人を苦しめた人間を殺すのを。それで終身刑になっても、たとえ死刑になったっていい。刑務所で毎日あの人の事を思い出して過ごすほうが、ずっとずっと幸せだから」
アレックス「カルメンさん…………」
テウタ「お願い、カルメンさん…………やめて……………」
SE:銃声
カルメン「っ……うっ………くっ………(耐えきれないように泣きながら)」
N「瞬間、テウタは思わず目をつぶってしまったが、もう一度目を開いても、アレックスは生きていた。
銃は空に向かって撃たれたようだった」
カルメン「あの人、さっき病院で死んだの。最後に、なんて言ったと思う?最後の最後に、あなたの名前を呼んだ。アタシの名前じゃない、あなたの名前を呼んだのよ、アレクセイ」
===============数日後=============
N「それから数日が過ぎた。ヴォンダは警察の取り調べを受けることになった。検事局は大変な騒ぎになっているらしい。ヴォンダが検事として関わった案件は、再調査されることになったそうだ。警察も大変だとルカは言った。アレックスはというと、『身元不明、記憶喪失の少年』という扱いで治療を受けることになった。リンボやスケアクロウが様々な『操作』をしただけでなく、病院ではサウリが医療記録を『作った』ようだ。銃弾を受けた怪我は大したことはなかったが、アレックスの身体はボロボロだった。ヴォンダがアレックスのことを『身体をつなぎ合わせて、顔を変えた』と言っていた通り、アレックスは過去の怪我を治すために相当大掛かりな手術を受けた痕があるらしい」
ヴァレリー「……………」
テウタ「(ヴァレリーさん、疲れてるんだろうな…………ルカも言ってたけど、検事局の混乱は想像以上だって……)」
ヴァレリー「なあに見てんのよ」
テウタ「えっ!?お、起きてたんですか?」
ヴァレリー「寝てないわよ。寝たくても寝られないの。脳みそが24時間フル回転で動いてんだから。せめて目を閉じて休憩したいってだけ」
テウタ「そうだったんですね。あの、アレックスのお見舞いは私ひとりでも……………」
ヴァレリー「カルはあたしの親友なのよ。事情はどうあれ、カルが大事にしてきた子どもよ。カルが会いに来られないなら、私が代わりに来なくちゃね」
テウタ「……………」
ヴァレリー「ったく、どんだけ待たせるんだ?医者は何をちんたら回診してんだよ」
テウタ「あれ?カルメンさん……………」
ヴァレリー「カル……………」
N「カルメンはテウタ達に気づくことなく、ただ黙って通り過ぎていった」
看護師「フィッツジェラルドさん、病室へどうぞ」
ヴァレリー「あ、ちょっといいかしら」
看護師「はい、なんでしょう?」
ヴァレリー「今の、ちょっと派手な服装な女。アレックスの病室に来てたの?」
看護師「ええ、毎日朝一番にいらっしゃってますよ。先生に容体を確認していくだけで、患者さんには合わずに帰って行かれるんですけど……………今日は珍しく午後にいらっしゃいました。経理に治療費の支払いがあったとかで……………」
ヴァレリー「そうだったの……………あ、いや、ありがとう」
看護師「いえ。では、どうぞ」
N「病室に入ると、アレックスは起きていた。ベッドで座ったまま、本を読んでいた」
テウタ「アレックス」
N「呼びかけると、こちらをちらりと見るが、すぐに本に視線を戻してしまう」
SE;着信音
ヴァレリー「あ、ごめん、仕事の電話だわ。ちょっと外に出てくる」
テウタ「あ、はい」
N「テウタはアレックスの近くにある椅子に腰かけた。点滴の音や、モニターにつながったコードがいくつも見えるのが、なんだかとても痛々しい」
テウタ「アレックス、調子はどう?」
アレックス「……………」
テウタ「ちゃんとご飯は食べてる?点滴で栄養を摂っていても、ご飯を食べるのは必要なんだよ」
アレックス「……………」
テウタ「(返事なし、か。……………でも今日は、ちゃんと話したいことがある)」
テウタ「アレックス。ロスコーが盗んだデータ、全部解析できたの。クロちゃんが、中身を全部チェックした」
アレックス「……………」
テウタ「ヴォンダさんの事は毎日ニュースで取り上げてる。でも、ルイ・ロペスの名前は一度も出てこない。多分、みんな秘密を守ってるんだろうね。リンボは、あのデータは外に出さない方が良いって言ってた。クロちゃんも、外に漏れないように保管してる」
アレックス「……………」
テウタ「あなた達のせいで死んだ人たちがいるかもしれない。でも、あなた達が助けた人間もたくさんいる。あなたは話したくないかもしれないけど、私はアレックスの友達だから、ずっとこうして話をしにくるからね」
アレックス「……………」
N「アレックスは何も言わなかったが、確かにテウタの話を聞いていた」
テウタ「(聞いてくれてるなら、それでいいんだ……………)」
アレックス「最初は、友達が助けてくれた」
テウタ「え?」
N「テウタが立ち上がろうとすると、アレックスが口を開いた」
アレックス「友達を助けたら、もっと友達が増えた。いろんな場所で、いろんなことをしている友達。裏社会のコネを持ってる友達、金を持っている大企業の友達、強い権力を持ってる政界の友達。持ちつ持たれつ、お互いに秘密を守って、繋がっていった。繋がっていけば、なんでもできる気がした」
テウタ「うん……………」
アレックス「僕達は、仲間が酷い目に遭うのも、死ぬのも、日常の一部だった。そんな毎日だった。同じ世界に居ても、あなた達とは違う。街を守るはずの警察だって助けてなんかくれない。仲間が警察に逮捕されるとき、僕らが何をするか分かる?不当だって抗議もしないし、止めることもしない。ただ携帯で動画を撮ってるん。どうしてだか、分かる?」
テウタ「動画を?分からない……………どうして?」
アレックス「警察は、僕らを人間扱いしないから。抵抗しなくても殺されることが多い。だから仲間が逮捕される瞬間は、周りを囲んで、ただ録画し続ける。それだけが、仲間を助ける方法なんだ」
テウタ「そんなことって……………」
アレックス「分かる?全然違うんだ。僕達は、よその国から売られてきた、不法入国者。どうやったら生きていけるか、毎日そればかり考えてる」
テウタ「……………」
N「言葉がなかった。イリーナが話してくれたことも、アレックスが話してくれたことも、同じ街で暮らしている誰かの事だとわかっている。分かってはいても、それを他人事だと思わないようにしようとしても、ちゃんと理解しようとしても、そこには踏み込めない。『分かろうとしているだけの偽善者』『所詮は別の世界の人間』『到底分かり合うことはできない』…………そんな考えでいっぱいになってしまう。無力感とも違う、悔しさだ」
テウタ「(いつもそう…………私にできることがない……………)」
アレックス「……………」
テウタ「……………アレックスは、カルメンさんがお兄さんの恋人だって知ってたの?」
アレックス「会ったことはなかった。でも、兄さんからずっと話は聞いてた。だから……近づいたんだ。自分の罪悪感を少しでも消すためにそばに居ただけ。彼女のためなんかじゃない。自分のためだ……………何も知らない彼女のそばで、僕はすべてを知ってた。彼女の幸せを奪ったことを、僕だけが知ってた。カルメンさんは子どもを育てたいってずっと言ってた。それで、僕を養子にするんだと。僕が嘘をつき続ければ、彼女の夢を叶えてあげられると思った。どれも、全部、自分のためだ………」
テウタ「アレックス…………私には、本当の意味では理解出来ないことかもしれない。アレックスにはそれにしか方法がなかったのかもしれない。でも…………」
アレックス「人を助けるために、人を傷つけるのは間違ってる?」
テウタ「それは…………」
アレックス「それは、あなた達の正義だ」
テウタ「……………私はね、アレックスに死んでほしくなかった。だから、自分にやれることをやった。時間を遡ったなんて、絶対信じてもらえないと思うけど。私は、私が正しいと思うことをした。何が何だか分からなくて、迷って、悩んでばっかりだけど、私は正しいと思うほうを選んだし、これからもそうする。アレックスは、私の友達だから」
アレックス「……………」
N「アレックスは目を伏せた。その目には涙が浮かんでいるようにも見える」
アレックス「(震える声で)僕らはただ、この世界に負けたくなかった。ちゃんと、この世界で生きていたいと思った。それだけだったはずなのに………」
テウタ「(アレックス…)」
N「テウタは小さく息を吐くと、そっと立ち上がった」
アレックス「待って」
テウタ「………?」
N「アレックスはテウタの顔を、目を、じっと見つめた」
アレックス「秘密を守ることと、嘘をつくことは、同じだと思う?」
テウタ「同じように聞こえるけど……………」
アレックス「僕は、本質が違うと思う。人を騙すのは容易い。それは自分のためだから。でも、秘密を守るのは、誰かのためだ。ルイ・ロペスはもう終わった。仲間と言っても、僕らを利用しようとしただけの人間もいれば、ただ見ていただけの傍観者もいる。秘密と引き換えに、手を貸してくれた人もいる。僕は、その人を助けたいと思ったけど……………」
N「アレックスはテウタの手を強く握りしめた。」
テウタ「アレックス………?」
アレックス「忘れないで。秘密を守るのは、誰かのためなんだ」
==========夜 ニューシーグゲートブリッジ=======
テウタ「(私の正義、か…………)」
N「大きく息を吸い込む。冷たい空気を身体の中でも感じた。病室で聞いたアレックスの言葉が、ずっと頭の中を巡っていた。アレックスが生きてきた世界は、自分が生きてきた世界とはあまりにも違いすぎる。きっと、本当の意味で理解なんてできないのだろう。何が正しくて、何が間違いなのか。そんな風に白と黒を分けられたら、どんなにいいだろう。ルイ・ロペスがやってきたことは法律で裁くなら『悪』だ。しかし、本当にそうだろうか?アレックスにとっては生き延びる方法だったのに?」
テウタ「ルイ・ロペスは……………何だったんだろう……………」
N「一人考えていると、車の音がして振り返る」
スケアクロウ「お待たせー!…………って、さぶっ!」
リンボ「こんなところで寒くないのか?」
テウタ「……………」
ヘルベチカ「何かあったんですか?」
テウタ「今日、アレックスと話したんだ」
シュウ「ふうん…………」
スケアクロウ「あの、さ………俺、あのロスコーのデータを解析してて、ルイ・ロペスのことも色々調べたんだ。色んな人間が裏で繋がって、いろんなことをやってる。悪いことばっかりじゃない。でも良いことだけでもない」
テウタ「……………そう、だよね」
リンボ「良いとか悪いとか、誰かが教えてくれれば楽だ。法律で正義か悪か決めてくれれば気持ちいい。白か黒か、自分以外の誰かに早いとこ決めてほしい。でも、大事なことはそうはいかない。大事なことだからだ。理解できないことを分かろうとする人間でいるのは大変だ。でも、踏ん張るしかない」
テウタ「踏ん張るしかない……………」
シュウ「踏ん張るしかない、か」
スケアクロウ「ねえ、こういう時って、頑張る、じゃないの?」
ヘルベチカ「頑張る、だとちょっとニュアンスが違うんじゃないですか」
モズ「僕もそう思う。踏ん張るしかない」
テウタ「……………そうだね。覚悟を決めなきゃ。何度でも、立ち向かう覚悟を」
スケアクロウ「あのさ、一個気づいちゃったことあるんだけど」
リンボ「ん?なんだ?」
スケアクロウ「俺達、5人で車に乗ってここまで来ただろ?帰りどうするんだよ?この車、5人乗ったらギッチギチじゃねえか」
ヘルベチカ「さあ」
シュウ「どうすんだ?」
モズ「この後って、カルメンのとこ行くんだっけ?」
リンボ「ああ、そうそう。なんか法律相談したいって言ってたな」
テウタ「えっ、ちょっと待って。ここからカルメンさんのとこって結構距離あるじゃん。私歩くのは嫌だよ」
スケアクロウ「俺だって嫌だよ!さみーもん!じゃあ、ジャンケン!公平にジャンケンで決めようぜ!」
ヘルベチカ「ジャンケンか………僕あんまり得意じゃないんですよね(車に乗り込みながら」
シュウ「俺もそうなんだよな(乗りながら」
テウタ「私助手席取った!(乗りながら」
スケアクロウ「え?あ、ちょ!ずるい!ずるいって!先に乗るなよ!ジャンケン!ジャンケンしようって!」
モズ「……………(無言で乗り込んで)」
スケアクロウ「ちょっと!俺も乗せてよ!これ、俺が買った車だろ!?俺の車に勝手に乗るな!」
リンボ「(窓を開けながら)ほら!乗れよトランク!荷物入ってないから!」
==========パライソガレージ===========
カルメン「あらぁー!いらっしゃい!いち、にい、さん……………6名様ね。ぺぺー!リンボ達が来たわ。奥のボックス席をセットしてちょうだい」
ぺぺ「分かりました、カルメンさん」
N「カルメンはいつもの明るい笑顔だった。今朝病院ですれ違ったときの様子とは違う。その笑顔に、ほんの少しホッとしてしまう」
リンボ「なんか法律相談があるんだって?またなんかやらかしたのか?」
カルメン「違うわヨ。ちょっと書類持ってくるから待ってて。あ、そうそう。スケアクロウにも力を借りたいノ」
スケアクロウ「え?俺?いいけど……………どんな話?」
カルメン「とにかく、まずは飲み物デショ?みんな、何にスル?」
リンボ「コーラ2つ」
シュウ「スコッチ」
ヘルベチカ「ダーティマティー二」
モズ「ダイキリ」
スケアクロウ「ホワイトルシアン」
テウタ「コロナ」
カルメン「コーラ2つ、スコッチ、ダーティマティー二、ダイキリ、ホワイトルシアン、それにコロナっと………それじゃちょっと待っててネ」
シュウ「カルメンが注文を間違えなかった……………」
ヘルベチカ「珍しいですね」
ぺぺ「代わりに注文を控えてくれる人が、いませんからね」
リンボ「……………」
テウタ「今日ね、アレックスのお見舞いにはヴァレリーさんと一緒にいったの。ヴァレリーさんは、親友のカルメンさんが大事にしてるアレックスだから、カルメンさんが会いに行かないなら自分が代わりに行かないとって言ってね」
ヘルベチカ「カルメンはアレックスには会ってないんですか?」
テウタ「」そう思ってたんだけど……………毎日行ってるんだって。本人には会わないけど、毎日容体を聞きに行って、治療費も払ってるみたい」
スケアクロウ「そうなんだ……………」
モズ「なんだか、複雑だね」
シュウ「カルメンはどうするつもりなんだろうな」
テウタ「……………」
SE:ヒール音
カルメン「お待たせ!ぺぺ、みんなにドリンクを配って」
ぺぺ「はい、わかりました、カルメンさん」
N「カルメンはさっとリンボの隣に座った」
リンボ「ん?何の書類だ?」
カルメン「どれが必要か分からないから、役所で一通り貰ってきちゃったワ。スケアクロウには、こっちの書類ネ」
スケアクロウ「ん?これって……………アレックスの…………」
カルメン「そう。スケアクロウにはアレックスがこの街で生きていける新しいIDを作って欲しいのヨ。で、リンボには養子縁組に必要な手続きを手伝って欲しいノ。できれば、ヘルベチカとモズには推薦状をお願いしたいワ」
リンボ「アレックスを、養子にするのか?」
カルメン「ええ、アレックスは望まないかもしれないけどネ。アタシだって、アレックスを受け入れる覚悟はないわ。今は話をするのも無理」
ヘルベチカ「じゃあ、どうして?」
カルメン「テオのためよ。アレックスは、アタシがこの世で一番愛した人の実の弟。死ぬ直前まで、その名前を呼んだ。アタシは、テオを愛した自分に責任があるの」
テウタ「(愛した、責任……………)」
カルメン「他人はね、いい時にはいい顔をして近寄ってくるけど、悪くなると急にてのひらを返す。分かるでしょ?ヴォンダが捕まって、ルイ・ロペスの情報が表に出るかもと思ったら、誰もアレックスに手を貸そうとする人はいない。ルイ・ロペスは文字通り消えちゃったのヨ。でも家族は消えない。いい時も、悪い時も一緒。良いことにも、悪いことにも、責任を持つの。テオはアタシを家族だと言ってくれた。だから、テオの家族はアタシの家族。そう、覚悟を決めたのヨ。」
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フルサークルの投稿(カルメン)「小さな声も、大きな声もここではすべて平等。ここはそう思って作った場所。隣の人と繋がれば、それは巡って円になる。でも、何を言ってもいいってわけじゃない。誰かを苦しめるための書き込みも多かった。お互いを見守り、お互いに責任を持つ。そういう場所にしたかった。私からの書き込みはこれが最後。でもこの場所は残しておく。だからみんな、小さな声を見逃さないでね」
ゲストアカウント「Adam Krylov can’t get away with Murder.
(アダム・クルイローフは人殺し)」